説明

四輪駆動車及びその制御装置

【課題】2輪駆動状態での車両の発進時にスリップが発生した場合でも、噛み合いクラッチを介してトルクが伝達される補助駆動輪に速やかにトルクを伝達することが可能な四輪駆動車及びその制御装置を提供する。
【解決手段】四輪駆動車101は、駆動源であるエンジン102と、エンジン102のトルクを前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達する駆動力伝達系106と、駆動力伝達系106に設けられ、凹部と凸部との係合により後輪105L,105R側にトルクを伝達することが可能な噛み合いクラッチ130と、路面の摩擦係数に関連する指標値に基づいて、路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段9bと、判定手段9bにより路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に噛み合いクラッチ130の係合を行わせる制御信号を発生する制御手段9bとを有する。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動源の駆動力を主駆動輪及び補助駆動輪に配分する駆動力伝達系を備えた四輪駆動車及びその制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、駆動源の駆動力を前輪側には常時伝達し、後輪側にはトルク伝達容量を変更可能なトルクカップリングを介して車両の走行状態に応じた必要な駆動力を伝達する四輪駆動車が知られている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
特許文献1に記載の四輪駆動車は、プロペラシャフトの後輪側にトルク伝達容量を変更可能なトルクカップリングを有すると共に、トランスファの出力軸とプロペラシャフトとの間のトルク伝達を断続可能なドグクラッチ等の切り替え機構を有している。そして、前輪のみを駆動する2輪駆動時には、プロペラシャフトの前段及び後段でトルク伝達を遮断することで、2輪駆動の走行中にプロペラシャフトを回転させないようにし、プロペラシャフトの回転に伴う摺動抵抗やオイルの撹拌抵抗を削減して燃費を向上し得るように構成されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開2010−48331公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、路面の摩擦係数が低い場合には、車両の発進時において車輪がスリップする場合がある。このスリップは、特に主駆動輪のみにトルクを伝達する2輪駆動時に発生しやすい。2輪駆動状態でスリップが発生すると、補助駆動輪側にもトルクを配分し、一つの車輪に伝達されるトルクを低減することでスリップを抑えることが有効である。しかし、主駆動輪のみがスリップした状態では、補助駆動輪側へのトルク伝達経路に設けられたドグクラッチの入出力部材間の差動回転が大きく、直ちにドグクラッチを噛み合わせることができない。このような状況でもドグクラッチを噛み合わせるためには、ドグクラッチの入出力部材間の回転を同期させる大容量のシンクロ機構を備える必要があった。
【0006】
そこで本発明は、2輪駆動状態での車両の発進時にスリップが発生した場合でも、噛み合いクラッチを介してトルクが伝達される補助駆動輪に速やかにトルクを伝達することが可能な四輪駆動車及びその制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、上記課題を解決するために、以下の四輪駆動車を提供する。
[1]車両の駆動力となるトルクを発生する駆動源と、前記駆動源のトルクを主駆動輪及び補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系と、前記駆動力伝達系に設けられ、凹部と凸部との係合により前記補助駆動輪側にトルクを伝達することが可能な噛み合いクラッチと、路面の摩擦係数に関連する指標値に基づいて、路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段と、前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる制御信号を発生する制御手段とを備えた四輪駆動車。
【0008】
[2]前記駆動力伝達系における前記噛み合いクラッチのトルク伝達方向上流側又は下流側に設けられ、前記補助駆動輪側に伝達されるトルクを調整可能な調整クラッチをさらに備え、前記制御手段は、前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる第1の制御信号を発生し、発進時において前記主駆動輪にスリップが発生したとき、前記調整クラッチに前記補助駆動輪側に伝達されるトルクを増大させる第2の制御信号を発生する前記[1]に記載の四輪駆動車。
【0009】
[3]車両の駆動力となるトルクを発生する駆動源と、前記駆動源のトルクを主駆動輪及び補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系と、前記駆動力伝達系に設けられ、凹部と凸部との係合により前記補助駆動輪側にトルクを伝達することが可能な噛み合いクラッチとを備えた四輪駆動車に搭載され、路面の摩擦係数に関連する指標値に基づいて、路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段と、前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる制御信号を発生する制御手段とを備えた四輪駆動車の制御装置。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、2輪駆動状態での車両の発進時にスリップが発生した場合でも、噛み合いクラッチを介してトルクが伝達される補助駆動輪に速やかにトルクを伝達することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】図1は、本発明の実施の形態に係る四輪駆動車の構成例を示す概略図である。
【図2】図2は、本発明の実施の形態に係る駆動力伝達装置及びその周辺部の構成例を示す断面図である。
【図3】図3(a)は、本発明の実施の形態に係る噛み合いクラッチ及びその周辺部の構成例を示す断面図であり、図3(b)は、開放状態における噛み合いクラッチの噛み合い部を模式的に示す説明図である。
【図4】図4は、本発明の実施の形態に係るECUの制御部が実行する処理手順の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[実施の形態]
図1は四輪駆動車の構成例を示す概略図である。この四輪駆動車101は、図1に示すように、四輪駆動車101の駆動力となるトルクを発生する駆動源としてのエンジン102と、エンジン102の出力を変速するトランスミッション103と、一対の前輪104L,104Rと、一対の後輪105L,105Rと、エンジン102のトルクを前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達する駆動力伝達系106とを有している。前輪104L,104Rは、走行時にエンジン102のトルクが常に伝達される主駆動輪の一例であり、後輪105L,105Rは、走行状態に応じて必要なトルクが伝達される補助駆動輪の一例である。
【0013】
駆動力伝達系106は、フロントディファレンシャル120と、噛み合いクラッチ130と、プロペラシャフト140と、リヤディファレンシャル150とを有し、フロントディファレンシャル120の出力トルクを左右のドライブシャフト114L,114Rを介して前輪104L,104Rに、リヤディファレンシャル150の出力トルクを左右のドライブシャフト115L,115Rを介して後輪105L,105Rに、それぞれ伝達するように構成されている。また、駆動力伝達系106には、リヤディファレンシャル150と左側のドライブシャフト115Lとの間に、駆動力伝達装置160が設けられている。
【0014】
フロントディファレンシャル120は、トランスミッション103から出力されるトルクによって回転するデフケース20と、デフケース20に保持されたピニオンシャフト21と、ピニオンシャフト21に回転可能に支持された一対のピニオンギヤ22,22と、ピニオンギヤ22,22にギヤ軸を直交させて噛み合う一対のサイドギヤ23L,23Rとを有している。また、フロントディファレンシャル120は、左側のサイドギヤ23Lから左側のドライブシャフト114Lを介して左前輪104Lにトルクを配分し、右側のサイドギヤ23Rから右側のドライブシャフト114Rを介して右前輪104Rにトルクを配分するように構成されている。
【0015】
噛み合いクラッチ130は、フロントディファレンシャル120のデフケース20の外周部にデフケース20と相対回転不能に固定された第1の歯部31と、後述するリングギヤ41aと相対回転不能に固定された第2の歯部32と、デフケース20の回転軸方向に沿って進退移動可能な筒状のスリーブ33とを有している。この噛み合いクラッチ130は、筒状のスリーブ33の一方向への移動によって第1の歯部31及び第2の歯部32とをトルク伝達可能に連結し、スリーブ33の他方向への移動によって第1の歯部31及び第2の歯部32との連結を解除するように構成されている。この噛み合いクラッチ130の詳細な構成については後述する。
【0016】
プロペラシャフト140の前輪側には、噛み合いクラッチ130の第2の歯部32と一体に回転する傘歯車からなるリングギヤ41aと、このリングギヤ41aに噛み合い、プロペラシャフト140の一端に固定された傘歯車からなるピニオンギヤ41bとからなる第1のギヤ機構41が設けられている。
【0017】
また、プロペラシャフト140の後輪側には、リヤディファレンシャル150のデフケース50(後述)に固定された傘歯車からなるリングギヤ42aと、このリングギヤ42aに噛み合い、プロペラシャフト140の他端に固定された傘歯車からなるピニオンギヤ42bとからなる第2のギヤ機構42が設けられている。
【0018】
リヤディファレンシャル150は、プロペラシャフト140を介して伝達されるトルクによって回転するデフケース50と、デフケース50に保持されたピニオンシャフト51と、ピニオンシャフト51に回転可能に支持された一対のピニオンギヤ52,52と、ピニオンギヤ52,52にギヤ軸を直交させて噛み合う一対のサイドギヤ53L,53Rとを有している。左側のサイドギヤ53Lは、駆動力伝達装置160との間に配置された中間シャフト54に相対回転不能に連結されている。また、右側のサイドギヤ53Rは、右側のドライブシャフト115Rと等速で回転するように連結されている。
【0019】
駆動力伝達装置160は、多板クラッチ7と、この多板クラッチ7を押圧力可変に押圧する押圧機構8とを有し、押圧機構8による多板クラッチ7の押圧力に応じたトルクを中間シャフト54から左側のドライブシャフト115L側に伝達するように構成されている。この駆動力伝達装置160の詳細な構成については後述する。
【0020】
四輪駆動車101はまた、制御装置としてのECU(Electronic Control Unit)9を搭載している。ECU9には、路面の摩擦係数を推定するための信号を出力する検出装置90、フロントディファレンシャル120のデフケース20の回転速度を検出する第1の速度検出器91、第1のギヤ機構41のリングギヤ41aの回転速度を検出する第2の速度検出器92、及び駆動力伝達装置160の押圧機構8を駆動するための電流を供給する駆動回路93が接続されている。
【0021】
ECU9は、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)等の記憶素子を有して構成される記憶部9aと、記憶部9aに記憶された制御プログラム9aに従って動作するCPU(Central Processing Unit)を有して構成される制御部9bとを有している。制御部9bは、制御プログラム9aに従って動作することにより、検出装置90の出力信号に基づいて路面摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段9b、及び噛み合いクラッチ130と駆動力伝達装置160を制御する制御信号を発生する制御手段9bとして機能する。
【0022】
駆動回路93は、ECU9(制御手段9b)からの制御信号を受け、押圧機構8を構成する電磁コイル(後述)に電流を供給する。この駆動回路93は、例えばPWM(Pulse Width Modulation)制御による電流出力回路を備え、押圧機構8に供給する電流量をECU9からの制御信号に応じた値に連続的に調整可能である。
【0023】
以上の構成により、駆動力伝達系106は、フロントディファレンシャル120のサイドギヤ23L,23Rから左右のドライブシャフト114L,114Rを介して前輪104L,104Rにトルクを伝達する。また、フロントディファレンシャル120のデフケース20から噛み合いクラッチ130、第1のギヤ機構41、プロペラシャフト140、第2のギヤ機構42、リヤディファレンシャル150を介して、左後輪105Lには駆動力伝達装置160を介在させて左側のドライブシャフト115Lにより、右後輪105Rには右側のドライブシャフト115Rにより、それぞれトルクを伝達する。
【0024】
図2は、駆動力伝達装置160及びその周辺部の構成例を示す断面図である。駆動力伝達装置160は、リヤディファレンシャル150と共にデフキャリア151に収容され、中間シャフト54に相対回転不能に連結された有底円筒状のアウタハウジング60を有し、このアウタハウジング60の内部に多板クラッチ7及び押圧機構8を備えている。
【0025】
アウタハウジング60は、中間シャフト54と一体に回転するように、その底部の外周面が中間シャフト54のフランジ54aに連結されている。また、アウタハウジング60の円筒部の内周面には軸方向に延びる複数のスプライン歯を有するスプライン部60aが形成され、その開口端部は環状のリヤハウジング61によって閉塞されている。
【0026】
リヤハウジング61は、螺着や溶接等の固定手段によってアウタハウジング60の開口部に相対回転不能に固定された磁性材料からなる第1エレメント61aと、第1エレメント61aの内側に固定された非磁性材料からなるリング状の第2エレメント61bと、第2エレメント61bの内側に固定された磁性材料からなる第3エレメント61cとを有している。
【0027】
アウタハウジング60の内周部には、アウタハウジング60と同軸上で相対回転可能に支持された円筒状のインナシャフト64が配置されている。インナシャフト64の外周面には、アウタハウジング60のスプライン部60aと対向する領域に、軸方向に延びる複数のスプライン歯を有するスプライン部64aが形成されている。また、インナシャフト64には、その内周面に、左側のドライブシャフト115L(図1に示す)の一端が揺動可能に連結される等速ジョイントの外輪56aを有する軸状部材56が相対回転不能にスプライン嵌合されている。
【0028】
多板クラッチ7は、環状の複数のアウタクラッチプレート71と、同じく環状の複数のインナクラッチプレート72とを軸方向に交互に配置して構成されている。アウタクラッチプレート71の外周縁には、アウタハウジング60のスプライン部60aに係合する複数の突起が形成されている。また、インナクラッチプレート72の内周縁には、インナシャフト64のスプライン部64aに係合する複数の突起が形成されている。この構成により、アウタクラッチプレート71はアウタハウジング60に対して、またインナクラッチプレート72はインナシャフト64に対して、それぞれ相対回転が規制され、かつ軸方向移動可能である。
【0029】
押圧機構8は、多板クラッチ7と軸方向に並置され、電磁コイル80と、電磁コイル80を支持する磁性材料からなるヨーク81と、環状の第1カム部材82と、第1カム部材82に対向して配置された環状の第2カム部材84と、第1カム部材82及び第2カム部材84の間に介在する球状のカムフォロア83とを有して構成されている。
【0030】
電磁コイル80は、第1カム部材82との間にリヤハウジング61を挟んで配置され、通電により発生する磁力によって第1カム部材82をリヤハウジング61側に引き寄せるように構成されている。
【0031】
第2カム部材84は、軸方向の一側面が多板クラッチ7の複数のインナクラッチプレート72のうち、最も押圧機構8側に配置されたインナクラッチプレート72に対向して配置され、かつ内周面の一部にインナシャフト64のスプライン部64aに係合する複数の突起を有している。従って、第2カム部材84は、インナシャフト64に対して相対回転が規制され、かつ軸方向移動可能である。
【0032】
第1カム部材82及び第2カム部材84のそれぞれの対向面には、周方向に沿って軸方向の深さが変化するように形成された傾斜面からなるカム面が形成され、複数のカムフォロア83がこの両カム面に沿って転動するように配置されている。また、第1カム部材82は皿ばね85により、また第2カム部材84は皿ばね86により、相互に接近するように付勢されている。
【0033】
上記構成により、第1カム部材82が電磁コイル80の磁力によってリヤハウジング61と摩擦摺動すると、第1カム部材82がリヤハウジング61から回転力を受け、この回転力によって第1カム部材82と第2カム部材84とが相対回転する。この相対回転によってカムフォロア83が第1カム部材82及び第2カム部材84のカム面を転動することで軸方向の推力が発生し、この推力を受けた第2カム部材84が多板クラッチ7を押圧する。
【0034】
第1カム部材82がリヤハウジング61から受ける回転力は電磁コイル80の磁力の強さに応じて変化するので、電磁コイル80に供給する電流を制御することによって多板クラッチ7の押圧力を調整可能であり、ひいては多板クラッチ7を介して伝達されるトルクを調整可能である。すなわち、この多板クラッチ7は、後輪105L,105R側に伝達されるトルクを調整可能な調整クラッチの一例である。
【0035】
また、電磁コイル80への通電を遮断すると、皿ばね85のばね力によって第1カム部材82がリヤハウジング61から離間し、第1カム部材82が第2カム部材84と相対回転する回転力を受けなくなるので、軸方向の推力が消滅し、皿ばね86のばね力によって第2カム部材84が多板クラッチ7から離れる方向に移動する。
【0036】
以上の構成により、左後輪105Lには、リヤディファレンシャル150の左側のサイドギヤ53Lに伝達されたトルクが駆動力伝達装置160によって断続可能に軸状部材56及び左側のドライブシャフト115Lを介して伝達される。また、右後輪105Rには、リヤディファレンシャル150の右側のサイドギヤ53Rに伝達されたトルクが、このサイドギヤ53Rに相対回転不能に連結された軸状部材55、及び軸状部材55の一端に設けられた等速ジョイントの外輪55aに揺動可能に連結された右側のドライブシャフト115Rを介して伝達される。
【0037】
図3(a)は、噛み合いクラッチ130及びその周辺部の構成例を示す断面図であり、図3(b)は、開放状態における噛み合いクラッチ130の噛み合い部を模式的に示す説明図である。
【0038】
噛み合いクラッチ130は、前述のように、フロントディファレンシャル120のデフケース20に相対回転不能に固定された第1の歯部31と、リングギヤ41aに相対回転不能に固定された第2の歯部32と、デフケース20の回転軸方向に沿って進退移動可能な筒状のスリーブ33とを有し、さらにスリーブ33を進退移動させるアクチュエータ30を有している。アクチュエータ30は、例えば磁励コイルに通電することにより発生する磁力によって可動鉄心を動かす電磁アクチュエータにより構成される。
【0039】
第1の歯部31は、その内周側に右前輪104Rに連結されたドライブシャフト114Rを挿通させる環状であり、外周面にデフケース20の回転軸線Oに沿った形成された複数のスプライン歯31aを有している。
【0040】
第2の歯部32は、内周側にドライブシャフト114Rを挿通させる筒状に形成され、第1の歯部31と同軸上で相対回転可能である。また、第2の歯部32は、その外周面に、デフケース20の回転軸線Oに沿って形成された複数のスプライン歯32aを有している。
【0041】
スリーブ33は、第1の歯部31及び第2の歯部32の外周側にて第1の歯部31及び第2の歯部32と同軸上で軸方向移動可能に支持された筒状である。このスリーブ33の内周面には、第1の歯部31の複数のスプライン歯31a及び第2の歯部32の複数のスプライン歯32aと噛み合い可能な複数のスプライン歯33aが形成されている。隣り合うスプライン歯33aの間には、凸部としてのスプライン歯31a,32aが係合する凹部が形成されている。スプライン歯31a,32a及びスプライン歯33aのそれぞれの先端部には、これらの噛み合いを容易にするために先細り形状に形成されたテーパ部が設けられている。
【0042】
また、スリーブ33の外周面には、その周方向に沿って環状に形成された凹所33bが形成され、この凹所33bには、スリーブ33を軸方向に移動させる移動部材34の一端部が摺動自在に係合している。移動部材34の他端部はアクチュエータ30のシャフト30aに嵌合されている。アクチュエータ30は、ECU9(図1に示す)からの制御信号によってシャフト30aをデフケース20の回転軸線Oに平行な方向に進退移動させ、これに伴って移動部材34及びスリーブ33が回転軸線Oに沿って軸方向に移動する。なお、この噛み合いクラッチ130には、第1の歯部31と第2の歯部32との回転を同期させるための所謂シンクロ機構は設けられていない。
【0043】
スリーブ33の複数のスプライン歯33aが、第2の歯部32の複数のスプライン歯32aと噛み合い、第1の歯部31の複数のスプライン歯31aと噛み合いとは噛み合わない開放状態では、第1の歯部31と第2の歯部32とが相対回転可能である。また、スリーブ33の複数のスプライン歯33aが、第1の歯部31の複数のスプライン歯31aと第2の歯部32の複数のスプライン歯32aに共に噛み合う連結状態では、第1の歯部31と第2の歯部32とが相対回転不能に連結される。
【0044】
四輪駆動車101は、4輪駆動の走行時には、電磁コイル80に通電して駆動力伝達装置160によるトルク伝達を行うと共に、噛み合いクラッチ130のスリーブ33を第1の歯部31及び第2の歯部32に共に噛み合わせ、フロントディファレンシャル120のデフケース20とプロペラシャフト140とを連結する。これにより、エンジン102のトルクが前輪104L,104R及び後輪105L,105Rに伝達される。
【0045】
一方、2輪駆動の走行時には、電磁コイル80への通電を停止して駆動力伝達装置160によるトルク伝達を遮断すると共に、噛み合いクラッチ130によるデフケース20とプロペラシャフト140との連結を解除する。駆動力伝達装置160によるトルク伝達を遮断することにより、左後輪105Lのドライブシャフト115Lと中間シャフト54との連結が解除され、これに伴って右後輪105Rにもトルクが伝達されなくなる。これは、ディファレンシャル装置の一方の出力軸が空転するともう一方の出力軸にもトルクが伝達されなくなるという一般的な特性によるものである。
【0046】
このように、2輪駆動の走行時には、駆動力伝達系106によるトルク伝達がプロペラシャフト140の上流側(エンジン102側)及び下流側(後輪105L,105R側)で遮断されるので、プロペラシャフト140及びこれに連結されたリヤディファレンシャル150のデフケース50の車体に対する回転が停止する。これにより、プロペラシャフト140の回転抵抗やリングギヤ41a,42aによる潤滑油の攪拌抵抗による車両の走行抵抗が減少する。
【0047】
また、2輪駆動状態から4輪駆動状態に移行する際は、まず電磁コイル80への電流供給量を徐々に大きくして駆動力伝達装置160により後輪105L,105Rのトルクをプロペラシャフト140に伝達し、プロペラシャフト140を回転させる。その後プロペラシャフト140の回転速度が上昇し、第1の速度検出器91により検出されるフロントディファレンシャル120のデフケース20の回転速度と、第2の速度検出器92により検出される第1のギヤ機構41のリングギヤ41aの回転速度との差が閾値以下となって同期が完了したら、噛み合いクラッチ130を連結させる。
【0048】
これとは逆に4輪駆動状態から2輪駆動状態に移行する際は、電磁コイル80への電流供給量を徐々に小さくして後輪側に伝達されるトルクによるプロペラシャフト140の捩れを解消し、その後に噛み合いクラッチ130による連結を解除する。このような手順によって2輪駆動状態と4輪駆動状態とを切り替えることにより、駆動状態の切り替え時の衝撃を抑制する。
【0049】
ところで、降雨や路面凍結、あるいは雪道や砂利道等であることにより、車輪と路面との摩擦係数が低いと、発進時において車輪が空転するスリップが発生しやすくなる。このスリップは、前輪104L,104R及び後輪105L,105Rにトルクが伝達される4輪駆動状態よりも、前輪104L,104Rのみにトルクが伝達される2輪駆動状態で発生しやすい。
【0050】
走行中にスリップが発生した場合には、前述のように後輪105L,105Rのトルクを駆動力伝達装置160を介してプロペラシャフト140に伝達し、プロペラシャフト140を回転させることによって噛み合いクラッチ130の第1の歯部31と第2の歯部32とを同期させることができるが、発進時には後輪105L,105Rが回転していないため、このようにして噛み合いクラッチ130を同期させることができない。そこで、本実施の形態では、以下に説明する制御によって、発進時におけるスリップが発生した場合の問題を解決している。
【0051】
図4は、ECU9の制御部9bが判定手段9b及び制御手段9bとして実行する処理手順の一例を示すフローチャートである。このフローチャートに示す処理は、2輪駆動の駆動モードが選択された状態で、所定の処理開始条件が満たされたとき、例えば四輪駆動車101のイグニッションのオンやエンジン102の始動が検出されたときに開始される。
【0052】
判定手段9bは、検出装置90(図1に示す)の出力信号を受信し、この出力信号に基づいて路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否か、すなわち路面が低μか否かを判定する(S10)。
【0053】
検出装置90としては、路面の摩擦係数に関連する指標値の情報を出力することが可能な装置を適用することができる。より具体的には、例えば外気温を検出する外気温センサや、エンジン102の吸気温を検出する吸気温センサ、フロントガラスに当たる雨等の水滴による振動を検出する振動センサ、ワイパーの動作の有無を検出するセンサ、あるいは路面の状況を映像によって検知するカメラ等、車輪と路面と間の摩擦係数に影響を及ぼす可能性のある現象を検出する装置を検出装置90として用いることができる。判定手段9bは、この検出装置90から受信した路面の摩擦係数に関連する指標値と予め定められた閾値との比較によって、路面が低μか否かを判定する。
【0054】
制御手段9bは、判定手段9bのステップS10における処理により路面が低μであると判定された場合(S10:Yes)、噛み合いクラッチ130に動作指令信号を送信する(S11)。噛み合いクラッチ130は、この動作指令信号を受け、第1の歯部31の複数のスプライン歯31a及び第2の歯部32の複数のスプライン歯32aにスリーブ33の複数のスプライン歯33aを噛み合わせるように、アクチュエータ30がスリーブ33を矢印A方向(図3に示す)に移動させる。これにより、噛み合いクラッチ130が係合し、フロントディファレンシャル120のデフケース20とプロペラシャフト140とがトルク伝達可能に連結される。この連結は、四輪駆動車101が発進する前に行われる。
【0055】
次に、制御手段9bは、前輪104L,104Rのそれぞれに対応して設けられた車輪速センサの車輪速検出信号に基づいて、前輪104L,104Rの少なくとも何れかがスリップしているか否かを判定する(S12)。前輪104L,104Rのスリップの検出は、例えば前輪104L,104Rの回転加速度が所定の閾値よりも大きい場合や、前輪104L,104Rの一方の車輪速と他方の車輪速との車輪速差が所定の閾値よりも大きい場合等に、前輪104L,104Rの少なくとも一方がスリップしたと判断することにより行うことができる。
【0056】
制御手段9bは、ステップS12の処理において前輪104L,104Rの少なくとも何れかがスリップしていると判定した場合には(S12:Yes)、駆動回路93に対し、押圧機構8の電磁コイル80に通電させる電流供給指示信号を送信する(S13)。この電流供給指示信号には、電磁コイル80に供給すべき電流量を示す情報が含まれる。駆動回路93は、電流供給指示信号により示された電流量のコイル電流が電磁コイル80に供給されるように、例えばPWM制御によって供給電流を調節する。
【0057】
制御手段9bは、所定の周期でステップS12のスリップ判定を繰り返し行い、スリップ状態が収束していなければ駆動回路93に対する電流供給指示信号の出力を継続する。また、制御手段9bは、ステップS12のスリップ判定で前輪104L,104Rがスリップしていないと判定された場合(S12:No)には、通常制御の処理を実行する(S14)。
【0058】
通常制御では、前輪104L,104Rの平均回転速度と後輪105L,105Rの平均回転速度の差に応じて電磁コイル80に供給される電流を増大させる制御や、運転者によるアクセル操作に応じて電磁コイル80に供給される電流を増大させる制御を行う。また、判定手段9bによるステップS10の低μ判定処理で、路面が低μでないと判定された場合(S10:No)には、制御手段9bはステップS11〜S13の低μ発進制御を行うことなく通常制御(S14)の処理を実行する。
【0059】
以上のように、制御手段9bは、判定手段9bにより路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき(S10:Yes)、四輪駆動車101の発進前に噛み合いクラッチ130の係合を行わせる第1の制御信号としての動作指令信号を発生し(S11)、その後、四輪駆動車101の発進時において前輪104L,104Rにスリップが発生したとき(S12:Yes)、駆動力伝達装置160の押圧機構8に供給するコイル電流を増大させる第2の制御信号としての電流供給指示信号を発生する。
【0060】
これにより、発進時において前輪104L,104Rの何れか又は両方がスリップした場合には、フロントディファレンシャル120のデフケース20の回転に伴ってプロペラシャフト140が回転(空転)する。そして、この状態で駆動力伝達装置160の押圧機構8に供給される電流が増大することにより、プロペラシャフト140を介して後輪105L,105Rにトルクが配分されて4輪駆動状態となり、四輪駆動車101を発進させることが可能となる。
[他の実施の形態]
以上、本発明の四輪駆動車を上記の実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々の態様において実施することが可能であり、例えば次に示すような変形も可能である。
【0061】
(1)上記実施の形態では、駆動力伝達装置160を噛み合いクラッチ130のトルク伝達方向下流側(後輪側)に設けたが、これとは逆に駆動力伝達装置160を噛み合いクラッチ130のトルク伝達方向上流側(駆動源側)に設けてもよい。このような構成によっても、路面が低μの場合に発進前に噛み合いクラッチ130が連結されるので、スリップが発生した場合には駆動力伝達装置160のトルク伝達量を増大させることでスリップを抑制し、車両の発進を容易化できる。
【0062】
(2)また、上記実施の形態では、押圧機構8をカム機構によって推力を発生させるように構成した場合について説明したが、これに限らず、油圧や電気モータのトルクによって多板クラッチ7を押圧するように押圧機構8を構成してもよい。
【0063】
(3)また、上記実施の形態では、左後輪105Lに対応して1つの駆動力伝達装置160を設けたが、左後輪105L及び右後輪105Rにそれぞれ対応した2つの駆動力伝達装置160を設けてもよい。この場合、リヤディファレンシャル150に換えて、プロペラシャフト140を介して伝達されるトルクをそれぞれの駆動力伝達装置160に伝達する差動機能を有しないベベルギヤ式の歯車機構を用いることができる。またさらに、リヤディファレンシャル150のデフケース50とプロペラシャフト140との間に一つの駆動力伝達装置160を配置してもよい。
【符号の説明】
【0064】
7…多板クラッチ、8…押圧機構、9…ECU、9a…記憶部、9a…制御プログラム、9b…制御部、9b…判定手段、9b…制御手段、20…デフケース、21,51…ピニオンシャフト、22,52…ピニオンギヤ、23L,23R,53L,53R…サイドギヤ、31…第1の歯部、32…第2の歯部、33…スリーブ、41…第1のギヤ機構、42…第2のギヤ機構、41a,42a…リングギヤ、41b,42b…ピニオンギヤ、50…デフケース、54…中間シャフト、54a…フランジ、55,56…軸状部材、55a,56a…外輪、60…アウタハウジング、60a…スプライン部、61…リヤハウジング、61a…第1エレメント、61b…第2エレメント、61c…第3エレメント、64…インナシャフト、64a…スプライン部、71…アウタクラッチプレート、72…インナクラッチプレート、80…電磁コイル、81…ヨーク、82…第1カム部材、82a,84a…カム溝、83…カムフォロア、84…第2カム部材、90…検出装置、91…第1の速度検出器、92…第2の速度検出器、93…駆動回路、101…四輪駆動車、102…エンジン、103…トランスミッション、140…プロペラシャフト、104L…左前輪、104R…右前輪、105L…左後輪、105R…右後輪、106…駆動力伝達系、114L,114R,115L,115R…ドライブシャフト、120…フロントディファレンシャル、130…噛み合いクラッチ、140…プロペラシャフト、150…リヤディファレンシャル、151…デフキャリア、160…駆動力伝達装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の駆動力となるトルクを発生する駆動源と、
前記駆動源のトルクを主駆動輪及び補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系と、
前記駆動力伝達系に設けられ、凹部と凸部との係合により前記補助駆動輪側にトルクを伝達することが可能な噛み合いクラッチと、
路面の摩擦係数に関連する指標値に基づいて、路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる制御信号を発生する制御手段と
を備えた四輪駆動車。
【請求項2】
前記駆動力伝達系における前記噛み合いクラッチのトルク伝達方向上流側又は下流側に設けられ、前記補助駆動輪側に伝達されるトルクを調整可能な調整クラッチをさらに備え、
前記制御手段は、前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる第1の制御信号を発生し、発進時において前記主駆動輪にスリップが発生したとき、前記調整クラッチに前記補助駆動輪側に伝達されるトルクを増大させる第2の制御信号を発生する請求項1に記載の四輪駆動車。
【請求項3】
車両の駆動力となるトルクを発生する駆動源と、
前記駆動源のトルクを主駆動輪及び補助駆動輪に伝達する駆動力伝達系と、
前記駆動力伝達系に設けられ、凹部と凸部との係合により前記補助駆動輪側にトルクを伝達することが可能な噛み合いクラッチとを備えた四輪駆動車に搭載され、
路面の摩擦係数に関連する指標値に基づいて、路面の摩擦係数が所定値よりも低いか否かを判定する判定手段と、
前記判定手段により路面の摩擦係数が所定値よりも低いと判定されたとき、発進前に前記噛み合いクラッチの係合を行わせる制御信号を発生する制御手段とを備えた四輪駆動車の制御装置。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate


【公開番号】特開2012−61923(P2012−61923A)
【公開日】平成24年3月29日(2012.3.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−206560(P2010−206560)
【出願日】平成22年9月15日(2010.9.15)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】