説明

可視光ミラー、可視光発振ガスレーザ、及びHe−Neリングレーザジャイロ

【課題】従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現する。
【解決手段】可視光ミラー10を基板11とミラースタック層部12と紫外線吸収層部13とから構成する。ミラースタック層部12は、上記基板11上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ多層膜ミラーである。紫外線吸収層部13は、上記ミラースタック層部12上に被覆形成され、紫外線を吸収する誘電体材料の層を少なくとも1層含み、紫外線領域の所定の波長帯域における透過率が50%以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は高反射率ミラー等、誘電体多層膜光学素子の耐紫外線性を向上させる技術に関する。
【背景技術】
【0002】
リングレーザジャイロ等に用いられるHe−Neレーザ(発振波長633nm)やその他のガスレーザを反射する高反射率ミラーは一般に誘電体多層膜で構成されるが、この誘電体多層膜がレーザ媒体のプラズマから輻射される紫外線の照射を受けると、使用波長(レーザ発振波長)における吸収損失が可逆的現象として増大劣化することが知られている。
【0003】
このような問題を解決する方法として、ミラーを紫外線不感性の高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対のみにより構成することが考えられ、かかる技術が特許文献1に開示されている。しかし、一般に知られている不感性材料の場合、屈折率が低いため十分な反射率を得るには層対数を多くする必要がある。そこで、層対数を減らすべくミラーを、基板上に被着される紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対と、その上に被着される複数の紫外線不感性高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対との二段階構造により耐紫外線性高反射率ミラーを構成するも考えられており、特許文献2に開示されている。具体的には、紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対として、従来から高反射率ミラーとして一般的に用いられてきたTiO/SiO層対を用いつつ、そのTiO膜のもつ吸収損失特性の悪さによる影響を軽減すべく、紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対の上に紫外線不感性高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対、例えばHfO/SiO層対を被着する。このような二段階構成にすることで、高反射率(高屈折率比)のTiO/SiO層対の適用により全体の層数を抑えつつ、紫外線感応度の高いTiO/SiO層対を紫外線不感性のHfO/SiO層対の背後に後退させることで、TiO/SiO層対部分に到達する光量を減らし、TiO/SiO層対における損失増加がミラーの反射率に与える影響を小さくしている。
【特許文献1】特開平7−72330号公報
【特許文献2】特開平2−192189号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
耐紫外線性の高い可視光ミラーは従来の方法によっても実現可能ではあるが、ミラーの使用条件、製造条件等に応じ複数の実現方法の中から最も効果の高い実現方法を選択できることが望ましい。
【0005】
この発明の目的はこのような事情に鑑み、従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現する方法を明らかにすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の可視光ミラーは、基板とミラースタック層部と紫外線吸収層部とを備える。ミラースタック層部は、上記基板上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ多層膜ミラーである。紫外線吸収層部は、上記ミラースタック層部上に被覆形成され、紫外線を吸収する誘電体材料の層を少なくとも1層含み、紫外線領域の所定の波長帯域における透過率が50%以下である。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、従来とは異なる方法により耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0008】
まず、図1にHe−Neレーザの紫外線領域における発光スペクトルを示す。図1から、レーザ発振光とは別にレーザ媒体のプラズマから輻射される紫外線が、紫外線領域の広い波長範囲にわたって分布していることがわかる。このように紫外線が輻射されている環境下で紫外線感応材料からなるミラーを使用した場合、ミラーの反射率が低下することによりレーザ出力が低下するという問題が生じる。この問題に対し、全ての紫外線のスペクトラムが関わっているのか、それとも一部の波長成分のみが関わっているのかについては、従来明らかにされていなかった。
【0009】
そこで発明者らは、紫外線感応材料からなる高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対ミラーの一例であるTa/SiOミラーについて、紫外線が照射されていない時、照射されている時、及び4種類の紫外線カットフィルタを介して間接的に照射されている時それぞれの、使用波長633nm(レーザ発振光)におけるミラーの損失の変化を調べる実験を行った。図2にその結果を示す。なお、ミラーはTa膜19層とSiO膜18層との交互積層による37層からなるものである。実験に係る測定系には図3に示すような、参照ミラー1と参照ミラー2とを含んで構成された光共振器の光路中に、試料である上記ミラーを介在させ、He−Neレーザの光を注入して共振させて、その注入光を遮断した時の共振器内の光強度の減衰を観測することにより上記ミラーの損失を評価する、キャビティーリングダウン方式の装置を利用した。なお、紫外線照射装置の光源には水銀ランプを使用しており、各紫外線カットフィルタの透過率は図2中に示すそれぞれのエッジ波長で20%以下である。
【0010】
図2に示すように、ミラーに紫外線を照射するとミラーの損失が増加し、紫外線カットフィルタを介して照射するとその損失は減少する。しかし、紫外線カットフィルタの帯域の選び方によっては、それが紫外線領域のうちの一部の波長成分のみを阻止するものであっても、全紫外線領域を阻止するフィルタを挿入した場合と同程度の損失減少効果が得られることがわかった。すなわち、ミラーの紫外線感応材料の損失増加を誘起しているのは、照射紫外線の波長成分の一部である。図2の例において、より具体的には、上記Ta/SiO層対でなるミラーの場合、ミラーへの照射紫外線に320nm以下カットフィルタを挿入すると、阻止域が全紫外線領域を網羅する460nm以下カットフィルタを挿入した時とほとんど差異のない全損失の変化特性が得られたが、紫外線カットフィルタを300nm以下カットのものに差し替えると、先の2つのカットフィルタの場合と比べ明らかに全損失が大きくなった。つまり、全紫外線領域を阻止するフィルタを挿入した場合と同程度の損失減少効果を得るためにカットすべき波長成分の境界は320nmと300nmとの間にある。従って、ミラーに入射する紫外線のうち少なくとも320nm以下の波長成分を十分に遮断すれば、紫外線による損失増加を抑制するという目的を達することができることがわかる。
【0011】
〔第1実施形態〕
誘電体多層膜からなる紫外線カットフィルタを特定の多層膜ミラーのオーバーコートとして適用することを考えると、全紫外線領域を網羅する阻止域を有しかつ実際にレーザ用ミラーを被覆するのに好適な層構造を構成することは、一般には容易ではない。これに対し、多層膜ミラーに応じてその損失増大を誘起する紫外線の帯域を明らかにし、その帯域を十分に遮断するオーバーコート層を好適に多層膜ミラー上に構成することは、比較的容易である。
【0012】
図4 (a)に第1実施形態の可視光ミラー10の構成例を示す。可視光ミラー10は、基板11とミラースタック層部12と紫外線吸収層部13と保護層14とから構成される。
【0013】
ミラースタック層部12は、基板11上に被着形成され、複数の高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対により構成される。ミラースタック層部12には、後述する紫外線吸収層部13を経た紫外線量が低減された光が到達するため、ここに適用する高屈折率の誘電体材料は、紫外線感応度の高さを気にすることなくあくまで高反射率を重視して選択することができる。このような構成に適した高反射率の誘電体材料としては、例えばTaが挙げられる。また、低屈折率の誘電体材料としては、例えばSiOが挙げられる。
【0014】
紫外線吸収層部13は、ミラースタック層部12上に被着形成され、紫外線を吸収する誘電体材料の層を少なくとも1層含む。図2からわかるように、ミラーを紫外線カットフィルタにより防護することにより紫外線が照射されることによる反射全損失の増加を抑制することができる。そこで、紫外線吸収層部13にこのフィルタの役目を果たす紫外線吸収性の誘電体材料を適用する。
【0015】
紫外線吸収層部13において紫外線を吸収すべき波長帯域、言いかえれば、紫外線防護によりミラーでの反射全損失の抑制効果が効率的に得られる波長帯域は、ミラースタック層部12に適用される高屈折率/低屈折率誘電体1/4波長層対の材料により異なる。例えばTa/SiOの場合は、図2からわかるように320nm以下カットフィルタ、380nm以下カットフィルタ、及び460nm以下カットフィルタのそれぞれについては効果に大差は無く、一方300nm以下カットフィルタでは全損失が相対的に大きくなっている。そこで、Ta/SiOの場合は、紫外線吸収層部13に320nm以下の短波長領域において小さい透過率すなわち高吸収率を示す誘電体材料を適用することにより、ミラースタック層部12に可視光吸収増大を誘起する紫外線の到達を効果的に抑制することができると言える。
【0016】
紫外線吸収層は入射光と反射光とで同位相になるよう、例えば図4 (a)に示すように1/2波長厚の高屈折率誘電体を用いてもよいし、図4 (b)に示すように1/4波長厚の高屈折率誘電体と距離調整のための1/4波長厚の低屈折率誘電体とを組み合わせて構成してもよい。なお、図4 (a)(b)はいずれも、紫外線吸収作用を営む層を1層だけ含んでなる構成の例であるが、紫外線吸収作用を営む1/4波長厚の高屈折率誘電体の層と1/4波長厚の低屈折率誘電体の層との層対を複数対含んだ形で紫外線吸収層部13を構成することも可能である。
【0017】
320nm以下の短波長領域において低透過率すなわち高吸収率を示す誘電体材料としては、例えばTiOが挙げられる。紫外線吸収層部13にTiOを適用して図4 (a)のように構成した場合の、紫外線吸収層部13と保護層14とからなるオーバーコート層の紫外線に対する透過率(入射角30度)を図5に示す。図5から、このオーバーコート層は紫外線領域の長波長部分では相当に高い透過率を示すが、320nm以下の領域では8%以下であり、とりわけ300nm以下の領域では1%以下とほぼ100%吸収されており、上記のTa/SiO層対からなるミラーに好適であることがわかる。
【0018】
なお、紫外線吸収層での320nm以下の短波長領域における透過率は、紫外線遮断という観点からは低いほど望ましいが、その副作用として可視光領域の透過率の低下(挿入損失)を招く。そのため、紫外線吸収層が備えるべき320nm以下の透過率は、ミラースタック層部の紫外線感応度とのトレードオフによりケースバイケースで決することになる。例えば、ミラースタック層部12に適用する高屈折率誘電体として紫外線感応度が高く高反射率(例えば、紫外線照射の無い時の特定の波長の可視光に対する損失が50ppm以下)の素材(例えば、Ta)を選択した場合には、若干の挿入損失増加を招いても紫外線吸収層部13にTiOなどの紫外線の透過率が低い材料を適用することで、トータルとして高い反射率の可視光ミラーの実現が期待できる。一方、ミラースタック層部12に紫外線感応度が比較的低い素材を使用した場合には、紫外線吸収層部13に例えば紫外線透過率50%程度の素材を適用しても、トータルとしてある程度高い反射率の可視光ミラーの実現が期待できる。
【0019】
保護層14は、紫外線吸収層部13上に被着形成される、格別の光学的機能を有しない物理的保護層である。
【0020】
以上のように本発明は、反射全損失の劣化を誘起する紫外線を高い吸収率で吸収する、紫外線吸収層部をミラースタック層部の上にオーバーコーティングするという新しい手段により、耐紫外線性が高くかつ高反射率の可視光ミラーを実現するものである。ここで、紫外線吸収層部13は、紫外線の所定の波長帯域において、ミラースタック層部12の紫外線感応度に応じ、50%以下の範囲から適切に選ばれた透過率を備えていればよい。また、ミラースタック層部12の紫外線非照射状態での使用波長における損失が十分に小さければ、紫外線吸収層部13自体が使用波長においてある程度の損失を持つことが許容される。そして、紫外線の上記所定の波長帯域は、多層膜ミラーに広帯域の紫外線を照射し、その紫外線に複数の適宜選んだ異なる阻止域を有する紫外線カットフィルタを取り替え挿入して当該多層膜ミラーの損失を測る方法により決定することができる。
【0021】
図6に、特許文献2で開示された従来構成(第1紫外線感応高屈折率/低屈折率誘電体としてTiO/SiOを、第2紫外線不感性高屈折率/低屈折率誘電体としてHfO/SiOを適用)による可視光ミラーと、本発明の図4 (a)の構成による可視光ミラーと、図4 (b)の構成による可視光ミラーとのそれぞれに対して、紫外線領域に広範囲にスペクトルが分布する光を照射した場合の633nm光に対する全損失値の実験データの比較を示す。実験に係る測定系は図3の構成から紫外線カットフィルタを取り除いた構成であり、この構成において紫外線照射装置をオン/オフすることにより測定を行った。図6において、丸印は紫外線を照射しない場合の633nm波長光に対する全損失値、菱印は紫外線を照射した場合の633nm波長光に対する全損失値である。なお、比較のため、紫外線吸収層部13をオーバーコートしないミラースタック層部12のみ(Ta/SiO層対)の場合の評価結果も併せて示してある。図6からわかるように、紫外線の照射がない場合は、紫外線吸収層部13をオーバーコートしないミラーの全損失が最も小さく、従来技術によるミラーの全損失がその次に小さいが、紫外線を照射した場合は、従来技術によるミラーは紫外線吸収層部13をオーバーコートしないミラーと比べれば全損失の増加の抑圧効果が認められるものの、本発明の図4 (a)(b)の構成の全損失の増加の抑圧効果は更に顕著であり、紫外線照射下での全損失の値は従来技術によるミラーを下回っている。この実験結果からも、本発明の構成が優れた耐紫外線性を有するものであることがわかる。
【0022】
〔第2実施形態〕
第1実施形態に記した可視光ミラーを用いてレーザ発振用の光共振器を構成することにより、低損失の光共振器を構成することができる。
【0023】
〔第3実施形態〕
He−Neリングレーザジャイロを、第1実施形態に記した可視光ミラーを用いて角速度検出用のHe−Neリングレーザ共振器が構成することで、角速度の検出精度を向上することができる。
【産業上の利用可能性】
【0024】
本発明は、紫外線が含まれる光が入射される誘電体多層膜光学素子を低損失に構成したい場合において特に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0025】
【図1】He−Neレーザの紫外線領域での発光スペクトルを例示する図。
【図2】紫外線感応材料からなるミラーにおいて紫外線の存否により反射損失に相違が生じることを例示する図。
【図3】紫外線照射環境におけるミラー全損失の測定系を例示する図。
【図4】本発明の可視光ミラーの構成を例示する図。
【図5】本発明の可視光ミラーの短波長領域における紫外線吸収層部13(TiO、λ/2)の透過率を例示する図。
【図6】従来構成の可視光ミラーと本発明の可視光ミラーとの全損失の相違を例示する図。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板と、
上記基板上に形成され、紫外線の照射により可視光吸収の増大が誘起される誘電体材料の層を含んだ多層膜ミラーであるミラースタック層部と、
上記ミラースタック層部上に被覆形成され、紫外線を吸収する誘電体材料の層を少なくとも1層含み、紫外線領域の所定の波長帯域における透過率が50%以下である紫外線吸収層部と、
を備える可視光ミラー。
【請求項2】
請求項1に記載の可視光ミラーにおいて、
前記ミラースタック層部は、紫外線照射が無い時の特定の波長の可視光に対する損失が50ppm以下であることを特徴とする可視光ミラー。
【請求項3】
請求項1又は2のいずれかに記載の可視光ミラーにおいて、
前記ミラースタック層部は、TaとSiOとの交互積層からなり、
前記所定の波長帯域は、320nm以下の帯域である
ことを特徴とする可視光ミラー。
【請求項4】
請求項1乃至3のいずれかに記載の可視光ミラーにおいて、
前記紫外線吸収層部の紫外線を吸収する誘電体材料の層は、TiOの層であることを特徴とする可視光ミラー。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれかに記載の可視光ミラーを用いてレーザ発振用の光共振器が構成されていることを特徴とする可視光発振ガスレーザ。
【請求項6】
請求項1乃至4のいずれかに記載の可視光ミラーを用いて角速度検出用のHe−Neリングレーザ共振器が構成されることを特徴とするHe−Neリングレーザジャイロ。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2010−26030(P2010−26030A)
【公開日】平成22年2月4日(2010.2.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−184563(P2008−184563)
【出願日】平成20年7月16日(2008.7.16)
【出願人】(000231073)日本航空電子工業株式会社 (1,081)
【Fターム(参考)】