説明

中枢神経損傷に対する嗅粘膜移植にRhoキナーゼ阻害剤を用いた神経機能再建法

【課題】中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を嗅神経部位に移植することにより中枢神経を再生治療するに際して、その再生治療効果を増強させる薬剤を提供する。
【解決手段】中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤であって、Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、中枢神経損傷の再生治療のための効果増強剤およびそれに用いる再生治療法に関し、さらに詳しくは中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤、および該効果増強剤を用いる中枢神経再生治療法に関する。
【背景技術】
【0002】
中枢神経は脳および脊髄からなる。中枢神経損傷は、中枢神経が損傷することにより起きる疾患であり、具体的には、例えば脊髄損傷、脳挫傷などの外傷性脳損傷、脳出血あるいは脳梗塞などの脳血管障害に基づく脳損傷、脳手術後の脳損傷などが挙げられる。
【0003】
脊髄損傷は、交通事故や高所転落に伴う脊椎脱臼骨折などの外傷により、脊髄実質が損傷されることによって、損傷部以下の末梢の運動・感覚・自律神経系の麻痺を呈する病態のことである。現在、脊髄損傷の患者は、日本では約10万人、米国では約25万人に及ぶとされており、年間日本では5千人、米国では1万人以上の患者が増加している。近年医療の進歩に伴い受傷後も生存することは十分可能になっているが、それだけに日常生活の不便さや精神的な負担が患者を苦しめる結果ともなり、社会的な問題となっているのが現状である。
【0004】
長年にわたって、成体哺乳動物の中枢神経系(脳と脊髄)は一度損傷を受けると再生しないと考えられてきた。中枢神経系が再生し難いのに対し、末梢神経系が容易に再生することは古くから知られており、その違いは、中枢神経系ではオリゴデンドロサイト、ミエリンまたは細胞外基質に軸索伸長抑制因子が存在するのに対して、末梢神経系ではそのような因子が存在しないからであると説明されている。つまり、末梢神経系の軸索環境が新しく伸びてくる軸索に対して全体として許容的(permissive)であるのに対して、中枢神経系では拒絶的(non-permissive)すなわち、軸索の新生が阻害される環境にある。もし、この説明が正しければ、哺乳動物の中枢神経系の再生を促すには拒絶的な環境を許容的に変えることが必要になる。その試みの一つとして、嗅神経鞘細胞の移植が挙げられる(非特許文献1参照)。
【0005】
嗅神経細胞は、哺乳動物の成体細胞の中で生涯を通じて継続的に再生を続ける特異的な細胞である。Luらは、ラット鼻の嗅粘膜由来の嗅神経鞘細胞を、完全切断したラットの脊髄に移植したところ、運動機能が著しく回復し、脊髄反射の下行性抑制が著しく修復され、それに伴って切断部位を越えて軸索が成長したとの知見を得、ヒトの中枢神経である脊髄損傷の再生治療にも応用できる可能性が示された(非特許文献2参照)。
【0006】
嗅粘膜は成人においても採取可能であるため、自家移植できるという点でその期待は急速に高まり、臨床治験が行われている。例えば、ポルトガルでは、カルロス・リマらが脊髄損傷患者に嗅粘膜を自家移植して治療効果があったと報告している(非特許文献3参照)。また自家移植ではないが、中国では、黄らが中心となって、2002年より脊髄損傷患者に対するヒト胎児由来嗅神経鞘細胞移植の臨床治験が行われ、一部患者では改善が得られたと報告している(非特許文献4参照)。
【0007】
このように、嗅神経鞘細胞や嗅粘膜を損傷部位に移植することにより、中枢神経損傷の一つである脊髄損傷を治療する方法は、一定の成果を上げてはいるが、依然としてその効果は限定的であり、さらなる機能回復を獲得するためには、該治療方法を改良することが必要である。
【0008】
損傷を受けた脊髄内の軸索が再生しない別な原因の一つは、損傷部位のグリア瘢痕に蓄積するコンドロイチン硫酸プロテオグリカン類(CSPG)や、ミエリン膜上のNogoタンパクなどが軸索伸長の阻害活性を有することであると考えられている。したがって、これら阻害物質の作用を抑制すれば脊髄の軸索再生を促進できる可能性がある。
【0009】
CSPGや、ミエリン膜上のNogoタンパクなどの阻害物質の作用を抑制する因子となり得る有望なターゲットの一つとして、低分子量GTP結合タンパク質Rhoからのシグナルの大部分を媒介する情報伝達分子であるRhoキナーゼを阻害する物質が考えられている(非特許文献5参照)。
【0010】
そうした背景があり、Rhoキナーゼ阻害剤を脊髄の軸索再生に適用する試みが、様々検討されてきた。例えば、Derghamらは、マウス胸髄背側部の損傷時にRhoキナーゼ阻害剤であるY27632((R)−(+)−トランス−N−(4−ピリジル)−4−(1−アミノエチル)シクロヘキサンカルボキサミド)を損傷部位に適用すると、皮質脊髄路の軸索の再生を促進すること、および該阻害剤がBBBスコアを指標とした運動機能の回復も促進することを示した(非特許文献6参照)。
【0011】
Rhoキナーゼ阻害剤としては、これまでに様々な物質が知られており、このような化合物としては、例えば、ROKα(ROCK−II)、p160ROCK(ROKβ、ROCK−I)およびその他のセリン/スレオニンキナーゼ活性を有するタンパク質を阻害する化合物が挙げられる。その具体例としては、ヘキサヒドロ−1−(5−イソキノリンスルホニル)−1H−1,4−ジアゼピン(特許文献1および2参照)、(R)−トランス−N−(ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)シクロヘキサンカルボキサミド、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献2または3参照)、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン、1−(5−イソキノリンスルホニル)−2−メチルピペラジン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献4または非特許文献7参照)、(1−ベンジルピロリジン−3−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献5参照)、(1−ベンジルピペリジン−4−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献6参照)、N−[2−(4−フルオロフェニル)−6,7−ジメトキシ−4−キナゾリニル]−N−(1H−インダゾール−5−イル)アミン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献7参照)、N−4−(1H−インダゾール−5−イル)−6,7−ジメトキシ−N−2−ピリジン−4−イル−キナゾリン−2,4−ジアミン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献8参照)、および4−メチル−5−(2−メチル−[1,4]ジアゼパン−1−スルホニル)イソキノリン等のRhoキナーゼ阻害剤(特許文献9参照)などが知られている。
【0012】
しかしながら、脊髄損傷などの中枢神経損傷に対する中枢神経再生治療に際して、嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織の移植とRhoキナーゼ阻害剤の投与を組み合わせて行うことを特徴とする中枢神経の再建に関しての報告は、未だかつてない。
【特許文献1】特開昭61−227581号公報
【特許文献2】特開平11−349482号公報
【特許文献3】国際公開第98/06433号パンフレット
【特許文献4】国際公開第00/09162号パンフレット
【特許文献5】国際公開第97/23222号パンフレット
【特許文献6】国際公開第01/56988号パンフレット
【特許文献7】国際公開第02/100833号パンフレット
【特許文献8】国際公開第02/076976号パンフレット
【特許文献9】国際公開第02/076977号パンフレット
【特許文献10】国際公開第99/64011号パンフレット
【非特許文献1】川口、実験医学、第20巻、第5号(増刊)、796−803頁、2002年
【非特許文献2】Lu et al.,Brain,125,14−21(2002)
【非特許文献3】Laurance Johnston et al.,”OLFACTORY−TISSUE TRANSPLANTATION FOR SCI: PORTUGAL CLINICAL TRIALS”,[online],2003年,[平成18年2月15日検索],インターネット<URL: http://www.healingtherapies.info/OlfactoryTissue2.htm>
【非特許文献4】岩波ら、PTジャーナル、第39巻、第6号、539−546頁、2005年
【非特許文献5】香月、日本薬理学雑誌、第120巻、第4号、260頁、2002年
【非特許文献6】Dergham P.,et al.,J. Neurosci.,22,6570−6577(2002)
【非特許文献7】Uehata,M.,et al.,Nature,389,990−994(1997)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
本発明の目的は、中枢神経損傷(例えば、脊髄損傷)の損傷部位に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植することにより中枢神経を再建する再生治療を行うに際して、その再生治療の効果を増強させる薬剤を提供するものである。また本発明の他の目的は、前記薬剤を用いて前記再生治療の効果を増強する方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、前記課題を解決すべく種々検討を重ねた結果、中枢神経損傷(例えば、脊髄損傷)に対して嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を損傷部位に移植して中枢神経を再建する再生治療を行うに際し、当該患者にRhoキナーゼ阻害剤を投与することにより、その再生治療効果を顕著に増強させ得ることを見出し、さらに検討を重ねて本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明は、
[1]中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤であって、Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤、
[2]中枢神経損傷が、脊髄損傷、外傷性脳損傷、脳血管障害に基づく脳損傷、または脳手術後の脳損傷である上記[1]に記載の効果増強剤、
[3]中枢神経損傷が脊髄損傷であることを特徴とする上記[2]に記載の効果増強剤、
[4]注射剤の剤形である上記[1]〜[3]のいずれかに記載の効果増強剤、
[5]点滴静注するための上記[4]に記載の効果増強剤、
[6]嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織が嗅粘膜である上記[1]〜[5]のいずれかに記載の効果増強剤、
[7]嗅粘膜が自家嗅粘膜である上記[1]〜[6]のいずれかに記載の効果増強剤、
[8]Rhoキナーゼ阻害剤が塩酸ファスジル水和物であることを特徴とする上記[1]〜[7]のいずれかに記載の効果増強剤、
[9]中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療に際し、前記患者にRhoキナーゼ阻害剤を投与することを特徴とする中枢神経再生治療の効果増強法、および
[10]中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤を製造するためのRhoキナーゼ阻害剤の使用
に関する。
【発明の効果】
【0016】
中枢神経損傷(例えば、脊髄損傷)患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療に際し、当該患者にRhoキナーゼ阻害剤を投与することによって、再生治療の効果を顕著に増強することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明の効果増強剤は、中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して脊髄を再建する再生治療における効果増強剤であって、Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分とすることを特徴とする。
【0018】
本発明でいう「中枢神経損傷」とは、脳および脊髄からなる中枢神経に損傷を受けることによる疾患をいい、例えば、脊髄損傷、外傷性脳損傷、脳血管障害(例えば、脳出血、脳梗塞など)に基づく脳損傷、脳手術後の脳損傷などが挙げられる。
【0019】
本発明でいう「嗅神経鞘細胞」とは、嗅神経細胞の軸索の周りを取り囲む細胞である。ヒトにおける嗅神経鞘細胞の位置を図1に示す。
【0020】
本発明でいう「該細胞を含む粘膜組織」とは、具体的には「嗅粘膜」が好適に挙げられる。
【0021】
本発明でいう「嗅粘膜」は、主嗅覚器として鼻腔内の鼻中隔上部と左右の上部鼻甲介上部に囲まれた部位にあり、例えばヒトにおいては左右各々約2cm程度の面積を持つものである。嗅粘膜は、嗅上皮および嗅粘膜固有層から構成され、嗅神経鞘細胞は、主に嗅粘膜固有層に存在する。
【0022】
本発明に係る再生治療を実施するに際して、まず、「嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織」を調製する。
嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織の調製は、哺乳動物の鼻に存在する「嗅粘膜」を含む粘膜組織を摘出することで行われ、好ましくは嗅粘膜、さらに好ましくは嗅粘膜固有層を摘出することで行われる。ヒトにおける該摘出箇所は、図2に示す部位が好ましいが、嗅粘膜が主体となっておれば、呼吸粘膜(嗅神経鞘細胞を含まない)が混在していてもよい。摘出された嗅粘膜は、必要に応じて細断するなどして脊髄損傷部位に移植しやすい形態にすることができる。
【0023】
また、嗅粘膜由来の嗅神経鞘細胞を培養し、単離して用いることもでき、そのための培養・単離方法は、自体公知の方法で行うことができる。例えば、摘出した嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織を、10%ウシ胎仔血清を加えたダルベッコ改変イーグル培地(DMEM)で3〜4日間培養し、その後DMEM無血清培地で2〜3週間培養し、後者の培地を週2回投入して培養してからトリプシン−EDTAを用いることによって、嗅神経鞘細胞を単離してもよい。さらに、この単離した嗅神経鞘細胞を適当な培地(例えば、DMEM、血清添加DMEMなど)に懸濁して使用することもできる。
【0024】
嗅神経鞘細胞および該細胞を含む粘膜組織のソースとしては、ヒト成体(自家移植または他家移植)、ヒト胎児(同種移植)、ヒト死体(同種移植)およびブタなど他の哺乳動物(異種移植)などが挙げられるが、ドナーの問題、移植後に起こり得る免疫拒絶反応の問題、倫理の問題などを考慮すると、移植を受けるヒト成体(自家移植)が好ましい。
【0025】
嗅神経鞘細胞および該細胞を含む粘膜組織の移植は中枢神経損傷部位で行われる。移植は、様々な方法で行うことができるが、中枢神経損傷が脊髄損傷である場合、例えば次のようにして行うことができる。
患者を全身麻酔下で、正中切開を行い、適切なレベルで筋肉を骨膜下に剥離する。硬膜開口中、筋肉、骨、硬膜外腔を慎重に扱う。病変部全体にわたる範囲で椎弓切除を行う。外科的処置による脊髄変形を避けるため、かつ嗅神経鞘細胞移植後に構造的な再生が可能になるように、椎弓の全体を切除する。培養した嗅神経鞘細胞の懸濁液を、脊髄の病変部における頭側部と尾側部に隣接した部位に注入するか、嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織を切除部位の空隙に充填することによって移植する。
【0026】
また、中枢神経損傷が脳損傷である場合、例えば次のようにして行われる。
患者に対して全身麻酔下、開頭術を施行し、患部を開いて嗅粘膜鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)を移植する。脳梗塞などでは患部周辺に定位的に嗅粘膜鞘細胞を注入してもよい。また、脳梗塞急性期などでは経血管的に嗅粘膜鞘細胞を患部に投与してもよい。さらに、脳損傷慢性期においては、すでに形成されたグリア瘢痕組織を除去した後に移植を行ってもよく、または患部周辺に嗅粘膜鞘細胞を注入してもよい。
【0027】
また移植時期としては、患者の状態などに応じて、中枢神経損傷後直ちに行ってもよいし、または1〜数週間後に行ってもよい。さらに慢性期移植では、損傷後数ヶ月から数年経過している場合も対象になり、場合によってはリハビリテーション等で回復が望めなくなった患者に対して行ってもよい。
【0028】
本発明では、上記移植治療の効果を増強するために、下記するRhoキナーゼ阻害剤を用いる。
【0029】
本発明でいう「Rhoキナーゼ阻害剤」は、Rhoキナーゼの活性を阻害する物質である。Rhoキナーゼは、GTP(グアノシン三リン酸)の分解酵素であるGTPアーゼの範疇に含まれる低分子量GTP結合タンパク質(低分子量Gタンパク質)の1種である。Rhoキナーゼは、アミノ酸末端にセリン/スレオニンキナーゼ領域、中央部にコイルドコイル領域およびカルボキシ末端にRho相互作用領域を有する(Amano et al.,Exp.Cell.Res.,261,44−51(2000))。
【0030】
本発明の有効成分であるRhoキナーゼ阻害剤としては、前記特許文献1〜9に記載の化合物が挙げられ、具体的には、例えばヘキサヒドロ−1−(5−イソキノリンスルホニル)−1H−1,4−ジアゼピン、(R)−トランス−N−(ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)シクロヘキサンカルボキサミド、(R)−(+)−N−(1H−ピロロ[2,3−b]ピリジン−4−イル)−4−(1−アミノエチル)ベンズアミド、1−(5−イソキノリンスルホニル)ホモピペラジン、1−(5−イソキノリンスルホニル)−2−メチルピペラジン、(1−ベンジルピロリジン−3−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、(1−ベンジルピペリジン−4−イル)−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、N−[2−(4−フルオロフェニル)−6,7−ジメトキシ−4−キナゾリニル]−N−(1H−インダゾール−5−イル)アミン、N−4−(1H−インダゾール−5−イル)−6,7−ジメトキシ−N−2−ピリジン−4−イル−キナゾリン−2,4−ジアミン、および4−メチル−5−(2−メチル−[1,4]ジアゼパン−1−スルホニル)イソキノリンなど、または上記各化合物の薬学的に許容される塩が挙げられる。本発明においては、上記各化合物またはその薬学的に許容される塩は、含水物、水和物及び溶媒和物も包含される。
【0031】
Rhoキナーゼ阻害剤の薬学的に許容される塩としては、例えば、無機酸(例えば、塩酸、リン酸、臭化水素酸、硫酸)との塩、あるいは有機酸(例えば、酢酸、ギ酸、プロピオン酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、酒石酸、クエン酸、リンゴ酸、蓚酸、安息香酸、メタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸)との塩などが挙げられる。
【0032】
本発明においては、上記各化合物のうち、ヘキサヒドロ−1−(5−イソキノリンスルホニル)−1H−1,4−ジアゼピンまたはその薬学的に許容できる塩が好ましく、ヘキサヒドロ−1−(5−イソキノリンスルホニル)−1H−1,4−ジアゼピン塩酸塩(塩酸ファスジル)がさらに好ましく、塩酸ファスジル1/2水和物が特に好ましい。
【0033】
本発明の効果増強剤は、種々の製剤形態、例えば液剤、固形剤、半固形剤などをとり得るが、一般的にはRhoキナーゼ阻害剤のみ、またはそれと薬学的に許容される担体と共に注射剤、噴霧剤、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)、錠剤、丸剤、散剤、顆粒剤、カプセル剤などの製剤として、経口または非経口に適した剤形とされる。
【0034】
上記担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤、pH調整剤等として配合される。また必要に応じて、保存剤、抗酸化剤、甘味剤等の製剤添加物を用いることもできる。上記賦形剤の好適な例としては、例えば乳糖、白糖、D−マンニトール、デンプン、結晶セルロース、軽質無水ケイ酸等が挙げられる。上記滑沢剤の好適な例としては、例えばステアリン酸マグネシウム、ステアリン酸カルシウム、タルク、コロイドシリカ等が挙げられる。上記結合剤の好適な例としては、例えば結晶セルロース、白糖、D−マンニトール、デキストリン、ヒドロキシプロピルセルロース、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリビニルピロリドン等の高分子化合物等が挙げられる。上記崩壊剤の好適な例としては、例えばデンプン、カルボキシメチルセルロース、カルボキシメチルセルロースカルシウム、クロスカルメロースナトリウム、カルボキシメチルスターチナトリウム等が挙げられる。上記溶剤の好適な例としては、例えば注射用水、アルコール(エタノールなど)、ポリアルコール(プロピレングリコール、ポリエチレングリコールなど)、マクロゴール、ゴマ油、大豆油、トウモロコシ油、プロピレングリコール脂肪酸エステル等が挙げられる。上記溶解補助剤の好適な例としては、例えばポリエチレングリコール、プロピレングリコール、D−マンニトール、安息香酸ベンジル、エタノール、トリスアミノメタン、コレステロール、トリエタノールアミン、炭酸ナトリウム、クエン酸ナトリウム等が挙げられる。上記懸濁化剤の好適な例としては、例えばステアリルトリエタノールアミン、ラウリル硫酸ナトリウム、ラウリルアミノプロピオン酸、レシチン、塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、モノステアリン酸グリセリン等の界面活性剤;例えばポリビニルアルコール、ポリビニルピロリドン、カルボキシメチルセルロースナトリウム、メチルセルロース、ヒドロキシメチルセルロース等が挙げられる。上記等張化剤の好適な例としては、例えば塩化ナトリウム、グリセリン、D−マンニトール等が挙げられる。上記緩衝剤の好適な例としては、例えばリン酸塩、酢酸塩、炭酸塩、クエン酸塩、ホウ酸塩、グルタミン酸塩、イプシロンアミノカプロン酸塩、トリス緩衝液等の緩衝液等が挙げられる。無痛化剤の好適な例としては、例えばベンジルアルコール等が挙げられる。上記pH調整剤の好適な例としては、例えば塩酸、水酸化ナトリウム、リン酸、酢酸等が挙げられる。上記保存剤の好適な例としては、例えばパラオキシ安息香酸エステル類、クロロブタノール、ベンジルアルコール、フェネチルアルコール、デヒドロ酢酸、ソルビン酸等が挙げられる。上記抗酸化剤の好適な例としては、例えば亜硫酸塩、アスコルビン酸等が挙げられる。上記甘味料の好適な例としては、例えばアスパルテーム、サッカリンナトリウム、ステビア等が挙げられる。
【0035】
上記注射剤は、水性注射剤または油性注射剤のいずれでもよい。水性注射剤とする場合、公知の方法に従って、例えば、水性溶媒(注射用水、精製水など)に、薬学上許容される添加剤、例えば上記した等張化剤、緩衝剤、保存剤、増粘剤、安定化剤、pH調整剤などを適宜添加した溶液に、Rhoキナーゼ阻害剤を溶解することにより調製することができる。溶解後、その溶液をフィルターなどで濾過して滅菌し、次いで無菌的な容器に充填してもよく、また適当な上記溶解補助剤などを使用してもよい。また、油性注射剤とする場合、油性溶媒としては、例えば、ゴマ油、トウモロコシ油または大豆油などが用いられる。適当な上記溶解補助剤などを使用してもよい。調製された注射剤は、通常、適当なアンプルまたはバイアルなどに充填される。
【0036】
噴霧剤も製剤上の常套手段によって調製することができる。噴霧剤として製造する場合、その添加剤としては、一般に吸入用製剤に使用される添加剤であればいずれのものであってもよく、例えば、噴霧剤の他、上記した溶剤、保存剤、安定化剤、等張化剤、pH調整剤などが用いられる。噴霧剤としては、液化ガス噴霧剤または圧縮ガスなどが用いられる。液化ガス噴霧剤としては、例えば、フッ化炭化水素(HCFC22、HCFC−123、HCFC−134a、HCFC142などの代替フロン類など)、液化石油、ジメチルエーテルなどが挙げられる。圧縮ガスとしては、例えば、可溶性ガス(炭酸ガス、亜酸化窒素ガスなど)または不溶性ガス(窒素ガスなど)などが挙げられる。
【0037】
また、本発明の効果増強剤は、生体分解性高分子を用いて、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)とすることもできる。該徐放性製剤は公知の方法に従って製造することができる。前記徐放性製剤に使用される生体内分解性高分子は、公知の生体内分解性高分子のなかから適宜選択できるが、例えばデンプン、デキストランまたはキトサンなどの多糖類、コラーゲンまたはゼラチンなどのタンパク質、ポリグルタミン酸、ポリリジン、ポリロイシン、ポリアラニンまたはポリメチオニンなどのポリアミノ酸、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸・グリコール酸重合体または共重合体、ポリカプロラクトン、ポリ−β−ヒドロキシ酪酸、ポリリンゴ酸、ポリ酸無水物またはフマル酸・ポリエチレングリコール・ビニルピロリドン共重合体などのポリエステル、ポリオルソエステルまたはポリメチル−α−シアノアクリル酸などのポリアルキルシアノアクリル酸、ポリエチレンカーボネートまたはポリプロピレンカーボネートなどのポリカーボネートなどが挙げられる。
【0038】
投与方法としては、全身的または局所的に、経口または非経口で投与できる。例えば、注射剤を用いる場合は、静脈内投与、腹腔内投与、または嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)を移植した部位もしくはその近傍に直接注射(徐放性ポンプによる持続投与など)して投与することができ、好ましくは静脈内投与、さらに好ましくは点滴静注である。また、徐放性製剤として多孔性スポンジまたは埋め込み式ポンプを用いる場合には、移植した嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に接するか、あるいはそれに近い部位に埋め込む方法が挙げられる。
【0039】
有効成分の投与量は、剤形、疾患(中枢神経損傷)の程度または年齢などに応じて適宜選択されるが、通常、1日当たり約1mg〜1g、好ましくは約10mg〜500mgである。1日の投与回数は1〜数回とすることができる。
【0040】
本発明の効果増強剤は、さらに肝実質細胞増殖因子(以下、HGFと略記する)タンパク質と併用してもよい。
【0041】
上記HGFタンパク質としては、例えば特開平3−72833号公報の第1図に記載されているアミノ酸配列、または該アミノ酸配列の161〜165番目の5個のアミノ酸残基が欠失している5アミノ酸欠損型HGFタンパク質などが挙げられる。これらアミノ酸配列を有するタンパク質は、HGFとしてのマイトーゲン活性、モートゲン活性などを有する。
【0042】
HGFタンパク質を併用する場合、該HGFタンパク質は、注射剤や噴霧剤、あるいは生体分解性高分子と共に、徐放性製剤(例えば、多孔性スポンジ、デポ剤など)などとすることができる。
【0043】
徐放性製剤を用いる場合には、例えば、移植した嗅神経鞘細胞もしくは該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に接するか、あるいはそれに近い部位に埋め込む方法が挙げられる。注射剤または噴霧剤を用いる場合は、移植した嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)に直接注射(徐放性ポンプによる持続投与など)するか、噴霧する方法が挙げられる。また注射剤を用いる場合は、髄腔内(intrathecal)投与してもよい。
【0044】
以下に実施例を用いて本発明を説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【実施例】
【0045】
[試験方法]
(嗅粘膜および呼吸粘膜の摘出および調製)
8週齢のSprague−Dawley(SD)雌ラットをネンブタール500μg/100gの腹腔内投与により麻酔し、ラット鼻腔を頭部方向に縦割し鼻中隔を露出した。嗅神経鞘細胞を含む嗅粘膜は鼻中隔上の尾側上部に存在し黄色調である。これの吻側に存在する嗅神経鞘細胞を含まない呼吸粘膜は灰白色調で、嗅粘膜よりやや薄い色調である。嗅粘膜および呼吸粘膜をそれぞれ摘出し、1mm四方に細切した。
【0046】
(脊髄損傷動物の調製)
他の同種ラットをネンブタール100μg/100gの腹腔内投与により麻酔し、保温器を用いて直腸温度を37±0.5℃に維持した。該ラットに対して第8−9胸椎レベルにて椎弓切除を行い、脊髄を露出した。露出した脊髄を幅2mm摘出し、腹側の硬膜まで確認し、幅2mmの完全離断とした。図3にラットの脊髄を幅2mmで完全離断した部位の写真を示す。このようにして、2mm幅の脊髄摘出腔をもつラット脊髄離断モデルを調製した。
【0047】
(嗅粘膜または呼吸粘膜の移植)
ラット脊髄離断モデル(1群5匹)の2mm幅の脊髄摘出腔に、上記細切した嗅粘膜または呼吸粘膜をその脊髄に作った2mm幅の空隙が埋まるまで充填した後、閉創した。図3に嗅粘膜を移植した部位の写真を示す。
【0048】
(Rhoキナーゼ阻害剤の投与)
Rhoキナーゼ阻害剤として、塩酸ファスジル水和物注射剤(商品名:エリル注S、旭化成ファーマ株式会社製)を用い、この注射剤を嗅粘膜を移植したラット脊髄離断モデルに1日1回、10mg/kg/日、腹腔内投与した。14日間継続して投与を行った。
【0049】
(運動機能評価方法)
本発明に無関係な独立した2人が、BBBスコア(Bassoら、Journal of Neurotrauma(1995)12、1−21頁)を用いて、後肢運動機能評価を術後8週まで毎週行った。
【0050】
[試験結果]
結果を図4および図5に示す。図4は嗅粘膜移植の対照群(OM)と呼吸粘膜移植の対照群(RM)とを比較したものであり、図5は嗅粘膜移植の対照群(OM)と嗅粘膜移植Rhoキナーゼ阻害剤投与群(OM+fasudil)とを比較したものである。
図4の結果より、ラット脊髄離断モデルにおいて、嗅粘膜移植の対照群は呼吸粘膜移植の対照群に比べて有意に後肢運動機能の改善されたことが判る。また図5から嗅粘膜移植に際してRhoキナーゼ阻害剤を投与することで、運動機能がさらに改善されたことが判る。
【産業上の利用可能性】
【0051】
中枢神経損傷に対して、嗅神経鞘細胞または該組織を含む粘膜組織(例えば、嗅粘膜)を損傷部位に移植して中枢神経を再建する再生治療を行うに際して、Rhoキナーゼ阻害剤を投与することによって、再生治療の効果を増強することができる。
【図面の簡単な説明】
【0052】
【図1】図1は、ヒトの嗅神経鞘細胞の位置を示す模式図を示す。
【図2】図2は、ヒトの鼻部分の断面と嗅粘膜の摘出箇所を示す模式図である。
【図3】図3は、ラットの脊髄を露出した写真(A)、そのラット脊髄を2mm幅で完全離断した写真(B)、および前記完全離断した脊髄損傷部位にラットの嗅粘膜を移植した部位の写真(C)を示す。
【図4】図4は、実施例におけるラット脊髄離断モデルの運動機能評価について、嗅粘膜移植群(OM)と呼吸粘膜移植群(RM)とを比較した結果を示す。
【図5】図5は、実施例において嗅粘膜移植を行ったラット脊髄離断モデルの運動機能評価について、Rhoキナーゼ投与群とRhoキナーゼ非投与群とを比較した結果を示す。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤であって、Rhoキナーゼ阻害剤を有効成分とすることを特徴とする効果増強剤。
【請求項2】
中枢神経損傷が、脊髄損傷、外傷性脳損傷、脳血管障害に基づく脳損傷、または脳手術後の脳損傷である請求項1に記載の効果増強剤。
【請求項3】
中枢神経損傷が脊髄損傷であることを特徴とする請求項2に記載の効果増強剤。
【請求項4】
注射剤の剤形である請求項1〜3のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項5】
点滴静注するための請求項4に記載の効果増強剤。
【請求項6】
嗅神経鞘細胞を含む粘膜組織が嗅粘膜である請求項1〜5のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項7】
嗅粘膜が自家嗅粘膜である請求項1〜6のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項8】
Rhoキナーゼ阻害剤が塩酸ファスジル水和物であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載の効果増強剤。
【請求項9】
中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療に際し、前記患者にRhoキナーゼ阻害剤を投与することを特徴とする中枢神経再生治療の効果増強法。
【請求項10】
中枢神経損傷患者に嗅神経鞘細胞または該細胞を含む粘膜組織を移植して中枢神経を再建する再生治療における効果増強剤を製造するためのRhoキナーゼ阻害剤の使用。

【図4】
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【図5】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2007−246466(P2007−246466A)
【公開日】平成19年9月27日(2007.9.27)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−74380(P2006−74380)
【出願日】平成18年3月17日(2006.3.17)
【出願人】(504176911)国立大学法人大阪大学 (1,536)
【出願人】(304021831)国立大学法人 千葉大学 (601)
【Fターム(参考)】