説明

マイクロマニピュレーションユニットおよびマイクロマニピュレーションシステム

【課題】非接触型マニピュレーションを行うのに好適なマイクロマニピュレーションユニットおよびマイクロマニピュレーションシステムを提供する。
【解決手段】マイクロマニピュレーションユニット10は、液浴12の底面12aに多数のピエゾ素子エレメント14が液浴12の底面12aと底面上方との間を伸縮方向にして整列配置される。マニピュレーション対象物としての粒子16を含む液体18を液浴12に注入し、特定のピエゾ素子エレメント14に電圧を印加し、振動させる。これにより、振動する特定のピエゾ素子エレメント14の上面あるいはその近傍に液体が移動することで液体に同伴する粒子16が集合する。振動するピエゾ素子エレメント14を順次移動させることで、集合した粒子16を移動させることができ、所定の位置に移動させた粒子16に対して、適宜の他のマイクロマニピュレーションを好適に施すことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マイクロマニピュレータに関し、より詳細には、マイクロマニピュレーションユニットおよびマイクロマニピュレーションシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
マイクロマニピュレーション(Micromanipulation:マイクロマニプレーション)は、例えばマイクロ電気機械システム(microelectromechanical system:MEMS)のようなマイクロスケールで生物学や薬学その他の実験等を行う際の重要な操作手段である。
細胞等をマイクロマニピュレーション対象物とするときには、操作時に機械的にあるいは物理的に圧力が加わることを避ける必要がある。
【0003】
このような非接触型のマイクロマニピュレーションを行うための有望な手段として、レーザの光放射圧を利用して急角度に絞り込んだレーザ光を使って微少物を捕捉するレーザマニピュレーションがある(非特許文献1参照)。
しかしながら、レーザ光の出力密度を出来るだけ低く設定しても、望ましいマニピュレーションを行ううえでは、レーザ光の出力密度は高すぎる。そのため、微小物が高いレベルの熱と光の効果(photothermal)、光化学効果(photochemical)を受けることを免れない。そして、これにより、予期しない副次的作用を生じるおそれがある。
【0004】
ところで、マイクロマニピュレーションにおいて、ピエゾ素子を利用したものとして、例えば、ピエゾ素子を駆動源とした変位拡大機構を有する微動部と、DCモータを駆動源とする粗動部を組み合わせることにより、分解能に優れ可動範囲の広いマイクロマニピュレーションシステムが商品化されている(例えばプライムテック株式会社製「PMM−150HJ」)。もちろん、このシステムはマイクロマニピュレータ(マイクロマニプレータ)の駆動源にピエゾ素子を利用したものであって、接触型のマイクロマニピュレーションを行うためのものである。
【0005】
また、インジェクションピペットを、ピペットホルダを介して固定状態に保持するホルダブロックが、移動テーブルにより移動されるマイクロマニピュレータであって、ホルダブロックが移動テーブルに固定して取り付けられ、このホルダブロックにピエゾ素子が直接固定して取り付けられたものが開示されている(特許文献1参照)。
このマイクロマニピュレータによれば、ピエゾ素子に電圧を印加することによりホルダブロックを加速させ、この反動を利用してインジェクションピペットをホルダブロックとの間の摩擦力に抗し、インジェクションピペットをホルダブロックに対し微小移動可能とするものである。
このマイクロマニピュレータも、あくまでも接触型のマイクロマニピュレーションを行うためのものである。
【0006】
【特許文献1】特開2004−325836号公報
【非特許文献1】M. R. Koller, E. G.Hanania, J. Stivens, T. M. Eisfeld, G. C. Sasaki, A. Fielk, and B. O. Palson. High - throughput laser- mediated in situ cellpurification with high purity and ueld. Cytometry Paart A 61A:153-161 (2004)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
以上述べたように、従来のマイクロマニピュレータは、マニピュレーション対象物に接触して用いる接触型がほとんどであり、この型のものは、既に説明したように、マニピュレーション対象物が細胞等の微小物であるときは、必ずしも好ましいものではない。
一方、レーザマニピュレーションは、非接触型ではあるものの、既に説明したように、副次的作用を生じるおそれがあり、これも必ずしも好ましいものではない。
【0008】
本発明は、上記の課題に鑑みてなされたものであり、非接触型マニピュレーションを行うのに好適なマイクロマニピュレーションユニットおよびマイクロマニピュレーションシステムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するために、本発明に係るマイクロマニピュレーションユニットは、マニピュレーション対象物としての粒子を含む液体を収容する収容部を備え、二次元的に伸縮する多数のピエゾ素子エレメントが該収容部の底面と底面上方との間を伸縮方向にして底面に整列配置されてなることを特徴とする。
【0010】
また、本発明に係るマイクロマニピュレーションシステムは、上記のマイクロマニピュレーションユニットと、マイクロマニピュレーションユニットの動作を制御する制御装置と、マニピュレーション対象物としての粒子の挙動を観察可能な撮像装置と、撮像装置で得られる画像を表示する表示装置と、観察される粒子の挙動に応じて特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加する操作を行う操作装置を備えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係るマイクロマニピュレーションユニットは、マニピュレーション対象物としての粒子を含む液体を収容する収容部を備え、二次元的に伸縮する多数のピエゾ素子エレメントが収容部の底面と底面上方との間を伸縮方向にして底面に整列配置されてなるため、マイクロマニピュレーションのための器具が直接接触することなく粒子を移動させることができる。これにより、接触型マイクロマニピュレーションのように粒子に圧力が加わることによって生じうる不具合がなく、また、レーザマニピュレーションの場合に生じうる副次的作用のおそれもない。
また、本発明に係るマイクロマニピュレーションシステムは、上記のマイクロマニピュレーションユニットと、マイクロマニピュレーションユニットの動作を制御する制御装置と、マニピュレーション対象物としての粒子の挙動を観察可能な撮像装置と、撮像装置で得られる画像を表示する表示装置と、観察される粒子の挙動に応じて特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加する操作を行う操作装置を備えるため、マイクロマニピュレーションユニットを好適に制御することができ、マイクロマニピュレーションユニットの上記効果を好適に奏することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0012】
本発明の実施の形態について、以下に説明する。
【0013】
まず、本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションユニットについて、その概略構成を示す図1を参照して説明する。
【0014】
図1に示すマイクロマニピュレーションユニット10は、液浴(bath:収容部)12の底面12aに多数のピエゾ素子エレメント14が整列配置される。ピエゾ素子エレメント14は、二次元に伸縮するものであり、液浴12の底面12aと底面上方との間(後述する図2の矢印参照)を伸縮方向にして配置される。マイクロマニピュレーションユニット10使用時、液浴12には、粒子16を含む液体18が収容される。隣り合うピエゾ素子エレメント14の間には絶縁性弾性部材が設けられ、隣り合うピエゾ素子エレメント14を絶縁するとともに、液体18をシールする。液浴12には、必要に応じて図示しないカバーが設けられる。なお、収容部は、液浴12に代えて、密閉可能な室(chamber)を用いてもよい。また、整列配置されるピエゾ素子エレメント14の数は特に限定するものではなく、収容部12およびピエゾ素子エレメント14のサイズによっても変わるが、好ましくは収容部12の底面12aの全面を覆うに十分な数とする。
【0015】
マイクロマニピュレーションユニット10使用時、マニピュレーション対象物としての粒子16を含む液体18を液浴12に注入し、1つの特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加する。このとき、必要に応じて2つ以上の隣り合う特定のピエゾ素子エレメントに同期して電圧を印加してもよい。これにより、振動する特定のピエゾ素子エレメント14の上方に位置する液体18に上昇流が生じ、振動する特定のピエゾ素子エレメント14の上面あるいはその近傍に周囲の液体18が移動することで、移動する液体18に同伴する粒子16が集合する。そして、集合した粒子16に対して適宜の他のマイクロマニピュレーションを施すことができる。
また、特定のピエゾ素子エレメント14の上方や近傍に粒子16が集合するのを確認したうえで、そのピエゾ素子エレメント14への電圧の印加を止めるとともに隣り合うピエゾ素子エレメント14に順次電圧を印加し、振動するピエゾ素子エレメント14を順次移動させることで、集合した粒子16を移動させることができ、また、このとき、カメラ等でセンシングすることにより、例えば障害物を避けて粒子16を移動させることができる。そして、所定の位置に移動させた粒子16に対して、適宜の他のマイクロマニピュレーションを好適に施すことができる。
【0016】
ここで、マイクロマニピュレーションユニット10の作用原理(発明原理)について説明する。
図1において、それぞれのピエゾ素子エレメント14は、独立して動作される。そのとき、動作する1つの(特定の)ピエゾ素子エレメント14の伸縮によって、動作するピエゾ素子エレメント14上の液体に局部的な振動を生じる。この局部的な振動によって、振動箇所に向けて周囲の液体が移動する(図2参照)。
【0017】
上記の機構は、下記のベルヌーイの式(式(1))に基づいて説明することができる。
ρUosc/2+P+ρgh= Const. (1)
上記の式(1)は、0次または低粘度液体のエネルギ保存則を表すものであり、ρは液体の密度を、Uoscはピエゾ素子エレメント14の伸縮によって局部的に振動する、ピエゾ素子エレメント14近傍の液体の流速(velocity of oscillation of the liquid)を、Pは所定高さhでの液体の圧力を、gは重力加速度を、それぞれ示す。
式(1)において、第1項の液体の流速Vが2乗であることが重要である。この第1項に液体の振動によって生じる流速の役割が示される。
【0018】
振動あるいは撹拌されている液体の領域と振動あるいは撹拌されていない液体(V=0)の領域を対比すると、下記の式(2)が成立する。
ρUosc/2+P+ρgh=P+ρgh (2)
式(2)中、左式は振動あるいは撹拌されている液体の領域(以下、振動領域ということがある。)のエネルギを、右式は振動あるいは撹拌されていない液体の領域(以下、非振動領域ということがある。)のエネルギを示す。
【0019】
上記の式(2)においてさらに2つの液体の領域の液面表面が同一、すなわちh=hと仮定すると、下記の式(3)で表される。
ρUosc/2+P=P (3)
したがって、振動領域では圧力が低下(P<P)するので、この振動領域に向けて、周囲の非振動領域の液体の移動が起こる(図2参照)。このとき、粒子が液体の流れによって、振動領域の液体の表面に向かって移動する。これにより、粒子は振動領域の近傍に集まる。
【0020】
ここで、粒子を真球状と仮定したとき、球体の液体中での摩擦力(粘性力)Wfrは、下記式(4)のように計算される。
Wfr=−3πηdU (4)
上記式(4)中、ηは液体の粘度を、dは球体の直径を、それぞれ示す。また、Uは、上式(1)の局部的な液体の運動エネルギ(ρUosc/2)によって生じる、球体を含有する液体の流速を示す。
一方、液体中で球体にかかる重力は、球体の密度をρとすると、(ρ−ρ)gで表される。
したがって、もし、体積Vの粒子の密度ρが液体の密度ρより大きい場合において、下記式(5−1)の関係にあるとき、
(ρ−ρ)gV>3πηdU (5−1)
粒子は、周囲から液体の流れに運ばれて、振動領域(稼動中のピエゾ素子の場所)に集まるが、振動領域においては上方に向かう液体の流れ(摩擦力(粘性力))によっては運ばれないので、振動領域に止まる。
一方、下記式(5−2)の関係にあるとき、
(ρ−ρ)g V< 3πηdU (5−2)
粒子は周囲から液体の流れに運ばれて、振動領域に集まり、さらに振動領域の上方に向かう液体の流れ(摩擦力(粘性力))によって運ばれ移動する。
【0021】
したがって、ピエゾ素子エレメントの稼動状態を制御することで移動する液体の流速Vを調整することにより、粒子を液体の流動によって移動させたり、その位置に止めたりすることができる。
なお、密度が異なる複数の種類の粒子が混合して存在するときは、液体の流速Vを小さくすることにより、密度ρが小さい種類の粒子だけを液体の流動によって選択的に移動させることができる。また、逆に、液体の流速Vを大きくすることにより、密度ρが小さい種類の粒子を液体の流動によって選択的に移動させ排除することにより、密度ρが大きい種類の粒子だけを選択的に残し、しかる後に、液体の流速Vを大きくしてその粒子を移動させることができる。
上記の原理によって、振動するピエゾ素子エレメントの周辺の粒子は振動するピエゾ素子エレメントの直上または近傍に集まる。
【0022】
以上説明した本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションユニットは、マイクロマニピュレーションのための器具が直接接触することなく粒子を移動させることができる。これにより、接触型マイクロマニピュレーションのように粒子に圧力が加わることによって生じうる不具合がなく、また、レーザマニピュレーションの場合に生じうる副次的作用のおそれもない。
【0023】
つぎに、本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションシステムについて、図3を参照して説明する。
【0024】
例えば図3に示すように、本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションシステム20は、本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションユニット10と、制御装置22と、撮像装置24と、表示装置26と、操作装置28を備える。
制御装置22は、マイクロマニピュレーションユニット10の動作を制御するコンピュータである。撮像装置24は、マニピュレーション対象物としての粒子の挙動を観察可能な、例えばCCDカメラである。表示装置26は、撮像装置24で得られる画像を表示する、例えば液晶ディスプレイである。操作装置28は、観察される粒子の挙動に応じて特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加する操作を行うための、例えばキーボードである。なお、撮像装置24または制御装置22に画像処理装置を含む構成としてもよい。また、表示装置26と操作装置28は一体化されたものであってもよい。
【0025】
マイクロマニピュレーションシステム20の使用方法を説明する。
マイクロマニピュレーションユニット10の収容部にマイクロマニピュレーション対象の例えば細胞等の粒子を含む液体を収容した状態で操作を開始する。
まず、操作装置28を操作し、制御装置22を介してマイクロマニピュレーションユニット10の1つの特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加して、または必要に応じて隣り合う2つ以上の特定のピエゾ素子エレメントに同期して電圧を印加して、ピエゾ素子エレメントを振動させる。粒子の挙動を撮像装置24を介して表示装置26で観察し、振動するピエゾ素子エレメントへ粒子が集合することを確認した後、この集合粒子に対して、例えばマイクロピペットを用いた他のマイクロマニピュレーションを行うことができる。
また、振動するピエゾ素子エレメントへ粒子が集合することを確認した後、振動しているピエゾ素子エレメントへの電圧の印加を止め、このピエゾ素子エレメントと隣り合うピエゾ素子エレメントへ電圧を印加して振動させる。そして、振動を止めたピエゾ素子エレメントから振動を開始したピエゾ素子エレメントへの粒子の移動状態を確認しながら、振動するピエゾ素子エレメントを順次切り替え、移動することで、集合粒子を所定位置まで移動させることができ、この所定の位置に集合した粒子に対して、他のマイクロマニピュレーションを好適に施すことができる。
なお、このようなマイクロマニピュレーションの、例えば振動周波数および電圧と粒子の挙動との関係、粒子の物性(粒径、形状、比重)、液体の物性(粘土、温度、比重)等のデータを蓄積して最適なマニピュレーション条件をプログラミングし、コンピュータ制御による自動マイクロマニピュレーションを行うことも可能である。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションユニットの概略構成を示す図である。
【図2】本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションユニットの作用原理を説明するための図である。
【図3】本実施の形態に係るマイクロマニピュレーションシステムの概略構成を示す図である。
【符号の説明】
【0027】
10 マイクロマニピュレーションユニット
12 液浴
12a 底面
14 ピエゾ素子エレメント
16 粒子
18 液体
20 マイクロマニピュレーションシステム
22 制御装置
24 撮像装置
26 表示装置
28 操作装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
マニピュレーション対象物としての粒子を含む液体を収容する収容部を備え、二次元的に伸縮する多数のピエゾ素子エレメントが該収容部の底面と底面上方との間を伸縮方向にして底面に整列配置されてなることを特徴とするマイクロマニピュレーションユニット。
【請求項2】
請求項1記載のマイクロマニピュレーションユニットと、マイクロマニピュレーションユニットの動作を制御する制御装置と、マニピュレーション対象物としての粒子の挙動を観察可能な撮像装置と、撮像装置で得られる画像を表示する表示装置と、観察される粒子の挙動に応じて特定のピエゾ素子エレメントに電圧を印加する操作を行う操作装置を備えることを特徴とするマイクロマニピュレーションシステム。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−178784(P2009−178784A)
【公開日】平成21年8月13日(2009.8.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−18431(P2008−18431)
【出願日】平成20年1月30日(2008.1.30)
【出願人】(504174135)国立大学法人九州工業大学 (489)
【Fターム(参考)】