説明

リチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法

【課題】耐熱性の低い有機材料製の基材表面にアモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウムたる電極活物質層を薄膜化して形成でき、薄膜リチウム二次電池に適用したときに高い電池性能が得られる生産性の良いリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法を提供する。
【解決手段】バナジウム含有のターゲット2を備えた処理室11内に基材Wを配置し、処理室を所定圧力まで真空引きすると共に、基材を、加熱または冷却して当該基材の耐熱温度以下の所定温度に保持し、処理室内に希ガスと酸素ガスとを所定分圧で導入し、ターゲットに所定電力を投入して処理室内にプラズマ雰囲気を形成してターゲットをスパッタリングし、電極活物質層たるバナジウム酸化物膜を形成する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム二次電池、特に、有機材料からなる基材を用いる全固体型の薄膜リチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法に関する。
【背景技術】
【0002】
リチウム二次電池は高エネルギー密度を有することから、携帯電話やパーソナルコンピュータ等の携帯機器等の電源として主に利用されており、更には、RF−IDタグやMEMS−ICなどの小型電子機器や生体医療機器への適用においても期待されている。そして、これらの用途に適用されるリチウム二次電池には、安全性だけでなく、軽量で且つフレキシブルであるといった特徴も求められていることから、全固体型の薄膜リチウム二次電池が有望視されている。
【0003】
全固体型の薄膜リチウム二次電池は、通常、ポリイミド、PET等の有機材料製の基材表面に、電極活物質層(正極および負極)と、電極集電層と、固体電解質層と、封止層とを積層して構成される。そして、正極活物質層としては、アモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウムが有望視されている。
【0004】
このような五酸化バナジウムからなる正極活物質層を備える正極の製造方法は、例えば特許文献1で知られている。この製造方法では、複数のリチウムイオン源をバナジウム化合物と共に溶解し、これらが溶解した懸濁液を不活性雰囲気下で加熱(例えば、75℃)する。そして、所定温度(75℃)加熱還流攪拌し、懸濁液を20℃の室温まで冷却させた後、230℃の条件で噴霧乾燥し、五酸化バナジウムの層状結晶性物質を得る。次に、かかる五酸化バナジウムの層状結晶性物質を、導電性カーボンブラックやポリフッ化ビニリデン(PVDF)と混合し、所定の溶媒を用いてスラリーにし、当該スラリーを、多孔性のAl箔上に塗工し、貫通孔を有する銅製集電体の両面または片面に均一に塗布することで正極が作製される。
【0005】
然しながら、上記製造方法では、100nm程度の膜厚で五酸化バナジウム(バナジウム酸化物膜)からなる正極活物質層を形成することが困難であり、しかも、乾燥工程が必要となることから、有機材料製の基材を用いる薄膜リチウム二次電池の製造に適用しようとすると、上記基材の耐熱温度以上に加熱される場合が生じ、実質的に薄膜リチウム二次電池用の電極活物質層の形成には利用できない(基材の材質も自由度を持って選択できない)。しかも、上記製造方法では、工程が多くて生産性も悪い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−245739号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、以上の点に鑑み、耐熱性の低い有機材料製の基材表面にアモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウムたる電極活物質層を薄膜化して形成でき、薄膜リチウム二次電池に適用したときに高い電池性能が得られる生産性の良いリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法を提供することをその課題とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記課題を解決するために、本発明は、リチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法であって、バナジウム含有のターゲットを備えた処理室内に基材を配置し、処理室を所定圧力まで真空引きすると共に、基材を、加熱または冷却して当該基材の耐熱温度以下の所定温度に保持し、処理室内に希ガスと酸素ガスとを所定分圧で導入し、ターゲットに所定電力を投入して処理室内にプラズマ雰囲気を形成してターゲットをスパッタリングし、基材表面に、ターゲットからのスパッタ粒子及びこのスパッタ粒子と酸素ガスとの反応生成物を付着、堆積させて電極活物質層たるバナジウム酸化物膜を形成することを特徴とする。
【0009】
本発明によれば、バナジウム含有のターゲット、即ち、例えば高純度のバナジウム製ターゲットまたは五酸化バナジウム製のターゲットを用い、希ガスと共に、反応性ガスたる酸素ガスを処理室内に導入し、反応性スパッタリングによりバナジウム酸化物膜を形成する。ここで、所定膜厚(例えば、100nm)でバナジウム酸化物の薄膜を反応性スパッタリングにて形成する際、使用するスパッタリング装置によっては多少の差異はあるものの、設定したスパッタ時間では基材温度は、室温から50〜60℃程度までしか昇温されない。このとき、得られたバナジウム酸化物膜を評価すると、大半がアモルファス構造となっている。
【0010】
そこで、本発明では、反応性スパッタリング中、基材を、加熱または冷却して当該基材の耐熱温度以下の所定温度(例えば、100℃以上の温度)に保持する。これにより、アモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウム膜が得られ、当該微結晶性五酸化バナジウム膜を、薄膜リチウム二次電池の正極活物質層に適用すると、効果的に単位重量当たりの容量を増加でき、しかも、充放電を繰り返したときに劣化し難くでき、その結果、高性能の薄膜リチウム二次電池が得られる。しかも、単一のスパッタリング法による成膜工程にて、所望の電極活物質層が得られるため、上記従来例のものと比較して生産性もよい。
【0011】
なお、基材を耐熱温度以下の所定温度に保持するだけでは、上記容量等の所定の性能を得ることができない場合がある。そこで、本発明においては、請求項1記載のリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法であって、前記希ガスがアルゴンガスであるものにおいて、アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を2.3倍以上とする。これにより、基材の耐熱温度が例えば100℃以下であるような場合であっても、ターゲット種に関係なく、アモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウム膜が得られる。また、基材の耐熱温度が100℃を超えるような場合には、電池性能の一層の向上が図れる。
【0012】
本発明においては、前記処理室内に、Ti、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、TaまたはWの中から選択された金属の少なくとも1種を含む、または、この酸化物の他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットと共に配置し、処理室内にプラズマ雰囲気を形成して他のターゲットをもスパッタリングし、前記バナジウム酸化物膜内に前記金属が添加されるようにする構成を採用できる。これにより、電極活物質層の導電性を向上させ、且つ、バナジウム原子と上記金属材料の原子との置換を行うことで、充放電時の体積変化による電極活物質層の層状結晶の構造破壊が抑制される。
【0013】
また、本発明においては、前記他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットのスパッタ面の面積より小さいタブレット状のものとし、この他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットのスパッタ面に設けてスパッタリングすればよい。これにより、他のターゲットのスパッタ面の面積、当該他のターゲットの個数及び配置位置等を適宜調節するだけで、添加する金属原子のドープ量が簡単に制御できる。その上、ターゲットと処理すべき基材とが対向配置された既存のスパッタリング装置にて、他のターゲットをバナジウム含有のターゲットのスパッタ面上に載置したり、接着するだけで、装置構成を変えることなく、前記バナジウム酸化物膜内に前記金属を添加する構成を簡単に実現でき、生産性もよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】薄膜リチウム二次電池の構成を模式的に示す断面図。
【図2】本発明の方法を実施するスパッタリング装置の構成を模式的に示す断面図。
【図3】実験1で作製したバナジウム酸化物膜をラマン分光で分析した結果を示すグラフ。
【図4】(a)及び(b)は、実験1で作製したバナジウム酸化物膜を正極活物質層とした薄膜リチウム二次電池の電池特性を示すグラフ。
【図5】(a)及び(b)は、実験2で作製した薄膜リチウム二次電池の電池特性を示すグラフ。
【図6】(a)及び(b)は、実験2で作製した薄膜リチウム二次電池の電池特性を示すグラフ。
【図7】本発明の実施形態の変形例の方法を実施するスパッタリング装置のターゲットの配置を説明する平面図。
【図8】実験3で作製した薄膜リチウム二次電池の電池特性を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して、基材Wを、PET製の基板W1表面に例えば100nmの膜厚でAl膜(正極集電層P1)を形成したものとし、このAl膜の表面に、電極活物質層P2たる微結晶性五酸化バナジウム膜を形成する本発明の実施形態の薄膜リチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法を説明する。
【0016】
図1に示すように、薄膜リチウム二次電池Bは、基板W1表面に、正極を構成する正極集電層P1及び正極活物質層P2、固体電解質層E、負極を構成する負極集電層N1及び負極活物質層N2と、封止層Sとから主に構成される。正極活物質層P2を除く各層は、例えばスパッタリング装置や蒸着装置を用いて薄膜化して形成される公知のものであるため、ここでは、詳細な説明を省略する。他方、正極活物質層P2は、スパッタリング装置を用いて形成される。以下に、本実施形態のリチウム二次電池用の電極活物質層P2の形成に用いられるスパッタリング装置SMを説明する。
【0017】
図2に示すように、スパッタリング装置SMは、マグネトロン方式のものであり、真空チャンバ1を有し、処理室11を画成する。真空チャンバ1の天井部にカソードユニットCが取付けられている。以下においては、図2中、処理室11の天井部側を向く方向を「上」とし、その底部側を向く方向を「下」として説明する。
【0018】
カソードユニットCは、ターゲット2と、このターゲット2の上方に配置された磁石ユニット3とから構成されている。ターゲット2は、バナジウム含有のターゲットたる五酸化バナジウム製であり、基材Wの輪郭より大きな表面積でかつ公知の方法で平面視円形や矩形に形成されたものである。また、ターゲット2は、図示省略のバッキングプレートに装着した状態で、そのスパッタ面21を下方にして絶縁体Iを介して真空チャンバ1に取り付けられる。更に、ターゲット2は、公知の構造を有する高周波電源4に接続され、スパッタ中、ターゲット2に所定周波数(例えば、13.56MHz)で所定電力が投入される。
【0019】
ターゲット2の上方に配置される磁石ユニット3は、後述する基材Wと対向するターゲット2のスパッタ面21の下方空間に磁場を発生させ、スパッタ時にスパッタ面21の下方で電離した電子等を捕捉してターゲット2から飛散したスパッタ粒子を効率よく基材Wに付着させる公知の構造を有するものであり、ここでは詳細な説明を省略する。
【0020】
処理室11の底部には、ターゲット2に対向させてステージ5が配置され、基材Wがその成膜面を上側にして位置決め保持されるようになっている。ステージ5には、基材Wを加熱するための抵抗加熱式のヒータ51と、基材Wを冷却するための冷媒循環路52とが設けられている。また、真空チャンバ1の側壁には、処理室11内にアルゴン等の希ガスと反応性ガスたる酸素ガスとを夫々導入するガス管6a、6bが接続されている。これらのガス管6a、6bには、マスフローコントローラ61a、61bが介設され、図外のガス源に連通している。これにより、流量制御されたスパッタガスが処理室11内に導入でき、処理室11内におけるスパッタリング中の希ガスと酸素ガスの分圧を適宜制御できる。なお、図中、12は、防着板である。
【0021】
処理室11には、ターボ分子ポンプやロータリーポンプなどからなる真空排気手段71に通じる排気管7が接続されている。上記スパッタリング装置SMは、マイクロコンピュータやシーケンサ等を備えた公知の制御手段8を有し、制御手段8により上記電源4の稼働、マスフローコントローラ61a、61bの稼働や真空排気手段71の稼働等を統括管理するようになっている。
【0022】
次に、上記構成のスパッタリング装置SMを用いた微結晶性五酸化バナジウム膜の形成方法を説明する。先ず、五酸化バナジウム製のターゲット2が装着された真空チャンバ1内は、予め真空排気手段71を作動させて所定の真空度(例えば、10−5Pa)まで真空引きしておく。その後、処理室11内のステージ5に基材Wをセットし、ヒータ51を作動させて基材Wを耐熱温度以下の所定温度に加熱して、保持する。この場合の加熱温度は、80℃、好ましくは100℃以上に設定する。
【0023】
真空下でステージ5上の基材Wが所定温度に保持されると、処理室11内に、マスフローコントローラ61a、61bを制御してアルゴンガス及び酸素ガスを所定の流量で導入し、高周波電源4よりターゲット2に所定周波数で電力投入し、処理室11内にプラズマ雰囲気を形成する。これにより、ターゲット2がスパッタリングされて、基材W表面に、ターゲット2からのスパッタ粒子及びこのスパッタ粒子と酸素ガスとの反応生成物が付着、堆積され、バナジウム酸化物膜が形成される。ここで、スパッタリング中、アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を2.3倍以上とする。
【0024】
以上によれば、反応性スパッタリング中、基材Wを、加熱等して当該基材Wの耐熱温度以下の所定温度に保持することで、アモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウム膜となる。なお、スパッタリングによる成膜時の基材Wの温度が高い程、層状結晶構造部分が増加することが判明した。そして、当該微結晶性五酸化バナジウム膜を、薄膜リチウム二次電池Bの正極活物質層に適用すると、効果的に単位重量当たりの容量を増加でき、しかも、充放電を繰り返したときに劣化し難くでき、その結果、高性能の薄膜リチウム二次電池が得られる。しかも、単一のスパッタリング装置SMを用いた成膜工程にて、所望の電極活物質層P2が得られるため、上記従来例のものと比較して生産性もよい。
【0025】
また、アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を2.3倍以上とすることで、基材Wの耐熱温度が例えば100℃以下であるような場合、ターゲット種に関係なく、確実にアモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウム膜が得られ、また、基材Wの耐熱温度が100℃を超えるような場合には、電池性能の一層の向上が図れる。
【0026】
以上の効果を確認するために、上記スパッタリング装置SMを用いて次の実験を行った。即ち、実験1では、上記スパッタリング装置SMを用い、Al箔上に80〜140nmの膜厚でバナジウム酸化物膜を形成した。このときの成膜条件は、高周波電源4(周波数13.56MHz)からの投入電力を100W、スパッタ時間を5時間とした。また、処理室11内を10−5Paまで真空引きした後、処理室11内の圧力が0.8Paとなるようにアルゴンガスを0.3sccm、酸素ガスを0.7sccmで夫々導入した。そして、成膜時、基材Wの温度を室温(即ち、ステージを加熱も冷却もしない場合:試料1)、または、基材の温度を100℃(試料2)、200℃(試料3)に制御してバナジウム酸化物膜を形成した。
【0027】
図3は、上記条件でAl箔上に成膜したバナジウム酸化物をラマン分光で分析したものである。これによれば、試料1では、層状結晶構造に起因するピークが確認できなかったが、試料2及び3においては、層状結晶構造に起因するピークが確認された。
【0028】
次に、上記にて作製したバナジウム酸化物膜を正極として用い、負極にはLi金属、電解質にLiPON(リン酸リチウムオキシナイトライド)を用いて、薄膜リチウムイオン二次電池を作製し、サイクル測定を行った。この場合、カットオフ電圧を2.0−4.2Vとし、充放電では1Cレート(10.3〜18.1μA)で測定を行った。なお、本実験では、基材の温度を400℃に制御する以外の他の条件は同一としてバナジウム酸化物膜を形成し、これを用いて作製した薄膜リチウムイオン二次電池も用意した(試料4)。
【0029】
図4(a)は、試料1〜4におけるサイクル回数に対する放電容量(mAh)であり、図4(b)は、サイクル回数に対する容量維持率(%)である。容量維持率は、サイクル回数毎の放電容量/初期放電容量×100により算出した。なお、本実施形態における放電容量は、1gあたりの放電容量とする。
【0030】
上記によれば、スパッタリングによる成膜時の温度が高い程、初期放電容量を高くなるものの、試料4では、充放電を繰り返す毎に容量維持率(%)が低下し、サイクル回数が100に到達する前の86サイクルで充放電できなくなってしまった。また、試料3では、初期放電容量が約80mAhであり、サイクル回数が増える毎に容量維持率(%)が低下することが判る。他方、試料2では、初期放電容量が約60mAhであるものの、100サイクル後の放電容量維持率は72%であることが確認された。これにより、基材Wの耐熱温度以下となり得る、100℃という低い温度で高容量かつ長サイクル寿命のものが得れることが確認された。なお、試料1では、初期放電容量が約30mAhと、低いことが確認された。
【0031】
次に、上記スパッタリング装置を用いて他の実験を行った。即ち、実験2では、上記スパッタリング装置SMを用い、Al箔上に80〜140nmの膜厚でバナジウム酸化物膜を形成した。このときの成膜条件は、高周波電源からの投入電力を100W、スパッタ時間を5時間とした。また、処理室11内を10−5Paまで真空引きした後、処理室11内の圧力が0.8Paとなるようにアルゴンガス及び酸素ガスを夫々導入した。そして、基材Wの温度を室温(即ち、ステージを加熱も冷却もしない場合)、または、基材の温度を200℃に制御しつつ、アルゴンガスと酸素ガスとのガス流量比を、9:1(アルゴンガスに対する酸素ガスの流量が約0.11倍)、7:3(アルゴンガスに対する酸素ガスの流量が約0.43倍)、5:5、3:7(アルゴンガスに対する酸素ガスの流量が約2.33倍)または1:9(アルゴンガスに対する酸素ガスの流量が9倍)に夫々設定してバナジウム酸化物膜を形成した。
【0032】
図5(a)及び(b)は、実験2で得たバナジウム酸化物膜を正極として用いた薄膜リチウムイオン二次電池の0.1C充放電特性を示すグラフである。バナジウム酸化物膜形成時の基材Wの温度が室温である場合、アルゴンガスと酸素ガスとのガス流量比を9:1、1:9に設定したもの以外は充放電特性に大きな違いはなく、7:3に設定したものの容量が最大であることが確認された(図5(a)参照)。また、バナジウム酸化物膜形成時の基材Wの温度を200℃に制御した場合、アルゴンガスと酸素ガスとのガス流量比を9:1に設定したものの容量が最大であり、これ以外のものでは充放電特性に大きな違いがないことが確認された(図5(b)参照)。
【0033】
また、実験2で得たバナジウム酸化物膜を正極として用いた薄膜リチウムイオン二次電池のCV(サイクリックボルタンメトリー)測定結果を比較したところ、アルゴンガスと酸素ガスとのガス流量比を9:1に設定したものだけが、Liイオンの挿入・脱離を示す酸化・還元ピークがないことが確認された。
【0034】
図6(a)及び(b)は、実験2(基材温度:200℃)で得た酸化バナジウム膜を正極として用いた薄膜リチウムイオン二次電池のサイクル回数に対する放電容量(mAh)を示すグラフである。ここで、図6(a)は0.2Cレートでのサイクル測定結果を、図6(b)は1Cレートでのサイクル測定結果をそれぞれ示すグラフである。これによれば、バナジウム酸化物膜形成時のアルゴンガスと酸素ガスとのガス流量比を3:7(アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を約2.33倍)に設定することで、初期放電容量を高くでき、かつ、0.2Cレートでの容量と1Cレートでの容量との差を少なくできることが確認された。
【0035】
また、バナジウム酸化物膜形成時のアルゴンガスと酸素ガスのガス流量比を1:9に設定すると、バナジウム酸化物膜の成膜レートが遅くなるため、生産性の観点からは実用的ではない。以上のことから、バナジウム酸化物膜形成時のアルゴンガスに対する酸素ガスの流量は、2.33倍以上に設定することが好ましく、2.33倍以上9倍未満に設定することがより好ましく、2.33倍に設定することが特に好ましい。
【0036】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記のものに限定されない。本発明では、ターゲット2として五酸化バナジウム製のものを用いたが、高純度のバナジウム製ターゲットを用い、酸素ガスとの反応性スパッタリングにて電極活物質層が得ることができる。この場合においても、アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を2.3倍以上とする必要がある。これにより、アモルファス構造と層状結晶構造とが混在する微結晶性五酸化バナジウム膜が得られることが確認された。なお、バナジウム製ターゲットを用いる場合、負の電位を持った直流電力を印加して成膜することができる。
【0037】
また、Ti、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、TaまたはWの中から選択された金属製のターゲット、この金属のうち2種以上含む合金製のターゲット、または、これらの酸化物のターゲット(他のターゲット)を、五酸化バナジウム製のターゲット2と共に処理室11内に配置し、処理室11内にプラズマ雰囲気を形成して他のターゲットをもスパッタリングし、バナジウム酸化物膜内に前記金属が添加されるようにしてもよい。
【0038】
この場合、図7に示すように、他のターゲット9を、五酸化バナジウム製のターゲット2のスパッタ面21の面積より小さいタブレット状のものとし、この他のターゲット9を、五酸化バナジウム製のターゲット2のスパッタ面21に適宜複数設けてスパッタリングすればよい。この場合、例えば、スパッタ面21の所定位置に他のターゲット9に輪郭に応じた凹部を設けてその内部に他のターゲット9を嵌合して設ければよい。これにより、電極活物質層P2の導電性を向上させ、且つ、バナジウム原子と上記金属原子との置換を行うことで、充放電時の体積変化による電極活物質層P2の層状結晶の構造破壊が抑制される。なお、添加する金属原子のドープ量に応じて、他のターゲット9のスパッタ面の面積、当該他のターゲット9の個数及び配置位置等が適宜調節される。
【0039】
以上の効果を確認するために、実験3として、WOの粉末をφ13mmのペレット状に作製し、これらの他のターゲット9を、φ75.6mmのターゲット2にて半径25mmの円周上に90度間隔で4個設置した。そして、成膜時の条件を上記実験と同一とし、基材の温度を室温(試料5)、100℃(試料6)、200℃(試料7)に夫々設定し、Al箔上に50〜100nmの膜厚でバナジウム酸化物膜を形成した。
【0040】
以上の条件で作製したバナジウム酸化物膜を正極として用い、上記実験と同様に、薄膜リチウムイオン二次電池を作製し、1Cレートでのサイクル測定を行い、その結果を図8に示す。なお、図7には、比較例として、上記実験1にて作製した正極を備える薄膜リチウムイオン二次電池のサイクル試験も行った(試料1、試料2及び試料3)。
【0041】
上記によれば、試料5及び試料6では、ドープしない試料1及び試料2と比較して放電容量が減少してしまった。これは、添加物が不純物として層状構造に入り込み、Liの出入りを阻害していると考えられる。一方で、試料7では、WOをドープした方が放電容量が増加していることが判る。100サイクル後の容量維持率もドープによって向上している。これは、VとW原子が置換され、層間を拡大したことによる構造劣化を軽減したためと考えられる。これにより、試料7においては、WOドープすることで放電容量増加とサイクル特性が改善されることが確認された。なお、特に実験例を示して説明しないが、Ti、Cr、Zr、Nb、Mo、HfまたはTaをドープしても同様にサイクル特性が改善することが確認された。
【0042】
上記においては、タブレット状の他のターゲット9を用いたが、これに限定されるものではなく、五酸化バナジウム製のターゲット2と他のターゲット9とを別個に配置してスパッタリングを行う、公知の構造の所謂多元スパッタリング装置を用いることもできる。また、上記実施形態では、全固体型の薄膜リチウム二次電池の正極活物質層に適用したものを例に説明したが、例えば、六フッ化リン酸リチウム(1M LiPF(EC:DEC=1:1 vol%))等の液体電解質を備えたもの等、他のリチウム二次電池(例えばコイン型リチウム電池(CR2032))にも本発明は適用可能である。また、上記においては、表面にAl膜P1が形成された基材Wを用いて薄膜リチウム二次電池を作製しているが、これに限定されるものではなく、Al膜が形成されていない基材を用いることもできる。
【符号の説明】
【0043】
B…薄膜リチウム二次電池、W…基材、W1…基板、P1…集電層(正極)、P2…正極活物質層(電極活物質層)、SM…スパッタリング装置、2、9…ターゲット。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
リチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法であって、
バナジウム含有のターゲットを備えた処理室内に基材を配置し、
処理室を所定圧力まで真空引きすると共に、基材を、加熱または冷却して当該基材の耐熱温度以下の所定温度に保持し、
処理室内に希ガスと酸素ガスとを所定分圧で導入し、ターゲットに所定電力を投入して処理室内にプラズマ雰囲気を形成してターゲットをスパッタリングし、
基材表面に、ターゲットからのスパッタ粒子及びこのスパッタ粒子と酸素ガスとの反応生成物を付着、堆積させて電極活物質層たるバナジウム酸化物膜を形成することを特徴とするリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法。
【請求項2】
請求項1記載のリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法であって、前記希ガスがアルゴンガスであるものにおいて、アルゴンガスに対する酸素ガスの流量を2.3倍以上としたことを特徴とするリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法。
【請求項3】
前記処理室内に、Ti、Cr、Zr、Nb、Mo、Hf、TaまたはWの中から選択された金属材料の少なくとも1種を含む、または、この酸化物の他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットと共に配置し、処理室内にプラズマ雰囲気を形成して他のターゲットをもスパッタリングし、
前記バナジウム酸化物膜内に前記金属が添加されるようにしたことを特徴とする請求項1または請求項2記載のリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法。
【請求項4】
前記他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットのスパッタ面の面積より小さいタブレット状のものとし、この他のターゲットを、バナジウム含有のターゲットのスパッタ面に設けてスパッタリングすることを特徴とする請求項3記載のリチウム二次電池用の電極活物質層の形成方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【公開番号】特開2012−54112(P2012−54112A)
【公開日】平成24年3月15日(2012.3.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−196135(P2010−196135)
【出願日】平成22年9月1日(2010.9.1)
【出願人】(000231464)株式会社アルバック (1,740)
【Fターム(参考)】