説明

光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット

【課題】光記録媒体(CD−RW,DVD−RAMなど)のAg合金反射膜を形成するためのAg合金スパッタリングターゲットを提供する。
【解決手段】Cu:0.1〜3.0質量%、Ga:0.05〜2.0質量%、Ca:0.001〜0.1質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、ターゲット本体1の周囲に鍔2を有する鍔付きターゲットであって、ビッカース硬さが40〜70の範囲内にあることを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、半導体レーザーなどのレーザービームを用いて音声、映像、文字などの情報信号を再生あるいは記録・再生・消去を行う光記録媒体(CD−RW,DVD−RAMなど)の構成層である半透明反射膜または反射膜(以下、両者を含めて反射膜と呼ぶ)を形成するための高硬度Ag合金スパッタリングターゲットに関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、CD−R,CD−RW,DVD−R,DVD−RW,DVD−RAM、Blu−ray Disc、HD−DVDなどの光記録媒体の反射膜としてAgまたはAg合金反射膜が使用されており、このAgまたはAg合金反射膜は加熱された記録膜の熱を速やかに逃がす作用を有するとともに400〜830nmの幅広い波長域での反射率が高く、半透明反射膜として使用した場合、半透明反射膜による吸収率が小さいことから広く使用されている。
【0003】
AgまたはAg合金反射膜の中でもAg反射膜は、特に反射率が優れ、さらに熱を逃がす作用効果の目安となる熱伝導率が最も優れているところから、光記録媒体の反射膜としてAgが最も優れているとされている。しかし、Ag反射膜は腐食され易い特性を有するとともにレーザー光の照射回数が増えるにつれて再結晶化が速く、再結晶粒が大きく成長することによって表面粗さが大きくなりやすく、そのために反射率が低下して使用寿命が短い。さらにAg反射膜を半透明反射膜として使用した場合、半透明反射膜の厚さが極めて薄いものであるために、レーザー光の透過によって半透明反射膜が凝集し、それによって半透明反射膜に穴があき、使用寿命が短くなると言う欠点があった。
そのために、光記録媒体の反射膜としてはAgにその他の元素を添加して粒成長や再結晶速度を遅延させたAg合金が広く使用されており、前記従来の光記録媒体のAg合金反射膜として多種多様なAg合金からなる光記録媒体の反射膜が提案されている。この中でもCu:0.1〜3.0質量%、Ga:0.05〜2.0質量%、Ca:0.001〜0.1質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる組成のAg合金ターゲットを用いスパッタリングすることにより得られたAg合金反射膜は、レーザー光の高出力高密度化に耐えることができる光記録媒体の優れた反射膜であるとされている(特許文献1参照)。
【0004】
一般に、スパッタリングターゲットは、ターゲットの裏面に熱伝導性に優れたバッキングプレートをろう付けし、このバッキングプレートをろう付けしたターゲットのバッキングプレートを把持してスパッタリング装置に固定し、スパッタリングが行われている。しかし、Ag合金ターゲットはAg合金自体が導電性に優れているので、Ag合金ターゲットの場合は図1の斜視図に示されるように、鍔2をターゲット本体1の周囲に一体型に形成した鍔付きターゲット10を使用してスパッタリングを行っている。前記鍔付きターゲット10は、従来のバッキングプレート付きターゲットにおけるバッキングプレート部分もAg合金で構成されていることから、その厚さを厚くすることができ、従来のバッキングプレート付きターゲットと比べてスパッタ時間を長くすることができて効率的にスパッタリングを行うことができる。
【0005】
この鍔付きターゲット10を使用してスパッタリングを行うことによりAg合金反射膜を形成するには、図2の断面説明図に示されるように、この鍔付きターゲット10をマグネット3、3´、3´´を内蔵した冷却台7の上に載置し、把持具6によって鍔付きターゲット10の鍔2を冷却水が漏洩しないようにしっかりと固定し、Arガスのプラズマ5を発生させ、マグネット3、3´、3´´により鍔付きターゲット10に磁場をかけながら磁力線8を発生させ、Arを鍔付きターゲット10のターゲット本体1に衝突させ、基板4の表面にAg合金反射膜を形成している。
【特許文献1】特開2006−127594号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、コスト低減のために、Ag合金反射膜の成膜速度を上げるべくスパッタリングの出力を高め、同時にAg合金からなる鍔付きターゲットの冷却を早めるべく冷却水の供給圧力を上げている。しかし、一般に、Ag合金からなる従来の鍔付きターゲットは硬度が低く、スパッタリング速度を早めて成膜速度を上げるべく冷却水の供給圧力を上げると、従来のAg合金からなる従来の鍔付きターゲットは硬度が低いので冷却水の圧力により図3に示されるように押出され凸状に変形し、Ag合金からなる従来の鍔付きターゲットの真下中央に設置されているマグネット3との距離Hが大きくなり、それに伴って磁力線4の分布状態が変化する。
この現象は、スパッタリング時間が短くスパッタリング初期の鍔付きターゲットにおけるターゲット本体1の厚さがまだ十分にあるときは変形量が少なく、ターゲットとマグネットとの隙間Hは小さいが、長時間スパッタリングを行ってターゲットが消耗し、厚さが薄くなると冷却水の圧力によって鍔付きターゲット10が凸状に大きく変形し、かかる鍔付きターゲット10が大きく凸状に変形すると、ターゲットを通る磁力線が変化し、スパッタリング初期の磁力線とスパッタリング終期の磁力線とでは形状が相違するようになり、スパッタリング初期と終期とでは形成されるAg合金反射膜の膜厚分布が相違するようになるので好ましくない。
【課題を解決するための手段】
【0007】
そこで本発明者らは、これら問題点を解決すべく研究を行なっていたところ、従来のCu:0.1〜3.0質量%、Ga:0.05〜2.0質量%、Ca:0.001〜0.1質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる組成のAg合金ターゲットは、熱処理したのち空冷していたのでビッカース硬さ(以下、HVと記す)が40未満であったが、熱処理したのち水冷することによりHVを40〜70に上げることができ、このHVを40〜70に上げた高硬度鍔付きターゲットは長時間スパッタリングを行っても変形が少なく、したがって、ターゲットの変形によって生じる磁力線の分布の変化が小さくなって、形成されるAg合金反射膜の膜厚分布がスパッタリング初期と終期とで変化することが少ない、という研究結果が得られたのである。
【0008】
この発明は、かかる研究結果に基づいて成されたものであって、
(1)Cu:0.1〜3.0質量%、Ga:0.05〜2.0質量%、Ca:0.001〜0.1質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、ビッカース硬さが40〜70の範囲内にある光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット、に特徴を有するものである。
【0009】
前記(1)記載のビッカース硬さが40〜70の範囲内にある光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットは、従来のAg合金ターゲットを加熱熱処理後、水冷することにより得られ、その組織は平均結晶粒径:5〜200μmの結晶組織となっており、この結晶組織は再結晶組織となっている。したがって、この発明は、
(2)前記(1)記載のAg合金スパッタリングターゲットは、平均結晶粒径:5〜200μmの結晶組織を有する光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット、
(3)前記結晶組織は、再結晶組織である前記(2)記載の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット、に特徴を有するものである。
【0010】
この発明の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットは、図1に示されるターゲット本体1の周囲に鍔2を有する鍔付きターゲット10である。したがって、この発明は、
(4)前記光記録媒体の反射膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、ターゲット本体の周囲に鍔を有する鍔付きターゲットである前記(1)、(2)または(3)記載の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット、に特徴を有するものである。
【0011】
この発明の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットを製造するには原料として純度:99.99質量%以上の高純度Agおよび高純度Cu、いずれも純度:99.9質量%以上のGa、Caを用意し、まず、AgまたはAgおよびCuを高真空もしくは不活性ガス雰囲気中で溶解して得られたAg溶湯またはAg―Cu合金溶湯を作製し、これらの溶湯にそれぞれGa、Ca、を所定の含有量となるように添加し、その後、真空または不活性ガス雰囲気中で鋳造してインゴットを作製し、これらインゴットを冷間加工し熱処理を加えたのち水冷し、その後、機械加工することにより製造することができる。
前記Ag溶湯またはAg―Cu合金溶湯にGaを添加する方法はGaを予めAg箔で包んで添加することが好ましく、またCaはAgへの固溶が殆どないので、均質なターゲットを作製するためにAg−Ca母合金を予め作製し、これら母合金を高周波真空溶解したAg溶湯またはAg−Cu合金溶湯に添加することが好ましい。
【0012】
この発明の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットの成分組成はすでに知られている成分組成であるからその限定理由の説明は省略する。この発明の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットのビッカース硬さを40〜70にしたのは、ビッカース硬さが40未満では長時間スパッタ後のターゲットの反りが大きくなるために膜厚分布の悪化傾向が顕著になるので好ましくなく、一方、ビッカース硬さが70を越えると熱処理が不十分なために圧延組織が残ったものとなる傾向が強くなり、スパッタ初期より膜厚分布が不均一なものとなるため好ましくない、という理由によるものである。
また、その結晶組織または再結晶組織の平均結晶粒径を5〜200μmに規定したのは、平均結晶粒径が5μm未満では熱処理が不十分であり、膜厚分布が不均一となるので好ましくなく、一方、平均結晶粒径が200μmを越えると、ターゲットの反りが大きくなり、そのために膜厚分布が不均一となる悪化傾向を示すので好ましくない、という理由によるものである。
【発明の効果】
【0013】
この発明の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲットは、従来の光記録媒体用Ag合金スパッタリングターゲットに比べて、長時間スパッタリングを行ってもスパッタリング初期に得られた反射膜とスパッタリング終期に得られた反射膜の厚さ分布の変化が少なく、均一な特性を有する光記録媒体を製造することができ、メディア産業の発展に大いに貢献し得るものである。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
原料として純度:99.99質量%以上の高純度Ag、純度:99.99質量%以上の高純度Cu、Ag箔に包んだ純度:99.9質量%以上のGa、Ag−5質量%Ca母合金を用意した。
Agを高周波真空溶解炉にて溶解することによりAg溶湯を作製し、さらにAgおよびCuを高周波真空溶解炉にて溶解することによりAg−Cu合金溶湯を作製した。得られたAg溶湯およびAg−Cu合金溶湯に、Ag箔に包んだGa、Ag−5質量%Ca母合金を添加してAg合金溶湯を作製し、得られたAg合金溶湯を黒鉛製鋳型にArガス雰囲気中で鋳造することにより表1に示される成分組成を有するインゴットを作製した。
【0015】
実施例
得られたインゴットを550℃、2時間保持の条件で加熱し水冷した後、所定の大きさに切断し、次いで冷間圧延し、その後、表1に示される温度で1時間保持の条件で熱処理を加えたのち水冷し、その後、機械加工することにより図1に示されるようなターゲット本体1の直径が200mm、厚さが15mm、鍔の直径が210mm、厚さが5mmの寸法を有し、表1に示されるビッカース硬さおよび平均再結晶粒径を有する本発明Ag合金鍔付きターゲット(以下、本発明ターゲットという)1〜6を作製した。
【0016】
従来例
さらに、得られたインゴットを550℃、2時間保持の条件で加熱し水冷した後、所定の大きさに切断し、次いで冷間圧延し、その後、表1に示される温度で1時間保持の条件で熱処理を加えたのち空冷し、その後、機械加工することにより図1に示されるようなターゲット本体1の直径が200mm、厚さが15mm、鍔の直径が210mm、厚さが5mmの寸法を有し、表1に示されるビッカース硬さおよび平均結晶粒径を有する従来Ag合金鍔付きターゲット(以下、従来ターゲットという)1〜6を作製した。
なお、前記実施例および従来例で測定したビッカース硬さはJISZ2244に規定されている測定法により測定したものであり、前記平均結晶粒径は下記の条件の線分法により求めた値である。
平均結晶粒径の測定方法:
本発明ターゲット1〜6および従来ターゲット1〜6より切り出した試料面を鏡面に研磨し、過酸化水素水とアンモニア水からなるエッチング液にてエッチングしたのち、結晶粒界を判別することができる倍率:50〜1000倍の範囲内の光学顕微鏡にて顕微鏡写真を撮り、得られた写真を横切って無造作に4本の直線を描き、この4本の直線にそれぞれ交差する結晶粒界を計数し、下記の計算式:
平均結晶粒径=(3/2)・(L/N)・(1/M)
(ただし、L:4本の線分の長さの合計(μm)、N:4本の線分と結晶粒とが交差する結晶粒界の総数、M:写真の倍率)
を用いて平均結晶粒径を求めた。
【0017】
本発明ターゲット1〜6および従来ターゲット1〜6を図2に示されるようにそれぞれ直流マグネトロンスパッタ装置の冷却台7の上に載置し、把持具6によってターゲットの鍔2を冷却水が漏洩しないようにしっかりと固定し、真空排気装置にて直流マグネトロンスパッタ装置内を1×10-4Paまで排気した後、Arガスを導入して1.0Paのスパッタガス圧とし、続いて直流電源にてターゲットに2KWの直流スパッタ電力を印加し、前記ターゲットに対抗しかつ70mmの間隔を設けてターゲットと平行に配置した縦:30mm、横:30mm、厚さ:0.5mmの無アルカリガラス基板と前記ターゲットの間にプラズマを発生させ、冷却水圧が0.4MPaとなるように冷却水を流しながら断続的に積算電力量で100KWhのスパッタリングを行なった。100KWhのスパッタリングを終了したのち本発明ターゲット1〜6および従来ターゲット1〜6を取り出して図4に示されるように平面基材の上に載置し、隙間ゲージにて最大隙間間隔Sを測定し、その結果を表1に示した。
【0018】
【表1】

【0019】
表1に示される結果から、本発明ターゲット1〜6を用い、100KWhのスパッタリングを行うことにより変形した最大隙間間隔Sは、いずれも従来ターゲット1〜6を用いて100KWhのスパッタリングを行うことにより変形した最大隙間間隔Sに比べて小さいことから、本発明ターゲット1〜6は従来ターゲット1〜6に比べて変形しにくいことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【図1】Ag合金鍔付きターゲットの斜視図である。
【図2】Ag合金鍔付きターゲットをスパッタリング装置にセットした状態を示す断面説明図である。
【図3】Ag合金鍔付きターゲットをスパッタリング装置にセットしスパッタリングした状態を示す断面説明図である。
【図4】Ag合金鍔付きターゲットの変形量を測定する方法を説明するための断面説明図である。
【符号の説明】
【0021】
1:ターゲット本体、2:鍔、3、3´、3´´:マグネット、4:基板、5:プラズマ、6:把持具、7:冷却台、8:磁力線、9:平面基材、10:鍔付きターゲット

【特許請求の範囲】
【請求項1】
Cu:0.1〜3.0質量%、Ga:0.05〜2.0質量%、Ca:0.001〜0.1質量%を含有し、残部がAgおよび不可避不純物からなる成分組成を有し、ビッカース硬さが40〜70の範囲内にあることを特徴とする光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット。
【請求項2】
前記請求項1記載のAg合金スパッタリングターゲットは、平均結晶粒径:5〜200μmの結晶組織を有することを特徴とする光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット。
【請求項3】
前記結晶組織は、再結晶組織であることを特徴とする請求項2記載の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット。
【請求項4】
前記光記録媒体の反射膜形成用銀合金スパッタリングターゲットは、ターゲット本体の周囲に鍔を有する鍔付きターゲットであることを特徴とする請求項1、2または3記載の光記録媒体の反射膜形成用高硬度Ag合金スパッタリングターゲット。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−24212(P2009−24212A)
【公開日】平成21年2月5日(2009.2.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−187778(P2007−187778)
【出願日】平成19年7月19日(2007.7.19)
【出願人】(000006264)三菱マテリアル株式会社 (4,417)
【Fターム(参考)】