説明

圧粉磁心の製造方法、および該製造方法によって得られた圧粉磁心

【課題】磁束密度、鉄損、及び機械的強度に優れた圧粉磁心を提供すること。
【解決手段】本発明の圧粉磁心の製造方法は、鉄基軟磁性粉末表面にりん酸系化成皮膜を有する圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末と潤滑剤とを混合した混合物を、圧縮成形して、圧粉成形体を得る成形工程と、前記圧粉成形体を、不活性雰囲気中、550℃以上650℃以下で加熱する熱処理工程1と、さらに、酸化性雰囲気中、420℃以上530℃以下で加熱する熱処理工程2と、を含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧粉磁心の製造方法、および該製造方法を用いて得られる圧粉磁心に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁気部品用圧粉磁心は、製造工程においてハンドリング性が良好なことや、コイルにするための巻き線の際に破損しない十分な機械的強度を有することが重要である。これらの点を考慮して、圧粉磁心分野では、鉄粉粒子を電気絶縁物で被覆する技術が知られている。電気絶縁物で鉄粉粒子を被覆することで鉄粉粒子間が電気絶縁物を介して接着されるため、これを用いて得られる圧粉磁心は機械的強度が向上する。
【0003】
これまで、かかる電気絶縁物の形成材料として、耐熱性の高いシリコーン樹脂や、りん酸等から得られるガラス状化合物を利用する技術が開示されている(特許文献1)。
【0004】
また、本出願人は、鉄基軟磁性粉末表面に、特定の元素を含むりん酸系化成皮膜と、シリコーン樹脂皮膜とをこの順で形成することで、高磁束密度、低鉄損、高機械的強度の圧粉磁心を提供することに成功し、既に特許を受けている(特許文献2)。
【0005】
しかし、圧粉磁心の高性能化の要求は特許文献2の出願時に比べてさらに高まっており、従来にも増して、高磁束密度、低鉄損、高機械的強度の圧粉磁心が求められるようになっている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第2710152号公報
【特許文献2】特許第4044591号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、磁束密度、鉄損、及び機械的強度等の特性に一層優れた圧粉磁心を提供することを課題として掲げた。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、上記特許文献2では、圧粉磁心のヒステリシス損を低減するために、鉄基軟磁性粉末表面に、特定の元素を含むりん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜とをこの順で形成した圧粉磁心用鉄基軟磁性粉末を成形した後、不活性雰囲気中、400℃〜500℃で熱処理しているところ、当該熱処理を、加熱温度帯と熱処理雰囲気とが異なる二段階で行うことにより、上記課題が解決できることを見出し、本発明に至った。
【0009】
すなわち、上記課題を解決することのできた本発明の圧粉磁心の製造方法は、鉄基軟磁性粉末表面にりん酸系化成皮膜を有する圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末と潤滑剤とを混合した混合物を、圧縮成形して、圧粉成形体を得る成形工程と、前記圧粉成形体を、不活性雰囲気中、550℃以上650℃以下で加熱する熱処理工程1と、さらに、酸化性雰囲気中、420℃以上530℃以下で加熱する熱処理工程2と、を含むことを特徴とする。
【0010】
本発明において、前記圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末が、前記りん酸系化成皮膜の上にシリコーン樹脂皮膜を有していることや、前記不活性雰囲気が窒素雰囲気であること、前記酸化性雰囲気が大気雰囲気であること、及び前記潤滑剤がポリヒドロキシカルボン酸アミドであることは好ましい実施態様である。
【0011】
本発明には、上記の製造方法により得られることを特徴とする圧粉磁心も包含される。
【発明の効果】
【0012】
本発明の製造方法によれば、高磁束密度、低鉄損、高機械的強度の圧粉磁心を提供することができた。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の製造方法の特徴は、鉄基軟磁性粉末表面にりん酸系化成皮膜を有する圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末(以下、単に「圧粉成形体用鉄粉」と称する場合がある。)と潤滑剤とを混合した混合物を、圧縮成形して、圧粉成形体を得る成形工程と、前記圧粉成形体を、不活性雰囲気中、550℃以上650℃以下で加熱する熱処理工程1と、さらに、酸化性雰囲気中、420℃以上530℃以下で加熱する熱処理工程2と、を含むことを特徴とする。熱処理工程1によって潤滑剤の除去と歪みの除去がなされ、続く熱処理工程2によって、鉄基軟磁性粉末の表面が酸化されることとなる。その結果、りん酸系化成皮膜が鉄基軟磁性粉末表面と強固な結合を形成することになり、ひいては鉄基軟磁性粉末同士の結合力が向上して、得られる圧粉磁心の機械的強度を向上するものと推測される。以下、本発明を詳細に説明する。
【0014】
[鉄基軟磁性粉末]
本発明で用いる鉄基軟磁性粉末は、強磁性体の鉄基粉末であり、具体的には、純鉄粉、鉄基合金粉末(Fe−Al合金、Fe−Si合金、センダスト、パーマロイなど)、および鉄基アモルファス粉末等が挙げられる。これらの鉄基軟磁性粉末は、例えば、アトマイズ法によって溶融鉄(または溶融鉄合金)を微粒子とした後に還元し、次いで粉砕する等によって製造できる。このような製法では、ふるい分け法で評価される粒度分布で累積粒度分布が50%になる粒径(メジアン径)が20μm〜250μm程度の鉄基軟磁性粉末が得られるが、本発明で用いる鉄基軟磁性粉末は、粒径(メジアン径)が50μm〜150μm程度であることが好ましい。
【0015】
[りん酸系化成皮膜]
本発明で用いる圧粉成形体用鉄粉は、りん酸系化成皮膜を有している。これにより、圧粉成形体用鉄粉に電気絶縁性を付与することができる。
【0016】
りん酸系化成皮膜は、Pを含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜であればその組成は特に限定されるものではないが、P以外に、さらにCo、Na、Sを含む化合物や、Csおよび/またはAlを含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜であることが好ましい。これらの元素は、熱処理工程2の際に、酸素がFeと半導体を形成して、比抵抗を低下させるのを抑制するからである。
【0017】
りん酸系化成皮膜が、P以外に、上記Co等を含む化合物を用いて形成されるガラス状の皮膜である場合には、これらの元素の含有率は、圧粉成形体用鉄粉100質量%中、Pは0.005質量%〜1質量%、Coは0.005質量%〜0.1質量%、Naは0.002質量%〜0.6質量%、Sは0.001質量%〜0.2質量%であることが好ましい。また、Csは0.002質量%〜0.6質量%、Alは0.001質量%〜0.1質量%であることが好ましい。CsとAlとを併用する場合も、それぞれをこの範囲内とすることが好ましい。
【0018】
上記元素のうち、Pは酸素を介して鉄基軟磁性粉末表面と化学結合を形成する。従って、P量が0.005質量%未満の場合には、鉄基軟磁性粉末表面とりん酸系化成皮膜との化学結合量が不十分となり、強固な皮膜を形成しないおそれがある。一方、P量が1質量%を超える場合には、化学結合に関与しないPが未反応のまま残留し、かえって結合強度を低下させるおそれがある。
【0019】
Co、Na、S、Cs、Alは、熱処理工程2を行う際にFeと酸素が半導体を形成するのを阻害して、比抵抗が低下するのを抑制する作用を有する。Co、NaおよびSは、複合添加されることによってその効果を最大化させる。また、CsとAlはいずれか一方でも構わないが、各元素の下限値は、Co、NaおよびSの複合添加の効果を発揮させるための最低量である。また、Co、Na、S、Cs、Alは、必要以上に添加量を上げると複合添加時に相対的なバランスを維持できなくなるだけでなく、酸素を介したPと鉄基軟磁性粉末表面との化学結合の生成を阻害するものと考えられる。
【0020】
りん酸系化成皮膜には、MgやBが含まれていてもよい。これらの元素の含有率は、圧粉成形体用鉄粉100質量%中、Mg、B共に、0.001質量%〜0.5質量%であることが好適である。
【0021】
りん酸系化成皮膜の膜厚は、1nm〜250nm程度が好ましい。膜厚が1nmより薄いと絶縁効果が発現しない場合がある。また250nmを超えると、絶縁効果が飽和する上、圧粉成形体の高密度化の点からも望ましくない。より好ましい膜厚は、10nm〜50nmである。
【0022】
[りん酸系化成皮膜の形成方法]
本発明で用いる圧粉成形体用鉄粉は、いずれの態様で製造されてもよい。例えば、水および/または有機溶剤からなる溶媒に、Pを含む化合物を溶解させた溶液と、鉄基軟磁性粉末とを混合した後、必要に応じて前記溶媒を蒸発させて得ることができる。
【0023】
本工程で用いる溶媒としては、水や、アルコールやケトン等の親水性有機溶剤、及びこれらの混合物が挙げられる。溶媒中には公知の界面活性剤を添加してもよい。
【0024】
Pを含む化合物としては、例えばオルトりん酸(H3PO4)が挙げられる。また、りん酸系化成皮膜が上記の組成となるようにするための化合物としては、例えば、Co3(P
42(CoおよびP源)、Co3(PO42・8H2O(CoおよびP源)、Na2HPO4(PおよびNa源)、NaH2PO4(PおよびNa源)、NaH2PO4・nH2O(PおよびNa源)、Al(H2PO43(PおよびAl源)、Cs2SO4(CsおよびS源)、H2SO4(S源)、MgO(Mg源)、H3BO3(B源)等が使用可能である。なかでも、りん酸二水素ナトリウム塩(NaH2PO4)をP源やNa源として用いると、密度、強度、比抵抗についてバランスのとれた圧粉磁心を得ることができる。
【0025】
鉄基軟磁性粉末に対するPを含む化合物の添加量は、形成されるりん酸系化成皮膜の組成が上記の範囲になるものであればよい。例えば、固形分が0.01質量%〜10質量%程度となるように調製したPを含む化合物や、必要に応じて皮膜に含ませようとする元素を含む化合物の溶液を、鉄基軟磁性粉末100質量部に対し1〜10質量部程度添加して、公知のミキサー、ボールミル、ニーダー、V型混合機、造粒機等の混合機で混合することによって、形成されるりん酸系化成皮膜の組成を上記の範囲内にすることができる。
【0026】
また必要に応じて、上記混合工程の後、大気中、減圧下、または真空下で、150℃〜250℃で乾燥してもよい。乾燥後には、目開き200μm〜500μm程度の篩を通過させてもよい。上記工程を経ることで、りん酸系化成皮膜が形成された圧粉成形体用鉄粉が得られる。
【0027】
[シリコーン樹脂皮膜]
本発明の圧粉成形体用鉄粉は、前記りん酸系化成皮膜の上にさらにシリコーン樹脂皮膜を有していてもよい。これにより、シリコーン樹脂の架橋・硬化反応終了時(圧縮時)には、粉末同士が強固に結合する。また、耐熱性に優れたSi−O結合を形成して、絶縁皮膜の熱的安定性を向上できる。
【0028】
シリコーン樹脂としては、硬化が遅いものでは粉末がべとついて皮膜形成後のハンドリング性が悪いので、二官能性のD単位(R2SiX2:Xは加水分解性基)よりは、三官能性のT単位(RSiX3:Xは前記と同じ)を多く持つものが好ましい。しかし、四官能性のQ単位(SiX4:Xは前記と同じ)が多く含まれていると、予備硬化の際に粉末同士が強固に結着してしまい、後の成形工程が行えなくなるため好ましくない。よって、シリコーン樹脂のT単位は60モル%以上(より好ましくは80モル%以上、最も好ましくは100モル%)であることが好ましい。
【0029】
また、シリコーン樹脂としては、上記Rがメチル基またはフェニル基となっているメチルフェニルシリコーン樹脂が一般的で、フェニル基を多く持つ方が耐熱性は高いとされているが、本発明で採用するような高温の熱処理条件では、フェニル基の存在はそれほど有効とは言えなかった。フェニル基の嵩高さが、緻密なガラス状網目構造を乱して、熱的安定性や鉄との化合物形成阻害効果を逆に低減させるのではないかと考えられる。よって、本発明では、メチル基が50モル%以上のメチルフェニルシリコーン樹脂(例えば、信越化学工業社製のKR255、KR311等)を用いることが好ましく、70モル%以上(例えば、信越化学工業社製のKR300等)がより好ましく、フェニル基を全く持たないメチルシリコーン樹脂(例えば、信越化学工業社製のKR251、KR400、KR220L、KR242A、KR240、KR500、KC89等や、東レ・ダウコーニング社製のSR2400等)が最も好ましい。なお、シリコーン樹脂(皮膜)のメチル基とフェニル基の比率や官能性については、FT−IR等で分析可能である。
【0030】
シリコーン樹脂皮膜の付着量は、りん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜とがこの順で形成された圧粉成形体用鉄粉を100質量%としたとき、0.05質量%〜0.3質量%となるように調整することが好ましい。シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.05質量%より少ないと、圧粉成形体用鉄粉は絶縁性に劣り、電気抵抗が低くなる。また、シリコーン樹脂皮膜の付着量が0.3質量%より多い場合には、得られる圧粉成形体の高密度化が達成しにくい。
【0031】
シリコーン樹脂皮膜の厚みとしては、1nm〜200nmが好ましい。より好ましい厚みは20nm〜150nmである。また、りん酸系化成皮膜とシリコーン樹脂皮膜との合計厚みは250nm以下とすることが好ましい。厚みが250nmを超えると、磁束密度の低下が大きくなる場合がある。
【0032】
[シリコーン樹脂皮膜の形成方法]
シリコーン樹脂皮膜の形成は、例えば、シリコーン樹脂をアルコール類や、トルエン、キシレン等の石油系有機溶剤等に溶解させたシリコーン樹脂溶液と、りん酸系化成皮膜を有する鉄基軟磁性粉末(以下、便宜上、単に「りん酸系皮膜形成鉄粉」と称する場合がある。)とを混合し、次いで必要に応じて前記有機溶剤を蒸発させることによって行うことができる。
【0033】
りん酸系皮膜形成鉄粉に対するシリコーン樹脂の添加量は、形成されるシリコーン樹脂皮膜の付着量が上記の範囲になるものであればよい。例えば、固形分が大体2質量%〜10質量%になるように調製した樹脂溶液を、前記したりん酸系化成皮膜形成鉄粉100質量部に対し、0.5〜10質量部程度添加して混合し、乾燥すればよい。樹脂溶液の添加量が0.5質量部より少ないと混合に時間がかかったり、皮膜が不均一になるおそれがある。一方、樹脂溶液の添加量が10質量部を超えると乾燥に時間がかかったり、乾燥が不充分になるおそれがある。樹脂溶液は適宜加熱しておいても構わない。混合機は前記したものと同様のものが使用可能である。
【0034】
乾燥工程では、用いた有機溶剤が揮発する温度で、かつ、シリコーン樹脂の硬化温度未満に加熱して、有機溶剤を充分に蒸発揮散させることが望ましい。具体的な乾燥温度としては、上記したアルコール類や石油系有機溶剤の場合は、60℃〜80℃程度が好適である。乾燥後には、凝集ダマを除くために、目開き300μm〜500μm程度の篩を通過させておくことが好ましい。
【0035】
乾燥後には、シリコーン樹脂皮膜が形成された圧粉成形体用鉄粉(以下、便宜上、単に「シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉」と称する場合がある。)を加熱して、シリコーン樹脂皮膜を予備硬化させることが推奨される。予備硬化とは、シリコーン樹脂皮膜の硬化時における軟化過程を粉末状態で終了させる処理である。この予備硬化処理によって、温間成形時(100〜250℃程度)にシリコーン樹脂皮膜形成鉄粉の流れ性を確保することができる。具体的な手法としては、シリコーン樹脂皮膜形成鉄粉を、このシリコーン樹脂の硬化温度近傍で短時間加熱する方法が簡便であるが、薬剤(硬化剤)を用いる手法も利用可能である。予備硬化と、硬化(予備ではない完全硬化)処理との違いは、予備硬化処理では、粉末同士が完全に接着固化することなく、容易に解砕が可能であるのに対し、粉末の成形後に行う高温加熱硬化処理では、樹脂が硬化して粉末同士が接着固化する点である。完全硬化処理によって成形体強度が向上する。
【0036】
上記したように、シリコーン樹脂を予備硬化させた後、解砕することで、流動性に優れた粉末が得られ、圧縮成形の際に成形型へ、砂のように投入することができるようになる。予備硬化させないと、例えば温間成形の際に粉末同士が付着して、成形型への短時間での投入が困難となることがある。実操業上、ハンドリング性の向上は非常に有意義である。また、予備硬化させることによって、得られる圧粉磁心の比抵抗が非常に向上することが見出されている。この理由は明確ではないが、硬化の際に圧粉成形体用鉄粉同士の密着性が上がるためではないかと考えられる。
【0037】
短時間加熱法によって予備硬化を行う場合、100〜200℃で5〜100分の加熱処理を行うとよい。130〜170℃で10〜30分がより好ましい。予備硬化後も、前記したように、篩を通過させておくことが好ましい。
【0038】
[潤滑剤]
本発明の圧粉成形体用鉄粉には、さらに潤滑剤が混合されている。この潤滑剤の作用により、圧粉成形体用鉄粉を圧縮成形する際の鉄粉間、あるいは鉄粉と成形型内壁間の摩擦抵抗を低減でき、成形体の型かじりや成形時の発熱を防止することができる。このような効果を有効に発揮させるためには、圧粉成形体用鉄粉と潤滑剤との混合物全量中、潤滑剤が0.2質量%以上含有されていることが好ましい。しかし、潤滑剤量が多くなると、圧粉成形体の高密度化に反するため、0.8質量%以下にとどめることが好ましい。また、圧縮成形する際に、成形型内壁面に潤滑剤を塗布した後、成形するような場合(型潤滑成形)には、0.2質量%より少ない潤滑剤量でも構わない。
【0039】
潤滑剤としては、従来から公知のものを使用すればよく、具体的には、ステアリン酸亜鉛、ステアリン酸リチウム、ステアリン酸カルシウム等のステアリン酸の金属塩粉末、ポリヒドロキシカルボン酸アミド、エチレンビスステアリルアミドや(N−オクタデセニル)ヘキサデカン酸アミド等の脂肪酸アミド、パラフィン、ワックス、天然または合成樹脂誘導体等が挙げられる。なかでも、ポリヒドロキシカルボン酸アミドや脂肪酸アミドが好ましい。これらの潤滑剤は単独で用いても、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0040】
ポリヒドロキシカルボン酸アミドとしては、WO2005/068588号公報に記載のCmm+1(OH)m−CONH−Cn2n+1(mは2または5、nは6から24の整数)が挙げられる。
【0041】
より具体的には、下記のポリヒドロキシカルボン酸アミドが挙げられる。
(1)n−C23(OH)2−CONH−n−C613
(N−ヘキシル)グリセリン酸アミド
(2)n−C23(OH)2−CONH−n−C817
(N−オクチル)グリセリン酸アミド
(3)n−C23(OH)2−CONH−n−C1837
(N−オクタデシル)グリセリン酸アミド
(4)n−C23(OH)2−CONH−n−C835
(N−オクタデセニル)グリセリン酸アミド
(5)n−C23(OH)2−CONH−n−C2245
(N−ドコシル)グリセリン酸アミド
(6)n−C23(OH)2−CONH−n−C2449
(N−テトラコシル)グリセリン酸アミド
(7)n−C56(OH)5−CONH−n−C613
(N−ヘキシル)グルコン酸アミド
(8)n−C56(OH)5−CONH−n−C817
(N−オクチル)グルコン酸アミド
(9)n−C56(OH)5−CONH−n−C1837
(N−オクタデシル)グルコン酸アミド
(10)n−C56(OH)5−CONH−n−C1835
(N−オクタデセニル)グルコン酸アミド
(11)n−C56(OH)5−CONH−n−C2245
(N−ドコシル)グルコン酸アミド
(12)n−C56(OH)5−CONH−n−C2449
(N−テトラコシル)グルコン酸アミド
【0042】
[圧縮成形]
圧粉成形体は、上記圧粉成形体用鉄粉を圧縮成形することにより得られる。圧縮成形法は特に限定されず、従来公知の方法が採用可能である。
【0043】
圧縮成形の好適条件は、面圧で、490MPa〜1960MPa、より好ましくは790MPa〜1180MPaである。特に、980MPa以上の条件で圧縮成形を行うと、最終的な密度が7.50g/cm3以上である圧粉磁心を得やすく、高強度で磁気特性(磁束密度)の良好な圧粉磁心が得られるため好ましい。成形温度は、室温成形、温間成形(100〜250℃)いずれも可能である。型潤滑成形で温間成形を行う方が、より高強度の圧粉磁心が得られるため、好ましい。圧粉磁心の強度の目安としては、後述する実施例における測定方法で測定した抗折強度が、100MPa以上が好ましく、120MPa以上がより好ましい。
【0044】
[熱処理工程1]
本発明の製造方法では、圧粉成形後の圧粉成形体を、不活性雰囲気中、550℃以上650℃以下で加熱する工程(熱処理工程1)を含む。当該工程により、潤滑剤を熱分解して除去したり、圧粉成形体の歪みを取ることができる。
【0045】
熱処理工程1は、具体的には、例えば、耐圧容器内に圧粉成形体を投入した後、容器内に不活性ガスを封入して、容器内を不活性ガスで飽和させた後に、容器内を上記温度範囲内に加熱して行う方法が挙げられる。
【0046】
熱処理工程1を不活性雰囲気中で行うことにより、当該工程1中に上記圧粉成形用鉄粉表面が酸化するのを防ぐことができる。不活性ガスとしては、窒素、ヘリウムやアルゴン等の希ガス、真空などが挙げられる。なかでも窒素や、分解した潤滑剤を効率よく除去できることから真空が好ましい。また、不活性雰囲気中には、熱処理工程1の目的を阻害しない範囲において、不活性ガス以外の他のガスが含まれていてもよい。
【0047】
熱処理工程1を行うことにより、潤滑剤を熱分解して取り除くことができる。また、熱処理工程1を上記温度範囲内(550℃以上650℃以下)で行うことにより、りん酸系化成皮膜(絶縁皮膜)が破壊されることを防ぎつつ、圧粉成形体の歪みを取ることができる。熱処理工程1を、550℃より低温で行った場合には、歪みが残留すること(歪み取りが不十分)となって、成形によって発生したヒステリシス損の増加を充分に低減させることができない場合がある。また、熱処理工程1を650℃より高温で行った場合には、鉄粉表面のりん酸系化成皮膜(絶縁皮膜)は加熱に伴って薄肉化する傾向があるため、りん酸鉄皮膜(絶縁皮膜)が破壊され、渦電流損(保磁力に相当する)が増加し、結果的に、得られる圧粉磁心の鉄損が上昇する場合がある。熱処理工程1の加熱温度は、580℃以上(より好ましくは590℃以上)が好ましく、640℃以下(より好ましくは630℃以下)が好ましい。
【0048】
加熱時間は、20分以上(より好ましくは25分以上)が好ましい。加熱時間が短い場合には、熱処理工程1による上記効果を十分に享受できない場合がある。加熱時間は歪み取りの点からは長い方が好ましいが、長時間に亘って高温の熱処理を行うと上記したようにりん酸系化成皮膜の薄肉化が生じて絶縁性が低下するため、例えば、180分以下(より好ましくは60分以下、さらに好ましくは35分以下)が好ましい。
【0049】
[熱処理工程2]
本発明の製造方法では、上記熱処理工程1に続いて、酸化性雰囲気中、420℃以上530℃以下で加熱する工程(熱処理工程2)を含む。当該工程により、圧粉成形用鉄粉表面が酸化され、圧粉成形用鉄粉表面とりん酸系化成皮膜との結合が強固になると共に、りん酸系化成皮膜同士の結合も強固になり、得られる圧粉磁心の機械的強度が向上する。
【0050】
熱処理工程2は、具体的には、例えば、熱処理工程1の終了後に圧粉成形体を冷却し、次いで耐圧容器内を酸化性ガスで置換して、容器内を酸化性ガスで飽和させた後に、容器内を上記温度範囲内に加熱あるいは維持して行う方法が挙げられる。
【0051】
酸化性ガスとしては、大気、酸素、オゾン、水蒸気などから選択される少なくとも1種以上が挙げられる。なかでも、製造コストの観点から、大気が好ましい。
【0052】
熱処理工程2を上記温度範囲内(420℃以上530℃以下)で行うことにより、りん酸系化成皮膜(絶縁皮膜)が破壊されることを防ぎつつ、圧粉成形用鉄粉の表面を十分に酸化することができる。熱処理工程2を420℃より低温で行った場合には、圧粉成形体の内部まで酸化を進行させるのに長時間を要する場合がある。また、熱処理工程2を530℃より高温で行った場合には、圧粉成形用鉄粉と絶縁皮膜(りん酸系化成皮膜)との界面強度が低下して、圧粉磁心の機械的強度が低下する場合がある。また、圧粉成形体表面での酸化が短時間で進んで、鉄粉間の隙間(圧粉成形体の内部)まで十分に酸化させることができない場合がある。熱処理工程2の加熱温度は、低温が好ましく、420℃〜450℃が好ましい。低温で熱処理工程2を行うことにより、鉄粉表面の酸化速度を適度に調節できることから、圧粉成形体の内部まで十分に酸化させることができる。
【0053】
加熱時間は、10分以上(より好ましくは25分以上)が好ましい。加熱時間が短い場合には、熱処理工程2の上記効果を十分に享受できない場合がある。加熱時間は圧粉成形体を十分に酸化する点から長い方が好ましいが、長時間に亘って高温の熱処理を行うと上記したようにりん酸系化成皮膜の薄肉化が生じて絶縁性が低下するため、例えば、180分以下(より好ましくは60分以下、さらに好ましくは35分以下)が好ましい。
【0054】
上記した条件で熱処理工程1及び熱処理工程2を行うと、渦電流損(保磁力に相当する)を増大させることなく、高い電気絶縁性、すなわち、高い比抵抗を有する圧粉磁心を製造することができる。
【0055】
[圧粉磁心]
圧粉成形体を酸化処理した後は、冷却して常温に戻せば本発明の圧粉磁心が得られる。
【実施例】
【0056】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は本発明を制限するものではなく、前・後記の趣旨を逸脱しない範囲で変更実施をすることは全て本発明の技術的範囲に包含される。なお、特に断らない限り、「部」は「質量部」を、「%」は「質量%」をそれぞれ意味する。
【0057】
実施例1
(成形工程)
軟磁性粉末として純鉄粉(神戸製鋼所製;アトメル300NH;平均粒径80〜100μm)を、また、りん酸鉄化成皮膜用処理液として、水:50部、Na2HPO4:30部、H3PO4:10部、(NH2OH)2・H2SO4:10部、Co3(PO42:10部を混合して、さらに水で10倍に希釈した処理液(りん酸濃度1.5質量%)を用いた。
【0058】
目開き300μmの篩を通した上記純鉄粉1kgに、上記処理液50mlを添加し、V型混合機を用いて30分以上混合した後、大気中、200℃で30分乾燥し、目開き300μmの篩を通した。
【0059】
次に、メチル基が100モル%、T単位が100モル%であるシリコーン樹脂「KR220L」(信越化学工業社製)をトルエンに溶解させて、4.8%の固形分濃度の樹脂溶液を作製した。この樹脂溶液を上記鉄粉に対して樹脂固形分が0.15質量%となるように添加混合し、オーブン炉で大気中、75℃、30分間加熱して乾燥した後、目開き300μmの篩を通した。その後、150℃で30分間、予備硬化を行った。
【0060】
続いて、潤滑剤として、ポリヒドロキシカルボン酸アミドとしてのC56(OH)5−CONH−C1837が70%、脂肪酸アミドとしてのC1531−CONH−C1835が30%(いずれも日本精化社製)となるように混合した混合物を、鉄粉に対して0.2%となるように添加して混合した後、金型に圧粉成形体用鉄粉を入れ、面圧980MPaで室温(25℃)での圧縮成形を行って、圧粉成形体を得た。
【0061】
(熱処理工程1及び2)
その後、表1に記載の条件にて熱処理工程1及び2を施して、圧粉磁心を作製した。昇温速度は約5℃/分とした。
【0062】
熱処理後に得られた圧粉磁心の密度、抗折強度、磁束密度、および鉄損を測定し、表1に示した。測定方法は以下の通りである。
【0063】
(実施例2〜5、比較例1〜9)
実施例1で得た圧粉成形体を用いて、表1に記載の熱処理を施して、圧粉磁心を作製した。
【0064】
[密度]
圧粉磁心の質量および大きさを実測し、計算で求めた。
【0065】
[抗折強度]
抗折強度は3点曲げ試験を行って測定した。測定には引張試験機(島津製作所製「AUTOGRAPH AG−5000E」)を使用した。抗折強度が120MPa以上の場合を◎、100MPa以上120MPa未満の場合を○、100MPa未満の場合を×と評価した。
【0066】
[磁束密度]
圧粉磁心に1次巻き線400ターン、2次巻き線25ターンの巻き線を行った後、理研電子製のB−H特性自動記録装置「BHS−40S」を用いて、励磁磁場10000A/mでの磁束密度を測定した。磁束密度が1.55テスラ(T)以上の場合を○、1.55テスラ(T)未満の場合を×と評価した。
【0067】
[鉄損]
圧粉磁心に1次巻き線400ターン、2次巻き線25ターンの巻き線を行った後、横河電機製の自動磁気測定装置によって、励磁磁束密度1.0T、周波数400Hzで鉄損を測定した。鉄損が38(ワット/質量(W/kg))以下の場合を◎、38(W/kg)超42(W/kg)以下の場合を○、42(W/kg)超の場合を×と評価した。
【0068】
【表1】

【0069】
実施例1〜5と比較例1との比較から、圧粉成形体について、窒素雰囲気中での熱処理に続いて酸化性雰囲気中での熱処理を行うことにより、抗折強度に優れた圧粉磁心が得られることが分かる。
【0070】
実施例1〜5と比較例2及び3との比較から、熱処理工程1の処理温度が低い(550℃未満)場合には、得られる圧粉磁心の鉄損が大きくなることが分かる。
【0071】
実施例1〜5と比較例4〜6との比較から、熱処理工程2の処理温度が高い(530℃超)場合には、得られる圧粉磁心の抗折強度が低くなることが分かる。
【0072】
実施例1〜5と比較例7〜8との比較から、熱処理工程1を酸化性雰囲気中で行った場合にも、得られる圧粉磁心の抗折強度が低くなることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0073】
本発明の圧粉磁心の製造方法によれば、機械的強度に優れた圧粉磁心を製造することができる。この圧粉磁心は、モータのロータやステータのコアとして有用である。


【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄基軟磁性粉末表面にりん酸系化成皮膜を有する圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末と潤滑剤とを混合した混合物を、圧縮成形して、圧粉成形体を得る成形工程と、
前記圧粉成形体を、不活性雰囲気中、550℃以上650℃以下で加熱する熱処理工程1と、
さらに、酸化性雰囲気中、420℃以上530℃以下で加熱する熱処理工程2と、
を含むことを特徴とする圧粉磁心の製造方法。
【請求項2】
前記圧粉成形体用鉄基軟磁性粉末が、前記りん酸系化成皮膜の上にシリコーン樹脂皮膜を有している請求項1に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項3】
前記不活性雰囲気が窒素雰囲気である請求項1または2に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項4】
前記酸化性雰囲気が大気雰囲気である請求項1から3のいずれか一項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項5】
前記潤滑剤がポリヒドロキシカルボン酸アミドである請求項1から4のいずれか一項に記載の圧粉磁心の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか一項に記載の製造方法により得られることを特徴とする圧粉磁心。


【公開番号】特開2012−134244(P2012−134244A)
【公開日】平成24年7月12日(2012.7.12)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−283602(P2010−283602)
【出願日】平成22年12月20日(2010.12.20)
【出願人】(000001199)株式会社神戸製鋼所 (5,860)
【Fターム(参考)】