説明

亜鉛めっき液、亜鉛めっき方法および鋼材の水素脆化感受性評価方法

【課題】水素脆化感受性を評価する鋼材表面に施す亜鉛めっきに用いる亜鉛めっき液およびその亜鉛めっき方法と、その方法で高濃度の拡散性水素を封入した試験片を用いて行う水素脆化感受性評価方法を提案する。
【解決手段】拡散性水素を導入した鋼材表面に施す亜鉛めっきを、塩化亜鉛:20〜70g/l、塩化アンモニウム:140〜230g/l、ホウ酸:1〜100g/l、減極剤:0.1〜20g/l、光沢剤:0.001〜20g/l、平滑化剤:0.01〜50g/lを含有する亜鉛めっき液を用いて行うことにより上記拡散性水素を封入し、その後、水素脆化感受性を評価する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、建築・土木や産業機械、タンク、ラインパイプ、自動車用ドアの補強材、高力ボルト、橋梁用ケーブル、ワイヤ、PC鋼棒等に用いられる高強度鋼材の水素脆化感受性を評価する際、評価するのに先立って水素封入のために鋼材(試験片)に施す亜鉛めっきに用いる亜鉛めっき液および亜鉛めっき方法、ならびに、その方法で亜鉛めっきを施した試験片を用いた水素脆化感受性評価方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
鋼構造物の大型化や軽量化のニーズを背景として、構造部材に用いられる鋼材の高強度化が指向されている。しかし、鋼材は、一般に、高強度化に伴って、鋼中に侵入した水素、特に、室温において鋼中を拡散できる拡散性水素によって脆化が起こり易くなる(水素脆化感受性が高くなる)傾向がある。そのため、例えば、高力ボルトの分野では、JIS B1186(2004年)において、F11T級ボルト(引張強さ1100〜1300N/mm)には「なるべく使用しない」との註が付けられているように、高強度鋼の使用は限定的である。
【0003】
鋼材の水素脆化に起因する割れは、材料の使用開始から数十年の歳月を経て発生する場合もあることから「遅れ破壊」とも呼ばれている。耐水素脆化特性の評価は、通常、促進試験によって行われている。上記促進試験による鋼材の水素脆化感受性の評価方法については、今日までに種々の提案がなされているが、中でも限界拡散性水素量や水素脆化危険度指数を用いた評価方法は、水素脆化感受性の評価方法として有効であることが知られており、例えば、特許文献1〜3に記載されているように、耐水素脆化特性に優れた材料を開発する上での評価指針として用いられている。
【0004】
上記の限界拡散性水素量や水素脆化危険度指数は、試験片の内部に水素を導入した後、その水素の放出を防止するめっき処理を施してから、低歪速度引張試験や定荷重試験等の機械的試験法によって求められる。めっき処理を行うのは、機械的試験中に材料から水素が放出されてしまうと、正確な限界拡散牲水素量や水素脆化危険度指数を求めることができなくなるからである。
【0005】
水素の放出を防止する方法としては、上記特許文献1には、試験片の表面にカドミウムめっきを施す方法が開示されている。しかし、カドミウムめっきは、環境に多大な負荷を与える他、人体に対する悪影響が大きいため、カドミウムを取り扱うための特殊な施設や、特別なノウハウを持った機関でのみしか実施ができないという問題がある。
【0006】
そこで、この問題に対処するため、特許文献2および3には、カドミウムめっきの代替として、試験片の表面に亜鉛めっきを施す方法が提案されている。しかし、上記特許文献2には、亜鉛めっきを施す際のめっき液組成やめっき条件についての開示が無いため、実施することが難しいという問題がある。
【0007】
一方、特許文献3には、めっき液組成やめっき条件についての開示はあるものの、その方法で試験片中に封入可能な拡散性水素量は、最大でも4.8massppmでしかない。しかし、溶接部等を想定した場合には、4.8massppmよりも多くの拡散性水素が材料に侵入する場合も十分に有り得ることである。したがって、鋼材の耐水素脆化特性を正確に評価するためには、4.8massppmより多い量の拡散性水素を封入した評価試験をも実施できることが必要である。
【0008】
さらに、鋼材の水素脆化感受性を評価するためには、促進試験とは言え、150時間以上を要する場合があり、この試験期間中に試験片から水素が放出してしまうと、水素量と水素脆化感受性との関係を正確に把握することができなくなる。したがって、封入できる水素量が多いだけでなく、促進試験中、長時間に亘って封入した水素を保持できるめっき方法が必要とされる。
【特許文献1】特開平11−270531号公報
【特許文献2】特許第3631090号公報
【特許文献3】特開2005−069815号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、従来の技術では、限界拡散性水素量や耐水素脆化安全度指数の測定に必要不可欠な、4.8massppmを超える拡散性水素を試験片中に長時間に亘って封入する技術が確立していないため、多量の拡散性水素を含む鋼材の水素脆化感受性を精度よく評価することができなかった。
【0010】
本発明は、上記実情に鑑みなされたものであり、その目的とするところは、環境および人体への悪影響が軽減でき、しかも、従来法に比べてより多くの拡散性水素を長時間に亘って封入可能な亜鉛めっきに用いる亜鉛めっき液およびその亜鉛めっき方法と、その方法で低濃度から高濃度に亘る拡散性水素を封入した試験片を用いて行う水素脆化感受性評価方法を提案することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
発明者らは、従来技術が抱える上記問題点を解決すべく、めっき液組成およびめっき条件に関して詳細な検討を行った。その結果、主として塩化亜鉛と塩化アンモニウムからなるめっき液中に添加する各種添加剤の組成および添加量を適正化することによって、従来の亜鉛めっきやカドミウムめっきに比べてより多くの拡散性水素を長時間に亘って鋼中に封入することができることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、水素脆化感受性を評価する鋼材表面に施す亜鉛めっきに用いる亜鉛めっき液であって、その亜鉛めっき液は、塩化亜鉛:20〜70g/l、塩化アンモニウム:140〜230g/l、ホウ酸:1〜100g/l、芳香族カルボン酸および芳香族カルボン酸の塩から選ばれる1種以上の減極剤:0.1〜20g/l、芳香族アルデヒド、芳香族ケトン、ナフタリンスルホン酸ソーダ、2エチルへキシル硫酸ソーダおよびフェニルチオ尿素から選ばれる1種以上の光沢剤:0.001〜20g/l、ポリエチレングリコール、ジカルボン酸およびジアミンから選ばれる1種以上の平滑化剤:0.01〜50g/lを含有することを特徴とする亜鉛めっき液である。
【0013】
また、本発明は、水素脆化感受性を評価する鋼材表面に亜鉛めっきを施す方法であって、その亜鉛めっき方法は、上記の亜鉛めっき液のpHを5.0〜6.5、温度を10〜45℃として、陰極電流密度:0.3〜6A/dmで1分以上行うことを特徴とする亜鉛めっき方法である。
【0014】
また、本発明は、鋼材に水素を含有させてから上記の方法で亜鉛めっきを施し、その後、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験、または定荷重引張試験を行い、限界拡散性水素量を求めることを特徴とする鋼材の水素脆化感受性評価方法である。
【0015】
また、本発明は、鋼材に水素を含有させてから上記の方法で亜鉛めっきを施し、その後、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、下記式;
耐水素脆化安全度指数(%)=100×(X/X
ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
:拡散性水素を含む試験片の絞り
より耐水素脆化安全度指数を求めることを特徴とする鋼材の水素脆化感受性評価方法である。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、従来法と比べて、環境および人体への悪影響が軽減され、かつ、より多くの拡散性水素を材料中に長時間封入することが可能となるため、従来よりも多量の拡散性水素を含有する鋼材の水素脆化感受性を高い精度で評価することが可能になる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
本発明に係る水素脆化感受性評価方法は、鋼材(試験片)に、種々の量の拡散性水素を含有させてから、試験中に試験片から水素が抜け出るのを防止するため亜鉛めっきを施し、その後、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験、または定荷重引張試験を行い、限界拡散性水素量あるいは耐水素脆化安全度指数を求めることによって鋼材の水素脆化感受性を評価する方法において、本発明の亜鉛めっき液およびめっき方法によって、従来の技術では実現できなかった高い濃度の拡散性水素を長時間に亘って試験片中に封入することを可能とし、もって、高い濃度の拡散性水素を含有する試験片の水素脆化感受性の評価を可能としたところに特徴がある。
【0018】
先ず、本発明の特徴である、高濃度の水素を封入可能なめっきを形成するのに不可欠な亜鉛めっき液の成分組成について説明する。
塩化亜鉛:20〜70g/l
塩化亜鉛は、亜鉛めっきの金属亜鉛源として添加するが、20g/l未満では、陰極電流効率が低下し、鋼材の全面に緻密な亜鉛めっき層が形成されず、鋼中水素の封入能力が低下する。一方、70g/lを超えると、めっき層の均一電着性が低下し、鋼材全面に緻密なめっき層を形成することができなくなり、鋼中水素の封入能力を失う。よって、本発明では、塩化亜鉛の含有量を20〜70g/lの範囲とするのが好ましい。より好ましくは、30〜60g/lの範囲である。
【0019】
塩化アンモニウム:140〜230g/l
塩化アンモニウムは、陰極電流効率を適正化する効果があり、均一電着性と、鋼材全面に緻密なめっき層を形成するために添加する。塩化アンモニウムの含有量が140g/l未満では、めっき層が緻密にならず、鋼中水素の封入能力を失う。一方、230g/lを超えると、陰極電流効率が低下し、めっき層が緻密とならないため、鋼中水素の封入能力を失う。よって、本発明では、塩化アンモニウムの添加量を140〜230g/lの範囲内とするのが好ましい。より好ましくは150〜220g/lの範囲である。
【0020】
ホウ酸:1〜100g/l
ホウ酸は、pHを安定させるためのpH緩衝剤として添加する。ホウ酸の含有量が1g/l未満ではその効果が不十分であり、安定して緻密なめっき層を形成することができないため、鋼中水素の封入能力を失う。逆に、100g/lを超えて添加しても、その効果が飽和するだけである。よって、ホウ酸は1〜100g/lの範囲で添加するのが好ましい。より好ましくは、5〜50g/lの範囲である。
【0021】
減極剤:0.1〜20g/l
減極剤は、電極に停滞して電極反応の進行を妨げる放電生成物を取り除くために添加するもので、芳香族カルボン酸およびその塩を好適に用いることができる。これらの減極剤の含有量が、芳香族カルボン酸およびその塩の合計で0.1g/l未満では、めっき層にクモリが発生して、鋼中水素の封入能力を失う。一方、20g/lを超えると、めっき層にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。従って、減極剤は0.1〜20g/lの範囲で添加するのが好ましい。より好ましくは、1〜10g/lの範囲である。なお、減極剤としては、上記の芳香族カルボン酸およびその塩の他に、安息香酸、フタル酸、サリチル酸およびそれらのナトリウム塩、カリウム塩なども用いることができる。
【0022】
光沢剤:0.001〜20g/l
光沢剤は、均一電着性やめっき表面の平滑化および密着性を改善するために添加する。この光沢剤としては、芳香族アルデヒド、芳香族ケトン、ナフタリンスルホン酸ソーダ、2エチルへキシル硫酸ソーダ、フェニルチオ尿素から選ばれる1種または2種以上を好適に用いることができる。なお、芳香族アルデヒドや芳香族ケトンとしては、ベンズアルデヒド、アセトフェノン、ベンザルアセトン等を好ましく用いることができる。光沢剤の含有量は、0.001g/l未満では、めっき層にクモリが発生して鋼中水素の封入能力を失う。一方、20g/lを超えると、めっき層にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。よって、本発明では、光沢剤は0.001〜20g/lの範囲で含有するのが好ましい。より好適には0.005〜10g/lの範囲である。
【0023】
平滑化剤:0.01〜50g/l
平滑化剤は、主に、めっき表面を平滑化するために添加する。このような効果を有するものとしては、ポリエチレングリコール、ジカルボン酸、ジアミン等が挙げられる。なお、ジカルボン酸やジアミンとしては、ポリエチレンオキシジカルボン酸(MW4000)、ポリエチレンオキシジカルボン酸(MW6000)、ポリエチレンオキシジアミン(MW6000)等を好適に用いることができる。平滑化剤の含有量は、ポリエチレングリコール、ジカルボン酸、ジアミンから選ばれる1種以上を0.01g/l以上とするのが好ましい。0.01g/l未満では、平滑化作用が不十分なため、めっき表面が粗くなり、鋼中水素の封入能力を失う。一方、50g/lを超えて添加しても、平滑化効果は飽和してしまう。よって、本発明では、上記平滑化剤は、0.01〜50g/lの範囲で含有するのが好ましい。より好適には、0.5〜30g/lである。
【0024】
次に、上記亜鉛めっき液を用いて亜鉛めっきを行う際のめっき条件について説明する。
液温:10〜45℃
亜鉛めっき液の温度(浴温)は、緻密な亜鉛めっきを得るために管理する。10℃未満では、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。一方、45℃を超えた場合も、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。よって、液温は10〜45℃の範囲とするのが好ましい。より好適には、20〜35℃の範囲である。
【0025】
pH:5.0〜6.5
pHは、緻密な亜鉛めっきを得るために管理する。pHが、5.0未満では、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。一方、6.5を超えた場合も、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。よって、pHは5.0〜6.5の範囲内とするのが好ましい。より好適には、5.5〜6.2の範囲である。
【0026】
陰極電流密度:0.3〜6A/dm
陰極電流密度は、緻密な亜鉛めっきを得るために管理する。0.3A/dm未満の場合は、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。一方、6A/dmを超えた場合も、亜鉛めっき中にピットが発生し、鋼中水素の封入能力を失う。よって、めっき時の陰極電流密度は0.3〜6A/dmの範囲とするのが好ましい。より好適には、0.5〜5A/dmの範囲である。
【0027】
めっき時間:1分以上
めっき時間は、高い濃度の水素を長時間封入するために必要な厚さのめっき層を得るために管理するが、1分未満ではめっき層の厚さが薄いため、充分な量の水素を十分な時間封入することができない。従って、めっき時間は1分以上とするのが好ましい。より好ましくは、2分以上である。なお、上限は特に規定しないが、試験片の内部に水素を導入してから低歪速度引張試験や定荷重引張試験を開始するまでの時間によって、適宜定めればよい。
【0028】
上記めっき液組成およびめっき条件で亜鉛めっきを施すことにより、緻密で均一なめっき層の被膜を試験片の表面に付与することができる。また、上記範囲であれば、めっき密着性も格段と向上するので、従来法に比べてより多くの拡散性水素を封入でき、めっき直後から150時間経過後でも、めっき直後の拡散性水素の90%以上を維持することが可能である。
【0029】
次に、本発明の水素脆化感受性評価方法における、限界拡散性水素量を求めるための低歪速度引張試験と定荷重引張試験について説明する。
低歪速度引張試験と限界拡散性水素量の測定
低歪速度引張試験とは、試験片に対して、低歪速度で荷重を負荷する引張試験のことである。鋼材の水素脆化は、応力集中部に拡散性水素が集積することによって生じる現象であるが、応力集中部に拡散性水素が集積するには時間が必要であるため、正確な水素脆化感受性の評価を行うためには、歪速度を1×10−3/秒以下とするのが好ましい。1×10−3/秒より大きくなると、応力集中部に拡散性水素が集積する前に破断に至ってしまうため、正確な水素脆化感受性が評価できない。より好適には、1×10−4/秒以下である。ここで、上記歪速度は、試験片の平行部における歪速度である。なお、この試験で用いる試験片の形状は、棒状、板状、コニカル状等いずれでも良く、切り欠きについてもその有無は問わない。
【0030】
限界拡散性水素量は、拡散性水素をX(massppm)含有している試験片に対して、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、破断強度がY(N/mm)であった場合に、その拡散性水素量Xを、破断強度Yに対応する「限界拡散性水素量」と定義したものである。ただし、限界拡散性水素量は、上記引張試験における応力−歪曲線で最大応力を示す前に破断した場合にのみ定義することができ、最大応力を示した後に破断した場合には、限界拡散性水素量とは言わない。
【0031】
定荷重引張試験による限界拡散性水素量の測定
定荷重引張試験とは、試験片に対して一定の荷重を負荷する引張試験のことである。図1は、定荷重引張試験から得られる拡散性水素量と破断時間の関係を例示したものである。試験片中に含まれる拡散性水素量が多ければ多いほど早く破壊が起こり、少なければ少ないほど破壊が起こるまでの時間が長くなるが、拡散性水素量がある値以下では遅れ破壊が起こらなくなる。そして、この遅れ破壊が起こらなくなる上限の拡散性水素量を「限界拡散性水素量」と定義する。この試験で用いる試験片の形状も、棒状、板状、コニカル状等いずれでも良く、切り欠きについてもその有無は問わない。
【0032】
なお、低歪速度引張試験で得られたある破断強度に対応する限界拡散性水素量は、上記破断強度と同じ応力を負荷した定荷重引張試験から得られる限界拡散性水素量と一致する。
【0033】
上記限界拡散性水素量は、その値が高い程、水素脆化感受性が低い、即ち、水素脆化し難いことを意味する。そして、一般には、限界拡散性水素量が0.05massppm未満の鋼材は、水素脆化感受性が高く、構造部材として用いることが危険であると評価することができる。より安全性を求めるのであれば、限界拡散性水素量は0.1massppm以上であることが好ましい。
【0034】
耐水素脆化安全度指数
水素脆性感受性を示す指標として、上記限界拡散性水素量の他に、耐水素脆化安全度指数を用いてもよい。この耐水素脆化安全度指数は、実質的に拡散性水素を含まない試験片を引張試験したときの絞りXと、ある量の拡散性水素を含む試験片を引張試験したときの絞りXの比であり、下記式;
耐水素脆化安全度指数(%)=100×(X/X
(XおよびX:JIS Z2241(2004年)に準拠して求めた絞り)
で定義される。なお、材料の延性の度合いを示す指標としては、伸びや絞りなどがあるが、伸びは、平滑試験片の場合、破断位置の影響を受け易く、一方、絞りはその影響が小さいため、本発明では絞りを用いる。一般に、この耐水素脆化安全度指数が75%を下回る鋼材は、水素脆化感受性が高く、構造部材として用いることが危険である。したがって、構造部材としては、耐水素脆化安全度指数が75%以上の鋼材を用いることが好ましい。より好ましくは、80%以上である。なお、上記絞りに代えて、引張強さ、あるいは、延性破面率を用いてもよい。
【0035】
ところで、鋼材(試験片)に、拡散性水素を導入する方法としては、陰極水素チャージ法や酸浸漬法等が好適である。また、試験片中に導入した拡散性水素の量の測定は、試験片を室温から300℃までを昇温速度50〜12000℃/hrで昇温し、昇温する間に放出される水素の量を、ガスクロマトグラフや質量分析計等で求め、図2に示したような水素放出曲線を得、この曲線から、例えば、室温〜300℃までの間で放出された水素量を積分することにより求めることができる。もちろん、従来法のグリセリン法を用いても良い。
【実施例1】
【0036】
引張強さが500〜1800N/mm級の調質鋼材から丸棒平滑試験片および平板試験片(板厚t:0.5mm)を採取し、陰極水素チャージ法によって各試験片に異なる量の拡散性水素を導入後、表1−1および表1−2に示した組成のめつき液およびめっき条件で各試験片に亜鉛めっきを施し、その後、下記の試験に供した。
<拡散性水素量の測定>
丸棒平滑試験片中に含まれる、めっき直後の拡散性水素量と、めっき終了から150時間経過後、アノード電解によってめっき層を完全に溶解除去した後の拡散性水素量を求めた。拡散性水素量の測定は、ガスクロマトグラフ式の昇温脱離式水素分析試験法を用いて、室温から620℃までの温度範囲を200℃/hで昇温して図2に示したような水素放出曲線を得、この曲線から、室温〜300℃までの間で放出された水素量を求めて、拡散性水素量とした。
<水素封入能力の評価>
上記拡散性水素量の測定の結果、めっき直後の水素量に対して、めっき終了から150時間経過後の水素量が90%以上である場合を合格と評価した。なお、めっき直後の丸棒引張試験片に、引張強さの90%の定荷重をかけた状態で150h保持した試験片についても、拡散性水素量の測定を行ったが、荷重負荷の有無によって水素量に差はないことを確認している。
<めっき密着性の評価>
めっき密着性の評価は、0t曲げ試験およびテープ剥離試験を用いて行った。ここで、0t曲げ試験とは、亜鉛めっきを施した平板試験片を、評価面が外側となるようにして、180°折り曲げて隙間なく密着させる、いわゆる、密着曲げ試験のことであり、また、テープ剥離試験とは、該折り曲げた評価面に粘着性のあるテープを貼り付け、これを急速かつ強く引き剥がして、引き剥がしたテープに付着した亜鉛めっきの面積から、下記式;
テープテスト黒化度(%)=100×(試験後のテープ表面に付着している亜鉛めっきの面積)/(試験後のテープの折り曲げ部に相当する面積)
で定義されるテープテスト黒化度を求めて密着性を評価する試験である。
なお、本実施例では、密着性を、黒化度が0以上10未満の場合を密着性良(◎)、10以上20未満の場合を密着性やや良(○)、20以上30未満の場合を密着性劣(△)、30以上の場合を密着性悪(×)と評価し、◎および○を合格、△および×を不合格と評価した。
【0037】
上記測定の結果を表2に示した。表2から、本発明に適合する条件で亜鉛めっきを施した発明例No.1〜19の試験片は何れも、4.8massppm以下は勿論、4.8massppmを上回る拡散性水素量においても、めっき終了後から150h経過後でも、めっき直後の90%以上の拡散性水素が保持されており、封入能力に優れていることがわかる。また、本発明例の亜鉛めっきの密着性も良好であった。これに対して、本発明に適合していない条件で亜鉛めっきを施した比較例No.20〜38は、何れも、水素の封入能力が90%未満と低く、めっき密着性も劣っており、水素脆化感受性の評価試験には用いることができないことがわかる。
【0038】
【表1−1】

【0039】
【表1−2】

【0040】
【表2】

【実施例2】
【0041】
陰極水素チャージによって拡散性水素を導入後、亜鉛めっきを施して水素を封入した表1−1のNo.1〜19に示した引張試験片を用いて、下記の要領で低歪速度引張試験と定荷重引張試験の両試験を行い、限界拡散性水素量を同定した。
<低歪速度引張試験>
亜鉛めっき後の丸棒引張試験片を、室温に24時間保持して試験片内の水素濃度を均一化してから、歪速度1×10−6/秒の低歪速度で引張試験を行い、破断強度を求めた。一方、試験片中の拡散性水素の量は、同じく、亜鉛めっき後、室温で24時間保持してから、亜鉛めっきをアノード電解によって完全に溶解除去し、その後直ちに、実施例1と同様にしてガスクロマトグラフ式の昇温脱離式水素分析試験を行い、測定した。そして、限界拡散性水素量は、拡散性水素量がX(massppm)で、破断強度がY(N/mm)の場合に、応力Yに対応する限界拡散性水素量をXと定義した。ただし、限界拡散性水素量は、応力−歪曲線で最大応力を示す前に破断した場合にのみ定義し、最大応力を示した後で破断した場合には、限界拡散性水素量とは定義しなかった。
<定荷重引張試験>
定荷重引張試験は、供試材から環状切り欠き付き丸棒引張試験片を採取し、この試験片に、陰極水素チャージ法によって種々のレベルの拡散性水素を導入後、表1−1のNo.1〜19の試験片と同じ条件で、亜鉛めっきを施し、試験片内の水素濃度を均一化させる目的で室温にて24時間保持し、その後、引張強さの90%の応力を負荷して、荷重から破断までの時間を測定し、図1に例示したような拡散性水素量と破断時間との関係を求め、荷重負荷開始から100時間以上経過しても破断(遅れ破壊)を生じない上限の拡散性水素量を、限界拡散性水素量として求めた。なお、拡散性水素量は、低歪速度引張試験の場合と同様にして測定した。
【0042】
上記測定の結果を、表2に併記して示した。なお、No.2および4の鋼材は、低歪速度引張試験では、最大応力を示した後で破断したため、限界拡散性水素量は定義されなかった。この結果から、本発明によれば、4.8massppmを超える拡散性水素を含有している鋼材でも、限界拡散性水素量を測定できることがわかる。また、No.8,10,11,13および19からわかるように、低歪速度引張試験から求めた限界拡散性水素量と、定荷重引張試験から求めた限界拡散性水素量は、低歪速度引張試験の破断強度と定荷重引張試験の負荷応力が同じ場合には、同じ値を示しており、いずれの方法で同定される限界拡散性水素量も、両者の荷重が同じ場合には一致することが確認された。
【実施例3】
【0043】
実施例2の低歪速度引張試験と同じ条件の陰極水素チャージおよび亜鉛めっきを施した試験片を用いて、実施例2と同条件で低歪速度引張試験を行い、破断後の試験片からJIS Z2241に準拠して絞りXを測定した。また、水素チャージ無しの拡散性水素を実質的に含まない丸棒試験片を用意し、この試験片についても実施例2と同条件で低歪速度引張試験を行い、破断後の試験片から絞りXを測定した。そして、耐水素脆化安全度指数を下記式;
耐水素脆化安全度指数(%)=100×(X/X
から求めた。なお、拡散性水素量の測定は、実施例2と同様にして行った。
【0044】
上記耐水素脆化安全度指数の測定結果を、表2中に併記して示した。この結果から、No.1〜19の鋼材は、いずれも、耐水素脆化安全度指数が75%以上を示しており、構造用材料として水素脆性を起こすことなく安全に用いることができるものであることがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0045】
【図1】定荷重引張試験により限界拡散性水素量を求める方法を説明するグラフである。
【図2】昇温脱離式水素分析試験によって求められる水素放出曲線の一例を示すグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
水素脆化感受性を評価する鋼材表面に施す亜鉛めっきに用いる亜鉛めっき液であって、その亜鉛めっき液は、塩化亜鉛:20〜70g/l、塩化アンモニウム:140〜230g/l、ホウ酸:1〜100g/l、芳香族カルボン酸および芳香族カルボン酸の塩から選ばれる1種以上の減極剤:0.1〜20g/l、芳香族アルデヒド、芳香族ケトン、ナフタリンスルホン酸ソーダ、2エチルへキシル硫酸ソーダおよびフェニルチオ尿素から選ばれる1種以上の光沢剤:0.001〜20g/l、ポリエチレングリコール、ジカルボン酸およびジアミンから選ばれる1種以上の平滑化剤:0.01〜50g/lを含有することを特徴とする亜鉛めっき液。
【請求項2】
水素脆化感受性を評価する鋼材表面に亜鉛めっきを施す方法であって、その亜鉛めっき方法は、請求項1に記載の亜鉛めっき液のpHを5.0〜6.5、温度を10〜45℃として、陰極電流密度:0.3〜6A/dmで1分以上行うことを特徴とする亜鉛めっき方法。
【請求項3】
鋼材に水素を含有させてから請求項2に記載の方法で亜鉛めっきを施し、その後、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験、または定荷重引張試験を行い、限界拡散性水素量を求めることを特徴とする鋼材の水素脆化感受性評価方法。
【請求項4】
鋼材に水素を含有させてから請求項2に記載の方法で亜鉛めっきを施し、その後、1×10−3/秒以下の低歪速度引張試験を行い、下記式より耐水素脆化安全度指数を求めることを特徴とする鋼材の水素脆化感受性評価方法。

耐水素脆化安全度指数(%)=100×(X/X
ここで、X:実質的に拡散性水素を含まない試験片の絞り
:拡散性水素を含む試験片の絞り

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2007−262557(P2007−262557A)
【公開日】平成19年10月11日(2007.10.11)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−93149(P2006−93149)
【出願日】平成18年3月30日(2006.3.30)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】