説明

リチウムイオン電池負極用Sn合金粉末およびその製造方法

【課題】 本発明は、放電容量、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極用Sn合金粉末およびその製造方法を提供する。
【解決手段】 at%で、Co,Feの1種または2種を35〜50%、Ti,Zrの1種または2種を3〜10%含み、残部Snおよび不可避的不純物からなり、X線回折によるMSn[110]ピークに対するMSn2 [211]ピークの強度比が0.10〜2.50、MSn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が0.50以下、かつMSn[110]ピークに対するM3Sn2 [102]ピークの強度比が0.10〜1.00であることを特徴としたリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末およびその製造方法。ただし、MはCo,Feの1種または2種である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放電容量、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極用Sn合金粉末およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、カメラ一体型VTR(ビデオテープレコーダー)、携帯電話、ノートパソコンなどのポータブル電子機器が多く登場し、その小型化および軽量化が図られている。それに伴い、それらの電子機器のポータブル電源として用いられている電池、特に、二次電池についてエネルギー密度の向上が強く要請されている。このような要求に応える二次電池としては、従来より、リチウムイオンの二次電池が実用化されている。
【0003】
しかしながら、近年の携帯用機器の高性能化に伴い、二次電池の容量に対する要求はさらに強いものとなっている。このような要求に応える二次電池として、リチウム金属などの軽金属をそのまま負極活物質として用いることが提案されている。この電池では、充電過程において負極に軽金属がデンドライト状に析出しやすくなり、デンドライトの先端で電流密度が非常に高くなる。このため、非水電解液の分離などによりサイクル寿命が低下したり、また、過度にデンドライトが成長して電池の内部短絡が発生したりするという問題があった。
【0004】
これに対し、種々の合金材料などを負極活物質として用いることが提案されている。例えば、珪素合金、Sn−Ni合金、Li−Al−Sn合金、Sn−Zn合金、P−Sn合金、Sn−Cu合金等が提案されている。しかし、これらの合金材料を用いた場合においても、十分なサイクル特性は得られず、合金材料における高容量負極の特徴を十分に活かしきれていないのが実状である。
【0005】
このような課題に対し、例えば、特開2006−24517号公報(特許文献1)には、Co−Sn系合金に種々の元素を添加した合金が提案されている。また、特開2006−236835号公報(特許文献2)には、Fe,Ni,Coのうち少なくとも1つの元素とSnを含む合金が提案されている。さらに、特開2008−66025号公報(特許文献3)のも同様の合金が提案されている。これらの合金はリチウムイオン電池負極用材料として優れた特性を示すが、合金溶湯を凝固させて作製した場合、様々な構成相が生成することがこれら特許文献に記載されており、この構成相を制御することにより高い充放電特性が得られる。
【0006】
また、特許文献2では熱処理によりCo3 Sn2 などの化合物を消失させる方法が提案され、さらに、特許文献3では2種類の合金粉末の混合粉末とすることで構成相の制御を行なっている。特に特許文献3に示されている通り、Sn相が有害な相として知られている。なお、熱処理条件は特許文献1の実施例では450℃、24時間、特許文献2の実施例では500℃、12時間と高温、長時間であり、これらの条件は主に非平衡相であるSnとCo3 Sn2 を消失させて平衡相とすることが目的であり、特許文献1に記載されているように材料の固着を抑制する必要はあるが、その範囲での上限に近い温度で行なわれている。
【0007】
なお、Snの融点は約230℃、CoSn2 が溶け始める温度は約530℃であり、上述の熱処理温度はSnの融点以上とすることでSnを十分に拡散させ、Sn相を減らしていることが分かる。
【特許文献1】特開2006−24517号公報
【特許文献2】特開2006−236835号公報
【特許文献3】特開2008−66025号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したような特許文献では、熱処理条件として、高温、長時間による均一化で、Sn相とCo3 Sn2 相の2つの非平衡相を消失させて平衡相とするもので、この方法ではミクロ組織の粗大化が制御できず、サイクル寿命の改善に限界がある。また、特許文献3のように複数種の粉末を混合する場合、工程が複雑になったり、混合した粉末が輸送途中の振動などにより、再び分離するなどの問題がある。これらの問題を解消するために、発明者は鋭意開発を進めた結果、混合粉末でなく単一の粉末を用い、熱処理温度を従来より著しく低く設定し、Sn相は消すがCo3 Sn2 相の非平衡相を残すように処理することで、サイクル寿命を改善したものである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち、本発明は、従来例と比較して、熱処理温度を著しく低くしたことが最も重要な特徴である。具体的には、100℃以上、220℃以下の温度である。この温度はSnの融点よりも低く、特許文献1〜3に記載されている熱処理とは明確に意図が異なる。このような本発明で提案する熱処理を実施することにより、非平衡相であるSn相は実質消失するが、同じく非平衡相であるCo3 Sn2 相は意図的に残存させているところに特徴がある。
【0010】
その発明の要旨とするところは、
(1)at%で、
Co,Feの1種または2種を35〜50%、Ti,Zrの1種または2種を3〜10%含み、残部Snおよび不可避的不純物からなり、X線回折によるMSn[110]ピークに対するMSn2 [211]ピークの強度比が0.10〜2.50、MSn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が0.50以下、かつMSn[110]ピークに対するM3Sn2 [102]ピークの強度比が0.10〜1.00であることを特徴としたリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
ただし、MはCo,Feの1種または2種である。
【0011】
(2)Co,Feの一部をNi%/(Co%+Fe%+Ni%)が0.3以下の範囲でNiに置換したことを特徴とする前記(1)に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
(3)Inを5%以下の範囲で添加したことを特徴とする前記(1)または(2)に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
【0012】
(4)Cu,Agの1種または2種を10%以下の範囲で添加したことを特徴とする前記(1)〜(3)に記載のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
(5)前記(1)〜(4)のいずれか1項に記載の組成の合金溶湯を凝固させた後、100℃以上、220℃以下の温度で熱処理することを特徴とするリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末の製造方法にある。
【発明の効果】
【0013】
以上述べたように、本発明により放電容量が高く、サイクル寿命に優れるリチウムイオン二次電池負極活物質用Sn合金粉末およびその製造方法を提供できる。
【0014】
以下、本発明について詳細に説明する。
発明者は熱処理温度を詳細に検討した結果、様々な構成相が同一熱処理温度で一斉に変化を始めるのではなく、熱処理温度を低温から高温に変化させることにより、ある構成相の量が選択的に変化することを見出した。すなわち、熱処理温度の上昇に伴い、まず、Sn相の量が減少し、次にCoSn2 相の量、次にCoSn相の量が変化し、更に高温とするとCo3 Sn2 相が減少するとともに、ミクロ組織の著しい粗大化が起こることを見出し、本発明に至った。
【0015】
なお、この熱処理を行い、請求項1〜4に記載のSn系合金粉末を得ることにより、充放電特性に優れたリチウムイオン電池負極用材料とできることを明らかにした。したがって、本発明による合金粉末はSn相が減少し、かつ非平衡相であるCo3 Sn2 相を残存させることにより微細なミクロ組織を維持し優れた充放電特性を実現したものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
以下、本発明に係る条件を規制した理由を述べる。
Co,Feの1種または2種を35〜50%とした理由は、本発明合金においてCo,Feは、MSn、MSn2 、M3 Sn2 を形成する元素であり、これらの元素が35%未満ではサイクル寿命が劣化し、50%を超えると放電容量が低下する。好ましくは38〜48%、より好ましくは40〜45%である。
【0017】
Ti,Zrの1種または2種を3〜10%とした理由は、本発明合金においてTi,Zrは主にM2 M´Sn(M´=Tiおよび/またはZr)を生成する元素であり、これらの元素が3%未満ではサイクル寿命が劣化し、10%を超えると放電容量が劣化する。好ましくは3〜9%、より好ましくは4〜8%である。
【0018】
MSn[110]ピークに対するMSn2 [211]ピークの強度比が0.10〜2.50とした理由は、本発明合金においてMSn相とMSn2 相はいずれもLiを吸蔵し充放電に寄与する相であるが、MSn相は放電容量は比較的低く、サイクル寿命は比較的優れると考えられ、一方、MSn2 相は放電容量は比較的高く、サイクル寿命は比較的劣ると考えられる。この2相のバランスを一定範囲とすることにより放電容量とサイクル寿命が両立できる。しかし、MSn[110]ピークに対するMSn2 [211]ピークの強度比が0.10未満では、MSn2 相が少ないため放電容量に劣り、2.50を超えるとMSn相が少ないためサイクル寿命に劣る。好ましくは0.20〜2.00、より好ましくは0.30〜1.50である。
【0019】
MSn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が0.50以下とした理由は、本発明合金においてSn相は放電容量が大きいもののサイクル寿命を劣化させてしまう。0.50を超えるとサイクル寿命が劣化する。好ましくは0.20以下、より好ましくは0である。
【0020】
MSn[110]ピークに対するM3Sn2 [102]ピークの強度比が0.10〜1.00とした理由は、本発明合金においてM3Sn2 相は放電容量は殆どないもののサイクル寿命を改善する効果があるとともに、この相を消失させるとミクロ組織が著しく粗大化し、サイクル寿命を劣化させる。0.10未満ではサイクル寿命が劣化し、1.00を超えると放電容量が低下してしまう。好ましくは0.15〜0.80、より好ましくは0.20〜0.60である。なお、上述したMSnの[110]、MSn2 [211]、Sn[101]、M3Sn2 [102]のおおよそのd値を示すと、それぞれ、2.64、2.53、2.79、2.09Åである。
【0021】
Ni%/(Co%+Fe%+Ni%)が0.3以下とした理由は、本発明合金においてNiはCoおよび/またはFeと置換しM元素となる元素である。したがって、添加の効果はCo,Feと類似であるが、Ni%/(Co%+Fe%+Ni%)が0.3を超えると放電容量が劣化する。この原因は定かではないが、Ni3 Sn4 の生成が影響する可能性が考えられる。
【0022】
Inを5%以下の範囲で添加する理由は、Inは少量添加することによりサイクル寿命改善の効果が見られるが、5%を超えて添加すると放電容量が低下する。
また、Cu,Agの1種または2種を10%以下の範囲で添加した理由は、Cu,Agは少量添加することによりサイクル寿命改善の効果が見られるが、10%を超えて添加すると放電容量が劣化する。
【0023】
100℃以上、220℃以下の温度で熱処理する理由は、本発明の温度範囲で熱処理することにより、放電容量とサイクル寿命の両立が実現できる。100℃以下ではSn相が多く残存し、サイクル寿命が劣化する。220℃以上ではCo3 Sn2 相の量が低下し、サイクル寿命が劣化する。なお、一般にリチウムイオン電池負極用合金は粉末形状であり、所定組成の合金溶湯をアトマイズ法のように粉末状に凝固させるか、もしくは通常の鋳造法もしくは単ロール法のようなリボン状急冷薄帯を機械的に粉砕したものでもよい。
【実施例】
【0024】
以下、本発明について実施例によって具体的に説明する。
表1に示す組成のSn系合金粉末をガスアトマイズ法もしくは単ロール法によるリボンを粉砕することで得た。ガスアトマイズは、溶解量1000gの母材をアルミナ性耐火坩堝中で、Ar雰囲気にて誘導溶解し、坩堝下部の細孔ノズルより溶湯を出湯した。出湯直後に窒素ガスによりアトマイズした。単ロール法は直径約1mmの小孔の空いた石英管中で、あらかじめアーク溶解法で作製した30gの母材をAr雰囲気で誘導溶解し、溶解直後に直径300mmの銅ロール上に出湯した。なお、ロール回転数は500rpmとした。この急冷薄帯を遊星ボールミルにて粉砕し、粉末を得た。得られたこれら粉末を75μm以下に分級し、所定の条件で熱処理し、供試粉末を得た。熱処理はいずれも真空中で実施した。これら供試粉末についてX線回折および充放電評価を行なった。なお、ピーク強度比は、ピーク高さの比を用いている。以下、充放電評価の方法について説明する。
【0025】
供試粉末:市販の人造黒鉛粉末:アセチレンブラック:バインダー(スチレンブタジエンラバー):カルロキシメチルセルロースを45:40:5:5:5の比率で混合、混錬し、スラリーを得た。このスラリーを銅箔に塗布、乾燥させ、直径約10mmに打ち抜き、これを金型でプレスしたものを負極として用いた。対極にLi金属を用いたコイン型セルにて充放電評価を行なった。電解液はエチレンカーボネートとジメチルカーボネートの1:1混合溶媒中に、LiPF6 を1モル濃度電解質として添加したものを用いた。このセルを用い、電流値1mAで充電した後、電流値1mAで参照極に対して−1.2Vになるまで放電を行なった。この時、黒鉛材料の放電容量を差し引いて、供試粉末の放電容量を評価した。また、この充放電を1サイクルとし、50サイクル目の放電容量を1サイクル目の放電容量に対する割合(%)で示し、評価した。その結果のX線回折評価と充放電評価を表2に示す。
【0026】
【表1】

【0027】
【表2】

表1または2に示すように、No.1〜14は本発明例であり、No.15〜29は比較例である。
【0028】
比較例No.15は、Co,Feの合計量が少なく、かつピーク比(1)および(2)の強度比が高いために、放電容量が高く、サイクル寿命が劣る。比較例No.16は、Co,Feの合計量が多く、かつピーク比(1)の強度比が低く、ピーク比(3)の強度比が高いために、放電容量が低い。比較例No.17は、Ti,Zrの合計量が少ないために、サイクル寿命が劣る。比較例No.18は、Ti,Zrの合計量が多く、かつピーク比(1)および(2)の強度比が高いために、放電容量が低く、サイクル寿命が劣る。
【0029】
比較例No.19は、In含有量が多ために、放電容量が低い。比較例No.20は、Cu,Agの合計量が多いために、放電容量が低い。比較例No.21は、Ni%/(Co%+Fe%+Ni%)比が高いために、放電容量が低く、サイクル寿命がやや劣る。比較例No.22は、熱処理温度が低く、かつピーク比(2)の強度比が高いために、サイクル寿命が劣る。比較例No.23は、熱処理温度が高く、かつピーク比(1)の強度比が高く、ピーク比(3)の強度比が低いために、サイクル寿命が劣る。
【0030】
比較例No.24は、熱処理温度が低く、かつピーク比(2)の強度比が高いために、サイクル寿命がやや劣る。比較例No.25は、熱処理温度が高く、かつピーク比(1)の強度比が高く、ピーク比(3)の強度比が低いために、サイクル寿命がやや劣る。比較例No.26は、熱処理温度が低く、かつピーク比(2)の強度比が高いために、サイクル寿命がやや劣る。比較例No.27は、熱処理温度が高く、かつピーク比(1)の強度比が高く、ピーク比(3)の強度比が低いために、サイクル寿命がやや劣る。
【0031】
比較例No.28は、熱処理温度が低く、かつピーク比(2)の強度比が高いために、サイクル寿命がやや劣る。比較例No.29は、熱処理温度が高く、かつピーク比(1)の強度比が高く、ピーク比(3)の強度比が低いために、サイクル寿命がやや劣る。これに対し、本発明例No.1〜14は、いずれの条件をも満足していることから、放電容量およびサイクル寿命の優れていことが分かる。
【0032】
以上のように、本発明による熱処理温度を従来より100〜220℃と著しく低く設定し、Sn相を消失するが、Co3 Sn2 相を残存させることにより微細なミクロ組織を維持し、優れた充放電特性を実現すると共に、Co,Feの一部をNiに置換することにより、サイクル寿命を改善し、さらに加えて、In、Cu,Agを添加することにより、サイクル寿命をさらに延長することができる等極めて優れた効果を奏するものである。



特許出願人 山陽特殊製鋼株式会社
代理人 弁理士 椎 名 彊

【特許請求の範囲】
【請求項1】
at%で、
Co,Feの1種または2種を35〜50%、Ti,Zrの1種または2種を3〜10%含み、残部Snおよび不可避的不純物からなり、X線回折によるMSn[110]ピークに対するMSn2 [211]ピークの強度比が0.10〜2.50、MSn[110]ピークに対するSn[101]ピークの強度比が0.50以下、かつMSn[110]ピークに対するM3Sn2 [102]ピークの強度比が0.10〜1.00であることを特徴としたリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
ただし、MはCo,Feの1種または2種である。
【請求項2】
Co,Feの一部をNi%/(Co%+Fe%+Ni%)が0.3以下の範囲でNiに置換したことを特徴とする請求項1に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
【請求項3】
Inを5%以下の範囲で添加したことを特徴とする請求項1または2に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
【請求項4】
Cu,Agの1種または2種を10%以下の範囲で添加したことを特徴とする請求項1〜3に記載のいずれか1項に記載のリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末。
【請求項5】
請求項1〜4のいずれか1項に記載の組成の合金溶湯を凝固させた後、100℃以上、220℃以下の温度で熱処理することを特徴とするリチウムイオン電池負極用Sn合金粉末の製造方法。

【公開番号】特開2012−134105(P2012−134105A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−287390(P2010−287390)
【出願日】平成22年12月24日(2010.12.24)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】