説明

ポリアクリロニトリル系繊維および炭素繊維の製造方法

【課題】高速度で引き取り、かつ紡糸直後に高延伸することにより、ポリアクリロニトリル系繊維を製造する方法を提供する。
【解決手段】ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を乾湿式紡糸するに際し、その紡糸溶液の紡糸ドラフトを12〜100の範囲とするリアクリロニトリル系繊維の製造方法であり、ポリアクリロニトリル系重合体として、下記の式に代表される


化合物を共重合成分としてアクリロニトリルに共重合してなる共重合体が好ましく用いられる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高品位なポリアクリロニトリル系繊維の製造方法と炭素繊維の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ポリアクリロニトリル系繊維は、その独特の風合いや優れた発色性、染色堅牢度および耐候性などから、衣料用、建装用および産資用として広く使用され、また高性能炭素繊維用の前駆体繊維としても利用されている。炭素繊維は、その優れた力学特性および電気特性からさまざまな用途に利用されている。近年では、従来のゴルフクラブや釣竿などのスポーツ用途や航空機用途に加え、自動車部材、CNGタンク、建造物の耐震補強および船舶部材など、いわゆる一般産業用途への展開が進んでおり、その前駆体繊維となるポリアクリロニトリル系繊維の高品位化と工業的に安定な生産の要求が年々強くなってきている。
【0003】
ポリアクリロニトリル系繊維の一般的な紡糸方法としては、湿式紡糸法、乾湿式紡糸法および乾式紡糸法が挙げられる。
【0004】
乾式紡糸法は、紡糸原液を口金孔から高温度の気体雰囲気中に吐出して溶媒を蒸発させて濃縮、固化させる方法であり、引き取り速度は溶媒の蒸発律則となるため、引き取り速度の高速化に伴い長大な紡糸筒が必要になるなどの欠点がある。
【0005】
湿式紡糸法は、紡糸原液を口金孔から凝固浴に吐出させる方法であるが、紡糸原液が口金孔から吐出された直後から凝固が進行するため、引き取り速度の高速化に従って実質の紡糸ドラフトが高くなるが、口金面で糸切れが発生するという問題があるために、引き取り速度を高く設定することには限界がある。
【0006】
乾湿式紡糸法は、紡糸原液が一旦空気中(エアーギャップ)に吐出されてから凝固浴中に導かれるので、実質的な紡糸ドラフトはエアーギャップ内にある原液流で吸収され、高速紡糸が可能であることから、これまでいくつかの提案がなされている。例えば、流下式凝固浴を用いて、浴抵抗をできるだけ軽減することにより引き取り速度を向上させる技術が提案されている(特許文献1参照)。しかしながら、この特許文献1に開示された技術では、引き取り速度を大幅に向上できるものの、(1)特殊形状の紡糸口金であるため細繊度が得られないこと、(2)凝固浴の構造が複雑で工業的に実現できる技術でないこと、および(3)流下筒出のスリットと通過する糸束の太さ等の関係で操作や操業性が悪化するなどの問題があった。
【0007】
また、紡糸原液のポリマー濃度を制御することにより、紡糸原液粘度を下げ、ろ過操作における操作性を良好にし、紡糸ドラフトを向上させる技術が提案されている(特許文献2参照)。しかしながら、この提案によれば、紡糸ドラフトが10と向上効果が認められるものの、(1)ポリマー濃度が低いために溶剤使用量が多くなり経済的でなく、そして(2)凝固浴内での凝固速度を低下せしめ、内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないという問題がある。
【0008】
また一般に、ポリアクリロニトリル系繊維の製造工程は、紡糸、凝固、水洗、浴延伸、油剤付与、乾燥、および乾熱延伸もしくは蒸気延伸の各工程で構成される。高性能炭素繊維用として、好ましい高配向度のポリアクリロニトリル系繊維を得るためには延伸する必要があり、従来の延伸は主に浴延伸後の延伸工程で行われている。浴延伸後の延伸工程は、前記したように乾熱延伸と蒸気延伸が挙げられるが、乾熱延伸より蒸気延伸の方が高延伸可能なため、蒸気延伸を用いるのが一般的である。蒸気延伸工程は高延伸ができる反面、ラビリンスと呼ばれる細い管を加圧しながら高速で通過させるために、得られるポリアクリロニトリル系繊維が毛羽立ちやすいという問題がある。そしてこの毛羽立ちは、焼成して得られる炭素繊維の強度低下の原因となり、糸切れやローラー巻き付きという製造トラブルにも繋がる。
【0009】
一方、乾熱延伸では、繊維の配向度を上げるために高延伸した場合延伸性が高くないために得られる繊維に毛羽が発生し品位が低下するといった問題がある。
【特許文献1】特開昭59―21709号公報
【特許文献2】特開昭64―77618号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
そこで本発明の目的は、高速度で引き取りかつ紡糸直後に高延伸することにより、生産性を損なうことなく毛羽立ちの少ない高品位なポリアクリロニトリル系繊維を製造する方法を提供することにある。また本発明の他の目的は、上記の高品位なポリアクリロニトリル系繊維を前駆体用繊維として用いた高品位な炭素繊維を焼成工程でも安定して製造することができる方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の目的を達成するために、本発明は次の構成を有するものである。
【0012】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法は、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を乾湿式紡糸するに際し、該紡糸溶液の紡糸ドラフトを12〜100の範囲とすることを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法である。
【0013】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリアクリロニトリル系重合体は、下記の式1
【0014】
【化1】

【0015】
(式1中、Rは水素原子またはメチル基を表し、nは2〜5の整数を表し、mは1〜4の整数を表し、Xは−OHまたは−COOHを表す。)
下記式2
【0016】
【化2】

【0017】
(式2中、Rは水素原子またはメチル基を表し、jは2〜15の整数を表す。)
および下記式3
【0018】
【化3】

【0019】
(式3中、Rは水素原子またはメチル基を表し、kは2〜15の整数を表す。)
で示される化合物からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を共重合成分としてアクリロニトリルに共重合してなるポリアクリロニトリル系共重合体である。
【0020】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記のポリアクリロニトリル系重合体は、アクリロニトリル92〜99.8モル%と共重合成分が0.2〜8モル%からなる共重合体である。
【0021】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法の好ましい態様によれば、前記の紡糸溶液のポリマー濃度は15〜25重量%であり、該紡糸溶液の45℃の温度における粘度は300〜2,000ポイズである。
【0022】
また、本発明によれば、上記のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法によって得られたポリアクリロニトリル系繊維を前駆体繊維として、炭素繊維を製造することができる。
【0023】
具体的に、本発明の炭素繊維の製造方法は、上記のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法によって得られたポリアクリロニトリル系繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法である。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば、高速度で引き取りかつ紡糸直後に延伸配向することにより、生産性を損なうことなく毛羽立ちの少ない高品位なポリアクリロニトリル系繊維を製造することができる。また、得られたポリアクリロニトリル系繊維を炭素繊維用前駆体繊維として用いることにより、焼成工程でも安定して高品位な炭素繊維の製造することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0025】
本発明者らは、後述する紡糸ドラフトを特定の範囲に制御することにより、生産性を損なうことなく高品位なポリアクリロニトリル系繊維を製造することができることを見出し、本発明に到達した。具体的に本発明では、紡糸ドラフトを特定範囲にすることにより、製糸工程の初期から延伸することができるため、従来の製糸の後工程である乾熱延伸もしくは蒸気延伸を必ずしも必要とせず、毛羽立ちのない高品位なアクリルニトリル系繊維を製造することができるのである。
【0026】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法は、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を乾湿式紡糸するに際し、その紡糸溶液の紡糸ドラフトを12〜100の範囲とすることを特徴とするものである。
【0027】
まず、本発明において、このような高紡糸ドラフトを可能にするポリアクリロニトリル系重合体について説明する。
【0028】
本発明で好適に用いられるポリアクリロニトリル系重合体は、下記の式1
【0029】
【化4】

【0030】
(式1中、Rは水素原子またはメチル基を表し、nは2〜5の整数を表し、mは1〜4の整数を表し、Xは−OHまたは−COOHを表す。)
下記の式2
【0031】
【化5】

【0032】
(式2中、Rは水素原子またはメチル基を表し、jは2〜15の整数を表す。)
および下記の式3
【0033】
【化6】

【0034】
(式3中、Rは水素原子またはメチル基を表し、kは2〜15の整数を表す。)で示される化合物からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を共重合成分としてアクリロニトリルに共重合させることにより得られるポリアクリロニトリル系共重合体である。上記の式1、式2および式3からなる群から選ばれた化合物は、1種または2種以上を混合して重合させてもよい。
【0035】
上記の式1、式2および式3からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を共重合成分として共重合してなるポリアクリロニトリル系共重合体を含む紡糸溶液が、高紡糸ドラフトを可能とするメカニズムは明らかではないが、共重合成分の末端の官能基がニトリル分子と水素結合を形成することによるものと考えられる。この水素結合により、分子間に相互作用が働き、凝集破断しにくいと考えられる。また、この分子間に働く水素結合により口金直後のポリアクリロニトリル系共重合体を含む紡糸溶液が固化する前に延伸することができ、分子を配向させるものと考えられる。
【0036】
本発明で好適に用いられる上記の式1で示される化合物において、式中のRは水素原子またはメチル基であることが好ましい。また、式1中のnは2〜5の整数であることが好ましく、より好ましくは2〜3の整数である。また、式1中のmは1〜4の整数が好ましく、より好ましくは2〜3の整数である。式1中のXは、−OHまたは−COOHである。具体的に、本発明で用いられる式1で示される化合物としては、例えば、次の式4に示される化合物が挙げられる。
【0037】
【化7】

【0038】
本発明で好適に用いられる上記の式2で示される化合物において、式中のRは水素原子またはメチル基である。また、式2中のjは2〜15の整数であることが好ましく、より好ましくは4〜10の整数である。具体的に、本発明で用いられる式2で示される化合物としては、例えば、ポリエチレングリコールモノアクリレートおよびポリエチレングルコールモノメタクリレート等が挙げられる。
【0039】
本発明で用いられる上記の式3で示される化合物において、式中のRは水素原子またはメチル基である。また、式3中のkは2〜15の整数であることが好ましく、より好ましくは4〜10の整数である。具体的に、本発明で用いられる式3で示される化合物としては、例えば、ポリプロピレングリコールモノアクリレートおよびポリプロピレングリコールモノメタクリレート等が挙げられる。
【0040】
本発明で好適に用いられるポリアクリロニトリル系重合体の組成としては、アクリロニトリルが好ましくは92〜99.8モル%で、上記の式1〜式3からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物である共重合成分が好ましくは0.2〜8モル%であり、より好ましくはアクリロニトリルが95〜99.8モル%で上記の共重合成分が0.2〜5モル%であり、最も好ましくはアクリロニトリルが98〜99.5モル%で上記の共重合成分が0.5〜2モル%のものである。
【0041】
本発明で好適に用いられるポリアクリロニトリル系重合体の組成としては、上記の式1、式2および式3からなる群から選ばれた共重合成分の他に、アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体を0.5モル%以下なら共重合させてもよいが、他の共重合成分量が多くなるほど共重合部分での熱分解による分子断裂が顕著となり、得られる炭素繊維の引張強度が低下する。
【0042】
アクリロニトリルと共重合可能な他の単量体としては、例えば、アクリル酸、メタクリル酸、イタコン酸およびそれらアルカリ金属塩、アンモニウム塩および低級アルキルエステル類、アクリルアミドおよびその誘導体、アリルスルホン酸、メタリルスルホン酸およびそれらの塩類またはアルキルエステル類、アクリレートおよびメタクリレートなどを用いることができる。
【0043】
本発明において、ポリアクリロニトリル系重合体を製造するための重合方法としては、溶液重合法、懸濁重合法および乳化重合法などから選択することができるが、アクリロニトリルや共重合成分を均一に重合する目的からは、溶液重合法を用いることが好ましい。溶液重合法を用いて重合する場合、溶媒としては、例えば、ジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどポリアクリロニトリルが可溶な溶媒が好適に用いられる。中でも、ポリアクリロニトリルの溶解性の観点から、ジメチルスルホキシドを用いることが好ましい。
【0044】
次に、本発明で用いられるポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液について説明する。ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液のポリマー濃度は、15〜25重量%の範囲であることが好ましく、より好ましくは17〜22重量%で、最も好ましくは19〜21重量%である。ポリマー濃度が15重量%以下であると溶剤使用量が多くなり経済的でないし、凝固浴内での凝固速度を低下させ、内部にボイドが生じて緻密な構造が得られないことがある。一方、ポリマー濃度が25重量%を超えると粘度が上昇し、紡糸が困難となる傾向を示す。紡糸溶液のポリマー濃度は、使用する溶媒量により調製することができる。
【0045】
本発明においてポリマー濃度とは、ポリアクリロニトリル系共重合体の溶液中に含まれるポリアクリロニトリル系共重合体の重量%である。具体的には、ポリアクリロニトリル系共重合体の溶液を計量した後、ポリアクリロニトリル系共重合体を溶解せずかつポリアクリロニトリル系共重合体溶液に用いる溶媒と相溶性のあるものに、計量したポリアクリロニトリル系共重合体溶液を脱溶媒させた後、ポリアクリロニトリル系共重合体を計量する。ポリマー濃度は、脱溶媒後のポリアクリロニトリル系共重合体の重量を、脱溶媒する前のポリアクリロニトリル系共重合体の溶液の重量で割ることにより算出する。
【0046】
また、45℃におけるポリアクリロニトリル系共重合体の紡糸溶液を含む粘度は、150〜2,000ポイズの範囲であることが好ましく、より好ましくは200〜1,500ポイズで、最も好ましくは200〜1,000ポイズである。溶液粘度が150ポイズ未満では、紡糸糸条の賦形性が低下するため、口金から出た糸条を引き取る速度、すなわち可紡性が低下する傾向を示す。また、溶液粘度は2,000ポイズを超えるとゲル化し易くなり、安定した紡糸が困難になる傾向を示す。紡糸溶液の粘度は、重合開始剤や連鎖移動剤の量などにより制御することができる。
【0047】
本発明において45℃の温度における紡糸溶液の粘度は、B型粘度計により測定することができる。具体的には、ビーカーに入れたポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を、45℃の温度に温度調節された温水浴に浸して調温した後、B型粘度計として、例えば、(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液の粘度が0〜1,000ポイズの範囲はローター回転数6r.p.m.で測定し、またその紡糸溶液の粘度が1,000〜10,000ポイズの範囲はローター回転数0.6r.p.m.で測定する。
【0048】
次に、本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法について説明する。
【0049】
ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を紡糸する前に、高強度な炭素繊維を得る観点から、その紡糸溶液を、例えば、目開き1μm以下のフィルターに通し、ポリマー原料および各工程において混入した不純物を除去することが好ましい。
【0050】
本発明では、前記したポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を、乾湿式紡糸法により紡糸することにより、炭素繊維前駆体繊維を製造することができる。乾湿式紡糸法は、紡糸原液を口金から一旦空気中に吐出した後、凝固浴中に導入して凝固させる紡糸方法である。
【0051】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法において、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液の紡糸ドラフトは12〜100の範囲であることが重要であり、紡糸ドラフトは好ましくは13〜50の範囲であり、さらに好ましくは13〜35の範囲である。ここで紡糸ドラフトとは、紡糸糸条(フィラメント)が口金を離れて一番最初に接触する駆動源を持ったローラーの表面速度(凝固糸の巻き取り速度)を、口金孔内のポリアクリロニトリル系重合体溶液の線速度(吐出線速度)で割った値をいう。この吐出線速度とは、単位時間当たりに吐出される重合体溶液の体積を口金孔面積で割った値をいう。したがって、吐出線速度は、溶液吐出量と口金径の関係で決まる。ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液は、口金孔を出て凝固溶液に接して次第に凝固してフィラメントとなる。このとき第一ローラーによりフィラメントは引張られているが、フィラメントよりも未凝固紡糸溶液の方が伸び易いので、紡糸ドラフトとは、紡糸溶液が固化するまでに引き伸ばされる倍率を示すことになる。すなわち、紡糸ドラフトは次式で表されるものである。
【0052】
紡糸ドラフト=(凝固糸の巻き取り速度)/(吐出線速度)
上記の紡糸ドラフトを高めることは、繊維の細径化への寄与も大きい。紡糸ドラフトが12を超えない場合、ポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度を1.5dtex以下にするためには乾熱延伸工程もしくは蒸気延伸工程が必要となり、本発明の効果である高品位なポリアクリロニトリル系繊維を得ることが困難である。また、生産性向上の観点から紡糸ドラフトは高ければ高いほど好ましいが、口金面で糸切れが発生することが多くなるため、現実的には100以下である。吐出線速度は、0.1〜30m/minであることが好ましい。吐出線速度が0.1m/minを下回ると、生産性が落ちる。一方、吐出線速度が30m/minを超えると、凝固浴の液面揺れが顕著になり、得られる繊度にムラが生じる。
【0053】
紡糸口金孔径は0.05mm〜0.3mmであることが好ましく、より好ましくは0.1〜0.15mmである。口金孔径が0.05mmより小さい場合、紡糸原液を高圧で口金から吐出する必要があり、紡糸装置の耐久性が低下し、更にノズルからの紡出が困難となる。一方、口金孔径が0.3mmを超えると1.5dtex以下の単繊維繊度の繊維を得ることが困難である。
【0054】
本発明において、凝固浴には、ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液の溶媒として用いたジメチルスルホキシド、ジメチルホルムアミドおよびジメチルアセトアミドなどの溶剤と、いわゆる凝固促進成分を含ませることが好ましい。凝固促進成分としては、前記のポリアクリロニトリル系重合体を溶解せず、かつポリアクリロニトリル系重合体の紡糸溶液に用いた溶媒と相溶性があるものが好ましく、具体的には、水を使用することが好ましい。凝固浴としての条件は、凝固糸(単繊維)が真円状でかつ繊維側面が平滑となる範囲で有機溶剤の濃度を高くし、温度を低く設定することが好ましい。例えば、溶剤にジメチルスルホキシドを用いた場合は、ジメチルスルホキシド水溶液の濃度を5〜80重量%とし、凝固浴温度を−10〜60℃とすることが好ましい。
【0055】
ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を凝固浴中に導入して凝固させ糸条を形成した後、水洗工程、浴中延伸工程、油剤付与工程および乾燥工程を経て、ポリアクリロニトリル系繊維が得られる。乾燥工程時に乾熱延伸をしてもよい。また、上記の工程に蒸気延伸工程を加えてもよい。凝固後の糸条は、水洗工程を省略して直接浴中延伸を行っても良いし、溶媒を水洗工程により除去した後に浴中延伸を行っても良い。浴中延伸は、通常、30〜98℃の温度に温調された単一または複数の延伸浴中で行うことが好ましい。そのときの延伸倍率は、1〜5倍であることが好ましく、より好ましくは1〜3倍である。
【0056】
浴中延伸工程の後、単繊維同士の接着を防止する目的から、延伸された糸条にシリコーン等からなる油剤を付与することが好ましい。シリコーン油剤は、耐熱性の高いアミノ変性シリコーン等の変性されたシリコーンを含有するものを用いることが好ましい。
【0057】
乾燥工程は、公知の方法を利用することができる。例えば、乾燥温度が70〜200℃で乾燥時間が10秒から200秒の乾燥条件が好ましい結果を与える。生産性の向上や結晶配向度の向上として乾燥工程後に延伸してもよいが、毛羽立ちによる品位の低下を招くおそれがある。
【0058】
このようにして得られたポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度は、0.2〜1.5dtexであることが好ましく、より好ましくは0.2〜1.0dtexであり、さらに好ましくは0.3〜0.7dtexである。単繊維繊度が小さすぎると、可紡性の低下、ローラーやガイドとの接触による糸切れ発生などにより、製糸工程および炭素繊維の焼成工程のプロセス安定性が低下することがある。一方、単繊維繊度が大きすぎると、耐炎化後の各単繊維における内外構造差が大きくなり、続く炭化工程でのプロセス性低下や、得られる炭素繊維の引張強度および引張弾性率が低下することがある。本発明における単繊維繊度(dtex)とは、単繊維10,000mあたりの重量(g)である。
【0059】
本発明のポリアクリロニトリル系繊維の結晶配向度は、85%以上であることが好ましく、より好ましくは90%である。結晶配向度が85%を下回ると、得られるアクリロニトリル系繊維の強度が低くなることがある。
【0060】
得られるポリアクリロニトリル系繊維は、通常、連続繊維(フィラメント)の形状である。また、その1糸条(マルチフィラメント)当たりのフィラメント数は、好ましくは1,000〜3,000,000本であり、より好ましくは12,000〜3,000,000本であり、さらに好ましくは24,000〜2,500,000本であり、最も好ましくは36,000〜2,000,000本である。1糸条あたりのフィラメント数は、生産性の向上の目的からは多い方が好ましいが、あまりに多すぎると、束内部まで均一に耐炎化処理できないことがある。
【0061】
次に、本発明の炭素繊維の製造方法について説明する。
【0062】
前記した方法により製造されたポリアクリロニトリル系繊維を、200〜300℃の温度の空気中において、好ましくは延伸比0.8〜1.2で延伸しながら、耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.2で延伸しながら予備炭化処理し、1,000〜2,000℃の最高温度の不活性雰囲気中において、好ましくは延伸比0.9〜1.1で延伸しながら、炭化処理して炭素繊維を製造する。
【0063】
本発明において、予備炭化処理や炭化処理は不活性雰囲気中で行うが、不活性雰囲気に用いられるガスとしては、窒素、アルゴンおよびキセノンなどを例示することができ、経済的な観点からは窒素が好ましく用いられる。予備炭化処理では、その温度範囲における昇温速度を500℃/分以下に設定することが好ましい。また、炭化処理における最高温度は、所望する炭素繊維の力学物性に応じて適宜設定することができるが、一般に炭化処理の最高温度が高いほど、得られる炭素繊維の引張弾性率が高くなるものの、引張強度は1,500℃付近で極大となるため、引張強度と引張弾性率の両方を高めるという目的からは、炭化処理の最高温度は1,200〜1,700℃であることが好ましく、より好ましくは1,300〜1,600℃である。
【0064】
得られた炭素繊維はその表面改質のため、電解処理することができる。電解処理に用いられる電解液には、硫酸、硝酸および塩酸等の酸性溶液や、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、テトラエチルアンモニウムヒドロキシド、炭酸アンモニウムおよび重炭酸アンモニウムのようなアルカリまたはそれらの塩を水溶液として使用することができる。ここで、電解処理に要する電気量は、適用する炭素繊維の炭化度に応じて適宜選択することができる。
【0065】
電解処理により、得られる複合材料において炭素繊維マトリックスとの接着性が適正化することができ、接着が強すぎることによる複合材料のブリトルな破壊や、繊維方向の引張強度が低下する問題や、繊維方向における引張強度は高いものの、樹脂との接着性に劣り、非繊維方向における強度特性が発現しないという問題が解消され、得られる複合材料において、繊維方向と非繊維方向の両方向にバランスのとれた強度特性が発現されるようになる。
【0066】
電解処理の後、炭素繊維に集束性を付与するため、サイジング処理を施すこともできる。サイジング剤には、使用する樹脂の種類に応じて、マトリックス樹脂等との相溶性の良いサイジング剤を適宜選択することができる。
【0067】
本発明により得られる炭素繊維は、プリプレグとしてオートクレーブ成形、織物などのプリフォームとしてレジントランスファーモールディングで成形、およびフィラメントワインディングで成形するなど種々の成形法により、航空機部材、圧力容器部材、自動車部材、釣り竿およびゴルフシャフトなどのスポーツ部材として、好適に用いることができる。
【実施例】
【0068】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。本実施例で用いた測定方法を次に説明する。
【0069】
<ポリアクリロニトリル系繊維の単繊維繊度>
フィラメント数6,000の繊維を1巻き1m金枠に10回巻いた後、その重量を測定し、10,000m当たりの重量を算出することにより求めた。

<紡糸溶液のポリマー濃度> あらかじめ計量したポリアクリロニトリル系重合体溶液を水中に細く垂らすことにより、直径1mm以下の線状組織を得る。その後、90℃の温度の熱水中で2時間脱溶媒して、120℃の温度で2時間乾燥させた後、線状組織を計量した。次式を用いて、紡糸溶液のポリマー濃度(重量%)を求めた。

ポリマー濃度=(乾燥後の線状組織重量)/(脱溶媒前の重合体溶液重量)×100 <紡糸溶液の粘度>
B型粘度計として(株)東京計器製B8L型粘度計を用い、ローターNo.4を使用し、アクリロニトリル重合体溶液粘度が0〜1,000ポイズの範囲は、ローター回転数6r.p.m.で、また粘度が1,000〜10,000ポイズの範囲は、ローター回転数0.6r.p.m.で、いずれも45℃の温度におけるポリアクリロニトリル系重合体の紡糸溶液の粘度を測定した。
【0070】
<ポリアクリロニトリル系繊維の結晶配向度>
繊維軸方向の配向度は、次のように測定した。繊維束を40mm長に切断して、20mgを精秤して採取し、試料繊維軸が正確に平行になるようにそろえた後、試料調整用治具を用いて幅1mmの厚さが均一な試料繊維束に整えた。薄いコロジオン液を含浸させて形態が崩れないように固定した後、広角X線回折測定試料台に固定した。X線源として、Niフィルターで単色化されたCuのKα線を用い、2θ=17°付近に観察される回折の最高強度を含む子午線方向のプロフィールの広がりの半価幅(H゜)から、次式を用いて結晶配向度(%)を求めた。
【0071】
結晶配向度(%)=[(180−H)/180]×100
<ポリアクリロニトリル系繊維の品位等級の基準>
検査項目は、毛玉・毛羽の個数を数え、五段階評価した。評価基準は、下記のとおりである。
・等級1:繊維300m中、1個以内
・等級2:繊維300m中、2〜5個
・等級3:繊維300m中、6〜10個
・等級4:繊維300m中、11〜15個
・等級5:繊維300m中、16個以上。
【0072】
<炭素繊維束の引張強度および弾性率>
JIS R7601(1986)「樹脂含浸ストランド試験法」に従って求める。測定する炭素繊維の樹脂含浸ストランドは、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシ−シクロヘキシル−カルボキシレート(100重量部)/3フッ化ホウ素モノエチルアミン(3重量部)/アセトン(4重量部)を、炭素繊維または黒鉛化繊維に含浸させ、130℃の温度で30分で硬化させて作製する。また、炭素繊維のストランドの測定本数は6本とし、各測定結果の平均値を引張強度とする。なお、本実施例では、3、4−エポキシシクロヘキシルメチル−3、4−エポキシ−シクロヘキシル−カルボキシレートとして、ユニオンカーバイド(株)製“ベークライト”(登録商標)ERL4221を用いた。

[実施例1〜6] 表1に示した組成からなる共重合成分を、ジメチルスルホキシドを溶媒とする溶液重合法により、アゾビスイソブチロニトリルを開始剤としてラジカル重合した。ポリアクリロニトリル重合体溶液を表1に示すように調製した。得られたポリアクリロニトリル系重合体溶液を、目開き0.5μmのフィルター通過後、40℃の温度で、孔数6,000の表2に示すような口金孔径の紡糸口金を用い、一旦空気中に吐出し、約2mmの空間を通過させた後、3℃の温度にコントロールした20重量%ジメチルスルホキシドの水溶液からなる凝固浴に導入する乾湿式紡糸法により紡糸し凝固糸条とした。このときの吐出線速度は7m/分で、紡糸ドラフトは表2に示す。
【0073】
このようにして得られた凝固糸条を、水洗した後、表2に示すように単繊維繊度に応じて1〜1.6の浴中延伸倍率で延伸し、さらにアミノ変性シリコーン系シリコーン油剤を付与して浴中延伸糸を得た。このようにして得られた浴中延伸糸を165℃の温度に加熱したローラーを用いて30秒間乾燥を行い、表2に示すような単繊維繊度フィラメント数6000のポリアクリロニトリル系繊維を得た。得られたポリアクリロニトリル系繊維の品位は優れており、製糸工程通過性も安定していた。得られたポリアクリロニトリル系繊維を4本合糸し、トータルフィラメント数24,000とした上で、240〜260℃の温度の温度分布を有する空気中において延伸比1.0で延伸しながらで100分間耐炎化処理し、耐炎化繊維を得た。続いて、得られた耐炎化繊維を300〜700℃の温度の温度分布を有する窒素雰囲気中において、延伸比1.1で延伸しながら予備炭化処理を行い、さらに最高温度1500℃の窒素雰囲気中において、延伸比を0.99に設定して炭化処理を行い、連続した炭素繊維を得た。このときの焼成工程通過性を表2にまとめて示すが、いずれも良好であった。実施例2のポリアクリロニトリル系繊維を焼成した炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.6GPaであり、弾性率は295GPaであった。
【0074】
[比較例1〜5]
ポリアクリロニトリル系重合体の共重合成分を表1のように変更し、紡糸ドラフトおよび浴中延伸倍率を表2のように変更した他は、実施例1と同様にして、製糸、焼成および評価を行なった。比較例3は、紡糸ドラフト8で口金面で糸切れが発生し、繊維を得ることができなかった。比較例4と5は、紡糸ドラフト7で口金面で糸切れが発生し、繊維を得ることができなかった。比較例1は、紡糸ドラフトを3に下げて限界浴中延伸倍率に近い2.5倍で延伸を行なったが、糸切れが発生し製糸の工程安定性が悪かった。また、得られたポリアクリロニトリル系繊維の品位も悪く、繊維の結晶配向度も低かった。この繊維を焼成して炭素繊維を得ようと試みたが、単繊維繊度が太いために耐炎化処理が進まず、炭素繊維を得ることができなかった。比較例2は、浴中延伸後、加圧蒸気中で5倍延伸して単繊維繊度0.7dtexのポリアクリロニトリル系繊維を得た。得られたポリアクリロニトリル系繊維には毛羽がみられ、製糸工程では糸切れも発生した。実施例1と同様の焼成することにより炭素繊維を得ることができたが、焼成工程では毛羽が多く糸切れが発生した。炭素繊維束のストランド物性を測定したところ、強度は5.0GPaであり、弾性率は295GPaであった。
【0075】
【表1】

【0076】
【表2】

【産業上の利用可能性】
【0077】
本発明では、高速度で引き取りかつ紡糸直後に延伸配向することにより、生産性を損なうことなく高品位なポリアクリロニトリル系繊維を製造することができ、その得られたポリアクリロニトリル系繊維を炭素繊維用前駆体繊維として用いることにより、焼成工程でも安定して高品位な炭素繊維の製造することができ有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアクリロニトリル系重合体を含む紡糸溶液を乾湿式紡糸するに際し、該紡糸溶液の紡糸ドラフトを12〜100の範囲とすることを特徴とするポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項2】
紡糸口金孔径が0.05mm〜0.3mmである請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項3】
ポリアクリロニトリル系重合体が、下記の式1

【化1】

(式1中、Rは水素原子またはメチル基を表し、nは2〜5の整数を表し、mは1〜4の整数を表し、Xは−OHまたは−COOHを表す。)
下記式2
【化2】

(式2中、Rは水素原子またはメチル基を表し、jは2〜15の整数を表す。)
および下記式3
【化3】

(式3中、Rは水素原子またはメチル基を表し、kは2〜15の整数を表す。)
で示される化合物からなる群から選ばれた少なくとも1種の化合物を共重合成分としてアクリロニトリルに共重合してなるポリアクリロニトリル系共重合体である請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項4】
ポリアクリロニトリル系重合体が、アクリロニトリル92〜99.8モル%と共重合成分が0.2〜8モル%からなる共重合体であることを特徴とする請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項5】
紡糸溶液のポリマー濃度が15〜25重量%であり、該紡糸溶液の45℃の温度における粘度が300〜2,000ポイズであることを特徴とする請求項1記載のポリアクリロニトリル系繊維の製造方法。
【請求項6】
請求項1〜5のいずれかに記載の製造方法によって得られたポリアクリロニトリル系繊維を、200〜300℃の温度の空気中において耐炎化処理した後、300〜800℃の温度の不活性雰囲気中において予備炭化処理し、次いで1,000〜3,000℃の温度の不活性雰囲気中において炭化処理することを特徴とする炭素繊維の製造方法。

【公開番号】特開2007−321267(P2007−321267A)
【公開日】平成19年12月13日(2007.12.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−151423(P2006−151423)
【出願日】平成18年5月31日(2006.5.31)
【出願人】(000003159)東レ株式会社 (7,677)
【Fターム(参考)】