説明

ポリエステル成形体の光触媒コーティング方法

【課題】二酸化チタン等の光触媒がポリエステル成形体材料のコーティングに使用するバインダー成分中に埋もれるのを防ぎ、ポリエステル成形体材料表面に光触媒が緻密にかつ強く結合されるとともに、結合された光触媒の活性が長期間にわたって持続する、ポリエステル成形体の光触媒コーティング方法を提供する。
【解決手段】(1)ポリエステル成形体の表面を有機シラン化合物で被覆した後に、(2)70℃以上の温度で10時間以上加熱処理することによって脱水縮合反応が完結したシリカバリヤー層を形成し、(3)ついで、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の乾燥塗膜を形成した後に、(4)光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1でPH6.5以下の混合液に接触させて光触媒を静電的に該塗膜に結合させることを特徴とするポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、二酸化チタン又は二酸化チタンを担持した各種無機化合物微粒子をポリエステル成形体表面に高密度に固定化することを可能にし、空気や水中に存在する各種汚染物質の分解をはじめとする機能材料の製造に有用なポリエステル成形体の光触媒コーティング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
光触媒は通常の触媒とは違い、光を吸収することにより電子−正孔への電荷分離や結晶構造の変化により超親水性現象を起こし、汚染物質の分解、抗菌、殺菌、セルフクリーニング、防曇など、人の生活環境の改善に役立てることができるいくつかの機能を発現する。現在用いられている光触媒はほとんどが二酸化チタン(TiO2)で、これは粒径が数ナノ〜数十ナノメートルの白色の微粒子である。微粒子は空気中では飛散しやすく、また溶液中で用いた場合には最終的に分離しなければならないので、そのままの状態で使われることはまれで、多くの場合適当な基材の表面に固定して用いられている。
【0003】
基材がセラミックス、ガラス、金属などの無機系材料の場合には、二酸化チタン表面に生じて反応を誘起させる活性酸素種(OHラジカル、O2-ラジカル等)が基材を分解することがないので、光触媒を直接コーティングすることができる(通常は、二酸化チタンを水、溶剤、バインダー、PH調整剤などと混ぜた組成物として基材表面に塗布する)。
しかし、基材が高分子材料の場合には、前記の方法で塗布すると高分子材料が活性酸素種により分解されてしまうので、基材表面に保護(バリアー)層を設ける必要がある。このような、保護層には、無機および有機系のシリカやフッ素化合物がよく利用されている。
【0004】
これまでに、バリアー層物質を含む液と光触媒組成物の2液を使うコーティング法やバリアー物質、光触媒、その他の物質を含む1液コーティング法が、平面状の高分子基材用に開発されている。(例えば、特許文献1〜4参照)
【特許文献1】特開2000−318089号公報
【特許文献2】特開2001−277418号公報
【特許文献3】特開2001−89708号公報
【特許文献4】特開2005−35198号公報
【0005】
ところが繊維状高分子、たとえばポリエステル繊維を基材として使用する場合には、繊維表面に光触媒をまんべんなく固定できる方法が見つかっていない。従来技術では、光触媒組成物をスプレーすることにより繊維間に光触媒が挟まったような不安定な状態で固定されていたり、溶融状態の繊維構成材料に光触媒を練りこむといった方法が採られている。
しかしながら、上記の不安定な固定化された繊維材料では、力が加えられた場合に光触媒が剥離したり、水洗浄を繰り返すと光触媒が取れて失われたりする。また、光触媒を繊維に練り込む方法では、光触媒微粒子が繊維内部に埋もれてしまい、表面に露出している粒子の割合が非常に少なくなる。この他に、光触媒と水、バインダー、溶剤、PH調整剤等を混ぜた組成物を繊維に塗布する方法も種々提案されているが、この場合、光触媒が使用するバインダー成分中に埋もれてしてしまい活性が上がらないという問題が起こる。以上の理由から、従来法による繊維状ポリエステル光触媒材料の活性は一般に低かった。このため、従来の方法に代わる、光触媒活性が高くしかも安定に維持される新規コーティング方法の開発が強く望まれていた。
【0006】
本発明者等は、このようなポリエステル繊維における問題点を解消するために、ポリエステル繊維の表面に静電力により光触媒を結合する方法を見出し、先に提案した(特許文献5参照)
【特許文献5】特願2006−056816
【0007】
この方法は、シリカで表面処理したポリエステル繊維表面にマイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の乾燥塗膜を形成した後に、光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1でPH6.5以下の混合液に接触させて光触媒を静電的に該塗膜に結合させ、ついで0〜40℃の温度で水分除去を行うことによりポリエステル繊維に光触媒コーティングを行うものであり、二酸化チタン等の光触媒がポリエステル繊維材料のコーティングに使用するバインダー成分中に埋もれるのを防ぎ、ポリエステル繊維材料表面に光触媒が緻密にかつ強く結合された、高活性で剥離の少ないポリエステル光触媒材料の製造を可能とするものである。
しかしながら、その後さらに検討を続けたところ、光触媒をコーティングした後に数ヶ月或いは1年以上といった長期間が経過した後に、光触媒活性が低下するという問題が新たに判明した。この問題は、特許文献5により得られるポリエステル繊維だけではなく、上記特許文献1〜4において高分子基材上に光触媒コーティングを行った材料においても、同様に発生するものと考えられる。
【0008】
特許文献5に記載の技術では、ポリエステル繊維表面にオルガノシラン(アルコキシシラン、メチルシリコーン等)溶液を塗布した後に、70℃の乾燥機中で1時間加熱処理することによって、オルガノシランを脱水重縮合させてシリカバリヤー層を形成しており、他の特許文献に記載された先行技術においても同程度の加熱処理条件下にシリカバリヤー層を形成している。
【0009】
ついで、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂(塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体)によりプライマー処理して乾燥塗膜を得た後に、光触媒を静電的に該塗膜に結合させ、0〜40℃の温度で水分除去を行うものである。この水分除去を40℃よりも高い温度で行うと、得られる材料の光触媒活性が低下する。
この方法により得られたポリエステル繊維の表面では、図5(2000倍)及び図6(30000倍)のSEM写真に示すように、光触媒は繊維の表面にほぼ均一に分布し、かつ高密度でゆるく凝集した状態で結合している。したがって、この状態では光触媒は充分な活性を発揮することができる。図7は、このポリエステル光触媒材料を用いてトルエンの除去試験を行った結果を示す図であり、トルエン除去率は56.1%であった。
【0010】
図8(2000倍)及び図9(30000倍)は、このポリエステル繊維光触媒材料について1年経過後に撮影したSEM写真を示す。これらの図によれば、光触媒は不均一に分布し、しかも固く凝集した状態で結合している。図10は、このポリエステル光触媒材料を用いてトルエンの除去試験を行った結果を示す図であり、トルエン除去率は4%と殆ど光触媒活性を示さなかった。
【0011】
この時間の経過によって光触媒活性が低下する詳細な原因は現在解明中であるが、以下のようなものであると考えられる。
このポリエステル光触媒材料では、繊維の表面にシリカバリヤー層、プライマー層を順次形成し、プライマー層に光触媒を静電的に結合したものである。光触媒を結合した直後には、図5及び図6にみられるように、光触媒は繊維の表面にほぼ均一に分布し、かつ高密度でゆるく凝集した状態で結合しており、この状態では光触媒は充分な活性を発揮することができる。
【0012】
しかしながら、この光触媒のシリカバリヤー層を形成する際の加熱処理条件(70℃、1時間)では、バリヤー層を構成する原料として使用したアルコキシシランは脱水重縮合反応が完全には終了しておらず、時間の経過と共に未反応のアルコキシシランが下層から表面に移動し、光触媒(TiO)微粒子を被覆して固く凝集した状態に接合し、その結果光触媒活性がなくなったものと考えられる。
また、シリカバリヤー層を形成する際に、アルコキシシランの脱水重縮合反応が完結していないことから、プライマー層を形成し、これに光触媒を静電的に結合した後の最終乾燥温度も活性低下を抑えるため0〜40℃といった低温で行う必要があったものと思われる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
したがって、本発明は上記した先行技術の問題点を解消して、二酸化チタン等の光触媒がポリエステル成形体材料のコーティングに使用するバインダー成分中に埋もれるのを防ぎ、ポリエステル成形体材料表面に光触媒が緻密にかつ強く結合されるとともに、結合された光触媒の活性が長期間にわたって持続する、ポリエステル成形体の光触媒コーティング方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者等は鋭意検討した結果、ポリエステル成形体の表面にシリカバリヤー層を形成する際に、シリカバリヤー層を形成するアルコキシシラン、メチルシリコーン等の有機シラン化合物の脱水重縮合反応が完全に終了するような条件下に加熱処理を行うことによって、上記課題が解決されることを発見して本発明を完成させたものである。
すなわち、本発明は次の1〜8の構成を採用するものである。
1.(1)ポリエステル成形体の表面を有機シラン化合物で被覆した後に、(2)70℃以上の温度で10時間以上加熱処理することによって脱水縮合反応が完結したシリカバリヤー層を形成し、(3)ついで、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の乾燥塗膜を形成した後に、(4)光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1でPH6.5以下の混合液に接触させて光触媒を静電的に該塗膜に結合させることを特徴とするポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
2.さらに、(5)静電的に結合した光触媒から0〜80℃の温度で水分除去を行うことを特徴とする1に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
3.ポリエステル成形体がポリエステル繊維であることを特徴とする1又は2に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
4.ポリエステル繊維が、不織布の形態であることを特徴とする3に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方
5.マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂として塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体を使用することを特徴とする1〜4のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
6.光触媒として二酸化チタンを用いることを特徴とする1〜5のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
7.二酸化チタンとして無機化合物担体に担持された二酸化チタンを使用することを特徴とする6に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。(この無機化合物担体としては、例えば、シリカゲル、ゼオライト、炭素系物質(活性炭、カーボンクラスター、カーボンナノチューブ)、アパタイト、珪藻土、各種粘土から選択された無機化合物担体を使用することができる。)
8.(2)の加熱処理を、加熱温度(℃)と加熱時間(時間)の積算値が700〜5000となるように行うことを特徴とする1〜7のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【発明の効果】
【0015】
本発明のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法によれば、二酸化チタン等の光触媒がポリエステル成形体材料のコーティングに使用するバインダー成分中に埋もれるのを防ぎ、ポリエステル成形体材料表面に光触媒が緻密にかつ強く結合された、高活性で剥離の少ないポリエステル光触媒材料の製造が可能となる。また、この光触媒材料は、長期間にわたって高い光触媒活性を維持することができるものである。
このような光触媒材料は、空気や水中に存在する各種汚染物質の分解をはじめとする機能材料として有用であり、しかも基材となるポリエステル成形体が光触媒により劣化しないので、極めて実用的価値の高いものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
本発明では、活性酸素種による分解劣化の問題が無く、かつ長期間にわたって高い光触媒活性を示すポリエステル成形体光触媒材料を製造するため、(1)ポリエステル成形体の表面を有機シラン化合物で被覆した後に、(2)70℃以上の温度で10時間以上加熱処理することによって脱水縮合反応が完結したシリカバリヤー層を形成し、(3)ついで、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の乾燥塗膜を形成した後に、(4)光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1でPH6.5以下の混合液に接触させて光触媒を静電的に該塗膜に結合させることを特徴とする。また、通常は、上記工程に続いて、(5)静電的に結合した光触媒から0〜80℃の温度で水分除去を行う。
【0017】
ポリエステル成形体表面を保護するバリアー層を構成するシリカとしては特に制限はなく、通常樹脂材料を基材とする光触媒材料でバリアー層を構成するシリカとして通常用いられるものは、いずれも使用することができる。好ましいシリカとしては、ポリエステルおよび酢酸ビニル系プライマー物質との親和性がよい、オルガノシラン(アルコキシシラン、メチルシリコーン等)やポリシラザンを用いて合成したシロキサン樹脂が挙げられる。
【0018】
本発明では、ポリエステル成形体の表面を有機シラン化合物で被覆した後に、70℃以上の温度で10時間以上加熱処理することによって脱水縮合反応が完結したシリカバリヤー層を形成することを特徴とする。
この加熱処理は、加熱温度(℃)と加熱時間(時間)の積算値が700〜5000程度、好ましくは1000〜4000程度、特に1500〜3000程度となるように行われる。この積算値が上記範囲よりも少ない場合には、有機シラン化合物の脱水縮合反応が完結せずに未反応の有機シラン化合物が残存し、時間の経過と共に成形体の表面に移動して光触媒微粒子を被覆して固く凝集した状態に接合し、光触媒活性を低下させる。一方、積算値が上記範囲よりも多い場合には、加熱処理に多量のエネルギーを必要とし、時間もかかることから製造コストが高くなる。
【0019】
プライマー層を構成する材料としては、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂が使用される。好ましいポリ酢酸ビニル系樹脂としては、塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体、エチレン/酢酸ビニル共重合体、有機酸(アクリル酸、マレイン酸、フマル酸、クロトン酸など)エステル/酢酸ビニル共重合体などが挙げられるが、特に塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体樹脂を使用することが特に好ましい。共重合体中の塩化ビニル:酢酸ビニルの割合は、重量比で90:10〜30:70程度、特に90:10〜50:50程度のものを使用することが好ましい。
【0020】
二酸化チタン等の光触媒微粒子は、水中ではプラスに荷電したゼータ電位を有することが知られている。本発明では、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の塗膜をバリアー層上に形成することにより、静電的に光触媒粒子を該塗膜に固定するものである。
光触媒と水の混合液としては、光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1、特に0.001〜0.01の溶液又は分散液を使用することが好ましい。また、混合液のPHは、6.5以下、特に3.0〜6.5程度に調製することが好ましい。
【0021】
本発明によれば、光触媒/水混合液中の光触媒微粒子(プラス荷電)をプライマー物質(マイナス荷電)が静電的に引きつけて強く結合するので、ポリエステル成形体に光触媒微粒子を高密度に固定することができる。この光触媒微粒子は、従来技術に見られるようにバインダー物質或いは基材を構成するポリエステル樹脂によりその表面が被覆されていないので、高い光触媒活性を発揮することができる。
また、シリカバリヤー層を構成する有機シラン化合物の脱水縮重合反応が完結していることから、数ヶ月ないし1年以上といった長期間が経過した後にも光触媒活性が低下せず、高い活性を維持することができる。
【0022】
本発明で使用する光触媒としては特に制限はないが、通常は二酸化チタンを使用することが好ましい。二酸化チタンとしては、二酸化チタン単体からなる微粒子のほか、二酸化チタンを無機化合物からなる担体に担持させた微粒子を使用することもできる。
二酸化チタンを担持させる好ましい無機化合物担体としては、シリカゲル、ゼオライト、炭素系物質(活性炭、カーボンクラスター、カーボンナノチューブ)、アパタイト、珪藻土、各種粘土等から選択された無機化合物担体が挙げられる。
【0023】
光触媒の懸濁に用いる液体は純水が適しており、酸やアルカリを用いて光触媒と水との混合液のPHを変える必要はない。混合液のPHは通常は3.0〜6.0程度であり、光触媒の種類により溶液のPHが6.5程度にまで大きくなることもあるが、それでも溶液中にプラス荷電を有する二酸化チタンが存在するので、静電コーティングは可能である。
本発明で光触媒コーティング方法の対象となる好ましいポリエステル成形体としては、ポリエステル繊維自体の他にポリエステル繊維により構成された不織布、該不織布により構成されたフイルター、織布等が挙げられる。また、これらの繊維材料に限らず、フイルム、シート或いはこれらを加工した各種の成形品等を使用することもできる。
【実施例】
【0024】
次に、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、以下の具体例は本発明を限定するものではない。
(実施例1)
縦6cm、横11cm、厚さ1.8cmのポリエステル不織布を用意し、これをオルガノシランの一種であるアルコキシシラン系コーティング剤(株式会社 エクセブン製、「SGコート」)の2倍希釈液(溶媒:イソプロピルアルコール)に浸して表面処理を行った。
液が不織布の繊維表面に満遍なく付いたら、これを小型の遠心機に移して回転させ( 1000rpm以上)、余分な液を取り除いた。その後、アルコキシシランの硬化を完結するため、80℃の乾燥機中で24時間加熱した。これによって、ポリエステル樹脂表面に脱水縮重合反応が完結したシリカバリアー層を築くことができた。
次に、バリアー層の上にマイナス荷電を有するプライマー物質として、塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体を主成分とする市販の雨どい修理用接着剤(三菱樹脂、ヒシボンドLR)1gを40mlのメチルエチルケトンに溶解し、この溶液中にシリカのバリアー層が付いた不織布を浸した。液が不織布全体に付いたことを確認してから、前と同様に余分な液を遠心処理で除いた。さらに、不織布にはメチルエチルケトンが少量残っており、また共重合体がまだ硬化していないので、ドラフト中での室温乾燥と70℃で1時間の加熱乾燥を行った。
【0025】
このようにしてプライマー処理した不織布にさらに次の処理操作を行い、光触媒をポリエステル表面に固定化した。0.2〜0.3gの二酸化チタン微粒子(日本アエロジル、P25)をビーカーに採り、これに30〜40mlの純水を加えてよく混合した。混合には超音波発生装置を用いた。この懸濁液(PH3.3)にプライマー処理の済んだ前記不織布を浸すと、二酸化チタンが不織布のポリエステル樹脂繊維表面のプライマー物質(マイナス荷電)に強く引き寄せられ、よく結合した。光触媒の付いた不織布は、その後遠心機で余分な液を除き、80℃で1時間乾燥した。繊維表面の水分は、基材が高分子であるので比較的短時間で除去できた。
ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真を図1(2000倍)及び図2(30000倍)に示す。図1から二酸化チタンが繊維に挟まっているのではなく、表面にしっかり結合していることが分かる。また、図2から、80℃で最終乾燥しても触媒は均一に分布し、しかも緩く凝集した状態で結合していることが分かる。
【0026】
(比較例1)
上記実施例1において、シリカバリヤー層として形成したアルコキシシランの加熱処理条件を70℃、1時間とした以外は実施例1と同様にして、ポリエステル不織布の繊維表面に二酸化チタンを結合した。
ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真を図3に示す。図から二酸化チタンが表面にしっかり結合していることが分かる。しかし、実施例1で得られた図2と対比すると、二酸化チタン同士が固く凝集した状態で結合している。また、SEM写真には、二酸化チタン微粒子の間からアルコキシシランの脱水縮合反応が進行途中のものと思われるいくつもの突起物質が現れている。なお、特許文献5の先願発明では、このような状態を避けるために、光触媒を静電的に結合した後の最終乾燥温度を0〜40℃とする必要があった。
【0027】
(空気浄化性能試験)
上記実施例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を縦5cm、横10cmの大きさに切って、空気浄化性能を次のようにして測定した結果を図4に示す。なお、この性能試験は、幅5.5cm、長さ30cm、高さ約4cmの空間を有するアクリル製の光照射反応容器を用い、流通法で行った。上面は紫外線照射ができるように石英製の窓板にした。この反応容器の中央に前記の光触媒材料を置き、ガスが入り口側から厚さ5mmの空気層を通って材料の上面から材料の下面を経て出口に至るように、材料の両側にアクリルの板を置いた。試験は波長300〜400nmのブラックライトを強度1mW/cmで照射し、トルエン1ppmを含む空気(流量0.5L/分)が材料を通過することによりどれだけトルエン濃度が減少するかを測る方法で行った。分析にはガスクロマトグラフ(GC)を用いた。図4は、実施例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を試料としたときの濃度変化を示すもので、縦軸はトルエン濃度(ppm)、横軸は時間(分)を表す。短時間に求めたトルエン除去率は、最大46%と高く、アルコキシシランの脱水縮重合反応が完全に終了するような条件下(この場合は80℃、24時間)に加熱処理を行うことによって、シリカバリヤー層の重縮合反応が完結し、光触媒を結合した後に未反応のアルコキシシランが光触媒微粒子を被覆して固く凝集した状態になり、活性が低下する問題が解決されていることが分かる。したがって、この光触媒材料は、長期間保管した後にも光触媒活性が低下せず、実用性が大幅に改善されたものである。
また、最後の水分除去温度がこれまでの0〜40℃から0〜80℃まで拡げることが可能となり、製造工程管理が容易になった。
【0028】
また、上記比較例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を使用して、上記と同様にして空気浄化性能試験を行った結果は、トルエンの除去率が約4%と、殆ど光触媒活性を示さないものであった。
シリカバリヤー層を形成する際のアルコキシシランの加熱処理条件が70℃、1時間では脱水縮合反応が未完結で、最後の80℃、1時間の水分除去時にこの反応が起こるため、二酸化チタンがアルコキシシランにより被覆され、光触媒活性の低下が起こったものと考えられる。この結果はまた、この光触媒材料を室温で長期間保管した場合にも、同様な現象が生じ活性低下することを意味している。
【0029】
(参考例1:特許文献5の実施例1)
縦6cm、横11cm、厚さ1.8cmのポリエステル不織布を用意し、これをオルガノシランの一種であるメチルシリコーン系コーティング剤(信越化学工業(株)、K−400)の10倍希釈液(溶媒:イソプロピルアルコール)に浸して表面処理を行った。
液が不織布の繊維表面に満遍なく付いたら、これを小型の遠心機に移して回転させ( 1000rpm以上)、余分な液を取り除いた。その後、メチルシリコーンの硬化を早めるため、70℃の乾燥機中で1時間加熱した。これによって、ポリエステル樹脂表面にシリカのバリアー層を築くことができた。
次に、バリアー層の上にマイナス荷電を有するプライマー物質として、塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体を主成分とする市販の雨どい修理用接着剤(三菱樹脂、ヒシボンドLR)1gを40mlのメチルエチルケトンに溶解し、この溶液中にシリカのバリアー層が付いた不織布を浸した。液が不織布全体に付いたことを確認してから、前と同様に余分な液を遠心処理で除いた。さらに、不織布にはメチルエチルケトンが少量残っており、また共重合体がまだ硬化していないので、ドラフト中での室温乾燥と70℃で1時間の加熱乾燥を行った。
【0030】
このようにしてプライマー処理した不織布にさらに次の処理操作を行い、光触媒をポリエステル表面に固定化した。0.2〜0.3gの二酸化チタン微粒子(日本アエロジル、P25)をビーカーに採り、これに30〜40mlの純水を加えてよく混合した。混合には超音波発生装置を用いた。この懸濁液(PH 3.3)にプライマー処理の済んだ前記不織布を浸すと、二酸化チタンが不織布のポリエステル樹脂繊維表面のプライマー物質(マイナス荷電)に強く引き寄せられ、よく結合した。光触媒の付いた不織布は、その後遠心機で余分な液を除き、一晩室温(21℃)で乾燥した。繊維表面の水分は、基材が高分子であるので比較的短時間で除去できた。
ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真を図5(2000倍)及び図6(30000倍)に示す。これらの図から二酸化チタンは繊維の表面にほぼ均一に分布し、かつ高密度でゆるく凝集した状態で結合していることが分かる。
この参考例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を縦5cm、横10cmの大きさに切って、上記と同様に空気浄化性能を行った結果を図7に示す。トルエン除去率は、56.1%と良好であった。
【0031】
つぎに、参考例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を室温で1年間保管した後に撮影した、繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真を図8(2000倍)及び図9(30000倍)に示す。これらの図によれば、光触媒は不均一に分布し、しかも固く凝集した状態で結合している。
また、図10は、このポリエステル光触媒材料を用いて、上記と同様にトルエンの除去試験を行った結果を示す図であるが、トルエン除去率は4%と殆ど光触媒活性を示さなかった。
【0032】
(実施例2)
実施例1において、バリアー層の上に塗布するマイナス荷電を有するプライマー物質として実施例1と同じ塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体を主成分とする市販の雨どい修理用接着剤(三菱樹脂、ヒシボンドLR)4gを80mlのメチルエチルケトンに溶解した溶液を使用した。また、プライマー層上に固定する光触媒粒子として、シリカ微粒子に二酸化チタンを担持したマスクメロン型光触媒(太平化学産業株式会社製、マスクメロン型光触媒)0.4gをビーカーに採り、これに30〜40mlの純水を加えて超音波発生装置を用いてよく混合した懸濁液を使用した。
他の条件は、実施例1と同様にしてポリエステル不織布の繊維表面にマスクメロン型光触媒が結合した繊維状ポリエステル光触媒材料を製造した。この光触媒材料は、実施例1の光触媒材料と同様に良好な光触媒活性が長期間維持されたものであった。
【図面の簡単な説明】
【0033】
【図1】実施例1でポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(2000倍)である。
【図2】実施例1でポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(30000倍)である。
【図3】比較例1でポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(2000倍)である。
【図4】実施例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を使用して、空気浄化性能を測定した結果を示す図である。
【図5】参考例1で、作製直後に撮影した、ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(2000倍)である。
【図6】参考例1で、作製直後に撮影した、ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(30000倍)である。
【図7】参考例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を使用して、作製直後に空気浄化性能を測定した結果を示す図である。
【図8】参考例1で、1年保管後に撮影した、ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(2000倍)である。
【図9】参考例1で、1年保管後に撮影した、ポリエステル不織布の繊維表面に結合した二酸化チタンのSEM写真(30000倍)である。
【図10】参考例1で得られた繊維状ポリエステル光触媒材料を使用して、1年保管後に空気浄化性能を測定した結果を示す図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)ポリエステル成形体の表面を有機シラン化合物で被覆した後に、(2)70℃以上の温度で10時間以上加熱処理することによって脱水重縮合反応が完結したシリカバリヤー層を形成し、(3)ついで、マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂の乾燥塗膜を形成した後に、(4)光触媒:水の重量比が0.0005〜0.1:1でPH6.5以下の混合液に接触させて光触媒を静電的に該塗膜に結合させることを特徴とするポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項2】
さらに、(5)静電的に結合した光触媒から0〜80℃の温度で水分除去を行うことを特徴とする請求項1に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項3】
ポリエステル成形体がポリエステル繊維であることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項4】
ポリエステル繊維が、不織布の形態であることを特徴とする請求項3に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項5】
マイナス荷電を有するポリ酢酸ビニル系樹脂として塩化ビニル/酢酸ビニル共重合体を使用することを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項6】
光触媒として二酸化チタンを用いることを特徴とする請求項1〜5のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項7】
二酸化チタンとして無機化合物担体に担持された二酸化チタンを使用することを特徴とする請求項6に記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。
【請求項8】
(2)の加熱処理を、加熱温度(℃)と加熱時間(時間)の積算値が700〜5000となるように行うことを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のポリエステル成形体の光触媒コーティング方法。

【図4】
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【図7】
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【図10】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図5】
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【図6】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2009−61404(P2009−61404A)
【公開日】平成21年3月26日(2009.3.26)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−232086(P2007−232086)
【出願日】平成19年9月6日(2007.9.6)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度、経済産業省試験研究調査委託費 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】