説明

プロセス制御装置における非干渉制御方法、およびプロセス制御装置

【課題】 自動制御を行う3系列以上の制御ループに容易に適用することができ、かつ各制御ループの相互干渉を十分に抑えることが可能な非干渉制御方法を提供する。
【解決手段】 少なくとも3入力3出力以上の入出力変数を有するプロセス2と、このプロセス2と共に3系列以上の制御ループを構成する制御系3を有する。この制御系3は、3系列以上の制御ループの間に各制御ループ間の相互干渉を打ち消す非干渉要素29を備える。この非干渉要素29は、各制御ループの伝達関数および他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数をむだ時間を含んだ一次遅れ系の応答形に近似して算出したものとする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多変数プロセスを制御するプロセス制御装置の非干渉制御方法およびプロセス制御装置に関し、例えば、抄紙機のウェットパートにおけるリテンション、紙中灰分および坪量などの制御に好適な非干渉制御に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、紙パルプ産業では、抄紙機ウェットパートの安定化による操業性の改善や製品品質の向上を目的として、抄紙機のウェットパートにリテンション制御を組込んで、ウェットパートの安定化による操業性の改善や製品品質の向上を実現しようとする傾向がある。
【0003】
抄紙機のウエットパートプロセスにおけるリテンションとは、抄紙機のヘッドボックスからワイヤーパートのろ過ワイヤー上に噴出したパルプ原料(主にパルプで灰分を含む)がワイヤー上に歩留まる原料比率のことである。このリテンションは、ヘッドボックスに供給される原料の濃度(CHB)と、ワイヤーからろ過されてワイヤー下の白水サイロに落下する白水の濃度(CWW)を用いて次式で近似計算することができる。
【0004】
リテンション≒{(CHB−CWW)/CHB}×100% ・・・・(式A)
このようにして求めれるリテンション値は、抄紙機ワイヤーパート操業の良し悪しを判定するための重要な指標の一つとされている。また、このリテンションは、ヘッドボックスに供給される原料中に添加される微小な歩留り向上剤の添加流量を増減することによってコントロールできることが知られている。
【0005】
リテンション制御では、抄紙機のウェットパートに設置した特殊な濃度センサーによってオンライン測定される白水濃度(CWW)を利用して、(式A)のリテンション値そのものではなく、ワイヤー白水の全濃度の状態を監視しながら歩留向上剤の添加流量を増減添するコントロール形態が採られている(例えば、非特許文献1参照)。なお、ここで、このようにリテンション値そのものではなく白水の全濃度を用いるのは、白水の全濃度を一定に保てば、リテンションも一定に保つことができること、そして、例えリテンション値を一定に保ったとしても、ヘッドボックスに供給される原料の濃度(CHB)と白水濃度(CWW)が同じ比率で同時に大きく変化したような場合には、(式A)を指標に使うと、リテンション値は見かけ上、安定した一定値と計算されてウエットパートの安定化が図れなくなるなどの理由による。
【0006】
以上のように、リテンション制御は、ヘッドボックスからワイヤーパート上に供給されたパルプ原料の歩留まりを調整する制御であり、ワイヤーパートから流下した白水の全濃度を特殊な低濃度計でオンライン測定し、その値が予め設定した目標値と一致するように、パルプ原料中に添加している歩留まり向上剤の添加量を増減するフィードバック制御ループを構成することによって行われる。そして、この制御ループでは、PID調節計(コントローラ)によってPI制御(比例動作制御+積分動作制御)などが行われている(例えば、非特許文献1、3参照)。
【0007】
このPID調節計は、化学プラント、そして紙パルププラントのプロセス制御の制御ループにも多く用いられており、制御端に取付けたセンサーによりコントロールしたい温度や流量などの状態量をオンラインで測定し、その測定値と目標値との間に偏差が生じた場合、PID調節計で計算された大きさの操作(制御)信号を例えば蒸気バルブや流量バルブなどの操作端に出力し、フィードバックコントロールによってワンループの形で一対一に制御していく方式が基本形として使われている。最近の大型プラントでは、この種の制御ループを、中央制御室のDCS(Distributed Control System)に多数(数百〜数千ループ)組み込み、実際のプラントをオンラインで集中してコントロールしている。
【0008】
一方、抄紙機で製造する製品の紙の中には、表面性や印刷適性を改善するために、紙の品種毎に 0〜20%程度の炭酸カルシウムやタルクなどの灰分成分を処方に従って規定量だけ配合して行くが、これは製造時に紙中灰分含有率として管理されている。抄紙機では製品となる紙の灰分含有率を規定値に保つため、BM計(Basis Weight and Moisture Measurement Sensors)を用いて灰分含有率制御が従来より行われている。この灰分含有率制御は、BM計で紙中の灰分含有率をオンライン測定し、その測定値が目標値と一致するようパルプ原料中へ添加する灰分(アッシュ)の添加量を調節するフィードバック制御ループを構成することにより実現される。
【0009】
今まで、このBM計を用いた灰分含有率制御のためのフィードバック制御ループと、低濃度計を用いたリテンション制御のためのフィードバック制御ループとを用い、これらの制御ループによって、灰分含有率とリテンション(ワイヤーパートの白水濃度)をそれぞれ独立に制御していく方式が採られてきた。
ところが、抄紙機プロセスの内に上記のような二つのフィードバック制御ループを設けた場合、両制御ループ間には非常に強い相互干渉が発生し、プロセスを逆に不安定化させてしまい、製品の紙中灰分含有率に大きな変動を起こして逆に製品品質を悪化させるなど、希望した制御効果を得ることができないことがある。例えば、ポリマー流量による白水濃度を制御するフィードバック制御ループ(リテンション制御)と、灰分流量によって紙中灰分含有率を制御するフィードバック制御ループ(灰分制御)との間で、非常に強い相互干渉が発生することがある。この2つのフィードバック制御ループ間に発生する相互干渉は、両制御ループ間に2入力2出力の非干渉制御機能を適用することによって押さえ込むことができることが知られている(特許文献1、特許文献2、非特許文献3参照)。
【0010】
【特許文献1】特開平10−325092号公報
【特許文献2】特開2004−263309号公報
【非特許文献1】Kortelainen、 Nokelainen ら:上質工場における最新のリテンション・モニタリングシステムの適用、紙パ技協誌、43-7(1989)、 pp.39-pp.45
【非特許文献2】山本重彦,加藤尚武:PID制御の基礎と応用,工業技術社,(1996)
【非特許文献3】森,今井,原,西村ら(王子製紙),非干渉制御を併用した抄紙機ウェットパートのリテンション制御,紙パルプ技協誌,2005年3月
【非特許文献4】橋本,長谷部,加納:プロセス制御工学,朝倉書店(2002)
【非特許文献5】Mika Kosonen、 Calvin Fu、 Seyhan Nuyan、 Risto Kuusisto、 Taisto Huhtelin (Metso Automation) : Narrowing gap between theory and practice : Mill experiences with multi-variable predictive control、 Control Systems 2002 Proceedings(2002)、 pp.54-pp.59
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
しかしながら、抄紙機には、上記二つの制御ループの他に坪量の制御ループ、例えば、原料の流量によって坪量を制御する制御ループなども存在しており、この坪量の制御ループと上記各制御ループとの間にも、僅かではあるが相互干渉を起こすことが懸念されている。
【0012】
このため、リテンション制御ループと紙中灰分含有率制御ループとの2入力2出力の非干渉機能に加え、さらにリテンション制御ループと坪量制御ループに対し、もう一つ別の2入力2出力の非干渉制御機能を適用することも考えられている。しかしこの場合には、システムが複雑化してしまい、多くの干渉現象を取り扱うことが困難になる。
【0013】
このような理由から、現在では、抄紙機の非干渉機能として3入力3出力の非干渉機構を構築し、これを適用することによって抄紙機の各フィードバック制御ループの相互干渉を回避することが望まれている。ところが、2入力2出力以上の多変数系の制御機能については、僅かに非特許文献4において、「n入力n出力」の一般化した原理について記述したものが存在するのみであり、3入力3出力以上の非干渉機能の構築手法について詳しく具体的に言及した文献は存在していない。前記非特許文献4の記載に従って、実際に3干渉系(3入力3出力)の非干渉式を解いてみると、非干渉制御式はかなり複雑な式群となり、これを実際の抄紙機の制御系に導入されている一般的なコンピュータ(BM計やDCS)に適用した場合、実用に供し得る機能を実現することは困難である。
【0014】
また、例えば、そのような多変数の干渉系でのコントロールを実現していく別の手法として、プロセス応答について、各応答ゲインだけの行列式を用いて表現し、その逆行列を求めることによりその相互干渉をキャンセルするコントロール要素を見出したりすることも広く行なわれている。しかし、この場合には、定常状態においては非干渉効果がある程度得られるものの、非定常状態においては十分な非干渉効果が得られないという問題が生じる。
【0015】
また、最近では、「多変数制御」と呼ばれる、例えば「モデル予測制御」のような新しい制御アルゴリズムを用いて多変数間の相互干渉を取り除いてコントロールしていく手法もある(非特許文献5参照)。しかしモデル予測制御のソフトを機能させるためには、かなり大掛かりな計算ソフトと、それが機能できる大掛かりな設備を導入していく必要がある。
【0016】
本発明は、上記従来技術の課題に着目してなされたもので、自動制御を行う3系列以上の制御ループに容易に適用することができ、かつ各制御ループの相互干渉を十分に抑えることが可能な非干渉制御方法、非干渉制御装置および抄紙機の非干渉制御方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
上記課題を解消するため、本発明は以下の構成を有するものとなっている。
すなわち、本発明の第1の形態は、所定の多変数プロセスと共に複数の制御ループを構成する制御系を用いて自動制御を行うプロセス制御装置における非干渉制御方法であって、少なくとも3入力3出力以上の入出力変数を有するプロセスと共に3系列以上の制御ループを構成すると共に、前記3系列以上の制御ループの間に非干渉要素を設けることにより、各制御ループ間の相互干渉を打ち消すようにし、前記非干渉要素は、前記各制御ループの伝達関数および他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数をむだ時間を含んだ一次遅れ系の応答形に近似して算出することを特徴とする。
【0018】
本発明の第2の形態は、前記第1の形態に記載のプロセス制御装置における非干渉制御方法において、前記非干渉要素が、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数同士の積からなる項を省略して算出されることを特徴とする。
【0019】
本発明の第3の形態は、前記第2の形態において、前記非干渉要素が、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数との積からなる項の式において、その式を構成する一部の項を任意に省略して算出されることを特徴とする。
【0020】
前記他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数との積からなる項の式は、応答ゲインからなる項と、無駄時間と時定数からなる項とから構成されており、少なくともそのいずれかの項を省略して、前記非干渉要素を算出することができる。
【0021】
本発明の第4の形態は、前記第1ないし3の形態のいずれかに記載のプロセス制御装置における非干渉制御方法において、前記非干渉制御方法前記プロセスは、抄紙機であり、前記複数の制御ループは前記抄紙機におけるリテンションの制御ループと、紙中灰分の制御ループと、紙の坪量の制御ループの内の少なくとも2つの制御ループを含み、前記リテンションの制御ループは、ウェットパートにおけるワイヤーパートの白水濃度を測定し、該白水濃度に応じて原料中に添加する歩留まり向上剤の添加量を増減し、紙中灰分の制御ループは紙乾燥後の紙中の灰分含有率を測定し、該灰分含有率に応じて原料中に添加する灰分添加量を増減し、紙の坪量の制御ループは、紙乾燥後の紙の坪量を測定し、該坪量に応じて前記抄紙機への種原料の供給量を増減することを特徴とする。
【0022】
本発明の第5の形態は、所定の多変数プロセスと共に複数の制御ループを構成する制御系を備えたプロセス制御装置であって、少なくとも3入力3出力以上の入出力変数を有するプロセスと、前記プロセスと共に3系列以上の制御ループを構成する前記制御系と、前記3系列以上の制御ループの間の相互干渉を打ち消す非干渉要素と、を備え、前記非干渉要素は、前記各制御ループの伝達関数および他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数をむだ時間を含んだ一次遅れ系の応答形に近似して算出した要素であることを特徴とする。
【0023】
本発明の第6の形態は、前記第5の形態に記載のプロセス制御装置において、前記非干渉要素が、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数同士の積からなる項を省略して算出されることを特徴とする。
【0024】
本発明の第7の形態は、前記第6の形態に記載のプロセス制御装置において、前記非干渉要素が、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数との積からなる項の式において、その式を構成する一部の項を任意に省略して算出されることを特徴とする。
【0025】
本発明の第8の形態は、前記第7の形態に記載のプロセス制御装置において、前記制御系は、前記プロセスの伝達関数における応答ゲイン、むだ時間、時定数の各値を入力する入力操作部と、該入力操作部によって設定した応答ゲインについて有効、無効を指示する第1の指示部と、むだ時間および時定数の有効、無効を指示する第2の指示部とを有することを特徴とする。
【0026】
本発明の第9の形態は、前記第5ないし8の形態のいずれかに記載のプロセス制御装置において、前記プロセスは抄紙機であり、前記複数の制御ループは、前記抄紙機におけるリテンションの制御ループと、紙中灰分の制御ループと、紙の坪量の制御ループの内の少なくとも2つの制御ループを含み、前記リテンションの制御ループは、ウェットパートにおけるワイヤーパートの白水濃度を測定し、該白水濃度に応じて原料中に添加する歩留まり向上剤の添加量を増減し、前記紙中灰分の制御ループは、紙乾燥後の紙中の灰分含有率を測定し、該灰分含有率に応じて原料中に添加する灰分添加量を増減し、紙の坪量の制御ループは、紙乾燥後の紙の坪量を測定し、該坪量に応じて前記抄紙機への種原料の供給量を増減することを特徴とする。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、3系列以上の制御ループを有する様々な制御プロセスにおいても、比較的簡単な演算処理によって適正な非干渉制御を行うことができる。このため、従来のBM計やDCS設備などのハードウェアの所持機能を用いて、3系列以上の制御ループを有するプロセスを安価かつ容易に実現することが可能となり、設備コストの増大も抑えることができる。従って、抄紙機プロセスのリテンション制御ループ、紙中灰分制御ループおよび紙の坪量制御ループを有する抄紙機において、本発明に係る非干渉制御装置または非干渉制御方法を適用すれば各制御ループの相互干渉を安価な構成によって低減することができる。このため、2入力2出力の2干渉系の非干渉制御機能のみを行っていた従来の抄紙機において、リテンション制御の実行時に生じ易い僅かな紙の坪量の変動も防止することが可能となり、最終的に、抄紙機のウェットパートの安定化や製品品質の安定化を図ることが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0028】
以下、本発明の実施の形態を図面を参照しつつ説明する。
図1は、本発明の一実施形態に使用する抄紙機の全体構成を概念的に示す図である。
図示のように、ここに示す抄紙機1は、後述の抄造プロセスを実行する抄紙機プロセス2と、この抄紙機プロセス2の制御を行う制御系3とからなる。
ここで、まず、抄紙機プロセス2の構成を説明する。
抄紙機プロセス2のウェットパート2aでは、ヘッドボックス4から噴出された低濃度の種原料を、エンドレスに回転するワイヤー5などを備えたワイヤーパート6で脱水した後、このワイヤ5上に残留したパルプマットを後段のプレスパート7へ送り、ここでさらに脱水を行う。また、プレスパート7で脱水されたパルプマットは、後段のドライヤーパート8にて加熱乾燥された後、リールパート9において巻き取られ、紙巻取が形成される。
【0029】
一方、ウェットパート2aでは、ワイヤーパート6の脱水作用によってワイヤー5から流下した白水を、白水サイロ10にて一旦貯留した後、ここからポンプ11によってヘッドボックス4へと供給するという白水循環系12を構成している。
【0030】
そして、この白水循環系12において白水サイロ10からポンプ11に至る経路には、ポンプ13によって供給される種原料が、種箱14及びバルブ(種口弁)15を経て白水循環系12に供給されている。従って、種原料は、白水サイロ10から送給された白水と共にヘッドボックス4へと送給される。
【0031】
さらに、白水循環系12において前記ポンプ11からヘッドボックス4に至る経路には、ポンプ16aによって不図示の灰分供給源から灰分(アッシュ)を供給する灰分供給経路16と、ポンプ17aによって不図示の歩留向上剤供給源からポリマーなどの歩留向上剤を供給する歩留向上剤供給経路17とが接続されている。灰分供給経路16には、灰分コントロールバルブ18及び流量計19が接続されている。このバルブ18の開度は、流量計19によって検出された検出流量が、後述の制御系3から出力された操作量に対応する制御信号に対応した値となるよう灰分添加流量制御部20によって制御される。
【0032】
また、歩留向上剤供給経路17には、歩留向上剤コントロールバルブ21(定量ポンプによるコントロールでも良い)及び流量計22が接続されており、このバルブ21の開度は、流量計22によって検出された検出流量が、制御系3から出力された操作量に対応する制御信号に対応した値となるよう歩留向上剤添加流量制御部23によって制御される。
【0033】
上記抄紙機プロセス2において、前記白水サイロ10内に流下した白水の濃度は低濃度計(白水濃度検出手段)24によって検出されており、その検出値が制御系3に入力されている。
【0034】
この実施形態において、低濃度計24の一例を示すと、レーザー光がパルプ繊維を透過する際に光軸が約90°回転して偏光する性質を利用した偏光光量比、炭酸カルシウムなど灰分成分の微細粒子によるレーザー光の散乱形態差異、後方反射の散乱光量、微細パルプと灰分成分とを識別するためキセノン光が試料を透過中にパルプ中のリグニン成分により吸収される光量、及び後方反射の散乱光量などの5種類の信号などを含む全14種の検出信号をセンサーに接続されたCPUに取り込み、手分析による実測値と突き合わせて重回帰分析により全信号の中から相関の高い5信号程を選択し、統計的に回帰モデル式の係数値を決めて各濃度に換算する方法のセンサー(フィンランド・メッツォオートメーション・カヤーニ社製)を利用している。なお、この低濃度計24によって測定される測定範囲は、全濃度≦1.5%、灰分濃度≦0.8%である。
【0035】
この特殊センサーを用いることにより、今まで、オフラインの実測によってしか知ることができなかったヘッドボックス4への供給原料濃度やワイヤー5から濾過されて白水サイロ10に流下する白水の濃度などが、オンラインでパルプ成分と灰分成分とを分離して濃度測定できるようになる。この二か所の測定値を用いて、ワイヤーパート6で各原料が脱水されてワイヤー上に残る歩留り((i)全リテンション、(ii)パルプリテンション、(iii)灰分リテンション)もオンライン計算で連続的に知ることができるようになった。
【0036】
また、抄紙機プロセス2の後部パート、例えばリールパート9には複数のセンサーを搭載したBM計の測定フレームとセンサヘッド25cが設置されており、そのセンサヘッド25cを紙幅方向にスキャンさせて、紙中灰分含有率、及びその他の紙の物理的な性状(坪量、水分、厚さ、色合いなど)をオンラインでBM計のセンサヘッド25cと制御部25aで測定している。なお、紙中灰分含有率を測定するセンサヘッド25cに設けられた灰分センサーは、紙中の灰分(アッシュ)がパルプよりX線を強く吸収する性質を利用して、紙を透過して減衰したX線の強度を電離箱により検出することで灰分成分を測定している。
【0037】
上記のように構成された抄紙機プロセス2において、ワイヤーパート6におけるリテンション制御は、ワイヤー5から白水サイロ10に流下する白水の全濃度を低濃度計24でオンライン測定し、その値が予め設定した目標値と一致するように、後述の制御系3に設けられたPI調節計26によって短周期出力のフィードバック制御でコントロールバルブ21の開度を制御することにより(または、定量ポンプの流量を制御することにより)、種原料中に添加されている歩留向上剤の添加流量を増減させることにより行う。
【0038】
すなわち、操業中において、低濃度計24で測定している白水の全濃度が高くなればワイヤーパートでのリテンションが低下してきたこととなるため、原料中に添加する歩留向上剤の添加流量を増加し、白水の全濃度が低くなれば、逆に歩留向上剤の添加流量を減少させるよう、後述のフィードバック制御ループによって制御する。この制御動作は一秒周期程度の短周期でオンラインで行なわれる。
【0039】
なお、歩留り向上剤は、通常、高粘度の液体状の歩留向上剤(高分子)薬液が使われるが、種原料に対して200〜500ppm濃度程度の添加率で添加される。その添加には微少流量管理が要求されるため(生産量にもよるが、略10〜20リットル/分程度の添加流量)、前記ポンプ17aとしては、コントロールバルブ21を設けた場合は渦巻ポンプなどが、コントロールバルブ21を設けない場合は可変流量型の定量ポンプなどが用いられる。こうした微小な歩留り向上剤の添加率の増減によって、ワイヤーパート6での原料成分のリテンション(白水の全濃度)を制御することが可能となる。
【0040】
一方、灰分含有率の制御は、紙中の灰分含有率を製品スペックになるように、パルプ原料中へ添加する灰分添加流量の調節によって行なう。すなわち、操業中において、紙中の灰分含有率が目標値より高くなれば、BM計制御部25aからの制御信号に基づき灰分添加流量制御部20がバルブ18の開度を下げてポンプ16aによって送る灰分流量を減少させ、灰分含有率が低くなればバルブ18の開度を上げて灰分流量を増加させる。
【0041】
さらに、この実施形態では、抄紙機プロセスによって得られる紙の坪量を制御するようになっている。すなわち、ドライヤーパート8で乾燥された紙の坪量をBM計によって測定し、その測定坪量と予め設定した目標坪量とに基づき、原料流量制御部31が種口弁15の開度を制御して原料流量を増減させる。
【0042】
次に、上記抄紙機プロセス2を制御する制御系3について説明する。
この実施形態における制御系3は、必要とする灰分含有率の目標値、白水の全濃度の目標値および坪量などをはじめとする種々のデータ及び指令を入力する入力設定部28と、この入力設定部28によって設定された灰分含有率、白水の全濃度および坪量の目標値に従って前述の灰分添加流量制御部20と歩留向上剤添加流量制御部23と種流量制御部31とを制御するコントローラ29と、を備える。
コントローラ29は、CPU、メモリー等を有するコンピュータ等を備え、BM計制御部25a、25bと、PI制御部26と、非干渉制御部30としての機能を有する。このBM計制御部25a、25b、PI制御部26及び非干渉制御部30としての機能は、前記コンピュータに格納されたプログラムに従ってCPUにより実現される。また、このプログラムは、現在用いられている種々の記憶媒体に格納可能である。
【0043】
BM計制御部25aは、入力設定部28にて入力された紙中灰分含有率の目標値とBM計のセンサヘッド25cによって検出された灰分含有率検出値との偏差に基づき、灰分添加流量制御部20に対して制御信号を送出するものとなっており、これによって図2に示すように、抄紙機プロセス2に対して灰分含有率制御のためのフィードバック制御ループ(以下、灰分制御ループと称す)L1が構成されている。
また、PI調節計26は、入力設定部28にて設定された白水の全濃度の目標値と低濃度計24から得られた濃度値との偏差に基づき、歩留向上剤添加流量制御部23に対して制御信号を送出するものとなっており、これによって図2に示すように、リテンション制御のためのフィードバック制御ループ(以下リテンション制御ループと称す)L2が構成されている。
【0044】
また、BM計制御部25bは、入力設定部28にて入力された坪量の目標値とBM計のセンサヘッド25cによって検出された坪量検出値との偏差に基づき、種原料流量制御部20に対して制御信号を送出するものとなっており、これによって図2に示すように、抄紙機プロセス2に対して坪量制御のためのフィードバック制御ループ(以下、坪量制御ループと称す)L3が構成されている。
【0045】
この灰分制御ループL1と、リテンション制御ループL2と、坪量制御ループL3とを併存させた状態において、各制御ループが互いに独立した状態で存在すれば、灰分含有率及びリテンションを所望の目標値に保ち得る理想的なフィードバック制御が可能となる。
【0046】
ところが、抄紙機1に対し、上記のように3つの制御ループを組み込んだ場合、実際には、各制御ループL1、L2、L3の間に、干渉ブロックP12、P13、P21、P31、P32による相互干渉が発生し、白水の全濃度及び紙中灰分含有率に大きなハンチングが発生すると共に、坪量についても僅かではあるが変動が生じた。すなわち、抄紙機プロセス2において制御しようとする紙中灰分含有率と、白水の全濃度と、坪量の3変数のうち、例えば、一方の変数である白水の全濃度を変化させると、他方の変数である紙中灰分含有率がその影響を受けて変化してしまい、各々を独立に制御することができない状態に陥ることがある。
【0047】
そこで、本実施形態には、各フィードバック制御ループL1、L2、L3の間に生じる相互干渉の影響を低減するために、図1および図2に示すような非干渉制御部が設けられている。
【0048】
ここで、この非干渉制御部30に使用する変数について述べる。
【0049】
・Y1、Y2、Y3:各制御ループの出力値
・MV1、MV2、MV3:制御出力
・P11、P12、P13、P21、P22、P23、P31、P32、P33 :各制御ループに影響する伝達関数(Pabは、入力変数bが出力変数aに影響を及ぼす干渉要素を表わす)
・U1、U2、U3:プロセスへの入力値(制御出力)
・C1、C2、C3:単独の調節器(コントローラ)
・D12、D13、D21、D23、D31、D32:非干渉補償器の非干渉要素(Dabは、入力変数bが出力変数aに影響を及ぼす非干渉補償器の非干渉要素)を示す。
【0050】
なお、本実施形態の非干渉制御部30において、前述のC1、C2、C3の単独の調節器(コントローラ)は、具体的には、「白水濃度のコントローラ(操作変数:歩留向上剤流量)」、「紙中灰分含有率制御のコントローラ(操作変数:灰分流量)」、「坪量制御のコントローラ(操作変数:種原料流量)」に相当している。
【0051】
また、P11、P12、P13、P22、P21、P23、P33、P31、P33は各変数間の伝達関数を表わしており、例えば、P11はU1の入力値が単独で制御ループL1の出力値Y1に与える影響度を表わす関数であり、P12はU2の入力値が単独で制御ループL1の出力値Y1に与える影響度を表わす関数であり、P13はU3の入力値が単独で制御ループL1の出力値Y1のプロセスに与える影響度を表わす関数である。
【0052】
ここで、各制御ループL1、L2、L3は、3つのコントローラC1、C2、C3の制御出力信号MV1、MV2、MV3と、各プロセスP11、P22、P33への制御出力信号U1、U2、U3のそれぞれによって相互に結ばれて関係付けられている。
次に、図2の3つの制御ループにおける各々の出力信号Y1、Y2、Y3に着目して入出力信号の関係を等式化すると、次の3つの式として記述できる。
Y1=(P11・U1)+(P12・U2)+(P13・U3)・・・・(式1)
Y2=(P21・U1)+(P22・U2)+(P23・U3)・・・・(式2)
Y3=(P31・U1)+(P32・U2)+(P33・U3)・・・・(式3)
また、同様に、プロセスへの入力値U1、U2、U3は、コントローラC1、C2、C3のそれぞれの制御出力MV1、MV2、MV3と、非干渉補償器のコントローラD12、D13、D21、D23、D31、D32を用いると、次の3つの等式として記述することができる。
U1=MV1+(D12・MV2)+(D13・MV3)・・・・(式4)
U2=(D21・MV1)+MV2+(D23・MV3)・・・・(式5)
U3=(D31・MV1)+(D32・MV2)+MV3・・・・(式6)
さらに、上で導いた6つの式を合体して、行列式で表わすと次のように表現できる。
【0053】
【数1】

【0054】
本実施形態では、各コントローラの制御出力MV1、MV2、MV3に対して、各制御ループの出力信号Y1、Y2、Y3の値が、制御ループL1、L2、L3の各々のみから独立に影響を受け、他の制御ループからは影響を受けないような形の非干渉補償器のコントローラ要素 D12、D13、D21、D23、D31、D32を設計することを目的としている。つまり、行列式表現において、対角要素以外の要素であって、変数間相互で影響し合って干渉を及ぼしあってしまう変数を、非干渉補償器のコントローラ要素D12、D13、D12、D23、D31、D32でキャンセル(無効化)できるような形にすることを目的としている。
【0055】
従って、この要素を非干渉化するためには、最終的に、上記の行列式で表わした式の右辺、第一項と第二項の積の行列式が、次式に示すような対角行列以外の項が「ゼロ(0)」となる形になれば良いこととが判る。なお、ここで、「*」は「ノンゼロ項」を表わしている。
【0056】
【数2】

【0057】
上の2つの行列式(式7)、(式8)の中の要素で、対角行列以外の各項を比較することにより、次式のようになるように非干渉補償器のコントローラーを設計すれば良い。すなわち、
(P11・D12)+P12+(P13・D32)=0・・・・・・(式9)
P21+(P22・D21)+(P23・D31)=0・・・・・・(式10)
P31+(P32・D21)+(P33・D31)=0・・・・・・(式11)
(P11・D13)+(P12・D23)+P13=0・・・・・・(式12)
(P21・D13)+(P22・D23)+P23=0・・・・・・(式13)
(P31・D12)+P32+(P33・D32)=0・・・・・・(式14)
次に、(式9)と(式14)を変形して、(式15)を導く。
(P11・D12)+(P13・D32)=−P12
(P31・D12)+(P33・D32)=−P32 ・・・・・・(式15)
また、(式10)と(式11)を変形して、(式16)を導く。
(P22・D21)+(P23・D31)=−P21
(P32・D21)+(P33・D31)=−P31 ・・・・・・(式16)
また、(式12)と(式13)を変形して、(式15)を導く。
(P11・D13)+(P12・D23)=−P13
(P21・D13)+(P22・D23)=−P23 ・・・・・・(式17)
【0058】
(式15)、(式16)、(式17)を行列式で表わすと次のようになる。
【0059】
【数3】

【0060】
【数4】

【0061】
【数5】

【0062】
さらに、逆行列表現を使って、最終的に求めたい非干渉補償器のコントローラー要素 D12、D13、D12、D23、D31、D32 の各要素について式を変形すると、下記の(式21)、(式22)、(式23)が得られる。
【0063】
【数6】

【0064】
【数7】

【0065】
【数8】

【0066】
以上から、例えば、(式21)のD12とD32の補償要素(非干渉要素)について解くと、最終的に(式24)に示すようになる。なお、(式25)、(式26)からもD21と、D31、D13とD23を同様に求めることができる。
【0067】
【数9】

【0068】
【数10】

【0069】
【数11】

【0070】
次に、対象プロセスが「むだ時間+一次遅れ」の応答を示すプロセスの系とここでは仮定してステップ応答時の伝達関数Pijを表わすと、次式の形で表現できる。
【0071】
【数12】

【0072】
ここで式中のGijは、プロセスの変数「j」→「i」への応答ゲインの大きさを表わし、Tijは、そのプロセスの応答の際に現れる「時定数」の時間長を、Lijはそのプロセスの応答の際に現れる「むだ時間」の時間長を表わしている。
【0073】
なお、多くの化学プロセスでは、ステップ入力に対するプロセス応答を表わす伝達関数として、このような簡単な形である、「むだ時間+一次遅れ」の応答形で近似的に表現しても、概ね差し支えないことが知られている。
【0074】
ここで、この「むだ時間+一次遅れ」で表現した伝達関数Pijを用いて、例えば、D12、つまり、「灰分流量」への出力から「白水濃度」への非干渉補償器の非干渉要素について書き下してみると、次式のような形になる。
【0075】
【数13】

【0076】
なお、D13、D12、D23、D31、D32 についても、D12と同様に書き表せる。
【0077】
このように、このD12の非干渉補償器の非干渉要素は、非常に複雑な形となるため、一般に導入されているコントローラや計器類を利用して、この式の形のまま実際のプロセスのシステムに組込んでいくことは極めて困難である。また、仮にこの式の形のままで組込んだとしても、プロセスを「むだ時間+一次遅れ」の形に近似しているため、システム誤差が発生し、その十分な効果が期待できないことが予想される。
【0078】
ここで、D12の式28を詳しく見ていくと、分子の後半の項の中の前方の項
【0079】
【数14】

【0080】
は、「灰分流量」から「坪量」への干渉項(A)を意味する。また、分母の後半の項の中の前方の項
【0081】
【数15】

【0082】
は、「ポリマー流量」から「坪量」への干渉項(B)を意味する。さらに、分子後半の項の中の前方の項および分子後半の項の中の後方の項(両項は同一)
【0083】
【数16】

【0084】
は、「種口弁流量」から「白水濃度」への干渉項(C)を意味する。今回の場合、(A)、(B)、(C)の各項は、副次的に相互に干渉してくる量に該当する項であり、さらにその両値の積値になるため、(式28)における分母、分子それぞれの前半の項の積値よりかなり小さい値になるため、無視し得る値と見なすことができる。このため、(式28)は、最終的に次式のように近似することができる。
【0085】
【数17】

【0086】
上記のように、干渉項(A)、(B)、(C)を省略することにより、(式29)は(式28)に比べて大幅に簡略化される。また、D13、D12、D23、D31、D32についても、D12と同様の形に近似することができる。
【0087】
上式のように変形した非干渉補償器の非干渉要素 D12、D13、D12、D23、D31、D32を用いると、「ポリマー流量」への総合した全体の制御出力は、最終的に次式で表わされる。尚、ΔMV1は各MV1値の変化量を表わす。
【0088】
【数18】

【0089】
同様に、「灰分流量」への総合した全体の制御出力量は次式で表わされる。
【0090】
【数19】

【0091】
そして、「ストック流量(種口流量)」への総合した全体の制御出力量は次式で表わされる。
【0092】
【数20】

【0093】
参考までに、U1、U2、U3の式の最終式の2項目、3項目のそれぞれの項は、変形すると、次式のような一般式に分解できる。
【0094】
【数21】

【0095】
つまり、各項は変形すると、それぞれ、さらに2つの「一次遅れ+むだ時間」の関数の和に分解でき、これらの結果を全部、加算することにより最終式の出力信号を得る形になる。市販されている一般のBM計やDCSには、この「一次遅れ+むだ時間」を実行していくコントローラ機能が基本のユニット機能として既に組込まれているため、これらの計器類の機能を使って出力を足し合せることにより、実際の現場のシステムでも、容易に本発明の制御システムを実現できることになる。
【0096】
次に、図3に基づき、本実施形態の抄紙機プロセスのチューニング操作に使用される設定操作画面を説明する。
図3に示す設定操作画面は、実際のプロセスで上記のような非干渉制御を行う際の、各チューニング作業に使用する画面であり、入力操作部28に設けられている。この設定操作画面では、3入力に該当する操作端を縦方向に、3出力に該当する応答端(制御端)を横方向に取ったマトリックス形態の表が構成されている。この表において対角線上にあるエリア以外の欄に対し、それぞれ、ステップ応答テストにより求めた、「応答ゲイン」、「むだ時間」、「時定数」の3つの値を設定していく。なお、ここでは、プロセス応答を全て、「むだ時間+一次遅れ」の系と仮定している。
【0097】
また、登録した「応答ゲイン」、「むだ時間」、「時定数」の各値に対して、「応答ゲイン」について有効、無効を指示する第1の指示部としてのボタンB1と、「むだ時間」と「時定数」の有効、無効を指示する第2の指示部としてのボタンB2とが設けられている。このため、「応答ゲイン」のみを活かして、「むだ時間」と「時定数」を無効にする場合には、ボタンB1によって有効を設定すると共に、ボタンB2によって無効を設定すれば良い。また、「応答ゲイン」と「むだ時間」と「時定数」を、全て同時に活かしてコントロールして行く場合には、ボタンB1とボタンB2とによって共に有効を設定すれば良い。このようにボタンB1、B2を設けることにより、予め設定した値を無効にする場合などにおいて、その都度、設定してある値を0にする必要もなく、それまでに設定した値を保持しておくことができる。このため、設定しておいた値を再び有効にする際にも、その度に値を設定する必要がなく、また、新たな値を設定する場合にも前回の設定値を参考にすることが可能となるため、チューニング作業が容易になり、作業効率の向上を図ることができる。
【0098】
そして、ボタンB1を有効に設定し、ボタンB2を無効に設定すれば、非干渉制御の定常制御を行うためのコントロール環境を作ることが可能となり、両ボタンB1、B2を有効に設定すれば、非干渉制御の非定常制御を活かすためのコントロール環境を作ることが可能となる。また、この3入力3出力の非干渉制御の設定画面において、3入力3出力の中から任意に入力2出力を選択することによって、通常の2変数間の非干渉制御としてコントロールを実行していく設定も可能になり、対象とするプロセスの応答状態を見ながら、コントロール系を単純化していくことも可能になる。
【0099】
(他の実施形態)
上記実施形態では、3入力3出力の非干渉制御を行う場合を例に採り説明したが、本発明は、相互干渉を生じる3入力3出力以外のプロセス、つまり、n入力n出力(nは整数)のプロセスにおける非干渉制御を行う場合にも適用可能である。すなわち、n入力n出力のプロセスにおいて非干渉制御を行った場合の各制御ループからの出力は次のようにして求められる。
ここで、まず、相互干渉を生じる2入力2出力のプロセス(図7参照)において非干渉制御を行った場合の各制御ループからの出力は、下記のように表わされる。なお、図6に示す各変数は、図2に示す変数と同様に、
・Y1、Y2:各制御ループの出力値
・MV1、MV2:制御出力
・P11、P12、P21、P22:各制御ループに影響する伝達関数(Pabは、出力変数bが入力変数aに影響を及ぼす干渉要素を表わす)
・U1、U2:プロセスへの入力値(制御出力)
・C1、C2:単独の調節器(コントローラ)
・D12、D21:非干渉補償器の非干渉要素(Dabは、出力変数bが入力変数aに影響を及ぼす非干渉補償器の非干渉要素)
を示している。
【0100】
なお、本実施形態の非干渉制御部30において、前述のC1、C2の単独の調節器(コントローラ)は、「白水濃度のコントローラ(操作変数:歩留向上剤流量)」、「紙中灰分含有率制御のコントローラ(操作変数:灰分流量)」に相当している。
【0101】
また、この場合も、プロセスの伝達関数は「むだ時間+一次遅れ」と仮定した。
【0102】
【数22】

【0103】
【数23】

【0104】
また、上記実施形態の内容から、相互干渉を生じる3入力3出力のプロセスにおいて非干渉制御を行った場合の各制御ループからの出力は、下記のように近似的に表わされる。
【0105】
【数24】

【0106】
【数25】

【0107】
【数26】

【0108】
以上の2入力2出力、3入力3出力の各式から、n入力n出力のプロセスに対して非干渉制御を行う場合の制御出力は下記のような式で近似的に表わされると推定される。
【0109】
【数27】

【0110】
以上のように、n入力n出力のプロセスに対しても、比較的単純な式で表される項を重ね合せた式で表わすことができるため、3入力3出力の場合と同様、実際の現場のシステムでも、容易に本発明の制御システムを実現できることになる。
【0111】
(他の実施形態)
上記実施形態では、抄紙機プロセスにおける紙中灰分含有率、白水全濃度、および坪量の制御ループに対し、各制御ループの相互干渉を低減させる非干渉制御について説明したが、本発明は、抄紙機におけるその他の制御ループの相互干渉にも適用可能である。さらに、本発明の非干渉制御装置および非干渉制御方法は、抄紙機プロセスに限らず、相互干渉を生じる複数の制御ループを含んだ様々なプロセスにも広く適用可能である。すなわち、本発明の非干渉制御装置および非干渉制御方法は、非干渉制御を要する全て制御プロセスに適用可能であり、制御プロセスに含まれる制御ループの数も特に限定されない。
【実施例】
【0112】
次に、上記実施形態で述べた抄紙機による非干渉制御の具体的な実施例を説明する。
最初に、3入力3出力のプロセスにおいて、各変数同士の9つのプロセス応答の内、重要な応答であると考えられるものについて、実際の抄紙機プロセスで一つづつ個別に「ステップ応答テスト」を行ない、基本になる個別のプロセスの伝達関数P11、P22、P33およびP12、P13、P21、P23、P31、P32を見出した。この作業により、プロセスの応答ゲイン、時定数、むだ時間が判るため、これらのデータを、例えば、図3に示すシステムに設けたチューニング設定画面を用いて入力する。そして、同画面に設けたボタンB1、B2を用いて各項目の有効、無効を設定する。これにより、所望の非干渉項(D12、D13、D21、D23、D31、D32)を効かせた形で、3入力3出力のリテンション非干渉制御機能を実行することができるようになる。
【0113】
次に、上記のようにしてチューニングを行った非干渉制御装置を用いて、抄造プロセスの制御を実施した結果を図6に示す。また、図4は、非干渉制御を実行せずに白水全濃度、紙中灰分含有率および坪量などの抄造プロセスの制御を独立に実施した結果を示している。また、図5は、図4の制御において、白水全濃度制御を行わない場合を示している。 図4に示すように、非干渉制御を実行しない場合には、制御端である白水の全濃度、紙中灰分含有率は相互干渉を引き起こして非常に不安定となり発散振動を起こし始めた。これに対し、本実施形態では、図6に示すように、歩留向上剤添加流量(4)をコントロールすることによって白水全濃度(6)をほぼ一定値に保ちながら、リテンション制御を実現することが可能になった。また、紙中灰分含有率(4)についても大きな変動や発散を発生させることがなく、さらに紙の坪量(2)についても気になる微少変動を発生することなく安定した運転が可能となった。
【0114】
これまで、2入力2出力の2干渉系の非干渉制御機能のみでは、抄紙機のリテンション制御の実行時に、僅かではあるが坪量の変動を悪化させることが懸念されていたが、本実施形態における非干渉制御によれば、この坪量の変動悪化をも防止することが可能となった。このため、本実施形態における非干渉制御は、抄紙機のウェットパートの安定化や製品品質の安定化対策機能としてより有効に役立てることが可能になった。
【図面の簡単な説明】
【0115】
【図1】本発明の一実施形態に使用する抄紙機の全体構成を概念的に示す図である。
【図2】図1に示す抄紙機の制御系における紙中灰分含有率制御ループと、リテンション制御ループと、坪量制御ループとを示すブロック図である。
【図3】図1に示す抄紙機の制御系における3入力3出力の非干渉制御のチューニング設定画面を示す図である。
【図4】抄紙機の各制御ループにおいて、非干渉制御を実行せずに、白水全濃度、紙中灰分含有率および坪量などの制御を独立に行った状態を示す線図である。
【図5】抄紙機の各制御ループにおいて非干渉制御を実行せずに、紙中灰分含有率および坪量などの制御を行った状態(図4の制御において、白水全濃度制御を行わない場合)を示す線図である。
【図6】本実施形態おける抄紙機の制御装置によって、各制御ループに対する非干渉制御を実行して白水全濃度、紙中灰分および坪量などの制御を行った状態を示す線図である。
【図7】2入力2出力の制御プロセスにおける非干渉制御装置を示すブロック図である。
【符号の説明】
【0116】
1 抄紙機
2 抄紙機プロセス
2a ウェットパート
3 制御系
4 ヘッドボックス
5 ワイヤー
6 ワイヤーパート
7 プレスパート
8 ドライヤーパート
9 リールパート
10 白水サイロ
11 ポンプ
12 白水循環系
13 ポンプ
14 種箱
15 バルブ(種口弁)
16 灰分供給経路
16a ポンプ
17 歩留向上剤供給経路
17a ポンプ
18 灰分流量コントロールバルブ
19 流量計
20 灰分添加流量制御部
21 歩留向上剤コントロールバルブ
22 流量計
23 歩留向上剤添加流量制御部
24 低濃度計
25a BM計制御部
25b BM計制御部
25c BM計センサーヘッド
26 PI調節計
28 入力設定部
29 コントローラ
30 非干渉制御部
31 原料流量制御部
Y1、Y2、Y3 各制御ループの出力値
MV1、MV2、MV3 制御出力
P11、P12、P13、P21、P22、P23、P31、P32、P33 各制御ループに影響する伝達関数
U1、U2、U3 プロセスへの入力値(制御出力)
C1、C2、C3 単独の調節器(コントローラ)
D12、D13、D21、D23、D31、D32 非干渉補償器の非干渉要素
L1 灰分制御ループ
L2 リテンション制御ループ
L3 坪量制御ループ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
所定の多変数プロセスと共に複数の制御ループを構成する制御系を用いて自動制御を行うプロセス制御装置における非干渉制御方法であって、
少なくとも3入力3出力以上の入出力変数を有するプロセスと共に3系列以上の制御ループを構成すると共に、
前記3系列以上の制御ループの間に非干渉要素を設けることにより、各制御ループ間の相互干渉を打ち消すようにし、
前記非干渉要素は、前記各制御ループの伝達関数および他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数をむだ時間を含んだ一次遅れ系の応答形に近似して算出することを特徴とするプロセス制御装置における非干渉制御方法。
【請求項2】
前記非干渉要素は、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数同士の積からなる項を省略して算出されることを特徴とする請求項1に記載のプロセス制御装置における非干渉制御方法。
【請求項3】
前記非干渉要素は、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数との積からなる項の式において、その式を構成する一部の項を任意に省略して算出されることを特徴とする請求項2に記載のプロセス制御装置における非干渉制御方法。
【請求項4】
前記プロセスは、抄紙機であり、
前記複数の制御ループは、前記抄紙機におけるリテンションの制御ループと、紙中灰分の制御ループと、紙の坪量の制御ループの内の少なくとも2つの制御ループを含み、
前記リテンションの制御ループは、ウェットパートにおけるワイヤーパートの白水濃度を測定し、該白水濃度に応じて原料中に添加する歩留まり向上剤の添加量を増減し、
紙中灰分の制御ループは、紙乾燥後の紙中の灰分含有率を測定し、該灰分含有率に応じて原料中に添加する灰分添加量を増減し、
紙の坪量の制御ループは、紙乾燥後の紙の坪量を測定し、該坪量に応じて前記抄紙機への種原料の供給量を増減することを特徴とする請求項1ないし3のいずれかに記載のプロセス制御装置における非干渉制御方法。
【請求項5】
所定の多変数プロセスと共に複数の制御ループを構成する制御系を備えたプロセス制御装置であって、
少なくとも3入力3出力以上の入出力変数を有するプロセスと、
前記プロセスと共に3系列以上の制御ループを構成する前記制御系と、
前記3系列以上の制御ループの間の相互干渉を打ち消す非干渉要素と、を備え、
前記非干渉要素は、前記各制御ループの伝達関数および他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数をむだ時間を含んだ一次遅れ系の応答形に近似して算出した要素であることを特徴とするプロセス制御装置。
【請求項6】
前記非干渉要素は、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数同士の積からなる項を省略して算出されることを特徴とする請求項5に記載のプロセス制御装置。
【請求項7】
前記非干渉要素は、他の制御ループから干渉してくる干渉要素の伝達関数との積からなる項の式において、その式を構成する一部の項を任意に省略して算出されることを特徴とする請求項6に記載のプロセス制御装置。
【請求項8】
前記制御系は、前記プロセスの伝達関数における応答ゲイン、むだ時間、時定数の各値を入力する入力操作部と、該入力操作部によって設定した応答ゲインについて有効、無効を指示する第1の指示部と、むだ時間および時定数の有効、無効を指示する第2の指示部とを有することを特徴とする請求項7に記載のプロセス制御装置。
【請求項9】
前記プロセスは、抄紙機であり、
前記複数の制御ループは、前記抄紙機におけるリテンションの制御ループと、紙中灰分の制御ループと、紙の坪量の制御ループの内の少なくとも2つの制御ループを含み、
前記リテンションの制御ループは、ウェットパートにおけるワイヤーパートの白水濃度を測定し、該白水濃度に応じて原料中に添加する歩留まり向上剤の添加量を増減し、
紙中灰分の制御ループは、紙乾燥後の紙中の灰分含有率を測定し、該灰分含有率に応じて原料中に添加する灰分添加量を増減し、
紙の坪量の制御ループは、紙乾燥後の紙の坪量を測定し、該坪量に応じて前記抄紙機への種原料の供給量を増減することを特徴とする請求項5ないし8のいずれかに記載のプロセス制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【公開番号】特開2007−11866(P2007−11866A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−193887(P2005−193887)
【出願日】平成17年7月1日(2005.7.1)
【出願人】(000006507)横河電機株式会社 (4,443)
【出願人】(000122298)王子製紙株式会社 (2,055)
【Fターム(参考)】