説明

加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法

【課題】延性、穴拡げ性および耐疲労特性に優れる高強度溶融亜鉛めっき鋼板ならびにその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.5〜2.5%、Mn:1.0〜3.5%、P:0.003〜0.100%、S:0.02%以下、Al:0.010〜0.1%で残部が鉄および不可避的不純物からなる組成の鋼からなり、かつ、鋼板組織が面積率でフェライトを50%以上、マルテンサイトを5〜35%、パーライトを2〜15%含み、マルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、近接するマルテンサイト間の平均距離が5μm以下であることを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の産業分野で使用される部材用の加工性および耐疲労特性に優れた高強度溶融亜鉛めっき鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境の保全の見地から、自動車の燃費向上が重要な課題となっている。このため、車体材料の高強度化により薄肉化を図り、車体そのものを軽量化しようとする動きが活発となってきている。しかしながら、鋼板の高強度化は延性の低下、即ち加工性の低下を招くことから、高強度と高加工性を併せ持つ材料の開発が望まれている。
【0003】
さらには、最近の自動車への耐食性向上の要求の高まりも加味して、溶融亜鉛めっきを施した高張力鋼板の開発が多く行われてきている。
【0004】
このような要求に対して、これまでにフェライト、マルテンサイト二相鋼(DP鋼)や残留オーステナイトの変態誘起塑性を利用したTRIP鋼など、種々の複合組織型高強度溶融亜鉛めっき鋼板が開発されてきた。
【0005】
例えば、特許文献1では多量のSiを添加することにより残留オーステナイトを確保し高延性を達成する加工性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板が提案されている。
【0006】
しかし、これらDP鋼やTRIP鋼は伸び特性には優れるものの穴拡げ性が劣るという問題がある。穴拡げ性は加工穴部を拡張してフランジ成形させるときの加工性(伸びフランジ性)を示す指標で、伸び特性と共に高強度鋼板に要求される重要な特性である。
【0007】
伸びフランジ性に優れる溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法として、特許文献2に焼鈍均熱後、溶融亜鉛めっき浴までの間にMs点以下まで強冷却して生成したマルテンサイトを再加熱し焼き戻しマルテンサイトとして穴拡げ性を向上させる技術が開示されている。しかし、マルテンサイトを焼戻しマルテンサイトにすることにより穴拡げ性は向上するが、ELが低いことが問題となる。
【0008】
さらに、プレス成形した部品の性能として耐疲労特性が要求される部位もあり、そのためには素材の耐疲労特性を向上させることが必要となる。
【0009】
このように、高強度溶融亜鉛めっき鋼板には優れた伸び特性、穴拡げ性および耐疲労特性が要求されるが、従来の溶融亜鉛めっき鋼板ではこれらを全て高いレベルで兼ね備えるものは無かった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【特許文献1】特開平11-279691号公報
【特許文献2】特開平6-93340号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は上記の様な問題点に着目してなされたものであって、その目的は延性、穴拡げ性および耐疲労特性に優れる高強度溶融亜鉛めっき鋼板ならびにその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記した課題を達成し、延性、穴拡げ性および耐疲労特性に優れる高強度溶融亜鉛めっき鋼板を製造するため、鋼板の組成およびミクロ組織の観点から鋭意研究を重ねた。その結果、合金元素を適正に調整して、熱延板をベイナイトとマルテンサイトを主体とした組織とし、その熱延板を素材とし冷延後、焼鈍を行う過程において8℃/s以上の急速加熱を行うことにより、最終組織において適量のマルテンサイトが均一微細に分散し、穴拡げ性および耐疲労特性の向上に有効となることが分かった。さらに、めっきを施した後、540〜600℃の温度域でめっき合金化処理を行うことにより、適量のパーライトが生成し、マルテンサイトによる穴拡げ性の低下を抑制することが明らかとなった。
【0013】
本発明は、上記した知見に基づいて構成されたものである。
【0014】
すなわち本発明は、
(1)質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.5〜2.5%、Mn:1.0〜3.5%、P:0.003〜0.100%、S:0.02%以下、Al:0.010〜0.1%で残部が鉄および不可避的不純物からなる組成の鋼からなり、かつ、鋼板組織が面積率でフェライトを50%以上、マルテンサイトを5〜35%、パーライトを2〜15%含み、マルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、近接するマルテンサイト間の平均距離が5μm以下であることを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0015】
(2)上記(1)に記載の鋼板組織は、更に面積率でベイナイトを5〜20%および/または残留オーステナイトを2〜15%含むことを特徴とする(1)に記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0016】
(3)上記(1)または(2)に記載の鋼は、質量%で、Cr:0.005〜2.00%、Mo:0.005〜2.00%、V:0.005〜2.00%、Ni:0.005〜2.00%、Cu:0.005〜2.00%から選ばれる1種または2種以上の元素を更に含有することを特徴とする(1)または(2)に記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0017】
(4)上記(1)〜(3)に記載の鋼は、質量%で、Ti:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%から選ばれる1種または2種の元素を更に含有することを特徴とする(1)〜(3)のいずれかに記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0018】
(5)上記(1)〜(4)に記載の鋼は、質量%でB:0.0002〜0.005%を更に含有することを特徴とする(1)〜(4)のいずれかに記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0019】
(6)上記(1)〜(5)に記載の鋼は、質量%で、Ca:0.001〜0.005%、REM:0.001〜0.005%から選ばれる1種または2種の元素を更に含有することを特徴とする(1)〜(5)のいずれかに記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【0020】
(7)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の成分を有するスラブに熱延を施し、ベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上の組織を有する熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0021】
(8)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の成分を有するスラブに熱延を施し、ベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上の組織を有する熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却し、300〜530℃の温度域に20〜900s保持した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0022】
(9)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の成分を有するスラブに、仕上げ圧延温度をA3変態点以上で熱間圧延終了後、続いて50℃/s以上の平均冷却速度で冷却し300℃以上550℃以下の温度で巻取る熱延工程を施し熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【0023】
(10)上記(1)〜(6)のいずれかに記載の成分を有するスラブに、仕上げ圧延温度をA3変態点以上で熱間圧延終了後、続いて50℃/s以上の平均冷却速度で冷却し300℃以上550℃以下の温度で巻取る熱延工程を施し熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却し、300〜530℃の温度域に20〜900s保持した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【発明の効果】
【0024】
本発明によれば加工性および耐疲労特性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板が得られ、自動車の軽量化と衝突安全性向上の両立を可能とし、自動車車体の高性能化に大きく寄与するという優れた効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明を具体的に説明する。
【0026】
まず、本発明において鋼の成分組成を上記の範囲に限定した理由について説明する。なお、成分に関する「%」表示は特に断らない限り質量%を意味するものとする。
【0027】
C:0.05〜0.3%
Cはマルテンサイト等の低温変態相を生成し鋼板強度を上昇させるとともに、組織を複合化してTS-ELバランスを向上させるために必要な元素である。C量が0.05%未満では製造条件の最適化を図ったとしても5%以上のマルテンサイトの確保が難しく、強度およびTS×ELが低下する。一方、C量が0.3%を超えると、溶接部および熱影響部の硬化が著しく、溶接部の機械的特性が劣化する。こうした観点からC量を0.05〜0.3%の範囲とする。好ましくは0.08〜0.14%である。
【0028】
Si:0.5〜2.5%
Siは鋼の強化に有効な元素であり、特に固溶強化によりフェライトの強化に有効に働く。複合組織鋼の疲労亀裂は軟質なフェライトで発生することから、Si添加によるフェライトの強化は疲労亀裂発生の抑制に有効となる。また、Siはフェライト生成元素であり、フェライトと第2相との複合組織化を容易にする。ここに、Si量が0.5%に満たないとその添加効果に乏しくなるので、下限を0.5%とした。ただし過剰な添加は、延性や表面性状、溶接性を劣化させるので、Siは2.5%以下で含有させるものとした。好ましくは0.7〜2.0%である。
【0029】
Mn:1.0〜3.5%
Mnは鋼の強化に有効な元素であり、低温変態相の生成を促進する。このような作用は、Mn含有量が1.0%以上で認められる。ただし、Mnを3.5%を超えて過剰に添加すると、低温変態相の過剰な増加や固溶強化によるフェライトの延性劣化が著しくなり成形性が低下する。従って、Mn量を1.0〜3.5%とする。好ましくは1.5%〜3.0%である。
【0030】
P:0.003〜0.100%
Pは鋼の強化に有効な元素であり、この効果は0.003%以上で得られる。しかし、0.100%を超えて過剰に添加すると粒界偏析により脆化を引き起こし、耐衝撃性を劣化させる。従って、P量は0.003%〜0.100%とする。
【0031】
S:0.02%以下
SはMnSなどの介在物となって、耐衝撃特性の劣化や溶接部のメタルフローに沿った割れの原因になるので極力低い方が良いが、製造コストの面から0.02%以下とする。
【0032】
Al:0.010〜0.1%
Alは脱酸剤として作用し、鋼の清浄度に有効な元素であり、脱酸工程で添加することが好ましい。ここに、Al量が0.010%に満たないとその添加効果に乏しくなるので、下限を0.010%とした。しかしながら、Alの過剰な添加は製鋼時におけるスラブ品質の劣化による表面品質の劣化につながる。従ってAlの添加量上限は0.1%とする。
【0033】
本発明における高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、上記の成分組成を基本成分とし、残部は鉄および不可避的不純物からなるが、所望の特性に応じて、以下に述べる成分を適宜含有させることができる。
【0034】
Cr:0.005〜2.00%、Mo:0.005〜2.00%、V:0.005〜2.00%、Ni:0.005〜2.00%、Cu:0.005〜2.00%から選ばれる1種または2種以上
Cr、Mo、V、Ni、Cuは低温変態相の生成を促進し鋼の強化に有効に働く。この効果は、Cr、Mo、V、Ni、Cuの少なくとも1種を0.005%以上含有させることで得られる。しかし、Cr、Mo、V、Ni、Cuのそれぞれの成分が2.00%を超えるとその効果は飽和し、コストアップの要因となる。従ってCr、Mo、V、Ni、Cu量はそれぞれ0.005〜2.00%とする。
【0035】
Ti:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%から選ばれる1種または2種
Ti、Nbは炭窒化物を形成し、鋼を析出強化により高強度化する作用を有する。このような効果はそれぞれ0.01%以上で認められる。一方、Ti、Nbはそれぞれ0.20%を超えて含有しても、過度に高強度化し、延性が低下する。このため、Ti、Nbはそれぞれ0.01〜0.20%とする。
【0036】
B:0.0002〜0.005%
Bはオーステナイト粒界からのフェライトの生成を抑制し強度を上昇させる作用を有する。その効果は0.0002%以上で得られる。しかし、B量が0.005%を超えるとその効果は飽和し、コストアップの要因となる。従って、B量は0.0002〜0.005%とする。
【0037】
Ca:0.001〜0.005%、REM:0.001〜0.005%から選ばれる1種または2種
Ca、REMはいずれも硫化物の形態制御により加工性を改善する効果を有しており、必要に応じてCa、REMの1種または2種を0.001%以上含有させることができる。しかしながら過剰な添加は清浄度に悪影響を及ぼす恐れがあるため、それぞれ0.005%以下とする。
【0038】
次に鋼組織について説明する。
【0039】
《最終組織》
フェライトの面積率:50%以上
フェライト面積率が50%未満だとTSとELのバランスが低下するため50%以上とする。
【0040】
マルテンサイトの面積率:5〜35%
マルテンサイト相は鋼の高強度化に有効に働く。また、フェライトとの複合組織化により、降伏比を低下させ変形時の加工硬化率を上昇させ、TS×ELの向上にも有効に働く。さらに、マルテンサイトは疲労亀裂進展の障壁となることから疲労特性向上にも有効に働く。面積率が5%未満では上記の効果に乏しく、35%を超えて過剰に存在すると以下に示すように2〜15%のパーライトと共存させたとしても伸び、穴拡げ性が顕著に低下する。従って、マルテンサイト相の面積率は5〜35%とする。
【0041】
パーライトの面積率:2〜15%
パーライトはマルテンサイトによる穴拡げ性の低下を抑制する効果を有する。マルテンサイトはフェライトに対して非常に硬く、その硬度差が大きいことにより穴拡げ性が低下する。しかし、パーライトをマルテンサイトと共存させることによりマルテンサイトによる穴拡げ性の低下を抑制することが可能となる。パーライトによる穴拡げ性低下の抑制について詳細は不明だが、フェライトとマルテンサイトの中間の硬度を有するパーライト相が存在することで、その硬度差が緩和されるためだと考えられる。面積率が2%未満では上記の効果に乏しく、15%を超えて存在するとTS×ELが低下する。従って、パーライトの面積率は2〜15%とする。
【0042】
本発明における高強度溶融亜鉛めっき鋼板は、上記の組織構成を基本組織とし、所望の特性に応じて、以下に述べる組織を適宜含有させることができる。
【0043】
ベイナイトの面積率:5〜20%
ベイナイトはマルテンサイトと同様に鋼の高強度化や疲労特性の向上に有効に働く。面積率が5%未満では上記の効果に乏しく、20%を超えて過剰に存在するとTS×ELが低下する。従って、ベイナイト相の面積率は5〜20%とする。
【0044】
残留オーステナイトの面積率:2〜15%
残留オーステナイトは鋼の強化に寄与するだけでなく、TRIP効果によりTS×ELの向上に有効に働く。このような効果は面積率が2%以上で得られる。また、残留オーステナイトの面積率が15%を超えると伸びフランジ性および耐疲労特性が顕著に低下する。従って、残留オーステナイト相の面積率は2%以上15%以下とする。
【0045】
マルテンサイトの平均結晶粒径:3μm以下、近接するマルテンサイト間の平均距離:5μm以下
マルテンサイトを均一微細に分散させることにより穴拡げ性および耐疲労特性が向上する。マルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下および近接するマルテンサイト間の平均距離が5μm以下でその効果が顕著となる。従ってマルテンサイトの平均結晶粒径を3μm以下、近接するマルテンサイト間の平均距離を5μm以下とする。
【0046】
次に製造条件について説明する。
【0047】
上記の成分組成に調整した鋼を転炉などで溶製し、連続鋳造法等でスラブとする。この鋼素材に熱間圧延を施して熱延鋼板とした後、さらに冷間圧延を施して冷延鋼板とし連続焼鈍を施し、その後、溶融亜鉛めっき、めっき合金化処理を施す。
【0048】
《熱間圧延条件》
仕上げ圧延温度:A3変態点以上、平均冷却速度:50℃/s以上
熱間圧延の仕上げ圧延終了温度がA3点未満あるいは平均冷却速度が50℃/s未満では、圧延中あるいは冷却中に過度にフェライトが生成して、熱延板組織をベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上とすることが困難となる。従って、仕上げ圧延温度はA3変態点以上、平均冷却速度は50℃/s以上とする。
【0049】
巻取り温度:300℃以上550℃以下
巻取り温度が550℃を超えると、巻取り後にフェライトやパーライトが生成し、熱延板組織をベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上とすることが困難となる。また巻取り温度が300℃未満では熱延板の形状が悪化したり、熱延板の強度が過度に上昇し冷間圧延が困難となる。従って、巻取り温度は300℃以上550℃以下とする。
【0050】
《熱延板組織》
ベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計:80%以上
熱延板に冷延・焼鈍を施す際、A1変態点以上に加熱することによりオーステナイトが生成する。特に熱延板組織におけるベイナイトやマルテンサイトなどの位置から優先的にオーステナイトが生成し、熱延板の組織をマルテンサイトやベイナイト主体の組織とすることで、オーステナイトが均一微細に生成する。焼鈍時に生成したオーステナイトは、その後の冷却によりマルテンサイト等の低温変態相となり、熱延板組織をベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上となる組織とすることで、最終鋼板組織のマルテンサイトの平均結晶粒径を3μm以下、近接するマルテンサイト間の平均距離を5μm以下とすることができる。従って、熱延板のベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計を80%以上とする。
【0051】
《連続焼鈍条件》
500℃〜A1変態点における平均加熱速度:8℃/s以上
本発明の鋼における再結晶温度域である500℃からA1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上とすることで、加熱昇温時の再結晶が抑制され、A1変態点以上で生成するオーステナイトの微細化、ひいては焼鈍冷却後のマルテンサイトの微細化に有効に働く。平均加熱速度が8℃/s未満では、加熱昇温時にαの再結晶が起こり、α中に導入された歪が開放され十分な微細化が達成できなくなる。従って、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上とする。
【0052】
加熱条件:750℃〜900℃で10秒以上保持
加熱温度が750℃未満あるいは保持時間が10秒未満では、焼鈍時のオーステナイトの生成が不十分となり、焼鈍冷却後に十分な量の低温変態相が確保できなくなる。また、加熱温度が900℃を超えると最終組織で50%以上のフェライトを確保することが困難となる。保持時間の上限は特に規定しないが、600秒以上の保持は効果が飽和する上、コストアップにつながるので、保持時間は600秒未満が好ましい。
【0053】
750℃から530℃までの平均冷却速度:3℃/s以上
750℃から530℃の平均冷却速度が3℃/s未満ではパーライトが過度に生成し、TS×ELが低下する。従って750℃から530℃の平均冷却速度は3℃/s以上とする。冷却速度の上限は特に規定しないが、冷却速度が速すぎると鋼板形状が悪化したり、冷却到達温度の制御が困難となるため、好ましくは200℃/s以下とする。
【0054】
冷却停止温度:300〜530℃
冷却停止温度が300℃未満ではオーステナイトがマルテンサイトに変態し、その後再加熱してもパーライトが得られなくなる。また、冷却停止温度が530℃を超えるとパーライトが過度に生成し、TS×Elが低下する。
【0055】
冷却停止後の保持条件:300〜530℃の温度域で20〜900s
300〜530℃の温度域で保持することによりベイナイト変態が進行する。またベイナイト変態に伴い未変態オーステナイトへのCの濃化が起こり残留オーステナイトの確保が可能となる。従ってベイナイトおよび/または残留オーステナイトを含む組織とする場合には冷却後、300〜530℃の温度域で20〜900sの保持を行う。保持温度が300℃未満、あるいは保持時間が20秒未満ではベイナイトおよび残留オーステナイトの生成が不十分となり、保持温度が530℃を超えたり保持時間が900秒を超えると過度にパーライト変態およびベイナイト変態が進行し、所望量のマルテンサイトが確保できなくなる。従って冷却後の保持は300〜530℃の温度域で20〜900秒の範囲とする。
【0056】
上記焼鈍を施した後、溶融亜鉛めっき、めっき合金化処理を施す。
【0057】
めっき合金化処理条件:540〜600℃で5〜60s
合金化温度が540℃未満または合金化の時間が5s未満ではパーライト変態がほとんど起こらず2%以上のパーライトを得ることができない。また、合金化温度が600℃を超える、または合金化の時間が60sを超えるとパーライトが過度に生成し、TS×ELが低下する。従って合金化処理条件は540〜600℃で5〜60sとする。
【0058】
めっき槽に侵入するときの板温が430℃を下回ると、鋼板に付着した亜鉛が凝固する可能性があるので、上記急冷停止温度および急冷停止後の保持温度がめっき浴温を下回る場合は、めっき槽に鋼板が入る前に加熱処理を行うことが好ましい。めっき処理後、必要に応じて目付量調整のためのワイピングを行っても良いことは言うまでもない。
【0059】
なお、溶融亜鉛めっき処理後の鋼板(めっき合金化処理後の鋼板)には、形状矯正、表面粗度等の調整のため調質圧延を加えてもよい。また、樹脂あるいは油脂コーティング、各種塗装等の処理を施しても何ら不都合はない。
【0060】
その他の製造方法は、特に限定するものではないが、好適な一例について以下に示す。
【0061】
鋳造条件:
使用する鋼スラブは、成分のマクロ偏析を防止するために連続鋳造法で製造するのが好ましいが、造塊法、薄スラブ鋳造法で製造してもよい。また、鋼スラブを製造したのち、いったん室温まで冷却し、その後再度加熱する従来法に加え、室温まで冷却しないで、温片のままで加熱炉に挿入する、あるいはわずかの保熱をおこなった後に直ちに圧延する直送圧延・直接圧延などの省エネルギープロセスも問題なく適用できる。
【0062】
熱間圧延条件:
スラブ加熱温度:1100℃以上
スラブ加熱温度は、低温加熱がエネルギー的には好ましいが、加熱温度が1100℃未満では、炭化物が十分に固溶できなかったり、圧延荷重の増大による熱間圧延時のトラブル発生の危険が増大するなどの問題が生じる。なお、酸化重量の増加にともなうスケールロスの増大などから、スラブ加熱温度は1300℃以下とすることが望ましい。
なお、スラブ加熱温度を低くしても熱間圧延時のトラブルを防止するといった観点から、シートバーを加熱する、いわゆるシートバーヒーターを活用してもよい。
【0063】
なお、本発明における熱延工程では、熱間圧延時の圧延荷重を低減するために仕上圧延の一部または全部を潤滑圧延としてもよい。潤滑圧延を行うことは、鋼板形状の均一化、材質の均一化の観点からも有効である。なお、潤滑圧延の際の摩擦係数は0.25〜0.10の範囲とすることが好ましい。また、相前後するシートバー同士を接合し、連続的に仕上圧延する連続圧延プロセスとすることが好ましい。連続圧延プロセスを適用することは、熱間圧延の操業安定性の観点からも望ましい。
【0064】
次いで、冷間圧延を施す際には、好ましくは熱延鋼板の表面の酸化スケールを酸洗により除去した後、冷間圧延に供して所定の板厚の冷延鋼板とする。ここに酸洗条件や冷間圧延条件は特に制限されるものではなく、常法に従えば良い。冷間圧延の圧下率は40%以上とすることが好ましい。
【実施例】
【0065】
表1に示す成分組成を有し、残部がFeおよび不可避的不純物よりなる鋼を転炉にて溶製し、連続鋳造法にて鋳片とした。得られた鋳片を表2に示す条件で板厚2.8mmまで熱間圧延した。次いで、酸洗後、板厚1.4mmに冷間圧延し冷延鋼板を製造し焼鈍に供した。
【0066】
【表1】

【0067】
次いで、これら冷延鋼板に、連続溶融亜鉛めっきラインにて、表2に示す条件で焼鈍を行い、460℃で溶融亜鉛めっきを施したのち、合金化処理を行い、平均冷却速度10℃/sで冷却した。めっき付着量は片面あたり35〜45g/m2とした。
【0068】
【表2】

【0069】
得られた鋼板の断面ミクロ組織、引張特性および穴拡げ性について調査を行い、その結果を表3に示した。鋼板の断面ミクロ組織は3%ナイタール溶液(3%硝酸+エタノール)で組織を現出し、走査型電子顕微鏡で深さ方向板厚1/4位置を観察して、撮影した組織写真を用いて、画像解析処理を行ない、フェライト相の面積率を定量化した。(なお、画像解析処理は市販の画像処理ソフトを用いることができる)マルテンサイト面積率、パーライト面積率、ベイナイト面積率は組織の細かさに応じて1000〜5000倍の適切な倍率のSEM写真を撮影し、画像処理ソフトで定量化した。
【0070】
マルテンサイトの平均粒径は走査型電子顕微鏡を用いて5000倍で観察した視野のマルテンサイトの面積をマルテンサイトの個数で割り、平均面積を求め、その1/2乗を平均粒径とした。また、近接するマルテンサイト間の平均距離は次のように決定した。まず、任意に選んだマルテンサイト内のさらに任意に選んだ1点から周囲に存在する別のマルテンサイトの最近接粒界までの距離を求め、その中で最も距離の短い3点の平均値をそのマルテンサイトの近接距離とした。同様に合計15個のマルテンサイトについて近接距離を求め、15点の平均値を近接するマルテンサイト間の平均距離とした。
【0071】
残留オーステナイトの面積率は、鋼板を板厚方向の1/4面まで研磨し、この板厚1/4面の回折X線強度により求めた。入射X線にはCoKα線を使用し、残留オーステナイト相の{111}、{200}、{220}、{311}面とフェライト相の{110}、{200}、{211}面のピークの積分強度の全ての組み合わせについて強度比を求め、これらの平均値を残留オーステナイトの面積率とした。
【0072】
引張特性は、引張方向が鋼板の圧延方向と直角方向となるようサンプル採取したJIS5号試験片を用いて、JISZ2241に準拠した引張試験を行ない、引張強さ(TS)、伸び(EL)を測定し、強度と伸びの積(TS×EL)で表される強度ー伸びバランスの値を求めた。
【0073】
伸びフランジ性は日本鉄鋼連盟規格JFST1001に準じた穴拡げ試験を行ない、穴拡げ率(λ)で評価した。
【0074】
耐疲労特性は、平面曲げ疲労試験法により疲労限(FL)を求め、疲労限(FL)と引張強度(TS)の比である耐久比(FL/TS)で評価した。
【0075】
疲労試験の試験片形状は応力負荷部分に30.4mmのRをつけ、最小幅が20mmのものを用いた。試験は、片持はりとして負荷を与え、周波数20Hz、応力比-1で行い、繰り返し数が106を超える応力を疲労限(FL)とした。
【0076】
【表3】

【0077】
本発明例の鋼板はTS×ELが20000MPa・%以上、λが40%以上、耐久比が0.48以上の優れた強度-延性バランス、伸びフランジ性および耐疲労特性を示す。これに対し本発明の範囲をはずれる比較例の鋼板はTS×ELが20000MPa・%未満および(または)λが40%未満および(または)耐久比が0.48未満となり、本発明例の鋼板のような優れた強度-延性バランス、伸びフランジ性および耐疲労特性が得られない。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明によれば加工性および耐疲労特性に優れた溶融亜鉛めっき鋼板が得られ、自動車の軽量化と衝突安全性向上の両立を可能とし、自動車車体の高性能化に大きく寄与する。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.05〜0.3%、Si:0.5〜2.5%、Mn:1.0〜3.5%、P:0.003〜0.100%、S:0.02%以下、Al:0.010〜0.1%で残部が鉄および不可避的不純物からなる組成の鋼からなり、かつ、鋼板組織が面積率でフェライトを50%以上、マルテンサイトを5〜35%、パーライトを2〜15%含み、マルテンサイトの平均結晶粒径が3μm以下であり、近接するマルテンサイト間の平均距離が5μm以下であることを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の鋼板組織は、更に面積率でベイナイトを5〜20%および/または残留オーステナイトを2〜15%含むことを特徴とする請求項1記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項3】
請求項1、2に記載の鋼は、質量%で、Cr:0.005〜2.00%、Mo:0.005〜2.00%、V:0.005〜2.00%、Ni:0.005〜2.00%、Cu:0.005〜2.00%から選ばれる1種または2種以上の元素を更に含有することを特徴とする請求項1または2記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項4】
請求項1〜3に記載の鋼は、質量%で、Ti:0.01〜0.20%、Nb:0.01〜0.20%から選ばれる1種または2種の元素を更に含有することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項5】
請求項1〜4に記載の鋼は、質量%でB:0.0002〜0.005%を更に含有することを特徴とする請求項1〜4のいずれか1項記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項6】
請求項1〜5に記載の鋼は、質量%で、Ca:0.001〜0.005%、REM:0.001〜0.005%から選ばれる1種または2種の元素を更に含有することを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項記載の加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれかに記載の成分を有するスラブに熱延を施し、ベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上の組織を有する熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項8】
請求項1〜6のいずれかに記載の成分を有するスラブに熱延を施し、ベイナイトとマルテンサイトの面積率の合計が80%以上の組織を有する熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却し、300〜530℃の温度域に20〜900s保持した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項9】
請求項1〜6のいずれかに記載の成分を有するスラブに、仕上げ圧延温度をA3変態点以上で熱間圧延終了後、続いて50℃/s以上の平均冷却速度で冷却し300℃以上550℃以下の温度で巻取る熱延工程を施し熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜6のいずれかに記載の成分を有するスラブに、仕上げ圧延温度をA3変態点以上で熱間圧延終了後、続いて50℃/s以上の平均冷却速度で冷却し300℃以上550℃以下の温度で巻取る熱延工程を施し熱延板とした後、冷延を施し製造した冷延鋼板に連続焼鈍を施すに際し、500℃〜A1変態点における平均加熱速度を8℃/s以上で750〜900℃まで加熱し10秒以上保持した後、750℃から530℃までの平均冷却速度を3℃/s以上で300〜530℃の温度域まで冷却し、300〜530℃の温度域に20〜900s保持した後、亜鉛めっきを施し、さらに540〜600℃の温度域で5〜60sのめっき合金化処理を行うことを特徴とする加工性および耐疲労特性に優れた高強度合金化溶融亜鉛めっき鋼板の製造方法。

【公開番号】特開2011−1579(P2011−1579A)
【公開日】平成23年1月6日(2011.1.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−144075(P2009−144075)
【出願日】平成21年6月17日(2009.6.17)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】