説明

乾燥方法および乾燥装置

【課題】液状体の塗布領域上部において均一性の高い蒸気濃度分布を実現する。
【解決手段】乾燥炉外形5の内のステージ4の上に設置された基板1の上には、機能膜の溶液を塗布する塗布領域2の外側に立て板3が設けられている。立て板3の材質はステンレス鋼などの金属が用いられ、基板1上に設置される。基板1端部は、塗布領域2内では蒸気が発生し続けるのに対し、塗布領域外には蒸気の発生源がなく、塗布領域2外への拡散が起こるために濃度差が発生する。立て板3を設けることにより、基板1と平行な方向への蒸気の拡散が抑制され、塗布領域2端部の蒸気濃度が基板1中央部の蒸気濃度に近づいていく。立て板3の高さの選択により拡散の抑制効果を得られ、塗布領域2上で均一性の高い蒸気濃度分布を実現できる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ある機能を持った物質を溶媒に溶解させて液状体とし、この液状体を基板に塗布した後に、乾燥により成膜を行う技術に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電子機器には、乾燥によって機能膜を得た電子デバイスを使用しているものが多くある。例えば、ディスプレイとして使用される光学素子は、ガラス板上に配置された隔壁で区切られた画素領域(セル)へ機能膜が形成される。ディスプレイでは、輝度ムラや色ムラのない高画質なもの(品質のよいもの)が求められる。これは、セル内に形成される画素(機能膜)厚さと密接な関係があり、画素厚さにばらつきがあると、品質低下の原因となる。
【0003】
画素厚さにおけるばらつきの1つに面内ムラと呼ばれるものがある。ディスプレイのパネル面上には多数のセルが存在する。セル内に形成された画素のセル内における平均厚さが均一でない場合には、画素厚さによって輝度や色に変化が生じ、パネル面上において部分的に明るすぎるところ、暗いところ、色が異なるところ等が発生する。これらを防ぐため、各セル内の画素の平均膜厚は均一になることが求められる。
【0004】
光学素子は、原体となる材料を有機溶媒に溶解して作成したインクを基板上に塗布し、減圧下で溶媒を乾燥させて機能膜を形成するという方法で製造される。だが、機能膜の形状はインクを構成する溶媒の蒸発速度に大きく影響され、また、蒸発速度は基板上の溶媒蒸気濃度に依存する。そのため、パネル面上において溶媒の蒸気濃度を均一にして乾燥することが必要となる。
【0005】
従来の乾燥方法としては、例えば特許文献1のように、基板の一面側における空間を、基板の外形に合わせて物理的に区画した上で乾燥させるものがある。図4は、特許文献1に記載された従来の乾燥方法を示す図である。
【0006】
図4において、基板1に液状の個体パターン6が塗布されている。基板1の塗布側に区画のための仕切り部材7が設置され、さらに仕切り部材7の上には貫通孔9を多数有する整流板8が設置される構造となっている。個体パターン6の配置領域と仕切り部材7によって区画された空間領域との基板面内距離は、個体パターン6を構成する液状体蒸気の平均自由工程ないしその100倍の距離の範囲内で設定されている。かかる構造によって、整流板8を通って液状体蒸気の流れが均一となるため、蒸気濃度が均一に保って乾燥することが可能となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2007−90200号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、このような従来の構成では、液状体の個体パターンと区画領域境界との基板面内距離が液状体蒸気の平均自由工程の100倍以内という規定を設けている。大気中における気体の平均自由工程は数十nmオーダであり、その100倍でも高々数μmオーダであるため、従来の構成でのモノづくりは非常に厳しい条件となる。
【0009】
また、区画領域境界の高さについては制限がないが、区画領域境界が高いほど装置としてのスペースを必要とする一方、高さによっては所望の均一性を有する蒸気濃度分布が得られないという課題を有している。さらには、多孔体整流板を使うと装置の部品点数が増え、コスト増加にもつながることになる。
【0010】
本発明は、前記従来技術の課題を解決するものであり、液状体の塗布領域上部において均一性の高い蒸気濃度分布を実現することを可能とした乾燥方法および乾燥装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
前記の目的を達成するために、本発明に係る乾燥方法は、基板に塗布領域を設定し、前記塗布領域に溶液を塗布した後に乾燥させて機能膜を形成する乾燥方法であって、前記基板上における前記塗布領域周辺に立て板を設置した状態で前記溶液を乾燥させることを特徴とする。
【0012】
また、本発明の乾燥装置は、基板を設置するステージと、前記基板に設定された塗布領域に溶液を塗布する塗布機構と、前記塗布領域に塗布された溶液を乾燥させて機能膜を形成する乾燥機構と、前記基板上における前記塗布領域周辺に設置される立て板と、を備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、液状体蒸気の濃度分布を均一にすることで、乾燥後に基板上に形成される機能膜の均一性を高くすることができるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の実施形態1における乾燥方法を行う基板の概略を示す図であって、(a)長手方向の断面図、(b)上面図、(c)斜視図
【図2】本実施形態1における解析で得られた蒸気濃度分布を示すコンター図
【図3】本実施形態1における解析で得られた基板上の蒸気濃度分布図であって、(a)立て板がない場合の蒸気濃度分布図、(b)塗布領域端から立て板までの距離が1mmの場合の蒸気濃度分布図、(c)塗布領域端から立て板までの距離が0.5mmの場合の蒸気濃度分布図、(d)塗布領域端から立て板までの距離が2mmの場合の蒸気濃度分布図
【図4】従来の乾燥方法を示す図
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面を参照して本発明における実施形態を詳細に説明する。
【0016】
(実施形態1)
図1は本発明の実施形態1における乾燥方法を示す概略図であって、(a)は長手方向の断面図であり、(b)は上面図であり、(c)は斜視図である。
【0017】
図1において、基板1は、乾燥装置の乾燥炉外形5の内に設けられているステージ4の上に設置されている。基板1の上には、機能膜となる材料を溶媒に融解させた溶液が塗布機構(例えばノズルなど)を用いて塗布される塗布領域2と、塗布領域2の外側に設けられた立て板3が存在する。立て板3の材質としては、ステンレス鋼などの金属がよく用いられる。また、立て板3は、蒸気の流れを制御する目的で設置するので、基板1の全周にわたって設置されることが好ましい。
【0018】
溶液の塗布・乾燥過程においては、基板1に電気を流すことはないため、絶縁性を考慮する必要はなく、基板1の上に立て板3を設置することが可能である。したがって、立て板3は、塗布領域2に塗布される溶液の溶媒によって溶解・腐食されることがなければ樹脂材料などであってもよい。溶液の乾燥過程は、乾燥装置内の乾燥機構を用いて行われる。
【0019】
また、立て板3は塗布領域2内に入り込まなければよく、可能であれば塗布領域2の端に隣接する、つまりは塗布領域2端部からの距離0の位置に設けてもよい。
【0020】
また、立て板3の塗布領域2端部からの距離は特に制限はないが、溶液の乾燥後に得られる機能膜の厚さを均一にするという目的を達するには50mm以内であることが望ましい。さらには、適切な距離の範囲が存在するが、これについては後述する。
【0021】
塗布領域2に塗布された溶液からは蒸発によって蒸気が生成され、蒸気は乾燥炉外形5の内部空間へ、下記(数1)に示す拡散方程式に従って拡散する。
【0022】
【数1】

【0023】
また、液状体から蒸発して生成される蒸気は、蒸気の濃度と蒸発速度との間に、下記(数2)の関係がある。
【0024】
【数2】

【0025】
上記(数2)からもわかるように、蒸発速度は蒸気の濃度勾配に比例する。溶液を乾燥させた後に形成される膜形状は、溶液(液状体)の蒸発速度と相関がある。そのため、塗布領域2の全面にわたって均一性の高い膜形状を得るためには、塗布領域2上面の蒸気濃度分布を均一性の高い分布とする必要がある。
【0026】
また、上記(数2)は、空間内における蒸気の移動速度も表しており、濃度勾配の大きな場所ほど蒸気の移動が多いことも示している。
【0027】
ここで、均一性の高い蒸気濃度分布を得るための方法を検討するため、数値解析によって蒸気濃度分布の計算を行った。ここでは、溶液の溶媒としてシクロヘキシルベンゼンを用いて計算を行った例で説明する。
【0028】
解析に用いたモデルは、図1と同等のものである。基板1の大きさは370mm×470mmであるが、長手方向での2次元断面を解析の対象領域とし、さらには図形の対称性を利用して、対称軸で分割した1/2のモデルを用いて解析を実施した。解析には、アンシス・ジャパン株式会社製の汎用流体解析ソフトFLUENTを使用した。基板1上に塗布領域2を設けると、塗布領域2からは蒸発速度Jに相当する蒸気が発生する。乾燥炉内の圧力および温度については、大気圧下、室温(25℃)とした。
【0029】
図2は、立て板3がない場合について、塗布終了後(蒸発開始)から120秒後の基板1上における蒸気濃度を示したコンター図である。また、図3(a)は、この場合における基板1上で、基板より0.1mm上方における蒸気濃度分布を示している。図3(a)において、横軸は基板1中央からの位置を示している。縦軸に示す蒸気濃度は、基板1中央における蒸気濃度で無次元化した値で示している。この定義に従えば、無次元化蒸気濃度は基板1中央で1となり、他の位置においては、無次元化蒸気濃度が1に近い値に集まるほど、すなわち無次元化蒸気濃度分布の最大値と最小値の差が小さいほど、均一性が高いという指標になる。
【0030】
図2,図3(a)の双方からわかるように、蒸気濃度は、基板1中央部ではほぼ一定の値を示しているが、基板1中央部から離れるに従って徐々に低くなり、基板1端部近傍では急激に低くなる。上記(数2)から考えると、基板1中央部においては、基板1上のある点における蒸気濃度は周囲の蒸気濃度とほとんど差がない。そのため、基板1と平行な方向への蒸気の移動はほとんど起こらず、蒸気濃度はほぼ一定の状態が保たれる。一方、基板1端部においては、塗布領域2内では蒸気が発生し続けるのに対し、塗布領域2外には蒸気の発生源がなく、塗布領域2外への拡散が起こるために濃度差が発生する。
【0031】
これらの現象から考え、発明者らは、塗布領域2端における蒸気の拡散を抑制すれば、均一性の高い濃度を得られることを見出した。
【0032】
図3(b)は、図1(a)に示す塗布領域2の端から1mm離れたところに立て板3を設置した場合の蒸気濃度分布を示している。縦軸の蒸気濃度分布については、上述と同様の方法で無次元化して示している。図3(b)には、立て板3の高さを5〜70mmまで変えた結果を示している。また、下記(表1)には、濃度ばらつきを示す指標として、各立て板高さに対する無次元化蒸気濃度の最大値と最小値の差(無次元化濃度幅)を示している。
【0033】
【表1】

【0034】
図3(a),(b)を比べると明らかなように、立て板3があることによって蒸気の拡散が抑制され、塗布領域2端部における蒸気濃度が基板1中央部の蒸気濃度に近づいていることがわかる。これは、立て板3によって基板1と平行な方向への拡散は抑制されるためであると考えられる。また、これらの図から、立て板3が低い場合には拡散の抑制効果が小さく、塗布領域2内での濃度上昇効果は塗布領域2端部のごく近傍に限られていることが読取れる。
【0035】
立て板高さが8.5mmまではこの状態にあると言える。立て板3が高くなるにしたがって拡散の抑制効果は大きくなり、立て板3がない場合には空間内へ広がっていくべき蒸気が立て板3で跳ね返り、立て板3近傍で蒸気の濃度が高くなる。立て板3近傍で濃度が高くなっていると、逆に蒸気の濃度が低くなっている塗布領域2中央部へ蒸気が移動していくため、塗布領域2内中央部分での濃度が再び大きくなる。
【0036】
立て板高さ30mmにおける分布はこの遷移状態にあたる分布を示していると思われ、そのため、基板1中央部よりも離れたところで無次元化蒸気濃度が最大値を示している。また、立て板高さ70mmでは、拡散抑制効果が塗布領域2全域にわたって現れた状態と考えられ、塗布領域2中央部近傍で最大値を示す分布に戻る。ただし、塗布領域2中央部と端部における濃度差は小さくなっている。
【0037】
以上の傾向から考えると、塗布領域2内における蒸気濃度分布を均一にするための立て板高さには、適当な範囲が存在することがわかる。
【0038】
ここで、塗布領域2内に塗布され乾燥後に形成される機能膜については、製造上の条件の1つとして、膜厚さのばらつきを10%以内に抑えることが求められる。乾燥後の膜厚は、乾燥中の塗布領域2上部空間の蒸気濃度分布に大きく依存し、厚さばらつきを10%以内に抑えるためには、蒸気濃度分布を5%以内とする必要がある。
【0039】
蒸気濃度分布のばらつきを5%以内で収めようとすると、立て板3の高さとしては5〜30mmの範囲にするか、あるいは70mm以上にすればよいことがわかる。しかし、70mm以上の立て板3は5〜30mmの立て板3と比べると当然ながら材料コストが上がるので、材料コストの観点から、5〜30mmが立て板3の高さの最適範囲と言える。
【0040】
塗布領域2端部から立て板3までの距離を0.5mmおよび2mmに変えた解析も実施した。図3(c)は距離0.5mmとした場合の、また図3(d)は距離2mmとした場合の無次元化蒸気濃度分布を示している。図3(a),(b)と同様、基板より0.1mm上での蒸気濃度を、基板中央における値で無次元化した分布としている。また、(表2)には無次元化蒸気濃度分布の最大値と最小値の差(無次元化濃度幅)を示している。
【0041】
【表2】

【0042】
前述と同様に、蒸気濃度差を5%以内とすることを考えると、距離0.5mmの場合はいずれの場合も条件を満たしており、立て板高さが5mm以上であればよいことになる。逆に、距離2mmの場合はいずれの場合も条件を満たしていない。70mm以上に条件を満たす領域が存在する可能性はあるが、材料コスト面から考えると適当ではない。このことから、蒸気濃度差5%以内を実現するためには、少なくとも塗布領域2端部から1mm以内の距離に立て板3を設ける必要があることがわかる。
【0043】
なお、本実施形態においては、モデルを示した図1(a)からも明らかなように、特許文献1の図4に見られるような整流板8がなくても均一性の高い濃度分布を実現していることから、部品点数を削減することも可能である。そのため、材料コスト面からも有利である。
【0044】
また、立て板3の材質については特に問わないが、溶液に使われる溶媒に対する腐食性を考慮すると金属材料が望ましい。
【0045】
かかる構成によれば、立て板3の塗布領域2端部からの距離を0.5〜1mm、立て板3の高さを5〜30mmとすることにより、塗布領域2上面外への蒸気の拡散が抑えられ、塗布領域2上面における蒸気濃度分布を濃度差5%以内で均一性を高めることができる。
【0046】
なお、本実施形態において、塗布領域には全面にわたって溶液が塗布された状態で説明したが、例えば光学素子形成に用いられる構造のように、隔壁で区分けされた構造中の各セルに溶液を塗布したようなものに対してもこの方法は適用可能である。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明に係る乾燥方法および乾燥装置は、液状体の蒸発によって発生する蒸気の濃度分布の均一性を高める効果を有し、ディスプレイの光学素子形成や回路基板形成等の、溶液を乾燥させて機能膜を形成するあらゆるプロセスへの適用が可能である。
【符号の説明】
【0048】
1 基板
2 塗布領域
3 立て板
4 ステージ
5 乾燥炉外形
6 個体パターン
7 仕切り部材
8 整流板
9 貫通孔

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板に塗布領域を設定し、前記塗布領域に溶液を塗布した後に乾燥させて機能膜を形成する乾燥方法であって、
前記基板上における前記塗布領域周辺に立て板を設置した状態で前記溶液を乾燥させる、
乾燥方法。
【請求項2】
前記立て板は、前記塗布領域の端部より0.5〜1mmの距離をあけて設置された、
請求項1に記載の乾燥方法。
【請求項3】
前記立て板は、高さ5〜30mmである、
請求項1または2に記載の乾燥方法。
【請求項4】
前記立て板は、前記基板全周にわたって設置された、
請求項1から3いずれか1項に記載の乾燥方法。
【請求項5】
基板を設置するステージと、
前記基板に設定された塗布領域に溶液を塗布する塗布機構と、
前記塗布領域に塗布された溶液を乾燥させて機能膜を形成する乾燥機構と、
前記基板上における前記塗布領域周辺に設置される立て板と、を備えた、
乾燥装置。
【請求項6】
前記立て板は、前記塗布領域の端部より0.5〜1mmの距離をあけて設置された、
請求項5に記載の乾燥装置。
【請求項7】
前記立て板は、高さ5〜30mmである、
請求項5または6に記載の乾燥装置。
【請求項8】
前記立て板は、前記基板全周にわたって設置された、
請求項5から7いずれか1項に記載の乾燥装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2011−240309(P2011−240309A)
【公開日】平成23年12月1日(2011.12.1)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−117193(P2010−117193)
【出願日】平成22年5月21日(2010.5.21)
【出願人】(000005821)パナソニック株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】