説明

ロックリングの製造方法及び冷間鍛造金型

【課題】従来よりも製造コストを下げることが可能なロックリングの製造方法及び冷間鍛造金型を提供する。
【解決手段】本発明の冷間鍛造金型50は、原形リング86が圧入される成形孔50Kを有し、その成形孔50Kには、原形リング86における第1〜第3の原形段差部88D,88E,89Dを、ロックリング31における第1〜第3の係合段差部32D,32E,33Dに形成するための第1〜第3の成形テーパー面70,71,72が備えられている。そして、成形孔50Kへの原形リング86の圧入方向において第1〜第3の成形テーパー面70,71,72の始端位置同士及び終端位置同士が一致している。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ハンドルと転舵輪との間の伝達比を変更する伝達比可変装置の一部品として製造され、伝達比可変装置の回転駆動軸を回転不能にロックするためのロックリングの製造方法及びそのロックリングを製造するための冷間鍛造金型に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、この種のロックリングは、外周面に複数の係合段差部を備え、伝達比可変装置の回転駆動軸に嵌合固定されている。そして、伝達比可変装置に備えたロック用フックレバーを何れかの係合段差部に係合させることで回転駆動軸をロックする構造になっていた。また、係合段差部のうちロック用フックレバーとの当接部分には段差湾曲面が形成されており、それら段差湾曲面は、ロック用フックレバーの内側部分が係合するか外側部分が係合するかによって湾曲の奥行きが異なっていた(例えば、特許文献1参照)。そして、このような構造のロックリングを、従来はメタルインジェクションモールディング製法にて製造していた。
【特許文献1】特開2003−320945号公報(第2図〜第4図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
ところで、一般にメタルインジェクションモールディング製法はコストがかかる製造方法である。このため、塑性加工にてロックリングを製造する製造方法の開発が求められていた。特に、安価でかつ比較的精度良く成形を行うことができる冷間鍛造でロックリングを成形することが望まれていた。
【0004】
しかしながら、上記したロックリングの係合段差部に相当する複数の原形段差部を有した原形リングまでは安定して製造することができるものの、それら原形段差部に上記した複数種類の段差湾曲面を冷間鍛造にて成形することを試みたところ、冷間鍛造金型に、原因不明の破損が頻発するという問題が生じていた。このため、従来は、止むを得ず、上記したメタルインジェクションモールディング製法にてロックリングを製造していた。
【0005】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたもので、従来よりも製造コストを下げることが可能なロックリングの製造方法及び冷間鍛造金型の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本願の発明者は、従来の冷間鍛造金型の破損の原因を詳細に調べたところ、その冷間鍛造金型のうち原形リングが圧入される成形孔の内周面には、原形リングの複数の段差面を、ロックリングの複数種類の段差湾曲面に成形するために複数種類の成形テーパー面が備えられ、それら成形テーパー面は、各段差湾曲面の奥行きに応じて成形テーパー面の長さが異なっていた。また、それら成形テーパー面は、原形リングの圧入方向に対して同じ角度で傾斜しており、全ての成形テーパー面の圧入方向における始端位置は一致する一方、終端位置は成形テーパー面の長さに応じて異なっていた。そして、比較的長い成形テーパー面を有した金型壁部が破損していることを突き止めた。
【0007】
これに対し、本願の発明者は、破損の原因を以下のように推定した。即ち、複数の成形テーパー面が同時に原形リングを加圧している間は、原形リングの素材が複数箇所で同時に流動するため素材の流動性が高くなり、各成形テーパー面が受ける圧入抵抗が抑えられると考えられる。そして、短い成形テーパー面から順番にその成形テーパー面の終端位置を原形リングが通過していくと、原形リングのうち素材が流動している部位が減って行き、やがて比較的長い成形テーパー面だけが原形リングを加圧している状態になる。すると、その成形テーパー面で加圧された原形リングの素材の流動先が閉ざされた状態になって素材の流動性が低下し、成形テーパー面に係る圧入抵抗が上昇する。このため、上記したように、冷間鍛造金型のうち比較的長い成形テーパー面を有した壁部が破損するものと推定される。
【0008】
この推定の下、本願の発明者は、「複数種類の成形テーパー面の始端位置同士及び終端位置同士を圧入方向で一致させておくことで、原形リングを成形孔に圧入したときに、原形リングの複数の原形段差部の素材を同時に流動開始及び流動停止させることができ、鍛造金型の一部の負荷上昇を抑えて破損を防ぐことができる」という着想に至り、以下の本願発明を完成させた。
【0009】
即ち、請求項1の発明に係るロックリングの製造方法は、ハンドル(17)と転舵輪(11)との間の伝達比を変更する伝達比可変装置(20)の一部品として製造され、伝達比可変装置(20)に備えた回転駆動軸(22R)に嵌合固定されると共に、外周面には、伝達比可変装置(20)に備えたロック用フックレバー(40)を係合可能な複数の係合段差部(32D,32E,33D)が備えられ、それら複数の係合段差部(32D,32E,33D)に、互いに異なる奥行きで湾曲した複数種類の段差湾曲面(32V,32W,33V)が形成されたロックリング(31)の製造方法であって、複数の係合段差部(32D,32E,33D)に相当する複数の原形段差部(88D,88E,89D)を外周面に有し、それら複数の原形段差部(88D,88E,89D)に各段差湾曲面(32V,32W,33V)より奥行きが小さい複数の原形段差面(88V,88W,89V)を備えた原形リング(86)を用意すると共に、原形リング(86)が圧入される成形孔(50K)を有した冷間鍛造金型(50)を用意し、成形孔(50K)のうち圧入方向の始端側内周面(50S)に、複数の原形段差部(88D,88E,89D)を反転した形状の複数の始端側成形段差部(52D,52E,53D)を備えると共に、成形孔(50K)のうち圧入方向の終端側内周面(50E)に、複数の係合段差部(32D,32E,33D)を反転した形状の複数の終端側成形段差部(62D,62E,63D)を備え、さらに、成形孔(50K)のうち圧入方向の中間部内周面(50C)に、始端側成形段差部(52D,52E,53D)の段差面(52V,52W,53V)と終端側成形段差部(62D,62E,63D)の段差面(62V,62W,63V)との間を連絡した複数種類の成形テーパー面(70,71,72)を設けておき、それら複数種類の成形テーパー面(70,71,72)によって複数の原形段差面(88V,88W,89V)を複数種類の段差湾曲面(32V,32W,33V)に成形可能とし、それら複数種類の成形テーパー面(70,71,72)の始端位置(P1)同士及び終端位置(P2)同士を圧入方向で一致させておくことで、原形リング(86)を成形孔(50K)に圧入したときに、原形リング(86)の複数の原形段差部(88D,88E,89D)の素材の流動を同時に開始及び停止するところに特徴を有する。
【0010】
請求項2の発明に係る冷間鍛造金型(50)は、ハンドル(17)と転舵輪(11)との間の伝達比を変更する伝達比可変装置(20)の一部品として製造され、伝達比可変装置(20)に備えた回転駆動軸(22R)に嵌合固定されると共に、外周面には、伝達比可変装置(20)に備えたロック用フックレバー(40)を係合可能な複数の係合段差部(32D,32E,33D)が備えられ、それら複数の係合段差部(32D,32E,33D)に、互いに異なる奥行きで湾曲した複数種類の段差湾曲面(32V,32W,33V)が形成されたロックリングを製造するための冷間鍛造金型(50)であって、複数の係合段差部(32D,32E,33D)に相当する複数の原形段差部(88D,88E,89D)を外周面に有し、それら複数の原形段差部(88D,88E,89D)に各段差湾曲面(32V,32W,33V)より奥行きが小さい複数の原形段差面(88V,88W,89V)を備えた原形リング(86)が圧入される成形孔(50K)を有し、その成形孔(50K)のうち圧入方向の始端側内周面(50S)に、複数の原形段差部(88D,88E,89D)を反転した形状の複数の始端側成形段差部(52D,52E,53D)を備えると共に、成形孔(50K)のうち圧入方向の終端側内周面(50E)に、複数の係合段差部(32D,32E,33D)を反転した形状の複数の終端側成形段差部(62D,62E,63D)を備え、さらに、成形孔(50K)のうち圧入方向の中間部内周面(50C)に、始端側成形段差部(52D,52E,53D)の段差面(52V,52W,53V)と終端側成形段差部(62D,62E,63D)の段差面(62V,62W,63V)との間を連絡して複数の原形段差面(88V,88W,89V)を複数種類の段差湾曲面(32V,32W,33V)に成形する複数種類の成形テーパー面(70,71,72)を備え、複数種類の成形テーパー面(70,71,72)の始端位置(P1)同士及び終端位置(P2)同士を圧入方向で一致させたところに特徴を有する。
【発明の効果】
【0011】
[請求項1の発明]
請求項1のロックリングの製造方法によれば、原形リングを冷間鍛造金型の成形孔に圧入すると、成形孔に備えた複数種類の成形テーパー面によって原形リングの原形段差面が加圧されて、複数種類の段差湾曲面に成形される。ここで、本願発明では、複数種類の成形テーパー面の始端位置同士及び終端位置同士を圧入方向で一致させておくことで、原形リングを成形孔に圧入したときに、原形リングの複数の原形段差部の素材の流動を同時に開始及び停止するので、従来の冷間鍛造金型のように、比較的長い成形テーパー面だけが原形リングを加圧して圧入抵抗が上昇することを規制し、冷間鍛造金型の破損を防ぐことができる。これにより、冷間鍛造を含んだ塑性加工によるロックリングの製造が可能になり、メタルインジェクションモールディング製法を用いていた従来よりロックリングの製造コストを抑えることができる。
【0012】
[請求項2の発明]
請求項2の冷間鍛造金型に備えた成形孔に原形リングを圧入すると、成形孔に備えた複数種類の成形テーパー面によって原形リングの原形段差面が加圧されて、複数種類の段差湾曲面に成形される。ここで、本願発明では、複数種類の成形テーパー面の始端位置同士及び終端位置同士を圧入方向で一致させたので、原形リングを成形孔に圧入したときに、原形リングの複数の原形段差部の素材の流動を同時に開始及び停止することができる。これにより、従来の冷間鍛造金型のように、比較的長い成形テーパー面だけが原形リングを加圧して圧入抵抗が上昇することを規制し、冷間鍛造金型の破損を防ぐことができる。即ち、本発明によれば、冷間鍛造を含む塑性加工によるロックリングの製造が可能になり、メタルインジェクションモールディング製法を用いていた従来よりロックリングの製造コストを抑えることができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明に係る一実施形態を図1〜図10に基づいて説明する。図1には、伝達比可変装置20を搭載した車両10が示されている。この車両10における1対の転舵輪11,11の間には、ラック12が差し渡され、そのラック12の両端部がタイロッド13,13を介して転舵輪11,11に連結されている。ラック12は筒状のラックケース12Cで覆われ、そのラックケース12Cが車両本体に固定されている。また、ラック12にはピニオン15が噛合しており、そのピニオン15がラックケース12Cに回転可能に軸支されている。そして、ピニオン15と、ハンドル17との間に、それぞれユニバーサルジョイント18J,19Jを介して伝達比可変装置20が取り付けられている。
【0014】
伝達比可変装置20は、装置本体20Hの下端部から下方に回転出力シャフト18を延ばして備えている。また、図2に示すように、装置本体20Hは、差動式の減速機21(例えば波動歯車減速機)の同軸上方にモータ22を配置して、これら減速機21とモータ22とを共通の円筒状のアッシスリーブ23内に収容して備えている。さらに、減速機21における下面の出力部には回転出力シャフト18が連結されている。そして、車両10に搭載したECU28が車速センサ29A、舵角センサ29Bにて検出した車速、舵角等の運転状況に応じてモータ22を駆動し、モータ22の出力が減速機21で減速されて回転出力シャフト18に付与される。これにより、装置本体20Hに対して回転出力シャフト18を回転駆動し、ハンドル17と転舵輪11,11との間の回転の伝達比が運転状況に応じて変更される。
【0015】
アッシスリーブ23内では、モータ22のステータ22Sの上端面からロータシャフト22R(本発明に係る「回転駆動軸」に相当する)が上方に突出しており、そのロータシャフト22Rの上方突出部分の外面に本発明に係るロックリング31が嵌合固定されている。図3に示すように、ロックリング31は、例えば、内径及び外径が均一のリング本体31Hと、リング本体31Hの外周面を4等分した位置からそれぞれ側方に張り出した4つのメイン係合突部32と、それら各メイン係合突部32を備えた位置よりそれぞれ半時計回り方向に略3〜5度ずれた位置からそれぞれ側方に張り出した4つのサブ係合突部33とを備えてなる。そして、メイン係合突部32及びサブ係合突部33とリング本体31Hの外周面との間に、本発明の「係合段差部」に相当する第1〜第3の係合段差部32D,32E,33Dが形成されている(図4参照)。
【0016】
詳細には、図4に示すように、メイン係合突部32のうちリング本体31Hの中心から離れた面は、リング本体31Hの外周面と同心の先端円弧面32Sになっている。また、メイン係合突部32のうち図4における時計回り方向の前端側に配置された第1の係合段差部32Dには、第1の段差湾曲面32Vが形成されている。第1の段差湾曲面32Vは、メイン係合突部32の先端円弧面32Sからヘアピン状に折り返し、U字状に湾曲してリング本体31Hの外周面に繋がっている。この結果、第1の係合段差部32Dの先端部には、周方向に向かって突出した係合突起32Tが形成されている。一方、メイン係合突部32のうち時計回り方向の後端側に配置された第2の係合段差部32Eには、第2の段差湾曲面32Wが形成されている。第2の段差湾曲面32Wは、メイン係合突部32の先端円弧面32Sの一端を通過する径方向の基準線L2に対し、10〜30度の角度で傾斜してメイン係合突部32に食い込み、リング本体31H側に延び、リング本体31Hの外周面に円弧を描いて繋がっている。
【0017】
サブ係合突部33は、メイン係合突部32よりリング本体31Hの外周面からの突出量が小さくなっており、ロックリング31の周方向においてもメイン係合突部32より小さくなっている。また、サブ係合突部33のうちリング本体31Hの中心から離れ面は、リング本体31Hの外周面と同心の先端円弧面33Sになっている。さらに、サブ係合突部33のうちメイン係合突部32側に配置された第3の係合段差部33Dには、第3の段差湾曲面33Vが形成されている。第3の段差湾曲面33Vは、サブ係合突部33の先端円弧面33Sからヘアピン状に折り返し、U字状に湾曲してリング本体31Hの外周面に繋がっている。この結果、第3の係合段差部33Dの先端部には、周方向に向かって突出した係合突起33Tが形成されている。一方、サブ係合突部33のうちメイン係合突部32と反対側に配置された段差部33Eには、傾斜ガイド面33Wが形成されている。傾斜ガイド面33Wは、サブ係合突部33の先端円弧面33Sの一端を通過する径方向の基準線L4に対し、第3の段差湾曲面33Vから離れる側に略45度の角度で傾斜して延び、リング本体31Hの外周面に繋がっている。
【0018】
ここで、第1〜第3の段差湾曲面32V,32W,33Vの奥行きは、第2、第1、第3の段差湾曲面32W,32V,33Vの順番で大きくなっている。より具体的には、メイン係合突部32の先端円弧面32Sのうち第2の段差湾曲面32W側の一端を通過する径方向の基準線L2から第2の段差湾曲面32Wの最奥部までの奥行きより、先端円弧面32Sのうち第1の段差湾曲面32V側の一端を通過する径方向の基準線L1から第1の段差湾曲面32Vの最奥部までの奥行きの方が大きく、その第1の段差湾曲面32Vの奥行きより、サブ係合突部33の先端円弧面33Sのうち第3の段差湾曲面33V側の一端を通過する径方向の基準線L3から第3の段差湾曲面33Vの最奥部までの奥行きの方が大きくなっている。
【0019】
図3に示すように、ステータ22Sの上端面のうち、ロックリング31の側方には、ソレノイド45とロック用フックレバー40とが設けられている。ロック用フックレバー40は、ステータ22Sの上面から突出した支軸46に回転可能に軸支され、支軸46から側方に延びた作用アーム部41と、作用アーム部41と反対側の側方に延びた連結片43とを備えている。また、ロック用フックレバー40は、トーションコイルバネ44によって作用アーム部41がロックリング31に押し付けられる方向に付勢されている。
【0020】
連結片43には、ソレノイド45に備えた直動ロッド45Rの先端部が回動可能に連結されている。そして、ソレノイド45に通電すると、直動ロッド45Rがソレノイド45内に引き込まれ、トーションコイルバネ44の弾発力に抗して作用アーム部41がロックリング31から離間する側に回転駆動される。そして、ソレノイド45への通電中は、作用アーム部41がロックリング31から離間した状態に保持され、ソレノイド45への通電を停止すると作用アーム部41がロックリング31に押し付けられた状態に保持される。
【0021】
作用アーム部41の先端部は、ロックリング31側に屈曲してフック係合部42になっている。そのフック係合部42は、図4に拡大して示したように、ロックリング31に向かうに従ってロックリング31の周方向に幅が徐々に大きくなっている。そのフック係合部42の最大幅は、ロックリング31のうち隣り合った第2と第3の係合段差部32E,33Dとの間のメイン係合凹部34に突入し得る大きさになっている。また、フック係合部42のうち支軸46から離れ側の面は、フック係合部42がメイン係合凹部34に対向した状態で第2の段差湾曲面32Wにおける傾斜部分と略平行になる先端傾斜面42Aになっている。さらに、フック係合部42における支軸46側の面は、U字状に湾曲した係合湾曲面42Bになっている。この結果、フック係合部42の先端部には、支軸46側に向かって突出したフック係合部42Tが形成されている。
【0022】
本実施形態のロックリング31及びそのロックリング31を備えた伝達比可変装置20の構成に関する説明は以上である。次に、ロックリング31の作用効果について説明する。車両10の図示しないイグニッションスイッチをオンすると、ソレノイド45に通電されてロックリング31からロック用フックレバー40のフック係合部42が離間した状態になる。そして、ECU28が車速、舵角等の運転状況に応じてモータ22を駆動する。これにより、装置本体20Hに対して回転出力シャフト18を回転駆動し、ハンドル17と転舵輪11,11との間の回転の伝達比が運転状況に応じて変更される。
【0023】
ここで、運転中に、例えば、車速センサ29A等のセンサが故障したり、ECU28が停止する非常が発生した場合には、ソレノイド45への通電が停止される。すると、トーションコイルバネ44の付勢力によってロック用フックレバー40のフック係合部42がロックリング31に側方から押し付けられる。このとき、ロックリング31のうちメイン係合突部32とそのメイン係合突部32に隣接したメイン係合突部32との間のメイン係合凹部34か、或いは、メイン係合突部32とそのメイン係合突部32から離れ側のサブ係合突部33との間のサブ係合凹部35の何れかにフック係合部42が突入する。また、メイン係合突部32の先端円弧面32S又はサブ係合突部33の先端円弧面33Sにフック係合部42が当接したとしてもハンドル17を少し切ることで、メイン係合凹部34又はサブ係合凹部35の何れかにフック係合部42は突入する。
【0024】
フック係合部42がサブ係合凹部35に突入した状態で、ハンドル17が切られ、図3においてロックリング31が時計回り方向に回転したときには、フック係合部42が第1の係合段差部32Dに係合する。このとき、図4に示したフック係合部42のフック係合部42Tと第1の係合段差部32Dの係合突起32Tとがロックリング31の径方向で対向するので、ロック用フックレバー40は、ロックリング31から離れることなくロックリング31を一方向に回転不能にロックする。一方、フック係合部42がサブ係合凹部35に突入した状態で、図3においてロックリング31が反時計回り方向に回転したときには、フック係合部42が図4に示した傾斜ガイド面33Wに案内されてサブ係合突部33に乗り上がり、メイン係合凹部34に突入する。
【0025】
フック係合部42がメイン係合凹部34に突入した状態で、ロックリング31が反時計回り方向に回転したときには、フック係合部42と第2の係合段差部32Eとが係合すると共に、フック係合部42の先端傾斜面42Aと第2の段差湾曲面32Wにおける傾斜部分との案内により、ロック用フックレバー40はフック係合部42がリング本体31Hの外周面に押し付けられる方向に力を受け、ロックリング31から離れることなくロックリング31を他方向に回転不能にロックする。一方、フック係合部42がメイン係合凹部34に突入した状態で、ロックリング31が時計回り方向に回転したときには、フック係合部42と第3の係合段差部33Dとが係合する。このとき、図4に示したフック係合部42のフック係合部42Tと第1の係合段差部32Dの係合突起32Tとがロックリング31の径方向で対向するので、ロック用フックレバー40はロックリング31から離れることなくロックリング31を一方向にロックする。
【0026】
次に、ロックリング31の製造方法の一例とその製造方法で用いる冷間鍛造金型50の一例について説明する。本実施形態のロックリング31は、例えば円柱状の鋼材から製造される。具体的には、所定の直径の円柱状の鋼材(炭素鋼:例えば、S45C)を所定長に切断して図5(A)に示した第1ワーク81を製造する。次いで、その第1ワーク81を冷間鍛造にて、図5(B)に示した一端有底円筒状の第2ワーク82に成形してから、その第2ワーク82の底壁から円板82Cを打ち抜き、両端開放の円筒状の第3ワーク83(図5(C)参照)を製造する。次いで、第3ワーク83を軸方向で加圧して軸長が短くなるように冷間鍛造にて据え込み成形した後、図示しない1対のローラで第3ワーク83を内側と外側とから挟んで加圧しかつそれらローラを対称回転させて、第3ワーク83より径が大きなリング状の第4ワーク84(図5(D)参照)にローリング成形する。
【0027】
次いで、第4ワーク84を冷間鍛造にて図6(B)に示した第5ワーク85に成形し、その第5ワーク85の一端面を平面切削して図6(A)に示した本発明に係る原形リング86を製造する。第5ワーク85及び原形リング86は、上述したロックリング31におけるメイン係合突部32及びサブ係合突部33(図3参照)に相当する4つずつのメイン原形突部88及びサブ原形突部89(図6(A)参照)を備えている。このとき、第4ワーク84から第5ワーク85を冷間鍛造する際に、素材の一部が一端部から側方に張り出すので、その張り出し部85Mを切除するために第5ワーク85の一端面を図6(B)で示した切削面85Xまで切削する。
【0028】
図6(A)に示すように、原形リング86は、内径及び外径が均一のリング本体87を備え、そのリング本体87から上記した4つずつのメイン原形突部88及びサブ原形突部89が張り出した構造になっている。また、原形リング86のうちロックリング31の段差部33Eに相当する段差部89Eには、ロックリング31の傾斜ガイド面33Wと相似形の原形ガイド面89Wが形成されているが、原形リング86のうちロックリング31の第1〜第3の係合段差部32D,32E,33Dに相当する第1〜第3の原形段差部88D,88E,89Dには、ロックリング31における第1の段差湾曲面32Vに比べて極めて湾曲の奥行きが小さい第1の原形段差面88Vと、湾曲しておらず奥行きもない第2及び第3の原形段差面88W,89Vが形成されている。
【0029】
本実施形態では、原形リング86を図8〜図10に示した冷間鍛造金型50に圧入して図7に示したロックリング31を成形する。冷間鍛造金型50の形状は、以下のようになっている。即ち、図8に示すように、冷間鍛造金型50には、原形リング86を軸方向で挿入可能な成形孔50Kが備えられている。その成形孔50Kのうち圧入方向の始端側内周面50S(図8の上端側内周面)は、原形リング86の外周面を反転した形状をなす一方、圧入方向の終端側内周面50E(図8の下端側内周面)は、ロックリング31の外周面を反転した形状をなしている。即ち、成形孔50Kの始端側内周面50Sには、原形リング86の第1〜第3の原形段差部88D,88E,89D及び段差部89Eを反転した形状の第1〜第4の始端側成形段差部52D,52E,53D,53Eが備えられている。一方、成形孔50Kの終端側内周面50Eには、ロックリング31の第1〜第3の係合段差部32D,32E,33D及び段差部33Eを反転した形状の第1〜第4の終端側成形段差部62D,62E,63D,63Eが備えられている。そして、成形孔50Kのうち圧入方向の中間部内周面50Cには、第1〜第3の始端側成形段差部52D,52E,53Dの段差面52V,52W,53Vと、第1〜第3の係合段差部32D,32E,33Dの段差面62V,62W,63Vとの間を連絡した第1〜第3の成形テーパー面70,71,72が備えられている。
【0030】
ここで、圧入方向における第1〜第3の成形テーパー面70,71,72の始端位置は全て一致している。また、圧入方向における第1〜第3の成形テーパー面70,71,72の終端位置も全て一致している。図8及び図10には、圧入方向における第1〜第3の成形テーパー面70,71,72の始端位置が位置P1として示され、終端位置が位置P2として示されている。
【0031】
なお、図9には、成形孔50Kを始端側から見た平断面図が示されている。同図に示すように、成形孔50Kの始端側内周面50Sと終端側内周面50Eとの間では、第1〜第3の始端側成形段差部52D,52E,53Dと第1〜第3の終端側成形段差部62D,62E,63Dとの形状の相違以外に、始端側内周面50Sに対し、終端側内周面50Eが全体的に僅かに小さくなっている。その形状差分を成形するための緩やかな傾斜も上記した位置P1,P2の間に配置されている。
【0032】
冷間鍛造金型50の形状に関する説明は以上である。さて、冷間鍛造金型50の成形孔50Kに原形リング86を圧入すると、原形リング86のうち圧入方向の前端部が成形孔50Kにおける圧入方向の位置P1に到達したところで、原形リング86の外周面全体が冷間鍛造金型50から成形圧力を受け、その成形圧力によって原形リング86の素材が流動し、原形リング86が成形孔50Kの内周面形状に成形されていく。特に、原形リング86における第1〜第3の原形段差面88V,88W,89Vは、第1〜第3の成形テーパー面70,71,72から他の部位に比べて比較的大きな成形圧力を受け、ロックリング31における第1〜第3の段差湾曲面32V,32W,33Vに成形されていく。そして、原形リング86全体が成形孔50Kにおける圧入方向の位置P2を通過したときには、原形リング86がロックリング31になっている。
【0033】
ここで、本実施形態では、第1〜第3の成形テーパー面70,71,72の始端位置同士及び終端位置同士を圧入方向で一致させてあるので、原形リング86を成形孔50Kに圧入したときに、原形リング86の第1〜第3の原形段差部88D,88E,89Dの素材の流動を同時に開始及び停止することができる。これにより、従来の冷間鍛造金型のように、比較的長い成形テーパー面だけが原形リング86を加圧して圧入抵抗が上昇することを規制し、冷間鍛造金型の破損を防ぐことができる。このように本実施形態のロックリング31の製造方法及び冷間鍛造金型50によれば、冷間鍛造を含んだ塑性加工によるロックリング31の製造が可能になり、メタルインジェクションモールディング製法を用いていた従来より製造コストを抑えることができる。また、メタルインジェクションモールディング製法では、ロックリング31を成形後に浸炭処理を行って焼き入れすることが必須になるが、本実施形態の製造方法によれば、炭素鋼からロックリング31を製造することで、少なくとも浸炭処理が不要になる。なお、本実施形態では、ロックリング31は冷間鍛造金型50から排出されると両端面を平面研削されて完成する。
【0034】
[他の実施形態]
本発明は、前記実施形態に限定されるものではなく、例えば、以下に説明するような実施形態も本発明の技術的範囲に含まれ、さらに、下記以外にも要旨を逸脱しない範囲内で種々変更して実施することができる。
【0035】
(1)前記実施形態で説明した原形リング86を複数の冷間鍛造金型を用いて冷間鍛造してロックリング31を成形する場合に、最初、途中、最後の何れの段階で使用する冷間鍛造金型に本発明を適用してもよいし、複数の段階に亘って使用する複数の冷間鍛造金型に本発明を適用してもよい。
【0036】
(2)前記実施形態のロックリング31は、リング本体31Hからメイン係合突部32とサブ係合突部33とを突出させて本発明に係る第1〜第3の係合段差部32D,32E,33Dが形成されていたが、リング本体に凹部を設けることで本発明に係る係合段差部を形成してもよい。
【0037】
(3)前記実施形態のロックリング31は、係合段差部32D,32E,33Dがリング本体31Hの外周面に4つ備えられていたが、4つに限定されるものではなく、別の数に適用してもよい。
【0038】
(4)前記実施形態の伝達比可変装置20は、波動歯車減速機を備えていたが、その波動歯車減速機に代えて、コリオリ運動歯車減速機など他の減速機構を備えたものに適用してもよい。
【0039】
(5)ハンドルと転舵輪との間が機械的に切り離されたステア・バイ・ワイヤ・システムも、ハンドルと転舵輪との間の伝達比を変更することができるので、本発明に係る「伝達比可変装置」に含まれる。そして、伝達比可変装置としてのステア・バイ・ワイヤ・システムにおけるロックリングに、本発明を適用してもよい。具体的には、ステア・バイ・ワイヤ・システムのうちハンドルに操舵抵抗を付与するモータにロックリングを設け、イグニッションキーのオフ時にモータをロック可能としたものにおいて、そのロックリングの製造方法等に本発明を適用してもよい。また、ステア・バイ・ワイヤ・システムに、モータや制御系の異常発生時に、ハンドルと転舵輪の間を連結する連結機構を設けると共に、その連結機構を連結状態にするためにロックリングを用いたものにおいて、そのロックリングの製造方法等に本発明を適用してもよい。
【0040】
(6)前記実施形態のロックリング31は、リング本体31Hからメイン係合突部32とサブ係合突部33とを備えていたが、メイン係合突部32のみを備えているものに適用してもよい。
【図面の簡単な説明】
【0041】
【図1】本発明の一実施形態に係るロックリングを備えた車両の概念図
【図2】伝達比可変装置の側断面図
【図3】伝達比可変装置の平面図
【図4】ロックリング及びロック用フックレバーの一部を拡大した平面図
【図5】(A)第1ワークの側断面図(B)第2ワークの側断面図(C)第3ワークの側断面図(D)第4ワークの側断面図
【図6】(A)原形リングの平面図(B)第5ワークの側断面図
【図7】ロックリングの平面図
【図8】冷間鍛造金型の斜視図
【図9】冷間鍛造金型の平断面図
【図10】冷間鍛造金型の内周面の側面図
【符号の説明】
【0042】
10 車両
11 転舵輪
17 ハンドル
20 伝達比可変装置
22R ロータシャフト(回転駆動軸)
31 ロックリング
32D,32E,33D 第1〜第3の係合段差部
32V,32W,33V 第1〜第3の段差湾曲面
40 ロック用フックレバー
50 冷間鍛造金型
50K 成形孔
52D,52E,53D 第1〜第3の始端側成形段差部
52V,52W,53V,53W,62V,62W,63V,63W 段差面
62D,62E,63D 第1〜第3の終端側成形段差部
70,71,72 第1〜第3の成形テーパー面
86 原形リング
88D,88E,89D 第1〜第3の原形段差部
88V,88W,89V 第1〜第3の原形段差面

【特許請求の範囲】
【請求項1】
ハンドルと転舵輪との間の伝達比を変更する伝達比可変装置の一部品として製造され、前記伝達比可変装置に備えた回転駆動軸に嵌合固定されると共に、外周面には、前記伝達比可変装置に備えたロック用フックレバーを係合可能な複数の係合段差部が備えられ、それら複数の係合段差部に、互いに異なる奥行きで湾曲した複数種類の段差湾曲面が形成されたロックリングの製造方法であって、
前記複数の係合段差部に相当する複数の原形段差部を外周面に有し、それら複数の原形段差部に前記各段差湾曲面より奥行きが小さい複数の原形段差面を備えた原形リングを用意すると共に、前記原形リングが圧入される成形孔を有した冷間鍛造金型を用意し、
前記成形孔のうち圧入方向の始端側内周面に、前記複数の原形段差部を反転した形状の前記複数の始端側成形段差部を備えると共に、前記成形孔のうち圧入方向の終端側内周面に、前記複数の係合段差部を反転した形状の前記複数の終端側成形段差部を備え、さらに、前記成形孔のうち圧入方向の中間部内周面に、前記始端側成形段差部の段差面と前記終端側成形段差部の段差面との間を連絡した複数種類の成形テーパー面を設けておき、それら複数種類の成形テーパー面によって前記複数の原形段差面を前記複数種類の段差湾曲面に成形可能とし、それら複数種類の成形テーパー面の始端位置同士及び終端位置同士を前記圧入方向で一致させておくことで、前記原形リングを前記成形孔に圧入したときに、前記原形リングの複数の原形段差部の素材の流動を同時に開始及び停止することを特徴とするロックリングの製造方法。
【請求項2】
ハンドルと転舵輪との間の伝達比を変更する伝達比可変装置の一部品として製造され、前記伝達比可変装置に備えた回転駆動軸に嵌合固定されると共に、外周面には、前記伝達比可変装置に備えたロック用フックレバーを係合可能な複数の係合段差部が備えられ、それら複数の係合段差部に、互いに異なる奥行きで湾曲した複数種類の段差湾曲面が形成されたロックリングを製造するための冷間鍛造金型であって、
前記複数の係合段差部に相当する複数の原形段差部を外周面に有し、それら複数の原形段差部に前記各段差湾曲面より奥行きが小さい複数の原形段差面を備えた原形リングが圧入される成形孔を有し、
その成形孔のうち圧入方向の始端側内周面に、前記複数の原形段差部を反転した形状の前記複数の始端側成形段差部を備えると共に、前記成形孔のうち圧入方向の終端側内周面に、前記複数の係合段差部を反転した形状の前記複数の終端側成形段差部を備え、さらに、前記成形孔のうち圧入方向の中間部内周面に、前記始端側成形段差部の段差面と前記終端側成形段差部の段差面との間を連絡して前記複数の原形段差面を前記複数種類の段差湾曲面に成形する複数種類の成形テーパー面を備え、
前記複数種類の成形テーパー面の始端位置同士及び終端位置同士を前記圧入方向で一致させたことを特徴とする冷間鍛造金型。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【公開番号】特開2010−94722(P2010−94722A)
【公開日】平成22年4月30日(2010.4.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−269372(P2008−269372)
【出願日】平成20年10月20日(2008.10.20)
【出願人】(306017405)中部冷間株式会社 (2)
【出願人】(591105074)株式会社ニチダイ (7)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】