説明

光学膜のための耐傷性空気酸化性保護層

【課題】空気接触面に付着した金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層から成る耐傷性を有する保護層を提供する。
【解決手段】この保護層の厚さは、通常、1〜3nmであり、酸化後、光学吸収を持つ。この層は、始めに主に未酸化又は未窒化状態で付着される。該金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層は、空気に曝された後、数日以内に完全に酸化する。この層を酸素又は窒素等の反応性ガスを含むプラズマ、放電、又はイオンビームに曝す場合は、この保護層の厚さは、2〜5nmであってもよい。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は全般的に、熱に曝すことなく完全に酸化可能な外側傷防止層に関する。外側傷防止層は、様々な基板上の光学膜の上に適用され、下の層を傷から一層保護する。特に、本発明は金属、金属化合物、又は金属間化合物(intermetallic)の層を光学膜の外側傷防止層として使用することに関する。
《関連する出願への相互参照》
本出願は、2004年12月17日付で出願した米国仮特許出願第60/636,656号の利益を主張するものである。
【背景技術】
【0002】
低放射率の光学膜、又は赤外線反射金属を含む光学膜で、透明な基板を被覆することにより、該基板に入射する赤外線の一部又は全部の透過を減らすことができる。反射防止銀薄膜は、赤外線の大部分を反射するが、可視光を通過させることが知られている。これらの望ましい特性のために、反射防止銀でコーティングされた基板は、窓ガラス等の様々な用途に使用され、窓ガラスに使用した場合、本コーティングはその窓の断熱性を改善する。低放射率の銀コーティングは、特許文献1及び特許文献2に開示されている。真空蒸着された銀を含む低放射率コーティングは、開口部用建材市場において現在市販されている。
【0003】
特許文献2には易酸化性金属を、焼なまし可能(temperable)な低放射率コーティングの保護に有効な、ヘーズ低減トップコート(保護膜)として使用することが記載されている。この発明は600℃を超える温度に曝した場合に生じるヘーズを低減する方法に関する。
【0004】
コーティングされた物品の特性を向上させるために金属膜、金属合金膜、及び金属酸化物コーティングが低放射率銀コーティング上に適用されてきた。特許文献2には、ガラス基板上に適用された全層のうちの最外層として付着された金属又は金属合金層を開示している。この金属又は金属合金層は酸化して反射防止コーティングとして働く。特許文献1には、金属酸化物層を反射防止層として蒸着させる方法を開示している。銀層を反射防止層の間に挟むことで、光の透過率を最適化する。
【0005】
都合の悪いことに、光学膜は、輸送及び取扱い中に引っかきによりしばしば損傷を受ける。金属薄膜層は、引っかきに対して弱いことは周知である。また、誘電体、又は金属層と誘電体層との組合せから成る積層薄膜も、しばしば引っかき損傷を受ける。この引っかきに対する脆弱性は、特に、建物用ガラス上にスパッタリングされた低放射率(又は「ソフト」低放射率)コーティングについて言える。低放射率コーティング用の基板は3×4メートルもの大きさであったとしても、ロボット又は人力によって移動する必要がある。従って、機械的摩擦によりしばしば損傷を受ける。これを考慮して、現在使用されている低放射率積層の多くは、低放射率薄膜層内又は上のどこかにバリア層が設けられている。バリア層が外層を形成している場合、ものによっては、その硬さにより又は摩擦を減らすことで、低放射率積層の物理的な引っかきによる損傷を緩和する。
【0006】
現在、純金属は、酸化腐食及び引っかきに対する耐性層として使用されている。金属層は、その物理的及び化学的に拡散を妨げる性能のために、有効なバリアとして知られている。この層が非多孔性である場合は、拡散は物理的に阻止される。
【0007】
スパッタリングされた炭素保護層は、引っかきを防止するために使用されてきたが、スパッタリングされた炭素は、通常、可視波長光を吸収し、400℃を超える温度における酸化によって除去されてしまう。低放射率コーティングがガラス基板の焼なましにより加熱されると、この耐傷性炭素層は効果をなくす。
【0008】
易酸化性窒化金属は耐傷性保護層として使用されており、これらが窒化シリコン又は窒化アルミニウムの場合を除き光学吸収する。光学吸収する窒化金属は高温でのみ酸化する。
【0009】
低放射率コーティングの最外層を硬い材料で作ることが一般的である。窒化シリコンは低放射率コーティングの最外誘電体層としてよく使用される硬い材料の一つである。特許文献3に教示されているように、窒化シリコンを外層とする低放射率積層の耐傷性は、酸化スズまたは酸化亜鉛を外側誘電体とする積層に対して概ね改善されている。また、窒化シリコンは耐熱性であるという利点を有し、焼なまし可能な低放射率コーティングにおいて使用される。
【0010】
窒化シリコン薄膜は、Siの化学式どおりでなくてもよい。低放射率積層の外側誘電体として使用される薄膜材料は酸窒化ケイ素であってもよい。この層の化学式は、窒素又は酸素との反応の度合いにより半化学量論的(sub-stoichiometric)から超化学量論的(super-stoichiometric)と変わる場合がある。シリコンに導電性を持たせ、スパッタリングに適切となるよう、アルミニウムをシリコンへのドーパントとして含めてもよい。この場合、アルミニウムとシリコンの重量比は、通常、1対10であるが、アルミニウムの割合はもっと高くてもよい。また、ホウ素等の他のドーパントも使用してよい。金属反射コーティングと、酸窒化ケイ素以外の最上層を有する光学積層及び、他の光学干渉型とを含むその他の多種類の薄膜光学積層は、この傷防止層の利益を受けることができる。
【0011】
低放射率光学膜の引っかき傷は、傷を大きくしてまわりにまで広げてしまう可能性のあるコーティングの加熱及び焼なましが行われるまで、見えない場合がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【特許文献1】米国特許第4,749,397号明細書
【特許文献2】米国特許第4,995,895号明細書
【特許文献3】米国特許出願公開第2003/0235719号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
従って、本分野においては、室温で完全に酸化し、可視光を透過するが、引っかきによる損傷を減らすのに十分な硬さと耐久性を有する保護層が要求されている。
【0014】
本発明の他の実施形態の目的は、当該技術分野における上記要求及び/又は以下を当業者にいったん開示すれば明らかとなる他の要求を満たすことである。
【0015】
本発明の主たる目的は、可視光を透過するが、引っかき損傷を減らすべく十分な硬度と耐久性を有する易酸化保護層を提供することにより、上記の従来技術の欠点を克服することである。
【0016】
本発明の別の目的は、透過率又は反射率等の光学特性に重大な影響を与えることなく、引っかき傷をかなり減らす保護層を成膜することである。また、この保護層は、光学膜工程をなるべく中断させないで容易に適用でき、熱に曝さなくても済むものでなければならない。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明は、空気接触面の上に、室温空気中で完全に酸化できる程度の厚み以下の金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層を適用することで上記の目的を全て達成する。この傷防止層の厚さは、通常、1〜3nmであり、酸化した後は、光学吸収しない。この層は、まず、主に未酸化又は未窒化状態で付着される。該金属、金属化合物、又は金属間化合物層は、空気への露出後、数日以内に完全に酸化する。この層を酸素又は窒素等の反応性ガスを含むプラズマ、放電、又はイオンビームに曝す場合には、この傷防止層の厚さは、2〜5nmであってもよい。
【0018】
本発明の好ましい実施形態の構造と組成に加えて本発明のさらなる特徴と利点を、添付図面を参照しつつ下記に詳細に説明する。
【0019】
本発明の好適な実施形態を添付の図面を参照して詳細に説明する。添付図面は、本発明の様々な実施形態を説明するためのものであり、本発明をいかなる形態にも限定するものはない。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】易酸化金属トップコートを有する低放射率構造体の例を示す。
【図2】引っかき試験のΔヘーズ(haze)結果を示す。
【図3】厚みが1〜3nmのZrトップコートを有する低放射率構造体の場合の透過率の時間変化を示す。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明は、光学膜の外層として易酸化性の耐傷性保護膜を提供する。この保護膜を施す前の光学膜の最外層は、窒化シリコン、金属類、MgF、TiO、SiO、Al、YO、及び/又はSnZnOを含むことが好ましい。
【0022】
本発明は、光学積層の空気接触面上に形成され、室温空気中で完全に酸化できる程度の厚み以下の金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層である。この金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層の厚みは、真空装置から取出して空気に曝した後の数日以内に、その金属が完全に酸化する程度である。保護膜の厚みは1〜3nmであることが好ましい。傷防止層は、酸素又は窒素等の反応性ガスを含むプラズマ、放電、又はイオンビームに曝される場合には、2〜5nmの厚みであってもよい。金属及び金属酸化物の極薄層群は、連続していない場合があることは当分野では周知であるので(特許文献1)、厚さが1〜5nmで引っかきを防止するようなコーティングは意外であった。
【0023】
大多数の金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層は、その金属厚が3nm以下であれば、室温空気中で完全に酸化するであろう。金属がジルコニウムである場合の好ましい厚みは、2nmである。本発明の空気酸化層は、2つの要求を満たさなければならない。即ち、これら空気酸化層は、傷を防止し、一定時間内にほぼ透明な状態に酸化しなければならない。この許容時間は、およそコーティングからその光学膜が最終製品に組み込まれるまでの時間である。低放射率コーティングされたガラスの場合、この酸化は、該コーティングが断熱ガラスユニット内に封止される前に起きなければならない。金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層は、250時間以内に、より好ましくは25時間以内に、最適には1時間以内にほぼ透明な状態に酸化されるのが好ましい。本発明の対象となる金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物は、それぞれ酸化時間の制約を満たす最大の厚みを有する。他の金属、金属化合物、又は金属間化合物の最適な厚みは、通常の実験で容易に決定できる。
【0024】
酸素プラズマ又は酸素イオンビームに曝すことによって酸化を行う場合は、より厚い金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層を使用してもよい。金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物によっては、追加の厚みを伴う減圧酸化がその層の耐傷性を向上させる場合がある。最も外側の誘電体が窒化シリコン以外の軟らかい材料である場合にこのようなことがある。
【0025】
対象となる易酸化性金属部品のうち典型的なものは、Ti、Zr、Al、Cr、Fe、Nb、Mo、Hf、Ta、Si、及びWである。上述のように、これらの金属の合金、化合物、混合物又金属間化合物も対象となる。Zrは好適な金属である。一般に、易酸化性金属の耐傷性の層としてふさわしい金属及び金属合金は、金属モル当り−150キロカロリー未満の酸化物生成熱と摂氏1600度を超える融点を有する。より好適な金属及び金属合金は、金属モル当り−200キロカロリー未満の酸化物生成熱を有する。通常、これらの金属は、容易に酸化し耐傷性酸化物を生成する。例外は、摂氏660度の融点を有するアルミニウムである。
【0026】
任意の適切な方法又は方法の組合せを用いて、傷防止層及び光学積層内の層を付着させてもよい。これらの方法は、(熱又は電子ビーム)蒸着、真空蒸着、化学溶着、プラズマ化学溶着、真空溶着、非反応金属スパッタリング等を含む。異なる層は、異なる技法を用いて付着してもよい。本発明の金属層は、真空溶着、特に不活性ガス雰囲気中での金属スパッタリングによって付着するのが好ましい。
【0027】
本発明に係る金属化合物保護層は、耐傷性を向上すべく、あらゆる適切な光学積層上に未酸化、又は部分酸化又は窒化させた状態で付着してもよい。その光学積層の最外層は、窒化シリコン、金属、MgF、TiO、SiO、Al、YO、及び/又はSnZnOを含むことが好ましい。最外層は窒化ケイ素又は酸窒化ケイ素を含むことがより好ましい。光学積層における層群の様々な組合せも、特許文献1及び特許文献2に示されているように当分野で既知である。該光学積層は、少なくとも1つの銀層と、スパッタリングプロセス中に該銀層を保護する少なくとも1つのバリア層と、熱処理中に該銀層の酸化を防ぐ省略可能な少なくとも1つの阻止層、バリア層、又は犠牲層とを含むことが好ましい。当業者は、該光学積層の特性を改善又は変更すべく該積層中の層群を配置及び変更できることが解る。
【0028】
該光学積層中の上記層群は、ガラス基板上に設けられた日照調整コーティング(即ち、低放射率又は低放射率型コーティング)を構成する。これらの積層を基板上に一回以上重ねてもよい。上記層群の上又は下に他の層群を設けてもよい。従って、層構造又はコーティングが、(直接又は間接的に)基板「上」にある又は基板に「支持され」ていると同時に、別の層がこれらの層の間に設けられてよい。さらに、実施形態によっては、該コーティングの特定の層を取除いてもよい。一方、他の実施形態では、本発明の全体の思想から逸脱することなく別の層が追加されてもよい。
【0029】
本発明に係る保護コーティングは、向上された硬さ及び密度を提供する。本発明の幾つかの利点は下記のとおりであるがこれらに限られない。
【0030】
1.金属は全て酸化時に体積膨張する。この体積膨張は薄膜層に圧縮応力と付加密度を加えることができる。この層による傷低減効果は、その層の薄さを考慮すると非常に大きい。
2.金属膜の酸化後に得られる酸化物層は、多くの場合、反応性スパッタリング中に発生するような酸化物として付着される酸化物層より密度が高い。反応性スパッタリングにおいては、ターゲット面が酸化又は部分酸化される。スパッタリングされた原子の一部又は全ては、金属酸化物分子の形態をとる。これらの分子は基板表面上に到達すると、通常、金属原子よりも低いアドアトム移動度を有する。より低い移動度は、付着したコーティング内のより低い充填密度に寄与する。
3.大多数の低放射率製品は、特定の太陽熱利得係数に対して最大透過率を得るように設計されている。低放射率積層内のいずれの層も最小光学吸収率を有することが望ましい。本発明の金属層は、いったん酸化プロセスが完了すると、吸収率はほとんど又は全く増加しない。
4.通常、この傷防止層の厚みは、酸化後で3nm以下である。層厚が薄いために、傷防止層による光学干渉効果は小さい。従って、この層は、低放射率積層全体の光学特性に大きな影響を与えることはない。
5.この層は、空気中で完全に酸化されるので、その層を加熱しても、化学的又は光学的影響はほとんどない。焼きなまし低放射率コーティングの場合、焼なまし処理の間、色ずれが少ないことが望ましい。この層は検知できる程度に色ずれを抑制する効果はない。
6.一般に、金属層は酸化物層よりスパッタリングがはるかに容易である。ガラスコーティングは、1〜4週間の間連続して、ターゲットをスパッタリングすることを必要とする。スパッタリング処理がこれだけ長い期間行われると、ターゲットのアーク及び基板上に落ちる破片が問題となる。金属スパッタリングは、これらの問題が反応性スパッタリングに比べて非常に少ない。
7.金属スパッタリングは、より安価でより簡単な装置を用いた付着を可能にする。反応性スパッタリングは、AC又はパルスDC電源により駆動される回転対陰極を必要とすることが多いが、本発明の薄層は、低電力DC平面マグネトロンを用いて付着できる。
【0031】
本明細書の実施形態において使用されているように、「の上へ付着」又は「の上に付着」とは、物質が基準となる層の上に直接又は間接的に施されること意味する。別の層を該物質と該基準となる層との間に施すことも出来る。
【0032】
本発明の別の実施形態に係るコーティングされた物品を、建築物の窓(例えば、断熱ガラスユニット)、自動車の窓、又は他の適当な用途において使用することもできる。このコーティングされた物品は、本発明の別の実施形態において熱処理されても、されなくてもよい。
【0033】
ガラスコーティング分野において、特に、コーティングされたガラスの特性及び日照調整特性を定義する際に特定の用語が広く使用されている。本明細書内ではこれらの用語を周知の意味で使用している。例えば、下記のとおりである。
【0034】
反射された可視波長光の強度、即ち「反射率」は、その割合によって定義され、RYまたはRと表される(即ちRY値は明所視の反射率を、TY値は明所視の透過率を表す)。ここで、「X」はガラス側の場合は「G」、膜側の場合は「F」である。「ガラス側」(即ち「G」)は、ガラス基板のコーティングがある側と反対の側から見た場合を意味し、一方、「膜側」(即ち「F」)は、ガラス基板のコーティングがある側から見た場合を意味する。
【0035】
色特性は測定して、CIE LAB 1976 a*,b*座標及びスケール(即ち、CIE 1976 a*b*図、III. CIE-C 2度観察者)を用いて表される。ここで、
は(CIE 1976)明度単位、
は(CIE 1976)赤‐緑単位、
は(CIE 1976)黄‐青単位
である。
【0036】
「放射率(emissivity)」(あるいは、エミッタンス(emittance))と「透過率」とは、当該分野において周知であり、本明細書内ではその周知の意味で使用されている。従って、例えば、「透過率」は、日射透過率を意味し、これは可視光透過率(TvisのTY)と、赤外線透過率(TIR)と、紫外線透過率(TUV)とから成る。全太陽エネルギー透過率(TSまたはTsolar)は、これらの値の加重平均として表される。これらの透過率に関して、可視光透過率は、建築分野の場合では、標準光源C, 2度技法に従って表現してもよい。一方、可視光透過率は、自動車分野の場合では、標準III. A2度技法に従って表現してもよい(これらの技法については、例えばASTM E-308-95を参照。これらは参照によって本願に援用する)。放射率を目的として、特定の赤外域(即ち2,500〜40,000nm)が使用される。上記パラメータのいずれか及び/又は全てを計算/測定するための様々な基準が、上述した優先権を主張する仮出願に記載されている。
【0037】
「ヘーズ(Haze)」は次のように定義される。多方向に拡散される光は、コントラストを失う。本明細書では「ヘーズ」を、光が通過する際に、入射ビームから平均して2.5度を超えてそれる光の割合、としてヘーズを定義するASTM D 1003に従って定義している。「ヘーズ」はByk Gardnerヘーズメータを用いて測定してもよい(全てのヘーズ値はこのようなヘーズメータで測定され、散乱光の割合として与えられる)。
【0038】
「放射率」(またはエミッタンス)(E)とは、一定波長の光の吸収と反射の両方の測定値又は特性である。通常、式:E=1−反射率filmにより表される。
【0039】
建築分野で使用する場合、例えば、下記にて参照する、Lawrence Berkeley Laboratories製のWINDOW 4.1プログラム、LBL-35298 (1994)によって規定されているように、放射率値は、赤外スペクトルの「遠赤外域」(即ち、約2,500〜40,000nm)とも呼ばれるいわゆる「中間帯域」においてかなり重要である。本明細書において使用している「放射率」とは、「建築用板ガラス製品の放射率測定及び計算用の放射測定値を用いた標準試験方法(Standard Test Method for Measuring and Calculating Emittance of Architectural Flat Glass Products Using Radiometric Measurements)」と題されるASTM規格 E 1585-93で規定され、この赤外域で測定された放射率値を示すために使用される。参照によってこの規格とその規定を本願に援用する。この規格において、放射率は半球放射率(E)と垂直放射率(E)として表される。
【0040】
このような放射率値を測定するための実データ蓄積は、従来どおりであり、例えば「VW」アタッチメントを有するBeckman Model 4260分光光度計(Beckman Scientific Inst. 社製)を使用して行うこともできる。この分光光度計は、波長に対する反射率を測定し、その結果から、上記ASTM規格E 1585-93を使用して放射率を算出する。
【0041】
本明細書における「力学的耐久性」は次の試験により定義される。研磨パッドを平らな基板のコーティング面上で前後に滑らせる。3M スコッチ・ブライト(登録商標)工業用パッド7448をこの試験に使用できる。7448パッドは、「極微細」な炭化ケイ素を研磨剤として使用している。パッドサイズは2インチ×4インチ(5.08cm×10.16cm)である。サンプル上で研磨剤を前後に動かす機構としてエリクセン試験機を使用できる。パッド保持部はエリクセン部品番号0513.01.32とすることができ、そのパッドに135グラムの荷重を加える。試験毎に新しい研磨パッドが使用される。試験は200行程分継続する。引っかきによる損傷を3つの方法で測定することができる。放射率の変化、膜側反射率のΔヘーズ及びΔEである。この試験は、傷をよりはっきりさせるように浸漬試験又は熱処理と組合せることができる。サンプルに135グラムの荷重を与えた200乾燥行程により、良い結果が得られる。必要であれば、行程数を減らす、又はより細かい研磨剤を使用できる。これはこの試験の利点の1つであり、サンプル間のレベル差によって必要となる対応、荷重及び/又は行程数を調整することができる。より良いランク付けのためにより厳しい試験を行うことができる。試験の再現性は、指定期間に亘って同じ膜の多数のサンプルについて試験することによって調べることができる。
【0042】
本明細書における「熱処理」、「熱処理された」、及び「熱処理する」とは、ガラスを含有する物品の焼なまし、曲げ、又は熱処理を可能にするのに十分な温度までその物品を加熱することを意味する。この定義は、例えばコーティングされた物品を華氏約1100度(摂氏約593度)以上の温度(即ち約550℃〜700℃の温度)に十分な期間加熱して、焼なまし、熱処理、又は曲げを可能にすることを含む。
【0043】
<用語解説>
別途記載がなければ、下記の用語は、本明細書において次の意味を持つものとする。
「Ag」 銀
「TiO」 二酸化チタン
「NiCrO」 酸化ニッケルと酸化クロムとを含む合金又は混合物。酸化状態は化学量論の状態(stoichiometric)から半化学量論の状態(substoichiometric)間で変動する。
「NiCr」 ニッケルとクロムとを含む合金又は混合物。
「SiAlN」 反応性スパッタリングされた、酸窒化ケイ素を含む場合もある、窒化ケイ素アルミニウム。スパッタリング・ターゲットは通常、10重量%のAl残余Siであるが、その比率は変わってもよい。
「SiAlO」 反応性スパッタリングされた酸窒化ケイ素アルミニウム(サイアロン)
「Zr」 ジルコニウム
「上に付着した」 先に施された層の上に直接又は間接的に施すこと。間接的に施した場合、1つ以上の層が間に存在する場合もある。
「光学膜(optical coating)」 基板に施された1つ以上のコーティングで、これらが合わさって該基板の光学特性に影響するコーティング
「低放射率積層」 1つ以上の層から成る低熱放射率光学膜が施された透明基板
「バリア」 プロセス中に他の層を保護するために付着された層で、上の層の接着を改善する場合があり、プロセス後、存在しない場合もある。
「層」 ある機能と化学組成を有する厚みを持った物質。該物質の各面に異なる機能及び/又は化学組成を有する別の厚みを持った物質が結合されている。付着された層は、プロセス中の反応によりそのプロセス後、存在しないかも知れない。
「同時スパッタリング」 2つ以上の異なる物質から成るスパッタリング・ターゲットから基板に同時にスパッタリングすること。結果として付着されたコーティングは、該異なる物質の反応生成物又は該ターゲット物質の未反応混合物又はその両方から成る場合もある。
「金属間の―、金属間化合物(intermetallic)」 特定の化学量論的分量の2つ以上の金属元素から成る合金系の特定相。これら金属元素は、電子又は格子間結合されて、どちらかといえば標準的な合金に典型的な固溶体として存在している。金属間化合物は、しばしば、金属単体での性質とは明らかに異なる性質を有する。特に硬さ又はもろさが増す。増加した硬さにより、ほとんどの標準的な金属又は合金に勝る耐傷性を持つ。
「ほぼ透明な」 可視波長における約2%以下、好ましくは1%以下の光吸収。
【0044】
<実施例>
次の例は、本発明を説明するためのものであり、限定する意図ではない。
【0045】
<実施例1>
図1の低放射率構造体は、窒化シリコンから成る最外誘電体がスパッタリングされている。真空コーターにおける最後のコーティングステップとして、2nm厚のZr層が窒化ケイ素上に蒸着される。Zr層は、1週間に亘って空気中で酸化する。この低放射率構造体の透過率は、トップコートされていない同じ低放射率構造体のレベルの0.5%以内に達する。
【0046】
<実施例2>
図1の低放射率構造体は、窒化シリコンから成る最外誘電体がスパッタリングされている。真空コーターにおける最後のコーティングステップとして、2.5nm厚のZr層が窒化ケイ素上に蒸着される。真空コーターでは、Zr層がプラズマを含む酸素に曝される、更なる酸化ステップが実行されている。Zr層は、更に1週間に亘って空気中でさらに酸化する。この低放射率構造体の透過率は、トップコートされていない同じ低放射率構造体のレベルの0.5%以内に達する。
【0047】
<実験手順>
[コーティングの準備]
サンプルは、Zrターゲットを有する1メートル幅のTwin-Magターゲットを使用してスパッタコートされた。電力はHuttinger BIG 100により供給される交流であった。サンプルは、3つの異なる雰囲気のもとでスパッタリングされた。即ち、
1.金属層を付着させるためにアルゴンのみ
2.酸素がドープされたZrを生成するための少量(10sccm)のOの追加。その層はほぼ金属のままであった。物質はデータ中でZrOとして示される。
3.窒素がドープされたZrを生成するための少量(10sccm)のNの追加。その層はほぼ金属のままであった。物質はデータ中でZrNとて示される。
【0048】
[基板]
図1の低放射率積層を、該Zrの基板として使用した。この低放射率積層の最外誘電体は酸窒化ケイ素である。また、該Zrは最外層としての窒化ケイ素を有しない低放射率コーティング上に付着された。
【0049】
[トップコート層]
厚さ1、2または3nmのZrの層。
【0050】
[酸化]
2つの酸化方法が使用された:
1.室温で周囲空気に曝す。
2.減圧下で酸素イオンビーム又はプラズマに曝す。この曝露は、Veeco34cm線形アノードレイヤーイオンソースを使用して実行された。このソースは、高電流(拡散)又は高電圧(平行)モードで動作させた。動作条件を、下の表に示す。
【表1】

【0051】
[引っかき試験]
引っかき試験はスコッチ・ブライト引っかき試験により行われた。サンプルをコーティング完了後直ちに引っかき、24時間後に再び引っかいた。これは最小量の酸化時と、酸化がほぼ完了したと推測される時とにおける、耐傷性を調べるためであった。
【0052】
[スコッチ・ブライト引っかき試験の説明]
薄膜で被覆された表面の耐傷性を試験すべく、研磨パッドを平らな基板のコーティング面の上で前後に滑らせた。3M スコッチ・ブライト(登録商標)工業用パッド7448をこの試験に使用した。7448パッドは、極微細な炭化ケイ素を研磨剤として使用している。パッドサイズは2インチ×4インチ(5.08cm x 10.16cm)であった。サンプル上で研磨剤を前後に動かす機構としてエリクセン試験機を使用した。パッド保持部はエリクセン部品番号0513.01.32であり、そのパッドに135グラムの荷重を加えた。試験毎に新しい研磨パッドを使用した。試験は200行程分継続した。
【0053】
引っかきによる損傷は、膜側反射率のΔヘーズとΔEの2つにより測定された。Δヘーズは引っかかれた膜のヘーズ値を引っかかれる前の膜のヘーズ値から引くことで評価された。ΔE(色変化)の評価は、損傷されていない膜と引っかかれた膜との膜側反射率(Rf)を測定することによって行われた。引っかき前と後との色座標のΔあるいは差、L、a、bを次の式に代入し、引っかきによるΔEを計算した。
ΔE=(ΔL*2+Δa*2+Δb*21/2 (式1)
【0054】
強化前と後の両方で、サンプルのΔヘーズとΔEとを測定した。強化は傷を大きくして目立たせ、傷の度合いをより明らかで測定可能にする。
【0055】
[光学測定]
空気酸化サンプルの酸化の進行を光学的に追跡すべく、TY、Tcolor、RfY、Rfcolor、RgY、及びRgcolorが、約1時間間隔で測定された。
反射された可視波長光の強度、即ち「反射率」は、その割合で定義され、RYまたはRで表される(即ちRY値は明所視の反射率を、TY値は明所視の透過率を表す)。ここで、「X」はガラス側の場合は「g」、膜側の場合は「f」である。「ガラス側」(即ち「g」)は、ガラス基板のコーティングがある側と反対の側から見た場合を意味し、一方、「膜側」(即ち「f」)は、ガラス基板のコーティングがある側から見た場合を意味する。
【0056】
<引っかき試験結果>
[引っかき]
Zrトップコートを有する全てのサンプルが、コーティングからの経過時間にかかわらずかなり改善された耐傷性を示した。しかし、24時間のエージングの後で、耐傷性が最も改善されていた。ジルコニウム金属層の大部分が酸化しないと潜在する全耐傷性が引出されないと考えられる。全サンプルのΔヘーズの結果を図2に示す。
【0057】
[光学測定結果]
金属トップコートの厚みが異なると、完全な酸化への進行度合いも異なって現れた(図4)。1nm厚の層は、元の非コーティング時の低放射率値と同程度の透過率レベルに容易に達した。この実験において基板のこの値は、約75.6%であった。1nm厚のサンプルは、より厚いZr層と比べて防傷性が低い傾向にあった。
2nm厚のZrサンプルの透過率は、120時間後で、当初の透過率より約0.5%だけ低かった。これらのサンプルは、許容レベルの酸化に達することができ、要求透過率を満たすことが予期される。減圧酸化は、この層に要求透過率を容易に達成することを可能にする。
3nm厚の空気酸化サンプルは、許容時間内に要求透過率を達成することができないように見える。3nm厚のZrの減圧酸化は、約3%だけ透過率を上げたが、この層が要求透過率を達成するのには十分でなかった。
【0058】
<実施例3>
低放射率積層のトップコートありとなしの場合の傷データを、下記の表に示す。この場合のZrSiトップコートは、マグネトロンの一方の側にZrターゲットがセットされ、他方の側にSi・10重量%AlターゲットがセットされるTwin-Magにより同時スパッタリングされた層である。このトップコートのスパッタリングは、アルゴン雰囲気内で行われる。スパッタリング電力は両方のターゲットで等しくした。結果としてのトップコートの厚みは約3nmであった。
引っかき試験は、200行程のスコッチ・ブライト・力学的耐久性試験であった。この場合、全てのサンプルの引っかき損傷は、ヘーズ測定では検出できないほど低かった。定量化は、コーティング面上の傷の直接計数によって行われた。
その計数は、スコッチ・ブライト・工業用パッドの全経路における目視可能な傷を全て数えることで行われた。計数は3箇所で行われた。引っかかれたサンプルの中央を1箇所と中央から両側に1.5インチの箇所であった。引っかかれたサンプルは、4インチ×6インチ(10.16cm x 15.24cm)であった。この試験において、ZrトップコートとZrSiトップコートは、いずれも防傷性を示した。
【表2】


【特許請求の範囲】
【請求項1】
改善された耐傷性を有する物品であって、
基板と、
前記基板上の1つ以上の層から成る光学膜と、
保護金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物膜から成る最外傷防止層と
を備え、
前記最外傷防止層の厚さが1〜3nmである物品。
【請求項2】
前記金属が、完全に酸化している請求項1に記載の物品。
【請求項3】
前記金属合金又は金属化合物の金属部分が、クロム、鉄、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、タンタル、モリブデン、タングステン、鉄、アルミニウム、及びシリコンから成るグループから選択される請求項1に記載の物品。
【請求項4】
前記金属部分が、ジルコニウムである請求項3に記載の物品。
【請求項5】
前記金属が、ジルコニウムである請求項1に記載の物品。
【請求項6】
前記基板が、透明な基板である請求項1に記載の物品。
【請求項7】
前記透明な基板が、上に光学膜が付着されているガラスである請求項6に記載の物品。
【請求項8】
前記光学膜がNiCrO、Ag、及びSiAlNの1つ以上の層を含む請求項7に記載の物品。
【請求項9】
前記金属が、ジルコニウムである請求項8に記載の物品。
【請求項10】
前記最外傷防止層が、前記物品の可視又は赤外波長域におけるスペクトル反射率又は透過率、又はその両方を変化させない請求項1に記載の物品。
【請求項11】
前記最外傷防止層は、SiAlO層の上に付着される請求項1に記載の物品。
【請求項12】
改善された耐傷性を有する物品であって、
基板と、
前記基板上の1つ以上の層から成る光学膜と、
保護金属を含む最外傷防止層と
を備え、
前記最外傷防止層の厚さが2〜5nmである物品。
【請求項13】
物品上の光学膜の耐傷性を改善する方法であって、
物品上に1つ以上の層から成る光学膜を付着することと、
傷防止層を設けるべく前記光学膜上に未酸化の金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物から成る1〜3nm厚の層を付着させることと、
前記金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層を酸化させることと
を含む方法。
【請求項14】
前記金属合金又は金属化合物の金属部分が、クロム、鉄、チタン、ジルコニウム、ハフニウム、ニオブ、タンタル、モリブデン、タングステン、鉄、ニッケル、アルミニウム、及びシリコンから成るグループから選択される請求項13に記載の方法。
【請求項15】
前記金属部分が、ジルコニウムである請求項14に記載の方法。
【請求項16】
前記基板が、透明な物品である請求項13に記載の方法。
【請求項17】
前記基板が、ガラスである請求項13に記載の方法。
【請求項18】
前記光学膜がNiCrO、Ag、及びSiAlNの1つ以上の層を含む請求項13に記載の方法。
【請求項19】
前記金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層が、空気に曝されることで酸化する請求項13に記載の方法。
【請求項20】
前記傷防止層が、SiAlOの層の上に付着される請求項13に記載の方法。
【請求項21】
前記金属が、1モルあたり−150キロカロリー未満の酸化物形成熱と、1600℃を超える融点とを有する請求項13に記載の方法。
【請求項22】
前記金属が、1モルあたり−200キロカロリー未満の形成熱と、1600℃を超える融点とを有する請求項21に記載の方法。
【請求項23】
前記金属が、付着後250時間以内に大気中でほぼ透明な状態へ酸化する請求項13に記載の方法。
【請求項24】
前記金属が、付着後25時間以内にほぼ透明な状態へ酸化する請求項23に記載の方法。
【請求項25】
前記金属が、付着後1時間以内にほぼ透明な状態へ酸化する請求項24に記載の方法。
【請求項26】
光学膜を有する物品の耐傷性を改善する方法であって、
物品上に1つ以上の層から成る光学膜を付着させることと、
傷防止層を設けるべく前記光学膜上に未酸化の金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層から成る2〜5nmの層を付着させることと、
前記金属、金属合金、金属化合物、又は金属間化合物層を、反応性ガスを含むプラズマ、放電、又はイオンビームに曝すことで酸化させることと
を含む方法。
【請求項27】
前記反応性ガスが、酸素又は窒素である請求項26に記載の方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2012−76467(P2012−76467A)
【公開日】平成24年4月19日(2012.4.19)
【国際特許分類】
【外国語出願】
【出願番号】特願2012−1510(P2012−1510)
【出願日】平成24年1月6日(2012.1.6)
【分割の表示】特願2007−546945(P2007−546945)の分割
【原出願日】平成17年12月19日(2005.12.19)
【出願人】(507090421)エージーシー フラット グラス ノース アメリカ,インコーポレイテッド (12)
【氏名又は名称原語表記】AGC FLAT GLASS NORTH AMERICA,INC.
【住所又は居所原語表記】11175 Cicero Dr.,Suite 400,Alpharetta,GA 30022,U.S.A.
【Fターム(参考)】