説明

化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板およびその製造方法

【課題】優れた化成処理性を有する高加工性高強度冷延鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%でC:0.05〜0.30%,Si:0.8〜3.0%,Mn:1.0〜3.0%,P:0.10%以下,S:0.01%以下,Al:0.01〜0.1%,N:0.008%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有し、かつ粗さ断面曲線1のろ波うねり曲線からの乖離が±2μm以下の平坦部と、ろ波うねり曲線からの最大深さが5μm以上の凹部とを表面に有し、凹部2の平均面積を0.001〜0.1mm2とし、凹部の面積率を5〜50%とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、自動車の骨格部材や補強部材等に好適な化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、地球環境を保全する(すなわち大気汚染の防止,温暖化の防止等)という観点から様々な技術が検討されている。たとえば自動車では、燃費の改善が求められており、その一環として車体の軽量化が重要な課題となっている。一方で、衝突したときに乗員を保護するという観点から、車体の強度を向上する必要がある。
そこで、自動車の燃費改善のための軽量化と安全性向上のための高強度化とを両立させた車体を得るために、引張強さ780MPa以上の冷延鋼板(いわゆる高張力冷延鋼板)が車体の骨格部材や補強部材等に使用されるようになっている。高張力冷延鋼板を使用すれば、高強度である故に車体の変形や破壊を抑制して安全性を向上でき、かつ車体を構成する部材の厚みを減少させて軽量化を達成できる。
【0003】
一方で、自動車の車体の骨格部材や補強部材はプレス加工によって成形されるので、その素材の冷延鋼板には優れた加工性が要求される。一般に冷延鋼板の高強度化には、合金元素の添加,結晶粒の微細化,マルテンサイト相の生成等が有効であるが、強度の増加は加工性の劣化を招く。
ただし合金元素の中でSiは加工性の劣化を抑制しつつ強度を高める作用を有する元素であるから、冷延鋼板にSiを添加すれば強度の増加と加工性の改善とを両立できる。しかしながらSiは容易に酸化される元素であるから、Si含有量が増加すると、通常の冷延鋼板の製造工程で実施される還元雰囲気における焼鈍にて、Siが優先的に酸化されて冷延鋼板の表層近傍に濃化する。その結果、Siを主体とする酸化物が冷延鋼板を被覆することによって、焼鈍の後で施される化成処理にて化成結晶の生成が阻害される。
【0004】
化成処理性は、加工性と強度を向上した冷延鋼板(以下、高加工性高強度冷延鋼板という)を自動車の車体の骨格部材や補強部材として使用するために要求される重要な特性である。そのため、Si含有量を増加した高加工性高強度冷延鋼板の化成処理性を改善する技術が種々検討されている。
たとえば特許文献1には、高加工性高強度冷延鋼板の表面に生成した酸化物のSi含有量/Mn含有量比を1以下に制御し、化成処理性に悪影響を及ぼすSi酸化物の比率を下げることによって、化成処理性を改善する技術が開示されている。特許文献2〜4には、高加工性高強度冷延鋼板の表面に生成する酸化物のSi含有量/Mn含有量比に加えて、酸化物の性状(すなわち寸法,密度,被覆率)を制御することによって、化成処理性を改善する技術が開示されている。これらの技術は、いずれも焼鈍条件を規定することによって高加工性高強度冷延鋼板の表面に生成した酸化物の組成や性状を制御して、化成処理性を改善しようとするものである。
【0005】
また、高加工性高強度冷延鋼板の表面に生成した酸化物を除去もしくは破壊する技術も検討されている。たとえば特許文献5には、焼鈍した後で高加工性高強度冷延鋼板を2.0g/m2以上研削し、次いで塩酸で酸洗し、さらに0.1〜0.3g/m2研削することによって化成処理性を改善する技術が開示されている。特許文献6には、平均粒径30〜300μmの固体粒子を吹き付けることによって化成処理性を改善する技術が開示されている。
【0006】
熱延鋼板では、表面粗さを制御する技術が検討されている。たとえば特許文献7には、熱間圧延の後で酸洗を施した熱延鋼板の表面粗さRaが0.3μm以下で、かつ酸洗によるピッティングの数が1辺10μmの桝目内に平均5個以下とすることによって化成処理性を改善する技術が開示されている。特許文献8には、熱間圧延の後で酸洗を施した熱延鋼板の拡散反射のL値を65以下とすることによって化成処理性を改善する技術が開示されている。
【特許文献1】特開平4-276060号公報
【特許文献2】特開2005-187863号公報
【特許文献3】特開2005-290440号公報
【特許文献4】特開2006-283130号公報
【特許文献5】特開2003-226920号公報
【特許文献6】特開2005-240148号公報
【特許文献7】特開2005-139486号公報
【特許文献8】特開2007-75877号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら特許文献1〜4の技術では、表面に生成する酸化物のSi含有量とMn含有量の比を好適な範囲に制御するために、必然的に高加工性高強度冷延鋼板のSi含有量とMn含有量が制約を受ける。そのため、高加工性高強度冷延鋼板の加工性や強度が十分に向上しない。さらに、酸化物の組成や性状は焼鈍条件(たとえば露点,水素濃度等)の影響を受け易いので、化成処理性は十分に向上しない。
【0008】
特許文献5の技術では、研削を2回行なうので、生産性と歩留りが低下し、製造コストが上昇するのは避けられない。特許文献6の技術も、歩留りの低下によって製造コストが上昇する。
特許文献7,8の技術は、酸洗した熱延鋼板の粗面化に起因する化成処理性の劣化を抑制するものであり、冷延鋼板の化成処理性の改善技術とは異なるものである。
【0009】
以上に説明した通り、高加工性高強度冷延鋼板の化成処理性を向上する技術は、未だ実用化に到っていない。
本発明は、優れた化成処理性を有する高加工性高強度冷延鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、C,Si,Mnの含有量を種々変化させた溶鋼を溶製し、さらに連続鋳造を経て、熱間圧延,冷間圧延,焼鈍を行ない、得られた冷延鋼板の強度,加工性,化成処理性を調査した。その結果、強度の増加と加工性の改善とを両立した冷延鋼板(すなわち高加工性高強度冷延鋼板)を得るためには、Siを0.8質量%以上含有する必要があり、一方で3.0質量%を超えるとSi酸化物が多量に生成するので、化成処理性が著しく低下することが分かった。
【0011】
そこで本発明者らは、このようなSi酸化物に起因する化成処理性の劣化を抑制する技術を検討した。その結果、焼鈍した高加工性高強度冷延鋼板に、所定の幾何学的形状の表面を有するワークロールを用いて調質圧延を施すことによって、生産性や歩留りを低下することなく、化成処理性を改善できることが判明した。
さらに、調質圧延で使用するワークロールの表面に設ける幾何学的形状について詳細に検討した。その結果、図1に示すように、高加工性高強度冷延鋼板の粗さ断面曲線のろ波うねり曲線からの乖離が±2μm以下の平坦部と、ろ波うねり曲線からの最大深さが5μm以上の凹部とを、表面に有し、かつその凹部の平均面積が0.001〜0.1mm2,凹部の面積率が5〜50%となるように調質圧延を行なった場合に、優れた化成処理性が得られることが判明した。
【0012】
なお凹部の面積率は、高加工性高強度冷延鋼板の表面積に対する凹部の総面積の比率である。
本発明は、これらの知見に基づいてなされたものである。
すなわち本発明は、質量%でC:0.05〜0.30%,Si:0.8〜3.0%,Mn:1.0〜3.0%,P:0.10%以下,S:0.01%以下,Al:0.01〜0.1%,N:0.008%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有し、かつ粗さ断面曲線のろ波うねり曲線からの乖離が±2μm以下の平坦部と、ろ波うねり曲線からの最大深さが5μm以上の凹部とを表面に有し、凹部の平均面積が0.001〜0.1mm2であり、凹部の面積率が5〜50%である化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板である。
【0013】
本発明の高加工性高強度冷延鋼板においては、 前記した組成に加えて、質量%でCr:0.01〜1.0%,Mo:0.01〜0.2%およびB:0.0001〜0.005%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することが好ましい。さらに、Ti:0.005〜0.05%,Nb:0.005〜0.05%およびV:0.005〜0.05%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することが好ましい。
【0014】
また本発明は、スラブに熱間圧延,冷間圧延,焼鈍を順次施す冷延鋼板の製造方法において、スラブが上記した組成を有し、焼鈍の終了後、10点平均粗さRzが10μm以上かつピークカウントPPIが10〜400の範囲内である表面を有するワークロールを用いて、伸長率0.10%以上の調質圧延を行なう化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板の製造方法である。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、優れた化成処理性を有する高加工性高強度冷延鋼板を得ることができる。この高加工性高強度冷延鋼板は、自動車の車体の骨格部材や補強部材として使用するのに好適である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0016】
まず、本発明の高加工性高強度冷延鋼板の成分について説明する。なお、各元素の含有量の単位は質量%であり、簡略化して%と記す。
C:0.05〜0.30%
Cは、高加工性高強度冷延鋼板の強度を高める作用を有する重要な元素である。所望する引張強さ(すなわち780MPa以上)を得るためには、C含有量を0.05%以上とする必要がある。一方、0.30質量%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の溶接性が著しく劣化する。したがって、Cは0.05〜0.30%の範囲内とする。良好な溶接性が求められる場合は、0.05〜0.20%の範囲内が好ましい。より好ましくは0.05〜0.15%である。
【0017】
Si:0.8〜3.0%
Siは、固溶強化によって高加工性高強度冷延鋼板の強度の向上に寄与する重要な元素であり、加工性の劣化を抑制しつつ強度を高める作用を有する。所望する引張強さや加工性を得るためには、Si含有量を0.8%以上とする必要がある。一方、3.0%を超えると、強度を向上する効果が飽和し、かつ加工性が劣化する。したがって、Siは0.8〜3.0%の範囲内とする。好ましくは1.0〜2.0%である。
【0018】
Mn:1.0〜3.0%
Mnは、固溶強化によって高加工性高強度冷延鋼板の強度の向上に寄与するとともに、オーステナイト相の焼入れ性を高める元素であり、強度を安定して維持する作用を有する。所望する強度を安定して得るためには、Mn含有量を1.0%以上とする必要がある。一方、3.0%を超えると、加工性が劣化する。したがって、Mnは1.0〜3.0%の範囲内とする。好ましくは1.5〜2.5%である。
【0019】
P:0.10%以下
Pは、高加工性高強度冷延鋼板の強度を向上する作用を有するので、要求される強度に応じて添加する。しかし、P含有量が0.10%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の溶接性が劣化する。したがって、Pは0.10%以下とする。良好な溶接性が求められる場合は、0.05%以下が好ましい。
【0020】
S:0.01%以下
Sは、高加工性高強度冷延鋼板中に介在物として存在し、加工性(特に伸びフランジ性)を劣化させる。そのため、Sは可能な限り低減する必要がある。ただし、S含有量が0.01%を超えると、伸びフランジ性に対する悪影響が顕著になる。したがって、S含有量は0.01%以下とする。良好な伸びフランジ性が求められる場合は、0.005%以下が好ましい。
【0021】
Al:0.01〜0.1%
Alは、脱酸元素として溶製段階で添加され、溶鋼の清浄度を高める元素である。また、高加工性高強度冷延鋼板の組織を微細化する作用も有する。Al含有量が0.01%未満では、これらの効果が得られない。一方、0.1%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の表面性状が劣化する。したがって、Alは0.01〜0.1%の範囲内とする。
【0022】
N:0.008%以下
Nは、高加工性高強度冷延鋼板に混入する不純物である。N含有量が0.008%を超えると、強度のバラツキが発生する。したがって、Nは0.008%以下とする。
以上が本発明の高加工性高強度冷延鋼板の必須の元素であり、各々の含有量を所定の範囲に維持すれば、所望の特性が得られる。ただし高加工性高強度冷延鋼板の優れた特性を一層向上させかつ安定させるために、以下の元素を添加しても良い。
【0023】
Cr:0.01〜1.0%,Mo:0.01〜0.2%およびB:0.0001〜0.005%の中から選ばれる1種または2種以上
Cr,Mo,Bは、オーステナイト相の焼入れ性を高める作用を有する元素であり、必要に応じて添加する。このような効果を得るためには、Cr:0.01%以上,Mo:0.01%以上,B:0.0001%以上を添加する。一方、Cr:1.0%,Mo:0.2%,B:0.005%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の加工性が劣化する。しかも、高価なCr,Mo,Bを多量に使用することによって、高加工性高強度冷延鋼板の製造コストが上昇する。したがってCr,Mo,Bを添加する場合は、Cr:0.01〜1.0%,Mo:0.01〜0.2%,B:0.0001〜0.005%の範囲内が好ましい。
【0024】
Ti:0.005〜0.05%,Nb:0.005〜0.05%およびV:0.005〜0.05%の中から選ばれる1種または2種以上
Ti,Nb,Vは、高加工性高強度冷延鋼板中で炭化物を形成し、析出強化によって強度を高める作用を有する。このような効果を得るためには、Ti:0.005%以上,Nb:0.005%以上,V:0.005%以上を添加する。一方、Ti:0.05%,Nb:0.05%,V:0.05%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の加工性が劣化する。しかも、高価なTi,Nb,Vを多量に使用することによって、高加工性高強度冷延鋼板の製造コストが上昇する。したがってTi,Nb,Vを添加する場合は、Ti:0.005〜0.05%,Nb:0.005〜0.05%,V:0.005〜0.05%の範囲内が好ましい。
【0025】
その他の合金元素(たとえば希土類元素,Ni,Cu,Mg,Ca,Zr等)についても、通常の冷延鋼板に添加される範囲内で含有しても、本発明の効果は失われない。
上記した成分以外の残部は、Feおよび不可避的不純物である。不可避的不純物としては、Sb,Sn,Zn,Co等が挙げられる。これらの元素の含有量は、Sb:0.01%以下,Sn:0.1%以下,Zn:0.01%以下,Co:0.1%以下が好ましい。
【0026】
次に、本発明の高加工性高強度冷延鋼板の表面の幾何学的形状について説明する。
高加工性高強度冷延鋼板は、粗さ断面曲線のろ波うねり曲線からの乖離が±2μm以下の平坦部と、ろ波うねり曲線からの最大深さが5μm以上の凹部とを表面に有し、その凹部の平均面積が0.001〜0.1mm2であり、凹部の面積率が5〜50%である。このような幾何学的形状は、高加工性高強度冷延鋼板に焼鈍を施した後、所定の幾何学的形状の表面を有するワークロールを用いて調質圧延を行なうことによって得られる。
【0027】
つまり、焼鈍した後の高加工性高強度冷延鋼板3は、図2(a)に示すように、表面にSi酸化物4が生成するが、上記のワークロールを用いて調質圧延を行なうことによって高加工性高強度冷延鋼板3の表面に凹部2が形成され、図2(b)に示すように、Si酸化物4が破壊される。次いで、その高加工性高強度冷延鋼板3に化成処理を施すと、図2(c)に示すように、初期の段階でSi酸化物4の亀裂から化成処理液が浸入してSi酸化物4が剥離する。その後、図2(d)に示すように、高加工性高強度冷延鋼板3の表面に化成結晶5が生成し、さらに成長する。このようにして優れた化成処理性が得られる。
【0028】
高加工性高強度冷延鋼板3の表面に形成される凹部2の最大深さが5μm未満では、Si酸化物4を破壊する効果が得られない。したがって、凹部2の最大深さは5μm以上とする。好ましくは10μm以上である。一方、凹部2の最大深さが50μmを超えると、プレス加工を行なう際に亀裂の起点となる惧れがある。したがって、凹部2の最大深さは50μm以下が好ましい。好ましくは30μm以下である。
【0029】
高加工性高強度冷延鋼板3の表面に形成される凹部2の平均面積が0.001mm2未満では、化成結晶5の粒径(直径1〜10μm)より小さくなる場合があり、凹部2に化成結晶5が生成せず、化成結晶5間に隙間が生じる惧れがある。したがって、凹部2の平均面積は0.001mm2以上とする。好ましくは0.002mm2以上である。一方、凹部2の平均面積が0.1mm2を超えると、凹部2の分布密度が低下してSi酸化物4を破壊する効果が得られない。したがって、凹部2の平均面積は0.1mm2以下とする。好ましくは0.05mm2以下である。なお凹部の面積は凹部によって切り取られたろ波うねり曲線を含む面積であり、平均面積はその平均値である。
【0030】
高加工性高強度冷延鋼板3の表面に形成される凹部2の面積率が5%未満では、凹部2の分布密度が低下してSi酸化物4を破壊する効果が得られない。したがって、凹部2の面積率は5%以上とする。好ましくは10%以上である。一方、凹部2の面積率が50%を超えると、凹部2を形成するための調質圧延の荷重が増大するので、大規模な圧延機が必要となり、高加工性高強度冷延鋼板3の製造コストの上昇を招く。したがって、凹部2の面積率は50%以下とする。好ましくは40%以下である。なお凹部の面積率は、高加工性高強度冷延鋼板の表面積に対する凹部の総面積の比率である。
【0031】
次に、本発明の高加工性高強度冷延鋼板の製造方法について説明する。
所定の成分を有する溶鋼を用いて、連続鋳造法,造塊・分塊圧延法または薄スラブ鋳造法にてスラブを製造する。次いで、熱間圧延,冷間圧延および焼鈍を順次施す。なおスラブを製造するにあたって、マクロ偏析を防止するために連続鋳造法を採用することが好ましい。
【0032】
得られたスラブは、再加熱して熱間圧延を行なう。その際、スラブを一旦室温まで冷却して加熱炉に装入する、あるいは冷却せずに温片のまま加熱炉に装入する等の方法でスラブを再加熱して熱間圧延を行なう。再加熱温度が1000℃未満では、スラブの変形抵抗が大きいので、熱間圧延に支障を来たす。したがって、スラブの再加熱温度は1000℃以上が好ましい。一方、1300℃を超えると、スケールロスが増加する。したがって、スラブの再加熱温度は1000〜1300℃の範囲内が一層好ましい。
【0033】
また、スラブを再加熱せず、鋳造した後でそのまま熱間圧延を行なう直送圧延も適用できる。直送圧延を行なう場合も、スラブの温度は1000℃以上とすることが好ましい。より好ましくは1000〜1300℃である。
熱間圧延では、必要に応じて粗圧延を行なった後、仕上げ圧延を行なう。仕上げ圧延におけるスラブの温度が800℃未満では、熱延鋼板の組織が不均一になり、後工程の冷延圧延やプレス加工における加工性が劣化する。したがって、仕上げ圧延におけるスラブの温度は800℃以上が好ましい。一方、1000℃を超えると、スケールの巻込みに起因する表面疵が発生し易くなる。したがって、仕上げ圧延におけるスラブの温度は800〜1000℃の範囲内が一層好ましい。
【0034】
次いで、熱間圧延を施した熱延鋼板をコイルに巻取る。コイルに巻取るときの熱延鋼板の温度が650℃を超えると、巻取りの後でスケールが発生し、酸洗の負荷が増大する。したがって、コイルに巻取るときの熱延鋼板の温度は650℃以下が好ましい。
このようして得た熱延鋼板に酸洗を施してスケールを除去した後、冷間圧延を行なう。熱延鋼板のスケールが極めて少ない場合は、酸洗を省略して、冷間圧延を行なっても良い。冷間圧延では、得られる冷延鋼板の表面の平坦度や組織の均一性を確保する観点から、圧下率を20%以上とすることが好ましい。
【0035】
次いで、冷延鋼板に焼鈍を施す。焼鈍は、生産性向上の観点から、連続焼鈍設備を用いることが好ましい。
焼鈍の保持温度が750℃未満では、十分に再結晶が起こらず、加工性が低下する惧れがある。一方、900℃を超えると、組織が粗大化し、強度と加工性のバランスが崩れる。したがって、焼鈍の保持温度は750〜900℃の範囲内が好ましい。
【0036】
焼鈍の保持時間が60秒未満では、再結晶が不均一になる。したがって、焼鈍の保持時間は60秒以上が好ましい。より好ましくは120秒以上である。
焼鈍の露点が−35℃を超えると、冷延鋼板の内部にSi酸化物が生成し、焼鈍の後で調質圧延を行なっても、化成処理および電着塗装を施した高加工性高強度冷延鋼板の耐食性が劣化する。したがって、焼鈍の露点は−35℃以下が好ましい。より好ましくは−40℃以下である。
【0037】
焼鈍の後、冷延鋼板を30℃/秒以上の冷却速度で300℃以下まで冷却することが好ましい。冷却速度が30℃/秒未満では、十分な強度を得るために、合金元素を多量に添加する必要があるので、高加工性高強度冷延鋼板の製造コストの上昇を招く。
さらに、加工性を向上するために、急冷した後、100〜450℃に1〜30分保持することが好ましい。
【0038】
焼鈍を施した冷延鋼板に、10点平均粗さRzが10μm以上かつピークカウントPPIが10〜400である幾何学形状の表面を有するワークロールを用いて調質圧延を施して、高加工性高強度冷延鋼板を得る。
PPIは、SAE911規格で規定されるように、1インチあたりの凹凸ピーク数であり、カウントレベルが±0.635μmにおける値である。PPIが10未満あるいは400を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の凹部の平均面積を0.001〜0.1mm2かつ凹部の面積率を5〜50%の範囲内に制御できない。したがって、PPIは10〜400とする。好ましくは20〜300である。
【0039】
Rzが10μm未満では、高加工性高強度冷延鋼板の表面に最大深さ5μm以上の凹部を設けるために必要な荷重が大きくなるので、調質圧延機が大型化し、高加工性高強度冷延鋼板の製造コストの上昇を招く。したがって、Rzは10μm以上とする。好ましくは20μm以上である。Rzの上限は特に規定しないが、200μmを超えると、凹部の最大深さが50μm以上となり、プレス加工の際に凹部が亀裂の起点となる惧れがある。したがって、Rzは200μm以下が好ましい。より好ましくは100μm以下である。
【0040】
調質圧延の伸長率が0.10%未満では、RzとPPIを所定の範囲内に調整したワークロールを用いても、高加工性高強度冷延鋼板の表面に所定の平均面積や面積率を有する凹部を設けることが困難になる。したがって、調質圧延の伸長率は0.10%以上が好ましい。より好ましくは0.15%以上である。伸長率の上限は特に規定しないが、0.5%を超えると、高加工性高強度冷延鋼板の延性が著しく低下する。したがって、伸長率は0.5%以下が好ましい。より好ましくは0.4%以下である。
【0041】
このようにして、平均面積0.001〜0.1mm2の凹部を、面積率5〜50%の割合で高加工性高強度冷延鋼板の表面に設けることができ、化成処理性の向上を達成できる。
なお、調質圧延の前に、塩酸,硫酸,硝塩酸等を用いて酸洗して、表面の酸化物を除去しておくことが好ましい。酸化物を除去して調質圧延することによって、ワークロールの摩耗を抑制できる。
【0042】
また、調質圧延の後で、塩酸,硫酸,硝塩酸等を用いて酸洗して、表面の酸化物を除去することが好ましい。酸化物を除去して化成処理することによって、一層優れた化成処理性が得られる。一方、プレス成形における型かじりの観点からは、高加工性高強度冷延鋼板の表面に、ある程度のSi酸化物を残留させる方が好ましい。
さらに、調質圧延して酸洗した後、あるいは調質圧延の後、Ni等を5〜50mg/m2の範囲内で付着させても良い。均一かつ微細な化成結晶の生成,成長を促進すると考えられているNi等を付着させることによって、化成結晶の生成と成長を促進できる。
【実施例】
【0043】
表1に示す成分のスラブを連続鋳造によって製造し、1250℃に再加熱した後、850℃で仕上げ圧延して厚さ3.0mmの熱延鋼板とし、600℃でコイルに巻取った。表1中の鋼種A,B,D〜Nは本発明の規定を満足する成分を有する例であり、鋼種CはSi含有量が本発明の規定を外れる例である。
【0044】
【表1】

【0045】
この熱延鋼板を酸洗した後、冷間圧延して厚さ1.6mmの冷延鋼板とした。さらに冷延鋼板を780〜860℃で焼鈍(露点:−35〜−50℃)して550〜720℃まで徐冷した後、室温まで水冷し、150〜400℃で焼戻しを行なった。次いで表2に示す条件で調質圧延を行なって高加工性高強度冷延鋼板を得た。表2中のNo.3は鋼種Cのスラブを使用した例,No.6はワークロールのRzと高加工性高強度冷延鋼板の凹部の最大深さが本発明の範囲を外れる例,No.9は調質圧延の伸長率と高加工性高強度冷延鋼板の凹部の平均面積が本発明の範囲を外れる例,No.12はワークロールのPPIと高加工性高強度冷延鋼板の凹部の面積率が本発明の範囲を外れる例である。
【0046】
【表2】

【0047】
得られた高加工性高強度冷延鋼板の機械的性質,化成処理性および表面の幾何学的形状を調査した。その結果を表2に示す。調査方法は以下の通りである。
機械的性質:
高加工性高強度冷延鋼板の圧延方向に直交する方向を長軸としてJIS規格5号試験片を採取し、JIS規格Z2241の規定に準拠して引張試験を行なった。その引張強さと伸びを、表2にそれぞれTSおよびELとして示す。また、加工性を示す指標としてTS×ELの計算値を併せて表2に示す。TS×EL値が18000MPa・%以上であれば、加工性は良好である。
【0048】
表面の幾何学的形状:
三次元形状測定機能付きの走査型電子顕微鏡を用いて、凹部の平坦部からの最大深さ,平均面積,面積率を測定した。また、JIS規格B0601に準拠してRaを測定した。
化成処理性:
市販の化成処理薬剤(日本パーカライジング株式会社製パルボンドPB-L3020)を用いて標準条件で高加工性高強度冷延鋼板の化成処理を行なった後、その高加工性高強度冷延鋼板の表面を走査型電子顕微鏡にて500倍で5視野観察し、面積率95%以上の均一な化成結晶が5視野全てにおいて生成しているものを良好(○)とし、面積率5%以上の隙間が1視野でも認められるものを不良(×)として評価した。
【0049】
表2から明らかなように、発明例はいずれも引張強さ(TS)が780MPa以上であり、かつTS×EL値が18000MPa・%以上であった。つまり発明例は、強度と加工性に優れている。さらに化成処理性も良好である。
一方、比較例では、No.3は、Si含有量が本発明の範囲を外れる鋼種を使用したのでTS×EL値が18000MPa・%未満であり、加工性は劣っている。No.6は、ワークロールのRzと高加工性高強度冷延鋼板の凹部の最大深さが本発明の範囲を外れるので表面のSi酸化物の除去が十分ではなく、化成処理性が劣っている。No.9は、調質圧延の伸長率と高加工性高強度冷延鋼板の凹部の平均面積が本発明の範囲を外れるので表面のSi酸化物の除去が十分ではなく、化成処理性が劣っている。No.12は、ワークロールのPPIと高加工性高強度冷延鋼板の凹部の面積率が本発明の範囲を外れるので表面のSi酸化物の除去が十分ではなく、化成処理性が劣っている。
【図面の簡単な説明】
【0050】
【図1】本発明の高加工性高強度冷延鋼板のろ波うねり曲線の例を模式的に示すグラフである。
【図2】高加工性高強度冷延鋼板の表面に化成結晶が生成する過程を順次示す断面図である。
【符号の説明】
【0051】
1 粗さ断面曲線
2 凹部
3 高加工性高強度冷延鋼板
4 Si酸化物
5 化成結晶


【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%でC:0.05〜0.30%、Si:0.8〜3.0%、Mn:1.0〜3.0%、P:0.10%以下、S:0.01%以下、Al:0.01〜0.1%、N:0.008%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなる組成を有し、かつ粗さ断面曲線のろ波うねり曲線からの乖離が±2μm以下の平坦部と、前記ろ波うねり曲線からの最大深さが5μm以上の凹部とを表面に有し、前記凹部の平均面積が0.001〜0.1mm2であり、前記凹部の面積率が5〜50%であることを特徴とする化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板。
【請求項2】
前記組成に加えて、質量%でCr:0.01〜1.0%、Mo:0.01〜0.2%およびB:0.0001〜0.005%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1に記載の化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板。
【請求項3】
前記組成に加えて、質量%でTi:0.005〜0.05%、Nb:0.005〜0.05%およびV:0.005〜0.05%の中から選ばれる1種または2種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板。
【請求項4】
スラブに熱間圧延、冷間圧延、焼鈍を順次施す冷延鋼板の製造方法において、前記スラブが請求項1〜3のいずれか一項に記載の組成を有し、前記焼鈍の終了後、10点平均粗さRzが10μm以上かつピークカウントPPIが10〜400の範囲内である表面を有するワークロールを用いて、伸長率0.10%以上の調質圧延を行なうことを特徴とする化成処理性に優れた高加工性高強度冷延鋼板の製造方法。


【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−114526(P2009−114526A)
【公開日】平成21年5月28日(2009.5.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−291104(P2007−291104)
【出願日】平成19年11月8日(2007.11.8)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】