説明

マイクロ化学チップ

【課題】 圧電素子などの高価で複雑なポンプ駆動源を使用せずに簡単にポンプ動作を行うことができる簡易式マイクロポンプを集積化したマイクロ化学チップを提供する。
【解決手段】 第1の基板と、該第1の基板の一方の面側に接着される第2の基板とからなり、前記第1の基板又は第2の基板の少なくも何れか一方にマイクロチャネルが形成されているマイクロ化学チップにおいて、前記第1の基板に、上部が大気に開口したポンプ室と、弁座と、上部が大気に開口した吐出室とが形成されており、前記ポンプ室と弁座と吐出室とを覆う弁膜構造体が前記第1の基板上面に積重されており、前記弁膜構造体は外周部の型枠と該型枠内側の弁膜とからなり、前記吐出室は前記マイクロチャネルに連通していることを特徴とするマイクロ化学チップ。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は遺伝子解析などの化学/生化学分析などに広く使用されるマイクロ流体制御機構付マイクロ化学チップに関する。更に詳細には、本発明は液体試料を送液するための簡易式マイクロポンプ機構を有する定量採取することができる流体制御機構を有するマイクロ化学チップに関する。
【背景技術】
【0002】
最近、マイクロスケール・トータル・アナリシス・システムズ(μTAS)又はラブ・オン・チップ(Lab-on-Chip)などの名称で知られるように、基板内にマイクロチャネルや反応容器及びポートなどの微細構造を設け、該微細構造内で物質の化学反応、合成、精製、抽出、生成及び/又は分析など各種の操作を行うように構成されたマイクロデバイスが提案され、一部実用化されている。このような目的のために製作された、基板内にマイクロチャネル、ポート及び反応容器などの微細構造を有する構造物は総称して「マイクロ化学チップ」と呼ばれる。マイクロ化学チップは遺伝子解析、臨床診断、薬物スクリーニングなどの化学、生化学、薬学、医学、獣医学分野のみならず、化学工業、環境計測などの幅広い用途に使用できる。常用サイズの同種の装置に比べて、マイクロ化学チップは(1)サンプル及び試薬の使用量が著しく少ない、(2)分析時間が短い、(3)感度が高い、(4)現場に携帯し、その場で分析できる、及び(5)使い捨てできるなどの利点を有する。
【0003】
従来のマイクロ化学チップ100は、例えば、図9に示されるように、シリコン基板(例えば、PDMS基板)101に少なくとも1本のマイクロチャネル102が形成されており、このマイクロチャネル102の少なくとも一端には入出力ポート103,104が形成されており、シリコン基板101の下面側にガラス基板105が接着されている。このガラス基板105の存在により、ポート103,104及びマイクロチャネル102の底部が封止される。入出力ポート103,104の主な用途は、(a)試薬や検体サンプルの注入(分注)、(b)廃液や生成物の取り出し、(c)気体圧力の供給(主に、送液のための正圧や負圧の印加)、(d)大気開放(送液時に発生する内圧の分散や、反応で生じたガスの解放)及び(e)密閉(液体の蒸発防止や故意に内圧を発生させる目的のため)などである。
【0004】
分析操作を自動化するために、分析に必要な構成要素106〜108を集積化してシリコン基板101及び/又はガラス基板105に配設したマイクロ化学チップ100の開発が試みられている。例えば、ジーメンス(Siemens)社が開発した血液ガス分析用のマイクロ化学チップでは、シリコン基板上に酸素、二酸化炭素、pHセンサの他、参照電極、温度センサ、温度コントローラ、周辺回路が集積化されており、血液サンプリングシステム中に装着した用いられる。また、DNA分析を目的として、シリコン基板上にヒータ、温度センサ、蛍光検出用フォトダイオードを集積化した微小システムも開発されている。この微小システムにおいて、必要な構成要素で集積化されていないものは、励起光、圧力源と制御回路などである。
【0005】
検出系、流体制御素子(例えば、マイクロポンプ及びバルブ)、周辺回路など必要な構成要素全てが同一のシリコン基板上に集積化された高度な微小システムは理想的であるかもしれないが、目的によっては、実用上又は経済上の観点から必ずしも正しいとは言えない。圧力センサ、加速度センサなどの物理センサやガスセンサのように、流体の制御を必要とせず、長期間の繰り返し使用が可能なものについてはシリコン基板上への周辺回路も含めた高度な集積化が進んでいる。しかし、血液などの液体状サンプルを対象とする多くの微小システムでは、血液の凝固やタンパク質の吸着などによる素子特性の劣化が考えられるうえ、洗浄などの煩雑な操作が必要となる。このため、劣化し易いか或いは繰り返し使用が困難な素子と、ISFETやフォトダイオードのように半永久的に使える素子を同一基板上に集積化し、繰り返し使用を行うことは、多くの場合困難か或いは経済的ではない。実用上の観点から、特に繰り返し使用が困難な構成要素を含む微小システムを構築するうえで、どこまでマイクロ化学チップ上に集積化するのかという点については検討を要する。
【0006】
従来、マイクロ化学チップにおいて微少量の液体を搬送するためのマイクロポンプの主な方式としては、逆止弁を用いる機械的な第1の方式と、逆止弁の代わりに液体の流れる方向により流路抵抗が異なるノズルを用いた第2の方式などがある。第1の方式として、特許文献1には、ダイアフラムを稼働させることでポンプ内の液体を加圧し、この圧力を利用して逆止弁を開閉させて液体を搬送するマイクロポンプが記載されている。また、特許文献2には、圧力室に連通するノズル部に可動バルブを設け、圧電素子を可動バルブを開閉させて液体の流れの方向性を持たせるマイクロポンプが記載されている。更に、第2の方式として、特許文献3には、加圧室に連通するノズル部に突起物を設け、流れの方向により流路抵抗を異ならせることにより、所望の流れの方向とは逆方向への流れを起こり難くし、所望の一方向に液体を搬送することができるマイクロポンプが記載されている。
【0007】
マイクロポンプを集積化する必要性についても検討の余地がある。シリコン基板(例えば、PDMS基板)をベースにしたものは、構造・プロセス的に複雑なものが多く、使い捨て的な用途に適したものは少ない。また、マイクロポンプを集積化する場合、無視できないスペースを必要とするため、圧電素子など多数の構成要素を微小なスペースに集積化する場合には使用するのが難しい。また、圧電素子などのポンプ駆動源を使用する場合、駆動回路や駆動プログラムが必要となる。更に、圧電素子でポンプ動作を行わせる場合、吐出量はプログラムされた量に限定され、吐出量を変化させる場合には圧電素子の駆動プログラムを変更しなければならず面倒である。従って、圧電素子でポンプ動作を行わせる場合、吐出量を自由自在にリアルタイムに変化させることは困難である。また、マイクロ化学チップの廃棄に伴い、チップ上に集積化された圧電素子も廃棄されることとなり、極めて不経済である。従って、送液が必要となる微小システムでは、現在でも外部のマイクロシリンジポンプ、ベリスタポンプが用いられており、送液機構の集積化にまで至っているマイクロ化学チップはそれほど多くはない。マイクロポンプなどの送液機構を集積化するのであれば、構造、プロセス、動作の単純化が重要な鍵となる。
【0008】
【特許文献1】特許第3020488号公報
【特許文献2】特許第3202643号公報
【特許文献3】特開平10−110681号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
従って、本発明の目的は、圧電素子などの高価で複雑なポンプ駆動源を使用せずに簡単にポンプ動作を行うことができる簡易式マイクロポンプ駆動部を集積化したマイクロ化学チップを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するための手段として請求項1に係る発明は、第1の基板と、該第1の基板の一方の面側に接着される第2の基板とからなり、前記第1の基板又は第2の基板の少なくも何れか一方にマイクロチャネルが形成されているマイクロ化学チップにおいて、前記第1の基板に、上部が大気に開口したポンプ室と、弁座と、上部が大気に開口した吐出室とが形成されており、前記ポンプ室と弁座と吐出室とを覆う弁膜構造体が前記第1の基板上面に積重されており、前記弁膜構造体は外周部の型枠と該型枠内側の弁膜とからなり、前記吐出室は前記マイクロチャネルに連通していることを特徴とするマイクロ化学チップである。
【0011】
このマイクロ化学チップによれば、ポンプ室上部の弁膜を適当な押圧手段(例えば、指先、アクチュエータ、ソレノイドなど)で押圧することにより、陽圧(正圧)又は陰圧(負圧)の何れの状態も創り出すことができる。例えば、ポンプ室内を液体で満たした状態でポンプ室上部の弁膜を押圧すると、ポンプ室内の液体をマイクロチャネルに流し出すことができる。特に、マイクロチャネル容積を小さくし、ポンプ室容積を大きくするれば、脈流を起こすことなく、マイクロチャネル内に液体を流すことが出来る。一方、マイクロチャネル内に液体が満たされ、反対にポンプ室内が空の状態でポンプ室上部の弁膜を押圧した後に押圧を解除するとポンプ室内が負圧状態になり、マイクロチャネル内の液体をポンプ室内に引き込むことができる。、
【0012】
前記課題を解決するための手段として請求項2に係る発明は、前記第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)又はガラスから形成されており、前記弁膜構造体がPDMSから形成されており、前記弁膜構造体の型枠部分が第1の基板と恒久接着しており、弁膜部分が弁座と自己吸着していることを特徴とする請求項1記載のマイクロ化学チップである。
【0013】
このマイクロ化学チップによれば、弁膜構造体の型枠部分が第1の基板と恒久接着し、弁膜部分が弁座と自己吸着しているので、弁膜構造体自体を第1の基板上に安定的に位置させることができるばかりか、弁膜をスムーズに動作させることができる。
【発明の効果】
【0014】
本発明のマイクロ化学チップにおけるマイクロポンプは簡易式であり、特別な電気素子又は機械要素を全く内蔵しないので、マイクロ化学チップを安価に製造することができるばかりか、チップそのものを簡素化することができる。従って、使い捨てのマイクロ化学チップとして最適である。第1の基板の形成材料にPDMS又はガラスを使用することにより、PDMS製弁膜構造体の型枠をPDMS製又はガラス製の第1の基板と恒久接着させ、弁膜構造体の弁膜をPDMS製又はガラス製の第1の基板の弁座と自己吸着させることができる。その結果、弁膜構造体を第1の基板上に集積化できるばかりか、弁膜を安定的に伸縮動作させることが可能となる。また、弁膜の押込部を外部から適当な押圧手段で制御することができ、弁膜の押込部を押し下げる力を加減することによりポンプ室からの液体の吐出量又はポンプ室への液体の吸引量を自由にリアルタイムで変化させることができる。吐出量又は吸引量は目視により確認しながら任意に変化させることができるばかりか、弁膜の押込部を押し下げるタイミングも任意に選択することができる。更に、本発明のマイクロポンプは気体を送出又は吸引することもできる。例えば、マイクロチャネル内の液体を所望の位置にまで送るか又は引き込もうとする場合、本発明のマイクロポンプで空気を送るか又は引くことにより、マイクロチャネル内の圧力を正圧又は負圧にすることができ、その結果、マイクロチャネル内の液体を所望の位置にまで移動させることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
以下、図面を参照しながら本発明の簡易式マイクロポンプを集積化したマイクロ化学チップについて具体的に説明する。図1は本発明のマイクロ化学チップの一例の概要平面図である。図2は図1におけるII-II線に沿った断面図である。本発明のマイクロ化学チップ1は、第1の基板3とこの第1の基板3の下面側に接着される、第2の基板5とからなる。第1の基板3には、液体を供給するための入力ポート7と、液体を排出するための出力ポート9が配設されている。入力ポート7は第1のマイクロチャネル11を介してポンプ室13に連通している。出力ポート9は第2のマイクロチャネル15の一端に連通している。弁座17に隣接して吐出室19が配設されている。従って、ポンプ室13と吐出室19は弁座17により遮断されている。第2のマイクロチャネル15の他端は吐出室19に連通している。ポンプ室13、弁座17及び吐出室19を覆うのに必要十分な広さを有する弁膜構造体20が第1の基板3の上面に配設されている。弁膜構造体20は弁膜21を有する。弁膜21は、ポンプ室13上部部分に対応する押込部21Aと、弁座17及び吐出室19上部部分に対応する送流部21Bとからなる。弁膜21の周囲には型枠23を一体的に設けることが好ましい。弁膜21及び型枠23が何れもPDMSから形成されている場合、型枠23を下部の第1の基板3と恒久接着させ、弁膜21を第1の基板3と自己吸着させることにより、弁膜21をスムーズに動作させることができる。図2ではマイクロチャネル15及び11が第1の基板3側に形成されているが、第2の基板5側に形成することもできる。
【0016】
第1の基板3の形成材料はPDMS(ポリジメチルシロキサン)などのシリコーン樹脂又はガラス(例えば、石英ガラス)からなり、第2の基板5の形成材料はガラス(例えば、石英ガラス)又はシリコンからなり、弁膜構造体20はPDMSからなることが好ましい。第1の基板3及び第2の基板5がガラス同士の場合、フッ化水素接合させることにより基板同士を恒久接着させることができ、第1の基板3がガラスで、第2の基板5がシリコンの場合、陽極接合させることにより基板同士を恒久接着させることができ、第1の基板3がPDMSであり、第2の基板がPDMS又はガラスの場合、接着面をOプラズマ処理することにより基板同士を恒久接着させることができる。
【0017】
図3は本発明のマイクロ化学チップの別の例の概要平面図であり、図4は図3におけるIV-IV線に沿った断面図である。図1及び図2に示されたマイクロ化学チップ1では、弁膜21の厚さが押込部21A及び送流部21Bとも同一の厚さを有するが、図3及び図4に示されるマイクロ化学チップ1Aでは、弁膜20のうち、押込部21Aの膜厚が送流部21Bの膜厚よりも厚いことである。押込部21Aを厚くすると、送流部21Bの膜の動きが一層スムーズになる。
【0018】
図5は、本発明のマイクロ化学チップ1における簡易式マイクロポンプの動作を説明する概要断面図である。先ず、図5(A)に示されるように、入力ポート7から液体25を送入し、ポンプ室13を液体25で満たす。弁膜21が弁座17に自己吸着しているため、液体25はポンプ室13内に貯留され、吐出室19に移行することはない。その後、図5(B)に示されるように、ポンプ室13の上部の弁膜押込部21Aを押圧道具(例えば、指先)22などで押し下げる。指先の代わりに、先端が丸い押圧部材を指で把持し、その押圧部材の丸い先端を弁膜押込部21Aに押し当てることもできる。これら以外の押圧道具、例えば、Z軸アクチュエータ又はプッシュ型ソレノイドなども当然使用できる。弁膜送流部21Bは弁座17の上面と自己吸着しているだけなので、強い圧力を受けると弁膜送流部21Bは弁座17から浮き上がり隙間27が生じる。弁膜送流部21Bと弁座17との間に生じた隙間27を介してポンプ室13内の液体25は吐出室19から第2のマイクロチャネル15内に流れ込む。ポンプ室13上部の弁膜押込部21Aを押し下げる力を加減することによりポンプ室13からの液体の吐出量を自由にリアルタイムで変化させることができる。吐出量は目視により確認しながら変化させることができる。弁膜押込部21Aを押し下げるタイミングも任意に選択することができる。PDMS製の型枠23が下部の第1の基板3と恒久接着しているので、型枠23と一体成型された弁膜21は、ずれたりすることなくスムーズに伸縮動作することができる。弁膜押込部21Aから指先を外すと弁膜送流部21Bは元の状態に戻り、弁膜送流部21Bは再び弁座17に自己吸着し、その結果、ポンプ室13が封止される。図5(C)に示されるように、入力ポート7に送液チューブ26を取付け、送液チューブ26の他端を溶液槽28に浸漬すれば、弁膜押込部21Aを押し下げるたびに、溶液槽28内の液体25をポンプ室13に取り込むことができる。
【0019】
図6は本発明の簡易式マイクロポンプを有するマイクロ化学チップの別の実施態様の部分概要断面図である。図1のマイクロ化学チップの場合、ポンプ室13へ液体25を供給するためには入力ポート7が必要になるが、このため、入力ポート7とポンプ室13を連通させるためにマイクロチャネル11も必要になる。このような複雑な構造を避けるために、図4(A)に示されるように、ポンプ室13を気密構造にし、ポンプ室13には外部チューブ29を介して液体25を直接供給する。外部チューブ29は型枠23部分に接着剤31などにより固着することができる。入力ポート7とポンプ室13を連通させるためにマイクロチャネル11が不要になる分だけ、構造が簡単になるばかりか、製造も容易になる。次いで、図4(B)に示されるように、外部チューブ29の途中をクリップ33で緊止してから、ポンプ室13上部の弁膜押込部21Aを押圧道具22で押し下げる。これにより、ポンプ室13内の液体25を効率的に吐出室19に移行させることができる。この押圧道具22は、指で把持された先端が丸い棒部材又は上下に昇降可能なZ軸アクチュエータ或いはプッシュ型ソレノイドの丸みを帯びた先端部などである。PDMSマイクロポンプの大きさがマイクロサイズであれば、ピエゾアクチュエータを押圧道具として使用可能であるが、本発明のマイクロ化学チップのようにmmオーダーのPDMS弁膜を駆動させるには、ピエゾアクチュエータではストロークが小さいため、ステッピングモータを利用したZ軸上下運動やDCソレノイドが好ましい。DCソレノイドは電磁エネルギーを機械的な径位変化に置き換えると同時に、質量エネルギーを得ることが出来、自動制御を得ることができる。プッシュ型ソレノイドを使用すればストロークとしては、2〜20mm、ストロークに対する吸引力はおおよそ10〜3500gであるため、PDMS弁膜押込部の厚さが1〜3mmであっても使用できる。
【0020】
図7は本発明の簡易式マイクロポンプを有するマイクロ化学チップの製造方法の一例を説明する工程図である。ステップ(A)において、第1の基板3の形状の反転形を有するマスター(鋳型)35と弁膜構造体の形状の反転形を有するマスター(鋳型)37を準備する。このようなマスター35及び37は常用の光リソグラフィー法により容易に成型することができる。例えば、所望のサイズを有するシリコンウエハ(例えば、4インチウエハ)39を準備する。シリコンウエハは予め乾燥させたり、表面処理などの所望の前処理を施すこともできる。その後、適当なレジスト材料(例えば、ネガティブフォトレジストSU−8など)を500rpm〜5000rpmの回転速度で数秒間〜数十秒間にわたってスピン塗布し、オーブン中で乾燥させ、所望の厚さのレジスト膜を形成する。次いで、このレジスト膜上にマスクを載置し、該マスクを通して、適当な露光装置で露光する。マスクは、製造しようとしている第1の基板及び弁膜構造体20の形状に対応するレイアウトパターンを有する。その後、適当な現像液(例えば、1−メトキシ−2−プロピル酢酸)中で現像し、上面に第1の基板及び弁膜構造体の微細構造に対応するレジスト突起41を有するマスター35及び37を成型する。所望により、このマスター35及び37を有機溶媒(例えば、イソプロピルアルコール)及び蒸留水で洗浄することができる。更に、マスター35及び37の表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理することができる。このフルオロカーボン存在下の反応性イオンエッチング処理は、後のステップにおいて、マスター35及び37からPDMS製シートを離型し易くする効果を有する。
【0021】
ステップ(B)において、脱気して気泡を除いたPDMSプレポリマー混合液43を前記マスター35及び37の上面に流し込む。この際、型枠を使用し、鋳込み型とし、その中に前記混合物を流し込んで型取りすることが好ましい。注型後、常温で十分な時間放置するか、又は、例えばオーブン中で65℃で4時間加熱するか若しくは100℃で1時間加熱して硬化させ、PDMS製の第1の基板3と弁膜構造体20を成型させる。PDMSプレポリマー混合液としては、例えば、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERが好適に使用できる。これは液状のPDMSプレポリマーと硬化剤を10対1の割合で混合するものである。言うまでもなく、これ以外のPDMSプレポリマー混合液及び/又は混合比率も同様に使用することができる。
【0022】
ステップ(C)において、成型された第1の基板3及び弁膜構造体20をマスター35及び37からそれぞれ剥離する。必要に応じて、トリミングなどの整形処理を行うこともできる。
【0023】
ステップ(D)において、第1の基板3の弁座17の上面部分及び弁膜構造体20の弁膜21部分を表面改質処理する。この表面改質処理により、弁膜構造体20の型枠部分23を恒久接着性とし、弁座17及び弁膜21を自己吸着性に変性させる。表面改質処理はエキシマUV光により行うことが好ましい。その他の表面改質処理法も使用できる。所定の形状を有する石英ガラス製のマスク45を通してPDMS表面にエキシマUV光を照射することによりPDMS表面を選択的に改質することができる。エキシマUV光照射によりPDMS基板表面に水酸基が形成され、その水酸基の作用により恒久接着が達成されるものとされている。自己吸着の場合、PDMSシートは比較的容易に剥離可能であるが、恒久接着の場合、剥離は困難であり、無理に剥離させようとすると破けてしまう。従って、恒久接着された型枠部分23の存在により、自己吸着性の弁膜21が安定的に動作可能となる。
【0024】
ステップ(E)において、第1の基板3を第2の基板5に接着し、次いで、弁膜構造体20を第1の基板3の所定位置に接着し、図2に示されるようなマイクロ化学チップ1を完成させる。下部の第1の基板3がPDMS又はガラス製であり、弁膜構造体20がPDMS製であれば、前記の表面改質処理により、弁膜21の送流部21Bと弁座17は自己吸着し、型枠23は第1の基板3と恒久接着する。恒久接着性の型枠部分23が無く、自己吸着性の弁膜21だけだと、使用時に弁膜21が不意に移動したり、剥離したりして、所定箇所に留め置くことが困難になることがある。
【0025】
図8は本発明の簡易式マイクロポンプを有するマイクロ化学チップの製造方法の別の例を説明する工程図である。図7に示される製造方法のステップ(D)において表面改質処理された第1の基板3を第2の基板5に接着させる(ステップA)。次いで、型枠23の接着面をOプラズマ又はエキシマUV光で表面処理する(ステップB)。その後、第1の基板3の所定の位置に型枠23を恒久接着させる(ステップC)。次いで、弁膜21の接着面を表面処理することなく、型枠23の内側に配置する(ステップD)。次いで、型枠23と弁膜21との隙間にPDMSプレポリマー混合液47を注入器49で注入し、隙間をシールする(ステップE)。その後、この構造物をオーブン中に入れ、PDMSプレポリマー混合液47を硬化させ、型枠23と弁膜21とを一体化させて弁膜構造体20を形成することにより、目的とする本発明のマイクロ化学チップ1を完成させる。
【0026】
マイクロチャネル11及び15の幅及び高さは数百ミクロン程度であり、ポート7及び9の内径は数ミリ程度である。ポンプ室13及び吐出室19の容積は用途や使用目的に応じて適宜決定することができる。弁膜21の厚さは数十ミクロン〜数十ミリ程度であることが好ましい。弁膜21が薄すぎると押圧した時に簡単に破けてしまい、一方、厚すぎると柔軟性に欠け、ポンプ作用をスムーズに行うことが困難となる。弁膜21が図3及び図4に示されるような厚さの異なる膜である場合、弁膜押込部21Aの厚さ対弁膜送流部21Bの厚さの比率が4:1程度であることが好ましい。型枠23の幅及び高さは数ミリ〜数十ミリ程度であることが好ましい。型枠23が十分な幅及び高さを有しないと弁膜21を保護することが困難となる。型枠23の存在により弁膜構造体20を第1の基板に接着させる作業性を大幅に向上させることができるという利点もある。
【実施例1】
【0027】
(1)第1の基板の製造
先ず、4インチウエハ基板を準備した。プロセスの信頼性を得るために、レジストを使用する前にウエハ基板を洗浄・乾燥する必要があり、本実施例では、ピラニア・エッチング/クリーン(HSOおよびH)処理後、蒸留水でリンスした。その後、シリコンの表面酸化膜を除去するため、BHF(バッファード弗酸)に15分間浸し、蒸留水でリンスした。その後、表面の脱水のため、対流式のオーブン中で60℃、30分間程度ベークした。この表面処理済ウエハ上にSU−8ネガティブフォトレジストを1000rpmの回転速度で約25秒間塗布し、溶媒を蒸発させ、膜を高密度化するためにソフトベークを65℃で30分間(STEP1)、95℃で90分間(STEP2)処理した。クーリング後、このレジスト膜上に、所定のパターンを有するマスクを被せ、露光装置(ユニオン光学製 PEM−800)で密着露光した。その後、レジスト膜の露光された部分の架橋を行うため65℃で15分間(STEP1)、95℃で25分間(STEP2)加温し、クーリング後、1−メトキシ−2−プロピル酢酸現像液で現像し、現像後、基板は短時間イソプロピルアルコール(IPA)でリンスした。その後、65℃で30分間乾燥後、150℃で5分間かけてハードベークし、マスターを完成させた。
このマスターの表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理し、表面にCHF剥離膜を形成した。マスターの剥離膜形成面上に、PDMSプレポリマー混合液として、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERを流し込み、脱気、加温(65℃、4時間)した。4時間経過後、オーブンから取り出し、図2に示されるようなPDMS製の第1の基板3をマスターから剥離した。得られた第1の基板3の厚さは2mmであり、ポート7及び9の内径は何れも2mmであり、マイクロチャネル11の幅は200μm、高さは200μm、長さは30mmであり、マイクロチャネル15の幅は200μm、高さは200μm、長さは30mmであった。ポンプ室13は横15mm、縦8mmの概ね長方形状であり、吐出室19は内径2mmの円柱状であった。また、弁座17の幅は3mmであった。
(2)弁膜構造体の製造
先ず、4インチウエハ基板を準備した。プロセスの信頼性を得るために、レジストを使用する前にウエハ基板を洗浄・乾燥する必要があり、本実施例では、ピラニア・エッチング/クリーン(HSOおよびH)処理後、蒸留水でリンスした。その後、シリコンの表面酸化膜を除去するため、BHF(バッファード弗酸)に15分間浸し、蒸留水でリンスした。その後、表面の脱水のため、対流式のオーブン中で60℃、30分間程度ベークした。この表面処理済ウエハ上にSU−8ネガティブフォトレジストを1000rpmの回転速度で約25秒間塗布し、溶媒を蒸発させ、膜を高密度化するためにソフトベークを65℃で30分間(STEP1)、95℃で90分間(STEP2)処理した。クーリング後、このレジスト膜上に、所定のパターンを有するマスクを被せ、露光装置(ユニオン光学製 PEM−800)で密着露光した。その後、レジスト膜の露光された部分の架橋を行うため65℃で15分間(STEP1)、95℃で25分間(STEP2)加温し、クーリング後、1−メトキシ−2−プロピル酢酸現像液で現像し、現像後、基板は短時間イソプロピルアルコール(IPA)でリンスした。その後、65℃で30分間乾燥後、150℃で5分間かけてハードベークし、マスターを完成させた。
このマスターの表面をフルオロカーボン(CHF)の存在下で反応性イオンエッチングシステムにより処理し、表面にCHF剥離膜を形成した。マスターの剥離膜形成面上に、PDMSプレポリマー混合液として、米国のダウ・コーニング社製のSYLGARD 184 SILICONE ELASTOMERを流し込み、脱気、加温(65℃、4時間)した。4時間経過後、オーブンから取り出し、図2に示されるようなPDMS製の弁膜構造体20をマスターから剥離した。この弁膜構造体20における型枠23の幅は2mm、高さは4mmであった。また、弁膜21の厚さは1mm、であり、横30mm,縦20mmの広さを有していた。
(3)マイクロ化学チップの製造
前記第1の基板3よりも若干大きいサイズのガラス板を準備した。ガラス板の接着面をエチルアルコールで洗浄し、蒸留水でリンスした。その後、エキシマUV光を照射し、ガラス板接着面の表面酸化物を除去した。このガラス板に前記PDMS製の第1の基板を恒久接着させ、次いで、第1の基板の上面の所定箇所に弁膜構造体を載置し、型枠を恒久接着させ、弁膜を自己吸着させることにより、図1及び図2に示されるようなマイクロ化学チップ1を完成させた。
(4)送液テスト
入力ポート7から赤色に着色された水を送入し、ポンプ室13を赤色水で満たした。ポンプ室13の上部の弁膜21を指先で押圧したところ、ポンプ室13内の赤色水が弁座17を越えて吐出室19に入り、マイクロチャネル15から出力ポート9に出てくるのが確認された。
【実施例2】
【0028】
縦50mm、横100mmの石英ガラスを2枚準備し、第1の石英ガラスはフォトリソグラフィーによりレジストを形成した後、誘導結合プラズマ(ICP)法でドライエッチングし、深さ100μm、幅200μmのマイクロチャネルとなる溝を形成し、ポンプ室部分として縦8mm、横15mmの凹状エリアを形成した。第2の石英ガラスには、マイクロチャネルのアクセスポートのINとOUT、またポンプの弁座とつながるポート及びポンプ室部分エリアをKrFエキシマレーザにより貫通孔形成した。この2枚のガラス基板をHF接合法で接着した。第1の石英ガラスの溝形成面側に第2の石英ガラスを接着させた。HF接合法とは、室温で石英−石英界面に1wt%のフッ化水素酸を介在させ、チップの上下から0.04〜1.4MPaの圧力で加圧し、乾燥させることからなる接合法である。
PDMS製の型枠(縦24mm、横34mm、高さ4mm、幅2mm)をOプラズマにより表面改質処理してから、前記のようにして得られたガラス接合体の第2の石英ガラスの上面に恒久接着させた。その後、型枠の内側に、弁膜(縦20mm、横30mm、送流部の厚さ0.5mm、押込部の厚さ2mm)を配置して第2の石英ガラスに自己吸着させた。型枠と弁膜との間をPDMSプレポリマー混合液でシールした。この構造物をオーブンに入れ、100℃で30分間加熱することにより、シール部のPDMSプレポリマー混合液を重合させ、型枠と弁膜を一体化させた。
出力ポートから赤色に着色された水をマイクロチャネルに送入し、ポンプ室を空の状態のままにした。ポンプ室の上部の弁膜を、先端が丸い押圧道具で押圧したところ、マイクロチャネル内の赤色の液体を出力ポートにまで移動させ押し戻すことができた。
【産業上の利用可能性】
【0029】
本発明の簡易式マイクロポンプはマイクロ化学チップに限らず、その他のマイクロ流体デバイスにおける流体制御素子としても利用することができる。
本発明の簡易式マイクロポンプを有するマイクロ化学チップは、液体の他に、気体、懸濁液、分散液、微粒子粉体なども移動物体として移動させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
【図1】本発明のマイクロ化学チップの一例の概要平面図である。
【図2】図1におけるII-II線に沿った断面図である。
【図3】本発明のマイクロ化学チップの別の例の概要平面図である。
【図4】図3におけるIV-IV線に沿った断面図である。
【図5】図1に示されたマイクロ化学チップにおける簡易式マイクロポンプの動作を説明する概要断面図である。
【図6】本発明の別の実施態様のマイクロ化学チップにおける簡易式マイクロポンプの動作を説明する概要断面図である。
【図7】本発明のマイクロ化学チップの製造方法の一例を説明する工程図である。
【図8】本発明のマイクロ化学チップの製造方法の別の例を説明する工程図である。
【図9】従来のマイクロ化学チップの一例の部分概要斜視図である。
【符号の説明】
【0031】
1,1A 本発明のマイクロ化学チップ
3 第1の基板
5 第2の基板
7 入力ポート
9 出力ポート
11,15 マイクロチャネル
13 ポンプ室
17 弁座
19 吐出室
20 弁膜構造体
21 弁膜
22 指先
23 型枠
25 液体
27 弁膜と弁座との間に生じる隙間
29 外部チューブ
31 接着剤
33 クリップ
35,37 マスター
39 シリコンウェハ
41 レジスト突起
43 PDMSプレポリマー混合液
45 マスク
47 PDMSプレポリマー混合液
49 注入器
100 従来のマイクロ化学チップ
101 シリコン基板
102 マイクロチャネル
103,104 入出力ポート
105 対面基板
106〜108 分析用構成要素

【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1の基板と、該第1の基板の一方の面側に接着される第2の基板とからなり、前記第1の基板又は第2の基板の少なくも何れか一方にマイクロチャネルが形成されているマイクロ化学チップにおいて、前記第1の基板に、上部が大気に開口したポンプ室と、弁座と、上部が大気に開口した吐出室とが形成されており、前記ポンプ室と弁座と吐出室とを覆う弁膜構造体が前記第1の基板上面に積重されており、前記弁膜構造体は外周部の型枠と該型枠内側の弁膜とからなり、前記吐出室は前記マイクロチャネルに連通していることを特徴とするマイクロ化学チップ。
【請求項2】
前記第1の基板がポリジメチルシロキサン(PDMS)又はガラスから形成されており、前記弁膜構造体がPDMSから形成されており、前記弁膜構造体の型枠部分が第1の基板と恒久接着しており、弁膜部分が弁座と自己吸着していることを特徴とする請求項1記載のマイクロ化学チップ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−212473(P2006−212473A)
【公開日】平成18年8月17日(2006.8.17)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−24841(P2005−24841)
【出願日】平成17年2月1日(2005.2.1)
【出願人】(000000527)ペンタックス株式会社 (1,878)
【出願人】(502338454)フルイドウェアテクノロジーズ株式会社 (11)
【Fターム(参考)】