説明

光学式エンコーダの設計方法

【課題】センサヘッドの大型化とスケ−ルの傾きによって生じる変位計測誤差を抑えながら、つなぎ合わせスケールを用いて長範囲に渡って変位計測を行うことを目的としている。
【解決手段】光学式エンコーダのセンサ光学系1は、つなぎ合わせスケール2を用いて長範囲に渡る変位計測を行うため、単独の光源10、マルチプローブ生成機構11、及び複数の受光素子13から成る受光素子ユニット12を構成要素の一部とする。単独の光源10から照射された光から、マルチプローブ生成機構11により、互いの間隔が比較的短いマルチプローブが生成される。マルチプローブは、つなぎ合わせスケール2の上に照射する。それぞれのプローブからの出力が独立に検出できるように、受光素子ユニット13は複数の受光素子14から構成されている。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、精密変位センサである光学式エンコーダのスケールをつなぎ合わせ、計測面積を拡大する際に生じる問題を解決するための、光学式エンコーダの設計方法に関わるものである。
【背景技術】
【0002】
半導体製造装置や超精密工作機械において、数百ミリメートル以上の範囲に渡ってナノメートルオーダーのテーブル位置決め精度が実現されているが、このような長いストロークに渡る精密位置決めを実現するためのフィードバック用変位センサとしては、レーザ干渉測長器と光学式エンコーダが代表的である。近年は、空気外乱への耐性の観点から、光学式エンコーダが採用される傾向にある。
【0003】
前記の長いストロークに渡る精密位置決めにおいて、次世代の半導体ウェハや液晶パネル等に対応するため、500mm以上の範囲に渡ってナノメートルオーダーの位置決め精度が要求されつつある。
【0004】
一方、光学式エンコーダの分解能は、主に計測基準として用いられるスケールの目盛のピッチによって決まる。また、光学式エンコーダの計測範囲はスケールの大きさに依存する。
【0005】
市販の光学式エンコーダでは、サブマイクロメートルのピッチを持つスケールを用いることにより、サブナノメートルの高い分解能を実現している。このようなスケールの多くは、2光波干渉を用いたリソグラフィー技術によって製造されている。製造装置の制限により、サブマイクロメートルのピッチを持つ長さ500mm以上のスケールは市販されておらず、要求されつつある計測範囲に対応できていないのが現状である(例えば、非特許文献1〜3参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平6−194186号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】ソニーマニュファクチュアリングシステムズ株式会社 レーザスケールカタログ
【非特許文献2】ハイデンハイン株式会社 リニアエンコーダカタログ
【非特許文献3】ミツトヨ株式会社 リニヤスケールカタログ
【非特許文献4】T Jitsuno, S Motokoshi, T Okamoto, T Mikami, D Smith, M L Schattenburg, H Kitamura, H Matsuo, T Kawasaki, K Kondo, H Shiraga, Y Nakata, H Habara, K Tsubakimoto,R Kodama, K A Tanaka, N Miyanaga, and K Mima: Development of 91 cm size gratings and mirrors for LEFX laser system, Journal of Physics: Conference Series 112 (2008) 1-4.
【非特許文献5】A. Teimel: Technology and applications of grating interferometers in high-precision measurement, Precision Engineering, 14-3(1992), pp. 147-154.
【非特許文献6】Akihide Kimura, Wei Gao, Yoshikazu Arai, Zeng Lijiang: Design and construction of a two-degree-of-freedom linear encoder for nanometric measurement of stage position and straightness, Precision Engineering, 34 (2010), pp. 145−155.
【0008】
2光波干渉を用いたリソグラフィー技術を用いて、910mm×420mmに領域に渡って回折格子の加工に成功した例もある。この手法は、2光波の干渉エリアを格子面内方向に沿って走査させることで、広い面積に渡る回折格子製造に成功している(非特許文献4参照)。しかしながら、装置や環境管理が高コストであるという問題がある。
【0009】
複数のスケールをつなぎ合わせれば(以下、つなぎ合わせスケール2と呼ぶ)、低コストでスケール面積を拡大できる。しかしながら、光学式エンコーダのセンサ部からの入射光が2枚のスケール間のギャップに照射した場合、スケール用回折格子からの回折光量が減少し、変位計測の基準となる干渉信号の振幅も減少する。その結果、2枚のスケール間のギャップ付近でのSN比が悪化する。また、2枚のスケールの間をつなぎ合わせた時に生じ得る相対的なスケールの目盛のずれは、変位計測結果に誤差を生じさせる。
【0010】
前記の問題を解決するためのセンサユニットが開発されている(特許文献1参照)。センサ部は、所定の間隔で変位方向に配置された2つのセンサヘッドで構成され、片方の読取り部がつなぎ目付近に来ると、もう一方の読み取り部から検出される変位情報を選択する。2箇所の読取り部からの変位検出結果を適切に選択してつなぎ合わせることで、つなぎ合わせスケールが持つ問題を排除した変位計測を実現している。しかしながら、1つのセンサヘッドの大きさの制限から、2つのセンサヘッドの間隔はある程度確保しなければならない。2つのセンサヘッドに大きな間隔が存在する状況で、スケールに傾きが生じると、2つのセンサヘッドからの変位検出結果に違いが生じ、最終的な変位計測結果に誤差を発生させる。また,複数のセンサヘッドが必要であるため、測定部の構造が煩雑になり易い。加えて、光学式エンコーダが有する計測誤差である内挿誤差は、スケールとセンサヘッド間の相対姿勢に大きく影響を受けるため、各センサヘッドの変位検出特性を揃えるためにセンサヘッド間の相対的な姿勢の調整にも手間が掛かる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、互いに近接して配置した複数のプローブを用いて、それぞれのプローブから独立に変位情報を検出できる光学式エンコーダのセンサ光学系により、センサヘッドの大型化とスケ−ルの傾きによって生じる変位計測誤差を抑えながら、つなぎ合わせスケールを用いて長範囲に渡って変位計測を行うことを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明は、つなぎ合わせスケールを用いて長範囲に渡る変位計測を行うための光学式エンコーダの設計方法に関するものである。本発明で提案する光学式エンコーダのセンサ光学系は、図1のように単独の光源、マルチプローブ生成機構、及び複数の受光素子から成る受光素子ユニットを構成要素の一部とする。単独の光源から照射された光から、マルチプローブ生成機構により、互いの間隔が比較的短いマルチプローブが生成される。マルチプローブは、つなぎ合わせスケールの上に照射する。それぞれのプローブからの出力が独立に検出できるように、受光素子ユニットは複数の受光素子から構成されている。複数のプローブからの変位検出結果を適切に選択してつなぎ合わせることで、つなぎ合わせスケールが持つ問題を排除した変位計測が可能になる。
【発明の効果】
【0013】
本発明により、センサヘッドの大型化とスケ−ルの傾きによって生じる変位計測誤差を抑えながら、つなぎ合わせスケールを用いて変位を計測することが可能になるため、従来の技術に比べて、より実用的に、高精度に、且つ低コストに長範囲変位計測を実現できるという効果が得られる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】光学式エンコーダの設計方法の概念図である。
【図2】光源と開口を用いたマルチプローブ生成機構の図である。
【図3】光源、偏光ビームスプリッタと1/4波長板から成る光アイソレータで構成されたマルチプローブ生成機構の図である。
【図4】光源、透過型回折格子と2つのレンズで構成されたマルチプローブ生成機構の図である。
【図5】既存の光学系に本発明を適用した場合の構成例を示す図である。
【図6】既存の光学式エンコーダのセンサ光学系に本発明を適用した場合の構成例を示す図である。
【図7】既存の光学式エンコーダのセンサ光学系に本発明を適用した場合の構成例を示す図である。
【図8】本発明に基づいて試作した光学式エンコーダのセンサ光学系を示す図である。
【図9】本発明の有効性を確認するための実験装置を示す図である。
【図10】試作した光学式エンコーダのセンサ光学系において、位相差0度干渉信号検出用受光素子ユニットと位相差180度干渉信号検出用受光素子ユニットで検出される干渉信号を示す図である。
【図11】試作した光学式エンコーダのセンサ光学系おいて、位相差90度干渉信号検出用受光素子ユニットと位相差270度干渉信号検出用受光素子ユニットで検出される干渉信号を示す図である。
【図12】リニアステージにより、つなぎ合わせスケールを変位させたとき2相信号を表す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
前記マルチプローブ生成機構11として、図2のような光源10と開口20を用いることができる。光源からの光を、複数の開口に通過させることで、マルチプローブを生成することができる。マルチプローブのプローブ間隔は、開口の間隔によって決まる。またマルチプローブ生成機構は、図3のように、光源と、偏光ビームスプリッタ31と1/4波長板32から成る光アイソレータ30と、レンズ33、反射型回折格子34で構成することもできる。複数の開口を用いる場合と比べると、光を遮断せずにマルチプローブを生成することができるため、より多くの光量を確保できる。図4のように、光源、透過型回折格子40と2つのレンズを用いても、マルチプローブ生成機構を構築することができる。なお、図3及び図4のマルチプローブ生成機構においては、マルチプローブのプローブ間隔は回折格子のピッチとレンズの焦点距離によって決定される。
【0016】
前記マルチプローブ生成機構によって生成されるマルチプローブは、つなぎ合わせスケールの上に照射する。受光素子ユニット12では、それぞれのマルチプローブの出力を別々に検出できるよう受光素子13が配置されている。
【0017】
図5及び図6はそれぞれ、非特許文献1及び5で示される光学式エンコーダのセンサ部に、本発明を適用した場合の概略図を示す。2つの光学式エンコーダともに、スケールからの±1次回折光を干渉させ、その干渉信号出力からスケールの変位を逆算するタイプの光学式エンコーダである。このように、本発明は既存の光学式エンコーダのセンサ光学系にも容易に適用可能である。
【実施例】
【0018】
上記方法の有効性を確認するための実験を行ったので、以下にその結果を示す。本実験では、非特許文献6に示される光学式エンコーダのセンサ部に本発明を適用した。
【0019】
この光学式エンコーダは、スケール用の回折格子と同じ形状を持つ参照用回折格子70がセンサヘッドに搭載されており、2枚の回折格子からの±1次回折光を干渉させ、その干渉信号を解析することで、スケール用の回折格子の格子面内変位と格子面外変位を同時に検出できる。本発明をこの光学式エンコーダに適用した場合の概略図を、図7に示す。マルチプローブは2枚の回折格子に入射し、それぞれのプローブから±1次回折光が発生する。2枚の格子から発生した±1次回折光は、ビームスプリッタにおいて重ね合わさり、干渉する。それぞれのプローブにより生じた干渉信号は、受光素子ユニットによって別々に検出されるため、それぞれのプローブからの変位情報を独立に読み取ることができる。
【0020】
図8は試作したセンサヘッド80を示す図である。また、図9は本発明の有効性を確認するための実験装置を示す図である。つなぎ合わせスケールをリニアステージ可動部91上に搭載し、格子面内方向に沿った変位を与える。2枚の回折格子の間のギャップは2mmである。試作したセンサヘッドは空間的に固定されており、つなぎ合わせスケールに与えられた格子面内方向に沿った変位を検出する。レーザ干渉計92も、参照用変位センサとしてリニアステージ可動部の変位を計測している。方向弁別用の2相信号が得られるよう、図8のセンサ光学系は図7に比べて拡張されている。拡張した光学系の詳細は、非特許文献6を参照されたい。試作したセンサヘッドのサイズは100mm×100mm×60mmであり、用いた回折格子のピッチは約1.67μmである。このセンサヘッドでは、2つの開口を用いて2つのプローブ(プローブA・プローブB)が生成され、その間隔は3mmである。受光素子ユニットには、市販の分割型多素子フォトダイオード86が用いられており、それぞれのプローブの出力を別々に検出している。図10及び図11は、それぞれの受光素子で検出する干渉信号の対応図である。これらの干渉信号からそれぞれ、下のように2相信号を出力する。
【0021】
【数1】

【0022】
【数2】

【0023】
【数3】

【0024】
【数4】

【0025】
【数5】

【0026】
【数6】

【0027】
【数7】

【0028】
【数8】

【0029】
ここで、gとλは回折格子のピッチとレーザ光源の波長である。試作したセンサヘッドにおいては、g=1.67μm、λ=685nmである。Δxは駆動軸に沿ったリニアステージの変位であり、Δzはリニアステージの真直度誤差である。θは回折格子によって生じる1次回折光と、格子面の法線が成す角度である。
【0030】
図12は、つなぎ合わせスケールを変位させた時の2相信号の出力を表している。プローブAが2枚の回折格子の間のギャップ上にある場合、スケール用回折格子からの回折光量の減少により、プローブAからの2相信号の振幅レベルは減衰している。対して、プローブBからの2相信号の振幅レベルには減衰は見られない。一方、プローブBが2枚の回折格子の間のギャップ上にある場合、プローブAからの2相信号の振幅レベルは一定なのに対して、プローブBからの2相信号の振幅レベルは減衰していることが分かる。これは、回折格子の間のギャップ上に無いプローブ出力を選択すれば、スケール用回折格子からの回折光量の減少の影響を受けない変位計測ができることを意味している。選択したプローブからの変位情報をつなぎ合わせることで、つなぎ合わせたスケールの間のギャップや相対的な目盛のずれ等の、つなぎ合わせスケールが持つ問題を排除した変位計測が可能になる。
【符号の説明】
【0031】
1…光学式エンコーダのセンサ光学系、2…つなぎ合わせスケール、10…光源、11…マルチプローブ生成機構、12…受光素子ユニット、13…受光素子、20…開口、30…光アイソレータ、31…偏光ビームスプリッタ、32…1/4波長板、33…レンズ、34…反射型回折格子、40…透過型回折格子、50…三角ミラー、51…ビームスプリッタ、60…プリズム、70…参照用回折格子、80…試作したセンサヘッド、81…直角プリズム、82…位相差0度干渉信号検出用受光素子ユニット、83…位相差180度干渉信号検出用受光素子ユニット、84…位相差90度干渉信号検出用受光素子ユニット、85…位相差270度干渉信号検出用受光素子ユニット、86…分割型多素子フォトダイオード、90…リニアステージ、91…リニアステージ可動部、92…レーザ干渉計、93…レーザ干渉計用ターゲットミラー

【特許請求の範囲】
【請求項1】
光学式エンコーダの設計方法であり、該センサ光学系は、単独の光源、マルチプローブ生成機構、及び受光素子ユニットから構成され、それぞれのプローブからの出力を独立に検出し、複数のプローブからの変位検出結果を適切に選択してつなぎ合わせることで、つなぎ合わせたスケールの間のギャップや相対的な目盛のずれ等の、つなぎ合わせスケールが持つ問題を排除した変位計測を行うことを特徴とする光学式エンコーダの設計方法。
【請求項2】
前記マルチプローブは、複数の開口や、回折格子、レンズ及び光アイソレータの組み合わせで実現することを特徴とする請求項1に記載の光学式エンコーダの設計方法。
【請求項3】
前記受光素子ユニットは、それぞれのプローブからの出力を別々に検出するために、複数の受光素子から構成されていることを特徴とする請求項1または2に記載の光学式エンコーダの設計方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2011−145150(P2011−145150A)
【公開日】平成23年7月28日(2011.7.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−5816(P2010−5816)
【出願日】平成22年1月14日(2010.1.14)
【出願人】(504157024)国立大学法人東北大学 (2,297)
【Fターム(参考)】