説明

単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム及び方法

【課題】室温においても検出感度が高く、同時に高速に動作可能な単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出システムが存在しない。
【解決手段】1つの励起光源から発生された単色波長の励起光を、以下に示す励起光位相制御光学系を通じて波長可変テラヘルツ波光源と非線形光変換テラヘルツ波検出器に入射する。ここでの励起光位相制御光学系は、波長可変テラヘルツ波光源におけるテラヘルツ波の発生点と非線形光変換テラヘルツ波検出器におけるテラヘルツ波の入射点の両方が同時に共焦点光学系の焦点となるように、発生点に対する励起光の入射角と入射点に対する励起光の入射角を同時に可変できる光学素子を励起光の光路上に有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、テラヘルツ波の発生と検出の両方において角度位相整合条件を同時に満たすことができる単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出システム及び方法に関する。特に、高感度かつ高速動作が可能でありながら、室温での動作が可能な単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出システム及び方法に関する。なお、この明細書において、テラヘルツ波とは、おおよそ周波数が0.1〜100THzの電波をいうものとする。
【背景技術】
【0002】
近年、テラヘルツ波領域における技術開発は日々発展している。これに伴い、テラヘルツ波の応用の研究は、基礎科学から産業検査の分野(例えば診断装置、製品検査装置、偽造防止装置、所持品検査装置などの分野)にまで及んでいる。従来、テラヘルツ波発生/検出システムとして、テラヘルツ時間領域分光計測装置(Terahertz Time-Domain Spectrometer)が主に用いられてきた。テラヘルツ時間領域分光計測装置では、フェムト秒レーザーを光伝導素子(PCアンテナ)に照射することにより発生されるブロードバンドテラヘルツ波を時間軸上で計測し、当該計測結果をフーリエ変換することにより周波数軸上の情報に変換する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【特許文献1】特開2003−005238号公報
【特許文献2】特開2002−072269号公報
【特許文献3】特開2003−302666号公報
【特許文献4】特開2006−163026号公報
【非特許文献】
【0004】
【非特許文献1】A. A. Babin, V. N. Petryakov, and G. I. Freidman, "Use of stimulated scattering by polaritons in detection of submillimeter radiation," Soviet Journal of Quantum Electronics 13, 958-960 (1983).
【非特許文献2】Y. J. Ding, and W. Shi, "Efficient THz generation and frequency upconversion in GaP crystals," Solid-State Electronics 50, 1128-1136 (2006).
【非特許文献3】R. Guo, S. Ohno, H. Minamide, T. Ikari, and H. Ito, "Highly sensitive coherent detection of terahertz waves at room temperature using a parametric process," Appl. Phys. Lett. 93, 021106 (2008).
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし近い将来、テラヘルツ波発生/検出システムでは、単色波長のテラヘルツ波が用いられ、周波数(波長)を直接変化させて利用する手法が重要になると考えられる。なお、単色波長のテラヘルツ波とは、スペクトル幅が狭線化されたものをいう。
ところが、広帯域で波長を可変できるテラヘルツ波光源(以下、「広帯域波長可変テラヘルツ波光源」という。)やテラヘルツ波量子カスケードレーザー等の単色光源をテラヘルツ波の発生に用いる場合、広い周波数領域にわたり、室温で効率良く、かつ高速にテラヘルツ波を検出できるテラヘルツ波検出器が存在しない問題がある。
【0006】
以下では、現在利用可能な技術の特徴と問題点を説明する。
(テラヘルツ時間領域分光計測装置)
テラヘルツ時間領域分光計測装置は、テラヘルツ波光源として、フェムト秒レーザーを使用する。フェムト秒レーザーは、直流(DC)バイアスされた光伝導アンテナのギャップに照射され、ギャップを瞬間的にショートさせる。このショートにより、光伝導アンテナにはブロードバンドテラヘルツ波が発生する。一方、ブロードバンドテラヘルツ波の検出には、別の光伝導アンテナが使用される。この場合、ブロードバンドテラヘルツ波の電界強度は、光伝導アンテナのギャップに対するバイアスとして印加され、その時間波形はフェムト秒レーザーによりサンプリング的に計測される。テラヘルツ時間領域分光計測装置は、計測されたサンプリングデータをフーリエ変換し、周波数スペクトルとして情報化する。
【0007】
(単色波長のテラヘルツ波を計測できるテラヘルツ検出器)
これに対して、単色波長のテラヘルツ波等を計測できるテラヘルツ波検出器には、例えば以下に示すものがある。
【0008】
(熱検出型テラヘルツ波検出器)
この種の検出器は、熱型検出素子として、例えばボロメータ、焦電素子、ゴーレイセルを使用する。シリコンボロメータ等の極低温(例えば4K)で動作させる検出器は、比較的検出感度が高い。しかし、液体ヘリウムを使用する必要があり、汎用的に利用できない問題がある。一方、焦電素子やゴーレイセルを用いる検出器は、常温で動作するものの、ボロメータに比べ検出感度が2桁以上悪く、反面、テラヘルツ波光源の高出力化は容易でないため、利用上問題となる場合が多い。また、この種の検出器は、基本的に応答速度がマイクロ秒〜ミリ秒と遅く、時間分解分光等の高度な計測には使用できない問題がある。
【0009】
(テラヘルツ二乗検出器)
この種の検出器は、検出素子として、例えばショットキー・ダイオード等を使用する。高速動作が可能なGaAs等の半導体を用いる検出器は、室温での動作が可能であり、ナノ秒よりも短い時間でのパルス計測も可能である。しかし、この検出器はアンテナを介してテラヘルツ波を検出する構造であるため、その検出性能がアンテナ性能に依存する問題がある。しかも、アンテナは、特定の周波数領域で最適となるように設計されるため、広帯域(例えば1〜3THz等)に亘ってテラヘルツ波を高効率に検出することはできない。また、テラヘルツ波は、波長がマイクロ波等と比べて短く、数百μm以下である。このため、検出出力も波長に応じて縮小され、アンテナ作製時のエラーが検出性能に大きく影響する。
【0010】
さらに、高周波数まで応答可能なショットキー・ダイオードには、ウィスカーアンテナが用いられる。この場合、針状のアンテナを検出器に接触させて使用する。ただし、この構造は、機械的な衝撃(例えば振動)によってアンテナと検出器との接触が外れる場合があり、テラヘルツ波を安定的に計測するには問題がある。
【0011】
(量子検出器)
この種の検出器には、量子ドット検出器や半導体光伝導検出器等がある。量子検出器は、感度が良く応答速度も速い特性がある。その一方で、動作温度が極低温下であるため、汎用的に用いられる検出器ではなく、天文等の究極の性能が求められる限られた分野でのみ応用が可能である。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、以上の課題を検討した結果、室温においても検出感度が高く、同時に高速に動作可能な単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出システム及び方法を提案する。このため、本発明では、1つの励起光源から発生された単色波長の励起光を、以下に示す励起光位相制御光学系を通じて波長可変テラヘルツ波光源と非線形光変換テラヘルツ波検出器に入射する。なお、励起光位相制御光学系は、波長可変テラヘルツ波光源におけるテラヘルツ波の発生点と非線形光変換テラヘルツ波検出器におけるテラヘルツ波の入射点の両方が同時に共焦点光学系の焦点となるように、発生点に対する励起光の入射角と入射点に対する励起光の入射角を同時に可変できる光学素子を前記励起光の光路上に有している。
【発明の効果】
【0013】
1つの励起光源から発生された励起光をテラヘルツ波の発生と検出に使用するため、テラヘルツ波の発生点と検出点(入射点)における励起光とテラヘルツ波のコヒーレンスを高めることができる。また、波長可変テラヘルツ波光源と非線形光変換テラヘルツ波検出器における角度位相整合条件を同時に満たしながらテラヘルツ波を広帯域で可変できる。しかも共焦点光学系には、室温でも高速動作可能な光学素子を使用できる。以上により、本発明によれば、室温においても検出感度が高く、同時に高速に動作可能な単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出技術を実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】テラヘルツ波発生/検出システムの概念構成例を示す図。
【図2】テラヘルツ波発生/検出システムの実験装置例を示す図。
【図3】表面出力型テラヘルツ波パラメトリック発振器の構成例を示す図。
【図4】共焦点光学系を示す図。
【図5】他の共焦点光学系を示す図。
【図6】非線形光変換テラヘルツ波検出器の構成例を示す図。
【図7】テラヘルツ波発生/検出システムの他の実験装置例を示す図。
【図8】第1の共焦点光学系を示す図。
【図9】第2の共焦点光学系を示す図。
【図10】波長可変テラヘルツ波光源の他の構造例を示す図。
【図11】波長可変テラヘルツ波光源の他の構造例を示す図。
【図12】波長可変テラヘルツ波光源の他の構造例を示す図。
【図13】非線形光変換テラヘルツ波検出器の他の構造例を示す図。
【図14】検出強度の周波数依存特性を示す図。
【図15】ガルバノスキャナーに対する印加電圧と発生するテラヘルツ周波数との関係を示す図。
【図16】検出テラヘルツ波の時間分解能を説明する図。
【図17】テラヘルツ波の周波数を可変する場合におけるモニター出力例を示す図。
【図18】テラヘルツ波位相制御光学系の駆動機構を説明する図。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、図面に基づいて、本発明の実施の形態を説明する。なお、後述する装置構成や処理動作の内容は一例であり、実施の形態と既知の技術との組み合わせや置換により他の実施の形態を実現することもできる。
【0016】
(A)角度位相整合条件
以下に示す実施の形態では、非線形光学結晶を用いた波長可変テラヘルツ波光源と、非線形光学結晶を用いたテラヘルツ波検出器の両方に励起光を入射することにより、テラヘルツ波の発生と検出を同時に実現するテラヘルツ波発生/検出システムについて説明する。
【0017】
なお、この実施の形態では、近赤外光を発生可能な光源を励起光源として使用する。以下の説明では、励起光源から発生される近赤外光を単に「励起光」と呼ぶ。
【0018】
テラヘルツ波の発生と検出には、励起光が各非線形光学結晶の内部において、角度位相整合条件を満たすことが必要とされる。角度位相整合条件とは、波長変換のために必要な光波とテラヘルツ波の間の角度条件であり、そこではエネルギー保存則(ω=ω+ω;ただし、ωは励起光、ωはストークス光、ωはテラヘルツ波)と運動量保存則(k=k+k;ただし、kは励起光、kはストークス光、kはテラヘルツ波)が満たされる。後述する説明では、ストークス光を「アイドラー光」という。
【0019】
角度位相整合条件を満たすように各非線形光学素子に対する励起光の入射角θを可変すると、テラヘルツ波発生/検出システムで使用するテラヘルツ波の波長を可変することができる。後述するテラヘルツ波発生/検出システムにおいては、入射角θの可変制御を通じて広帯域に亘ってテラヘルツ波を可変し、同時にテラヘルツ波を室温にて高精度かつ高速に検出できる仕組みを提供する。
【0020】
(B)システムの概要
図1に、単色波長可変型のテラヘルツ波発生/検出システムの概念構成を示す。図1に示すように、テラヘルツ波発生/検出システムは2種類の構成が考えられる。図1(a)に示すシステムと、図1(b)に示すシステムの2つである。
【0021】
図1(a)に示すテラヘルツ波発生/検出システム101aは、1つの励起光を2つに分岐し、一方を波長可変テラヘルツ波光源105に入射し、他方を非線形光変換テラヘルツ波検出器109に入射する方式である。この方式の場合、励起光は、波長可変テラヘルツ波光源105に入射する前に2つに分岐される。
【0022】
この方式のテラヘルツ波発生/検出システム101aは、1つの励起光源103と、波長可変テラヘルツ波光源105と、励起光位相制御光学系107と、非線形光変換テラヘルツ波検出器109と、テラヘルツ波位相制御光学系111と、光検出器113と、制御装置115と、表示装置117とで構成される。
【0023】
励起光源103は、近赤外光を励起光として発生する光源である。図1に示すように、励起光源103は1つである。励起光源103が1つであることで、検出時におけるテラヘルツ波と励起光との間で高いコヒーレンスが期待できる。結果的に、テラヘルツ波の検出感度を高めることができる。
【0024】
波長可変テラヘルツ波光源105は、角度位相整合条件を満たすように励起光を非線形光学結晶に入射することによりテラヘルツ波を発生する光源である。なお、波長可変テラヘルツ波光源105には、テラヘルツ波の発生方法が異なる幾つかの光源がある。例えば発振器を使用するテラヘルツ波パラメトリック発振器(THz-wave parametric oscillator: TPO)や発振器を有しないテラヘルツ波パラメトリック発生器(THz-wave parametric generator: TPG)を使用する。
【0025】
励起光位相制御光学系107は、励起光を2つに分岐して波長可変テラヘルツ波光源105と非線形光変換テラヘルツ波検出器109のそれぞれに対し、角度位相整合条件を満たすように導く光学系である。励起光位相制御光学系107は、波長可変テラヘルツ波光源105におけるテラヘルツ波の発生点と非線形光変換テラヘルツ波検出器109におけるテラヘルツ波の入射点の両方を共焦点光学系の焦点となるように配置された光学素子により構成される。
【0026】
なお、発生するテラヘルツ波の波長を調整するための光学素子(すなわち、非線形光学結晶に対する入射角を調整するための光学素子)は、励起光を分岐する前の光路上に配置される。この配置により、テラヘルツ波の発生側と検出側とで励起光の入射角θを同期的に可変することが可能になる。因みに、入射角θは連続的に可変しても良いし、非連続に(ステップ的に)可変しても良い。
【0027】
非線形光変換テラヘルツ波検出器109は、測定試料を通過後のテラヘルツ波と励起光を非線形光学結晶に入射し、テラヘルツ波を光波に波長変換する光学デバイスである。勿論、テラヘルツ波と励起光は、角度位相整合条件を満たしている。
【0028】
テラヘルツ波位相制御光学系111は、波長可変テラヘルツ波光源105で発生されたテラヘルツ波を測定試料に導く光学系と、測定試料を透過したテラヘルツ波を非線形光変換テラヘルツ波検出器109に角度位相整合条件を満たすように導く光学系で構成される光学系である。
【0029】
光検出器113は、非線形光変換テラヘルツ波検出器109における波長変換を通じて発生された光波を検出するデバイスである。例えば光電変換素子で構成される。光検出器113で検出された光強度は電気信号として制御装置115に与えられる。
【0030】
制御装置115は、波長可変テラヘルツ波光源105、励起光位相制御光学系107、非線形光変換テラヘルツ波検出器109、テラヘルツ波位相制御光学系111、光検出器113の少なくとも1つを制御する制御ユニットである。制御装置115は、例えばコンピュータで構成される。なお、制御装置115は、テラヘルツ波の波長と検出された光強度との関係をグラフとして生成する信号処理も実行する。
【0031】
表示装置117は、制御装置115の周辺装置の一つであり、測定結果の表示等に使用される。
【0032】
制御装置115には、表示装置117以外にも、プリンタ等の出力装置、キーボード、マウスその他の入力装置、ネットワーク端末が接続され、これらと接続するためのインターフェースが実装される。
【0033】
一方、図1(b)に示すテラヘルツ波発生/検出システム101bは、波長可変テラヘルツ波光源105におけるテラヘルツ波の発生に使用した励起光を、非線形光変換テラヘルツ109におけるテラヘルツ波の検出にも使用する方式である。
【0034】
この方式のテラヘルツ波発生/検出システム101bは、1つの励起光源103と、波長可変テラヘルツ波光源105と、2つの励起光位相制御光学系107a、107bと、非線形光変換テラヘルツ波検出器109と、テラヘルツ波位相制御光学系111と、光検出器113と、制御装置115と、表示装置117とで構成される。
【0035】
テラヘルツ波発生/検出システム101bに特有の構成は、2つの励起光位相制御光学系107a、107bの部分であり、その他の部分はテラヘルツ波発生/検出システム101aと基本的に同じである。勿論、励起光位相制御光学系107aと107bも、波長可変テラヘルツ波光源105と非線形光変換テラヘルツ波検出器109における角度位相整合条件を満たすように励起光を導くように機能する。違いは、励起光位相制御光学系107aは、角度位相整合条件を満たすように励起光を波長可変テラヘルツ波光源105に導く光学系であり、励起光位相制御光学系107bは、角度位相整合条件を満たすように励起光を非線形光変換テラヘルツ波検出器109に導く光学系である点である。
【0036】
なお、励起光位相制御光学系107aと107bの場合も、波長可変テラヘルツ波光源105におけるテラヘルツ波の発生点と非線形光変換テラヘルツ波検出器109におけるテラヘルツ波の入射点の両方を共焦点光学系の焦点となるように各光学素子が配置される。
【0037】
また、このテラヘルツ波発生/検出システム101bの場合、発生するテラヘルツ波の波長を調整するための光学素子(すなわち、非線形光学結晶に対する入射角を調整するための光学素子)は、励起光位相制御光学系107a内にのみ配置される。この配置により、テラヘルツ波の発生側と検出側とで励起光の入射角θを同期的に可変することが可能になる。やはり、入射角θは連続的に可変しても良いし、非連続に(ステップ的に)可変しても良い。
【0038】
(C)実験装置例
(C−1)実験装置例1
図2に、テラヘルツ波発生/検出システム101a(図1(a))に対応する実験装置例を示す。図2には、図1(a)と対応する部分に同一の符号を付して示す。
【0039】
(励起光源)
実験装置の場合、励起光源103には近赤外パルスレーザー光源を使用する。近赤外パルスレーザー光源には、例えばQスイッチNd:YAGレーザー、QスイッチNd:YVO4、Ybファイバーレーザー等がある。
【0040】
(波長可変テラヘルツ波光源)
図3に、波長可変テラヘルツ波光源105の実験装置例を示す。図3は、波長可変テラヘルツ波光源105が、表面出力型テラヘルツ波パラメトリック発振器(以下、「表面出力型TPO」という。)の場合について表している。
【0041】
図3に示す表面出力型TPOでは、台形柱形状に加工された結晶の2つの斜面に直方体形状の結晶を結合した非線形光学結晶121を使用する。なお、非線形光学結晶121には、例えば5%マグネシウム添加ニオブ酸リチウム(MgO:LiNbO3)を使用する。非線形光学結晶121は、台形柱の底面に当たる結晶表面上の一点(この明細書では、発生点P1という。)で、励起光とアイドラー光(ストークス光)を全反射させる一方、テラヘルツ波を結晶外部に出射する。
【0042】
テラヘルツ波の射出方向は、図3に示すベクトル図で与えられる。このように、発生点P1で励起光等の全反射とテラヘルツ波の外部出力が生じるとき、その角度関係は角度位相整合条件を満たしている。
【0043】
非線形光学結晶121の両端面の外側には、共振器ミラー122、123を配置する。共振器ミラー122、123は、アイドラー光を共振器内に閉じ込めて発振するために用いられる。なお、共振器ミラー122は励起光を透過的に入射し、共振器ミラー123は励起光を透過的に射出する。励起光の非線形光学結晶121に対する入射角は、励起光とアイドラー光のなす角θとして与えられる。
【0044】
また、波長可変テラヘルツ波光源105には、共振器ミラー123を透過した励起光を終端するビームダンパー124と、アイドラー光の観察光学系(ハーフミラー125、波長モニター126)とが配置される。ハーフミラー125は、発生されたテラヘルツ波の波長検出用に共振器ミラー123から出力されたアイドラー光を波長モニター126の受光面に向けて反射する一方、励起光は透過する光学素子である。このように、共振器ミラー123は、基本的にアイドラー光を共振器内に閉じ込めるものの、一部のアイドラー光はテラヘルツ波のモニター用に取り出せるように構成されている。
【0045】
(励起光位相制御光学系)
励起光位相制御光学系107は、波長可変テラヘルツ波光源105の外部において、角度位相整合条件の可変制御を実現する光学系である。すなわち、励起光位相制御光学系107は、励起光の光軸の可変により非線形光学結晶121に対する励起光の入射角θを変化させ、発生点P1における位相整合角度を可変するように動作する。なお、位相整合角度を変化させても最適な波長変換が得られるようにするためには、励起光が非線形光学結晶121の発生点P1を必ず通過するように光学設計を行う必要がある。この位相整合角度に関する条件は、非線形光変換テラヘルツ波検出器109においても満たされる必要がある。このため、テラヘルツ波の発生と検出の両方において、入射角θの制御を同時に実現できる光学系が必要となる。そこで、本願発明者らは、位相整合角度の制御に共焦点光学系を使用し、発生、検出の両方において同時に最適な位相整合角が得られる手法を提案する。
【0046】
図4に共焦点光学系の一例を示す。実験装置で用いる共焦点光学系は、複数枚のレンズ(凹面ミラー133、135)、ミラー(131、132、134、137、138、139)、ビームスプリッター136で構成される。この共焦点光学系の場合、光学系全体の焦点位置を、ガルバノスキャナー上に配置したミラー132の面上、表面出力型TPOにおける非線形光学結晶121の全反射面(発生点P1)上、非線形光変換テラヘルツ波検出器109における非線形光学結晶151の全反射面(入射点P2)上に、それぞれ配置する。
【0047】
この共焦点光学系の場合、ガルバノスキャナー上に配置されたミラー132を回転させたとしても、励起光は他の2つの焦点を必ず通過し、非線形光学結晶121及び151に対する励起光の入射角θだけが可変する。つまり、発生側と検出側で同時に同じ位相整合角度の条件を実現できる。このため、発生側と検出側の両方で同時に最適条件を実現することができる。また、入射角θの可変によってテラヘルツ波の波長を変化させながら、同時に高い効率でテラヘルツ波を検出させることが可能になる。しかも、励起光は単一の励起光源103から射出された光であるのでテラヘルツ波の発生側と検出側とのコヒーレンスを高い状態に維持できる。
【0048】
また、ミラー132はガルバノスキャナー上に配置されている。このため、室温でも、ミラー132を高速にスキャンさせることができる。この高速スキャンを制御することにより、発生されるテラヘルツ波の波長を連続的に、又は非連続(ステップ的)に変化させることができる。因みに、実験で使用したガルバノスキャナーは、1ミリ秒で波長を変化できる性能を持っている。
【0049】
なお、励起光位相制御光学系107は、図5に示すように、凸レンズ141、142を用いる構造によっても実現することができる。
【0050】
前述したように、共焦点光学系は複数枚のレンズやミラーを用いて実現することが可能である。ただし、共焦点光学系の像倍率については注意が必要である。実験では、焦点距離f500mmの凹面ミラーを使用し、像倍率は1倍になるようにした。共焦点光学系では、像倍率も考慮に入れて設計すれば、ビームサイズを拡大・縮小させながら、同様のビームステアリング制御も可能である。
【0051】
(非線形光変換テラヘルツ波検出器)
実験装置では、非線形光学効果を利用して、テラヘルツ波を光波に波長変換(アップコンバージョン)し、光波を通じて間接的にテラヘルツ波を検出する。この検出手法は、技術開発の進んだ各種の光検出器113を利用できるため、テラヘルツ波の検出精度の向上に優れている。
【0052】
図6に、非線形光変換テラヘルツ波検出器109の実験装置例を示す。非線形光変換テラヘルツ波検出器109は、台形柱形状に加工された結晶の一方の斜面に直方体形状の結晶を結合した非線形光学結晶151を使用する。この非線形光学結晶151も、例えば5%マグネシウム添加ニオブ酸リチウム(MgO:LiNbO3)で構成する。
【0053】
実験装置の場合、テラヘルツ波は、テラヘルツ波位相制御光学系111の放物面ミラー163によってビーム径が絞られるように非線形光学結晶151に入射される。なお、テラヘルツ波は、台形柱の底面に当たる結晶表面上の一点(この明細書では、入射点P2という。)に対してほぼ垂直に入射される。また、台形柱形状に加工された結晶のうち直方体形状の結晶が結合されていない側の斜面から励起光が入射される。この励起光の入射は、前述の通り、入射点P2が共焦点光学系の焦点となるように入射される。勿論、励起光は、位相整合角度を満たすように適切に制御されている。
【0054】
従って、入射点P2においてテラヘルツ波と励起光が混合されると、新たに近赤外光が発生される。近赤外光の発生方向とテラヘルツ波の入射方向との関係は図6に示すベクトル図で与えられる。このように、入射点P2では、励起光とテラヘルツ波を混合する際の角度関係が角度位相整合条件を満たすように設定される。なお、近赤外光は、入射点P2で全反射された励起光に対して角θで非線形光学結晶から出力される。勿論、この近赤外光は、テラヘルツ波の入射がない時には発生しない。
【0055】
近赤外光は、非線形光学結晶151内で励起光と分離され、光検出器113で検出される。なお、この実験装置では、光検出器113に近赤外光を導くためにミラー153を配置する。また、非線形光学結晶151から射出された励起光を終端するためにビームダンパー155が配置される。
【0056】
この非線形光学結晶151におけるテラヘルツ波から近赤外光への波長変換は、室温で実現できる。
【0057】
(テラヘルツ波位相制御光学系)
テラヘルツ波位相制御光学系111は、波長可変テラヘルツ波光源105の発生点P1で発生されたテレヘルツ波を測定試料に導くと共に、測定試料を透過又は反射したテラヘルツ波を非線形光変換テラヘルツ波検出器109の入射点P2に導く光学系である。実験装置の場合、テラヘルツ波位相制御光学系111は、一対の放物面ミラー161、163で構成される。図2に示す実験装置の場合、放物面ミラー161と163で挟まれた光路上に測定試料が配置される。また、放物面ミラー163と非線形光変換テラヘルツ波検出器109の入射点P2で挟まれる光路上には、ビーム強度を低減する減衰器165が必要に応じて配置される。もっとも、測定試料は、放物面ミラー163と非線形光変換テラヘルツ波検出器109の入射点P2で挟まれる光路上に配置することもできる。
【0058】
(光検出器)
実験装置では、光検出器113としてInGaAs光検出器を使用する。ナノ秒パルスであるテラヘルツ波は、非線形光変換テラヘルツ波検出器で近赤外光に変換され、InGaAs光検出器の使用により、同じタイムスケールで計測することができる。
【0059】
(制御装置)
この実験装置の場合、制御装置115は、励起光の角度位相整合条件をガルバノスキャナー上に配置されたミラー132の回転角を電子的に制御し、この制御を通じてテラヘルツ波の波長を可変制御する。制御装置115は、光検出器113の検出結果(光強度)と発生させたテラヘルツ波の波長との関係をグラフとして生成する処理を実行する。なお、制御装置115は、テラヘルツ波の波長に関する情報を、波長モニター126を通じて検出されるアイドラー光の波長情報に基づいて取得する。
【0060】
(C−2)実験装置例2
図7に、テラヘルツ波発生/検出システム101b(図1(b))に対応する実験装置の概念構成を示す。なお、テラヘルツ波発生/検出システム101bは、励起光位相制御光学系107が2つ用意される点を除き、前述したテラヘルツ波発生/検出システム101aと基本的に同じである。従って、図7には、図1(b)及び図2と対応する部分に同一の符号を付して示す。
【0061】
図7に示すように、テラヘルツ波発生/検出システム101bでは、1つの励起光源103と、第1の励起光位相制御光学系107aと、波長可変テラヘルツ波光源105と、第2の励起光位相制御光学系107bと、非線形光変換テラヘルツ波検出器109とがカスケードに配置される。すなわち、励起光は、第1の励起光位相制御光学系107aと波長可変テラヘルツ波光源105を透過した後、第2の励起光位相制御光学系107bに入射される。
【0062】
以下では、テラヘルツ波発生/検出システム101bに特有の光学系である第1の励起光位相制御光学系107aと第2の励起光位相制御光学系107bについて説明する。ここで、第1の励起光位相制御光学系107aが特許請求の範囲における第1の共焦点光学系に対応し、第2の励起光位相制御光学系107bが特許請求の範囲における第2の共焦点光学系に対応する。
【0063】
図8に、第1の励起光位相制御光学系107aの実験装置例を示す。なお、図8(a)は、凹面ミラー133、135を用いて共焦点光学系を構成する場合の例であり、図8(b)は、レンズ141、142を用いて共焦点光学系を構成する場合の例である。いずれの場合も、共焦点光学系の焦点位置を、ガルバノスキャナー上に配置したミラー132の面上、表面出力型TPOにおける非線形光学結晶121の全反射面(発生点P1)上に配置する。この構成により、ガルバノスキャナー上に配置されたミラー132を回転させても、励起光は非線形光学結晶121の発生点P1に常に入射し、当該発生点P1に対する入射角θだけが変化する。
【0064】
図9に、第2の励起光位相制御光学系107bの実験装置例を示す。なお、図9(a)は、凹面ミラー133、135を用いて共焦点光学系を構成する場合の例であり、図9(b)は、レンズ141、142を用いて共焦点光学系を構成する場合の例である。いずれの場合も、共焦点光学系の焦点位置を、表面出力型TPOにおける非線形光学結晶121の全反射面(発生点P1)上とテラヘルツ波検出器109における非線形光学結晶151の全反射面(入射点P2)上にそれぞれ配置する。従って、ガルバノスキャナー上に配置されたミラー132を回転によって発生点P1で全反射される励起光の射出角(入射角θと同じ)が変化した場合でも、励起光は非線形光学結晶151の入射点P2に常に入射し、入射点P2に対する入射角θだけが変化する。
【0065】
このように、励起光をカスケードに伝播させる方式を採用する場合でも、ガルバノスキャナー上に配置されたミラー132を回転制御するだけで、発生側と検出側の位相整合角度を同時に制御することができる。このため、発生側と検出側の両方で同時に最適条件を実現することができる。また、入射角θの可変によってテラヘルツ波の波長を変化させながら、同時に高い効率でテラヘルツ波を検出させることが可能になる。しかも、励起光は単一の励起光源103から射出された光であるのでテラヘルツ波の発生側と検出側とのコヒーレンスを高い状態に維持できる。
【0066】
なお、テラヘルツ波発生/検出システム101bの場合も、テラヘルツ波位相制御光学系111と、光検出器113と、制御装置115と、表示装置117も配置される。また、制御装置115は、テラヘルツ波の波長に関する情報を、波長モニター126を通じて検出されるアイドラー光の波長情報に基づいて取得する。
【0067】
(C−3)他の実験装置例
続いて、実験装置に適用して好適な波長可変テラヘルツ波光源と非線形光変換テラヘルツ波検出器の他の構造例を説明する。
【0068】
(1)波長可変テラヘルツ波光源
図10は、テラヘルツ波パラメトリック発振器(TPO)の構造例を示す。図10は、使用する非線形光学効果を利用した光源の動作原理を概念的に表している。図10は、非線形光学結晶としてのニオブ酸リチウム結晶(MgO:LiNbO3)の一側面にシリコンプルズムアレイを取り付けた発振器の構造例を表している。シリコンプリズムアレイは、励起光の進行方向に、三角形状の断面を有するプリズムを複数個配列してなる。従って、図10は、プリズムの断面が紙面と平行であり、高さ方向が紙面と垂直であるように表している。この構造の発振器の場合、励起光の入射によってアイドラー光とテラヘルツ波が発生する。このうち、アイドラー光は、非線形光学結晶の両端に配置された2つの共振器ミラー122、123で閉じ込められることで発振する。なお、共振器122、123で閉じ込められたアイドラー光の一部は、共振器内の発振状態や発生しているテラヘルツ波の波長のモニターのために共振器ミラー123から外部に出力される。テラヘルツ波は、ニオブ酸リチウム結晶の側面からシリコンプリズムアレイを通じて空間中に放射される。なお、シリコンプリズムアレイは、テラヘルツ波の全反射を回避して高効率に外部に取り出すために取り付けられている。なお、この構造の場合、テラヘルツ波の発生点P1は、励起光とアイドラー光の交点位置が対応する。
【0069】
図11は、リング型テラヘルツ波パラメトリック発振器の構造例を示す。テラヘルツ波を発生するための基本原理は、図10に示す共振器と同じである。ただし、図11に示す共振器の場合、アイドラー光が共振器内を一方向に周回して発振する。励起光の進行方向と同一方向に周回するため、高効率で波長変換を実行できる。なお、図11に示す共振器では、アイドラー光をリング状に周回させるため、図10に示す共振器に共振器ミラー123aを追加している。
【0070】
図12は、光注入型テラヘルツ波パラメトリック発生器の構造例を示す。図12に示す波長可変テラヘルツ波光源105は、共振器構造を持たず、外部から種光(シード光)となる強度の弱い光を結晶に注入する。このため、図12に示す発生器は、非線形光学結晶としてのニオブ酸リチウム結晶の1つの表面にシリコンプルズムアレイを取り付けた光学系の前段に、波長可変半導体レーザー103aと、Ybファイバー光増幅器103bと、光ファイバー103cと、反射ミラー103d、103eを設けている。なお、シード光の波長は、発生させるアイドラー光の波長と同じである。このように、図12に示す光源では、波長可変半導体レーザー103aの光波長を電子的に制御することによって、テラヘルツ波の波長を調整することができる。従って、この種の光源を使用するテラヘルツ波発生/検出システムでは、制御装置115において励起光の入射角度の制御と共に、半導体レーザーの波長の制御も同時に実行する。
【0071】
(2)非線形光変換テラヘルツ波検出器
図13に、非線形光変換テラヘルツ波検出器に用いて好適な他の構造例を示す。図13に示す検出器は、非線形光学結晶としてのニオブ酸リチウム結晶(MgO:LiNbO3)の一側面に1個以上のシリコンプリズムを取り付けた構造を有する。なお、非線形光学結晶は直方体形状である。また、図13は、シリコンプリズムの断面が紙面と平行であり、高さ方向が紙面と垂直であるように表している。この構造の検出器の場合、テラヘルツ波は、シリコンプリズムから非線形光学結晶の側面に導入される。一方、励起光は、非線形光学結晶の一端面から入射させる。テラヘルツ波と励起光は結晶内に設定された入射点P2で位相整合角度を満たすように混合される。従って、テラヘルツ波の入射時には、テラヘルツ波と励起光との相互作用により、入射点P2に近赤外光を発生させることができる。この構造の場合、入射点P2は、励起光とテラヘルツ波の交点として与えられる。
【0072】
(D)実験結果
次に、前述した実験装置により得られる実験結果を示す。図14に、表面出力型TPOで発生されるテラヘルツ波の周波数(アイドラー光の波長)とテラヘルツ波の強度との間に計測された関係を示す。図14に示すように、この実験では、約1.3THzから2.6THzの範囲でテラヘルツ波の波長を可変できている。なお、テラヘルツ波の検出には、市販の極低温4Kシリコンボロメータを使用した。
【0073】
図15は、アイドラー光の波長をモニターして得られたガルバノスキャナー印加電圧とテラヘルツ波周波数の関係を示す。前述したように、ガルバノスキャナーは、印加する電圧によりミラー132の角度を制御できる。図15に示す実験結果は、テラヘルツ波の検出にも同様に適用することができ、各電圧において検出可能なテラヘルツ波の中心周波数を意味している。
【0074】
図16は、表面出力型TPOで発生させたテラヘルツ波を、実験装置で計測した結果を示している。図16の横軸は時間であり、ナノ秒オーダーを示している。一方、図16の縦軸はInGaAs光検出器の出力値を示している。例えば、テラヘルツ波出力を8pJ/pulseから0.08pJ/pulseまで変化させた場合、対応してInGaAs光検出器の出力も減少し、2桁ものテラヘルツ波検出のダイナミックレンジが得られる。同時に、時間波形のようにピコ秒レベルまでのパルスを捉えることができる。
【0075】
なお、光検出器113に対するテラヘルツ波の入力エネルギーを、減衰器165により減少させたところ、実験では最小感度として約0.1pJ/pulseのテラヘルツ波を計測することができた。
【0076】
図17は、テラヘルツ波の周波数を変化させた場合におけるテラヘルツ波の発生側と検出側でのモニター結果を示す図である。なお、発生側のグラフは、テラヘルツ波と同時に発生するアイドラー光をスペクトラムアナライザーで検出した結果である。一方、検出側のグラフは、波長変換によって得られた近赤外光を、スペクトラムアナライザーでモニターした結果である。なお、各グラフの横軸は、検出光の波長から求めたテラヘルツ波の周波数を示している。また、各グラフの縦軸は、検出強度を示している。
【0077】
発生側の波形図と検出側の波形図を対比して分かるように、テラヘルツ波の強度変化は発生側と検出側とで高い相関関係が認められる。従って、各周波数において、発生したテラヘルツ波を確実に検出できていることが分かる。なお、測定試料のスペクトル情報を実際に測定する際には、測定試料がある場合と無い場合の両方についてテラヘルツ波を計測し、それら両方の計測結果を比較することにより測定試料のスペクトル情報を求める手法が用いられる。なお、テラヘルツ波の波長をスイッチング的に測定試料に入射し、それら幾つかの波長について得られた計測結果の比較により測定試料のスペクトル情報を求めても良い。
【0078】
(E)テラヘルツ波発生/検出システムに追加的に搭載して好適な駆動機構
ここでは、テラヘルツ波発生/検出システムに追加的に搭載して好適な駆動機構について説明する。具体的には、テラヘルツ波位相制御光学系111の位置調整用の駆動機構について説明する。図18に、駆動機構付のテラヘルツ波発生/検出システムの概念構成例を示す。
【0079】
なお、図18には、図2との対応部分に同一符号を付して示す。図18に示すテラヘルツ波発生/検出システムは、テラヘルツ波位相制御光学系111を構成する2つの放物面ミラー161、162が移動ステージ164に搭載されている点で図2に示すシステムと異なっている。
【0080】
ここで、2つの放物面ミラー161、162は、移動ステージ164に固定されている。また、移動ステージ164は、その移動中も2つの放物面ミラー161及び162に対するテラヘルツ波の入出力角が変化せず、テラヘルツ波の光路長だけを変化させるように構成されている。すなわち、移動ステージ164の移動の前後において、角度位相整合条件が変化せず、テラヘルツ波の光路長(位相)だけが変化するように構成されている。
【0081】
例えば、移動ステージ164は、不図示のガイドに沿って移動されるように構成されている。また、移動ステージ164は、不図示の駆動機構(例えばモーターとその他の駆動系)を通じて実現されるものとする。移動ステージ164の移動はリニア方向の移動であり、既知の様々な駆動機構により実現可能である。図18では、移動ステージ164の移動方向を矢印で示している。なお、移動ステージ164の移動は、制御装置115によって制御される。
【0082】
以下では、テラヘルツ波位相制御光学系111が光路長を可変的に駆動できる機構を有する場合に好適な応用例を説明する。
【0083】
(E−1)応用例1
テラヘルツ波を用いて測定試料の透過率や反射率等を計測する場合、一般には測定試料との相互作用によって得られるテラヘルツ波の振幅情報を取得するが、これ以外に位相情報が重要となる場合がある。例えば測定試料の屈折率等の情報を得る場合、位相情報が必要になる。
【0084】
この場合、移動ステージ164を有するテラヘルツ波発生/検出システムが有効である。このシステム構成の場合、波長可変テラヘルツ波光源105から放射されたテラヘルツ波は、テラヘルツ波位相制御光学系111に導かれ、その後、測定試料に照射される。試料を透過したテラヘルツ波は、非線形光変換テラヘルツ波検出器109で計測される。
【0085】
ここでのテラヘルツ波位相制御光学系111は、移動ステージ164上に放物面ミラー161、163を配置された光学系であり、移動ステージ164は波長可変テラヘルツ波光源105から放射されるテラヘルツ波の入射方向と非線形光変換テラヘルツ波検出器109に対するテラヘルツ波の入射方向に対して平行方向に移動される。移動ステージ164の移動により、テラヘルツ波の光路長が変化する。すなわち、テラヘルツ波の位相を制御することができる。ここで、移動ステージ164の移動量(すなわち、非線形光変換テラヘルツ波検出器109に入射するテラヘルツ波の位相)は、制御装置115によって制御する。
【0086】
このように、移動ステージ164を移動させながら測定試料を透過又は反射したテラヘルツ波を計測することにより、テラヘルツ波の振幅振動波形を得ることができる。なお、測定試料に関するテラヘルツ波の位相情報は、測定試料の挿入前後で、移動ステージ164を同一範囲で移動させた際に得られる各波形の比較を通じて取得することができる。
【0087】
(E−2)応用例2
さらに、移動ステージ164を用いれば、テラヘルツ波の検出条件を最適化する(具体的には、光検出器113で検出される近赤外光(光信号)の検出強度を最大にする)ために用いることができる。
【0088】
前述したように、テラヘルツ波の検出は、非線形光学結晶の内部で励起光とテラヘルツ波を混合した際に発生する近赤外光(光信号)を検出することで実現される。このとき、近赤外光の発生強度を高めるには、テラヘルツ波の位相と混合される励起光の位相とが揃っていることが必要である。このため、最適な検出条件を満たすように、光検出器113の検出強度を監視する制御装置115によって移動ステージ164の位置(すなわち、非線形光変換テラヘルツ波検出器109に入射するテラヘルツ波の位相)を最適条件に制御することが望ましい。この位相調整機能の搭載により、テラヘルツ波を高感度で計測することができる。
【符号の説明】
【0089】
101a、101b…テラヘルツ波発生/検出システム、103…励起光源、105…波長可変テラヘルツ波光源、107、107a、107b…励起光位相制御光学系、109…非線形光変換テラヘルツ波検出器、111…テラヘルツ波位相制御光学系、113…光検出器、115…制御装置、117…表示装置、121…非線形光学結晶、122、123…共振器ミラー、132…ガルバノスキャナー上に配置したミラー、151…非線形光学結晶、161、163…放物面ミラー、P1…発生点、P2…入射点。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
単色波長の励起光を発生する1つの励起光源と、
前記励起光をテラヘルツ波の発生に適した第1の角度位相整合条件を満たすように入射し、テラヘルツ波を発生する波長可変テラヘルツ波光源と、
前記波長可変テラヘルツ波光源から発生されたテラヘルツ波を測定試料に導くテラヘルツ波位相制御光学系と、
前記測定試料を通過したテラヘルツ波と前記励起光を第2の角度位相整合条件を満たすように入射し、入射したテラヘルツ波を光波に波長変換する非線形光変換テラヘルツ波検出器と、
前記非線形光変換テラヘルツ波検出器から出力される前記光波を検出する光検出器と、
前記波長可変テラヘルツ波光源におけるテラヘルツ波の発生点と前記非線形光変換テラヘルツ波検出器におけるテラヘルツ波の入射点の両方が同時に共焦点光学系の焦点となるように、前記発生点に対する励起光の入射角と前記入射点に対する励起光の入射角とを可変できる光学素子を前記励起光の光路上に有する励起光位相制御光学系と、
前記波長可変テラヘルツ波光源、前記テラヘルツ波位相制御光学系、前記非線形光変換テラヘルツ波検出器、前記光検出器及び前記励起光位相制御光学系の少なくとも1つを制御する制御装置と
を有する単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項2】
前記励起光位相制御光学系は、前記励起光源から出力された励起光を2つに分岐し、1つを前記可変波長テラヘルツ波光源に導き、1つを前記非線形光変換テラヘルツ波検出器に導く共焦点光学系である
ことを特徴とする請求項1に記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項3】
前記励起光位相制御光学系は、第1の共焦点光学系と第2の共焦点光学系によって構成され、
前記第1の共焦点光学系は、前記励起光源から出力された励起光を前記波長可変テラヘルツ波光源に導き、前記第2の共焦点光学系は、前記波長可変テラヘルツ波光源を通過した励起光を前記非線形光変換テラヘルツ波検出器に導く
ことを特徴とする請求項1に記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項4】
前記励起光位相制御光学系における前記励起光の光路上に位置する前記光学素子は、ガルバノスキャナー上に配置されたミラーである
ことを特徴とする請求項1〜3のいずれか1つに記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項5】
前記第2の角度位相整合条件を満たした状態のまま、前記テラヘルツ波位相制御光学系における前記テラヘルツ波の光路長を可変できる駆動機構を更に有し、
前記制御装置は、前記光検出器において得られる前記光波の検出出力が最大になるように前記駆動機構を通じて前記テラヘルツ波の光路長を可変制御する
ことを特徴とする請求項1〜4のいずれか1つに記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項6】
前記第2の角度位相整合条件を満たした状態のまま、前記テラヘルツ波位相制御光学系における前記テラヘルツ波の光路長を可変できる駆動機構を更に有し、
前記制御装置は、測定動作中に、前記駆動機構を通じて前記テラヘルツ波の光路長を所定範囲に亘り可変制御する
ことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1つに記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出システム。
【請求項7】
1つの励起光源から出力された単色波長の励起光を、テラヘルツ波の発生に適した第1の角度位相整合条件を満たすように波長可変テラヘルツ波光源に入射し、テラヘルツ波を発生する第1の処理と、
前記第1の処理で発生されたテラヘルツ波を、テラヘルツ波位相制御光学系を通じて測定試料に導く第2の処理と、
前記測定試料を通過したテラヘルツ波と前記励起光を、第2の角度位相整合条件を満たすように非線形光変換テラヘルツ波検出器に入射し、入射されたテラヘルツ波を光波に波長変換する第3の処理と、
前記第3の処理で発生された前記光波を光検出器で検出する第4の処理と、
前記波長可変テラヘルツ波光源におけるテラヘルツ波の発生点と前記非線形光変換テラヘルツ波検出器におけるテラヘルツ波の入射点の両方が同時に共焦点光学系の焦点となるように、前記発生点に対する励起光の入射角と前記入射点に対する励起光の入射角を、励起光位相制御光学系の光学素子を通じて同時に調整する第5の処理と
を有することを特徴とする単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出方法。
【請求項8】
前記励起光位相制御光学系は、前記励起光源から出力された励起光を2つに分岐し、1つを前記波長可変テラヘルツ波光源に導き、1つを前記非線形光変換テラヘルツ波検出器に導く
ことを特徴とする請求項7に記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出方法。
【請求項9】
前記励起光位相制御光学系は、第1の制御光学系と第2の制御光学系によって構成され、
前記第1の制御光学系は、前記励起光源から出力された励起光を前記波長可変テラヘルツ波光源に導き、前記第2の制御光学系は、前記テラヘルツ波パラメトリック光源を通過した励起光を前記非線形光変換テラヘルツ波検出器に導く
ことを特徴とする請求項7に記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出方法。
【請求項10】
前記第2の角度位相整合条件を満たした状態のまま、前記テラヘルツ波位相制御光学系における前記テラヘルツ波の光路長を可変できる駆動機構を有する場合において、前記光検出器において得られる前記光波の検出出力が最大になるように前記駆動機構を通じて前記テラヘルツ波の光路長を可変制御する処理
を有することを特徴とする請求項7〜9のいずれか1つに記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出方法。
【請求項11】
前記第2の角度位相整合条件を満たした状態のまま、前記テラヘルツ波位相制御光学系における前記テラヘルツ波の光路長を可変できる駆動機構を有する場合において、測定動作中に、前記駆動機構を通じて前記テラヘルツ波の光路長を所定範囲に亘り可変制御する処理
を有することを特徴とする請求項7〜10のいずれか1つに記載の単色波長可変型テラヘルツ波発生/検出方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【公開番号】特開2011−75583(P2011−75583A)
【公開日】平成23年4月14日(2011.4.14)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−215694(P2009−215694)
【出願日】平成21年9月17日(2009.9.17)
【出願人】(503359821)独立行政法人理化学研究所 (1,056)
【Fターム(参考)】