説明

プラズマ活性を向上させる装置

【課題】技術を複雑化することなく、基板のスパッタ・エッチング時のプラズマ強度を高める装置および方法を提供する。
【解決手段】被覆対象である基板を収容した被覆反応器内、特にPVD被複システム内で、該基板と少なくとも1つの別の電極との間に直流または交流の電圧を印加して一次プラズマを発生させる際に、該プラズマの活性を向上させる装置において、
熱電子放出器、望ましくはフィラメントを備え、該フィラメントは1本の長いフィラメントであるか、または数本の短いフィラメントを直列または並列またはその組合せにより接続したフィラメントであって、直流または交流またはその組合せによって加熱されることを特徴とするプラズマ活性を向上させる装置。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、PVD反応器内のプラズマ活性を向上させる装置に関する。本発明によれば、プラズマ密度が増加するので、マグネトロン・スパッタリングPVD被覆チャンバ内で従来よりも著しく低い圧力でスパッタ・エッチングを行なうことができる。その結果、ガス層の飛散が回避され、3次元対象物のスパッタ清浄化した表面の再堆積および汚染が解消される。本発明によれば、マグネトロン・スパッタリング装置内で衝撃損傷を回避するのに適したバイアス値で表面をスパッタ・エッチングすることが可能になる。
【背景技術】
【0002】
最新の高生産性チップ生成式金属機械加工には、高耐摩耗性、高靭性、塑性変形抵抗を備えた信頼性の高い工具インサートが必要である。
【0003】
この要請は、TiN,TiAlN,CrAlNおよびAlのような耐摩耗層を被覆した超硬合金インサートを採用することで、既にかなりの程度達成されている。上記の耐摩耗層は何年も前から市販レベルで実現されている。複数の硬質層から成る多層構造で被膜を構成する。個々の層の順序や厚さを注意深く選定して、種々の切削分野および工作物の材質に適応させる。
【0004】
被覆方法として多く用いられるのは、化学蒸着(CVD)、中温度CVD(MTCVD)、物理蒸着(PVD)である。
【0005】
CVD層は一般に900〜1000℃で堆積を行い、MTCVDは700〜800℃で反応体としてアセトニトリルCHCNを用いて行なわれる。CVDの利点は密着性が良いこと、比較的厚い層が成長できること、Alのような絶縁性の層を堆積できることである。
【0006】
PVDには種々の方法があって、温度100〜700℃で、加熱蒸発、スパッタリング、イオンプレーティング、アーク蒸発などにより、適当な雰囲気中で金属蒸気を用いて所望の化合物を堆積する。PVDを用いると、CVDよりも多くの種類の材料を堆積でき、CVD層中には引張応力が存在するのに対して、PVD層中には圧縮応力が存在する。一方で、堆積温度が低いために被膜の密着性に問題が生ずる。このような理由で、PVDによる基板の被覆処理は、通常は何段階かの清浄化工程を含んでいる。
【0007】
一般に、基板はPVD反応器に装入する前に、ブラスト処理、エッチングおよび/または溶剤中での洗浄といった前処理を施す。多くの場合、堆積開始の直前に真空中でのスパッタ・エッチングにより、湿気、自然酸化膜、その他に上記前処理で除去されなかった不純物を除去する清浄化を更に行なう。エッチング工程は一般に、反応器内で0.2〜1.0Paの圧力でプラズマを発生させて行なう。基板に負のバイアスを印加することにより、このプラズマからのイオンが基板に衝突して基板表面を清浄化する。バイアスは基板のスパッタ・エッチングができる十分高くなければならないが、基板表面を損傷するほど高くてはならない。典型的なバイアス値は約−200Vであり、−500V未満の値でイオン衝撃による照射損傷が発生し始める。一般にプラズマは、PVD反応器内でArなどの希ガス雰囲気中での放電により発生させる。この工程でプラズマ活性が低いと不完全エッチング、異方性エッチングおよび/またはスパッタリング材料の再堆積が起きる可能性がある。エッチング時のAr圧力が高いほど、再堆積が多くなる。その理由は、ガス分子の平均自由行程が小さくなるに伴い、ガス相の飛散の確立が高まるため、エッチングされた材料の雲が再堆積して基板表面を再び汚染し易くなる。再堆積および異方性エッチングが側に問題になるのは、3次元構造物でプラズマから見て「陰」になる部分すなわちプラズマから直視できない表面がある処理の場合である。
【0008】
スパッタ・エッチングを多種多様な方法で行うことができる。一つの可能性として、特許文献1(イギリス公開GB−A−2049560)に開示されているように、Ar雰囲気中で高温Wフィラメントを用いてプラズマを発生させる方法がある。更に化学的反応性の高いガスとしてHやフルオロカーボンなどを添加することにより処理を促進することもできる。熱電子フィラメントはそれ自体がされないようにプラズマに対して保護したほうがよい。これはフィラメントを別個のフィラメント・チャンバに配置することで可能である。この場合、電子の加速は、エッチング・チャンバの反対部分に配置したアノードによってフィラメント・チャンバの外部で行なわなくてはならない。電子がチャンバを横断するときにArガスをイオン化し、生成するプラズマは均一に分布し、基板のスパッタ・エッチングに用いられる。チャンバの高さ方向に沿った電子チャネルは、反応器の頂部と底部に配置した大型の電磁コイルを用いて放射状に広げなくてはならない。この技術は非常に複雑であり、基板全体に亘って均一にプラズマを分布させるには高度の制御を必要とする。上記方法の一つの利点は0.2Pa程度の低圧力でエッチングが行なわれるので、再堆積の問題が少ないことである。
【0009】
洗練されたもう一つの方法として、特許文献2(国際公開WO97/22988)に開示された方法は、基板と対向電極との間に交流を印加して、厳密な制御なしに均質なスパッタ・エッチング用プラズマを生成させる。対向電極としてマグネトロン源を用い、これをエッチング工程後の堆積工程でも用いることもできる。図3に、本発明と一緒に電気配線を模式的に示す。この先行技術は、基板(3)、電源(8)、マグネトロン源(2)で構成される回路から成る。この方法は、0.8Paより高圧で良く作用するが、この高圧ではエッチングされた材料の再堆積が実際の3次元基板で多発する。エッチング用プラズマを発生させる作動圧力がこのように高いのは、マグネトロン・スパッタリング技術ではイオン化の程度が低いためである。更に、スパッタリング清浄化を行なうために高価なスパッタリング材料を用いる。
【0010】
特許文献3(アメリカ合衆国特許5,294,322)には、シャッターで覆ったアーク放電を低電圧電子源として用いることが開示されている。この場合にも電子をアノードで収集する。電子が被覆チャンバを横断するのに伴って、電子/原子間の衝撃によって希ガスのイオンが発生し、別の電源を用いてこのイオンを加速して基板へ向かわせる。欠点として、電子発生用に別個に専用のアーク源を用いなくてはならず、そのために貴重なチャンバ壁部のスペースを使用するし、シャッターされた堆積源を用いることになると貴重な被覆材料がスパッタ・エッチング清浄化工程で失われる。
【0011】
【特許文献1】イギリス公開GB−A−2049560
【特許文献2】国際公開WO97/22988
【特許文献3】アメリカ合衆国特許5,294,322
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
そこで本発明の目的は、技術を複雑化することなく、基板のスパッタ・エッチング時のプラズマ強度を高める装置および方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明は、被覆対象である基板を収容するPVD反応器内のプラズマ活性を向上させる装置に関する。本発明によれば、基板と付加的な電極との間に交流または直流の電圧を印加することにより一次プラズマを発生させる。この電極は、少なくとも1つの別個の専用電極、反応器の壁部、少なくとも1つのPVD堆積源、マグネトロンおよび/またはアーク源(特許文献2に記載)、または、望ましくは少なくとも1対のマグネトロン対または2重式マグネトロン・スパッタリング(DMS)対であってよい。DMS技術では、2つのマグネトロン・スパッタリング源を双極パルス電源に接続して用いる。熱電子放出によりプラズマ活性を向上させるには、反応器内に高温フィラメントを装備し、望ましくは該高温フィラメントは対称軸を中心にして、且つ、望ましくは該フィラメントは反応器の頂部から底部まで延在する。フィラメントは、適切に設計されたものであればよく、例えば糸、網、帯などの形態であってよい。フィラメントは、螺旋状に巻いて作製するなどにより、熱による膨張/収縮を可能にすることが望ましい。フィラメントは、電子放出効率の高い材料、例えばWやトリア添加Wで作られているか、または、電子放出効率の高い希土類酸化物、カーボンナノチューブ、酸化バリウムなどを被覆した被覆フィラメントが望ましい。フィラメントの形態は、1本の長いフィラメントであってもよいし、短いフィラメントを数本直列または並列またはその組合せであてもよい。フィラメントの加熱用には直流または交流あるいはその組合せを用いることができる。フィラメントは反応器の中心に配置して電子が反応器のz方向(高さ軸方向)に対して均等に分布することが望ましい。フィラメントからの電子放出を効率的に行ない且つ半径方向の分布を良好にするために、カソードとしてのフィラメントと対応するアノードとの間に直流または双極性の電圧を印加することができる。このアノードとしては、反応器の壁部、1つ以上の別個の電極、または1つ以上の一次プラズマ発生用電極を用いることができる。カソードであるフィラメントとアノードとの間の空間を電子が横断する際にプラズマが発生し、これによりArのイオン化が起きる。得られた高密度のプラズマによって、マグネトロン・スパッタリング・システムにおいて従来可能であったよりも著しく低い0.1〜0.2Paという圧力でスパッタ・エッチングが可能になる。このようにイオン化が促進されることにより、約−200Vの基板バイアスでスパッタ・エッチングが可能になるため、マグネトロン・スパッタリング・システムを用いる従来技術に比べてイオン衝撃による損傷が低減する。
【0014】
フィラメントはプラズマに曝されるので時間経過に伴ってエロージョンが起きる。そのため、フィラメントを日常的に交換するか、あるいは、金属の筒、網、棒を用いたかごでフィラメントを包囲して保護し、かごに開けた小さな隙間を通った放出電子を加速してプラズマ中に供給するようにする。かごの電位は、高温フィラメントの電位から適当なアノードの電位までの範囲内である。
【0015】
本発明の装置は、マグネトロン・スパッタリング・システムに用いると特に有用である。
【0016】
本発明は更に上記本発明の装置の使用方法にも関し、すなわち、超硬合金、高速度鋼、サーメット、立方晶窒化硼素または鋼のような金属あるいは金属の線材、棒材、帯材で作られた切削工具インサート、特に超硬合金、高速度鋼、サーメット、立方晶窒化硼素で作られた切削工具インサートの表面被覆処理に先立つスパッタ・エッチングに利用するプラズマ活性を向上させる装置の使用方法に関する。
【実施例】
【0017】
〔サンプル1(従来例)〕
特許文献2に記載されているシステムに従って超硬合金切削インサートのスパッタ・エッチングを行なった。適度な圧力0.8Paおよび基板・ターゲット間電圧800V(エッチングするための最小電圧)にてプラズマを発生させた。基板を通る電流は2Aであった。この基板電流はマグネトロンを対向電極として用いた場合のイオン密度によって限定される。さらに、この電流は、印加されたイオンによる衝撃と関係があるため、エッチングの尺度となる。このスパッタ・エッチング処理を施した基板には、陰になった部分の表面への再堆積の徴候が認められた。放電を生起するのに必要な電圧は、基板の衝撃損傷を発生させる危険性を誘引する十分な高さであった。
【0018】
〔サンプル2(本発明)〕
実施例1と同じシステムを用いて実施例1と同じ処理を行ったが、ただし、図2に示したように中心に高温Wフィラメントを装備した点が異なる。11Aでフィラメントを加熱し、フィラメント(カソード)と反応器壁部(アノード)との間に360Vの電圧を印加し、0.2Paでエッチングを行なった。基板−Ti対向電極(マグネトロン源)間の印加電圧200Vで、7Aの基板電流が観測された。この電圧は必要最小限のエッチング電圧ではなく、適切に選定したものである。基板は明らかに更に深くエッチングされており、極端に陰になっている表面部分でも再堆積の徴候は認められなかった。
【0019】
このように、本発明によるエッチングを行うことにより、衝撃損傷が低減する低い基板電圧で且つ再堆積が起きない低い圧力で、高いエッチング効率が達成される。
【0020】
〔サンプル3〕
サンプル1、2で作製したインサートに、エッチングの直後に、厚さ1.6μmのAl層を被覆した。これは、標準的な堆積方法で、Alターゲットを備えた2対のマグネトロンを用いたDMSによって行なった。バックグラウンド圧力Ar0.23Paを維持した状態で、スパッタリング・ガス放出を40kWで行った。酸素反応性ガスを2×30sccmで供給し、光学放出フィードバック回路により制御した。これにより結晶質のAl層が得られた。2組のインサートについてステンレス鋼の旋削試験を行なって、被膜の密着性を評価した。その結果、従来方法でエッチングしたインサートは著しく剥離が生じたが、本発明の方法でエッチングしたインサートは剥離が少なく、摩耗の徴候も少なかった。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】本発明のマグネトロン堆積システムの模式的側面図。
【図2】図1の装置の上面図。
【図3】本発明の1実施形態による配線を示す図。
【符号の説明】
【0022】
1 反応器壁部
2 マグネトロン
3 被覆対象である基材
4 フィラメント
5 かご(ケージ)
6 高温フィラメントからの電子を加速するための電源
7 高温フィラメントに接続した電源
8 一次プラズマ発生用の電源

【特許請求の範囲】
【請求項1】
被覆対象である基板を収容した被覆反応器内、特にPVD被複システム内で、該基板と少なくとも1つの別の電極との間に直流または交流の電圧を印加して一次プラズマを発生させる際に、該プラズマの活性を向上させる装置において、
熱電子放出器、望ましくはフィラメントを備え、該フィラメントは1本の長いフィラメントであるか、または数本の短いフィラメントを直列または並列またはその組合せにより接続したフィラメントであって、直流または交流またはその組合せによって加熱されることを特徴とするプラズマ活性を向上させる装置。
【請求項2】
請求項1において、上記高温のフィラメントが被覆反応器のカソードであり、対応するアノードが1つまたは複数の別個の専用の電極であることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項1において、上記高温のフィラメントが被覆反応器のカソードであり、対応するアノードが該被覆反応器の壁部であることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項2または3において、上記対応するアノードが一次プラズマ発生用の1つ以上の付加的な電極であることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1から4までのいずれか1項において、上記高温のフィラメントが上記被複反応器の頂部から底部にまで延在していることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項1から5までのいずれか1項において、上記フィラメントが、W、トリア添加W、または、電子放出効率の高い希土類酸化物またはカーボンナノチューブを被覆した被複フィラメントであることを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1から6までのいずれか1項において、上記高温のフィラメントを保護するチャンバまたはかごの小さい開口を通って放出電子が進行可能であり、該チャンバまたはかごの電位は該高温のフィラメントの電位から上記対応するアノードの電位までの範囲内であることを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1から7までのいずれか1項において、上記PVD被複システムが、マグネトロン・スパッタリング・システムであることを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項1から8までのいずれか1項記載の装置の使用方法であって、超硬合金、高速度鋼、サーメット、立方晶窒化硼素または鋼のような金属あるいは金属の線材、棒材、帯材で作られた切削工具インサート、特に超硬合金、高速度鋼、サーメット、立方晶窒化硼素で作られた切削工具インサートの表面被覆処理に先立つスパッタ・エッチングに利用するプラズマ活性を向上させる装置の使用方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2007−35623(P2007−35623A)
【公開日】平成19年2月8日(2007.2.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−194631(P2006−194631)
【出願日】平成18年7月14日(2006.7.14)
【出願人】(505277521)サンドビック インテレクチュアル プロパティー アクティエボラーグ (284)
【Fターム(参考)】