説明

垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体

【課題】本発明は、媒体保護層の成膜時に加熱しても、保磁力Hcと信頼性の両方を、より高いレベルで両立させることが可能な垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体を提供することを目的としている。
【解決手段】ディスク基体110上に少なくとも、柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層である磁気記録層122bと、水素化カーボンを主成分とする媒体保護層126とを、この順に備える垂直磁気記録媒体100の製造方法において、磁気記録層122bを、粒界部が複数の種類の酸化物を含有するように成膜する磁気記録層成膜工程(ステップS310)と、磁気記録層122bが成膜されたディスク基体110を160〜200℃に加熱した状態で媒体保護層126を成膜する媒体保護層成膜工程(ステップS330)とを含むことを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDD(ハードディスクドライブ)などに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
近年の情報処理の大容量化に伴い、各種の情報記録技術が開発されている。特に磁気記録技術を用いたHDDの面記録密度は年率100%程度の割合で増加し続けている。最近では、HDD等に用いられる2.5インチ径磁気ディスクにして、1枚あたり160GBを超える情報記録容量が求められるようになってきており、このような要請にこたえるためには1平方インチあたり250GBitを超える情報記録密度を実現することが求められる。
【0003】
HDD等に用いられる磁気ディスクにおいて高記録密度を達成するために、近年、垂直磁気記録方式の磁気ディスク(垂直磁気記録ディスク)が提案されている。従来の面内磁気記録方式は磁気記録層の磁化容易軸が基体面の面内方向に配向されていたが、垂直磁気記録方式は磁化容易軸が基体面に対して垂直方向に配向するよう調整されている。垂直磁気記録方式は面内記録方式に比べて、高密度記録時に、より熱揺らぎ現象を抑制することができるので、高記録密度化に対して好適である。
【0004】
従来、磁気記録層としては、CoCrPt−SiOやCoCrPt−TiOが広く用いられている。Coはhcp構造(六方最密結晶格子)の結晶が柱状に成長し、CrおよびSiO(またはTiO)が偏析して非磁性の粒界を形成する。かかるグラニュラー構造を用いることにより、物理的に独立した微細な磁性粒子を形成しやすく、高記録密度を達成しやすい。
【0005】
記録密度をより高める従来技術として、例えば特許文献1に記載の垂直磁気記録媒体は、磁気記録層を2層備え、これによって保磁力Hcを向上させて記録密度を高めている。ただし、各層とも、含有する酸化物は1種類(SiO)であり、組成比が各層で異なる。
【0006】
垂直磁気記録媒体では、磁気ヘッドが垂直磁気記録媒体に衝突した際、磁気記録層の表面が傷つかないように保護する媒体保護層が設けられる。媒体保護層は、カーボンオーバーコート(COC)、即ち、カーボン被膜によって高硬度な被膜を形成する。媒体保護層には、当該カーボン被膜は、硬いダイヤモンドライク結合と、柔らかいグラファイト結合とが混在しているものもある(例えば、特許文献2)。また、ダイヤモンドライク結合保護膜を、CVD(Chemical Vapour Deposition)法によって製造する技術も開示されている(例えば、特許文献3)。
【0007】
一方、垂直磁気記録媒体の耐衝撃性や耐摩耗性、耐食性等の信頼性を高めるには、磁気記録層の上に成膜される水素化カーボンを主成分とする媒体保護層の、ラマンスペクトルによる分光比Dh/Ghを高めることが有効であることが知られている。媒体保護層のDh/Ghを高めるには、磁気記録層が成膜されたディスク基体を、媒体保護層成膜時に加熱することが有効であることが知られている(例えば、特許文献4)。
【特許文献1】特開2006−155861号公報
【特許文献2】特開平10−11734号公報
【特許文献3】特開2006−114182号公報
【特許文献4】特開2005−149553号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかし、媒体保護層の成膜時の加熱温度が高くなり過ぎると、たとえ媒体保護層の耐久性が向上しても、保磁力Hcは低下してしまう。これは、磁気記録層のグラニュラー構造が過度な加熱によって破壊されてしまうからだと考えられている。このように、保磁力Hcと信頼性とはトレードオフの関係にある。
【0009】
本発明は、垂直磁気記録媒体の上記問題点に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、加熱しても、保磁力を高く維持しておくことが可能で、保磁力Hcと信頼性の両方を、より高いレベルで両立させることが可能な垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するために、本発明の発明者らが鋭意検討したところ、磁気記録層の粒界部に複数の酸化物(以下「複合酸化物」と呼ぶ)を含有させることにより、単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層と比較して、保磁力Hcを高くすることができ、加熱しても、保磁力をより高く維持しておくことが可能であることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0011】
すなわち上記課題を解決するために、本発明の代表的な構成は、基体上に少なくとも、柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層である磁気記録層と、水素化カーボンを主成分とする媒体保護層とを、この順に備える垂直磁気記録媒体の製造方法において、磁気記録層を、粒界部が複数の種類の酸化物を含有するように成膜する磁気記録層成膜工程と、磁気記録層が成膜された基体を160〜200℃に加熱した状態で媒体保護層を成膜する媒体保護層成膜工程とを含むことを特徴とする。
【0012】
上記構成によれば、保磁力Hcと信頼性とはトレードオフの関係にあるところ、複数の種類の酸化物を含有する磁気記録層は、単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層と比較すると、もともと保磁力Hcが高く、同一の温度まで加熱しても、保磁力Hcを高く維持しておくことが可能である。したがって、上記の温度で加熱すれば、保磁力Hcと信頼性の両方を、より高いレベルで両立させることが可能である。
【0013】
上記課題を解決するために、本発明の他の代表的な構成は、基体上に少なくとも、柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層である磁気記録層と、水素化カーボンを主成分とする媒体保護層とをこの順に備える垂直磁気記録媒体において、粒界部は、複数の種類の酸化物を含有し、媒体保護層は、磁気記録層が成膜された基体を160〜200℃に加熱した状態で成膜されていることを特徴とする。
【0014】
磁気記録層の保磁力Hcは5000(Oe)以上であり、波長514.5nmのアルゴンイオンレーザ光により前記媒体保護層を励起して得られる波数900cm−1〜波数1800cm−1におけるラマンスペクトルから蛍光を除いたスペクトルの1350cm−1付近に現れるDピークDhと1520cm−1付近に現れるGピークGhとをガウス関数により波形分離したときのピーク比Dh/Ghは0.75〜0.95としてよい。垂直磁気記録層の信頼性を高く保つためである。
【0015】
上記の複数の種類の酸化物は、SiOとTiOとしてよい。これらの酸化物によって保磁力Hcが向上するからである。
【0016】
上記の垂直磁気記録媒体は、磁気記録層の下に下方磁気記録層をさらに備え、下方磁気記録層は柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層であり、下方磁気記録層の粒界部は、1つ以上の種類の酸化物を含有してよい。
【0017】
このように磁気記録層を2層にすることによって、保磁力Hcをより高く保つことが可能だからである。
【0018】
上述した、垂直磁気記録媒体の製造方法の技術的思想に基づく構成要素やその説明は、当該垂直磁気記録媒体にも適用可能である。
【発明の効果】
【0019】
本発明にかかる垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体によれば、保磁力Hcと信頼性の両方を、より高いレベルで両立させることが可能な垂直磁気記録媒体を提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0020】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。かかる実施形態に示す寸法、材料、その他具体的な数値などは、発明の理解を容易とするための例示にすぎず、特に断る場合を除き、本発明を限定するものではない。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能、構成を有する要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略し、また本発明に直接関係のない要素は図示を省略する。
【0021】
(実施形態)
本発明にかかる垂直磁気記録媒体の実施形態について説明する。図1は本実施形態にかかる垂直磁気記録媒体100の構成を説明する図である。図1に示す垂直磁気記録媒体100は、基体としてのディスク基体110、付着層112、第1軟磁性層114a、スペーサ層114b、第2軟磁性層114c、前下地層116、第1下地層118a、第2下地層118b、非磁性グラニュラー層120、磁気記録層122b、連続層124、媒体保護層126、潤滑層128で構成されている。なお第1軟磁性層114a、スペーサ層114b、第2軟磁性層114cは、あわせて軟磁性層114を構成する。第1下地層118aと第2下地層118bはあわせて下地層118を構成する。
【0022】
以下に説明するように、本実施形態に示す垂直磁気記録媒体100は、磁気記録層122bに複数の種類の酸化物(複合酸化物)を含有させることにより、非磁性の粒界に複合酸化物を偏析させている。
【0023】
ディスク基体110は、アモルファスのアルミノシリケートガラスをダイレクトプレスで円板状に成型したガラスディスクを用いることができる。なおガラスディスクの種類、サイズ、厚さ等は特に制限されない。ガラスディスクの材質としては、例えば、アルミノシリケートガラス、ソーダライムガラス、ソーダアルミノケイ酸ガラス、アルミノボロシリケートガラス、ボロシリケートガラス、石英ガラス、チェーンシリケートガラス、又は、結晶化ガラス等のガラスセラミックなどが挙げられる。このガラスディスクに研削、研磨、化学強化を順次施し、化学強化ガラスディスクからなる平滑な非磁性のディスク基体110を得ることができる。
【0024】
ディスク基体110上に、DCマグネトロンスパッタリング法にて付着層112から連続層124まで順次成膜を行い、媒体保護層126はCVD法により成膜することができる。この後、潤滑層128をディップコート法により形成することができる。なお、生産性が高いという点で、インライン型成膜方法を用いることも好ましい。以下、各層の構成および製造方法について説明する。
【0025】
付着層112は非晶質の下地層であって、ディスク基体110に接して形成され、この上に成膜される軟磁性層114とディスク基体110との剥離強度を高める機能と、この上に成膜される各層の結晶グレインを微細化及び均一化させる機能を備えている。付着層112は、ディスク基体110がアモルファスガラスからなる場合、そのアモルファスガラス表面に対応させる為にアモルファスの合金膜とすることが好ましい。
【0026】
付着層112としては、例えばCrTi系非晶質層、CoW系非晶質層、CrW系非晶質層、CrTa系非晶質層、CrNb系非晶質層から選択することができる。中でもCoW系合金膜は、微結晶を含むアモルファス金属膜を形成するので特に好ましい。付着層112は単一材料からなる単層でも良いが、複数層を積層して形成してもよい。例えばCrTi層の上にCoW層またはCrW層を形成してもよい。またこれらの付着層112は、二酸化炭素、一酸化炭素、窒素、又は酸素を含む材料によってスパッタを行うか、もしくは表面層をこれらのガスで暴露したものであることが好ましい。
【0027】
軟磁性層114は、垂直磁気記録方式において記録層に垂直方向に磁束を通過させるために、記録時に一時的に磁路を形成する層である。軟磁性層114は第1軟磁性層114aと第2軟磁性層114cの間に非磁性のスペーサ層114bを介在させることによって、AFC(Antiferro-magnetic exchange coupling:反強磁性交換結合)を備えるように構成することができる。これにより軟磁性層114の磁化方向を高い精度で磁路(磁気回路)に沿って整列させることができ、磁化方向の垂直成分が極めて少なくなるため、軟磁性層114から生じるノイズを低減することができる。第1軟磁性層114a、第2軟磁性層114cの組成としては、CoTaZrなどのコバルト系合金、CoCrFeB、FeCoTaZrなどのCo−Fe系合金、[Ni−Fe/Sn]n多層構造のようなNi−Fe系合金などを用いることができる。
【0028】
前下地層116は非磁性の合金層であり、軟磁性層114を防護する作用と、この上に成膜される下地層118に含まれる六方細密充填構造(hcp構造)の磁化容易軸をディスク垂直方向に配向させる機能を備える。前下地層116は面心立方構造(fcc構造)の(111)面がディスク基体110の主表面と平行となっていることが好ましい。また前下地層116は、これらの結晶構造とアモルファスとが混在した構成としてもよい。前下地層の材質としては、Ni、Cu、Pt、Pd、Zr、Hf、Nb、Taから選択することができる。さらにこれらの金属を主成分とし、Ti、V、Ta、Cr、Mo、Wのいずれか1つ以上の添加元素を含む合金としてもよい。例えばNiW、CuW、CuCr、Taを好適に選択することができる。
【0029】
下地層118はhcp構造であって、磁気記録層122bのCoのhcp構造の結晶をグラニュラー構造として成長させる作用を有している。したがって、下地層118の結晶配向性が高いほど、すなわち下地層118の結晶の(0001)面がディスク基体110の主表面と平行になっているほど、磁気記録層122bの配向性を向上させることができる。下地層の材質としてはRuが代表的であるが、その他に、RuCr、RuCoから選択することができる。Ruはhcp構造をとり、また結晶の格子間隔がCoと近いため、Coを主成分とする磁気記録層を良好に配向させることができる。
【0030】
下地層118をRuとした場合において、スパッタ時のガス圧を変更することによりRuからなる2層構造とすることができる。具体的には、上層側の第2下地層118bを形成する際に、下層側の第1下地層118aを形成するときよりもArのガス圧を高くする。ガス圧を高くするとスパッタリングされるプラズマイオンの自由移動距離が短くなるため、成膜速度が遅くなり、結晶配向性を改善することができる。また高圧にすることにより、結晶格子の大きさが小さくなる。Ruの結晶格子の大きさはCoの結晶格子よりも大きいため、Ruの結晶格子を小さくすればCoのそれに近づき、Coのグラニュラー層の結晶配向性をさらに向上させることができる。
【0031】
非磁性グラニュラー層120は非磁性のグラニュラー層である。下地層118のhcp結晶構造の上に非磁性のグラニュラー層を形成し、この上に磁気記録層122bのグラニュラー層を成長させることにより、磁性のグラニュラー層を初期成長の段階(立ち上がり)から分離させる作用を有している。非磁性グラニュラー層120の組成は、Co系合金からなる非磁性の結晶粒子の間に、非磁性物質を偏析させて粒界を形成することにより、グラニュラー構造とすることができる。特にCoCr−SiO、CoCrRu−SiOを好適に用いることができ、さらにRuに代えてRh(ロジウム)、Pd(パラジウム)、Ag(銀)、Os(オスミウム)、Ir(イリジウム)、Au(金)も利用することができる。また非磁性物質とは、磁性粒(磁性グレイン)間の交換相互作用が抑制、または、遮断されるように、磁性粒の周囲に粒界部を形成しうる物質であって、コバルト(Co)と固溶しない非磁性物質であればよい。例えば酸化珪素(SiOx)、クロム(Cr)、酸化クロム(CrO)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコン(ZrO)、酸化タンタル(Ta)を例示できる。
【0032】
磁気記録層122bは、Co系合金、Fe系合金、Ni系合金から選択される硬磁性体の磁性粒の周囲に非磁性物質を偏析させて粒界を形成した柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造を有した強磁性層である。この磁性粒は、非磁性グラニュラー層120を設けることにより、そのグラニュラー構造から継続してエピタキシャル成長することができる。
【0033】
さらに本実施形態では、磁気記録層122bの粒界部は、非磁性物質として、複数の種類の酸化物を含有するように成膜する磁気記録層成膜工程を有する。このとき含有する非磁性物質の種類には限定がなく、例えばSiO、TiO、Cr、Ta、CoO、Yから自由に選択してよい。とりわけ、SiOとTiOとしてよい。これらの酸化物によって保磁力が向上するからである。磁気記録層122bは、粒界部に複合酸化物(複数の種類の酸化物)の例としてCrとTiOを含有し、CoCrPt−Cr−TiOのhcp結晶構造を形成することができる。
【0034】
連続層124はグラニュラー構造を有する磁気記録層122bの上に、ディスク基体110主表面の面内方向に磁気的に連続した薄膜からなる。連続層124を設けることにより磁気記録層122bの高密度記録性と低ノイズ性に加えて、逆磁区核形成磁界Hnの向上、耐熱揺らぎ特性の改善、オーバーライト特性の改善を図ることができる。
【0035】
連続層124の組成は、CoCrPt、CoCrPtB、CoCrPtBCuのいずれかとしてよい。いずれの組成の連続層を用いても、S/N比とオーバーライト特性の両方が向上するからである。
【0036】
なお連続層124として、単一の層ではなく、高い垂直磁気異方性かつ高い飽和磁化Msを示す薄膜(連続層)を形成するCGC構造(Coupled Granular Continuous)としてもよい。なおCGC構造は、グラニュラー構造を有する磁気記録層と、PdやPtなどの非磁性物質からなる薄膜のカップリング制御層と、CoBとPdとの薄膜を積層した交互積層膜からなる交換エネルギー制御層とから構成することができる。
【0037】
媒体保護層126は、水素化カーボンを主成分とする。本実施形態では、CVD法によって、磁気記録層122bが成膜されたディスク基体を160〜200℃に加熱した状態で媒体保護層126を成膜する媒体保護層成膜工程を行う。
【0038】
なお媒体保護層126は、真空を保ったままカーボンをCVD法により成膜して形成することもできる。媒体保護層126は、磁気ヘッドの衝撃から垂直磁気記録層を防護するための媒体保護層である。一般にCVD法によって成膜されたカーボンはスパッタ法によって成膜したものと比べて膜硬度が向上するので、磁気ヘッドからの衝撃に対してより有効に垂直磁気記録層を防護することができる。
【0039】
図2は、ラマンスペクトルのイメージを説明するための説明図である。ここでは、ラマンスペクトルの波数900cm−1から1800cm−1の範囲内において、蛍光によるバックグランドを直線近似で補正し、DピークとGピークのピーク高さの比をDh/Ghとして求めた。
【0040】
図3は後述の図6の垂直磁気記録媒体の保磁力Hcと信頼性とのトレードオフ関係を示すグラフである(ただし実施例4、実施例5は除く)。保磁力Hcは曲線「◆」(単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層)、曲線「■」(複合酸化物を含有する磁気記録層)で示し、信頼性を示すDh/Ghは曲線「▲」(単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層)、曲線「▼」(複合酸化物を含有する磁気記録層)で示す。図3に示すように、保磁力Hcと信頼性(Dh/Gh)とはトレードオフの関係にある。複合酸化物を含有する磁気記録層(曲線「■」)は、単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層(曲線「◆」)と比較すると、もともと保磁力Hcが高く、同一の温度まで加熱しても、保磁力Hcをより高く維持しておくことが可能である。しかも、信頼性を示すDh/Gh(曲線「▲」、「▼」)は、ほとんど一致している。したがって、単一の種類の酸化物を含有する磁気記録層を有する垂直磁気記録媒体について、トレードオフの関係にある保磁力HcとDh/Ghとを両立させるには、それらを示す曲線の交点に対応する、温度T1で加熱することが考えられる。しかし、複合酸化物を含有する磁気記録層を有する垂直記録媒体を、その保磁力HcとDh/Ghとを両立させる温度T2で加熱すれば、保磁力Hcと信頼性の両方を、より高いレベルで両立させることが可能である。
【0041】
上述の方法では、媒体保護層126の表面には、窒化処理をさらに施す。具体的には、媒体保護層126を成膜した後、さらに、流量が100〜350sccmの窒素雰囲気下に曝し、媒体保護層126の表面処理を行ってよい。流量が100〜350sccmの窒素雰囲気下に曝すことで窒素(N)と炭素(C)の原子量比(N/C)が高まり、媒体保護層126と潤滑層128との密着性と硬度が好適になる。
【0042】
潤滑層128は、PFPE(パーフロロポリエーテル)をディップコート法により成膜することができる。PFPEは長い鎖状の分子構造を有し、媒体保護層126表面のN原子と高い親和性をもって結合する。この潤滑層128の作用により、垂直磁気記録媒体100の表面に磁気ヘッドが接触しても、媒体保護層126の損傷や欠損を防止することができる。
【0043】
図4は本実施形態にかかる他の垂直磁気記録媒体200の構成を説明する図である。図1と異なる点は、磁気記録層122bの下に、下方磁気記録層122aをさらに備えることである。下方磁気記録層122aは柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層であり、下方磁気記録層122aの粒界部は、1つ以上の種類の酸化物を含有することである。
【0044】
下方磁気記録層122aをさらに備えることによって、保磁力Hcがより向上する。
【0045】
上述の下方磁気記録層122aが含有する1つ以上の種類の酸化物は、酸化珪素(SiOx)、クロム(Cr)、酸化クロム(CrO)、酸化チタン(TiO)、酸化ジルコン(ZrO)、酸化タンタル(Ta)、酸化コバルト(CoO)から選択された酸化物としてよい。
【0046】
酸化物としては、磁性粒(磁性グレイン)間の交換相互作用が抑制、または、遮断されるように、磁性粒の周囲に粒界部を形成しうる物質であればよい。特に、SiOおよびTiOのいずれをも含んでいることが好ましい。SiOは磁性粒子の微細化および孤立化を促進し、TiOは電磁変換特性(特にSNR)を向上させる特性がある。そしてこれらの酸化物を複合させて磁気記録層の粒界に偏析させることにより、双方の利益を享受することができる。
【0047】
以上の製造工程により、垂直磁気記録媒体200を得ることができる。以下に、実施例と比較例を用いて本発明の有効性について説明する。
【0048】
(実施例と評価)
以下、図1の垂直磁気記録媒体100の製造工程を、図5(a)を用いて説明する。ディスク基体110上に、真空引きを行った成膜装置を用いて、DCマグネトロンスパッタリング法にてAr雰囲気中で、付着層112から非磁性グラニュラー層120まで順次成膜を行った(ステップS300)。付着層112は、CrTiとした。軟磁性層114は、第1軟磁性層114a、第2軟磁性層114cの組成はCoCrFeBとし、スペーサ層114bの組成はRuとした。前下地層116の組成はfcc構造のNiW合金とした。下地層118は、第1下地層118aは低圧Ar下でRuを成膜し、第2下地層118bは高圧Ar下でRuを成膜した。非磁性グラニュラー層120の組成は非磁性のCoCr−SiOとした。
【0049】
磁気記録層122bは下記の実施例の構成で形成した(ステップS310)。連続層124の組成はCoCrPtBとした(ステップS320)。媒体保護層126は、CVD法を用い、気記録層122bが成膜されたディスク基体を160〜200℃に加熱した加熱プロセスの後に、水素化カーボンCを用いて成膜した(ステップS330)。成膜した媒体保護層126の表面には、窒化処理CNを用いて窒化処理を施した(ステップS332)。これによって窒素(N)と炭素(C)の原子量比(N/C)が高まり、媒体保護層と潤滑層との密着性と硬度が好適になる。その後、潤滑層128はディップコート法によりPFPEを用いて形成した(ステップS340)。本実施例でポイントとなる工程はステップS310およびS330である。
【0050】
図6(a)は磁気記録層(磁性層)が単一の酸化物(TiO)しか含有しない比較例1〜7について、媒体保護層の成膜時に様々な温度でディスク基体を加熱した場合の保磁力HcおよびDh/Ghの値を示す表である。図6(b)は、磁気記録層(磁性層)122bが複合酸化物(SiOおよびTiO)を含有する、図5(a)の製造工程で製造した垂直磁気記録媒体100の実施例1〜3と、媒体保護層126の成膜時の温度を様々に変化させた比較例8〜11とについて、媒体保護層の成膜時に様々な温度でディスク基体を加熱した場合の保磁力HcおよびDh/Ghの値を示す表である。
【0051】
媒体保護層126の成膜時の温度を160〜200℃の範囲とした実施例1〜3の磁気記録層122bの保磁力Hcは5000(Oe)以上であり、媒体保護層126のDh/Ghは0.75〜0.95の範囲にある。これらの値は、両者とも、単一の酸化物(TiO)しか含有しない比較例1〜7の値と比較すると、高いレベルで維持されていることが分かる。また、複合酸化物を含有するが、媒体保護層成膜時の温度が160〜200℃の範囲外である比較例8〜11と比較しても、高いレベルで維持されていることが分かる。
【0052】
図5(b)は図4の垂直磁気記録媒体の製造工程を示すフローチャートである。図5(a)と異なる点のみ説明すると、磁気記録層122bの成膜の前に、下記の実施例の構成で、下方磁気記録層122aを成膜した(ステップS302)。
【0053】
図6(b)の実施例4、5は、図5(b)の製造工程で製造された垂直磁気記録媒体200の保磁力Hcおよび媒体保護層126のDh/Ghの値を示す。実施例4、5では、下方磁気記録層122aは、それぞれ、単一の酸化物CrO、複合酸化物CrO、SiOを含有する。実施例5では、下方磁気記録層として、ステップS302、S332の追加により、実施例4、5の保磁力HcおよびDh/Ghは、実施例1〜3で既に高いレベルに維持されている値より、さらに高くなることが分かる。
【0054】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施例について説明したが、本発明は係る例に限定されないことは言うまでもない。当業者であれば、特許請求の範囲に記載された範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、それらについても当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0055】
例えば、上記実施形態および実施例においては、磁気記録層を下方磁気記録層と磁気記録層の2層からなると説明した(図4)。しかし磁気記録層がさらに3以上の層からなる場合であっても、上記と同様に本発明の利益を得ることができる。
【産業上の利用可能性】
【0056】
本発明は、垂直磁気記録方式のHDDなどに搭載される垂直磁気記録媒体の製造方法および垂直磁気記録媒体として利用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0057】
【図1】実施形態にかかる垂直磁気記録媒体の構成を説明する図である。
【図2】ラマンスペクトルのイメージを説明するための説明図である。
【図3】図6の垂直磁気記録媒体の保磁力Hcと信頼性とのトレードオフ関係を示すグラフである。
【図4】実施形態にかかる他の垂直磁気記録媒体の構成を説明する図である。
【図5】(a)、(b)はそれぞれ、図1、図4の垂直磁気記録媒体の製造工程を示すフローチャートである。
【図6】本発明の実施例と比較例との特性を比較する図である。
【符号の説明】
【0058】
100、200 …垂直磁気記録媒体
110 …ディスク基体
112 …付着層
114 …軟磁性層
114a …第1軟磁性層
114b …スペーサ層
114c …第2軟磁性層
116 …前下地層
118 …下地層
118a …第1下地層
118b …第2下地層
120 …非磁性グラニュラー層
122a …下方磁気記録層
122b …磁気記録層
124 …連続層
126 …媒体保護層
128 …潤滑層

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基体上に少なくとも、柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層である磁気記録層と、水素化カーボンを主成分とする媒体保護層とを、この順に備える垂直磁気記録媒体の製造方法において、
前記磁気記録層を、前記粒界部が複数の種類の酸化物を含有するように成膜する磁気記録層成膜工程と、
前記磁気記録層が成膜された基体を160〜200℃に加熱した状態で前記媒体保護層を成膜する媒体保護層成膜工程とを含むことを特徴とする垂直磁気記録媒体の製造方法。
【請求項2】
基体上に少なくとも、柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層である磁気記録層と、水素化カーボンを主成分とする媒体保護層とをこの順に備える垂直磁気記録媒体において、
前記粒界部は、複数の種類の酸化物を含有し、
前記媒体保護層は、前記磁気記録層が成膜された基体を160〜200℃に加熱した状態で成膜されていることを特徴とする垂直磁気記録媒体。
【請求項3】
前記磁気記録層の保磁力Hcは5000(Oe)以上であり、
波長514.5nmのアルゴンイオンレーザ光により前記媒体保護層を励起して得られる波数900cm−1〜波数1800cm−1におけるラマンスペクトルから蛍光を除いたスペクトルの1350cm−1付近に現れるDピークDhと1520cm−1付近に現れるGピークGhとをガウス関数により波形分離したときのピーク比Dh/Ghが0.75〜0.95であることを特徴とする請求項1または2に記載の垂直磁気記録媒体。
【請求項4】
前記複数の種類の酸化物は、SiOとTiOであることを特徴とする請求項2または3に記載の垂直磁気記録媒体。
【請求項5】
当該垂直磁気記録媒体は、前記磁気記録層の下に下方磁気記録層をさらに備え、
前記下方磁気記録層は柱状に成長した結晶粒子の間に非磁性の粒界部を形成したグラニュラー構造の強磁性層であり、
前記下方磁気記録層の粒界部は、1つ以上の種類の酸化物を含有することを特徴とする請求項2から4のいずれか1項に記載の垂直磁気記録媒体。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−245478(P2009−245478A)
【公開日】平成21年10月22日(2009.10.22)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−88121(P2008−88121)
【出願日】平成20年3月28日(2008.3.28)
【出願人】(000113263)HOYA株式会社 (3,820)
【出願人】(501259732)ホーヤ マグネティクス シンガポール プライベートリミテッド (124)
【Fターム(参考)】