説明

ワイヤ放電加工用被覆電極線及びその製造方法

【課題】導電性および放電加工性能が良好なワイヤ放電加工用被覆電極線及びその製造方法を提供するものである。
【解決手段】本発明に係るワイヤ放電加工用被覆電極線6は、心材1の外周に2層以上の被覆層2,3,4,5を有し、断面四角形で、外周角部にR状の円コーナー部Rを有するものである。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ワイヤ放電加工用電極線に係り、特に、被覆型のワイヤ放電加工用電極線に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的なワイヤ放電加工用電極線として、Cu−Zn合金単体からなる断面円形の電極線が活用されている。この電極線は、加工速度、加工精度などの放電特性に優れていると共に、コスト的にも有利な特質を有している。このタイプの電極線の放電加工速度及び加工精度等をもっと向上させるには、電極線をZn濃度が高いCu−Zn合金で形成することが望ましい。しかしながら、Cu−Zn合金中のZn濃度が40重量%を超えると、伸線加工性が著しく低下し、電極線の製造が困難となるので、Zn濃度が40重量%以下のCu−Zn合金が使用されてきた。
【0003】
近年、ワイヤ放電加工用電極線の高速加工性が重視されるようになっている。このため、Cu−2.0重量%Sn合金などのCu合金からなる心材の周りに、従来よりもZn濃度が高いCu−Zn合金層を被覆した被覆型の放電加工用電極線が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0004】
また、心材の表面にZn濃度の高い被覆層を形成する手法として、心材の表面にZnメッキを施す方法が種々提案されている(例えば、特許文献2参照)。
【0005】
また、高温引張強度が高い銅合金のひとつとしてCu−Zr合金がある。このCu−Zr合金を用いた被覆型の放電加工用電極線として、Cu−0.05〜0.2重量%Zr合金からなる心材の外周に、Cu−38%〜50%重量Zn合金層を形成したものが挙げられる(例えば、特許文献3参照)。
【0006】
【特許文献1】特開平5−339664号公報
【特許文献2】特開平6−190635号公報
【特許文献3】特開平9−225748号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
放電加工用電極線の温度は、放電加工中、一般に200℃〜400℃に上昇すると言われており、電極線自体に熱の負荷が加わる一方、加工速度および加工精度を上げるための張力負荷も加わることから、高温中での引張強度および導電性が高いことが要求されている。
【0008】
しかし、一般に用いられている被覆電極線は、高温強度および導電性が高くないため、加工速度をもっと上げようとすると断線が生じる。前述した特許文献3記載の放電加工用電極線は、高温引張強度が高いCu−Zr材料を心材に用いているため、高温引張強度は高まるものの、耐熱性に寄与する導電性および高いZn濃度を得るためのバランスが難しく、加工速度を大きく上げることができなかった。
【0009】
また、前述した特許文献2記載の放電加工用電極線は、心材の表面にZn濃度の高い被覆層を有しているため、加工精度は向上するものの、Znメッキで形成した純Zn層の層厚が薄いことから放電加工時に純Zn層が瞬時に蒸発してしまい、放電加工速度の十分な向上は望めないといった問題があった。
【0010】
以上の事情を考慮して創案された本発明の目的は、導電性および放電加工性能が良好なワイヤ放電加工用被覆電極線及びその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、従来材より導電性が良く、瞬時的な放電範囲が広く、高Zn濃度の被覆層を有する被覆電極線を提供するため、従来材と比べて放電性能、断線限界、放電加工速度が著しく向上され、良好な加工精度と面精度を有する放電加工用被覆電極線を提供することを目的とする。
【0012】
上記の目的を達成するために、請求項1の発明は、心材の外周に2層以上の被覆層を有するワイヤ放電加工用被覆電極線において、断面四角形で、外周角部にR状の円コーナー部を有することを特徴とするワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0013】
請求項2の発明は、上記心材を電極線のある側面に偏心して配置し、その偏心した側の側面を除く3つの側面を放電加工面とした請求項1記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0014】
請求項3の発明は、上記被覆層が内層側に純Zn層を外層側に合金層を有し、上記心材と純Zn層の界面及び純Zn層と合金層の界面に、Cu−Zn系金属間化合物の反応層をそれぞれ有する請求項1又は2記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0015】
請求項4の発明は、上記被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.05〜0.25、上記各反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比が0.002〜0.005である請求項1から3いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0016】
請求項5の発明は、上記心材が偏心した側の被覆層の厚さt3が、その反対側の被覆層の厚さt4より薄く、t3/t4の比が0.2〜0.8である請求項1から4いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0017】
請求項6の発明は、上記各反応層はZn濃度が傾斜した層であり、上記心材と上記純Zn層の界面の反応層は、Zn濃度が内側から外側に向かって連続的に増加し、逆に、純Zn層と上記合金層の界面の反応層は、Zn濃度が内側から外側に向かって連続的に減少する請求項1から5いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0018】
請求項7の発明は、上記被覆層が、内層側に純Zn層を、外層側にCu−30〜46重量%Znという組成の合金層を有する請求項1から6いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0019】
請求項8の発明は、上記各反応層がCu−60〜90重量%Znという組成の金属間化合物で構成される請求項3から7いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0020】
請求項9の発明は、上記心材が、
純Cu、
Cu−0.02〜0.2重量%Zr合金、
Cu−0.15〜0.70重量%In合金、
Cu−0.15〜0.25重量%Sn−0.15〜0.25重量%In合金、
Cu−0.15〜0.70重量%Sn合金、
Cu−5〜30重量%Zn合金、
Cu−0.2〜20重量%Ag合金、
Cu−5〜30重量%ZnにZr、Cr、Mg、Al、Si、Fe、P、Ni、Ag、Snの内の少なくとも1種を添加した合金、
又はFe基合金、
で構成される請求項1から8いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【0021】
請求項10の発明は、心材の外周に2層以上の被覆層を有するワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法において、断面四角形の心材の外周に上記被覆層を形成した後、熱処理による拡散処理および表面処理を施すことで、心材と被覆層との界面及び被覆層同士の界面で原子を拡散させると共に、再配列させることによって、各界面にそれぞれ反応層を形成することを特徴とするワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法である。
【0022】
請求項11の発明は、上記心材の外周に、先ず純Zn層を設け、その純Zn層の周りにCu−30〜46重量%Znという組成の合金層を設けた後、上記熱処理を施す請求項10記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法である。
【0023】
請求項12の発明は、良好な伸線加工を行うために、上記被覆層が被覆された心材に表面プラズマ熱処理を行い、表面の硬い高Zn濃度合金層だけを熱処理し、中の柔らかい心材は熱処理されないようにする請求項10又は11記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法である。
【0024】
請求項13の発明は、上記被覆層が被覆された心材を横方向に走行させ、プラズマ熱処理技術により、中間の溶融温度の低い純Zn層を短時間で融かし、中心の心材を重力の作用で下に沈ませて心材を電極線のある側面に偏心させ、心材周りに厚さが不均一な被覆層を形成する請求項10から12いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法である。
【発明の効果】
【0025】
本発明に係るワイヤ放電加工用被覆電極線は、断面四角形の心材と純Zn層との界面および純Zn層とCu−Zn合金層との界面にそれぞれ反応層を設けた四角形電極線であるため、放電加工性能が良好となるという優れた効果を発揮する。
【発明を実施するための最良の形態】
【0026】
以下本発明の実施の形態を添付図面により説明する。
【0027】
本発明の好適一実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線の横断面図を図1に示す。
【0028】
図1に示すように、本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線6は、心材1の外周に順に反応層4、純Zn層2、反応層5および合金層3を設けた断面四角形状の被覆電極線である。反応層4、純Zn層2、反応層5および合金層3が、2層以上の被覆層を構成する。また、電極線6は、その外周角部にR状の円コーナー部Rを有する。
【0029】
被覆層の厚さは、一側(ある側面(図1中では下面))の被覆層の厚さt3が、三側(ある側面の反対側の面(図1中では上面))の被覆層t4より薄く(t3<t4)、t3/t4の比は0.2〜0.8の範囲で、加工精度及びワイヤの高温引張強度などの要求に応じて調整される。また、純Zn層2の層厚は合金層3よりも厚くされる。
【0030】
合金層3はCu−30〜46重量%Znという組成の合金で、および各反応層4,5はCu−60〜90重量%Znという組成の金属間化合物で構成され、高加工速度や高加工精度等の要求に応じて、各層4,5,3の成分、組成が調整される。
【0031】
被覆層の層厚と電極線6全体の長辺の長さ(電極線6のある側面に隣接する側面の高さ)aとの比は0.05〜0.25、反応層4,5の層厚t1、t2(電極線6全体の短辺b方向における層厚)と電極線6全体の長辺の長さaとの比が0.002〜0.005となるように、心材1のサイズおよび各層4,2,5,3の層厚が調整される。
【0032】
各反応層4,5の厚さ方向における内側から外側への距離P(P1〜P2,P3〜P4)とZn濃度の関係を図3(a),図3(b)に示すように、反応層4のZn濃度は、被覆層の内側から外側に向かってC1〜C2と連続的に増加する傾斜層となっている。また、図3(b)に示すように、反応層5のZn濃度は、被覆層の内側から外側に向かってC3〜C4と連続的に減少する傾斜層となっている。この結果、組織の観点から捉えると、電極線6は、心材1と各層2,3が反応層4,5を介して一体となった線材となる。
【0033】
心材1の構成材は、導電率が高く、強度が高く、かつ高温強度が高い材料であれば、特に限定するものではなく、例えば、
純銅、
Cu−0.02〜0.2重量%Zr合金、
Cu−0.15〜0.70重量%In合金、
Cu−0.15〜0.25重量%Sn−0.15〜0.25重量%In合金、
Cu−0.15〜0.70重量%Sn合金、
Cu−5〜30重量%Zn合金、
Cu−0.2〜20重量%Ag合金、
Cu−5〜30重量%ZnにZr、Cr、Mg、Al、Si、Fe、P、Ni、Ag、Snの内の少なくとも1種を添加した合金、
又はFe基合金、
が挙げられる。
【0034】
合金層3のZn濃度を32〜46重量%としたのは、Zn濃度が32%重量%未満だと放電加工速度を向上させる効果が十分に得られないためであり、Zn濃度が46%を超えると伸線加工性が著しく低下するためである。
【0035】
被覆層の層厚と電極線6全体の長辺の長さaとの比を0.05〜0.25としたのは、0.05未満だと、放電加工時に被覆層のZnが瞬時に消耗してしまい、放電加工速度の十分な向上および加工精度の向上が期待できないためである。また、0.25を超えると、電極線6全体に占める被覆層の断面積が増加し、電極線6の高温強度および導電率の低下を招いてしまい、放電加工速度の十分な向上が期待できなくなるためである。
【0036】
四角形の電極線において、一側の被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い。t3/t4の比を0.2〜0.8としたのは、t3/t4が0.8を超えると、電極線6全体に占める被覆層の断面積が増加し、電極線6の高温強度及導電率の低下を招いてしまい、放電加工速度の十分な向上及び加工精度の向上ができない為である。また、0.2未満だと、放電加工時、一側の被覆層のZnが瞬時に消耗してしまい、心材1の冷却効果の低下を招いてしまい、放電加工速度の十分な向上が期待できなくなる為である。
【0037】
反応層4,5の層厚t1、t2と電極線6全体の長辺の長さaとの比をそれぞれ0.002〜0.005としたのは、0.002未満だと、心材1と被覆層を構成する各層2,3が十分に密着しなくなり、電極線6自体の引張強度の低下を招くためである。また、0.005を超えると(拡散を過剰に行うと)、伸線加工に伴って、脆い反応層4,5の部分で破断が生じて均一変形しなくなり、伸線時に断線が発生したり、電極線6自体の引張強度の低下を招くためである。
【0038】
一方、本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線は、次のように製造される。
【0039】
先ず、断面四角形の心材1の周りに、順に純Zn層2、合金層3を設けて被覆層を形成した後、様々な熱処理(拡散処理)および表面熱処理を施すことで、心材1と純Zn層2との界面、及び純Zn層2と合金層3との界面で原子を相互に拡散させると共に、再配列させる。これによって、心材1と純Zn層2、及び純Zn層2と合金層3の各界面に反応層4,5が形成され、ワイヤ放電加工用被覆電極線6が得られる。
【0040】
熱処理方法としては、特別な短時間熱処理方法、例えば、表面プラズマ熱処理技術が必要である。具体的には、伸線加工できるように、表面の硬い高Zn濃度の銅合金だけを熱処理でき、中の柔らかい低Zn濃度の心材1は熱処理しないこと、また、Znの蒸発を防止することが可能な、短時間の熱処理技術(例えば、プラズマ熱処理や通電アニラ熱処理など)が必要である。ここで言うプラズマ熱処理(イオン衝撃熱処理とも言う)は、イオン浸炭、イオン窒化などの減圧雰囲気中で、陰極とした処理物と陽極の間に起こるグロー放電を利用した表面熱処理である。
【0041】
また、被覆層が形成された心材1を横方向(水平方向)に走行させると共に、その表面をプラズマ熱処理技術を利用して熱処理するのに伴い、被覆層中間の溶融温度の低い純Zn層2を短時間で融かすことで、中心の心材1が重力の作用で下に少し沈み、図1に示したように心材1が電極線のある側面に偏心され、心材1の周りに厚さが不均一な被覆層を有する電極線6が得られる。
【0042】
最後に、この電極線6を伸線ダイスに通し、電極線6に適宜縮径加工(冷間伸線加工)を施して所望のサイズに形成することで、最終製品が得られる。縮径加工は、所望のサイズが得られるまで、電極線6に伸線ダイス加工及び熱処理を繰り返し実施するようにしてもよい。
【0043】
本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線6は、導電性を向上させるため、電極線の断面形状を円形から四角形にして電極線の通電面積を大きくしている。これにより、導電性が良くなり、より低抵抗となる結果、高温で放電加工する時、従来の電極線と比べて生じる熱が減って温度が低くなり、電極線自体の熱的負担が減少される。よって、加工精度をさらに上げるために、加える張力負荷をさらに高めることができる。
【0044】
また、図2(a)に示すように、従来の電極線21は断面円形であるため、放電22が生じる箇所は電極線21と被加工物23が最も近接している部分だけであり、放電22は点放電である。従来の電極線21は、点放電で放電箇所が少ないため、放電加工速度の更なる高速化、放電の安定性(被加工物23の所定の位置に放電22を生じさせること)の点でやや難があった。これに対して、図2(b)に示すように、本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線6は断面四角形であるため、被加工物23に面する電極線6の3つの側面で放電22が生じ、放電22は面放電である。このワイヤ放電加工用被覆電極線6は、面放電で放電箇所が多いため、放電加工速度を更に高めることができると共に、放電の安定性もより高まる。電極線6の外周角部は円コーナー部Rとなっていることから、電極線6の外周角部において放電22が集中することはなく、面放電が可能となる。円コーナー部Rの面取り半径は、放電22が集中しない範囲で、電極線6のサイズに応じて適宜調整される。
【0045】
また、ワイヤ放電加工用被覆電極線6は、被覆層の内層側に100%の高濃度Zn(純Zn層2)を有するため、優れた放電性能を持つ一方、放電加工の経過に伴って多量のZnが蒸発することにより、その蒸発時の気化熱で電極線6の冷却効果が向上して、電極線6に加わる熱の負担をもっと下げることができる。その結果、放電加工電流を増加させても、一般電極線より温度上昇を低く抑えることができ、電極線6の断線限界が向上するため、放電加工速度および加工精度の向上を図ることができる。
【0046】
また、放電加工する時、電極線6の一方側(電極線6における心材1が偏心した側の側面)は放電させないため、一方側に引張強度が低い被覆層を厚く被せる必要はないと考えると、一方側の被覆層を薄めにすることができる。しかし、心材1の高温冷却効果を向上させるには、適当な高Zn濃度の被覆層が必要なため、電極線6の残りの3つの側面、特にある側面の反対側の面に適切な厚さで被覆層を被せることで、電極線6の高温強度に寄与する導電性の向上を図ることができ、加工速度を大きく上げることができる。
【0047】
また、心材1と純Zn層2との界面および純Zn層2と合金層3との界面に、それぞれ反応層4,5を設けることで、心材1と被覆層を構成する各層2,3間の密着性が良好となる。その結果、引張強度が向上し、放電加工性能が良好なワイヤ放電加工用被覆電極線6を得ることができる。
【0048】
本実施の形態に係る電極線6によれば、導電性が良好な心材1を用い、この心材1の周りに純Zn層2を設けることで、放電加工性能が更に良好となる。また、放電加工時における外層側のCu−Zn合金層3及び反応層5の消耗によって純Zn層2が露出すると、この純Zn層2が放電するため、放電特性が良好となり、優れた加工精度が得られる。この時、純Zn層2は、Cu−Zn合金層3及び反応層5で被覆されていると共に、Cu−Zn合金層3よりも層厚が厚く、十分な層厚を有しているため、従来の電極線のように放電加工時に純Zn層2が瞬時に蒸発することはない。
【0049】
また、放電加工の経過に伴って純Zn層2は徐々に蒸発するが、その蒸発時の気化熱によって電極線6、特に心材1の冷却効果が向上する。このため、放電加工速度を上げるべく、放電加工電流を増加させても、一般の黄銅線よりも電極線6の温度上昇を低く抑えることができ、電極線6自体の熱的負担が減少する。その結果、電極線6自体の断線限界が向上するため、放電加工速度の向上を図ることができる。また、従来の断面円形の電極線よりも、断面四角形の本実施の形態に係る電極線6の方が放電範囲が広いことから、放電加工速度の向上を図ることが出来る。
【0050】
以上、本発明の実施の形態は、上述した実施の形態に限定されるものではなく、他にも種々のものが想定されることは言うまでもない。
【実施例】
【0051】
次に、本発明について、実施例に基づいて説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0052】
(実施例1)
長辺、短辺の長さが2.5mm、2.0mmで、Cu−0.16重量%Zrからなる心材の周りに、順に厚さ0.25mmの純Zn層、厚さ0.125mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。
【0053】
次に、この被覆線材に伸線加工、熱処理を施し、心材の外周に、順に層厚t1の内側反応層、層厚t2の外側反応層を有するサイズa,bの四角形ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.23、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0054】
(実施例2)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.20mmの純Zn層、厚さ0.125mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.20、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0055】
(比較例1)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.40mmの純Zn層、厚さ0.125mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.295、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0056】
(比較例2)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.04mmの純Zn層、厚さ0.02mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.045、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0057】
(比較例3)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.20mmの純Zn層、厚さ0.02mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.20、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.001〜0.002、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0058】
(比較例4)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.20mmの純Zn層、厚さ0.02mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.20、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.005〜0.006、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.5とした。
【0059】
(比較例5)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.20mmの純Zn層、厚さ0.125mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.20、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.2とした。
【0060】
(比較例6)
実施例1と同じ心材の周りに、順に厚さ0.20mmの純Zn層、厚さ0.125mmのCu−35重量%Zn合金層を形成する。その後は実施例1と同様にし、ワイヤ放電加工用電極線を作製した。ここで、被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.20、反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.002〜0.005、一側被覆層の厚さt3は三側の被覆層t4より薄い、t3/t4の比は0.9とした。
【0061】
(従来例1)
Cu−35重量%Zn合金の単体で、外径がφ0.35mmのワイヤ放電加工用電極線を作製した。
【0062】
実施例1,2、比較例1〜6、及び従来例1における各電極線の心材組成(重量%)、Cu−Zn合金層の組成(重量%)、各層厚/a、加工精度及び放電加工試験時の放電加工速度を表1に示す。
【0063】
ここで、加工精度は、従来例1の電極線の加工精度を1.0とした時の相対精度である。また、放電加工速度は、従来例1の電極線の放電加工速度を1.00とした時の相対速度である。
【0064】
【表1】

【0065】
表1に示すように、実施例1,2の各電極線は、いずれも加工精度が3.0以上と高く、従来例1と比べて著しく向上した。また、放電加工速度はそれぞれ2.5,2.4といずれも2.0以上であり、従来例1と比べて放電加工速度が約140〜150%も向上した。
【0066】
これに対して、比較例1の電極線は、被覆層の層厚/aの値が限定範囲(0.05〜0.25)よりも大きい0.295であるため、放電加工速度を十分に向上させることができなかった。また、比較例2の電極線は、被覆層の層厚/aが限定範囲(0.05〜0.25)よりも小さい0.045であるため、放電加工速度が1.6しか得られず、放電加工速度を十分に向上させることができなかった。また、放電性能が良くないため、加工精度も1.5と低かった。
【0067】
比較例3,4の電極線は、反応層の層厚/aの値が限定範囲(0.002〜0.005)を満足していないため、伸線性が良好でなく、電極線の作製が不可能であった。よって、高温引張試験および放電加工試験を行うことができなかった。
【0068】
比較例5,6の電極線は、被覆層の厚さt3/t4の値が限定範囲(0.2〜0.8)を満足していないため、放電加工速度及び加工精度を十分に向上させることができなかった。
【図面の簡単な説明】
【0069】
【図1】本発明の好適一実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線の横断面図である。
【図2】従来材及び本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線の、放電加工時の放電加工状態を示す横断面図である。図2(a)は従来のワイヤ放電加工用被覆電極線、図2(b)は本実施の形態に係るワイヤ放電加工用被覆電極線である。
【図3】図1における各反応層のZn濃度分布を示す図である。図3(a)は内層側の反応層、図3(b)は外層側の反応層である。
【符号の説明】
【0070】
1 心材
2 純Zn層(被覆層)
3 合金層(被覆層)
4,5 反応層(被覆層)
6 ワイヤ放電加工用被覆電極線
R 円コーナー部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
心材の外周に2層以上の被覆層を有するワイヤ放電加工用被覆電極線において、断面四角形で、外周角部にR状の円コーナー部を有することを特徴とするワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項2】
上記心材を電極線のある側面に偏心して配置し、その偏心した側の側面を除く3つの側面を放電加工面とした請求項1記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項3】
上記被覆層が内層側に純Zn層を外層側に合金層を有し、上記心材と純Zn層の界面及び純Zn層と合金層の界面に、Cu−Zn系金属間化合物の反応層をそれぞれ有する請求項1又は2記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項4】
上記被覆層の層厚と電極線全体の長辺の長さaとの比は0.05〜0.25、上記各反応層の層厚t1、t2と電極線全体の長辺の長さaとの比が0.002〜0.005である請求項1から3いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項5】
上記心材が偏心した側の被覆層の厚さt3が、その反対側の被覆層の厚さt4より薄く、t3/t4の比が0.2〜0.8である請求項1から4いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項6】
上記各反応層はZn濃度が傾斜した層であり、上記心材と上記純Zn層の界面の反応層は、Zn濃度が内側から外側に向かって連続的に増加し、逆に、純Zn層と上記合金層の界面の反応層は、Zn濃度が内側から外側に向かって連続的に減少する請求項1から5いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項7】
上記被覆層が、内層側に純Zn層を、外層側にCu−30〜46重量%Znという組成の合金層を有する請求項1から6いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項8】
上記各反応層がCu−60〜90重量%Znという組成の金属間化合物で構成される請求項3から7いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項9】
上記心材が、
純Cu、
Cu−0.02〜0.2重量%Zr合金、
Cu−0.15〜0.70重量%In合金、
Cu−0.15〜0.25重量%Sn−0.15〜0.25重量%In合金、
Cu−0.15〜0.70重量%Sn合金、
Cu−5〜30重量%Zn合金、
Cu−0.2〜20重量%Ag合金、
Cu−5〜30重量%ZnにZr、Cr、Mg、Al、Si、Fe、P、Ni、Ag、Snの内の少なくとも1種を添加した合金、
又はFe基合金、
で構成される請求項1から8いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線。
【請求項10】
心材の外周に2層以上の被覆層を有するワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法において、断面四角形の心材の外周に上記被覆層を形成した後、熱処理による拡散処理および表面処理を施すことで、心材と被覆層との界面及び被覆層同士の界面で原子を拡散させると共に、再配列させることによって、各界面にそれぞれ反応層を形成することを特徴とするワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法。
【請求項11】
上記心材の外周に、先ず純Zn層を設け、その純Zn層の周りにCu−30〜46重量%Znという組成の合金層を設けた後、上記熱処理を施す請求項10記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法。
【請求項12】
良好な伸線加工を行うために、上記被覆層が被覆された心材に表面プラズマ熱処理を行い、表面の硬い高Zn濃度合金層だけを熱処理し、中の柔らかい心材は熱処理されないようにする請求項10又は11記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法。
【請求項13】
上記被覆層が被覆された心材を横方向に走行させ、プラズマ熱処理技術により、中間の溶融温度の低い純Zn層を短時間で融かし、中心の心材を重力の作用で下に沈ませて心材を電極線のある側面に偏心させ、心材周りに厚さが不均一な被覆層を形成する請求項10から12いずれかに記載のワイヤ放電加工用被覆電極線の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−136579(P2007−136579A)
【公開日】平成19年6月7日(2007.6.7)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−331393(P2005−331393)
【出願日】平成17年11月16日(2005.11.16)
【出願人】(000005120)日立電線株式会社 (3,358)
【Fターム(参考)】