説明

多層反射防止層およびその製造方法、プラスチックレンズ

【課題】湿度の高い雰囲気中におかれても、レンズ基材の局所的変形を起こさず、優れた
耐擦傷性を持つプラスチックレンズ、およびそのような特性をレンズ基材に付与する多層
反射防止層を提供すること。
【解決手段】多層反射防止層3は、高屈折率層(3H1、3H2、3H3)と低屈折率層
(3L1、3L2、3L3、3L4)とを積層してなり、高屈折率層(3H1、3H2、
3H3)が粒界を有する。プラスチックレンズ10は、レンズ基材1の上に多層反射防止
層3を備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多層反射防止層およびその製造方法およびそれを基材上に形成してなるプラ
スチックレンズに関する。
【背景技術】
【0002】
一般に、眼鏡用のプラスチックレンズには、傷防止のためのハードコート層と反射防止
層とが設けられる。ハードコート層はレンズ基材表面に形成され、反射防止層はハードコ
ート層表面に異なる屈折率を持つ物質を交互に積層してなるいわゆる多層反射防止層とし
て形成される。このような多層反射防止層を構成する物質としては、プラスチック基材が
変形しない比較的低温で層が形成ができ、かつ所定の物性が得られる物質が使用される。
所定の物性としては、屈折率、硬度、透明度等が挙げられる。このような物質として、低
屈折率層にはSiO,SiOx等の酸化ケイ素が用いられ、高屈折率層にはZrO
酸化ジルコニウム)、Ta(酸化タンタル)、TiO(酸化チタン)、Nb
(酸化ニオブ)等が用いられている(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
【特許文献1】特開平7−134201号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
一方、プラスチックレンズ表面の耐擦傷性を向上させるために、多層反射防止層を構成
する高屈折率材料層(酸化チタン層等の高屈折率層)の密度を上げることが多いが、その
ようなプラスチックレンズを高湿度下に放置すると、原因は不明であるが外観が悪化する
(レンズ基材が局所的にゆがむ)ことがある。また、高屈折率材料層(高屈折率層)の密
度を下げるとプラスチックレンズの外観は向上するが、プラスチックレンズ表面(多層反
射防止層)の耐擦傷性が低下する。
【0005】
そこで、本発明の目的は、湿度の高い雰囲気中におかれても、レンズ基材の局所的変形
を起こさず、優れた耐擦傷性を持つプラスチックレンズ、およびそのような特性をレンズ
基材に付与する多層反射防止層およびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、鋭意研究の結果、レンズ基材の局所的変形は、プラスチックレンズその
ものが水分を吸収し、局所的に膨潤するためであることを見いだした。
一般に、プラスチックレンズ表面の耐擦傷性を向上させるために、多層反射防止層を構
成する高屈折率材料層(酸化チタン層等の高屈折率層)の密度を上げることが多いが、そ
うすると層そのものが硬くなり、それと同時に水分を透過しにくくなる。低屈折率材料層
(低屈折率層)として汎用的に用いられる酸化ケイ素層(SiO層)は、その材料特性
から水分をよく透過するので、多層反射防止層全体の水分透過性は、高屈折率層の水分透
過性により決定される。
そして、高屈折率層の密度を上げると多層反射防止層全体として水分は透過しにくくな
るが、一方で、レンズ基材表面のゴミや傷等によって成層時に局所的に生じた微細孔を水
分が透過し、その部分のレンズ基材が膨潤する(水分を吸って膨らむ)。結果的に水分の
透過した部分と透過しない部分とで不均一な膨潤が発生し、それが外観品質の低下(レン
ズ基材の局所的ゆがみ)を引き起こすことがわかってきた。
【0007】
そこで、本発明は、高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層であって
、前記高屈折率層が粒界を有することを特徴とする。
ここで、高屈折率層としては、ZrO(酸化ジルコニウム)、Ta(酸化タン
タル)、TiO(酸化チタン)、Nb(酸化ニオブ)、酸化チタン(TiO
等からなる層が挙げられ、低屈折率層としては酸化ケイ素(SiOx、SiO2)等から
なる非晶質層が挙げられる。また、粒界とは、構造物が無数の粒子から構成されている場
合に、粒子と粒子との境をいう。
本発明の多層反射防止層によれば、高屈折率層が粒界を有するため、粒子と粒子との境
を容易に水分が通ることができ、結果的に多層反射防止層が形成されている基材表面(界
面)に対して均一に水分を供給することが可能となる。それ故、たとえば、基材が水分に
より膨潤しやすいプラスチックであると、膨潤がこの基材の界面全体で均一に起こる。結
果として、高屈折率層の密度を高くして耐擦傷性を向上させた上で、高湿度下におけるプ
ラスチックレンズ等の外観品質を維持することができる。
【0008】
また、本発明は、高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層であって、
前記高屈折率層が多結晶からなる層であることを特徴とする。
多結晶は、単結晶の集合として構成され、単結晶と単結晶の境には粒界と呼ばれる、周
期構造が乱れた、結合力の弱い部分があり、この部分はいわゆる空隙であるため水分が透
過しやすくなっている。
本発明の多層反射防止層を構成する高屈折率層は結晶層であるので、層全体に粒界が存
在し、均一に水分が通ることができるため、結果的に基材表面(界面)に対して均一に水
分を供給することができる。それ故、前記したように、高屈折率層の密度を高くして多層
反射防止層の耐擦傷性を向上させた上で、高湿度下におけるプラスチックレンズ等の外観
品質を維持することができる。
【0009】
本発明では、前記高屈折率層が酸化チタンからなる層であることが好ましい。
この発明によれば、高屈折率層が酸化チタン層であるため、非晶状態だけでなく粒界を
持った高密度の多結晶状態とすることも容易であり、耐擦傷性および均一な水分透過性を
持った多層反射防止層を容易に提供できる。また、酸化チタンからなる層は、屈折率が非
常に高いため、低屈折率層との屈折率差を大きくでき、多層反射防止層の積層数を低減で
きるため、コスト的にも有利である。
【0010】
本発明では、前記低屈折率層が酸化ケイ素からなる層であることが好ましい。
この発明によれば、低屈折率層が酸化ケイ素からなる層であるので、均一に水分を透過
し、かつ適当な硬さを持った層を電子ビーム蒸着等で容易に得られるため、多層反射防止
層の構成成分として好適である。
【0011】
本発明のプラスチックレンズは、プラスチックレンズ基材(以下、「レンズ基材」また
は単に「基材」ともいう)と、前記プラスチックレンズ基材の上に前述の多層反射防止層
を形成したことを特徴とする。
ここで、レンズ基材としては、例えば、透明なプラスチックであるアクリル樹脂、チオ
ウレタン系樹脂、メタクリル系樹脂、アリル系樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボ
ネート、ポリスチレン、ジエチレングリコールビスアリルカーボネート(CR−39)、
ポリ塩化ビニル、ハロゲン含有共重合体、イオウ含有共重合体等が挙げられる。
本発明のプラスチックレンズによれば、レンズ基材の上に、前述の多層反射防止層を形
成しているので、高湿度下に置かれた場合であっても、このレンズ基材の界面全体で膨潤
が均一に起こるためレンズ基材が局所的に変形を起こすことがない。従って、高屈折率層
の密度を高くして耐擦傷性を向上させても、高湿度下におけるプラスチックレンズの外観
品質を維持することができる。
【0012】
なお、レンズ基材の上には、必要に応じてハードコート層を設けてもよい。ハードコー
ト層としては、ハードコート層を形成するためのハードコート液が以下の(A)成分と(
B)成分とを含んでいると、硬化後のハードコート層として十分な硬度を持つことができ
るので好ましい。
(A)一般式:RSiXで示される有機ケイ素化合物
(式中、Rは、重合可能な反応基を有する有機基であり、例えば、炭素数1〜6の炭化
水素基である。Xは、加水分解性基を示す。)
(B)アナターゼ型またはルチル型の結晶構造を有する酸化チタンを含有する無機酸化物
粒子
本発明は、高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層の製造方法であっ
て、前記高屈折率層を蒸着にて成膜する際の加速電圧が700〜1000V、加速電流が
500〜1200mAであることを特徴とする。
本発明の多層反射防止層の製造方法の蒸着条件によれば、高屈折率層を多結晶化すること
が可能であり、高湿度下におけるプラスチックレンズ等の外観品質を維持することができ
ると同時に、高屈折率層の密度を高くして多層反射防止層の耐擦傷性を向上させることが
できる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、本発明の実施形態を説明する。
本実施形態の眼鏡用プラスチックレンズは、透明なプラスチック製の基材と、この基材
上に形成されたハードコート層と、このハードコート層上に形成された多層反射防止層と
を備えている。
【0014】
(1.基材)
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1には、本実施形態に係る眼鏡用プラスチックレンズ10の概略断面図が示されてい
る。プラスチックレンズ10の基材1の表面には、傷を防止するためのハードコート層2
が設けられている。また、ハードコート層2の表面には、5層からなる光学多層膜である
多層反射防止層3が設けられている。
【0015】
基材1には、透明なプラスチックであるアクリル樹脂、チオウレタン系樹脂、メタクリ
ル系樹脂、アリル系樹脂、エピスルフィド系樹脂、ポリカーボネート、ポリスチレン、ジ
エチレングリコールビスアリルカーボネート(CR−39)、ポリ塩化ビニル、ハロゲン
含有共重合体、イオウ含有共重合体が使用される。
基材1の屈折率は、酸化チタンを含んだハードコート層2の屈折率と合わせるためには
、1.6以上が好ましい。特に、アリルカーボネート系樹脂、アクリレート系樹脂、メタ
クリレート系樹脂、およびチオウレタン系樹脂が好ましい。
【0016】
(2.ハードコート層)
ハードコート層2は、有機材料単体、無機材料単体若しくはそれらの複合材料で形成さ
れるが、硬度が得られる点と屈折率の調整が可能な点とから複合材料が好ましい。ハード
コート層2の屈折率を基材1の屈折率と同程度に調整することによって、ハードコート層
2と基材1との界面での反射で生じる干渉縞および透過率の低下を防げる。
具体的には、ハードコート層2を形成するためのハードコート液が以下の(A)成分と
(B)成分とを含んでいると、硬化後のハードコート層として十分な硬度を持つことがで
きるので好ましい。なお、レンズ基材としては、ハードコート層を含めることもある。
(A)一般式:RSiXで示される有機ケイ素化合物
(式中、Rは、重合可能な反応基を有する有機基であり、例えば、炭素数1〜6の炭化
水素基である。Xは、加水分解性基を示す。)
(B)ルチル型の結晶構造を有する酸化チタンを含有する無機酸化物粒子
【0017】
(B)成分としては、粒径1〜200μmのルチル型の酸化チタン粒子であることが好
ましい。屈折率の調整の点から、これらの粒子のほかに、粒径1〜200μmのケイ素、
錫、ジルコニウム、アンチモンの金属酸化物粒子、あるいはこれらの複合酸化物粒子を組
み合わせてハードコート層として複合材料を形成するのがよい。
また、無機材料としてチタンを使用する際は、その光活性に起因するハードコート層2
および基材1の耐光性の低下(具体的には、黄変による透過率の低下や界面の劣化による
層はがれの発生)を防ぐために、ルチル型結晶構造を持つチタン酸化物やチタン酸化物の
周りを二酸化ケイ素が包む構造の複合酸化物粒子を使用するのが好ましい。ハードコート
層2の厚さは、傷つき難さの点から数μmが好ましい。
なお、基材1とハードコート層2との密着性を得るために、基材1とハードコート層2
との界面にプライマ層を設けてもよい。
【0018】
(3.多層反射防止層)
図1に示すように、多層反射防止層3は、低屈折率層3L1、3L2、3L3、3L4
と高屈折率層3H1、3H2、3H3とが交互に積層された7層構造を有している。
低屈折率層3L1、3L2、3L3、3L4は、プラスチックレンズ基材の変形しない
温度領域で通常の真空蒸着法によって形成でき、本実施形態では酸化ケイ素層(SiO
層)である。
【0019】
高屈折率層3H1、3H2、3H3に使用可能な物質としては、ZrO(酸化ジルコ
ニウム)、Ta(酸化タンタル)、TiO(酸化チタン)等が挙げられるが、本
実施形態で使用される酸化チタン層は、最も高屈折率であり、少ない層数で目的とする反
射防止特性を発揮できるので最も好ましい。
【0020】
多層反射防止層3を基材1あるいはハードコート層2の上に形成するには、通常のイア
ンアシスト(IAD)電子ビーム蒸着装置が用いられる。
図2は、本実施形態の反射防止層3の製造に用いる蒸着装置100の模式図である。図
2において、蒸着装置100は、真空容器11、排気装置20、およびガス供給装置30
を備えているいわゆる電子ビーム蒸着装置である。
【0021】
真空容器11は、真空容器11内に蒸着材料がセットされた蒸発源(るつぼ)12,1
3、蒸発源12、13の蒸着材料を加熱溶解(蒸発)する加熱手段14、基材1が載置さ
れる基材支持台15、基材1を加熱するための基材加熱用ヒータ16、フィラメント17
、および、導入したガスをイオン化し加速して基材1に照射するイオン銃18等を備えて
いる。また、必要に応じて真空容器11内に残留した水分を除去するためのコールドトラ
ップや、層厚を管理するための装置等が具備される。
【0022】
蒸発源12、13は、蒸着材料がセットされたるつぼであり、真空容器11の下部に配
置されている。
加熱手段14は、フィラメント17の発熱によって発生する熱電子を、電子銃により加
速、偏向して、蒸発源12、13にセットされた蒸着材料に照射し蒸発させる。いわゆる
電子ビーム蒸着が行われる。加速電流値に特に制限はないが、加速電流値は蒸着速度との
密接な関係があるため必要な蒸着速度に応じて調整できる。
また、蒸着材料を蒸発させる他の方法として、タングステン等の抵抗体に通電し蒸着材
料を溶融/気化する方法(いわゆる、抵抗加熱蒸着)、高エネルギーのレーザー光を蒸発
させたい材料に照射する方法等がある。
【0023】
基材支持台15は、所定数の基材1を載置する支持台であり、蒸発源12、13と対向
した真空容器11内の上部に配置されている。基材支持台15は、基材1に形成される反
射防止層3の均一性を確保し、かつ量産性を高めるために回転機構を有するのが好ましい

【0024】
基材加熱用ヒータ16は、例えば赤外線ランプからなり、基材支持台15の上部に配置
されている。基材加熱用ヒータ16は、基材1を加熱することにより基材1のガス出しあ
るいは水分とばしを行い、基材1の表面に形成される層の密着性を確保する。
なお、赤外線ランプの他に抵抗加熱ヒータ等を用いることができる。但し、基材1の材
質がプラスチックの場合には、赤外線ランプを用いるのが好ましい。
【0025】
以上に説明した真空容器11内の基材支持台15に、ハードコート層2の形成された基
材1が載置されて、蒸着装置100を稼動して多層反射防止層3の形成が行われる。
一般に、酸化チタンは非晶性の層として得られるが、本実施形態では、イオン銃の出力
を上げることで、酸化チタンからなる層(酸化チタン層)3H1、3H2、3H3を結晶
層(多結晶からなる層)とする。酸化チタン層3H1、3H2、3H3を結晶層とする好
ましい条件は加速電圧700〜1000V、加速電流500〜1200mAである。
なお、多層反射防止層の上には、必要に応じて撥水層や防曇性を有する層を形成しても
よい。
【0026】
このような本実施形態によれば、以下の効果がある。
多層反射防止層3を構成する高屈折率層(酸化チタン層)3H1、3H2、3H3が多
結晶層であり、内部に粒界を有するので、多層反射防止層3を表面に形成してなるプラス
チックレンズ10を高湿度に放置しても、レンズ基材が均一に膨潤するため、レンズ基材
が変形(ゆがむ)することがない。
従って、多層反射防止層3を構成する高屈折率層(酸化チタン層)3H1、3H2、3
H3の密度を十分に上げることができ、耐擦傷性に優れたプラスチックレンズ10を提供
できる。
なお、低屈折率層(酸化ケイ素層)3L1、3L2、3L3、3L4やハードコート層
2は、水分に関しては非常に透過性がよいため、水分の透過性は、事実上、酸化チタン層
3H1、3H2、3H3によって決定される。
【0027】
また、簡便なイオンアシスト真空蒸着法によって、多層反射防止層3を形成できるので
コスト的にも優れている。
基材1の屈折率が1.6以上であるので、屈折率の高い酸化チタンを含んだハードコー
ト層2によって、屈折率が合わせやすく、基材1とハードコート層2との界面の反射が抑
えることができ、干渉縞の発生を抑え、透過率を高くできる。
耐光性のあるハードコート層2と組み合わせることによって、耐光性のよいプラスチッ
クレンズ10を形成できる。
基材1の屈折率が高いので、プラスチックレンズ10を薄型化でき、眼鏡用として好適
である。
【0028】
さらに、本発明を実施するための最良の構成、方法などは、以上の記載で開示されてい
るが、本発明は、これに限定されるものではない。すなわち、本発明は、主に特定の実施
形態に関して特に図示され、かつ、説明されているが、本発明の技術的思想および目的の
範囲から逸脱することなく、以上述べた実施形態に対し、形状、材質、数量、その他の詳
細な構成において、当業者が様々な変形を加えることができるものである。
したがって、上記に開示した形状、材質などを限定した記載は、本発明の理解を容易に
するために例示的に記載したものであり、本発明を限定するものではないから、それらの
形状、材質などの限定の一部もしくは全部の限定を外した部材の名称での記載は、本発明
に含まれるものである。
高屈折率層の構成物質としてTiOを用いたが、その他、ZrO、Ta、N
等を用いてもよい。
また、多層反射防止層の形成方法に制限はなく、電子ビーム蒸着法以外にも、高周波ス
パッタリング法、直流スパッタリング法、CVD法(化学気相成長法)イオンプレーティ
ング法等種々の方法が採用できる。
【実施例】
【0029】
次に、本発明の実施例について説明するが、本発明は、以下の実施例に限定されるもの
ではなく、本発明の目的を達成できる範囲での変形、改良等は本発明に含まれるものであ
る。なお、各符号は、前記実施形態と共通である。
[実施例1]
眼鏡用プラスチックレンズ10の基材1として、製品名セイコーエプソン株式会社製セ
イコースーパーソブリン用レンズ(屈折率1.67)を用いた。この基材1に、以下に述
べるコーティング液を塗布および硬化してハードコート層2を形成した。その後、多層反
射防止層3を形成した。なお、基材1としては、後述する恒温恒質試験用(−3.00度
、中心厚約1mm)と耐擦傷性試験用(−0.00度、中心厚約2mm)の2種類を準備
して、同様に眼鏡用プラスチックレンズ10を製造した。
【0030】
(1)コーティング液の調製
撹拌子を備えた反応容器にγ−グリシドキシプロピルトリメトキシシラン74.93g
、γ−グリシドキシプロピルメチルジメトキシシラン37.61g、0.1規定塩酸水溶
液38.2gを投入し、60分撹拌した。次に、蒸留水275.11gを投入し、さらに
60分撹拌した。その後、アナターゼ型酸化チタン、酸化ジルコニウム、酸化ケイ素、酸
化スズの複合ゾル(触媒化成工業株式会社製、商品名「オプトレイク1820Z(U25
・A8)」)584.39g、シリコーン系界面活性剤(東レ・ダウシリコーン製、商品
名「L−7604」)0.30gを添加し、充分撹拌した後、コーティング液とした。
【0031】
(2)コーティング液の塗布および硬化
上記(1)の調製によって得られたコーティング液を、基材1の凸面にスピンコート法
により塗布し、135℃で0.5時間加熱・硬化した。その後、凹面についても同様の操
作をおこなった後、135℃で2.5時間加熱・硬化して、ハードコート層2が形成され
た基材1を得た。
【0032】
(3)多層反射防止層3の形成
実施形態において説明したIAD(イオンアシスト)電子ビーム蒸着装置(図2)を用
い、上記(2)の操作で得られたハードコート層2が形成された基材1を蒸着装置100
内の基材支持台15に載置した。
次に、蒸着源12,13に配置された二酸化ケイ素、酸化チタンを交互に電子ビームに
より溶融気化させて7層からなる多層反射防止層3を形成した。低屈折率層(SiO
)3L1、3L2、3L3、3L4および高屈折率層(TiO層)3H1、3H2、3
H3の成層条件は下記の通りである。
【0033】
<SiO層の成層条件>
導入ガス:なし
IAD :なし
圧力 :2×10―3Pa
電子ビーム電流値:100mA
【0034】
<TiO層の成層条件>
導入ガス:なし
IAD:
加速電圧:800V
加速電流:1000mA
ガス流量:25sccm
圧力 :7×10−3Pa
電子ビーム電流値:250mA
【0035】
本実施例の多層反射防止層3の構成は、設計波長λは500nmで、基材1側よりSi
(43nm)/TiO(7nm)/SiO(217nm)/TiO(21nm
)/SiO(39nm)/TiO(28nm)/SiO(99nm)の7層構成の
層構成であった。この電子顕微鏡写真は、多層反射防止膜3の7層構成のうち、大気側の
5層部分のみを撮影したものである(後述する比較例も同様である)。ここで、SiO
層の屈折率は1.46、TiO層の屈折率は2.48であった。
図3(A)に、多層反射防止層3の断面の電子顕微鏡写真を示した。TiO層3H2
、3H3が結晶化しており、粒界が存在することがわかる。
【0036】
[比較例1]
以下に示す、TiO2層の形成条件以外は、実施例1と同様にして眼鏡用プラスチック
レンズを製造した。
<TiO層の成層条件>
導入ガス:なし
IAD:
加速電圧:500V
加速電流:300mA
ガス流量:25sccm
圧力 :7×10−3Pa
電子ビーム電流値:300mA
層厚構成は、実施例1と同じであるが、TiO層の屈折率は2.42であった。
図3(B)に、多層反射防止層3’の断面の電子顕微鏡写真を示した。観察しやすいよ
うに基材はSiウエハーを用い、膜厚も変更した。TiO層3H2’、3H3’は均一
な非晶層であり、粒界は存在しない。
【0037】
[比較例2]
以下に示す、TiO2層の形成条件以外は、実施例1と同様にして眼鏡用プラスチック
レンズを製造した。
<TiO層の成層条件>
導入ガス:O2(25sccm)
IAD:
加速電圧:500V
加速電流:300mA
ガス流量:25sccm
圧力 :1.3×10−2Pa
電子ビーム電流値:300mA
層厚構成は、実施例1と同じであるが、TiO層の屈折率は2.38であった。
図3(C)に、多層反射防止層3’’の断面の電子顕微鏡写真を示した。TiO層3
H2”、3H3”は均一な非晶層であり、粒界は存在しない。
【0038】
[評価方法]
前記した方法で得られた眼鏡用プラスチックレンズについて以下のような評価を行った
。結果を表1に示す。
(1)恒温恒湿試験(外観)
60℃、100%の雰囲気下にレンズを放置し、7日後の状態を目視により観察する。外
観の変化の程度を目視により、次の段階に分けて評価した。
○:変化が認められない。
△:表面に微細な凹凸が発生したように見える。(半分以下の面積)
×:表面に微細な凹凸が発生したように見える。(全面)
【0039】
(2)耐擦傷性試験
眼鏡用プラスチックレンズに、スチールウール(日本スチールウール(株)製、商品名
ボンスター、品番#0000)で1Kgfの荷重をかけ、表面を10往復させて、傷つい
た程度を目視で観察した。傷の程度を目視の観察により10段階(1(悪)〜10(良)
)にランク付けし、10枚評価した後の平均値を評価結果とした。
【0040】
(3)水蒸気透過性試験
ポリカーボネート板上に、前記した実施例1、比較例1および比較例2の成層条件と同
じ条件でTiO層を約200nmの厚みで成層し、水蒸気透過度を測定した。なお、S
iO層についても同様の条件で成層し、水蒸気透過度を測定した。測定は、JIS−K
7129 A法に準拠して、Lussy製 L80−5000型水蒸気透過度計を用い
て行った。
【0041】
【表1】

【0042】
[評価結果]
実施例1で得られた眼鏡用プラスチックレンズ10は、高温、高湿度下に長時間放置さ
れても、外観が変化しない。一方、比較例1は、高屈折率層(TIO層)3H1’、3
H2’ 、3H3’の水蒸気透過度度が極めて低く、それ故、部分的に存在する微細孔の
ために、局所的な膨潤が起こり結果としてレンズ10’は、全面にわたって表面に微細な
凹凸が発生したように見える。また、比較例2は、高屈折率層(TIO層)3H1”、
3H2” 、3H3”の密度を下げ、水蒸気透過度を上げたものであり、外観に関しては
実施例1と同様に優れるが、耐擦傷性に劣っている。
なお、図4に多層反射防止層3、3’、3”の反射特性を示した。横軸は波長で、縦軸
は反射率である。3本とも全く同一の曲線となり、実施例1のように、TiO層が結晶
化しても反射防止層としての反射防止特性は何ら劣らないことがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明は、眼鏡用プラスチックレンズに利用できる他、防塵ガラス、防塵水晶、コンデ
ンサレンズ、プリズム、光ディスクの反射防止、ディスプレイの反射防止、太陽電池の反
射防止、光アイソレータにも利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の実施形態にかかる眼鏡用プラスチックレンズの概略断面図。
【図2】前記実施形態における蒸着装置を示す概略図。
【図3】本発明の実施例における多層反射防止層の電子顕微鏡写真。
【図4】本発明の実施例における反射防止層の反射特性を示す図。
【符号の説明】
【0045】
1…基材(レンズ基材)、2…ハードコート層、3…多層反射防止層、3L1、3L2
、3L3、3L4…低屈折率層(酸化ケイ素層、SiO層)、3H1、3H2、3H3
…高屈折率層(酸化チタン層、TiO層)、11…真空容器、12、13…蒸発源、1
4…加熱手段、15…基材支持台、16…基材加熱用ヒータ、17…フィラメント、18
…イオン銃、20…排気装置、21…ターボ分子ポンプ、22…圧力調節バルブ、30…
ガス供給装置、31…ガスシリンダ、32…流量制御装置、50…圧力計、100…蒸着
装置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層であって、
前記高屈折率層が粒界を有することを特徴とする多層反射防止層。
【請求項2】
高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層であって、
前記高屈折率層が多結晶からなる層であることを特徴とする多層反射防止層。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の多層反射防止層において、
前記高屈折率層が酸化チタンからなる層であることを特徴とする多層反射防止層。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかに記載の多層反射防止層において、
前記低屈折率層が酸化ケイ素からなる層であることを特徴とする多層反射防止層。
【請求項5】
プラスチックレンズ基材と、前記プラスチックレンズ基材の上に請求項1〜請求項4の
いずれかに記載の多層反射防止層を形成したことを特徴とするプラスチックレンズ。
【請求項6】
高屈折率層と低屈折率層とを積層してなる多層反射防止層の製造方法であって、
前記高屈折率層を蒸着にて成膜する際の加速電圧が700〜1000V、加速電流が5
00〜1200mAであることを特徴とする多層反射防止層の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−279203(P2007−279203A)
【公開日】平成19年10月25日(2007.10.25)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2006−102948(P2006−102948)
【出願日】平成18年4月4日(2006.4.4)
【出願人】(000002369)セイコーエプソン株式会社 (51,324)
【Fターム(参考)】