説明

ポリイミド樹脂ワニス及びそれを用いた絶縁電線、電機コイル、モータ

【課題】耐熱性を低下させることなく皮膜の柔軟性を高くして耐加工性を向上できる絶縁皮膜を形成可能なポリイミド樹脂ワニスを提供する。
【解決手段】芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを反応して得られるポリイミド前駆体樹脂を主成分とするポリイミド樹脂ワニスであって、前記芳香族ジアミンは芳香族エーテル結合を有し、ベンゼン環を3つ以上有する第1の芳香族ジアミンと、下記式(2)で表される第2の芳香族ジアミンとからなり、前記ポリイミド前駆体樹脂のイミド化後のイミド基濃度が25%以上35%以下であるポリイミド樹脂ワニス。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は導体に塗布、焼付けして絶縁皮膜を形成することができるポリイミド樹脂ワニス、及びこのポリイミド樹脂ワニスを用いて形成された絶縁層を有する絶縁電線およびそれを用いた電機コイル、モータに関する。
【背景技術】
【0002】
モータ等のコイル用巻線として用いられる絶縁電線において、導体を被覆する絶縁層(絶縁皮膜)には、優れた絶縁性、導体に対する密着性、耐熱性、機械的強度等が求められている。絶縁層を形成する樹脂としては、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリエステルイミド樹脂等がある。
【0003】
また適用電圧が高い電気機器、例えば高電圧で使用されるモータ等では、電気機器を構成する絶縁電線に高電圧が印加され、その絶縁皮膜表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。コロナ放電の発生により局部的な温度上昇やオゾンやイオンの発生が引き起こされやすくなり、その結果絶縁電線の絶縁被膜に劣化が生じることで早期に絶縁破壊を起こし、電気機器の寿命が短くなる。高電圧で使用される絶縁電線には上記の理由によりコロナ放電開始電圧の向上も求められており、そのためには絶縁層の誘電率を低くすることが有効であることが知られている。
【0004】
ポリイミド樹脂は耐熱性に優れ、また誘電率も比較的低い材料である。しかしポリイミド樹脂は剛直な構造をしているため引張破断伸びが小さく柔軟性が低いという問題がある。モータに使用されるコイルでは、占積率を上げるために絶縁電線を捲線してコイルを形成した後にコイルをスロット中に挿入する等、絶縁電線を大きく変形させる加工を行うことがある。この時絶縁層の柔軟性が低いと加工時に絶縁皮膜が損傷を受けやすく、電気特性が不良となったり絶縁皮膜の割れが発生したりするおそれがある。
【0005】
特許文献1には芳香族エーテル構造を有するポリイミド樹脂が記載されている。具体的には、4,4’−オキシジフタル酸二無水物(OPDA)等の芳香族エーテル構造を有する酸無水物と、芳香族エーテル構造を有するジアミン及びフルオレン構造を有するジアミンとを反応させてポリイミド前駆体を合成している。芳香族エーテル構造を有する酸無水物及びジアミンを用いることで可とう性を向上している。またこのような構造のポリイミド樹脂は低誘電率でありコロナ発生抑制に優れた絶縁皮膜を得ることができる、と記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−67408号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ポリイミド樹脂の分子構造中に芳香族エーテル構造を導入すると皮膜の柔軟性は向上するが、芳香族エーテル構造を導入していないポリイミド樹脂と比べて耐熱性が悪くなるという問題がある。たとえば特許文献1の実施例に記載されているポリイミド樹脂のガラス転移温度は265℃〜302℃であり、一般的なポリイミドのガラス転移温度(約400℃)に比べて低くなっている。
【0008】
本発明は上記の問題に鑑みてなされたものであり、耐熱性を低下させることなく皮膜の柔軟性を高くして耐加工性を向上できる絶縁皮膜を形成可能なポリイミド樹脂ワニスを提供することを課題とする。また本発明は上記のポリイミド樹脂ワニスを用いて形成された絶縁層を有し、耐熱性、機械的強度等の要求特性を満たすことのできる絶縁電線及びそれを用いた電機コイル、モータを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを反応して得られるポリイミド前駆体樹脂を主成分とするポリイミド樹脂ワニスであって、
前記芳香族ジアミンは、
下記式(1)で表される芳香族エーテル結合を有すると共にベンゼン環、ナフタレン環の一方又は両方を合計3つ以上有する第1の芳香族ジアミンと、
下記式(2)で表される第2の芳香族ジアミンとからなり、
前記ポリイミド前駆体樹脂のイミド化後のイミド基濃度が25%以上35%以下である、ポリイミド樹脂ワニスである(請求項1)。
【0010】
【化1】

【0011】
【化2】

【0012】
ポリイミド樹脂の柔軟性を上げるため、芳香族エーテル構造を有すると共にベンゼン環、ナフタレン環の一方又は両方を合計3つ以上有する第1の芳香族ジアミンを用いる。第1の芳香族ジアミンはベンゼン環又はナフタレン環を3つ以上有していることから分子量が大きく柔軟な成分である。また第1の芳香族ジアミンと併用してベンゼン環を2つ有する第2の芳香族ジアミンを使用する。第2の芳香族ジアミンを併用することでポリイミド樹脂の強度を上げることができる。
【0013】
また本発明者らはポリイミド樹脂のイミド基濃度に着目した。イミド基濃度は、ポリイミド前駆体をイミド化した後のポリイミド樹脂において、
(イミド基部分の分子量)/(全ポリマーの分子量)×100(%)
で計算される値である。ポリイミド前駆体は芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを反応して得られるので、各モノマー(芳香族ジアミン又は芳香族テトラカルボン酸二無水物)の分子量が大きくなるとイミド基濃度は小さくなる。イミド基濃度が25%よりも低くなると耐熱性が低くなり、イミド基濃度が35%よりも大きくなると柔軟性が低下する傾向がある。イミド基濃度を25%以上35%以下の範囲とすることで耐熱性と柔軟性とのバランスの取れたポリイミド樹脂を得ることができる。
【0014】
本願発明で使用する第1の芳香族ジアミンは分子量が大きいため、これと組み合わせて使用する芳香族テトラカルボン酸二無水物の分子量も大きいとポリイミド樹脂全体でのイミド基濃度が小さくなり耐熱性が低下する。ジアミン成分として上記の第1の芳香族ジアミン及び第2の芳香族ジアミンを使用すると共に、イミド基濃度が25%以上35%以下となるような分子量の芳香族テトラカルボン酸二無水物成分を使用することで、耐熱性と柔軟性とを両立可能なポリイミド樹脂を得ることができる。また極性の高いイミド基の濃度が、例えばカプトンに代表される一般的なポリイミド樹脂のイミド基濃度(36.6%)よりも低くなることから、誘電率の低いポリイミドを得ることができる。
【0015】
前記芳香族テトラカルボン酸二無水物はピロメリット酸二無水物(以下、PMDA)であると好ましい(請求項2)。ピロメリット酸二無水物は比較的分子量が小さく、剛直な構造であるため、第1の芳香族ジアミンとして分子量が大きく柔軟な成分を選択した場合でもポリイミドのイミド基濃度を25%以上35%以下とすることができ、ポリイミド樹脂の柔軟性と耐熱性を両立できる。
【0016】
前記第1の芳香族ジアミンとしては、2,2−ビス[4−(アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、1,1−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]シクロヘキサン、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、及び1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンからなる群から選択される1種以上を選択することが好ましい(請求項3)。これらの芳香族ジアミンは分子量が大きく、ポリイミド樹脂の柔軟性を向上できる。特に酸無水物としてPMDAを選択した場合には柔軟性と耐熱性、機械強度(引張強度)のバランスが取れて好ましい。
【0017】
前記第1の芳香族ジアミンと、前記第2の芳香族ジアミンとの含有比率(モル比)は30:70〜90:10とすると好ましい(請求項4)。50:50〜80:20がより好ましい。第1の芳香族ジアミン量がこの範囲よりも少ない場合はポリイミド樹脂の伸びが小さく柔軟性が不十分となる場合がある。また第2の芳香族ジアミンの量がこの範囲よりも少ない場合はポリイミド樹脂皮膜にピンホールなどの欠陥が生じやすく、十分な靭性が得られにくくなる。
【0018】
請求項5に記載の発明は、導体及び該導体を直接又は他の層を介して被覆する絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層は上記のポリイミド樹脂ワニスを塗布、焼付けして形成された絶縁層である、絶縁電線である。柔軟性に優れると共に耐熱性、引張強度に優れるポリイミドで形成された絶縁層を有するため、耐加工性及び耐熱性に優れた絶縁電線が得られる。また絶縁層の誘電率が低いため、コロナ放電開始電圧の高い絶縁電線が得られる。
【0019】
請求項6に記載の発明は、上記の絶縁電線を捲線してなる電機コイルである。また請求項7に記載の発明は、請求項6に記載の電機コイルを有するモータである。耐加工性及び耐熱性に優れた絶縁電線を使用していることから占積率の高いコイルが得られ、コイル及びモータの小型化が可能となる。また高電圧が印加された場合でも絶縁皮膜の劣化が起こりにくいので、寿命を長くすることが可能である。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、柔軟性、引張強度等の機械強度及び耐熱性に優れた絶縁電線用のポリイミド樹脂ワニスを提供することができる。また本発明の絶縁電線は耐熱性、機械強度耐熱性等の要求特性を満たすことができるとともにコロナ放電開始電圧を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】誘電率の測定方法を説明する模式図である。
【図2】本発明の絶縁電線一例を示す断面模式図である。
【図3】本発明のコイルの一例を示す模式図である。
【図4】本発明のモータの一例を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明のポリイミド樹脂ワニスの主成分であるポリイミド前駆体樹脂(ポリアミック酸)は、芳香族テトラカルボン酸二無水物と芳香族ジアミンとの縮合重合によって得られる。この縮合重合反応は、従来のポリイミド前駆体の合成と同様な条件にて行うことができる。
【0023】
芳香族テトラカルボン酸二無水物としては、ピロメリット酸二無水物(PMDA)、4,4’−オキシジフタル酸二無水物(OPDA)、3,4,3’,4’−ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(BPDA)、3,3’,4,4’−ベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)、3,3’,4,4’−ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物、ビシクロ(2,2,2)−オクト−7−エン−2,3,5,6−テトラカルボン酸二無水物、1,2,4,5−シクロヘキサンテトラカルボン酸二無水物、2,2−ビス(3,4−ジカルボンキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン二無水物、5−(2,5−ジオキソテトラヒドロフリル)−3−メチル−3−シクロヘキセン−1,2−ジカルボン酸二無水物等が例示される。
【0024】
この中でも下記式(3)で表されるピロメリット酸二無水物(PMDA)は低分子量で剛直な構造を持つため、ポリイミド樹脂の耐熱性を向上できる点で好ましい。
【0025】
【化3】

【0026】
芳香族ジアミンは第1の芳香族ジアミンと第2の芳香族ジアミンとを併用する。第1の芳香族ジアミンとしては、芳香族エーテル結合を有し、ベンゼン環、ナフタレン環の一方又は両方を合計3つ以上有するものを用いる。第1の芳香族ジアミンとしては、ベンゼン環を4つ有する2,2−ビス[4−(アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、ベンゼン環を4つ有する1,1−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]シクロヘキサン(4−APBZ)、ベンゼン環を3つ有する1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE−R)、ベンゼン環を3つ有する1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE−Q)、ベンゼン環を3つ有する1,3−ビス(3−アミノフェノキシ)ベンゼン(3−APB)、ベンゼン環2つとナフタレン環1つを有する1,5−ビス(3−アミノフェノキシ)ナフタレン(1,5−BAPN)等が例示できる。分子中に芳香族エーテル結合を多く含む分子を使用すると柔軟性向上効果が高くなる。
【0027】
この中でも下記式(4)で表される2,2−ビス[4−(アミノフェノキシ)フェニル]プロパン(BAPP)、下記式(5)で表される1,1−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]シクロヘキサン(4−APBZ)、下記式(6)で表される1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE−R)、1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン(TPE−Q)が好ましく使用できる。
【0028】
【化4】

【0029】
【化5】

【0030】
【化6】

【0031】
第2の芳香族ジアミンとしては、下記式(2)で表され、ベンゼン環を2つ有する芳香族ジアミンを使用する。具体的には下記式(7)で表される4,4’−メチレンジアニリン(MDA)、下記式(8)で表される4,4’−ジアミノジフェニルエーテル(ODA)が好ましく使用できる。

【0032】
【化7】

【0033】
【化8】

【0034】
芳香族テトラカルボン酸二無水物、第1の芳香族ジアミン、及び第2の芳香族ジアミンは、イミド化後のイミド基濃度が25%以上35%以下となるように選択する。イミド基濃度はポリイミド前駆体をイミド化した後のポリイミド樹脂において、
(イミド基部分の分子量)/(全ポリマーの分子量)×100
で計算される値である。具体的には以下の方法でイミド基濃度を計算する。
【0035】
芳香族テトラカルボン酸二無水物、芳香族ジアミンの分子量からユニット単位でのイミド基濃度を計算する。例えば下記式(9)で示されるポリイミドの場合、イミド基濃度は
イミド基分子量=70.03×2=140.06
ユニット分子量=894.96となるため、
イミド基濃度(%)=(140.06)/(894.96)×100=15.6%
となる。第1の芳香族ジアミンを含有するユニットのイミド基濃度と第2の芳香族ジアミンを含有するイミド基濃度とをそれぞれ求め、第1の芳香族ジアミンと第2の芳香族ジアミンの含有割合をかけてポリイミド全体のイミド基濃度を計算する。
【0036】
【化9】

【0037】
上記の芳香族テトラカルボン酸二無水物、第1の芳香族ジアミン、第2の芳香族ジアミンを混合して反応させる。第1の芳香族ジアミンと第2の芳香族ジアミンとの混合比率は30:70〜90:10(モル比)とする。50:50〜80:20がより好ましい。また芳香族ジアミンの合計量(当量)と、芳香族テトラカルボン酸二無水物の合計量(当量)を約1:1とすると反応が良好に進行して好ましい。なお本発明の趣旨を損ねない範囲で、上記の芳香族テトラカルボン酸二無水物、第1の芳香族ジアミン、第2の芳香族ジアミン以外の酸無水物成分、ジアミン成分を併用しても良い。それぞれの材料を混合し、有機溶媒中で加熱して反応させてポリイミド前駆体樹脂を得る。
【0038】
有機溶媒としては、N−メチル−2−ピロリドン、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド、γ−ブチロラクトン等の非プロトン性極性有機溶媒が使用できる。これらの有機溶媒は単独で用いても2種以上を組み合わせても良い。
【0039】
有機溶媒の量は、芳香族酸無水物成分、芳香族ジアミン成分等を均一に分散させることができる量であれば良く、特に制限されないが、通常これらの成分の合計量100質量部あたり100質量部〜1000質量部(樹脂濃度で10%〜50%程度となるように)使用する。有機溶媒量を少なくするとできあがったポリイミド樹脂ワニスの固形分量が多くなり、コスト低減に有効である。
【0040】
ポリイミド樹脂ワニスには顔料、染料、無機又は有機のフィラー、潤滑剤、密着向上剤等の各種添加剤や反応性低分子、相溶化剤等を添加しても良い。さらに、本発明の趣旨を損ねない範囲で他の樹脂を混合して使用することもできる。
【0041】
ポリイミド樹脂ワニスを導体上に直接又は他の層を介して塗布、焼き付けして絶縁層を形成する。焼付け工程でポリイミド前駆体樹脂がイミド化してポリイミドとなる。塗布、焼付けは通常の絶縁電線の製造と同様に行うことができる。例えば、導体に樹脂ワニスを塗布した後、設定温度を350〜500℃とした炉内を1パス当たり5〜10秒間通過させて焼付ける作業を数回繰り返して絶縁層を形成する。絶縁層の厚みは10μm〜150μmとする。
【0042】
導体としては、銅や銅合金、アルミ等を使用できる。導体の大きさやその断面形状は特に限定されないが、丸線の場合は導体径が100μm〜5mmのものが、平角線の場合は一辺の長さが500μm〜5mmのものが一般に使用される。
【0043】
絶縁層は単層であっても多層であっても良い。絶縁層が単層である場合は上記のポリイミド樹脂ワニスを塗布、焼き付けして形成された絶縁層のみが絶縁層となる。絶縁層を多層にする場合は、上記のポリイミドからなる絶縁層の形成前又は形成後に他の絶縁層を形成する。他の絶縁層を形成する樹脂としてはポリイミド、ポリアミドイミド、ポリエステルイミド、ポリウレタン、ポリエーテルイミド等任意の樹脂を使用できる。
【0044】
さらに、絶縁層として、最外層に表面潤滑層を有すると加工性が向上して好ましい。また絶縁電線の外側に表面潤滑油を塗布しても良い。この場合はさらにインサート性や加工性が向上する。
【0045】
図2は本発明の絶縁電線の一例を示す断面模式図である。導体1の外側に多層の絶縁層があり、絶縁層は導体側から第1の絶縁層2、第2の絶縁層3、表面潤滑層4となっている。例えば密着向上剤を添加したポリアミドイミド樹脂ワニスを塗布、焼き付けして第1の絶縁層2を形成し、本発明のポリイミド樹脂ワニスを塗布焼き付けして第2の樹脂層3を形成する。なお本発明の絶縁電線はこの形状に限定されるものではない。
【0046】
図3(a)は本発明の電機コイルの一例を示す模式図であり、図3(b)は図3(a)のA−A’断面図である。磁性材料からなるコア13の外側に絶縁電線11を捲線して電機コイル12が形成される。コアと電機コイルからなる部材は、モータのロータやステータとして使用される。例えば、図4に示すように、コア13と電機コイル12とからなる分割ステータ14を複数組み合わせて環状に配置したステータ15を、モータの構成部材として使用する。
【実施例】
【0047】
次に、本発明を実施例に基づいてさらに詳細に説明する。なお本発明の範囲はこの実施例のみに限定されるものではない。
【0048】
(実施例1〜8、比較例1〜6)
(ポリイミド前駆体樹脂の作製)
表1及び表2に示す種類と量の芳香族ジアミンをN−メチルピロリドンに溶解させた後、表1に示す種類と量の芳香族テトラカルボン酸無水物を加えて窒素雰囲気下室温で1時間撹拌した。その後60℃で20時間撹拌し反応を終え、室温まで冷却してポリイミド樹脂ワニスを得た。なお表1に記載している配合量の数値はモル比である。また各成分の分子量から計算したイミド基濃度を表1中に記載している。
【0049】
(絶縁電線の作製)
ポリイミド樹脂ワニスを導体径(直径)約1mmの導線の表面に常法によって塗布、焼付けして厚み約40μmの絶縁層を形成し、実施例1〜8、比較例1〜6の絶縁電線を作製した。
【0050】
(ガラス転移温度の評価)
得られた絶縁電線から導体を取り除いてチューブ状の絶縁層とし、動的粘弾性測定装置(DMS)を用いて温度範囲20℃〜500℃、昇温速度10℃/分でガラス転移温度を測定した。
【0051】
(機械特性の評価)
得られた絶縁電線から導体を取り除いてチューブ状の絶縁層とし、引張試験機を用いてチャック間距離20mm、10mm/minで引張試験を行い、破断伸びを測定した。
【0052】
(誘電率の測定)
得られた各絶縁電線について、絶縁層の誘電率を測定した。図1に示すように、絶縁電線の表面3カ所に銀ペーストを塗布して測定用のサンプルを作製した(塗布幅は両端2カ所が10mm、中央部分が100mmである)。導体と銀ペースト間の静電容量をLCRメータで測定し、測定した静電容量の値と被膜の厚みから誘電率を算出した。なお測定は温度30℃、湿度50%の条件で行った。以上の評価結果を表1及び表2に示す。
【0053】
【表1】

【0054】
【表2】

【0055】
ベンゼン環を2つ有する芳香族ジアミンとベンゼン環を3つ以上有する芳香族ジアミンとを使用し、イミド基濃度を25%以上35%以下とした実施例1〜実施例8のポリイミド皮膜は、全てガラス転移温度が300℃以上であり皮膜伸びも100%以上あり、耐熱性と柔軟性とを両立している。また誘電率も2.9〜3.1であり、一般的なポリイミド樹脂の誘電率よりも低くなっている。
【0056】
比較例1はベンゼン環を3つ以上有する芳香族ジアミンを使用していないため、ガラス転移温度は高いが皮膜伸びが100%よりも小さい。比較例2はベンゼン環を2つ有する第1の芳香族ジアミンを使用せず、ベンゼン環が一つのパラフェニレンジアミン(PPD)を使用している。比較例1と同様、ガラス転移温度は高いが皮膜伸びが小さい。比較例3及び比較例4はベンゼン環を3つ以上有する第2の芳香族ジアミンのみを使用している。皮膜の強度が低く割れが生じて皮膜伸びは測定不可能であった。
【0057】
比較例5はベンゼン環を3つ以上有する第2の芳香族ジアミンのみを使用している。酸成分として、分子内に芳香族エーテル結合を有する4,4’−オキシジフタル酸二無水物(OPDA)を使用しているので皮膜伸びは100%以上であるが、ガラス転移温度が低く耐熱性が劣る。比較例6はベンゼン環を2つ有する第1の芳香族ジアミンとベンゼン環を3つ以上有する第2の芳香族ジアミンとを組み合わせて使用しているが、イミド基濃度が35%よりも大きいため、皮膜伸びが100%よりも小さく柔軟性が劣る。
【符号の説明】
【0058】
1 導体
2 第1の絶縁層
3 第2の絶縁層
4 表面潤滑層
11 絶縁電線
12 電機コイル
13 コア
14 分割ステータ
15 ステータ

【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ジアミンと芳香族テトラカルボン酸二無水物とを反応して得られるポリイミド前駆体樹脂を主成分とするポリイミド樹脂ワニスであって、
前記芳香族ジアミンは、
下記式(1)で表される芳香族エーテル結合を有すると共にベンゼン環、ナフタレン環の一方又は両方を合計3つ以上有する第1の芳香族ジアミンと、
下記式(2)で表される第2の芳香族ジアミンとからなり、
前記ポリイミド前駆体樹脂のイミド化後のイミド基濃度が25%以上35%以下である、ポリイミド樹脂ワニス。

【請求項2】
前記芳香族テトラカルボン酸二無水物が、ピロメリット酸二無水物である、請求項1に記載のポリイミド樹脂ワニス。
【請求項3】
前記第1の芳香族ジアミンが、2,2−ビス[4−(アミノフェノキシ)フェニル]プロパン、1,1−ビス[4−(4−アミノフェノキシ)フェニル]シクロヘキサン、1,3−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼン、及び1,4−ビス(4−アミノフェノキシ)ベンゼンからなる群から選択される1種以上である、請求項1又は2に記載のポリイミド樹脂ワニス。
【請求項4】
前記第1の芳香族ジアミンと、前記第2の芳香族ジアミンとの含有比率(モル比)が30:70〜90:10である、請求項1〜3のいずれか1項に記載のポリイミド樹脂ワニス。
【請求項5】
導体及び該導体を直接又は他の層を介して被覆する絶縁層を有する絶縁電線であって、前記絶縁層は、請求項1〜4のいずれか1項に記載のポリイミド樹脂ワニスを塗布、焼付けして形成された絶縁層である、絶縁電線。
【請求項6】
請求項5に記載の絶縁電線を捲線してなる電機コイル。
【請求項7】
請求項6に記載の電機コイルを有するモータ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2012−153848(P2012−153848A)
【公開日】平成24年8月16日(2012.8.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−16219(P2011−16219)
【出願日】平成23年1月28日(2011.1.28)
【出願人】(309019534)住友電工ウインテック株式会社 (67)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】