説明

変速機用同期装置

【課題】自己サーボ作用による同期性能の向上を得る変速機用同期装置において、素早い操作におけるギヤ鳴りを回避する。
【解決手段】スリーブ24の溝24eに回転方向に摺動可能に挿入されたスラストピース28が係合するハブ20の切り欠き20f、20gを、スラストピース28が、中立位置から同期リング16に向かって軸方向に移動した場合にはハブ20に対する回転を許容されてハブ20の斜面20h、20i、20j、20kに当接可能であり、中立位置から同期リング16と反対方向に移動した場合にはハブ20に対して回転しないような形状とした。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両用変速機の変速操作(ギヤ切り替え)時に、スリーブから同期リングへの押圧力を、同期リングで発生する摩擦トルクによって増大させることにより、同期能力を高めることが可能な変速機用同期装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、この種の変速機用同期装置としては、同期リングで発生する摩擦トルクをスリーブまたは推力板の斜面を介してハブに伝達する過程で、ハブとスリーブまたは推力板との間で生ずるスラスト、すなわち自己サーボ作用によって同期能力を高める作用を得るようにしたものが知られている(たとえば、特許文献1参照)。
【0003】
上記の、従来のハブと推力板との間でスラストを発生させる方式(特許文献1の第13図乃至第20図)にあっては、スリーブ受け(ハブ)4の軸方向両側に歯車(変速ギヤ)2、3と、それぞれの変速ギヤに同期環(同期リング)22、32を配置して、スリーブ6、8および推力板10を両側の変速ギヤのいずれへ移動させる場合においても、自己サーボ作用によって同期能力を高めて同期するようになっている。
【0004】
しかしながら、スリーブ6が一方の変速ギヤ2と噛み合った状態から、中立(ニュートラル)を経て他方の変速ギヤ3へ移動する場合に、素早い操作において同期作用が起きず、いわゆるギヤ鳴りを生ずるという問題がある。
【0005】
すなわち、推力板10が上方へ移動する際の同期作用は、特許文献1の第20図において、(イ)の中立から(ニ)の移動完了までを順に説明してあるが、この場合は推力板10が中立位置からの移動に際してであって、一方への移動完了状態から他方への移動においては上記動きとは異なる動きになることがある。
【0006】
例えば、同図(ニ)の状態が、第13図においてスリーブ6が変速ギヤ2と噛み合った状態とした場合、ここから変速ギヤ3へ向かって移動する場合である。
すなわち、第20図(ニ)から逆に(ハ)(ロ)とたどって(イ)の中立を経て、さらに推力板10が下方へ移動して、変速ギヤ13と同期させようとした場合、(ロ)から(イ)の中立に至る際にハブ4の斜面43にならって推力板10が右方向へ回転させられる。
【0007】
この際に、素早い操作で中立(イ)を経て推力板10が下方へ移動した場合、推力板10はその慣性によってこれと係合した両側の同期リングとともに右方への回転を伴いながら移動することになる。このとき、変速ギヤ3との同期のために推力板10が左方へ回転しなければならない場合に、前述の慣性による右方への回転が勝って、同期のために左方へ回転できないまま推力板10が下方へ移動すると、同期作用が起きないで移動することになり、結果としてギヤ鳴りを生じるものである。
【0008】
このように、従来例の変速機用同期装置では、一方の変速ギヤでと噛み合った状態から他方の変速ギヤへの移動(変速操作)において、素早い操作ではギヤ鳴りを生じることが避けられないという問題がある。
これは、上記で説明したように、一方の同期リング5と他方の同期リング5とをキー7を介して連結しているため、1個の推力板10でいずれの変速ギヤ側へ操作しても同期させる構造にせざるを得ないからである。
【特許文献1】特公昭45−35684号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
解決しようとする問題点は、一方の変速ギヤと噛み合った状態から他方の変速ギヤへの素早い移動(変速操作)において、ギヤ鳴りを生じることがある点である。
本発明の目的は、簡単な構造で同期能力を向上させながら、素早い変速操作においてギヤ鳴りを生じない同期装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の変速機用同期装置は、スリーブの溝の中に回転移動可能に配置され、ハブの切り欠き内を軸方向に移動可能なスラストピースが、中立から一方の変速ギヤ側の同期リングに向かって移動した場合には切り欠き内で回転移動可能でハブの斜面に当接して自己サーボ作用を起こし、中立位置から前記の一方の同期リングから離れる方向に移動した場合にはハブに対して回転移動しないようにしたことを最も主要な特徴とする。
【0011】
すなわち、ハブの切り欠きを、スラストピースの中立位置から前記一方の同期リングに向かう移動においてスラストピースがハブに対して回転移動可能で、スラストピースとハブの斜面同士が当接しうる形状とし、スラストピースが中立位置から前記一方の同期リングと反対方向への移動において、スラストピースがハブに対して回転できない形状とした。
【0012】
このため、ハブの両側に変速ギヤがあって、それぞれに同期リングを配置した場合には、一方の同期リングに向かう移動で回転可能なスラストピースと、他方の同期リングに向かう移動で回転可能なスラストピースが、ハブのそれぞれ異なる形状の切り欠きに係合することになる。
【発明の効果】
【0013】
本発明の変速機用同期装置は、簡単な構造で、同期リングに生ずる摩擦トルクを軸方向のスラストに変換して、これを、同期リングを押圧する力の一部にすることで、スリーブからの押圧力に対して同期能力(摩擦トルク)を向上することを実現しながら、一方の変速ギヤと噛み合った状態から他方の変速ギヤへの、素早い変速操作においてギヤ鳴りの発生を防ぐことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0014】
以下、本発明の実施の形態に係る変速機用同期装置を、各実施例に基づき図とともに説明する。
【実施例1】
【0015】
図1は、本発明の1実施例に係る変速機用同期装置の主要部の断面図であって、図2におけるA−O−A線の断面である。図2は、図1における入力軸10と3速ギヤ12と4速ギヤ14および3速ギヤ12側の同期リング16とスプリング18とを取り去って右側(3速ギヤ12側)から見た外観図である。
また、図3は図1の上側の要部を拡大したものであり、細部の符号を記入してある。
【0016】
入力軸10は、図示しないクラッチを介してエンジンと連結可能になっている。
入力軸10にはハブ20が、これらに形成したスプライン10a、20a同士で回転方向に一体に結合されており、ブッシュ22が同図中左側から圧入されて入力軸10と一体になっている。したがって、ハブ20は入力軸10に固定されている。
【0017】
ハブ20は、ボス部20bから外側へ延びるフランジ部20cと、このフランジ部20cの外周の環状部20dにスプライン20eが形成され、ハブ20にはスリーブ24が、これらに形成されたスプライン20e、24a同士で軸方向に相対移動可能に係合している。
【0018】
そして、入力軸10には、ベアリング26aを介して3速ギヤ12が、ブッシュ22の外側にベアリング26bを介して4速ギヤ14が、それぞれハブ20を挟むように配置され、回転自在に支持されている。
なお、3速ギヤ12および4速ギヤ14は本発明の変速ギヤを構成し、それぞれ図示しない出力軸側の相手ギヤと噛み合っており、それらを通じて車両の車輪と連結されている。
【0019】
3速ギヤ12および4速ギヤ14のハブ20側には、スリーブ24のスプライン24aと噛み合うスプライン12aおよび14aと、円錐状の摩擦面12b、14bが形成してある。
【0020】
スリーブ24にはこの外周にフォーク溝24bが形成され、ここに図示しないシフトフォークが摺動可能に嵌め合わされて、図示しないシフトレバーにより、これに連動するシフトフォークを介してスリーブ24を軸方向に移動可能としている。
【0021】
スリーブ24は、図1の状態のようにハブ20のスプライン20eのみに噛み合いスプライン12a、14aとは噛み合わない中立位置、図1の状態から右方へ所定量移動したときは、スリーブ24の左方部分がハブ20のスプライン20eに噛み合ったまま右方部分が3速ギヤ12のスプライン12aに噛み合う3速位置、図1の状態から左方へ所定量移動したときは、スリーブ24の右方部分がハブ20のスプライン20eに噛み合ったまま左方部分が4速ギヤ14のスプライン14aに噛み合う4速位置となるように、スリーブ24の長さおよび位置関係を設定する。
【0022】
3速ギヤ12および4速ギヤ14とハブ20との間には、互いに同じ形状の同期リング16、16がそれぞれ配置されている。
これらの同期リング16には、摩擦面12b、14bに対応した摩擦面16a、16aがそれぞれ形成されており、後述するように摩擦面12bおよび16a同士と、摩擦面14bおよび16a同士が、圧接されたとき同期作用を行う。
【0023】
各同期リング16とハブ20およびスリーブ24との間には、スラストピース28が各同期リング16にそれぞれ3個ずつ配置されている。
また、両同期リング16と各3個のスラストピース28との間にはそれぞれスプリング18、18が配置されている。
【0024】
以上のように各構成部品が配置されているが、これらの形状と各構成部品間の関係を詳述する。
ハブ20は図4、図5に示してあり、図4が図2に対応したハブ20の外観図であり、図5は図4の上方から展開形状で見たハブ20の部分拡大外観図である。
なお、分かりやすくするため、図4は図2に対してやや回転した状態で描いてある。
【0025】
ハブ20は、フランジ部20cから環状部20dにかけて、周上に切り欠き20f、20gが交互に各3カ所ずつ形成してある。
切り欠き20fの幅は3速ギヤ12側が広く、4速ギヤ14側が狭くなっており、その中間部に斜面20h、20iが形成されている。
切り欠き20gの幅は4速ギヤ14側が広く、3速ギヤ12側が狭くなっており、その中間部に斜面20j、20kが形成されている。
【0026】
これらの斜面20h、20i、20j、20kは、後述するようにスラストピース28が当接してここに回転方向の力が作用すると、これを軸方向の力に方向変換してスラストピース28を押圧するようになっている。
外周に形成したスプライン20eのうちNで示す3ヶ所は溝幅が狭くなっており、後述するようにスリーブ24のガイドスプライン24hがここに係合する。
【0027】
スリーブ24は図6、図7に示してあり、図6が図2に対応したスリーブ24の正面外観図であり、図7は図6における矢視Bを展開形状で見た部分拡大外観図である。
各スプライン24aの軸方向両端にはチャンファ24c、24dが形成されており、内周には溝24eが形成される。この溝24eの両側面は押圧面24f、24gを構成する。
また、Mで示す3ヶ所はガイドスプライン24hであり、他のスプライン24aより歯幅が狭くなっており、前述のハブ20のNで示した部分に係合する。
【0028】
同期リング16は図8、図9、図10に示してあり、図8が図1に対応した断面図であり、図9は図8を右側から見た外観図である。
また、図10は図9を上から展開形状で見た部分拡大外観図であり、右へ90°回転させて描いてある。
前述のように同期リング16の内側は円錐状の摩擦面16aになっており、摩擦材16bが貼付してあって、3速ギヤ12および4速ギヤ14の摩擦面20b、22bに対面するようにしている。
【0029】
同期リング16の外周3カ所に突起16cが設けられ、その回転方向両側には側面16d、16eが形成され、ハブ20に向かって軸方向に突き出され、側面16f、16gとともに斜面16h、16iが形成されている。
同期リング16の外周には3カ所に小さなガイドスプライン16jが形成され、そのハブ20側にはガイドチャンファ16k、16lが形成されている。
また、ハブ20側の端面16mがスプリング18と当接可能になっている。
【0030】
スラストピース28は図11、図12、図13に示してある。
図11が図2に対応したスラストピース28の外観図であり、図12が図11のC−Cにおける断面図であり、図13は図11のD−D断面を展開形状で描いてあり、それぞれ拡大図である。
【0031】
スラストピース28は、図11に示すように正面から見た全体形状は円弧状になっており、図12に示す側面28a、28bがスリーブ24の押圧面24f、24gに対応するように溝24e挿入され、溝24e内において回転方向に移動可能になっている。
また、スラストピース28は前述したハブ20の切り欠き20fまたは20gと係合しているので、回転方向の動きはこれら切り欠き20f、20gに規制される。
【0032】
スラストピース28の中央部には溝28cが形成され、この溝28cは同期リング16の突起16cに対応するとともに、チャンファ28d、28e、28f、28gと側面28h、28iが形成されている。
すなわち、側面28h、28iは同期リング16の側面16c、16dに対応して両者は摺動可能であり、チャンファ28d、28e、28f、28gは同様に同期リング16の斜面16h、16iに対応しており、後述の同期作用において両者はいずれか同士が当接して押圧力の伝達をするとともに互いに摺動可能である。
【0033】
また、スラストピース28の両端部には、ハブ20の斜面20h、20i、20j、20kに対応したスラストチャンファ28j、28k、28l、28mが形成されており、後述するように斜面20h、20i、20j、20kとスラストチャンファ28j、28k、28l、28mはいずれか同士が互いに当接するとともに摺動可能である。
【0034】
さらに、スラストピース28の径方向内側には内面チャンファ28n、28oが形成され、後述するようにスプリング18と当接可能になっている。
また、3速ギヤ12側の同期作用を行うスラストピース28は、3速ギヤ12側の同期リング16の突起16cおよびハブ20の切り欠き20fと回転方向の位相が合うように配置されている。
【0035】
すなわち、ハブ20の切り欠き20fは3速ギヤ12側の幅が広くなっており、斜面20h、20iは3速ギヤ12側を向いている。
むろん、4速ギヤ14側の同期作用を行うスラストピース28は、同様にこれと対称に配置されている。
【0036】
スプリング18の形状を図14、図15、図16に示す。
図14は図2に対応した外観図であり、図15は図14の上から展開形状で見た部分拡大外観図であり、図16は図14のE−Eの拡大断面図である。
【0037】
スプリング18は、図14に示すリング部18aの外周の3ヵ所が図15、16に示すように折り曲げてあり、それぞれハブ20の切り欠き20fまたは20gに入るような舌部18bと、同期リング16の外側方向へ折り曲げられた押圧舌18cを形成してある。なお、図16において舌部18bの形状を説明するためこれを仮想線で描いた。
【0038】
各3ヵ所の舌部18bと押圧舌18cとは基本的な形状は同じであるが、回転方向で見ると図14に示すようにPで示した1ヵ所のみ方向が異なるようになっている。
このため、3速ギヤ12側にあるスプリング18の舌部18bが4速ギヤ14側の同期リング16の突起16cの側面16fおよび16gに当接して、回転方向において一定の遊びを有して係合されるとともに、ハブ20の切り欠き20fまたは20gに対しても一定の遊びを持ちながら回転方向に係合している。
【0039】
むろん、4速ギヤ14側にあるスプリング18も同様に対称に係合している。
円周上3ヵ所の押圧舌18cは、後述するようにスラストピース28によって押圧されて、径方向内側へ圧縮されてリング部18aが三角形状になるようにわずかに変形させる。
【0040】
また、押圧舌18cの斜面18dはスラストピース28のチャンファ28d、28e、28f、28gに当接可能であり、後述するように例えば3速ギヤ12への変速操作が終了した状態にあっては、3速ギヤ12側のスプリング18は、端面18eが当接したスラストピース28を介してハブ20と回転方向で一体になる。
【0041】
上記の説明で分かるように、3速ギヤ12側のスプリング18の舌部18bおよび押圧舌18cは、4速ギヤ14側の同期リング16の突起16cと回転方向の位相が合うように配置されており、4速ギヤ14側のスプリング18も同様に対称に配置されている。
【0042】
次に、図1に示した同期装置の作動を説明する。
分かり易くするため、最初に図17、図18に示す拡大展開図を基に説明する。
すなわち、図17は、中立状態の図1の上方から見た部分展開図であり、左へ90°回転させて描いてある。
【0043】
図17は、ハブ20から4速ギヤ14のスプライン14aまでを描いてあり、ハブ20はスプライン20eを除いた外観を、スリーブ24はスプライン22aおよびガイドスプライン24hのみ描いた部分断面を細線で、4速ギヤ14側の同期リング16は突起16cおよびガイドスプライン16jを中心とした部分外観を、スラストピース28は図13に示した図11のD−D断面を、それぞれ描いてある。
図17はスプリング18を省略してあるが、図18は、図17からスリーブ24を除くとともに4速ギヤ14側のスプリング18と3速ギヤ12側の同期リング16の一部を追加して描いたものである。
【0044】
なお、図1に見るようにハブ20を中心に、3速ギヤ12側も4速ギヤ14側と対称の形状および構造になっており、作動も基本的に同じであるので、中立状態から4速ギヤ14側への変速における作動を中心に説明する。
【0045】
図18において、スラストピース28は、ハブ20の切り欠き20f、20gの内部にあって、中立状態においては図示のように切り欠き20f、20gに当接しているので、回転方向(図18の左右方向)には移動できない。
【0046】
4速ギヤ14側の同期リング16は、突起16cが左側のスラストピース28の溝28cに係合しているが、中立状態においては図に見るように回転方向に若干の隙間をもっているので、スラストピース28に対して相対回転可能である。
スプリング18は、4速ギヤ14側に配置されたもののみ描いたが、3速ギヤ12側のスプリング18もO点を基準に点対称に配置されている。
【0047】
以下、図19乃至図23を基にスリーブ24とともにスラストピース28が4速ギヤ14側へ順次移動するステップごとに説明する。なお、図19は、図18からスプリング18と3速ギヤ12側の同期リング16を除いて図1と同じ尺度に縮小して描いた中立状態であり、スリーブ24はガイドスプライン24hのみを描いたものである。
【0048】
以下、スリーブ24はハブ20に対して図20、図21と順次軸方向(図中の上下方向)に4速ギヤ14側へ移動する。
そして、最後の図23は再び拡大して、スリーブ24のプライン24a、4速ギヤ14側のスプリング18および3速ギヤ12側の同期リング16の一部を描いてある。
なお、分かり易くするため図19から図22にかけて、一点鎖線でハブ20の切り欠き20f、20gの中心を描いてある。
図19および図20において左側に描いた矢印は、4速ギヤ14がハブ20などに対して相対回転していることを示す。
【0049】
始めに、図19に示す中立位置から、図示しないシフトフォークによってスリーブ24が4速ギヤ14側へ押されて移動を始めると、最初にスラストピース28の内面チャンファ28nがスプリング18に当接し(図3の3速ギヤ12側を参照)、これを介して同期リング16を4速ギヤ14側へ押す。
すなわち、リング形状のスプリング18を三角形状に変形させるのに要する力に見合った、軸方向の荷重が押圧力として同期リング16に作用する。
【0050】
図20は、スプリング18の張力にうち勝ってスリーブ24が4速ギヤ14側へやや進んだ状態であり、図示はしていないが、この際にスプリング18は3カ所のスラストピース28によって径方向内側へ押され、前述のように三角形状に変形して、スラストピース28はスプリング18の外側に乗り上げている。
【0051】
それとともに、スプリング18から軸方向に押圧された同期リング16は、摩擦面16aが4速ギヤ14の摩擦面14bに押しつけられ、相対回転差がある両者の間に摩擦が生じる。
この摩擦トルクにより同期作用が始まり、同期リング16は4速ギヤ14につられて、ハブ20に対してやや相対回転する。
【0052】
一方、このときにスラストピース28はスリーブ24とともに4速ギヤ14側へ若干移動しているので、同期リング16に作用する摩擦トルクによって同期リング16と一緒に右側方向に回転して、スラストチャンファ28jがハブ20の斜面20iに当接し、同期リング16で生じた摩擦トルクは斜面20iに作用する。
このとき、図24に示す拡大図のように、ハブ20の斜面20iにおいて摩擦トルクTfによって軸方向の力Ftが生じ、これがスラストピース28を4速ギヤ14側へ押すスラストになる。
【0053】
したがって、スリーブ24が図示しないシフトフォークから押圧される力をFmとした場合、スラストピース28が同期リング16を4速ギヤ14側へ押圧する力は、FmとFtの和になる。
【0054】
すなわち、摩擦トルクTfを発生させるために同期リング16を軸方向へ押す押圧力のうち、Ftは摩擦トルクによって発生する自己サーボ力であり、Fmに付加されて同期リング16を押圧するので、自己サーボ力がない同期装置に比べて同じ摩擦トルク(同期力)を得るのに要するスリーブ24からの押圧力はFtだけ小さくて済むことになる。これが、自己サーボ力による倍力作用で同期性能が向上する原理である。
【0055】
図20は、同期リング16がFm+Ftで押圧されて同期作用を行い、ハブ20に対する4速ギヤ14の相対回転差がやや縮小した状態を表している。
図24および図20で分かるように、スラストピース28はチャンファ28fが同期リング16の斜面16hと当接し、これを軸方向に押圧している。
【0056】
したがって、チャンファ28fと斜面16hの傾斜角を適切に設定しておくことにより、同期リング16と4速ギヤ14との間に相対回転差があって前述の摩擦トルクが生じている限り、スラストピース28は同期リング16に軸方向の進行を阻止されて4速ギヤ側へ移動することができず、同期リング16を押圧し続け、自己サーボ力Ftもそれに加勢し続ける。
【0057】
この同期作用によって、やがて、4速ギヤ14と同期リング16との回転差がなくなると、前述の摩擦トルクが消滅するので、スラストピース28はチャンファ28fによって同期リング16を左側へ相対回転させながら4速ギヤ14側へ進行し、図21のようになる。図21は、チャンファ28fが斜面16hを通過し終わった状態である。
【0058】
このとき、スリーブ24のガイドスプライン24hが同期リング16のガイドスプライン16jを避けるように通過しようとしているのが分かる。
ここからさらにスリーブ24が4速ギヤ14側へ進行すると図22に至る。
すなわち、スリーブ24の進行とともにスリーブ24のガイドスプライン24hが、同期リング16のガイドスプライン16jをすり抜けているので、この状態では同期リング16がスリーブ24に対して左側への相対回転を規制されている。
【0059】
さらにスリーブ24が4速ギヤ14側へ進行して、スプライン24aが4速ギヤ14のスプライン14aと噛み合った状態が図23である。
このように、スプライン24aとスプライン14aとが噛み合う直前において、同期リング16およびこれと一体になった4速ギヤと、ハブ20およびスリーブ24との間で相対回転が規制されるので、スリーブ24と4速ギヤ14の間で相対回転が起きず、スプライン24aとスプライン14aとはスムーズに噛み合うため、互いに衝突して操作フィーリングを悪化させることがない。
【0060】
また、図23で分かるように、スプリング18は端面18eがスラストピース28の側面28hと当接して回転方向に係合している。そして、前述のようにスプリング18の舌部18bと3速ギヤ12側の同期リング16の突起16cとが回転方向に遊びを有して係合している。
【0061】
以上の説明でわかるように、同じ同期容量(摩擦トルク)を得るためにスリーブ24がスラストピース28を介して同期リング16を押圧する荷重は、従来例よりFtだけ小さく済むので、Fmの値を同じとして比較すると同期性能が高くなり、その倍率は以下になる。
(Fm+Ft)/Fm
【0062】
しかも、スラストピース28は、4速ギヤ14側への移動において倍力作用を行う3個と、3速ギヤ12側への移動において倍力作用を行う3個の、計6個であり、それぞれが独立して作用を行う。
そのため、一方の4速ギヤ14側へスリーブ24が移動した状態では他方の3速ギヤ12側で倍力作用をするスラストピース28は回転方向において中立位置にあり、スプリング18を介して3速ギヤ12側の同期リング16と回転方向に係合している。
【0063】
したがって、本実施例の変速機用同期装置では、例えば4速から3速へ素早い操作を行っても、3速ギヤ12側で倍力作用をするスラストピース28は回転方向において中立位置から3速ギヤ12側の同期リング16を押し始めるので、従来のように慣性で逆方向へ回転移動しながら同期作用に入ることは起き得ず、ギヤ鳴りを防いで安定した同期作用を得ることができる。
【実施例2】
【0064】
図25乃至図30は、本発明の変速機用同期装置における第2の実施例を表す。
ここでは、実施例1と異なる部分を中心に説明し、実施例1と実質的に同じ部分については同一の符号を付し、それらの説明を省略する。
【0065】
図25は図3に対応した要部の拡大断面図であり、実施例1とはスプリング18の形状が異なる。
すなわち、スプリング18は図26、図27に示すような形状をしており、各スラストピース28に対応して6個設けてある。
【0066】
始めに、スプリング18について説明する。
図26は図25に対応してスプリング18の断面を描いたもので、図27のF−Fの断面でもある。図27は図26の上方から見た外観図であり、いずれも拡大図である。
【0067】
スプリング18は、図27に見るように基本形状として略W字形になっており、両腕18d、18eは弾性で外側へ広がるようになっており、その途中にくびれたよう凹部18f、18gを形成してあり、図28に示すようにスラストピース28の溝28cと係合するようになっている。
また、押圧部18hが一方の同期リング16を軸方向に当接して押圧可能になっているとともに、舌部18iが他方の同期リング16の突起16cの内側に当接して径方向外側へ外れないようになっている。
【0068】
続いて、実施例2の作動について説明する。
実施例2は、上述のようにスプリング18の形状が異なるのみであるので、図28乃至図30に基づいて、主としてスプリング18に関係する部分の作用を説明する。
なお、中立から3速ギヤ12へ向かう移動(変速操作)を中心に説明する。
【0069】
図28は、図17に対応したもので、図示しないスリーブ24とともにスラストピース28が中立位置にある状態を示す。
また図29は、スラストピース28が中立位置から3速ギヤ12側へ移動して、図20に対応するようにスラストピース28がチャンファ28dによって同期リング16の斜面16hを押圧している状態を示す。このとき、実施例1の図24で説明したように、スラストピース28のスラストチャンファ28kがハブ20の斜面20jに当接して、摩擦トルクによってスラストを発生させる。
【0070】
さらに図30は、図21に対応するように、スラストピース28が同期リング16の斜面16hをすり抜けた状態を示す。
図で分かるように、スプリング18の凹部18f、18gがスラストピース28の溝28cと係合した中立位置から、スラストピース28が3速ギヤ12側へ移動する際に、まず図中左側の4速ギヤ14との同期で倍力作用を発揮するスラストピース28と係合したスプリング18の押圧部18hが3速ギヤ12側の同期リング16に当接して押圧する。
【0071】
すなわち、スラストピース28は左側のスプリング18を図29に示す形状のように押し縮めるようにして移動する。このため、スプリング18の張力に応じた力で3速ギヤ12側の同期リング16が押圧されることになる。
【0072】
これによって、3速ギヤ12と同期リング16との間で摩擦トルクが生じると、図29に示すように同期リング16は右方向へ回転して、斜面16hが右側のスプリング18を介してスラストピース28のチャンファ28dに摩擦トルクを伝え、スラストピース28は同期リング16とともに右方向へ回転して、スラストチャンファ28jがハブ20の斜面20hに当接して、スラストを発生させる。
【0073】
以降の倍力作用は実施例1で説明したのと同様であり、同期が終了するとスラストピース28は図30に示すように、スプリング18を変形させながら斜面16hをすり抜ける。
【0074】
詳細の説明は省略するが、実施例1の図19乃至図23で説明したのと同様に、実施例2においても同期作用が終了してスリーブ24が進行するとともに、ガイドスプライン24fがスプライン24hと係合することで、同期終了後における同期リング16のスリーブ24に対する相対回転を規制する。
【0075】
実施例2に示した本発明の変速機用同期装置においても、スラストピース28は常に回転方向中立位置から同期作用に入るので、自己サーボ作用による同期性能の向上を果たしながら素早い操作においてギヤ鳴りを生ずることなく、安定した同期作用を得ることができる。
【0076】
以上説明したように、上記各実施例の変速機用同期装置は、同期時の摩擦トルクを活用した自己サーボ作用によって同期性能の向上を得ながら、素早い操作においてもギヤ鳴りしない安定した同期作用を得ることができる。
【0077】
また、上記各実施例の変速機用同期装置では、スラストピース28は、3速ギヤ12側、4速ギヤ14側とも共通した形状であるが、チャンファ28d、28e、28f、28g、ラストチャンファ28j、28k、28l、28mおよび内面チャンファ28n、28oは、いずれも小さい斜面ですむのでプレスによるコイニンングと呼ばれる工法で容易に塑性加工できるので、製造コストが安いというメリットもある。
これは、特にスラストチャンファ28j、28k、28l、28mが従来例よりも小さい斜面ですむことがその理由である。
【0078】
なお、実施例1、実施例2は、入力軸10上に同期装置を配置した場合について説明したが、出力軸側に配置しても同様の作用をすることは言うまでもない。
また、ハブ20の斜面20g、20h、20i、20jと同期リング16の斜面16h、24i、およびこれらに対応するスラストピース28のチャンファ28d、28e、28f、28g、スラストチャンファ28j、26k、26l、26mは、傾斜面として説明したが、螺旋面であってもよい。
【0079】
本発明の変速機用同期装置は、当業者の一般的な知識に基づいて、摩擦面における摩擦係数を高めるために同期リングの摩擦面にネジや油溝を形成するなどの変更を加えた態様で実施することができるとともに、摩擦面に適切な材料を用いることによって安定した同期性能の向上を得ることや、マルチコーンと呼ばれる摩擦面を複数備えた同期装置に応用することができる。
【産業上の利用可能性】
【0080】
倍力作用による同期性能の向上を果たしながら、素早い操作においてもギヤ鳴りを生ずることなく安定した同期作用を得ることができるので、特に小型化や製造コストの低減を要求される乗用車用変速機に適用してメリットを得ることができるとともに、アクチュエーターで変速操作を行う同期装置を備えた変速機などに適用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0081】
【図1】3速、4速用同期装置における要部の断面図である。(実施例1)
【図2】図1から3速、4速ギヤ、4速ギヤ側の同期リング、スプリングを取り去って4速ギヤ側から見た外観図である。
【図3】図1の部分拡大図である。
【図4】ハブの正面外観図である。
【図5】図4の上方から見た拡大展開外観図である。
【図6】スリーブの正面外観図である。
【図7】図6のBから見た拡大展開外観図である。
【図8】同期リングの断面図である。
【図9】図8の右側から見た外観図である。
【図10】図9の上方から見た拡大展開外観図である。
【図11】スラストピースの拡大正面外観図である。
【図12】図11のC−C断面である。
【図13】図11の下方から見た拡大展開外観図である。
【図14】スプリングの正面外観図である。
【図15】図14の上方から見た拡大展開外観図である。
【図16】図14のD−Dにおける拡大断面図である。
【図17】要部の詳細を説明する外観および断面図である。
【図18】図17からスリーブを取り去った説明図である。
【図19】作動を説明する図である。
【図20】他の作動状態を説明する図である。
【図21】他の作動状態を説明する図である。
【図22】他の作動状態を説明する図である。
【図23】他の作動状態を説明する拡大図である。
【図24】作動の詳細を説明する要部の拡大図である。
【図25】要部の拡大断面図である。(実施例2)
【図26】スプリングの拡大断面図である。
【図27】図26の上方から見た外観図である。
【図28】作動を説明する図である。
【図29】他の作動状態を説明する図である。
【図30】他の作動状態を説明する図である。
【符号の説明】
【0082】
10 入力軸
12 3速ギヤ
14 4速ギヤ
16 同期リング
18 スプリング
20 ハブ
22 ブッシュ
24 スリーブ
26 ベアリング
28 スラストピース

【特許請求の範囲】
【請求項1】
動力を伝える軸と、
該軸に固定されるボス部から径方向外側に延ばしたフランジ部の外周に複数の切り欠きとスプラインとを形成するとともに、前記切り欠きに回転方向の力を軸方向の力に転換可能な斜面を形成したハブと、
内周にスプラインと該スプラインの軸方向中央部に溝とがそれぞれ形成され、前記ハブの前記スプラインに軸方向摺動可能に支持されたスリーブと、
該スリーブが嵌合可能なスプラインおよび摩擦面が前記ハブ側に一体的に設けられ、前記ハブの軸方向両側にそれぞれ配置された変速ギヤと、
該変速ギヤの前記摩擦面に圧接可能な摩擦面が形成されるとともに、外周にチャンファを有する突起が設けられ、前記各変速ギヤにそれぞれ対応して前記ハブの軸方向両側に配置された同期リングと、
前記スリーブの溝に回転方向に摺動可能に挿入され、前記ハブの切り欠き内を軸方向移動可能であり、前記スリーブから軸方向に押圧されて、前記同期リングの前記チャンファを押圧する過程で該押圧中の同期リングに生ずる摩擦トルクを前記ハブの前記斜面に伝えるスラストピースと、
を備え、
前記ハブの切り欠きは、前記スラストピースが、中立位置から前記同期リングに向かって軸方向に移動した場合には前記ハブに対する回転を許容されて前記ハブの斜面に当接可能であり、中立位置から前記同期リングと反対方向に移動した場合には前記ハブに対して回転しないような形状に形成したことを特徴とする変速機用同期装置。
【請求項2】
前記ハブには前記切り欠きを6個形成するとともに、それぞれの前記同期リングを押圧可能な3個ずつの前記スラストピースを備えたことを特徴とする請求項1に記載の変速機用同期装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【公開番号】特開2006−226515(P2006−226515A)
【公開日】平成18年8月31日(2006.8.31)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−44620(P2005−44620)
【出願日】平成17年2月21日(2005.2.21)
【出願人】(594008626)協和合金株式会社 (49)
【Fターム(参考)】