説明

マイクロ波装置とその流通管

【課題】シングルモードの空胴共振器を使用したマイクロ波装置に関し、被処理液の流量を多くして均一に効率良く処理可能にする。
【解決手段】被処理液とは異なる誘電率を有すると共に被処理液の流れを乱す障害手段63を収容してあり、照射室内に生じる電界方向に対し軸線を沿わせて、空胴共振器の照射室に設置される流通管60を提案する。この流通管をマイクロ波装置の照射室に設置すると、被処理液を流す流通管内において電界分布が一様ではなくなり、被処理液に吸収されるマイクロ波が抑制され、Qの低下が抑えられて同調が外れにくくなるので、被処理液の流量を増やすことができる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
マイクロ波を照射して加熱や化学反応促進などの処理を物質に施すための装置に関する技術が以下に開示される。
【背景技術】
【0002】
近年、マイクロ波が物質の化学反応を促進することが見出され、バイオケミストリーなどの分野において、マイクロ波を利用した化学反応装置への関心が高まっている。このような化学反応促進や加熱のためのマイクロ波装置は、試験管やフラスコ等に被処理液を収容して処理する、いわゆる電子レンジタイプのバッチ式装置が現在主流である。しかし、バッチ式では処理能力に限界があるため、流通路を形成してこれに被処理液を流しながらマイクロ波を照射して処理するフロー式の装置が検討されている(特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1のマイクロ波装置は、方形導波管内に流通路を配設したものであるが、空胴共振器を用いたほうがマイクロ波の吸収効率が高まり、結果として処理の効率は良い。特に、シングルモードの空胴共振器に流通路を形成した装置とすると、反応の再現性に優れ、また、共振時に空胴共振器内に発生する電磁界が強いので処理時間を短縮することができる。ただし、空胴共振器を用いたマイクロ波装置の場合、空胴共振器とマイクロ波の同調をとる仕組みが難しいとされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2006−272055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
シングルモードの空胴共振器では、電磁界が強いことが逆に災いとなって、被処理液の吸収するマイクロ波が大きすぎることが、同調を難しくしている原因と言える。すなわち、空胴共振器に蓄えられるマイクロ波エネルギーに対し、被処理液に吸収される単位時間当りのエネルギーが大きすぎ、これら2つの量の比に角周波数を乗じた式で定義される共振の“Q”が低くなってしまう。Qが低くなると、共振器としての特長を失うばかりか、共振を維持するために必要な共振周波数に対して同調を取ること自体、難しくなる。
【0006】
現状では、流通路の断面積をできるだけ小さくし、空胴共振器内に存在する被処理液の容積が、空胴容積に比較して極力小さくなるようにして、被処理液に吸収される単位時間当りのエネルギーを減らす、といった対処で回避が図れている。すなわち、一般的に円筒管である流通路の径を極力小さくして、流通路を流れる被処理液の時間あたりの液量、つまり、空胴共振器内に存在する被処理液の容積を抑えるということである。この対処法でQを適切な値に留めるためには、現在一般的なマイクロ波の周波数2,450MHzで動作する空胴共振器の場合、流通路は、径が1.0mm以下の細いものにせざるを得ない。これでは、実用化に向けて十分な処理能力があるとは言い難い。
【0007】
このような背景に鑑みて本発明は、シングルモードの空胴共振器を使用したマイクロ波装置に関し、被処理液の流量を多くして均一に効率良く処理可能にする手法を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
当課題に対して提案するのは、四角柱状空胴又は円柱状空胴とした照射室を有するシングルモードの空胴共振器と、前記照射室内に生じる電界方向に対し軸線を沿わせて前記照射室に設置される流通管と、前記流通管を通して流す被処理液とは異なる誘電率を有し、前記流通管内に収容されて前記被処理液の流れを乱す障害手段と、を含んで構成されるマイクロ波装置である。
【0009】
すなわち、四角柱状空胴又は円柱状空胴とした照射室を含んで構成されるマイクロ波装置で使用可能な流通管であって、当該流通管を通して流す被処理液とは異なる誘電率を有すると共に前記被処理液の流れを乱す障害手段を収容してあり、前記照射室内に生じる電界方向に対し軸線を沿わせて前記照射室に設置される流通管、が提案される。
【発明の効果】
【0010】
上記提案に係る流通管は、被処理液の誘電率と異なる誘電率をもち、被処理液の流れを乱す障害手段を収容している。この流通管を、マイクロ波装置の照射室(共振空胴)に設置すると、被処理液を流す流通管内において電界分布が一様ではなくなり、平均的な電界の強さを軽減する作用を生じる結果、被処理液によるマイクロ波の吸収が抑制される。その結果、流通管の径を従来より太くして、照射室内に存在する被処理液の容積を多くしても、共振周波数の低減率が抑制されるため、各種の被処理液に対する共振周波数をISM(Industry-Science-Medical)帯域内に納めることが容易になり、さらにQの低下が抑えられて同調をとりやすくなり、照射室内に存在する被処理液の容積を増やして処理効率を向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】マイクロ波装置の全体構成例を示すブロック図。
【図2】空胴共振器の第1の例を示し、(A)は図1と同じ側面から見た正面図、(B)は左側面図、(C)は平面図。
【図3】空胴共振器の第2の例を示し、(A)は図1と同じ側面から見た正面図、(B)は左側面図、(C)は平面図。
【図4】流通管の第1実施形態を示す空胴共振器の断面図。
【図5】第1実施形態に係る流通管を説明する拡大図。
【図6】障害手段を入れた流通管における電界シミュレーション結果を示す図。
【図7】第1実施形態に係る流通管の実験結果を示す図。
【図8】流通管の第2実施形態を示す図5相当の図。
【図9】流通管の第3実施形態を示す図5相当の図。
【図10】流通管の第4実施形態を示す空胴共振器の断面図。
【図11】流通管の第5実施形態を示す空胴共振器の断面図。
【図12】図11に示した空胴共振器内の電界に関して中心軸周りの円周方向電界変化シミュレーション結果を示す図。
【図13】流通管に被処理液を流す流動機構の一例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
まず、図1に、マイクロ波装置の全体構成に関して一例を示す。図示のマイクロ波装置は、空胴共振器10に導波管20及びマイクロ波発生器30を組み付け、パーソナルコンピュータ等による制御器40で制御するようにした構成である。
【0013】
マイクロ波発生器30は、可変周波数発振器31及び可変増幅器32を含んでいる。可変周波数発振器31により周波数が可変(例えば2.4GHz〜2.5GHz)のマイクロ波が出力され、可変増幅器32により該マイクロ波のパワーが可変増幅される。可変周波数発振器31の周波数と可変増幅器32のパワーは、制御器40に従い制御される。マイクロ波発生器30から出力されたマイクロ波は、同軸ケーブルでつながったアイソレータ33、方向性結合器34などを介して同軸導波管変換器21に送られる。同軸導波管変換器21を経て導波管20により導波されるマイクロ波は、図2や図3に示すアイリス11,11’を通して、空胴共振器10内に形成された共振空胴の照射室12,12’へ導入される。
【0014】
照射室12,12’にマイクロ波が導入されると、中心軸方向へ離間設置した2本のアンテナ50(例えばループ形のアンテナ)により電界又は磁界の強度が検知され、該検知結果が制御器40へ入力される。例えば、2つのアンテナ出力の一方は観測用に、他方は制御用に利用される。ただし、2本のアンテナ設置が必須ということではない。後述するように制御器40には、被処理液の温度を計測した結果も入力され得る。制御器40は、これら入力に従ってマイクロ波発生器30を制御する。
【0015】
マイクロ波照射開始の操作が行われると、制御器40は、マイクロ波発生器30によりマイクロ波出力を開始し、周波数制御過程を実行する。周波数制御過程は、アンテナ50による検知結果に従って、マイクロ波発生器30から出力されるマイクロ波の周波数を、照射室12,12’の共振周波数に同調させる制御である。周波数制御過程を実行する制御器40は、可変周波数発振器31の周波数を掃引しつつアンテナ50による検出結果から同調周波数を判断する。このとき、制御器40は、可変増幅器32によるパワーについて、アンテナ50による検出に支障ない範囲で最低限の微弱パワーにするとよい。照射室12,12’へ導入するマイクロ波の出力パワーを弱くすることで、周波数制御過程の実行中に被処理液へ与え得る影響を抑制することができる。
【0016】
この場合の微弱パワーは、例えば次の値とする。可変増幅器32は、一般的に可変減衰部+増幅部の組み合わせで構成されるので、その可変減衰部の減衰率を最大値(99%等)としたときの可変増幅器32の出力パワーを、微弱パワーとすることができる。一例としては、微弱パワーは100mW以下とすることが可能である。
【0017】
制御器40は、周波数制御過程による同調に続いて、マイクロ波のパワーを制御するパワー制御過程を実行する。パワー制御過程は、マイクロ波照射開始前にオペレーターにより設定された条件に従ってマイクロ波発生器30の可変増幅器32を制御し、マイクロ波のパワーを制御する過程である。パワー制御過程において制御器40は、アンテナ50による検知結果(又は被処理液の温度計測結果)に従って、マイクロ波発生器30から出力されるマイクロ波のパワーを調整する。正確性を追求したければ、アンテナ50の検知結果及び温度計測結果の両方を使用するのがよい。
【0018】
制御器40は、一例として、マイクロ波の照射開始にあたって最初に周波数制御過程を実行した後、パワー制御過程を実行し、当該パワー制御過程実行中に一定の間隔で周波数制御過程を割り込ませ、実行する。そして、その周波数制御過程において制御器40は、可変増幅器3bを制御して上述の微弱パワーでマイクロ波を出力させつつ、可変周波数発振器31を制御して周波数の同調を図る。
【0019】
以上のようなマイクロ波装置における空胴共振器10の第1の例が図2に示されている。
【0020】
第1の例に係る空胴共振器10は、図中では上下に示す2枚の対向する底面壁13,14が正方形で、当該正方形の底面壁13,14の各辺に、長方形の側面壁15,16,17,18をボルト等で固定することにより、構成されている。この例の場合、4枚の側面壁15,16,17,18のうち、図2Bに示す1枚の側面壁15は、導波管20を接続するために、導波管20のフランジ22に対応させて面積が広げられており、その拡張部分が底面壁13,14の端からはみ出している。
【0021】
これら底面壁13,14及び側面壁15,16,17,18を組み立てて形成される直方体の空胴共振器10の中には、底面壁13,14による正方形の底面及び側面壁15,16,17,18による長方形の側面を有した四角柱状(正四角柱状)空胴の照射室12が形成される。この照射室12にマイクロ波を導入するアイリス11は、照射室側面を形成する側面壁15の中央部位に、矩形開口として開けられる。第1の例のアイリス11は長方形で、その長軸が、照射室底面の中心どうし、すなわちこの例では底面壁13,14の中心どうしを結んだ中心軸Cと平行に伸延する。
【0022】
導波管20から結合スリットであるアイリス11を通して四角柱状空胴の照射室12に導入されたマイクロ波は、共振時、中心軸Cの方向に沿ったシングルモードの電界を発生する。厳密に言えば、空胴共振器10内に何も入っていなければ、TM110モードの電磁界が励起される。したがって、おおよそTM110モードの電磁界分布に従った分布の電磁界が照射室12に発生することになる。
【0023】
照射室12に関し、その底面のなす正方形の1辺の長さをLとする。なお、Lについての±数%程度の寸法差は許容され得る。加熱等に一般的なマイクロ波の周波数2,450MHzの場合、照射室12内に何も無いときのLは86.5mmである。しかし実際には、照射室12には誘電体となる被処理液が存在することになるので、その影響を受けて照射室12の共振周波数は下がる。そこで、照射室12のLは、空のときの寸法より小さく設計し、照射室12内に被処理液が有って共振周波数が下がったときに共振できる値とするのがよい。また、Lを長めにとった場合、予定したシングルモードでの共振に加えて、その近傍の周波数において高次モードで共振する、モード競合のような不具合を生じ得る。これらの条件を勘案してシミュレーションなどの試行を重ねた結果、照射室12において底面のなす正方形の1辺の長さLは、照射室12に導入するマイクロ波の波長の75%以下に設計するのが適している。なお、照射室12において各側面のなす長方形の長辺の長さH(正四角柱の高さ)は、電界が中心軸Cの方向に生じることから、適宜、必要な長さを設計すればよい。
【0024】
導波管20から空胴共振器10へマイクロ波を結合するアイリス11は、照射室12に励起される電磁界を、予定したシングルモード(TM110、あるいは後述のTM010)のみとすることに関与する。図2Bに示すアイリス11においては、その長辺(側縁)においてマイクロ波による電流が中心軸Cの方向に流れ、当該電流に起因して、中心軸Cを囲繞する磁界と中心軸Cに平行な電界が発生する。アイリス11の幅(中心軸Cと直交する方向)は、シミュレーション及び実験により最適値を求めることができる。空胴共振器10はTEモードを発生する可能性があるが、TEモードが発生すると想定外の現象が起き得るので、TEモードは極力抑制する必要がある。図2の導波管20及びアイリス11の関係においては、中心軸Cに関し構造的対称性が保たれる限り、図中の横方向の電界が存在しないので、TEモードを抑制することが可能である。
【0025】
図3に、空胴共振器10の第2の例を示す。
第2の例の空胴共振器10は、円柱状空胴の照射室12’を有し、照射室12’の直径がLとされる。
【0026】
円柱状空胴の照射室12’は、正四角柱状の胴部材を円形にくりぬき(削り出し)、その両端に正方形の底面壁13’,14’をボルト止め等することで形成される。そして、照射室12’の側面(つまり胴部材内周面)を形成する側面壁の1箇所、この例の場合、胴部材の外側面15’,16’,17’,18’のうちの外側面15’に、第1の例同様のアイリス11’が開口する。すなわち、このアイリス11’も、照射室12’の両底面の中心を互いに結んだ中心軸Cと平行に長軸が伸延する矩形開口である。また、アイリス11’を介してマイクロ波を結合する導波管20のフランジ22を固定するために、外側面15’に対して鍔部15a’が拡張形成されている。
【0027】
導波管20からアイリス11’を通して照射室12’に導入されたマイクロ波は、共振時、中心軸Cの方向に沿ったシングルモードの電界を発生する。照射室12’が円柱状空胴なので、第2の例の場合、空胴共振器10内に何も入っていなければTM010モードの電磁界が励起される。共振するマイクロ波の周波数を2,450MHzとする場合、照射室12’内に何も無いときの直径Lは93.7mmである。なお、第1実施形態同様、Lについての±数%程度の寸法差は許容され得る。
【0028】
第1の例と同様に、照射室12’には誘電体となる被処理液が存在することになるので、その影響を受けて照射室12’の共振周波数は下がる。そこで、照射室12’のLも、空のときの寸法より小さく設計する。また、上述したように、Lを長めにとった場合は高次モードで共振するモード競合のような不具合を生じ得るので、これらの条件を勘案して、照射室12’において底面のなす円形の直径Lは、照射室12’に導入するマイクロ波の波長の80%以下に設計するのが適している。なお、照射室12’の側面の軸方向長さH(円柱の高さ)は、電界が中心軸Cの方向に生じることから、適宜、必要な長さを設計すればよい。
【0029】
第1の例と第2の例の空胴共振器10を比べると、第1の例の方が、6枚の板材を互いに組み付けるだけで制作でき、導波管20の取り付けもより容易なため、作りやすいという利点をもつ。
【0030】
上記第1及び第2の例に係る空胴共振器10の照射室12,12’に設置される流通管の第1実施形態について、図4及び図5に示し、説明する。
【0031】
第1実施形態の流通管60は、一例として石英ガラス製で、照射室12,12’を貫通する長さの直管とされる。この流通管60は、その軸線C’を照射室12,12’の電界方向である中心軸Cに沿わせて、特に本実施形態の場合は軸線C’を中心軸Cとほぼ一致させて(数mmの誤差は許容される)、照射室12,12’に設置される。上述のように、照射室12,12’の中心軸Cは電界方向に一致し且つ電界が最も強い所であるから、当該中心軸Cに軸線C’をほぼ一致させて流通管60を設置することで、最も効率良く被処理液を処理することができる。このように中心軸Cに軸線C’をほぼ一致させて流通管60を設置する仕組みについて、図4の断面図に示している。
【0032】
空胴共振器10を構成する底面壁13,14(13’,14’)の中央部位には、照射室12,12’内に発生するマイクロ波を外へ逃がすことなく流通管60を保持するために、50mm程度の高さの円筒部材19が外へ向けて立設されている。円筒部材19は、直径が20mm程度(流通管60のサイズに応じて適宜設計)で裾部分にフランジ19aが周設されており、底面壁13,14(13’,14’)の外側面に設けられた相応形状の凹部にフランジ19aが受容され、六角穴付ボルト等により締め付けることで固定される。固定された円筒部材19の内部空間は、底面壁13,14(13’,14’)の凹部中央に設けられた貫通孔13a,14a(13’a,14’a)と連通する。また、固定された円筒部材19の中心軸は、照射室12,12’の中心軸Cとほぼ一致する。
【0033】
流通管60の一端側所定部位には、金属製、あるいは天然樹脂や合成樹脂製の円板形とした蓋部材61を装着してある。当該蓋部材61は、本実施形態の場合、底面壁13,13’の側の円筒部材19と嵌合する。すなわち、蓋部材61の内側面に、円筒部材19の内径に相応する直径の膨出部61aが形成されており、該膨出部61aが円筒部材19に嵌合することで、蓋部材61が固定され、該蓋部材61を装着した流通管60が円筒部材19に保持される。なお、蓋部材61は、円筒部材19にねじ込む方式とすることも可能である。
【0034】
一端側に蓋部材61を装着した流通管60は、他端側を先(図中下向き)にして、図中で上に位置する底面壁13,13’の円筒部材19を通し照射室12,12’内に挿入する。挿入された流通管60の他端側は、照射室12,12’を通り過ぎて、反対側に位置する底面壁14,14’の円筒部材19内へ進入する。該円筒部材19の先端側部位内には、流通管60の他端側を貫通させて位置決めするための位置保持部材62がねじ込み等で固定されている。位置保持部材62は円板形で中央に流通管60の外径に相応する直径の貫通孔が開けられており、該貫通孔に流通管60の他端側を刺し通すことで、中心軸Cと軸線C’とがほぼ一致するように位置決めされたうえで、流通管60の他端側が外へ突出する。これにより、一端側が蓋部材61により保持されて円筒部材19を通り照射室12,12’内に垂下し、他端側が反対側の円筒部材19を通り位置保持部材62から外へ突出するようにして、流通管60が照射室12,12’に設置される。空胴共振器10の外方へ煙突状に突出する円筒部材19を利用して流通管60を設置することにより、照射室12,12’から外へのマイクロ波漏洩が防止される。
【0035】
このように、蓋部材61を装着した流通管60を円筒部材19を通して挿入する方式とすることにより、径の異なる流通管60を交換して設置することが可能となる。すなわち、単位時間あたりの処理量等に応じ適切な直径の流通管60を選択して交換し、マイクロ波処理を実施可能である。
【0036】
照射室12,12’に設置される流通管60の中には、図5に示すように、障害手段63が収容される。障害手段60は、例えば流通管60の両端(又は下端のみ)に脱脂綿や不織布等のフィルタ材64を詰め込んで蓋をすることにより、流通管60の中に保持される。この図5に示す障害手段63は、流通管60内に収容された同一材料の多数の粒体(球体として説明するが、球体以外もあり得る)63であり、当該障害手段63が在ることにより、流通管60内を流れる被処理液の流れが乱される。すなわち、障害手段63は、単に流通管60内の被処理液容積を減少させているのではなく、以下の重要な機能をもつ。
【0037】
流通管60内に何も無ければ、該流通管60を通って流れる被処理液は層流となるが、障害手段63が存在することにより、被処理液に乱流が生じる。障害手段63で乱流とすることにより、被処理液の攪拌作用が生じ、被処理液の化学反応が促進される結果を得ることができる。
【0038】
また、障害手段63は、被処理液とは異なる誘電率の材料から形成される。本実施形態の障害手段63は、被処理液に比べ低誘電率でマイクロ波吸収の少ない(又は吸収の無い)材料、例えば、アルミナ(酸化アルミニウム)、フッ素樹脂、石英やホウケイ酸ガラスから形成されている。上記の乱流に加えて、被処理液と障害手段63の誘電率が異なることから、被処理液の流れる流通管60内において電界分布が一様ではなくなると共に、電界の強さが平均的に減少する。
【0039】
詳述すると、第一に、被処理液の反応を加速するためには、次の2つの事項を考慮する必要がある。
(1)適切な活性化エネルギーを被処理液へ迅速に与えることを考える必要がある。ただし、部分的に与えすぎると副生成物発生要因になる。したがって、照射室内の被処理液に対して活性化エネルギーを短時間で均一に与える必要がある。
(2)被処理液内で反応する物質相互の接触機会を増やすことを考える必要がある。すなわち、均一加熱が実現されても、流通管内を被処理液が層流で流れるのであれば、反応の十分な加速には至らない。したがって、流通管内で被処理液の乱流を意図的に発生させる工夫が必要である。
【0040】
第二に、活性化エネルギーを均一且つ迅速に与えるためには、照射室内の電界の強い部分に被処理液を配置することを考慮する必要がある。例えば、照射室の中心軸Cに沿って流通管を配置する等である。しかし、この場合、水等のマイクロ波吸収の大きい被処理液ではQの低下が進んでしまい、共振周波数が大幅に低下してISM帯域から外れるというリスクが生じる。
【0041】
これら、乱流の意図的生成、Qの低下抑制、ISM帯域の維持という3つの観点に対し、障害手段63が適切に機能する。なお、障害手段63には化学反応のための触媒(固体触媒)を担持させることもでき、また、障害手段63をサセプタとして利用することもできる。
【0042】
上記機能に関して図6に、障害手段63を収容した石英製の流通管60に、被処理液として水を流したときの電界シミュレーションの一例を示す。図6(A)は、障害手段63をアルミナ粒体として、水に対する比誘電率を低くした場合の結果を示し、図6(B)は、障害手段63の比誘電率が水に等しい場合の結果を示す。水の比誘電率は80とし、アルミナ粒体の比誘電率は10として計算した。被処理液としての水は、比誘電率が大きいため、共振周波数を低下させる現象が顕著であり、マイクロ波吸収が大きく、Qを大幅に下げる特徴を有する。このため、従来技術では、流通管の内径を1mm以下に制限する必要があった。
【0043】
図6(A)に示されるように、上記の機能を発揮する障害手段63が存在することによって、流通管60内で電界分布が乱れて一様ではなくなり、特に、水中の電界の強さが平均的に弱くなる。そして、電界の二乗に比例するマイクロ波吸収が減少し、Qの低下が抑えられる。一方の図6(B)の場合は電界分布に変化がなく強いままであるため、共振周波数とQの低下をもたらすことが分かる。すなわち、被処理液と異なる誘電率の障害手段63を流通管60に収容して流れを乱すことにより、共振周波数の低下及びQの低下が抑制され、ISM帯域内において共振をとることが容易となり、装置の設計上極めて有利である。
【0044】
図7(A)は、外径3mmと4mm(内径1.6mmと2.4mm)のガラス製流通管60を用意して、この中に直径0.5mmと1mmのアルミナ粒体障害手段63を収容し、TM110の図2に示す空胴共振器10に入れて実験を行った結果の図である。縦軸は照射室12内のマイクロ波周波数であり、横軸には条件1〜7をふってある。条件1は照射室12に何も入っていない条件、条件2は空の流通管60を照射室12にセットした条件、条件3は1mm径の障害手段63を収容した流通管60を照射室12にセットし且つ被処理液(水)を流さない条件、条件4は0.5mm径の障害手段63を収容した流通管60を照射室12にセットし且つ被処理液(水)を流さない条件、条件5は1mm径の障害手段63を収容した流通管60を照射室12にセットし且つ被処理液(水)を流した条件、条件6は0.5mm径の障害手段63を収容した流通管60を照射室12にセットし且つ被処理液(水)を流した条件、条件7は障害手段63を収容していない空の流通管60を照射室12にセットし且つ被処理液(水)を流した条件である。条件7では、ISM帯域を大きく外れるほどに周波数が低下しているが、これに比べて条件5及び条件6では、ISM帯域内で制御可能な程度に周波数の低下が軽減されることが分かる。すなわち、何も無いときの条件1での周波数に対し、条件5,6の周波数低下範囲が100MHz内に収まり、容易に制御可能であることが読み取れる。
【0045】
障害手段の無い流通管におけるQの計算例を図7(B)に示す。一般にはQの値が100以下になると共振を探すのが困難となるが、例えば水の場合、流通管内径が1.5mmを超えるとQが落ち込み、同調制御が困難になることが分かる。このQの低下が、障害手段63を収容することで抑制され、流通管60を太くすることが可能となる。
【0046】
以上のように、被処理液に吸収されるマイクロ波が抑制される結果、流通管60の径を従来より太く、例えば3mmや4mm(内径1.5mm以上)として、被処理液の流量を多くしても、Qの低下が抑えられて同調をとりやすくなる。すなわち、被処理液の流量を増やして処理効率を向上させることができる。
【0047】
図8に、流通管の第2実施形態を示す。この実施形態の流通管70は、一例として石英ガラス製で、内側流路71と該内側流路71を囲繞する外側流路72とを有する二重管構造である。その内側流路71の周囲を取り囲む外側流路72に、第1実施形態同様で径の小さい多数の粒体の障害手段73を収容してある。内側流路71の内径は1.5mm以下として流量を抑え、中を流れる液体によるマイクロ波の吸収を抑制する。外側流路72は、上述の作用をもつ障害手段73を収容してあるので、径を太くして被処理液の流量を多くすることができる。外側流路72の両端には、脱脂綿や不織布等のフィルタ体74を詰めて蓋をする。この第2実施形態によれば、内側流路71に被処理液とは別の、例えば水等の冷却液を流すことも可能である。
【0048】
図9は、流通管の第3実施形態を示す。この実施形態の流通管80は、一例として石英ガラス製で、例えば内径3mm以上の直管である。この流通管80の中に、第1実施形態と同様の材料からなり、螺旋に巻いた線状の障害手段81が収容されている。流通管80の両端は、脱脂綿や不織布等のフィルタ体82を詰め込んで、障害手段81が抜け落ちないように蓋をしてある。このような螺旋状の障害手段81であっても、流通管80内を流れる被処理液に乱流を起こすことができ、第1実施形態と同様の機能を発揮可能である。障害手段81は、螺旋に巻く他にも、網状に組むなど層流を阻害するその他の形状を採用可能である。
【0049】
以上の他、流通管は三重管構造とすることも可能であり、この場合、最も内側の流路を上記流路71とし、最も外側の流路を上記流路72として使用することができる。そして、これらの間の中間流路に、図9の第3実施形態のような螺旋状の障害手段を収容する例が可能である。この例において、螺旋状障害手段が十分に太ければ、中間流路内において被処理液を螺旋状態に流すことができる。
【0050】
図10には、流通管の第4実施形態を示す。この実施形態は、第1実施形態の流通管60において両端に熱収縮チューブ65を装着したもので、これら熱収縮チューブ65の先端に後述のジョイントが取り付けられる。図10(B)に示すように、第4実施形態の場合、両端に熱収縮チューブ65が装着されるので、蓋部材61及び位置保持部材62の両方を予め流通管60に通しておいて、両端に装着する熱収縮チューブ65にて抜け落ちないように保持してある。この流通管60は、位置保持部材62の方を下にして上側円筒部材19を通し照射室12,12’へ挿入される。そして、照射室12,12’内に垂下した流通管60の先端側にある熱収縮チューブ65及び位置保持部材62を下側円筒部材19内へ挿入し、熱収縮チューブ65を円筒部材19から外へ突出させるようにしてセットされる。位置保持部材62は円筒部材19の中に留まり、第1実施形態同様、流通管60の先端側位置をキープする。つまり、流通管60をセットした後の状態は、第1実施形態同様である。
【0051】
図11には、流通管の形状を変えた第5実施形態を示す。この実施形態の流通管90は、材質は上記実施形態と同じく石英やホウケイ酸ガラス等であるが、蓋部材61及び位置保持部材62を通す両端の直管部分以外の中間部分が、螺旋管として形成されている。ただし、上記実施形態同様に螺旋式の流通管90も、蓋部材61、挿通部材62、円筒部材19を使用して、その螺旋中心の軸線C’が中心軸Cとほぼ一致するように設置される。
【0052】
流通管90において、両端の直管部分と螺旋管部分との境界部位(両端における螺旋管部分始まり部位)は、流通管90を照射室12,12’に設置したときに、当該境界部位が円筒部材19の中に位置するように形成される。つまり、螺旋管部分の形成長さは照射室12,12’(長さH)よりも長く、円筒部材19の中まで螺旋管部分が達する長さに形成される。この螺旋式流通管90の中に、上記各実施形態同様の障害手段が収容される。
【0053】
第5実施形態の場合、流通管90の螺旋の巻き数(ピッチ)を多くすると管長が長くなって処理時間が増え、反対に螺旋の巻き数を少なくすると管長が短くなって処理時間が減る。したがって、被処理液に応じて適切な巻き数、太さの流通管90を選択して交換し、マイクロ波処理を行うことができる。なお、螺旋式流通管の場合、被処理液が流れる方向に関し、照射室内電界方向を横切る方向の流れが加わるので、障害手段を収容しない場合もあり得る。
【0054】
第5実施形態に係る流通管90の螺旋巻き径d1については、次の設定とする。
第1の例に係る空胴共振器10の場合、照射室12の横断面が正方形なので、電界は、中心軸Cを中心に回る円周方向において場所により変化する。つまり、流通管90の流れの方向に沿って電界は変化する。この様子をシミュレーションしたのが図12である。図12のグラフは、横軸に円周方向の角度をとって示した電界変化のグラフであり、同図を参照すると分かる通り、照射室12のLに対してd1が大きくなるほど、すなわち、中心軸Cから流通管90の内径中心までの距離(d1/2)が長くなるほど、流通管90に沿った電界の変化は大きくなる。したがって、処理の均一性を考えると、d1は、その変化の影響を受けない程度の大きさまでに抑えた方がよい。シミュレーション結果から考えると、d1/L≦0.5であれば電界はほぼ一定とみなすことができるので、d1は、照射室12の底面のなす正方形の1辺Lの50%以下に設定、すなわち、中心軸Cから流通管90の内径中心までの距離であるd1/2は、25%以下に設定するのが好ましい。
【0055】
上記各実施形態の流通管60,70,80,90に被処理液を流す流動機構の一例を図13に示している。
第1の例に係る空胴共振器10が設置されており、その照射室12の中に、上記実施形態のいずれかに係る流通管60,70,80,90が円筒部材19を使用して上記の通り収められている。円筒部材19から引き出されている流通管60,70,80,90の両端には、第4実施形態(図10)に示した熱収縮チューブ65が装着されている。両端の熱収縮チューブ65のうち、下側から出ている方が処理前の被処理液を貯留した容器100の送液チューブ101へ、また、上側から出ている方が処理後の被処理液を貯留する容器102の送液チューブ103へ、それぞれジョイント104を介して接続される。
【0056】
処理前の容器100は、注出口に流量制御コック105を備え、また、上下位置を調整可能になっている。処理後の容器102は、下端部位から被処理液が流入し、上端部位の注出口に達すると、ビーカー等へ処理後の被処理液が排出される。この流動機構は、照射室12内の流通管60,70,80,90において下から上へ被処理液を流す仕組みで、容器100の高さ及び流量制御コック105を調整することにより、被処理液の流れを制御する。処理前の容器100中の液面高さまで、処理後の被処理液を容器102内に溜めることができる。
【0057】
処理後の容器102とつながる送液チューブ103は、T字管継手106を経由してジョイント104と接続されている。T字管継手106は、ジョイント104へ連結される1つの流入口と2つの流出口とを備え、2つの流出口の一方が送液チューブ103に連結される。T字管継手106の他方の流出口は、熱電対等による温度計測器107が固定されて塞がれている。温度計測器107は、マイクロ波処理後の被処理液温度を計測し、図1の制御器40へ提供する。
【符号の説明】
【0058】
10 空胴共振器
12,12’ 照射室
19 円筒部材
19a フランジ
60,70,80,90 流通管
61 蓋部材
61a 膨出部
62 挿通部材
63,73,81 障害手段
64,74,82 フィルタ体
71 内側流路
72 外側流路
C 中心軸
C’ 軸線

【特許請求の範囲】
【請求項1】
四角柱状空胴又は円柱状空胴とした照射室を有するシングルモードの空胴共振器と、
前記照射室内に生じる電界方向に対し軸線を沿わせて前記照射室に設置される流通管と、
前記流通管を通して流す被処理液とは異なる誘電率を有し、前記流通管内に収容されて前記被処理液の流れを乱す障害手段と、
を含んで構成されるマイクロ波装置。
【請求項2】
前記流通管が交換可能である、請求項1記載のマイクロ波装置。
【請求項3】
四角柱状空胴又は円柱状空胴とした照射室を有するシングルモードの空胴共振器を含んで構成されるマイクロ波装置で使用可能な流通管であって、
当該流通管を通して流す被処理液とは異なる誘電率を有すると共に前記被処理液の流れを乱す障害手段を収容してあり、
前記照射室内に生じる電界方向に対し軸線を沿わせて前記照射室に設置される流通管。
【請求項4】
内側流路と該内側流路を囲繞する外側流路とを有する二重管構造とされ、その外側流路に前記障害手段を収容してある、請求項3記載の流通管。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図13】
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【図6】
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【図7】
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【図12】
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【公開番号】特開2013−37882(P2013−37882A)
【公開日】平成25年2月21日(2013.2.21)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−172926(P2011−172926)
【出願日】平成23年8月8日(2011.8.8)
【出願人】(307046866)株式会社サイダ・FDS (4)
【Fターム(参考)】