説明

固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法、バインダー用組成物、固体高分子電解質膜及び固体高分子形燃料電池

【課題】十分に効率よく低粘度で低TI値の濃縮溶液を得ることができる固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法を提供すること。
【解決手段】固体高分子電解質の溶液を液膜の状態で加熱して濃縮することにより固体高分子電解質濃縮溶液を得る濃縮工程を含む固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法、バインダー用組成物、固体高分子電解質膜及び固体高分子形燃料電池に関するものである。
【背景技術】
【0002】
固体高分子電解質は、高分子鎖中にスルホン酸基、ホスホン酸基、カルボン酸基等のような電解質基を有する固体高分子材料である。この固体高分子電解質は、特定のイオンと強固に結合して、陽イオン又は陰イオンを選択的に透過する性質を有していることから、粒子状、繊維状又は膜状に成形し、電気透析、拡散透析、電池隔膜等、各種の用途に利用されている。固体高分子電解質膜は、この固体高分子電解質を膜状に成形したものである。
【0003】
固体高分子形燃料電池は、プロトン伝導性の固体高分子電解質膜の両面に一対の電極が設けられた構成を有している。固体高分子形燃料電池は、水素ガスやメタノールなどを燃料として一方の電極(燃料極)へ供給し、酸素ガス又は空気を酸化剤として他方の電極(空気極)へ供給し、これにより起電力を得るものである。
【0004】
また、水電解は、固体高分子電解質膜を用いて水を電気分解することにより水素と酸素とを製造するものである。
【0005】
固体高分子形燃料電池に用いられる固体高分子電解質としては、陽イオン交換樹脂に属するポリマーでは、例えばポリスチレンスルホン酸などのビニル系ポリマーのスルホン化物、ポリベンズイミダゾール、ポリエーテルエーテルケトン、ポリフェニレンスルホンなどの耐熱性高分子に、スルホン酸基又はリン酸基を導入したポリマー、パーフルオロアルキルスルホン酸ポリマー、パーフルオロアルキルカルボン酸ポリマーなどが挙げられる。また、陰イオン交換樹脂に属するポリマーでは、例えば第1級ないし第3級アミン基などの陰イオン交換基を有するポリマーなどが挙げられる。
【0006】
近年、固体高分子形燃料電池に備えられる電解質膜及び電極に対する需要が大きくなっている。上記電解質膜の材料には固体高分子電解質としてスルホン酸型官能基を有する含フッ素系イオン交換樹脂(以下、単に「スルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂」と表記する場合がある。)が多く用いられている。また、電極を構成する電極触媒層のバインダーとしてもスルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂が用いられる。スルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂の溶液は、固体高分子形燃料電池用の電解質膜の製造や修理、触媒粒子を含む電極の製造等に用いられている。
【0007】
含フッ素系イオン交換樹脂溶液は、例えば特許文献1に開示されている方法によって製造される。特許文献1では、乳化重合法、すなわちテトラフルオロエチレンを水溶性重合開始剤及びフルオロアルキル基を疎水基とするアニオン系界面活性剤を含む水性媒体中に圧入、重合させ該媒体中にPTFEのコロイド粒子を生成させる方法が開示されている。かかる方法によって得られるPTFE水性エマルジョンの濃度は、一般に15〜45質量%と高濃度である。
【0008】
一方、不純物を十分に低減した含フッ素系イオン交換樹脂溶液を製造する方法として、特許文献2に開示されているような方法を用いることも一般に検討されている。この方法では、まず、乳化重合法で製造された含フッ素系イオン交換樹脂エマルジョンを塩析等により凝固させ水溶性の不純物と分離し乾燥させる。その後、特許文献2に開示されているような方法で不純物のない含フッ素系イオン交換樹脂溶液を製造する。
【0009】
例えば、特許文献3には、水又は水とベンゼンとからなる分散媒体を用いて分散処理を行った高フッ素化イオン交換ポリマー粒子含有組成物が開示されている。さらに、特許文献4には、分散機を用いて均質化する方法により製造されるスルホン酸型パーフルオロ共重合体分散液が開示されている。
【0010】
スルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂溶液の代表的なものとしてNafion(登録商標) Dispersion Solution(米国DuPont社製)、Aciplex(登録商標)−SS(旭化成ケミカルズ株式会社製)等が市販されている。
【0011】
含フッ素系イオン交換樹脂溶液の濃縮方法としては、従来、膜分離濃縮、イオン交換濃縮、遠心分離濃縮、凍結濃縮、蒸発濃縮等が知られている。
【0012】
例えば、特許文献5には、高分子膜を用いて、含フッ素重合体水性分散液及び水溶性含フッ素乳化剤を分離濃縮する方法が記載されている。特許文献6には、イオン交換膜を用いて、フルオロポリマー水性エマルジョンを濃縮する方法が記載されている。特許文献7には、遠心分離機を用いて、含フッ素ポリマーを濃縮する方法が記載されている。特許文献8には、前進凍結濃縮法を用いて、含フッ素ポリマー濃縮水性分散液を得る方法と界面活性剤水性液の濃縮法とが記載されている。
【0013】
一方、特許文献9には、重合開始剤等の不純物をほぼ完全に除去したフッ素系アイオノマーの精製・濃縮方法が記載されており、限外濾過膜による膜分離濃縮方法が開示されている。
【0014】
蒸発濃縮は、溶液を濃縮するために最も一般的に知られ、広く利用されている。蒸発濃縮は外部から溶液を加熱し、溶媒を蒸発させ濃縮する方法である。この蒸発濃縮は、低温で溶媒を蒸発させるために減圧下で行うこともある。
【特許文献1】米国特許第2559752号明細書
【特許文献2】特公昭61−40267号公報
【特許文献3】特許第3936402号公報
【特許文献4】特開2005−82749号公報
【特許文献5】特開2007−332321号公報
【特許文献6】特許第2743252号公報
【特許文献7】特開2006−188556号公報
【特許文献8】特開2006−70084号公報
【特許文献9】特開2001−226425号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
固体高分子形燃料電池に備えられる電解質及び電極の材料として用いられる固体高分子電解質は、その作製に当たり、特許文献1に記載された水溶性重合開始剤や界面活性剤などの不純物を十分に低減されていなければならない。また、固体高分子電解質の溶液を用いて溶液キャスティング法により塗膜を形成させる際に、より短時間で溶媒を除去することができるため、電解質膜の生産性を向上させる観点から、この固体高分子電解質の溶液は高濃度のものが求められる。さらに、溶液の取扱い性を容易にする観点から、そのような高濃度の状態で粘度が低い固体高分子電解質が望まれている。
【0016】
また、特許文献2に記載の方法では、含フッ素系イオン交換樹脂が溶媒中に良好に分散する必要があるが、スルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂はそもそも溶媒への分散性が極めて低い。そこで、含フッ素系イオン交換樹脂を様々な技術により溶媒に分散させた溶液が上記特許文献3、4に提案されている。
【0017】
ところで、上述の市販のスルホン酸型含フッ素イオン交換樹脂溶液は、一般に低濃度(5質量%程度)の樹脂溶液である。そこで、このような低濃度の樹脂溶液を濃縮して高濃度の樹脂溶液を得る方法が検討されており、例えば、上記特許文献5〜9で提案されている。しかしながら、特許文献5〜8に記載の方法は、特許文献1と同様に含フッ素乳化剤、ノニオン系界面活性剤などの不純物を含むエマルジョンの濃縮方法であり、これらの文献では不純物が十分に低減された場合の濃縮方法について検討されていない。また、特許文献9に記載の方法では、アイモノマーの濃縮度を高めるために、濃縮工程を多く繰り返す必要がある。ところが、この方法では、含フッ素ポリマーが繊維化して分離膜やイオン交換樹脂に付着し、濃縮効率が低下するので、限外濾過膜の頻繁な交換が必要であり、交換の手間及びコストを多大に要するという問題がある。
【0018】
そのような問題を克服する濃縮方法としては、上記蒸発濃縮が考えられる。蒸発濃縮には、様々な方法があり、用いられる蒸発装置も多様である。最も簡便な蒸発濃縮方法は、回分式の反応器で溶液を攪拌しながら外部から加熱して溶媒を蒸発させ濃縮する方法である。この方法では、溶液の気液界面から溶媒が蒸発し濃縮されるところ、溶液内部からの溶媒の蒸発によって気泡が生成しやすく、その気泡によって気液界面での溶媒の蒸発が抑制される。その結果、濃縮時間の長期化に繋がったり、濃縮時に粘度及びチクソトロピーインデックス(以下、単に「TI値」と表記する場合がある。)が高くなって濃度を高めることが困難になったりする等の問題がある。よって、特許文献3、4に記載されたような不純物を十分に低減した含フッ素系イオン交換樹脂溶液を濃縮する場合であっても、効率よく低粘度で低TI値の濃縮溶液を得ることができる固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法が求められている。
【0019】
本発明は、上記事情にかんがみてなされたものであり、十分に効率よく低粘度で低TI値の濃縮溶液を得ることができる固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法を提供することを目的とする。また、本発明は、そのような固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法により得られるバインダー用組成物、その製造方法により得られた固体高分子電解質濃縮溶液を用いて形成される固体高分子電解質膜、並びに、固体高分子形燃料電池を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した結果、低濃度の固体高分子電解質溶液を特定の方法で濃縮することで、得られた濃縮溶液の粘度及びTI値を低くできることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
本発明は、下記の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法、バインダー用組成物、固体高分子電解質及び固体高分子形燃料電池を提供する。
(1)固体高分子電解質の溶液を液膜の状態で加熱して濃縮することにより固体高分子電解質濃縮溶液を得る濃縮工程を含む固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(2)前記固体高分子電解質が炭化水素系イオン交換樹脂を主成分として含有する、(1)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(3)前記固体高分子電解質が含フッ素系イオン交換樹脂を主成分として含有する、(1)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(4)前記含フッ素系イオン交換樹脂が、下記一般式(1)で表される繰り返し単位と下記一般式(2)で表される繰り返し単位とを有する共重合体を含む、(3)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
−(CFZCF)− (1)
(式(1)中、Zは水素原子、塩素原子、フッ素原子及び炭素数1〜3のパーフルオロアルキル基からなる群より選ばれる化学種を示す。)
−(CFCF(−O−(CFCF(CF)O)−(CF−SOH))− (2)
(式(2)中、mは0〜12の整数を示し、nは0〜2の整数を示す。ただし、m及びnは同時に0にならない。)
(5)前記固体高分子電解質の溶液に含まれる溶媒が水及び有機溶媒からなる群より選ばれる1種以上の溶媒を含む、(1)〜(4)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(6)前記有機溶媒が極性溶媒である、(5)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(7)前記極性溶媒がプロトン性溶媒である、(6)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(8)前記プロトン性溶媒がアルコール類である、(7)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(9)前記アルコール類が、メタノール、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール及びt−ブタノールからなる群より選ばれる1種以上のアルコールである、(8)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法
(10)前記溶媒が、水、前記アルコール類、及び、30質量%以上100質量%未満の水と0質量%超70質量%以下の前記アルコール類との混合溶媒、からなる群より選ばれる溶媒である、(5)〜(9)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(11)前記固体高分子電解質の溶液の固形分濃度が1〜30質量%である、(1)〜(10)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(12)前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液の固形分濃度が10〜45質量%となるように濃縮する、(1)〜(11)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(13)前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液のチクソトロピーインデックスが0.3〜3となるように濃縮する、(1)〜(12)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(14)前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液のゲル分率が0.00〜0.05となるように濃縮する、(1)〜(13)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(15)前記濃縮工程において、薄膜式蒸発装置により前記固体高分子電解質の溶液を濃縮する、(1)〜(14)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(16)前記薄膜式蒸発装置が遠心式薄膜蒸発装置である、(15)の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
(17)固体高分子形燃料電池が備える電極触媒層のバインダーを形成するために用いられるバインダー用組成物であって、(1)〜(16)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法によって得られた固体高分子電解質濃縮溶液であるバインダー用組成物。
(18)(1)〜(16)のいずれか一つの固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法によって得られた固体高分子電解質濃縮溶液から形成された固体高分子形燃料電池用の固体高分子電解質膜。
(19)(17)のバインダー用組成物を用いて形成されたバインダーを含有する電極触媒層、及び/又は、(18)の固体高分子形燃料電池用固体高分子電解質膜、を備える固体高分子形燃料電池。
【発明の効果】
【0022】
本発明により、十分に効率よく低粘度で低TI値の濃縮溶液を得ることができる固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
以下、本発明を実施するための最良の形態(以下、単に「本実施形態」という。)について、詳細に説明する。
【0024】
本実施形態の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法は、固体高分子電解質の溶液を液膜の状態で加熱して濃縮することにより固体高分子電解質濃縮溶液を得る濃縮工程を含むものである。より詳細には、本実施形態の固体高分子電解質濃縮の製造方法は、固体高分子電解質を準備する準備工程と、その固体高分子電解質の溶液を得る溶液調製工程と、上記濃縮工程とを有するものであってもよい。
【0025】
(準備工程)
まず、準備工程において固体高分子電解質を準備する。準備される固体高分子電解質は、高分子鎖中にスルホン酸基、ホスホン酸基、カルボン酸基などの陽イオン交換基を有するポリマー、あるいは、第1級ないし第3級アミン基などの陰イオン交換基を有するポリマーに代表される、電解質基を有する固体高分子材料である。より具体的には、固体高分子電解質として、例えば、ポリスチレンスルホン酸などのビニル系ポリマーのスルホン化物;ポリベンズイミダゾール、ポリエーテルスルホン、ポリエーテルエーテルケトン、ポリイミド、ポリフェニレンスルホンなどの構造を有するポリマーにスルホン酸基又はリン酸基(含ドープ)、カルボン酸基等を導入したポリマー;パーフルオロアルキルスルホン酸系ポリマー;パーフルオロアルキルカルボン系酸ポリマー;並びに、上記ポリマーを親水性成分ブロックとし疎水性基を有するポリマーを疎水性成分ブロックとしたこれらの共重合体等が挙げられる。これらは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。このような固体高分子電解質のうち、含フッ素系イオン交換樹脂又は炭化水素系イオン交換樹脂を主成分として含有するものが好ましく、含フッ素系イオン交換樹脂を主成分として含有するものがより好ましい。固体高分子電解質中の含フッ素系イオン交換樹脂又は炭化水素系イオン交換樹脂の含有量は、1〜100質量%であると好ましく、30〜100質量%であるとより好ましく、50〜100質量%であると更に好ましい。ただし、固体高分子電解質は上述のものに限定されない。
【0026】
(含フッ素系イオン交換樹脂)
本実施形態において用いられる含フッ素系イオン交換樹脂は、下記一般式(3)で表されるフッ化オレフィンのモノマーと下記一般式(4)で表されるフッ化ビニルエーテル化合物(以下、単に「フッ化ビニル化合物」という。)のモノマーとの共重合体を含む含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を加水分解して得られるものであると好ましい。この含フッ素系イオン交換樹脂は、上記一般式(1)で表される繰り返し単位と上記一般式(2)で表される繰り返し単位とを有する共重合体を含むものとなる。
CF=CFZ (3)
ここで、式(3)中、Zは、水素原子、塩素原子、フッ素原子及び炭素数1〜3のパーフルオロアルキル基からなる群より選ばれる化学種を示す。
CF=CF(−O−(CFCF(CF)O)−(CF−W) (4)
ここで、式(4)中、Wは加水分解により−SOH(スルホン酸基)に変換し得る官能基を示し、例えば−SOF、−SOCl、−SOBrが挙げられるが、これらに限定されない。mは0〜12の整数を示し、nは0〜2の整数を示す。ただし、m及びnは同時に0にならない。
【0027】
上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体としては、Wが−SOFであるフッ化ビニル化合物と、Zがフッ素原子であるフッ化オレフィンとから得られるものが好ましい。
【0028】
上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体は、公知の手段により合成できる。例えば、含フッ素炭化水素などの重合溶媒を用い、上記一般式(3)で表されるフッ化オレフィンと上記一般式(4)で表されるフッ化ビニル化合物とを充填溶解して反応させ重合する方法(溶液重合)、含フッ素炭化水素などの溶媒を用いず上記フッ化ビニル化合物そのものを重合溶媒として重合する方法(塊状重合)、界面活性剤の水溶液を媒体として、上記フッ化オレフィンと上記フッ化化合物とを充填して反応させ重合する方法(乳化重合)、界面活性剤及びアルコールなどの助乳化剤の水溶液に上記フッ化オレフィンと上記フッ化ビニル化合物とを充填乳化して反応させ重合する方法(ミニエマルジョン重合、マイクロエマルジョン重合)、懸濁安定剤の水溶液に上記フッ化オレフィンと上記フッ化ビニル化合物とを充填懸濁して反応させ重合する方法(懸濁重合)などが挙げられる。本実施形態において、含フッ素系イオン交換樹脂前駆体は、いずれの重合方法で作製されたものであってもよい。
【0029】
上記溶液重合の重合溶媒に用いる含フッ素炭化水素としては、例えば、トリクロロトリフルオロエタン、1,1,1,2,3,4,4,5,5,5−デカフロロペンタンなど、「フロン」と総称される化合物群が好適に挙げられる。
【0030】
含フッ素系イオン交換樹脂前駆体の形状はパウダー又はペレット状であってもよい。
【0031】
本実施形態に係る含フッ素系イオン交換樹脂は、上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を塩基性反応液中に浸漬し、加水分解処理を施すことによって製造することができる。
【0032】
加水分解処理に用いられる塩基性反応液は、特に限定されないが、水酸化ナトリウム、水酸化カリウムなどのアルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物の水溶液が好ましい。この塩基性反応液におけるアルカリ金属又はアルカリ土類金属の水酸化物の含有量は、特に限定されないが、10〜30質量%であることが好ましい。
【0033】
上記塩基性反応液は、メチルアルコール、エチルアルコール、アセトン、ジメチルスルホキシド(以下、「DMSO」と表記する。)、N、N−ジメチルアセトアミド(以下、「DMAC」と表記する。)、N,N−ジメチルホルムアミド(以下、「DMF」と表記する。)などの膨潤性有機溶媒を含有することが好ましい。塩基性反応液における上記有機溶媒の含有率は、1〜30質量%であることが好ましい。
【0034】
加水分解処理における加水分解温度は、加水分解処理に用いられる溶媒種、溶媒組成などによって異なり、加水分解温度を高くするほど、加水分解処理における反応時間を短くできる。ただし、加水分解温度が高すぎると含フッ素系イオン交換樹脂前駆体が溶解し、取扱いが難しくなるため、加水分解温度は20〜160℃であると好ましい。
【0035】
加水分解処理における反応時間としては、上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体のWが、加水分解により全て−SOK又は−SONaに変換されるのに十分な時間であれば特に限定されない。そのような変換を十分に進行させ、生産性を確保する観点から、反応時間が0.5〜48hrであると好ましい。
【0036】
含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を塩基性反応液中で加水分解処理した後、必要に応じて水などで洗浄し、引き続いて酸性溶液で酸処理する。
【0037】
酸処理に用いられる酸は、塩酸、硫酸、硝酸などの鉱酸類やシュウ酸、酢酸、ギ酸、トリフルオロ酢酸などの有機酸類であれば特に限定されない。また、酸処理に用いられる酸の溶液中の濃度は適宜調整されればよい。この酸処理によって含フッ素系イオン交換樹脂前駆体はプロトン化され、含フッ素系イオン交換樹脂であるSOH体となる。その後、必要に応じてその樹脂を水などで洗浄する。
【0038】
本実施形態に係る含フッ素系イオン交換樹脂の当量質量は、250〜1200g/eqであると好ましく、400〜1000g/eqであるとより好ましく、500〜900g/eqであると更に好ましい。この当量質量が250g/eqであることにより、含フッ素系イオン交換樹脂の膨潤がより抑制され、1200g/eq以下であることにより、固体高分子形燃料電池に用いた場合の発電能力を一層良好に維持できる。
【0039】
ここで、固体高分子電解質の当量質量は、下記のようにして測定される。まず、イオン交換基の対イオンがプロトンの状態となっている固体高分子電解質からなる膜を、25℃の飽和NaCl水溶液に浸漬し、その水溶液を十分な時間攪拌する。次いで、その飽和NaCl水溶液中のプロトンを、0.01N水酸化ナトリウム水溶液で中和滴定する。中和後にろ過して得られたイオン交換基の対イオンがナトリウムイオンの状態となっている固体高分子電解質からなる膜を、純水ですすぎ、更に真空乾燥した後、秤量する。中和に要した水酸化ナトリウムの物質量をM(mmol)、イオン交換基の対イオンがナトリウムイオンである固体高分子電解質からなる膜の質量をW(mg)とし、下記式により当量質量EW(g/eq)を求める。
EW=(W/M)−22
【0040】
(溶液調製工程)
本実施形態に係る溶液調製工程では、上述のようにして準備した固体高分子電解質から、その溶液を調製する。ここで、固体高分子電解質の溶液(以下、単に「高分子電解質溶液」という。)は、通常の意味での分子分散した高分子電解質溶液のみでなく、固体高分子電解質が溶媒に溶解若しくは部分溶解したもの、固体高分子電解質がミセルのような分子会合体を形成して溶媒に溶解したもの、固体高分子電解質が溶媒により膨潤して分散したもの、又は、固体高分子電解質が溶媒中にコロイド状に分散したものをも含む。
【0041】
一般に固体高分子電解質は疎水性の高分子鎖中に親水性の電解質基を有する両親媒性高分子であるため溶媒に溶解し難く、コロイド状に分散しやすい。また、ミセルのような分子会合体を形成して溶解するものもある。溶媒中に分散するこれらの高分子や分子会合体を溶媒と異なる相とみなすことが一般には難しい。
【0042】
固体高分子電解質を混合、溶解、分散させる溶媒は、水及び有機溶媒からなる群より選ばれる1種以上の溶媒が含まれると好ましく、その溶媒からなるものであるとより好ましい。
【0043】
有機溶媒としては特に限定されないが、極性溶媒が好ましく、プロトン性溶媒がより好ましく、アルコール類が更に好ましい。極性溶媒としては、プロトン性溶媒の他、例えば、アセトン、アセトニトリル、N,N−ジメチルホルムアミド、N,N−ジメチルアセトアミド、ジメチルスルホキシド等が挙げられる。
【0044】
プロトン性溶媒としては、一価アルコールの他、例えば、ギ酸、酢酸、エチレングリコール、1,2−プロピレングリコール、1,3−プロピレングリコールなどのジオール(二価アルコール)等が挙げられる。
【0045】
アルコール類としては、例えば、一価アルコールが挙げられ、比較的低沸点である炭素数1〜4の1価アルコールが好ましい。より具体的に、アルコール類としては、メタノール、エタノール、1−プロパノール、2−プロパノール、1−ブタノール、2−ブタノール、t−ブタノールなどが挙げられ、これらの中ではメタノール、エタノールが特に好ましい。これらのアルコール類は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。
【0046】
本実施形態において、高分子電解質溶液の固形分濃度は、固体高分子電解質の溶解性の観点から、1〜30質量%であると好ましく、2〜25質量%であるとより好ましく、5〜20質量%であると更に好ましい。また、高分子電解質溶液の粘度は、特に限定されないが、濃縮工程で所望の固形分濃度の固体高分子電解質濃縮溶液を得やすくする観点から、25℃において、3000mPa・sec以下であると好ましく、2000mPa・sec以下であるとより好ましく、1000mPa・sec以下であると更に好ましい。
【0047】
以下、固体高分子電解質として含フッ素系イオン交換樹脂を用いる場合を例に挙げ、溶液調製工程について詳細を説明する。
【0048】
含フッ素樹脂イオン交換樹脂は、アルコール類を含有する溶媒中で膨潤するため、そのような溶媒を用いた場合に、結果として溶媒中に分散しやすくなる。このようにして分散させる場合の溶媒組成は、含フッ素系イオン交換樹脂の分散性と粘度とを良好にする観点から、水のみ、アルコール類のみ、あるいは水とアルコール類との混合溶媒のいずれかであると好ましい。より好ましくは、溶媒が水のみ、あるいは水とアルコール類との混合溶媒であって、その混合溶媒におけるアルコール類の質量割合が0質量%超70質量%以下であるとより好ましく、更に好ましくは5〜50質量%、特に好ましくは10〜40質量%である。
【0049】
この溶液調製工程では、まず、含フッ素系イオン交換樹脂の含有量が好ましくは1質量%以上10質量%未満となるように、含フッ素系イオン交換樹脂と上記の溶媒とを適切な攪拌機を付した圧力容器中に投入し混合する。
【0050】
上述の含フッ素系イオン交換樹脂等の投入の前に、圧力容器内の空気は窒素などの不活性気体で予め置換しておくことが好ましい。この投入の際の含フッ素系イオン交換樹脂の濃度は、収率を高める観点及び溶液の粘度を低下させる観点から、2〜9質量%が好ましい。
【0051】
次いで、圧力容器中に投入した含フッ素系イオン交換樹脂と溶媒との混合物を、好ましくは220℃以下で1〜24時間加熱しながら攪拌することによって、含フッ素系イオン交換樹脂を溶媒中に分散して、含フッ素系イオン交換樹脂の溶液が得られる。この分散処理時の温度は、100〜220℃がより好ましく、更に好ましくは110〜210℃であり、特に好ましくは120〜200℃である。この温度が100℃以上であれば含フッ素系イオン交換樹脂の分散性が高まるため好ましく、分散処理時の圧力の観点から220℃以下であることが好ましい。また、分散処理時の圧力容器内の圧力は、圧力容器の耐圧性の観点から、0.1MPa〜5.0MPaであると好ましい。
【0052】
得られた含フッ素系イオン交換樹脂の溶液は、含フッ素系イオン交換樹脂がミセルのような分子会合体を形成して、数nmから数百μmのミセル状粒子が溶媒中に分散しているものと考えられる。
【0053】
含フッ素系イオン交換樹脂の混合及び分散処理を行う圧力容器の材質としては、SUS304、SUS316、SUS329、SUS430、SUS444、ハステロイ(登録商標)、インコネル(登録商標)、ステライト(登録商標)などが好適に用いられる。また、必要に応じて圧力容器がその中にガラス製やポリテトラフルオロエチレン(以下、「PTFE」と記載する。)製の内筒を有していてもよく、圧力容器がその内壁にPTFE又はグラスライニング処理を施されていてもよい。このような圧力容器を備える装置として、具体的には耐圧硝子工業株式会社製のTEM−D型装置などが挙げられる。ガラス製やPTFE製の内筒を有した圧力容器や、グラスライニングを施した圧力容器を用いて含フッ素系イオン交換樹脂を溶媒中に分散すると、圧力容器本体に含有されるFe、Niなどの成分から生じる金属イオンの溶出を防ぐことができるため好ましい。該金属イオンが含フッ素系イオン交換樹脂の溶液中に混入すると、その溶液を用いて燃料電池の電解質膜又は電極を作製した場合、燃料電池運転中に発生する過酸化水素を起因とする化学的劣化への耐久性が低下しやすくなる。これを防ぐために、電解質膜の造膜又は電極作製後に塩酸、硝酸、硫酸などの鉱酸や酢酸、シュウ酸などの有機酸による金属イオンの除去処理を行うと、製造工程が煩雑になる。
【0054】
(濃縮工程)
本実施形態における濃縮工程では、高分子電解質溶液を液膜の状態で加熱して濃縮することにより固体高分子電解質濃縮溶液(以下、単に「濃縮溶液」という。)を得る。より具体的には、加熱面上に高分子電解質溶液の液膜を形成させ、その溶液中の溶媒を蒸発させて濃縮する(以下、この濃縮方法を「薄膜式」と記載する。)。固体高分子電解質が含フッ素系イオン交換樹脂である場合、その樹脂の濃縮溶液中の含有量(すなわち固形分濃度)を10〜45質量%となるように濃縮することが好ましい。これにより、濃縮溶液の耐保存性が良好なものとなる。
【0055】
この濃縮工程では、薄膜式蒸発装置を用いて高分子電解質溶液を濃縮することが好ましい。ここで、薄膜式蒸発装置は、例えば溶媒などの被蒸発物質を含む原料液(本実施形態における高分子電解質溶液)を加熱管内面で薄い液膜状に形成し、この液膜状の原料液を加熱管により加熱して被蒸発物質を蒸発させるようにした蒸発装置である。この蒸発装置を用いて濃縮する場合、加熱管内面の蒸発面に、高分子電解質溶液の均一な薄い液膜を形成し、その液膜を加熱管により加熱して溶媒を除去する。これにより、従来の濃縮時に発泡性の高かった高分子電解質溶液や粘性の高かった高分子電解質溶液であっても、発泡を抑制した状態で濃縮することができ、得られる濃縮溶液の粘性を低減することが可能となる。また溶媒の除去に要する時間が短くなるので、高分子電解質溶液を濃縮した場合に低粘度かつ低TI値の濃縮溶液を得ることが可能となる。
【0056】
一般に、高分子電解質溶液に対してせん断力を加えると、溶液中の高分子電解質がゲル化しやすくなり、濃縮溶液の粘度やTI値に影響を与えてしまう。薄膜式蒸発装置を用いて液膜を形成する場合、高分子電解質溶液に対してせん断力を加えることになるため、従来、かかる手法を用いて濃縮溶液を製造することは適していないと考えられていた。ところが、驚くべきことに、本発明者らが薄膜式蒸発装置を用いて濃縮溶液を製造したところ、懸念された濃縮溶液の粘度やTI値への影響は十分抑制されることが明らかになった。これは、溶媒の除去に要する時間が従来の手法よりも短くなることで、高分子電解質が考えられていたほどゲル化しないことに起因すると推測される。
【0057】
薄膜式蒸発装置としては、例えば、フラッシュエバポレーター、水平管下降薄膜蒸発装置、垂直長管下降膜蒸発装置、遠心式薄膜蒸発装置が挙げられる。フラッシュエバポレーターは、ステンレス製、ガラス製等の円柱状の蒸発管に回転翼を取り付け、この回転翼の回転により蒸発管に溶液を押し付けるように連続的に供給することで、その蒸発管に5mm以下の薄い液膜を形成させながら効率的に濃縮する装置である。水平管下降薄膜蒸発装置は、溶液を水平管群の上からノズルや多孔板を用いて連続して散布して供給することで、管外面に薄膜状に流下させ蒸発濃縮する装置である。垂直長管下降膜蒸発装置は、溶液を加熱管群の頂部から連続して供給し、溶液が管内を薄膜状に流下する間に蒸発濃縮を行う装置である。遠心式薄膜蒸発装置は、円錐型の蒸発管を300〜2000rpmの高速で回転させ、円錐の中心部に溶液を連続して供給し、遠心力を利用して円錐状の蒸発管に一様に厚み5mm以下の薄い液膜を形成させることにより効率的に濃縮する装置である。これらの蒸発装置はいずれも、液膜を加熱する加熱管が、溶液を貯留する部材とは異なって設けられているため、貯留した溶液の加熱を抑制することができる。これにより、これらの蒸発装置は溶液中での気泡の発生やゲル状物の形成を十分に抑制することができる点で好ましい。上記蒸発装置のうち、遠心式薄膜蒸発装置は、その遠心力を利用することによって薄い液膜を形成し、特に濃縮時に減圧すると発泡を生じる場合もあるが、気泡を液中に残存させることを十分に抑制できることから好ましい。
【0058】
なお、ロータリーエバポレーターもフラスコを回転させることでフラスコ内面に薄い液膜を形成させ蒸発濃縮を行う薄膜式蒸発装置の一種と考えられる。しかしながら、ロータリーエバポレーターは液膜のみでなく貯留した溶液を加熱する回分式であるため液が発泡しやすく、また、加熱時間が長くなりゲル状物を形成しやすくなる。
【0059】
遠心式薄膜蒸発装置としては、例えば、エバポール(登録商標)CEP−1(株式会社大川原製作所社製)、遠心式薄膜蒸発機CEHシリーズ(株式会社アルバック社製)が挙げられる。遠心式薄膜蒸発装置で濃縮することで、驚くべきことに濃縮溶液の粘度及びTI値が低下し、効率良く濃縮でき、更には濃縮溶液に含まれるゲル状物が少なくなる。したがって、この濃縮溶液を固体高分子型燃料電池の電極層のバインダー、あるいは固体高分子電解質膜の原料として良好に用いることが可能となる。
【0060】
遠心式薄膜蒸発装置を用いて形成する液膜の厚みは特に限定されない。ただし、高濃度の濃縮溶液を得るためには濃縮時の発泡を極力抑制し、さらにゲル状物の形成を抑止する必要があり、一方で生産性の効率を高めることが望ましい。このような観点から、液膜の厚みは10μm〜5mmであると好ましく、50μm〜2mmであるとより好ましく、100μm〜1mmであると更に好ましい。
【0061】
遠心式薄膜蒸発装置により濃縮することで、濃縮時間の長期化の原因となる溶媒の蒸発時に発生する気泡を大幅に抑制することができる。これにより、従来では成し得ることのできなかった大幅な濃縮時間の短縮が可能となる。
【0062】
遠心式薄膜蒸発装置による濃縮時の液膜の温度は特に限定されない。ただし、発泡の抑制の観点から、100℃以下が好ましく、80℃以下が更に好ましく、70℃以下が特に好ましい。また、この温度の下限値は特に限定されないが、温度が低くなると濃縮時間が長くなるので、40℃以上が好ましい。
【0063】
濃縮時の液膜周囲の雰囲気の圧力は、溶媒の蒸気圧によって調整され、濃縮時の液の温度と溶媒組成に依存するので、特に限定されない。この圧力が低い方が溶媒の蒸発温度が低下し、ゲルの生成を防止できる観点では好ましい。ただし、溶媒の蒸気圧に起因して、圧力が低くなるほど液が発泡しやすくなる。これらの観点から、溶媒の蒸気圧と濃縮時の圧力との差((濃縮時の圧力)−(溶媒の蒸気圧))が−20kPa以上であると好ましく、−10kPa以上であると更に好ましく、−5kPa以上であると特に好ましい。その圧力差の上限値は濃縮速度の観点から0kPaであると好ましい。
【0064】
また、濃縮の際は、蒸発した溶媒を系外に排出するためのキャリアガスを液膜周囲に流通させてもよい。キャリアガスは、溶質(固体高分子電解質)の微妙な性質により、空気及び/又は不活性ガスであってもよい。さらに、蒸発した溶媒成分の少なくとも一部をキャリアガスに含ませてリサイクルすることが好ましい。これにより、液膜表面が局部的に過剰に乾燥して局部的な粘度上昇を引き起こしたり、さらに液膜全体の粘度上昇を引き起こしたり、特に顕著な場合に液膜がゲル化したりすることを防止することができる。
【0065】
本実施形態に係る濃縮工程では、濃縮溶液のTI値、ゲル分率、固形分濃度が所望の値になるよう、液膜の温度及び液膜周囲の雰囲気の圧力を調整することが好ましい。濃縮溶液のTI値は0.3〜3であると好ましく、0.4〜2.5であるとより好ましく、0.5〜2.0であると更に好ましい。TI値の下限値が0.3であると、高せん断速度領域での粘度が高くなることに起因する撹拌等による粘度の上昇を抑制することができる。TI値の上限値が3であると、低ずり速度での粘度の上昇を抑制することができる。TI値が0.3〜3の範囲であれば触媒の分散性は極めて良好となる。
【0066】
本実施形態において、濃縮溶液のTI値は、濃縮溶液の粘度のずり速度依存性を表す値である。TI値(TI)は、ずり速度が3.83sec−1の時の温度25℃における粘度η3.83(単位:mPa・sec)とずり速度が191.5sec−1の時の温度25℃における粘度η191.5(単位:mPa・sec)との比、すなわち、下記式(I)で表される。
TI=η3.83/η191.5 (I)
【0067】
濃縮溶液の粘度は、特に限定はされない。ただし、濃縮溶液の取扱い性の観点、濃縮溶液を電極触媒層の形成に用いた場合の触媒分散性の観点、及び濃縮溶液から形成した高分子電解質膜の均質性及び膜表面の平滑性の観点から、ずり速度が3.83sec−1の時の温度25℃における粘度が、5000mPa・sec以下であると好ましく、3000mPa・sec以下であるとより好ましく、2000mPa・sec以下であると更に好ましい。
【0068】
本実施形態において、濃縮溶液のゲル分率は0.00〜0.05であると好ましい。ゲル分率が低いほど濃縮溶液の粘度が低くなり、高分子電解質膜を形成した際に膜の表面が均一になるため、電池としての特性を高くすることができる。濃縮溶液のゲル分率は下記のようにして測定される。すなわち、濃縮溶液中の固形分濃度をイオン交換水で1質量%に希釈した後、その希釈した濃縮溶液の電解質濃度を測定し、これをW3とする。次に、希釈した濃縮溶液10gを遠心分離機(例えば、佐久間製作所社製、商品名「M−160−IV型」)を用いて、5000rpmで30分間、遠心分離する。その後、上澄み液の電解質濃度を測定し、これをW4とする。そして、1−(W4/W3)を算出し、これをゲル分率とする。
【0069】
本実施形態において、濃縮溶液の固形分濃度は、高分子電解質膜の生産効率化の観点及び濃縮溶液の耐保存性の観点から、10〜45質量%であると好ましく、15〜40質量%であるとより好ましく、20〜35質量%であると更に好ましい。
【0070】
本実施形態の濃縮溶液の製造方法は、濃縮工程の後に、濃縮溶液をろ過するろ過工程を含むと好ましい。これにより、上記各工程で混入した塵、高分子電解質ゲル、巨大な電解質粒子などを取り除くことができ、より良質な固体高分子電解質膜及び電極触媒層のバインダーを形成することができる。ろ過に用いられるろ材は特に限定されないが、その材質として、例えば、ポリプロピレン、ポリエステル、ポリテトラフルオロエチレン、セルロース、セラミックス、耐触性特殊金属などから選択して用いられる。また、ろ材の孔径も特に限定されないが、例えば、0.5〜100μmの範囲から選択して用いられる。
【0071】
(固体高分子形燃料電池の電極触媒層のバインダー用組成物)
上述のようにして得られた濃縮溶液は、固体高分子形燃料電池が備える電極触媒層のバインダーを形成するために用いられるバインダー用組成物として有用である。固体高分子形燃料電池の電極触媒層は、触媒金属の微粒子と、これを担持した導電剤と、これを結合したバインダーから構成され、必要に応じて触媒の被毒が生じない範囲で他の成分を含んでいてもよい。そのような他の成分としては、例えば、可塑剤、安定剤、密着助剤、離型剤、保水剤、無機又は有機固体粒子、増感剤、レベリング剤、着色剤、撥水剤等の添加剤が挙げられる。
【0072】
電極触媒層に用いられる触媒金属としては、水素の酸化反応及び酸素による還元反応を促進する金属であればよく、例えば、白金、金、銀、パラジウム、イリジウム、ロジウム、ルテニウム、鉄、コバルト、ニッケル、クロム、タングステン、マンガン、バナジウム、これらの合金等が挙げられる。それらの中では、主として白金が用いられると好ましい。また、導電剤は従来公知のものであればよい。
【0073】
濃縮溶液は膜電極接合体(以下、「MEA」と記載する。)を作製する際に、触媒金属の粒子を担持させた導電剤同士を結合し、場合によっては電極触媒層と高分子電解質膜とを接合するバインダーを形成するために用いられる。本実施形態に係る電極触媒層及びその作製方法は、バインダーとして上記バインダー用組成物を用いる以外は、公知のものと同様であればよい。本実施形態に係る電極触媒層のバインダーは、バインダー用組成物のTI値が低いため、触媒の分散性を極めて良好にすることができる。
【0074】
(固体高分子形燃料電池用の固体高分子電解質膜)
本実施形態の固体高分子形燃料電池用の固体高分子電解質膜(以下、単に「高分子電解質膜」という。)は、イオン交換膜であって、上記濃縮溶液から形成されたものである。
【0075】
本実施形態において、高分子電解質膜は、例えば以下の方法で製造することができる。まず、本実施形態に係る濃縮溶液を支持体の上にキャストして、支持体上に液状塗膜を形成する。次いで、その液状塗膜から溶媒を除去して高分子電解質膜を形成する。キャスト方法としては、グラビアロールコータ、ナチュラルロールコータ、リバースロールコータ、ナイフコータ、ディップコータ等の公知の塗布(塗工)方法を用いることができる。キャストに用いる支持体は限定されないが、一般的なポリマーフィルム、金属箔、アルミナ、Si等の基板等が好適に用いられる。このような支持体は、MEAを形成する際に必要に応じて、高分子電解質膜から除去される。また、特公平5−75835号公報に記載のPTFE膜を延伸処理した多孔質膜にキャスト液を含浸させてから液状媒体を除去することにより、補強体(該多孔質膜)を含んだ高分子電解質膜を製造することもできる。さらには、キャスト液にPTFE等からなるフィブリル化繊維を添加してキャストしてから液状媒体を除去することにより、特開昭53−149881号公報及び特公昭63−61337号公報に記載されているような、フィブリル化繊維で補強された高分子電解質膜を製造することもできる。
【0076】
このようにして得られた高分子電解質膜は、所望により、40〜300℃、好ましくは80〜200℃で加熱処理(アニーリング)に付してもよい。更に、本来のイオン交換容量を確保してイオン交換基による効果を十分に発揮させるために、必要に応じて、塩酸や硝酸等で高分子電解質膜に酸処理を施してもよい。高分子電解質膜のイオン交換基の一部が塩で置換されている場合、この酸処理によりイオン交換基に戻すことができる。また、高分子電解質膜には、横1軸テンターや同時2軸テンターを用いることによって延伸配向を付与することもできる。
【0077】
高分子電解質膜には必要に応じて、公知の方法で補強が施されていてもよい。公知の補強方法の例としては、フィブリル状PTFEの添加による補強(特開昭53−149881号公報及び米国特許第4218542号明細書、並びに特公昭63−61337号公報及び欧州特許第94679号明細書参照)、延伸処理したPTFE多孔膜による補強(特公平5−75835号公報、並びに、特表平11−501964号、米国特許第5599614号明細書、米国特許第5547551号明細書参照)、Al、SiO、TiO、ZrOなどの無機粒子の添加による補強(特開平6−111827号公報、特開平9−219206号公報及び米国特許第5523181号明細書参照)、架橋による補強(特開2000−188013号公報参照)、ゾルゲル反応を利用して膜内にシリカを含有させることによる補強(K.A.Mauritz、R.F.Storey、C.K.Jones、in Multiphase Polymer Materials:Blends and Ionomers、L.A. Utracki and R.A. Weiss、Editors、ACS Symposium Series No.395、p.401、American Chemical Society、Washington,DC(1989)参照)が挙げられる。本実施形態の高分子電解質膜は、その膜中に、上記補強方法により得られる補強体を有してもよく、及び/又は、該高分子電解質膜の表面に上記補強方法により得られる補強体を保持してもよい。
【0078】
本実施形態において、高分子電解質膜の厚みは特に限定されないが、50μm以下であることが好ましい。高分子電解質膜の厚みが50μm以下であることにより、アノードとカソードとに挟まれた高分子電解質膜中で水蒸気量の濃度勾配が大きくすることができ、電池としての特性を高くすることができる。また、高分子電解質膜の厚みが3μm以上であることにより、短絡を起こすおそれを少なくすることができる。高分子電解質膜の厚みは3〜40μmであることがより好ましく、5〜30μmであると更に好ましい。
【0079】
(固体高分子形燃料電池の膜電極接合体)
本実施形態に係る固体高分子形燃料電池のMEAは高分子電解質膜と、その両面に接合したアノード及びカソードの2種類の電極触媒層とを備える。このMEAは、電極触媒層の更に外側に一対のガス拡散層を対向するように接合したものであってもよい。本実施形態に係るMEAは、上記本実施形態に係る高分子電解質膜及び/又は電極触媒層を備える以外は、公知のMEAと同様の構成を有していればよい。このMEAの製造方法としては、例えば、次のような方法が挙げられる。まず、高分子電解質溶液に電極物質となる白金担持カーボンを分散させて電極インク(ペースト)を調製する。この電極インクをPTFEシートに一定量塗布して乾燥させる。次に、PTFEシートの塗布面を向かい合わせにして、その間に高分子電解質膜を挟み込み、100℃〜200℃で熱プレスにより転写接合してMEAを得ることができる。
【0080】
(固体高分子形燃料電池)
本実施形態の固体高分子形燃料電池は、本実施形態に係る電極触媒層及び/又は高分子電解質膜を備えるものであり、それ以外は公知のものと同様の構成を有していればよい。上記MEAのアノードとカソードとを高分子電解質膜の両面に位置する電子伝導性材料を介して互いに結合させると、作動可能な固体高分子形燃料電池を得ることができる。固体高分子形燃料電池の作製方法は、例えば、FUEL CELL HANDBOOK(VAN NOSTRAND REINHOLD、A.J.APPLEBY et.al、ISBN 0−442−31926−6)、化学One Point、燃料電池(第二版)、谷口雅夫,妹尾学編,共立出版(1992)等に詳しく記載されている。
【0081】
電子伝導性材料としては、その表面に燃料や酸化剤等のガスを流すための溝を形成させたグラファイト、グラファイトと樹脂との複合材料、金属製のプレート等の集電体が用いられる。上記MEAがガス拡散層を有しない場合、MEAにおけるアノード及びカソードのそれぞれの外側表面にガス拡散層を配置した状態で単セル用ケーシング(例えば、米国エレクトロケム社製PEFC単セル)に組み込むことにより固体高分子形燃料電池が得られる。
【0082】
以上説明した本実施形態によると、固体高分子電解質を高濃度で含み、その濃度ムラが抑制され、低粘度、低TI値の濃縮溶液を得ることが可能になる。そのため、これを電極触媒層のバインダー原料として用いると、触媒粒子の分散性に優れた電極触媒層を作製することができる。その結果、この電極触媒層を備えた固体高分子形燃料電池を運転すると、その発電特性を高めることができる。また、この濃縮溶液を用いて作製した高分子電解質膜を備えた固体高分子形燃料電池は、その電流電圧特性に優れる。さらに、濃縮溶液は従来の高分子電解質溶液よりも固体高分子電解質の濃度が高いため、溶液キャスティング法による塗膜形成を行う際に、より短時間で溶媒を除去することが可能となり、得られる高分子電解質膜の生産性を向上することができる。
【0083】
以上、本発明を実施するための最良の形態について説明したが、本発明は上記本実施形態に限定されるものではない。本発明は、その要旨を逸脱しない範囲で様々な変形が可能である。
【実施例】
【0084】
以下、実施例に基づいて本発明を更に詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることはない。
本発明における諸物性の試験方法は次の通りである。
【0085】
(1)電解質の当量質量
酸型の電解質膜(一主面の面積がおよそ2〜10cmのもの)を50mLの25℃飽和NaCl水溶液(0.26g/mL)に浸漬し、攪拌しながら10分間放置した。その後、和光純薬工業社製試薬特級フェノールフタレインを指示薬として和光純薬工業社製試薬特級0.01N水酸化ナトリウム水溶液を用いて中和滴定した。中和後に得られたNa型の電解質膜を純水ですすいだ後、110℃にて真空乾燥して秤量した。中和に要した水酸化ナトリウムの物質量をM(mmol)、Na型の電解質膜の質量をW(mg)とし、下記式により当量質量(g/eq)を求めた。
当量質量(EW)=(W/M)−22
【0086】
(2)濃縮溶液の電解質濃度
乾燥した室温の秤量瓶の質量を精秤し、この質量をW0とした。測定した秤量瓶に測定対象の濃縮溶液を10g入れ、精秤し、その質量をW1とした。これをエスペック株式会社製LV−120型真空乾燥機を用いて温度110℃、相対真空度−0.09MPa以下で3時間以上乾燥した。その後の濃縮溶液を、シリカゲル入りのデシケーター中で冷却し、室温になった後に精秤し、その質量をW2とした。(W2−W0)/(W1−W0)の計算式で導出した値を百分率で表し、5回測定しその相加平均値を濃縮溶液の電解質濃度とした。
【0087】
(3)濃縮溶液の粘度
東機産業株式会社製TV−33形粘度計・コーンプレートタイプ(E型粘度計)及び1°34’×R24の標準コーンロータ(ロータコード01)を用い、温度25℃、ずり速度3.83sec−1及び191.5sec−1にて測定を開始した。測定開始後、2分経過後の値を濃縮溶液の粘度とした。
【0088】
(4)濃縮溶液のゲル分率
濃縮溶液中の固形分濃度をイオン交換水で1質量%に希釈した後、その希釈した濃縮溶液の電解質濃度を上記、濃縮溶液の電解質濃度の測定方法に準じて測定し、これをW3とした。次に、希釈した濃縮溶液10gを佐久間製作所社製M−160−IV型遠心分離機を用いて、5000rpmで30分間、遠心分離処理した。その後、上澄み液の電解質濃度を上記と同様にして測定し、これをW4とした。1−(W4/W3)の計算式で導出した値をゲル分率とした。
【0089】
[含フッ素系イオン交換樹脂溶液:製造例1]
上記一般式(3)においてZがフッ素原子であるフッ化オレフィン(CF=CF)と、上記一般式(4)においてm=2、n=0、Wが−SOFであるフッ化ビニル化合物(CF=CF(−O−(CF−SOF))との共重合体(EW=720)からなる含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を準備した。続いて、この含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を押出機を用いて、丸口金から270℃で押し出した後に切断し、直径2〜3mm、長さ4〜5mmの円柱状のペレットを形成した。これとは別に、KOH濃度15質量%及びDMSO濃度30質量%となるようにKOHとDMSOとを水に添加してKOH水溶液を調製した。上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体のペレット510gを、そのKOH水溶液2460gに6時間浸漬し、含フッ素系イオン交換樹脂前駆体における−SOFを−SOKに変換した。
【0090】
上記のようにして処理して得られたペレットを60℃の1N−HCl水溶液2500mLに6時間浸漬した後、60℃のイオン交換水(伝導度0.06S/cm以下)で水洗し更に乾燥した。こうして、−SOKが−SOHに変換したプロトン交換基を有する含フッ素系イオン交換樹脂(当量質量=720g/eq)を得た。
【0091】
次に、ガラス製内筒を有するSUS304製の容量5Lのオートクレーブを準備した。上記含フッ素系イオン交換樹脂(含水率28.7質量%)120g、エタノール485g、イオン交換水949gを上記ガラス製内筒内に仕込み、その内筒とオートクレーブ内壁との間にエタノール70g、イオン交換水140gを仕込んだ。次いで、ガラス製内筒内の液を攪拌しながら、162℃で4時間の分散処理を施した。加温とともにオートクレーブ内圧が上昇し最大圧力は1.2MPaであった。その後、冷却して液をオートクレーブから取り出した。こうして、均一で透明な含フッ素系イオン交換樹脂溶液Aを得た。溶液Aの組成は含フッ素系イオン交換樹脂(固形分。以下同様。)5.0質量%、エタノール30.0質量%、水65.0質量%であった。
【0092】
[含フッ素系イオン交換樹脂溶液:製造例2]
上記一般式(3)においてZがフッ素原子であるフッ化オレフィン(CF=CF)と、上記一般式(4)においてm=2、n=1、Wが−SOFであるフッ化ビニル化合物(CF=CF(−O−(CFCF(CF)O)−(CF−SOF))との共重合体(EW=880)からなる含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を準備した。続いて、この含フッ素系イオン交換樹脂前駆体を押出機を用いて、丸口金から270℃で押し出した後に切断し、直径2〜3mm、長さ4〜5mmの円柱状のペレットを形成した。これとは別に、KOH濃度15質量%及びDMSO濃度30質量%となるようにKOHとDMSOとを水に添加してKOH水溶液を調製した。上記含フッ素系イオン交換樹脂前駆体のペレット510gを、そのKOH水溶液2460gに6時間浸漬し、含フッ素系イオン交換樹脂前駆体における−SOFを−SOKに変換した。
【0093】
上記のようにして処理して得られたペレットを60℃の1N−HCl水溶液2500mLに6時間浸漬した後、60℃のイオン交換水(伝導度0.06S/cm以下)で水洗し更に乾燥した。こうして、−SOKが−SOHに変換したプロトン交換基を有する含フッ素系イオン交換樹脂(当量質量=720g/eq)を得た。
【0094】
次にガラス製内筒を有するSUS304製の容量5Lのオートクレーブを準備した。上記含フッ素系イオン交換樹脂(含水率28.7質量%)120g、エタノール485g、イオン交換水949gを上記ガラス製内筒内に仕込み、その内筒とオートクレーブ内壁との間にエタノール70g、イオン交換水140gを仕込んだ。次いで、ガラス製内筒内の液を攪拌しながら、162℃で4時間の分散処理を施した。加温とともにオートクレーブ内圧が上昇し最大圧力は1.2MPaであった。その後、冷却して液をオートクレーブから取り出した。こうして、均一で透明な含フッ素系イオン交換樹脂溶液Bを得た。溶液Bの組成は含フッ素系イオン交換樹脂5.0質量%、エタノール30.0質量%、水65.0質量%であった。
【0095】
[実施例1]
まず、円錐型蒸発管を備える遠心式薄膜蒸発装置である大川原製作所社製エバポール(登録商標)CEP−1型薄膜式蒸発装置を準備した。製造例1で得られた20kgの含フッ素系イオン交換樹脂溶液Aをその蒸発装置の円錐型蒸発管の中心部に1.7kg/minで連続的に供給した。このとき、65℃にて円錐型蒸発管を1500rpmで回転させながら、液膜周囲の圧力20kPa(絶対圧力)の処理条件で、含フッ素系イオン交換樹脂濃度が20質量%になるまで濃縮し、濃縮溶液AS1を得た。濃縮溶液AS1の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0096】
[実施例2]
含フッ素系イオン交換樹脂溶液Aに代えて製造例2で得られた含フッ素系イオン交換樹脂溶液Bを用いた以外は実施例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液BS1を得た。濃縮溶液BS1の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0097】
[実施例3]
処理条件の温度を65℃から85℃に代えた以外は実施例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS2を得た。濃縮溶液AS2の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0098】
[実施例4]
処理条件の絶対圧力を20kPaから30kPaに代えて、含フッ素系イオン交換樹脂濃度を20質量%から30質量%に代えた以外は実施例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS3を得た。濃縮溶液AS3の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂30.0質量%、エタノール0.0質量%、水70.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0099】
[実施例5]
処理条件の温度及び絶対圧力を65℃、20kPaから45℃、10kPaに代えて、含フッ素系イオン交換樹脂濃度を20質量%から30質量%に代えた以外は実施例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS4を得た。濃縮溶液AS4の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂30.0質量%、エタノール0.0質量%、水70.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0100】
[実施例6]
濃縮の際に蒸発した溶媒の一部をリサイクルして液膜表面の局部的な乾燥を抑制させた以外は実施例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS5を得た。濃縮溶液AS5の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管しても、粘度及びTI値に変化がみられなかった。
【0101】
[実施例7]
実施例1で得られた含フッ素系イオン交換樹脂溶液の濃縮溶液AS1を、シリコーン系離型剤で表面処理したポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム上にダイコータを用いて塗布した。この際、乾燥後に50μmの厚みになるように濃縮溶液AS1を塗布した。その後、110℃で60分間塗膜を乾燥し、続いて170℃で60分間の加熱処理を施して高分子電解質膜を得た。
【0102】
得られた高分子電解質膜は、膜の表面にミクロゲル由来の透明な凹凸などが認められず、均一で平滑な膜であった。また、その膜中をSEMにより観察したところ、ミクロ気泡由来のミクロボイド等は認められなかった。
【0103】
次に、2枚のガス拡散電極(米国DE NORA NORTH AMERICA社製のガス拡散電極ELAT(登録商標)、Pt担持量0.4mg/cm)にバインダー用組成物として濃縮溶液AS1を塗布した。塗布後の2枚のガス拡散電極間に上記高分子電解質膜を挟み込み、大気雰囲気中、140℃で乾燥し固定化した。この際のガス拡散電極における樹脂担持量は、0.8mg/cmであった。
さらに160℃、面圧0.1MPaでそれらの積層体をホットプレスすることによりMEAを作製した。
【0104】
表面にガス流路を有するグラファイト製のフランジの間に上記MEAを挟み込み、さらに金属製の燃料電池フレームで挟み込んだ評価セルに組み込んだ。この評価用セルを評価装置((株)東陽テクニカ社製燃料電池評価システム、商品名「890CL」)にセットした。
【0105】
上記評価用セルを80℃に昇温した後、アノード側に水素ガスを260cc/min、カソード側に空気ガスを880cc/minで流通し、アノード及びカソード共に0.20MPa(絶対圧力)に加圧した。また、ガスの加湿には水バブリング方式を用い、水素ガスは90℃、空気ガスは80℃で加湿してセルへ供給した。この状態にて、電流電圧曲線を測定して初期特性を調べた。
【0106】
初期特性を調べた後、耐久性試験をセル温度100℃で行った。この際、アノード及びカソード共にガスの加湿温度は60℃とした。アノード側に水素ガスを74cc/min、カソード側に空気ガスを102cc/minで流通し、アノード側を0.30MPa(絶対圧力)、カソード側を0.15MPa(絶対圧力)に加圧した状態で、電流密度0.3A/cmで発電した。耐久性試験においては、燃料電池が発電しなくなるまでの時間を測定した。
【0107】
セル温度80℃、電圧0.6Vにおける電流密度は1.35A/cmであり、評価用セルは良好な初期特性を示した。また、耐久性試験では、セル温度100℃で300時間以上の優れた耐久性を示した。以上のように、この実施例の評価用セルは、耐久性と初期特性との両方に優れる良好な結果を示した。
【0108】
[実施例8]
実施例1で得られた含フッ素系イオン交換樹脂溶液の濃縮溶液AS11.82gに、Pt担持カーボン(田中貴金属(株)社製、商品名「TEC10E40E」、Pt担持量:36.4質量%)1.00gを添加し、さらに4.00gのエタノールを添加して後、ホモジナイザーでよく混合して電極インク(ペースト)を得た。
【0109】
この電極インクをスクリーン印刷法にてPTFEシート上に塗布した。塗布量は、Pt担持量及び樹脂担持量共に0.15mg/cmになる塗布量と、Pt担持量及び樹脂担持量共に0.15mg/cmになる塗布量と、の2種類とした。塗布後、室温下で1時間、空気中120℃にて1時間、乾燥することにより厚み10μm程度の電極触媒層を得た。これらの電極触媒層のうち、Pt担持量及びポリマー担持量共に0.15mg/cmのものをアノード触媒層とし、Pt担持量及びポリマー担持量共に0.30mg/cmのものをカソード触媒層とした。
【0110】
このようにして得たアノード触媒層とカソード触媒層とを向かい合わせて、その間に実施例7で得られた高分子電解質膜を挟み込み、160℃、面圧0.1MPaでそれらの積層体をホットプレスすることにより、アノード触媒層とカソード触媒層とを高分子電解質膜に転写、接合してMEAを作製した。
【0111】
このMEAの両側(アノード触媒層及びカソード触媒層の外表面)にガス拡散層としてカーボンクロス(米国DE NORA NORTH AMERICA社製ELAT(登録商標)B−1)をセットして評価用セルに組み込んだ。この評価用セルを評価装置(株)東陽テクニカ社製燃料電池評価システム、商品名「890CL」)にセットした。
評価は実施例7と同様の方法で実施した。
【0112】
セル温度80℃、電圧0.6Vにおける電流密度は1.37A/cmであり、評価用セルは良好な初期特性を示した。また、耐久性試験では、セル温度100℃で300時間以上の優れた耐久性を示した。以上のように、この実施例の評価用セルは、耐久性と初期特性との両方に優れる良好な結果が得られた。
【0113】
[比較例1]
製造例1で得られた含フッ素系イオン交換樹脂溶液Aを攪拌機付き回分式反応器に20kg仕込み、65℃にて10rpmで攪拌しながら30kPa(絶対圧力)で含フッ素系イオン交換樹脂濃度が20質量%になるまで濃縮し、濃縮溶液AS6を得た。濃縮溶液AS6の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管したところ、粘度及びTI値は若干高くなった。
【0114】
[比較例2]
含フッ素系イオン交換樹脂溶液Aに代えて製造例2で得られた含フッ素系イオン交換樹脂溶液Bを用いた以外は比較例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液BS1を得た。濃縮溶液BS1の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管したところ、粘度及びTI値は若干高くなった。
【0115】
[比較例3]
処理条件の温度及び絶対圧力を65℃、25kPaから85℃、30kPaに代えた以外は比較例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS7を得た。濃縮溶液AS7の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管したところ、粘度及びTI値は若干高くなった。
【0116】
[比較例4]
処理条件の温度及び絶対圧力を65℃、25kPaから65℃、30kPaに代えた以外は比較例1と同様にして濃縮し、濃縮溶液AS8を得た。濃縮溶液AS8の組成は、含フッ素系イオン交換樹脂20.0質量%、エタノール0.0質量%、水80.0質量%であった。この濃縮溶液を3ヶ月間密閉容器内で常温保管したところ、粘度及びTI値は若干高くなった。
【0117】
上記実施例及び比較例の結果を表1にまとめて示す。
【表1】

【0118】
表1の結果から、本発明に係る実施例の含フッ素系イオン交換樹脂の濃縮溶液は、15〜45質量%の高濃度であるとともに、濃縮溶液のTI値が3以下であり、ゲルの生成量も少なかった。さらに濃縮時間が大幅に短縮された。なお、濃縮溶液のゲル分率が低くなるということは、その粘度が低下することを意味する。
【産業上の利用可能性】
【0119】
本発明の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法は、濃縮時間を大幅に短縮することができ、かつ得られる濃縮溶液のTI値、粘度、ゲル分率を低くすることが可能となる。したがって、この製造方法は、固体高分子形燃料電池の電極触媒層のバインダーの調製、固体高分子形燃料電池用の固体高分子電解質膜の作製、固体高分子形燃料電池の製造に好適に用いることができる。
また、本発明の固体高分子電解質濃縮溶液は、固体高分子形燃料電池の電極触媒層のバインダーとして好適に用いられる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体高分子電解質の溶液を液膜の状態で加熱して濃縮することにより固体高分子電解質濃縮溶液を得る濃縮工程を含む固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項2】
前記固体高分子電解質が炭化水素系イオン交換樹脂を主成分として含有する請求項1に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項3】
前記固体高分子電解質が含フッ素系イオン交換樹脂を主成分として含有する請求項1に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項4】
前記含フッ素系イオン交換樹脂が、下記一般式(1)で表される繰り返し単位と下記一般式(2)で表される繰り返し単位とを有する共重合体を含む、請求項3に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
−(CFZCF)− (1)
(式(1)中、Zは水素原子、塩素原子、フッ素原子及び炭素数1〜3のパーフルオロアルキル基からなる群より選ばれる化学種を示す。)
−(CFCF(−O−(CFCF(CF)O)−(CF−SOH))− (2)
(式(2)中、mは0〜12の整数を示し、nは0〜2の整数を示す。ただし、m及びnは同時に0にならない。)
【請求項5】
前記固体高分子電解質の溶液に含まれる溶媒が水及び有機溶媒からなる群より選ばれる1種以上の溶媒を含む、請求項1〜4のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項6】
前記有機溶媒が極性溶媒である、請求項5に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項7】
前記極性溶媒がプロトン性溶媒である、請求項6に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項8】
前記プロトン性溶媒がアルコール類である、請求項7に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項9】
前記アルコール類が、メタノール、エタノール、n−プロパノール、i−プロパノール、n−ブタノール、2−ブタノール及びt−ブタノールからなる群より選ばれる1種以上のアルコールである、請求項8に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項10】
前記溶媒が、水、前記アルコール類、及び、30質量%以上100質量%未満の水と0質量%超70質量%以下の前記アルコール類との混合溶媒、からなる群より選ばれる溶媒である、請求項5〜9のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項11】
前記固体高分子電解質の溶液の固形分濃度が1〜30質量%である、請求項1〜10のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項12】
前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液の固形分濃度が10〜45質量%となるように濃縮する、請求項1〜11のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項13】
前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液のチクソトロピーインデックスが0.3〜3となるように濃縮する、請求項1〜12のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項14】
前記濃縮工程において、前記固体高分子電解質濃縮溶液のゲル分率が0.00〜0.05となるように濃縮する、請求項1〜13のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項15】
前記濃縮工程において、薄膜式蒸発装置により前記固体高分子電解質の溶液を濃縮する、請求項1〜14のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項16】
前記薄膜式蒸発装置が遠心式薄膜蒸発装置である、請求項15に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法。
【請求項17】
固体高分子形燃料電池が備える電極触媒層のバインダーを形成するために用いられるバインダー用組成物であって、
請求項1〜16のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法によって得られた固体高分子電解質濃縮溶液であるバインダー用組成物。
【請求項18】
請求項1〜16のいずれか一項に記載の固体高分子電解質濃縮溶液の製造方法によって得られた固体高分子電解質濃縮溶液から形成された固体高分子形燃料電池用の固体高分子電解質膜。
【請求項19】
請求項17に記載のバインダー用組成物を用いて形成されたバインダーを含有する電極触媒層、及び/又は、請求項18に記載の固体高分子形燃料電池用固体高分子電解質膜、を備える固体高分子形燃料電池。

【公開番号】特開2009−252653(P2009−252653A)
【公開日】平成21年10月29日(2009.10.29)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−101848(P2008−101848)
【出願日】平成20年4月9日(2008.4.9)
【出願人】(309002329)旭化成イーマテリアルズ株式会社 (771)
【Fターム(参考)】