説明

制振建物

【課題】建物に低廉なコストで微小振動から大地震までの制振効果を与えることが出来る制振建物の提供。
【解決手段】建物本体部A1の上方に該建物本体部A1に対して移動可能に支承された付加質量部A2と、建物本体部A1と付加質量部A2との間に介在し、復元力特性と減衰性とのうちの少なくとも1つを変更し得る制振部A3と、所定の階層の地震時の振動応答値を検出する振動応答値検出手段となる加速度センサ6〜9と、該加速度センサ6〜9により検出された振動応答値と、制振建物Aの振動特性とに基づいて、復元力と減衰値とを算出する演算装置と、該演算装置で得られた前記復元力及び減衰値に基づいて、前記制振部A3の復元力特性と減衰性の一方または両方を変化させる振動特性変更手段とを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、住宅等に適用される制振建物に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、建物の屋上に弾性体を介して付加質量を載荷して制振効果を発揮させる慣性質量制振と呼ばれる建物の制振技術があった。
【0003】
例えば、特開平6−146656号公報(特許文献1)には、建築構造物の上部に弾性材からなる支持体を設置し該支持体の上に緑化構造体を設置して、該緑化構造体を付加質量として利用することで制振性能を発揮させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平6−146656号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、このような構成の場合、大地震時は各階層の塑性化の程度が一様でなくなるので、各階層の剛性分布が変化し建物の振動形(固有ベクトル)も変化する。従って、当初に設定され固定化された弾性体の剛性値では、地震動の大きさによっては適正な制振効果が得られないという問題があった。
【0006】
本発明は前記課題を解決するものであり、その目的とするところは、建物に低廉なコストで微小振動から大地震までの制振効果を与えることが出来る制振建物を提供せんとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
前記目的を達成するための本発明に係る制振建物の第1の構成は、複数の階層からなる建物本体部と、該建物本体部の上方に該建物本体部に対して地震時に水平移動可能に支承された状態で載置される付加質量部と、前記建物本体部と前記付加質量部との間に介在し地震力により前記建物本体部に対し相対的に移動した前記付加質量部を当初の位置に復元させる復元機能と、前記付加質量部の振動を減衰させる減衰機能とを有する制振部と、所定の階層の地震時の応答値、及び前記付加質量部の地震時の応答値を検出する応答値検出手段と、前記応答値検出手段により検出された応答値から前記本体部の振動特性を演算し前記付加質量部に作用する復元力及び減衰力が地震時の応答値の抑制に適した値となるような前記制振部の剛性値及び減衰係数を演算する演算装置と、前記演算装置で得られた前記剛性値及び減衰係数に基づいて前記制振部の剛性値と減衰係数とのうち少なくとも1つを変更する振動特性変更手段と、を有することを特徴とする。
【0008】
また、本発明に係る制振建物の第2の構成は、前記第1の構成において、大地震の際に前記建物本体部の各階層が有する水平耐力を最下層が他の階層に先行して降伏するように設定したことを特徴とする。
【0009】
また、本発明に係る制振建物の第3の構成は、前記第1の構成または第2の構成において、前記付加質量部が小屋、塔屋、設備機器のいずれかからなることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
建物本体部に付加的な質量を付与する付加質量部を適切な復元力と減衰力を作用させる制振部を介して付加すると、建物振動形(固有ベクトル)が変化し建物本体部の変形が減少し建物本体部の損傷が抑制される。この効果を大地震時にまで及ぼすためには、以下の2点に留意することが望ましい。
【0011】
(1)付加質量部の質量を充分大きくする。(2)大地震時は各階層の塑性化の程度が一様でなくなり、各階層の剛性分布が塑性化前の状態から変化し建物の振動形(固有ベクトル)も塑性化前の状態から変化する。この変化に対応させて付加質量部を支持する支持体(制振部)の剛性値や減衰係数を変化させる。
【0012】
本発明の制振建物では、地震によって塑性化が始まった状態の各階層の応答値(加速度)、及び付加質量部の応答値から、地震による塑性化後の建物本体部の構造特性(各階層の剛性値、減衰係数等)を演算し、変化した振動形に対し効果的な慣性質量制振を行うように付加質量部の剛性、減衰を制御することによって、建物本体部が塑性化するような大地震時における制振効果を高めることができる。
【0013】
また、大地震の際に建物本体部の各階層が有する水平耐力を最下層が他の階層に先行して降伏するように設定することにより、付加質量部と降伏(塑性化)しない建物本体部とを一体の剛体とみなすことができるので、振動応答値検出手段の数を減して制振制御システムや演算処理を簡略化することができる。
【0014】
また、大地震時の損傷が建物本体部の最下層に集中して発生するようになるので、損傷部分の補修の際に足場が不要となり修復性が向上する。
【0015】
また、充分な質量を有し建物に無くてはならない小屋、塔屋、設備機器を付加質量部とすることによって、低コストで大地震に有効な慣性質量制振を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【図1】本発明に係る制振建物を示す全体模式断面図である。
【図2】制振部を構成する可変剛性部材としての可変復元部材の構成を示す部分模式断面図である。
【図3】本発明に係る制振建物の制御系の構成を示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明に係る制振建物を2階建て住宅に適用した場合の一実施形態を、図を用いて具体的に説明する。
【実施例1】
【0018】
図1、図2において、Aは制振建物であり、最下層である第一層1と最上層である第二層2とで複数の階層からなる建物本体部A1と、勾配屋根を構成する小屋からなる付加質量部A2と、建物本体部A1と付加質量部A2との間に介在する復元機能と減衰機能とを発揮し得る制振部A3とを有して構成される。付加質量部A2は、建物本体部A1の上方(水平屋根面3上)に制振部A3を介して地震時に水平移動可能に支承された状態で載置されている。
【0019】
図1において、制振部A3は、地震力により付加質量部A2が建物本体部A1に対し相対的に移動した際に付加質量部A2を当初の位置に復元させる復元部材4と、付加質量部A2の移動時の移動速度を減衰させる可変減衰部材5とからなる。復元部材4は天然ゴム系積層ゴムからなり、その剛性値は温度変化によって若干の変化はあるもののほぼ一定に保たれ、復元力はその水平移動量(せん断変形量)に比例する大きさで付加質量部A2に作用する。また、可変減衰部材5は、内部のオリフィス(通油口)を電磁式アクチュエーターにより大小に変化させて封入されたオイルの移動量を調整することで減衰特性(減衰定数)が変化し、これに伴って付加質量部A2に作用する減衰力(付加質量部A2の固有周期を含めた振動特性)を変化させ得るオイルダンパーで構成されている。
【0020】
建物本体部A1の各階層1,2の床面1a,2aには、各所定の階層1,2の地震時の応答値を検出する応答値検出手段となる加速度センサ6,7が設けられている。また、水平屋根面3及び付加質量部A2にも加速度センサ8,9が設けられている。
【0021】
図2に示す可変剛性部材16は、建物本体部A1の水平屋根面3側に設けられた摩擦板17と、付加質量部(小屋)A2側に固定されたピストンロッド18を有し、該ピストンロッド18の先端部が摩擦板17に当接して地震時に摺動可能に構成されている。そして油圧を調整することでピストンロッド18先端部の突出量が変化する。これによって、付加質量部A2が建物本体部A1に対して水平移動した際の復元部材4による復元力の反力となる摩擦力が変化し、これにより、付加質量部A2の水平移動の履歴特性から定まる等価剛性が変化する。これに伴って、付加質量部A2に作用する復元力も変化する。例えば、ピストンロッド18の先端部の突出量を大きくして摩擦力を増加させた場合、地震時の水平移動が制限されて等価剛性が増加し、付加質量部A2に作用する復元力が増加する。
【0022】
図3において、10はコンピュータシステムにより構築された演算装置である。演算装置10は、各加速度センサ6〜9により検出された各階層1,2の時々刻々の応答値(加速度)に基づいて、(1)各階層1,2の速度(加速度を積分することにより算出)、(2)各階層1,2の変位(速度を積分することにより算出)、(3)層間変形(上下の階層1,2間の変位から算出)、(4)力と変形の履歴曲線(各階層1,2の質量、加速度、変位から算出)、(5)等価剛性値及び等価減衰定数(力と変形の履歴曲線から算出)、(6)付加質量部A2を載置しない状態即ち建物本体部A1のみの状態での固有周期(各階層1,2の等価剛性値から算出)、(7)付加質量部A2に対して前記付加質量部A2を載置しない状態での固有周期を与える制振部A3の剛性値、を順次算出する機能を有する。
【0023】
また、演算装置10は、制振部A3が減衰を独立に調整し得る構成の場合、(8)付加質量部A2の変位が過大にならず、且つ建物本体部A1の塑性化を促進しない制振部A3の減衰定数、を算出する機能を有する。
【0024】
前記(1)乃至(6)が建物本体部A1の振動特性を表し、前記(7)及び(8)が付加質量部A2に作用する復元力及び減衰力が地震時の応答値の抑制に適した値となるような制振部A3の剛性値及び減衰係数である。
【0025】
12は振動特性変更手段であり、演算装置10で得られた、付加質量部A2に作用する復元力及び減衰力が地震時の応答値の抑制に適した剛性値及び減衰係数に基づいて前記制振部A3の剛性値及び減衰係数を変更する機能を有する。本実施形態の制振建物Aでは、可変剛性部材16のピストンロッド18の油圧制御機構や可変減衰部材5のアクチュエータが振動特性変更手段12としての機能を有している。振動特性変更手段12は制御装置13により制御される。
【0026】
14は非常用電源であり、大地震により停電した場合でも蓄電池や発電機等からなる非常用電源14が起動して制御装置13、演算装置10、振動特性変更手段12等に電源を供給することが出来るように構成される。
【0027】
また、本実施形態の制振建物Aでは、地震時の損傷が該制振建物Aの第一層1に集中して発生するように、各階層1,2が有する水平耐力が設定されている。すなわち、大地震の際に、第一層1が第二層2に先行して塑性化するように、第一層1の降伏せん断耐力が第二層2の降伏せん断耐力よりも小さく設定されている。
【0028】
次に、地震動の変化に応じた制振建物Aにおける慣性質量制振制御のフローを説明する。制振建物Aに設置された加速度センサ6〜9は振動の有無やその大きさに関わらず常に作動して継続的に応答値(加速度時刻歴)を検出し続けている。
【0029】
交通振動等によって日常的に発生する小振動、あるいは、中小の地震によって生じる振動に対しては、制振建物Aは弾性域内での変形を保ち当初の振動特性(剛性、固有周期、減衰性等)を維持しているが、大地震の発生により制振建物Aに大きな力が作用すると、制振建物Aの層間変形の振幅値が増大して、第一層1の構造体が塑性化を始め剛性や減衰の分布が変化する。この塑性化後の振動特性の変化は、加速度センサ6〜9によって時々刻々検出される各階層1,2の応答値(加速度時刻歴)をもとに、演算装置10によって算出されるが、加速度時刻歴に基づいて演算される各層の等価剛性が変化した場合、演算装置10によって付加質量部A2に作用する復元力及び減衰力が地震時の応答値の抑制に適した値となるような制振部A3の剛性値及び減衰係数の最適値が算出される。この最適剛性値及び最適減衰係数のデータが制御手段13に伝えられ、制御装置13が振動特性変更手段12を制御することによって制振部A3の剛性値及び減衰係数が最適化される。
【0030】
制振部A3の剛性値及び減衰係数の最適化により、あるいはその後の地震力の増加による塑性化の進行等により、剛性や減衰の分布が時事刻々変化するが、変化後の応答値(加速度時刻歴)は加速度センサ6〜9によって継続的に検出され、加速度時刻歴に基づいて継続的に演算される各層の等価剛性が変化した場合には、制振部A3の剛性値及び減衰係数の最適値化が繰り返し行われる。
【0031】
上記制振建物Aでは、地震によって塑性化が始まった状態の各階層1,2の応答値(加速度)から、地震による塑性化後の建物本体部A1の振動特性(各階層1,2の剛性値、固有周期、減衰係数等)を算出し、変化した振動形に対し効果的な慣性質量制振を行う復元力と減衰力が付加質量部A2に作用するように制振部A3の剛性、減衰性を制御することによって、建物本体部A1が塑性化するような大地震時における制振効果を高めることができる。
【0032】
また、大地震の際に建物本体部A1の各階層1,2が有する水平耐力を最下層1が他の階層2に先行して降伏するように設定することにより、付加質量部A2と降伏(塑性化)しない建物本体部A1とを一体の剛体とみなすことができるので、加速度センサ(振動応答値検出手段)の数を削減して制振制御システムの構成や演算処理を簡略化することができる。
【0033】
また、大地震時の損傷が建物本体部A1の最下層1に集中して発生するようになるので、損傷部分の補修の際に足場が不要となり修復性が向上する。
【0034】
上記実施例では、制振建物Aを勾配屋根形式の建物として、勾配屋根を構成する小屋を付加質量部A2としたが、例えば、制振建物Aを陸屋根建物として、屋上に出入りする為の塔屋、或いは屋上に載置する太陽光発電装置や太陽熱温水器等の設備機器を付加質量部A2とすることができる。
【0035】
また、制振部A3を構成する可変減衰部材5としては、オイルダンパーの他にMR(磁気粘性流体)ダンパーやER(電気粘性流体)ダンパーを使うことが出来る。これらは、磁場や電場の印加によってダンパー内の粘性流体の粘度を変化させて減衰定数を変化させるものである。
【0036】
また、上記実施例では、制振部A3に摩擦力を制御して剛性値を変更し得る可変剛性部材16を備えているが、このような機能を持たない構成、即ち復元部材4と可変減衰部材5のみとして、該可変減衰部材5を制御して減衰係数のみを変化させることによっても、付加質量部A2の振動特性(等価剛性や減衰係数)を変化させることは可能である。
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の活用例として、建物の振動抑制に適用出来る。
【符号の説明】
【0038】
A …制振建物
A1 …建物本体部
A2 …付加質量部
A3 …制振部
1 …第一層
2 …第二層
1a,2a …床面
3 …水平屋根面
4 …復元部材
5 …可変減衰部材
6〜9 …加速度センサ(応答値検出手段)
10 …演算装置
12…振動特性変更手段
13 …制御装置
14 …非常用電源
16 …可変剛性部材
17 …摩擦板
18 …ピストンロッド

【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の階層からなる建物本体部と、
該建物本体部の上方に該該建物本体部に対して地震時に水平移動可能に支承された状態で載置される付加質量部と、
前記建物本体部と、前記付加質量部との間に介在し、地震力により前記建物本体部に対し相対的に移動した前記付加質量部を当初の位置に復元させる復元機能と、前記付加質量部の振動を減衰させる減衰機能とを有する制振部と、
所定の階層の地震時の応答値、及び前記付加質量部の地震時の応答値を検出する応答値検出手段と、
前記応答値検出手段により検出された応答値から、前記建物本体部の振動特性を演算し、前記付加質量部に作用する復元力及び減衰力が地震時の応答値の抑制に適した値となるような前記制振部の剛性値及び減衰係数を演算する演算装置と、
前記演算装置で得られた前記剛性値及び減衰係数に基づいて、前記制振部の剛性値と減衰係数とのうち少なくとも1つを変更する振動特性変更手段と、
を有することを特徴とする制振建物。
【請求項2】
大地震の際に前記建物本体部の各階層が有する水平耐力を最下層が他の階層に先行して降伏するように設定したことを特徴とする請求項1に記載した制振建物。
【請求項3】
前記付加質量部が小屋、塔屋、設備機器のいずれかからなることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載した制振建物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2010−209625(P2010−209625A)
【公開日】平成22年9月24日(2010.9.24)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−58832(P2009−58832)
【出願日】平成21年3月12日(2009.3.12)
【出願人】(303046244)旭化成ホームズ株式会社 (703)
【Fターム(参考)】