説明

ホスホン酸ポリマー、その製造方法及びその用途

【課題】ホスホン酸ポリマー、その製造方法及びその用途に関し、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物及びその製造方法であり、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物を用いた二次電池用バインダー及び燃料電池用電解質膜を提供する。
【解決手段】ポリスチレンの芳香環に下式で表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物であることを特徴とするホスホン酸ポリマー。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、ホスホン酸ポリマー、その製造方法及びその用途に関し、より詳細には、ポリスチレンの芳香環にリン酸基が導入されたポリスチレン系化合物、その製造方法及びその用途に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、スチレン−ブタジエンラバー(SBR)といった芳香族ビニル化合物と共役ジエンとのブロック共重合体や、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)といったパーフルオロ系樹脂は、リチウムイオン電池等の二次電池のバインダーとして広く用いられている。また、ナフィオン(登録商標)に代表されるパーフルオロスルホン酸系のポリマーは、固体高分子型燃料電池等の燃料電池の電解質膜として広く用いられている。しかしながら、パーフルオロスルホン酸系のポリマーは非常に高価であるため、これに代わる材料に関し、種々の提案がなされているところである。
【0003】
例えば、特許文献1には、一般式HC=CR´COO(CHCHR´O)PO(OH)(R´はHまたはCH、R´はH、CHまたはCHCl、nは1〜10の整数)で表されるリン酸基含有(メタ)アクリル酸エステルモノマー(モノマー(A))(なお、「(メタ)アクリル」とは、アクリル及びメタクリルを意味する。以下同じ。)と、α−メチルスチレンホスホン酸、スチレンホスホン酸、α−メチルスチレンアルキルホスホン酸及びスチレンアルキルホスホン酸から選択される一種類以上のリン酸基含有スチレン系モノマー(モノマー(B))の共重合体からなるポリスチレン系化合物が開示されている。このポリスチレン系化合物は、上記モノマー(A)と、上記モノマー(B)とを溶液中でラジカル重合して得られたものであり、その実施例において、上記ポリスチレン系化合物の電解質膜が、温度50℃、湿度90%の測定条件下において、10−3S/m程度のプロトン伝導率を示したことが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−49003号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
一方、上記特許文献1の比較例に開示されているように、上記モノマー(A)を単独重合して得られたリン酸基含有ポリ(メタ)アクリル酸エステルは、温度50℃、湿度90%の測定条件下において、10−4S/m程度のプロトン伝導率を示したことが開示されている。このことから、上記モノマー(A)と上記モノマー(B)との共重合体構造とすることで、置換基当たりの質量、即ちEW(equivalent weight)を小さくすることができたため、プロトン伝導率を向上できたものと推測できる。しかし、上記モノマー(A)及び上記モノマー(B)において、リン酸基は電子吸引性の弱い基、或いは電子供与性の基と隣接した構造をとるため、リン酸基上のプロトンは解離しにくい状態にある。従って、プロトン伝導率を向上させるためには、ポリスチレン系化合物の構造レベルで、更なる改良を行う余地があった。
【0006】
この発明は、上述のような課題を解決するためになされたもので、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物及びその製造方法を提供することを目的とする。また、この発明は、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物を用いた二次電池用バインダー及び燃料電池用電解質膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
第1の発明は、上記の目的を達成するため、ホスホン酸ポリマーであって、
ポリスチレンの芳香環に一般式CORPO(OR(Rは炭素数1〜3のフッ化アルキル基を表し、Rは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。以下同じ。)で表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物であることを特徴とする。
【0008】
また、第2の発明は、第1の発明において、
前記ポリスチレン系化合物が、下記式(1)で表されるモノマー単位を備える化合物であることを特徴とする。
【0009】
【化1】

【0010】
また、第3の発明は、リチウムイオン電池用バインダーであって、
第1または第2の発明に記載のポリスチレン系化合物を含むことを特徴とする。
【0011】
また、第4の発明は、燃料電池用電解質膜であって、
第1または第2の発明に記載のポリスチレン系化合物を含むことを特徴とする。
【0012】
また、第5の発明は、上記の目的を達成するため、ホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
セリウム塩の存在下、スチレンの芳香環に一般式CO(OR(Rは炭素数1〜5のアルキル基を表す。以下同じ。)で表される少なくとも1つの基が導入されたスチレンカルボン酸のエステル化合物と、一般式LiRPO(OR(Rは炭素数1〜3のアルキル基を表す。以下同じ。)で表されるリン酸エステル基含有リチウム化合物と、を反応させて、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたリン酸エステル基含有スチレン化合物を得る工程と、
前記リン酸エステル基含有スチレン化合物を付加重合して、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物を得る工程と、
を備えることを特徴とする。
【0013】
また、第6の発明は、上記の目的を達成するため、ホスホン酸ポリマーの製造方法であって、
セリウム塩の存在下、スチレンの芳香環に一般式CO(ORで表される少なくとも1つの基が導入されたスチレンカルボン酸のエステル化合物と、一般式LiRPO(ORで表されるリン酸エステル基含有リチウム化合物と、を反応させて、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたリン酸エステル基含有スチレン化合物を得る工程と、
前記リン酸エステル基含有スチレン化合物を付加重合して、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物を得る工程と、
前記ポリスチレン系化合物のエステル部位を加水分解する工程と、
を備えることを特徴とする。
【0014】
また、第7の発明は、第5または第6の発明において、
前記スチレンカルボン酸のエステル化合物が、下記式(2)で表される化合物であり、前記リン酸エステル基含有スチレン化合物が、下記式(3)で表される化合物であり、前記ポリスチレン系化合物が下記式(4)で表される化合物であることを特徴とする。
【化2】

【発明の効果】
【0015】
第1〜2、第5〜7の発明によれば、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物及びその製造方法を提供することができる。また、第3、第4の発明によれば、プロトン伝導率の良好なポリスチレン系化合物を用いた二次電池用バインダー及び燃料電池用電解質膜をそれぞれ提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】合成例1で得られた化合物(C)のH−NMRスペクトルである。
【図2】合成例1で得られた化合物(D)のH−NMRスペクトルである。
【図3】実施例1及び比較例1の試料のそれぞれ対し、湿度を変化させながら測定したプロトン伝導率のグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明のホスホン酸ポリマー、その製造方法及びその用途について説明する。
【0018】
[ホスホン酸ポリマーの構造]
本発明のホスホン酸ポリマーは、ポリスチレンの芳香環に一般式CORPO(ORで表される基(以下、単に「置換基X」という。)が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物であることを特徴とする。
【0019】
置換基Xを構成する炭素数1〜3のフッ化アルキル基とは、具体的に、パーフルオロメチレン基、パーフルオロエチレン基またはパーフルオロプロピレン基を指し、これらは、フッ素によりフッ化アルキル基に隣接して設けられた−PO(OR基上のマイナス電荷を強く吸引できる。
【0020】
ポリスチレンの芳香環に置換基Xが多数導入されていると、EWを小さくすることができる。その一方で、置換基Xを多数導入し過ぎると、例えばRが水素原子の場合、−PO(OH)基、即ちリン酸基の部位が水を吸収し化合物としての取り扱いが困難となる。そのため、置換基Xの数は、1つの芳香環当たり1〜3であり、1〜2であることが好ましい。また、置換基数が2以上である場合、各置換基は同一であっても異なっていてもよい。
【0021】
また、置換基Xは、芳香環上のどの位置に導入されていてもよい(α炭素との結合位置を除く。)。ただし、主骨格から離れていたほうが置換基Xの可動範囲が増え高プロトン伝導率が期待できるため、置換基Xは、主鎖側(−CH−CH2−)から離れた位置に導入されていることが好ましい。即ち、置換基Xはパラ位及びメタ位、またはパラ位のみに導入されていることが好ましい。なお、ここにいうパラ位、メタ位とは、α炭素との結合位置を基準とした呼び方である。
【0022】
次に、本発明のホスホン酸ポリマーとして好適なポリスチレン系化合物を下記式(1)に示す。
【0023】
【化3】

【0024】
上述したように、炭素数1〜3のフッ化アルキル基は、フッ素によりフッ化アルキル基に隣接して設けられた−PO(OR基上のマイナス電荷を強く吸引できる。そのため、上記式(1)に示すポリスチレン系化合物のうち、Rが水素原子のものは、フッ化アルキル基に隣接するリン酸基(−PO(OH))からプロトンを解離させやすい構造となっている。従って、その詳細は実施例で後述するが、高いプロトン伝導率を示すことができる。
【0025】
また、上記式(1)に示すポリスチレン系化合物のうち、Rが水素原子のものは、水酸基(−OH)の機能により、金属、金属酸化物や、金属窒化物との接着性を向上できる。また、詳細は実施例で後述するが、有機系溶媒に対する高い寸法安定性を示す。
【0026】
[ホスホン酸ポリマーの製造方法]
次に、本発明のホスホン酸ポリマーの製造方法を、上記式(1)のポリスチレン系化合物の製造方法を具体例として説明する。上記式(1)のポリスチレン系化合物は、下記式(2)に示すスチレンカルボン酸(ビニル安息香酸)のエステルを出発物質とする。なお、上記式(1)のポリスチレン系化合物はモノカルボン酸のエステルであるが、本発明のホスホン酸ポリマーにおいて、置換基Xの数を増やす場合には、置換基Xの数だけカルボン酸エステル基が芳香環に導入されたものを出発物質として用いればよい。
【0027】
【化4】

【0028】
(リン酸エステル化合物生成工程)
本工程は、セリウム塩の存在下、上記式(2)の出発物質に、一般式LiRPO(ORで表されるリン酸エステル基を含有するリチウム化合物を反応させ、下記式(3)で表われるリン酸エステル基を含有するスチレン化合物を得る工程である。
【0029】
【化5】

【0030】
本工程においては、テトラヒドロフランやジエチルエーテルなどのエーテル系溶媒に、塩化セリウム(III)を溶解し、上記リチウム化合物を滴下した後に、上記式(2)の出発物質を加えて反応させる。上記式(2)の出発物質は、カルボニル求電子試薬として作用し、上記式(2)の出発物質にリチウム化合物を加えることで形成された四面体中間体と、塩化セリウム(III)との間で相互作用する。これにより、上記式(2)の出発物質のカルボニル炭素に結合していた−OR基が−RPO(OR基で置換される。
【0031】
上記置換反応の後、エーテル系溶媒に塩酸水溶液を加えて生成物を抽出し、抽出液から分離することで上記式(3)のスチレン化合物を得ることができる。上記置換反応は約1時間という短時間で進行し、副生成物を生じることなく高収率で上記式(3)のスチレン化合物を得ることができる。ただし、この置換反応は、水分を十分に除去した状態で行う必要があるので、エーテル系溶媒に塩化セリウム(III)を溶解する前に、これらを十分に脱水しておくことが好ましい。また、エーテル系溶媒は、十分に降温させた状態で用いることが好ましい。
【0032】
本工程において、上記置換反応に用いる上記式(2)の出発物質と、リチウム化合物との混合割合(モル割合)としては、出発物質/リチウム化合物=1/1〜1/5が好ましく、1/1〜1/2がより好ましい。また、上記式(2)の出発物質と、塩化セリウム(III)との混合割合としては、出発物質/塩化セリウム(III)=1/1〜1/5が好ましく、1/1〜1/2がより好ましい。
【0033】
(付加重合工程)
本工程は、上記リン酸エステル化合物生成工程で得た上記式(3)のスチレン化合物を付加重合して、下記式(4)で表されるポリスチレン系化合物を得る工程である。
【0034】
【化6】

【0035】
上記式(4)のポリスチレン系化合物は、公知の方法で常法に従って重合させることで得られる。公知の重合法としては、例えば、上記式(3)のスチレン化合物をテトラヒドロフラン、ジメチルホルムアミド、クロロホルム、トルエンといった適当な溶媒中に溶解させて、ラジカル重合開始剤を添加して約50℃〜220℃で重合させるラジカル重合法を利用できる。また、上記式(3)のスチレン化合物をシクロヘキサン、トルエン、ベンゼンなどの炭化水素系溶媒や、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒中に溶解させて、アニオン重合開始剤を添加して−100℃〜100℃で重合させるアニオン重合法を利用してもよい。
【0036】
ラジカル重合法に用いるラジカル重合開始剤としては、2,2’−アゾビス(イソブチロニトリル)(AIBN)、2,2’−アゾビス−(2,4’−ジメチルバレロニトリル)、2,2’−アゾビスイソ酪酸ジメチルのようなアゾ化合物、ベンゾイルパーオキシドのような過酸化物、及び過硫酸カリウム、過硫酸アンモニウムのような過硫酸塩などが利用できる。これらは単独で用いてもよいし、2種類以上組み合わせてもよい。
【0037】
アニオン重合法に用いるアニオン重合開始剤としては、周期律表1〜2族の金属及びそれらの有機金属化合物を挙げることができる。具体的には、ブチルリチウム、シクロペンタジエニルリチウム、フェニルリチウム、シクロヘキシルリチウム、メチルナトリウム、エチルナトリウム、プロピルナトリウム、ジメチルマグネシウム、ビス(シクロペンタジエニル)マグネシウム、ジメチルカルシウム、ビス(シクロペンタジエニル)カルシウム等を利用できる。これらは単独で用いてもよいし、2種類以上組み合わせてもよい。
【0038】
また、上記式(3)のスチレン化合物は、カルボニル基を介してスチレンに−RPO(OR基が結合された構造となっている。そのため、重合の際に−RPO(OR基が活性物質によって攻撃される可能性がある。そこで、主鎖の形成をより早く進行させるため、本工程においては、リビングアニオン重合、リビングラジカル重合などのリビング重合法を利用してもよい。なお、リビング重合は、活性末端が水、酸素等に対して非常に敏感な場合があるため、反応系を窒素やアルゴンなどの不活性ガス雰囲気下、試薬、溶媒等を十分に脱水して行うことが好ましい。
【0039】
(加水分解工程)
本工程は、上記式(4)のポリスチレン系化合物のエステル部位を加水分解する工程である。上記式(1)のポリスチレン系化合物のうち、Rが水素原子のものは、本工程を経ることで製造できる。
【0040】
加水分解は、トリメチルシリルクロリド、トリエチルシリルクロリド、t−ブチルジメチルシリルクロリド、トリメチルシリルブロミド、トリメチルシリルヨージド等のトリアルキルシリルハロゲン化物等の試薬を用い、クロロメタン、1,2−ジクロロエタン等のハロゲン系溶媒中、0℃から室温で反応させる方法を用いることができる。
【0041】
トリアルキルシリルハロゲン化物の好ましい使用量は、上記式(4)に示したリン酸エステル基含有ポリマーとの割合(モル割合)として、トリアルキルシリルハロゲン化物/リン酸エステル基含有ポリマー=1/1〜10/1であり、1/1〜5/1がより好ましい。
【0042】
[リチウムイオン電池用バインダー]
次に、上記式(1)のポリスチレン系化合物を含む本発明のリチウムイオン電池用バインダーについて説明する。本発明のリチウムイオン電池用バインダーは、具体的には、上記式(3)のスチレン化合物の単独重合体、或いは、上記式(3)のスチレン化合物と共役ジエンのランダムまたはブロック共重合体である。
【0043】
共役ジエンとしては、1,3−ブタジエン、イソプレン、2,3−ジメチル−1,3−ブタジエン等が挙げられる。これらのうち、反応性が高く、また入手しやすいという点からイソプレン、ブタジエンが好ましく、ブタジエンがさらに好ましい。これら共役ジエンは単独であるいは2種類以上組み合わせて用いてもよい。
【0044】
ランダムまたはブロック共重合体において、上記式(3)のスチレン化合物構造単位の含有量は、好ましくは、50〜99.9重量%、より好ましくは75〜99.9重量%である。上記式(3)のスチレン化合物構造単位の含有量が上記の範囲であれば、バインダーとして良好な接着強度と寸法安定性を備えた共重合体が得られる。
【0045】
ランダムまたはブロック共重合体において、上記式(3)のスチレン化合物、共役ジエン以外の成分として、他のエチレン性不飽和化合物が共重合体全体の10重量%以下程度の範囲で導入されていてもよい。他のエチレン性不飽和化合物としては、スチレン、α−メチルスチレン、2−メチルスチレン、3−メチルスチレン、4−メチルスチレン、2,4−ジメチルスチレン等の芳香族ビニル化合物、(メタ)アクリル酸、クロトン酸、マレイン酸、フマル酸、シトラコン酸、イタコン酸等の不飽和カルボン酸類、メチル(メタ)アクリレート、エチル(メタ)アクリレート、プロピル(メタ)アクリレート、ブチル(メタ)アクリレート等の不飽和カルボン酸エステル類が挙げられる。これらの他のエチレン性不飽和化合物は単独で、あるいは2種類以上組み合わせて用いてもよい。
【0046】
上記式(3)のスチレン化合物の重合方法は、上記(付加重合工程)にて説明した通りであるため説明を省略する。また、上記式(3)のスチレン化合物と共役ジエンとの重合方法についても同様であるが、例えば、上記式(3)のスチレン化合物をシクロヘキサン、トルエン、ベンゼンなどの炭化水素系溶媒や、テトラヒドロフランなどのエーテル系溶媒中に溶解させて、上述したアニオン重合開始剤と混合し、得られた反応混合物に更に共役ジエンを添加することで、ブロック共重合体が得られる。
【0047】
[燃料電池用電解質膜]
次に、上記式(1)のポリスチレン系化合物を含む燃料電池用電解質膜について説明する。なお、燃料電池用電解質膜は、上記式(1)のポリスチレン系化合物のプロトン伝導性を損なわない範囲で、フェノール性水酸基含有化合物、アミン系化合物、有機リン化合物、有機硫黄化合物といった酸化防止剤等を含んでもよい。
【0048】
本発明の燃料電池用電解質膜は、上記式(1)のポリスチレン系化合物を溶剤中で溶解または膨潤させ、それを基体上に流延してフィルム状に成形するキャスティング法などにより成膜することができる。
【0049】
上記基体としては、通常の溶液キャスティング法に用いられる基体であれば特に限定されず、たとえばプラスチック製、金属製などの基体が用いられ、好ましくは、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムなどの熱可塑性樹脂からなる基体が用いられる。
【0050】
上記式(1)のポリスチレン系化合物を溶解または膨潤させる溶剤としては、たとえば、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、γ−ブチロラクトン、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、ジメチル尿素、アセトニトリル等の非プロトン系極性溶剤や、ジクロロメタン、クロロホルム、1,2−ジクロロエタン、クロロベンゼン、ジクロロベンゼン等の塩素系溶剤や、メタノール、エタノール、プロパノール、iso−プロピルアルコール、sec−ブチアルコール、tert−ブチルアルコール等のアルコール類や、エチレングリコールモノメチルエーテル、エチレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノエチルエーテル等のアルキレングリコールモノアルキルエーテル類や、アセトン、メチルエチルケトン、シクロヘキサノン、γーブチルラクトン等のケトン類などが挙げられる。これらの溶剤は、1種単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。特に、溶解性および溶液粘度の観点から、N,N−ジメチルアセトアミドが好ましい。
【0051】
上記式(1)のポリスチレン系化合物を溶解させた溶液中のポリマー濃度は、ポリマーの分子量にもよるが、通常、5〜40重量%、好ましくは7〜25重量%である。ポリマー濃度が上記範囲よりも低いと、厚膜化し難く、また、ピンホールが生成しやすい傾向にあり、上記範囲を超えると、溶液粘度が高すぎてフィルム化し難く、また、表面平滑性に欠けることがある。
【0052】
また、溶液粘度は、ポリマーの分子量、ポリマー濃度、添加剤の濃度などによっても異なるが、通常、2,000〜100,000mPa・s、好ましくは3,000〜50,000mPa・sである。溶液粘度が上記範囲よりも低いと、成膜中の溶液の滞留性が悪く、基体から流れてしまうことがあり、上記範囲を超えると、粘度が高過ぎてフィルム化が困難となることがある。
【0053】
成膜後、得られた未乾燥フィルムを水に浸漬すると、未乾燥フィルム中の溶剤を水と置換することができ、膜中の残留溶媒量を低減することができる。なお、成膜後、未乾燥フィルムを水に浸漬する前に、未乾燥フィルムを予備乾燥してもよい。この予備乾燥は、未乾燥フィルムを通常10〜60℃の温度で、0.1〜10時間保持することにより行われる。
【0054】
未乾燥フィルム(予備乾燥後のフィルムも含む。以下同じ。)を水に浸漬する際は、枚葉を水に浸漬するバッチ方式でもよく、基板フィルム(たとえば、PET)上に成膜された状態の積層フィルムのまま、または基板から分離した膜を、水に浸漬させて巻き取っていく連続方式でもよい。また、バッチ方式の場合は、処理後のフィルム表面に皺が形成されることを抑制するために、未乾燥フィルムを枠に嵌めるなどの方法で、水に浸漬させることが好ましい。
【0055】
上記のように未乾燥フィルムを水に浸漬した後乾燥すると、残存溶媒量が低減された膜が得られるが、このようにして得られる膜の残存溶媒量は、通常5重量%以下である。また、浸漬条件によっては、得られる膜の残存溶媒量を1重量%以下とすることができる。このような条件としては、たとえば、未乾燥フィルム1重量部に対する水の使用量が50重量部以上であり、浸漬する際の水の温度が10〜60℃、浸漬時間が10分〜10時間である。
【0056】
上記のように未乾燥フィルムを水に浸漬した後、フィルムを室温、好ましくは10〜60℃で10〜48時間、好ましくは10〜24時間真空乾燥することにより、燃料電池用電解質膜が得られる。
【実施例】
【0057】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
【0058】
[合成例1]
【化7】

テトラヒドロフランにナトリウムとベンゾフェノンを加えて1日撹拌後蒸留し、無水テトラヒドロフランを生成した。アルゴン雰囲気下、三口フラスコにこのテトラヒドロフラン45mlを−78℃に冷やし、ジイソプロピルアミン1.60g(0.0158mol)、ブチルリチウム(1.6Mヘキサン溶液)9.906ml(0.0158mol)を水が入らないよう十分注意して加えた。この溶液を0℃に昇温し、10分間保持した後、再び−78℃に降温させ、塩化セリウム(CeCl)3.7g(0.0158mol)を加えた。10分撹拌後、ジエチル(ジフルオロメタン)ホスホネート(Matrix社製)2.82g(0.0150mol)を15分かけてゆっくり滴下した。滴下後60分保持させ、その後、メチルビニルベンゾエート(A)2.443g(0.0150mol)を加え、更に1時間保持して反応させた。反応後、3N HClを10ml加えて室温で20分撹拌後、ジクロロメタンで抽出し、硫化マグネシウムで水分を除去させた後、カラムクロマトグラフィー(展開溶媒ヘキサン:酢酸エチル=3:1)で分離させて目的の化合物(B)3.3g(収率65%)を得た。
【0059】
【化8】

合成した化合物(B)1g(0.00314mol)、アゾビスイソブチロニトリル0.013g(0.0000785mol)、トルエン9gをアンプル管に加え、液体窒素で固化させた後、アルゴンガスで置換させることにより酸素を十分除去させた後、アンプル管を封印して60℃、24時間撹拌させた。この溶液をヘキサンで再沈殿させて目的の化合物(C)0.4g(収率40%)を得た。化合物(C)の構造については、図1に示すH−NMRスペクトルデータを用いて確認した。
【0060】
【化9】

合成した化合物(C)0.70g(0.0022mol)をクロロホルム15mlに溶解させ、そこにt−ブチルジメチルシリルクロリド0.51g(0.0033mol)を50℃滴下して加えた。反応溶液を40℃に加熱し、24時間反応させた後、メタノールに再沈殿させた。メタノールで洗浄後、80℃で減圧乾燥させることで目的とする化合物(D)0.565g(収率97%)を得た。化合物(D)の構造については、図2に示すH−NMRスペクトルデータを用いて確認した。
【0061】
[合成例2]
【化10】

化合物(E)0.79g(2.0mmol)、フェノール1.13g(12mmol)及び炭酸カリウム1.66g(12mmol)に1,3−ジメチル−2−イミダゾリジノン8mlを加え、窒素雰囲気下200℃で一晩反応させた。反応溶液を室温に冷却後、3重量%水酸化ナトリウム水溶液に再沈殿させた。得られた固体をDMFに溶解させ、水とメタノールの混合溶液(メタノール:水=4:1)に再沈殿させ、固体を回収した。80℃で減圧乾燥させることで目的の化合物(F)1.26g(収率91%)を得た。
【0062】
【化11】

化合物(F)1.11g(1.6mmol)をジクロロメタン10mlに溶解させ、−78℃に冷却した。そこに三臭化ホウ素のジクロロメタン溶液4ml(4mmol)を加え、1時間撹拌した。−78℃から室温にゆっくり戻し、さらに一晩反応させた。反応終了後、水で洗浄し、溶媒を濃縮させることで固体を得た。得られた固体をカラムクロマトグラフィー(シリカゲル、ジクロロメタン)により精製することで目的とする化合物(G)1.00g(収率94%)を得た。
【0063】
【化12】

4,4’−ジフルオロベンゾフェノン0.65g(3.0mmol)、化合物(G)1.99g(3.0mmol)及び炭酸カリウム(1.24g,9.0mmol)にシクロヘキサン4ml及びN,N−ジメチルアセトアミド6mlを加え、窒素雰囲気下100℃に加熱した。ディーンスターク装置を用いて水を除去後、シクロヘキサンを留去し、160℃で一晩撹拌した。反応終了後、水に再沈殿させ、繊維状のポリマーを得た。熱水及び熱メタノールで洗浄後、80℃で減圧乾燥させることで目的とする化合物(H)1.71g(収率97%)を得た。
【0064】
【化13】

化合物(H)0.84g(1.0mmol)をトリフルオロメタンスルホン酸8mlに溶解させ、そこに2−ヨード安息香酸1.19g(4.8mmol)を加え、室温で3時間反応させた。反応終了後、水に再沈殿させ、繊維状のポリマーを得た。3重量%重曹水、熱水及び熱メタノールで洗浄後、80℃で減圧乾燥させることで目的とする化合物(I)1.71g(収率97%)を得た。
【0065】
【化14】

窒素雰囲気下、DMF4.8mlに亜鉛粉末0.21g(3.2mmol)を加え、そこにジエチル(ブロモジフルオロメチル)ホスホネート0.85g(3.2mmol)をゆっくり滴下した。室温で2時間撹拌後、臭化銅(I)0.46g(3.2mmol)を加え、さらに30分間撹拌した。この反応溶液に化合物(I)0.70g(0.4mmol)のDMF5.3ml溶液を加え、室温で24時間反応後、希塩酸水に再沈殿させた。得られたポリマーをDMFに溶解させ、不溶部分をろ過により除去後、メタノールに再沈殿させた。メタノールで洗浄後、80℃で減圧乾燥させることで目的とする化合物(J)0.74g(収率95%)を得た。
【0066】
【化15】

化合物(J)0.70g(0.36mmol)をクロロホルム15mlに溶解させ、そこにトリメチルシリルブロマイド(0.66g,4.3mmol)を5℃で滴下して加えた。反応溶液を40℃に加熱し、24時間反応させた後、メタノールに再沈殿させた。メタノールで洗浄後、80℃で減圧乾燥させることで目的とする化合物(K)0.57g(収率92%)を得た。
【0067】
[試料の作製1]
合成例1で得られた化合物(D)、合成例2で得られた化合物(K)を、5%のDMAcに溶解させ、オーブンで48時間、60℃でキャスト法により成形することで高分子膜を得た。その後、それぞれ水に浸して微量DMAcを除去した後、真空中、室温で24時間乾燥することで試験用の試料を作製した。作製した試料について、化合物(D)から作製した試料を実施例1とし、化合物(K)から作製した試料を比較例1とした。
【0068】
<測定方法及び評価方法>
(1)EW値の測定
実施例1、比較例1の試料をそれぞれ100℃で24時間減圧乾燥後、アルゴン雰囲気のグローブボックス中に移し30分放置してから重量を測定した。これらをN,N−ジメチルアセトアミドに溶解させ、0.1mol/lの水酸化テトラメチルアンモニウム溶液で滴定を行った。pH7になった時点を当量点とし、そのとき加えた水酸化テトラメチルアンモニウムの量からEW値を計算した。
EW値[g/mol]=1000×試験用試料の重量[g]/0.1[mol/l]×水酸化ナトリウムの滴定量[ml]
その結果、実施例1の試料は、EW値が265g/molであった。一方、比較例1の試料は、EW値が437g/molであった。
【0069】
(2)80℃雰囲気下でのプロトン伝導率の測定
実施例1の試料、比較例1の試料をそれぞれ10mm×30mmの短冊状に切り取り、両端を金属板(5mm×50mm)で挟み込み、テフロン(登録商標)製の測定用プローブで挟持して積層体を作製した。次いで、80℃の雰囲気中にて、白金板間の抵抗をSOLARTRON社製、1260FREQUENCY RESPONSE ANALYSERにより測定した。測定に際しては、20%〜90%の範囲で積層体の湿度を変更した(比較例1の試料については40%〜90%)。プロトン伝導率は、次式からを求めた。
プロトン伝導率[S/cm]=白金板間隔[cm]/(試料膜幅[cm]×試料膜厚[cm]×抵抗[Ω])
【0070】
求めたプロトン伝導率の結果を図3に示す。図3から分かるように、実施例1の試料は、測定条件の全範囲において、比較例1の試料に比べて高いプロトン伝導率を示した。特に、低湿度条件(〜50%)においては、実施例1の試料は、比較例1の試料に比べ高い値を示した。このことから、実施例1の試料は、プロトン伝導率が良好であり、低湿度下でも使用可能であることが分かった。その理由としては、上記(1)で測定したように、実施例1の試料は、比較例1の試料に比べてEW値が高いためと考えられた。
【0071】
[試料の作製2]
合成例1で得られた化合物(D)を、メタノールに溶解させ、膜厚30μmとなるようにキャスト法で成形し、3cm×3cmに切り取った。また、ポリスチレン樹脂(重合度約2000、WAKO製)をトルエン溶液に溶解させ、膜厚30μmとなるようにキャスト法で成形し、3cm×3cmに切り取った。合成例1で得られた化合物(D)から作製した試料を実施例2とし、ポリスチレンから作製した試料を比較例2とした。
【0072】
<測定方法及び評価方法>
(3)寸法安定性の測定
次に、実施例2の試料及び比較例2の試料をそれぞれ各種溶液に浸漬させ、50℃で24時間静置させた。その後溶液から取り出して、試料片の縦横の寸法変化率を測定した。
【0073】
寸法安定性は、寸法変化率(縦×横)が30%を超えない場合を○とし、30%以下の場合を×とすることで評価した。寸法安定性の評価結果を下表1に示す。
【表1】

上記表1から分かるように、実施例2の試料は、メタノール、水以外に対しては寸法変化率が良好であった。一方、比較例2の試料は、水以外の各種溶液で膨潤ないし溶解し、寸法変化率が不安定であった。これらのことから、実施例2の試料は、寸法変化率が良好であり、リチウムイオン電池をはじめとしたバインダー各種に利用できることが分かった。寸法変化率が良好な理由としては、ポリマー構造内にフッ素やホスホン酸があるため、耐薬品性が向上したものと考えられた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリスチレンの芳香環に一般式CORPO(OR(Rは炭素数1〜3のフッ化アルキル基を表し、Rは水素原子または炭素数1〜3のアルキル基を表す。以下同じ。)で表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物であることを特徴とするホスホン酸ポリマー。
【請求項2】
前記ポリスチレン系化合物が、下記式(1)で表されるモノマー単位を備える化合物であることを特徴とする請求項1に記載のホスホン酸ポリマー。
【化1】

【請求項3】
請求項1または2に記載のポリスチレン系化合物を含むことを特徴とするリチウムイオン電池用バインダー。
【請求項4】
請求項1または2に記載のポリスチレン系化合物を含むことを特徴とする燃料電池用電解質膜。
【請求項5】
セリウム塩の存在下、スチレンの芳香環に一般式CO(OR(Rは炭素数1〜5のアルキル基を表す。以下同じ。)で表される少なくとも1つの基が導入されたスチレンカルボン酸のエステル化合物と、一般式LiRPO(OR(Rは炭素数1〜3のアルキル基を表す。以下同じ。)で表されるリン酸エステル基含有リチウム化合物と、を反応させて、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたリン酸エステル基含有スチレン化合物を得る工程と、
前記リン酸エステル基含有スチレン化合物を付加重合して、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物を得る工程と、
を備えることを特徴とするホスホン酸ポリマーの製造方法。
【請求項6】
セリウム塩の存在下、スチレンの芳香環に一般式CO(ORで表される少なくとも1つの基が導入されたスチレンカルボン酸のエステル化合物と、一般式LiRPO(ORで表されるリン酸エステル基含有リチウム化合物と、を反応させて、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたリン酸エステル基含有スチレン化合物を得る工程と、
前記リン酸エステル基含有スチレン化合物を付加重合して、前記芳香環に一般式CORPO(ORで表される基が少なくとも1つ導入されたポリスチレン系化合物を得る工程と、
前記ポリスチレン系化合物のエステル部位を加水分解する工程と、
を備えることを特徴とするホスホン酸ポリマーの製造方法。
【請求項7】
前記スチレンカルボン酸のエステル化合物が、下記式(2)で表される化合物であり、前記リン酸エステル基含有スチレン化合物が、下記式(3)で表される化合物であり、前記ポリスチレン系化合物が下記式(4)で表される化合物であることを特徴とする請求項5または6に記載のホスホン酸ポリマーの製造方法。
【化2】


【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate


【公開番号】特開2011−236307(P2011−236307A)
【公開日】平成23年11月24日(2011.11.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−108148(P2010−108148)
【出願日】平成22年5月10日(2010.5.10)
【出願人】(000003207)トヨタ自動車株式会社 (59,920)
【Fターム(参考)】