説明

多層膜反射鏡および露光装置

【課題】 多層膜における物質の積層数を減らすことなく、多層膜全体の応力を低減できる多層膜反射鏡および露光装置を提供する。
【解決手段】 軟X線領域の光(EUV光)を反射する多層膜11が基板12の表面に形成され、多層膜は、軟X線領域における屈折率の異なる第1層21と第2層22とが交互に積層され、第1層と第2層のうち少なくとも何れか一方の層(例えば第1層21)は、該層を構成する第1物質が、該第1物質とは異なる第2物質により複数の薄層2Aに分割され、第2物質の薄層2Bの膜厚DMBは0.7nm以下である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、軟X線領域で用いられる多層膜反射鏡および露光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体集積回路の微細化に伴い、リソグラフィ工程における解像力向上のために、紫外線領域より波長の短い軟X線領域(波長11nm〜14nm程度)の光を使用することが提案されている(例えば非特許文献1を参照)。軟X線領域の光はEUV光とも呼ばれる(Extreme Ultraviolet;極紫外線)。EUV光を使用したリソグラフィ(EUVL)は、波長190nm程度以上の光を使用したリソグラフィでは不可能な“解像力50nm以下”を実現できる将来の技術として期待されている。
【0003】
ところで、軟X線領域における物質の屈折率は真空の屈折率(=1)に非常に近いため、EUVLの光学系には、屈折型ではなく反射型の光学素子が用いられる。EUVL用の反射型の光学素子として提案されている多層膜反射鏡は、基板の表面に多層膜を形成したものである(例えば特許文献1を参照)。そして、多層膜の界面での微弱な反射光の位相を合わせて多数重畳させることにより、全体として高い反射率を得ている。
【0004】
なお、多層膜は、軟X線領域における屈折率の異なる2種類の層を交互に積層したものであり、各層が単一の物質からなる。また、多層膜反射鏡において、所望の高い反射率を得るために必要な界面の数は非常に多く、例えば50面である。
【特許文献1】特開2004−93483号公報
【非特許文献1】D.Tichenor,et al.,SPIE,Vol.2437(1995)p.292
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、多層膜の各層として使用可能な物質は応力(通常は圧縮応力)が比較的強く、必要な界面の数(例えば50面)を確保するためにその物質を多数積層すると、積層した数に応じて多層膜全体の応力が増大し、その影響で基板が変形して、多層膜反射鏡の結像性能が低下してしまう。EUVL用の露光装置では、多層膜反射鏡の結像性能が低下すると、所望の解像力を得ることが難しくなり、好ましくない。
【0006】
そのため、多層膜における物質の積層数を減らして多層膜全体の応力を低減し、所望の結像性能を維持しようとすると、多層膜の界面の数が少なくなった分だけ反射率が低下してしまう。EUVL用の露光装置では、多層膜反射鏡の反射率が低下すると、感光性基板に対する露光時の光量損失が大きくなり、露光時間の長時間化に伴ってスループットが低下するため、好ましくない。
【0007】
本発明の目的は、多層膜における物質の積層数を減らすことなく、多層膜全体の応力を低減できる多層膜反射鏡および露光装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
請求項1に記載の多層膜反射鏡は、軟X線領域の光を反射する多層膜が基板の表面に形成され、前記多層膜は、軟X線領域における屈折率の異なる第1層と第2層とが交互に積層され、前記第1層と前記第2層のうち少なくとも何れか一方の層は、該層を構成する第1物質が、該第1物質とは異なる第2物質により複数の薄層に分割され、前記第2物質の膜厚は0.7nm以下である。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1に記載の多層膜反射鏡において、前記第1物質の膜厚と応力との関係は、膜厚が所定値より小さいときに引っ張り応力を示し、膜厚が前記所定値に等しいときに応力が0となり、膜厚が前記所定値より大きいときに圧縮応力を示すような関係である。
請求項3に記載の発明は、請求項1に記載の多層膜反射鏡において、前記第1物質の膜厚と応力との関係は、膜厚の増加と共に圧縮応力が非線形に増加すると共に、該圧縮応力の増加係数も膜厚の増加と共に大きくなるような関係である。
【0010】
請求項4に記載の発明は、請求項1から請求項3の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、前記第1物質からなる前記薄層それぞれの膜厚は2nm以下である。
請求項5に記載の発明は、請求項1から請求項4の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、前記第2物質の屈折率は、前記第1物質の屈折率に略等しいものである。
請求項6に記載の発明は、請求項5に記載の多層膜反射鏡において、前記第1物質は、モリブデン(Mo)であり、前記第2物質は、炭化ホウ素(B4C)と酸化モリブデン(MoO2)とルテニウム(Ru)のうち少なくとも何れか1種類を含むものである。
【0011】
請求項7に記載の発明は、請求項1から請求項6の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、前記第2物質の膜厚は0.4nm以下である。
請求項8に記載の露光装置は、軟X線領域の光を発生する光源と、前記光源からの光をマスクに導く第1光学系と、前記マスクからの光を感光性基板に導く第2光学系とを備え、前記第1光学系および/または前記第2光学系の少なくとも一部の光学素子は、請求項1から請求項7の何れか1項に記載の多層膜反射鏡である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、多層膜における物質の積層数を減らすことなく、多層膜全体の応力を低減することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
以下、図面を用いて本発明の実施形態を詳細に説明する。
(第1実施形態)
第1実施形態の多層膜反射鏡10は、図1(a)に示す通り、EUV光を反射する多層膜11が基板12の表面に形成されたものである。多層膜反射鏡10は、直入射近傍(入射角<20度)で使用される。以下、EUV光の波長が13.5nm付近の場合を例に、本実施形態の多層膜反射鏡10について説明する。
【0014】
多層膜反射鏡10の多層膜11は、図1(b)に示す通り、軟X線領域(ここでは使用波長13.5nm)における屈折率の異なるモリブデン(Mo)層21とシリコン(Si)層22とを交互に積層したもの(Mo/Si多層膜)である。多層膜11の形成には、例えばスパッタリング法が用いられる。
多層膜反射鏡10において、所望の高い反射率を得るために必要な界面23の数は、例えば50面である。多数の界面23(例えば50面)での微弱な反射光の位相を合わせて重畳させることにより、全体として高い反射率を得ることができる。多数の界面23での反射光の位相を合わせるためには、EUV光の波長および入射角とMo層21,Si層22の屈折率とを考慮して、Mo層21,Si層22の膜厚DM,DSの合計(つまり各々の界面23の間隔)を調整すればよい。
【0015】
Si層22は、単一の物質(Si)からなり、膜厚DS=4.3nmである。Siは、軟X線領域(ここでは使用波長13.5nm)での屈折率と真空の屈折率(=1)との差が小さい物質である。Si層22の内部応力は、膜厚DS=4.3nmにおいて、小さな圧縮応力を示す。ちなみに、圧縮応力とは、多層膜反射鏡10の曲率半径が大きくなる方向に働く。
【0016】
Mo層21は、膜厚DM=2.6nmである。Moは、軟X線領域(ここでは使用波長13.5nm)での屈折率と真空の屈折率(=1)との差が大きい物質である。Mo層21の内部応力は、仮にMo層21を単一の物質(Mo)で構成した場合、膜厚DM=2.6nmにおいて、上記の膜厚DS=4.3nmのSi層22より強い(3倍程度の)圧縮応力を示す。
【0017】
本実施形態の多層膜反射鏡10では、Mo層21の内部応力の絶対値を低減(圧縮応力を低減)するために、Mo層21を単一の物質(Mo)ではなく、図1(c)のような積層構造とする。つまり、図1(c)に示す通り、Mo層21を構成する主要な物質(Mo)を4つの薄層2Aに分割して、この薄層2Aどうしの間に、炭化ホウ素(B4C)からなる薄層2Bを挿入している。
【0018】
Mo層21において、Moからなる4つの薄層2Aそれぞれの膜厚DMA=0.5nmである。B4Cからなる3つの薄層2Bそれぞれの膜厚DMB=0.2nmである。また、B4CはMoとは異なる物質であるが、その屈折率はMoの屈折率に略等しい。本実施形態のMoは請求項の「第1物質」に対応し、B4Cは「第2物質」に対応する。
このように、Mo層21を構成する主要な物質(Mo)は、B4Cからなる膜厚DMB=0.2nmの薄層2B(3つ)により、膜厚DMA=0.5nmの薄層2A(4つ)に分割されている。Moを4つの薄層2Aに分割すると共に、その間にB4Cの薄層2Bを挿入する場合であっても、薄層2Bの膜厚DMBは非常に薄い(DMB=0.2nm)ため、B4Cの薄層2Bによる光学的な影響は非常に小さく、Mo層21の光学特性は、単一の物質(Mo)で構成した場合と同様の光学特性と考えられる。
【0019】
そして、積層構造のMo層21の内部応力の絶対値(ここでは圧縮応力)は、Mo層21を単一の物質(Mo)で構成した場合と比較して、次のように低減される。
まず、Moの膜厚と内部応力との関係について図2(a)を用いて説明する。Moの膜厚と内部応力との関係は、膜厚が0より大きく且つ所定値D0より小さいときに引っ張り応力(内部応力>0)を示し、膜厚が所定値D0に等しいときに応力が0となり、膜厚が所定値D0より大きいときに圧縮応力(内部応力<0)を示すような関係である。なお、引っ張り応力とは、圧縮応力とは逆に、多層膜反射鏡10の曲率半径が小さくなる方向に働く。
【0020】
つまり、Moの成膜過程において、初期段階では引っ張り応力(内部応力>0)が優勢であり、膜厚の増加と共に引っ張り応力が一旦増加してピークを迎えた後に小さくなり、膜厚が所定値D0を超えると圧縮応力(内部応力<0)に転化し、その後、膜厚の増加と共に圧縮応力が増加していく。図2(a)では内部応力の変化が線形的であるように示したが、非線形的であっても構わない。成膜初期の応力変化のうち引っ張り応力がピーク値となる膜厚は0近傍である。
【0021】
上記の所定値D0は、成膜方法や成膜装置に依存して変わるが、概略、Mo層21の膜厚DM=2.6nmより小さい。このため、Mo層21を単一の物質(Mo)で構成する場合、膜厚DM=2.6nmにおける内部応力S1は大きな圧縮応力を示し、既に説明した膜厚DS=4.3nmのSi層22より強い(3倍程度)。
これに対し、Mo層21を積層構造(図1(c))とした場合、Moは4つの薄層2Aに分割されているため、成膜時の内部応力の変化は、図2(b)に示すようになる。
【0022】
1つ目の薄層2Aを成膜する際(図中(1)参照)、Mo層21の内部応力は図2(a)と同様の変化を示す。1つ目の薄層2Aの膜厚が0近傍のときの内部応力(ピーク値)は、Moの応力特性のピーク値(Moの膜厚が0近傍のときの内部応力S0)に等しい。そして、1つ目の薄層2Aの膜厚がDMA=0.5nmになると、この場合の内部応力の変化は、B4Cの薄層2Bによって遮断される。この時点でのMo層21の内部応力をS2とする。図2(b)の例では、内部応力S2<0(つまり圧縮応力)である。
【0023】
次いで、2つ目の薄層2Aを成膜する際(図中(2)参照)、内部応力のピーク値(2つ目の薄層2Aの膜厚が0近傍のときの内部応力)は、1つ目の薄層Aを成膜した後の内部応力S2とは異なる値を示し、Moの応力特性のピーク値(内部応力S0)の分だけリセットされ、概略、“S2+S0”となる。
また、2つ目の薄層2Aの膜厚増加に伴ってMo層21の内部応力が変化する様子は、上記のピーク値(S2+S0)を除いて、1つ目の薄層2Aの成膜中と同様である。そして、2つ目の薄層2Aの膜厚がDMA=0.5nmになると、この場合の内部応力の変化も、B4Cの薄層2Bによって遮断される。この時点でのMo層21の内部応力は、2・S2(<0)となる。
【0024】
次いで、3つ目の薄層2Aを成膜する際(図中(3)参照)、内部応力のピーク値(3つ目の薄層2Aの膜厚が0近傍のときの内部応力)は、2つ目の薄層Aを成膜した後の内部応力2・S2とは異なる値を示し、Moの応力特性のピーク値(内部応力S0)の分だけリセットされ、概略、“2・S2+S0”となる。
また、3つ目の薄層2Aの膜厚増加に伴ってMo層21の内部応力が変化する様子は、上記のピーク値(2・S2+S0)を除いて、1つ目および2つ目の薄層2Aの成膜中と同様である。そして、3つ目の薄層2Aの膜厚がDMA=0.5nmになると、この場合の内部応力の変化も、B4Cの薄層2Bによって遮断される。この時点でのMo層21の内部応力は、3・S2(<0)となる。
【0025】
次いで、最後(4つ目)の薄層2Aを成膜する際(図中(4)参照)、内部応力のピーク値(4つ目の薄層2Aの膜厚が0のときの内部応力)は、3つ目の薄層Aを成膜した後の内部応力3・S2とは異なる値を示し、Moの応力特性のピーク値(内部応力S0)の分だけリセットされ、概略、“3・S2+S0”となる。
また、4つ目の薄層2Aの膜厚増加に伴ってMo層21の内部応力が変化する様子は、上記のピーク値(3・S2+S0)を除いて、1つ目〜3つ目の薄層2Aの成膜中と同様である。そして、4つ目の薄層2Aの膜厚がDMA=0.5nmになると、この場合の内部応力の変化は、Si層22(図1(c)参照)によって遮断される。最終的なMo層21の内部応力は、4・S2(<0)となる。
【0026】
上記のように、積層構造のMo層21の内部応力は、その成膜中に、Moの薄層2Aが切り替わる(図2(b)の(1)→(2),(2)→(3),(3)→(4))ごとに、Moの応力特性のピーク値(内部応力S0)の分だけリセットされていく。このため、積層構造のMo層21の最終的な内部応力“4・S2(<0)”は、Mo層21を単一の物質(Mo)で構成した場合の内部応力“S1(<0)”と比較して、確実に小さな絶対値を示すことになる。つまり、Mo層21を積層構造とすることで、Mo層21の圧縮応力を確実に低減することができる。
【0027】
したがって、積層構造のMo層21と単一構造のSi層22とを交互に積層することで多層膜11を形成し、本実施形態の多層膜反射鏡10を作製した場合には、多層膜11におけるMoやSiの積層数を減らすことなく、多層膜11の全体の内部応力を低減することができる。そして、多層膜11におけるMoやSiの積層数を減らす必要がないので、所望の高い反射率を得るために必要な界面23の数(例えば50面)を確保できる。
【0028】
ここで、本実施形態の多層膜反射鏡10における多層膜11の全体の内部応力(界面23の数が50面の場合)のシミュレーション結果を、図3(a)に示す。また、図3(a)と比較するために、その隣には、単一構造のMo層21'とSi層22とを交互に積層した多層膜(図4)の全体の内部応力(界面23'の数が50面の場合)のシミュレーション結果を、図3(b)に示す。Mo層21'の膜厚も2.6nmである。
【0029】
図3(a),(b)の比較から分かるように、多層膜中の界面数が同じであっても、積層構造のMo層21(図1(c))を備えた多層膜11の全体の内部応力は約-50MPaであり、単一構造のMo層21'(図4)を備えた多層膜の全体の内部応力(約-530MPa)の1/10程度である。つまり、本実施形態の多層膜反射鏡10によれば、所望の高い反射率を得るために必要な界面23の数(例えば50面)を確保しつつ、多層膜11の全体の内部応力を確実に低減することができる。
【0030】
さらに、本実施形態の多層膜反射鏡10では、Mo層21を積層構造とする(すなわちMoを4つの薄層2Aに分割する)ために挿入したB4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBをDMB=0.2nmとしたので、B4Cの薄層2Bによる光学的な影響を非常に小さく抑えることができる。したがって、多層膜反射鏡10の所望の高い反射率として、70%以上の反射率を得ることができる。
【0031】
このように、本実施形態の多層膜反射鏡10によれば、所望の高い反射率を得ることができ、多層膜11の全体の内部応力を確実に低減することもできる。そして、多層膜11の全体の応力を低減できるため、基板11の変形を抑制でき、多層膜反射鏡10の所望の結像性能を維持することができる。
(第1実施形態の変形例)
なお、上記した第1実施形態では、Moを4つの薄層2Aに分割してMo層21を構成した(図1(c))が、本発明はこれに限定されない。Moの分割数を2つ以上とする場合であれば、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。Moの分割数に拘わらず、薄層2Aどうしの間には、B4Cの薄層2Bを1つずつ挿入すればよい。
【0032】
また、上記した第1実施形態では、Moを等しい膜厚DMA(例えばDMA=0.5nm)の薄層2Aに分割してMo層21を構成したが、本発明はこれに限定されない。Moを分割して得られる複数の薄層2Aの膜厚DMAが異なる場合にも、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。
さらに、上記した第1実施形態では、Moを分割して得られる薄層2Aそれぞれの膜厚DMAが、DMA=0.5nmである例を説明したが、本発明はこれに限定されない。上記したMoの分割数(2つ以上)に応じて、薄層2Aそれぞれの膜厚DMAを決めればよい。薄層2Aそれぞれの膜厚DMAが2nm以下であれば、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。
【0033】
また、上記した第1実施形態では、Moを複数(例えば4つ)の薄層2Aに分割するために挿入したB4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBが、DMB=0.2nmである例を説明したが、本発明はこれに限定されない。B4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBが0.7nm以下(より好ましくは0.4nm以下)であれば、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。
【0034】
ここで、B4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBと多層膜反射鏡10の反射率との関係についてのシミュレーション結果(図5(a),(b))を説明する。図5(a)はB4Cの薄層2Bを1層挿入してMoを2分割した場合、図5(b)は薄層2Bを2層挿入してMoを3分割した場合に対応する。図5の横軸は薄層2Bの膜厚DMB(nm)を表し、縦軸は多層膜反射鏡10の反射率(%)を表す。
【0035】
また、膜厚DMBを0〜1nmの範囲で変化させた場合の膜構成の一例を図6(a),(b)に示す。図6(a)は1層挿入、図6(b)は2層挿入に対応する。なお、図5(a),(b)のシミュレーションでは、EUV光の波長を13.5nmとし、入射角を0°とした。
図5,図6から分かるように、B4Cの薄層2Bの膜厚DMBを0.7nm以下とする場合、B4Cの1層挿入(Moの2分割)であれば、多層膜反射鏡10の反射率として70%以上を確保することができる。また、B4Cの2層挿入(Moの3分割)であれば、多層膜反射鏡10の反射率として65%以上を確保することができる。
【0036】
さらに、B4Cの薄層2Bの膜厚DMBを0.4nm以下とする場合、B4Cの1層挿入(Moの2分割)でも、2層挿入(Moの3分割)でも、多層膜反射鏡10の反射率として70%以上を確保することができる。
上記のように、Moを複数の薄層2Aに分割するために挿入したB4Cの薄層2Bの膜厚DMBが0.7nm以下(より好ましくは0.4nm以下)であれば、薄層2Bによる光学的な影響を非常に小さく抑えることができ、所望の高い反射率を得ることができる。
【0037】
また、上記した第1実施形態では、Moを複数の薄層2Aに分割するためにB4Cの薄層2Bを挿入したが、本発明はこれに限定されない。B4Cの他、酸化モリブデン(MoO2)とルテニウム(Ru)のうち何れか1つを用いてもよいし、B4C,MoO2,Ruのうち1種類以上を組み合わせてもよい。これらの物質(B4C,MoO2,Ru)はMoと屈折率が略等しいため、B4C,MoO2,Ruのうち少なくとも何れか1種類を含む薄層によりMoを分割する場合には、この薄層による光学的な影響を非常に小さく抑えることができる。
【0038】
さらに、Moを分割するための薄層としては、上記の物質(B4C,MoO2,Ru)の他、Si,Tc(テクネチウム),Rh(ロジウム),C(炭素),Sr(ストロンチウム),B(ホウ素),Pr(プラセオジウム),Y(イットリウム),Zr(ジルコニウム),SiC(炭化珪素),Nb(ニオブ),Si34(窒化珪素)を用いることもできる。
Moを分割するための薄層としてRuまたはSiを用いた場合、その膜厚と多層膜反射鏡10の反射率との関係(図5と同様のシミュレーション結果)は、図7(a),(b)のようになる。図7(a)は1層挿入、図7(b)は2層挿入に対応する。膜構成は、図6のB4CをRuまたはSiに置き換えたものに相当する。図7(a)には図5(a)の結果も併せて示した。図7(b)には図5(b)の結果も併せて示した。
【0039】
図7(a),(b)のシミュレーション結果から分かるように、Ruの薄層の膜厚を0.7nm以下とする場合、1層挿入(Moの2分割)であれば73%以上の反射率を確保でき、2層挿入(Moの3分割)であれば72%以上の反射率を確保できる。また、Siの薄層の膜厚を0.7nm以下とする場合、1層挿入(Moの2分割)であれば65%以上の反射率を確保できる。
【0040】
さらに、上記した第1実施形態では、Mo層21を構成する主要な物質(Mo)を複数の薄層2Aに分割したが、Si層22を構成する主要な物質(Si)を同様に分割してもよい。この場合には、Siを分割するための薄層として、Ba(バリウム),SiC(炭化珪素)のうち少なくとも何れか1種類を挿入することが好ましい。また、MoとSiとの双方を分割してもよい。つまり、Mo層21とSi層22のうち少なくとも何れか一方の層を分割対象とする場合に、本発明を適用できる。
【0041】
さらに、上記した第1実施形態では、多層膜反射鏡10の多層膜11がMo/Si多層膜である例を説明したが、本発明はこれに限定されない。その他、EUV光の波長が11.3nm付近の場合、多層膜11には、軟X線領域(ここでは使用波長11.3nm)における屈折率の異なるMo層とベリリウム(Be)層とを交互に積層したもの(Mo/Be多層膜)を用いることが好ましい。この場合にも、Mo層とBe層のうち少なくとも何れか一方の層を分割対象とすれば同様の効果を得ることができる。
【0042】
また、上記した第1実施形態では、引っ張り応力から圧縮応力に変化する特性の膜を分割する例で説明したが、本発明はこれに限定されない。逆に、圧縮応力から引っ張り応力に変化する特性の膜にも、同様に、本発明を適用できる。
さらに、内部応力の符号が成膜過程の途中で変化する膜(例えばMo)の場合、分割後の薄層の厚さを、応力が0になる膜厚(例えば上記の所定値D0)とすることが好ましい。
【0043】
また、上記した第1実施形態では、分割対象の層(例えばMo層21)を構成する主要な物質の応力特性が、成膜初期に引っ張り応力を示す場合(図2(a))を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。例えば図8(a)に示すように、膜厚が0近傍のときに応力が0であり、引っ張り応力を示すことなく、膜厚の増加と共に圧縮応力(内部応力<0)が非線形に増加すると共に、この圧縮応力の増加係数も膜厚の増加と共に大きくなるような関係であっても、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。この場合、成膜時の内部応力の変化は図8(b)に示すようになる。
【0044】
さらに、膜厚が0近傍のときに応力が0であり、圧縮応力を示すことなく、膜厚の増加と共に引っ張り応力(内部応力>0)が非線形に増加すると共に、その引っ張り応力の増加係数も膜厚の増加と共に大きくなるような膜であっても、上記と同様に、本発明を適用して同様の効果を得ることができる。
また、内部応力の符号が成膜過程の途中で変化するか否かに拘わらず、第1層(例えばMo)の応力が、第2層(例えばSi層)の応力と反対の符号になる状態があれば、1組の第1層と第2層とで合計した内部応力が0となる(引っ張り応力と圧縮応力とで相殺する)ように、分割後の薄層の厚さを設定することが好ましい。このような組み合わせとしては、例えば、第1層(例えばMo)が引っ張り応力を示し、第2層(例えばSi層)が圧縮応力を示し、さらに、その絶対値が略等しい場合が考えられる。
(第2実施形態)
ここでは、図9を参照し、第1実施形態の多層膜反射鏡10を用いた露光装置100について説明する。露光装置100は、波長5〜20nm程度のEUV光を使用したリソグラフィ(EUVL)のシステムに組み込まれた縮小投影露光装置であり、投影光学系101を介して反射型マスク102のパターンの縮小像をウエハ103上に転写し、露光する。縮小投影露光装置は、半導体集積回路の製造工程において、高い処理速度を得ることができる。
【0045】
第2実施形態の露光装置100には、EUV光を発生する光源(レーザ源108,キセノンガス供給装置109)と、この光源(108,109)からの光を反射型マスク102に導く第1光学系(放物面ミラー113,集光ミラー114)と、反射型マスク102からの光を感光性基板(ウエハ103)に導く第2光学系(投影光学系101)とが設けられる。EUV光は大気に対する透過性が低いので、EUV光が通過する光路は真空ポンプ107で真空に保たれた真空チャンバ106に囲まれている。
【0046】
EUV光は、レーザ源108(励起光源として作用)とキセノンガス供給装置109からなるレーザプラズマX線源によって生成される。レーザプラズマX線源は、真空チャンバ110によって取り囲まれている。レーザプラズマX線源によって生成されたEUV光は、真空チャンバ110の窓111を通過する。窓111に代えて、レーザプラズマX線源が妨害を受けずに通過できる開口としても構わない。なお、キセノンガスを放出するノズル112によりゴミが生成される傾向があるので、真空チャンバ110は真空チャンバ106から分離されていることが好ましい。
【0047】
レーザ源108は、例えば、YAGレーザ、エキシマレーザなどであり、紫外線より長い波長を持つパルスレーザ光を発生させる。レーザ源108からのレーザ光は集光されて、ノズル112から放出されるキセノンガスの流れに照射される。キセノンガスの流れにレーザ光を照射すると、レーザ光がキセノンガスを十分に加熱し、プラズマを生じさせる。レーザで励起されたキセノンガスの多価イオンが低いエネルギ状態に落ちる時、EUV光の光子が放出される。
【0048】
放物面ミラー113と集光ミラー114は、表面にEUV光を反射する多層膜をそれぞれ備え、反射型マスク102に対する照明手段として機能する。放物面ミラー113はキセノンガス放出部の近傍に配置され、プラズマによって生成されたEUV光を集光する集光光学系を構成する。EUV光は多層膜で反射されて、真空チャンバ110の窓111を通じて集光ミラー114へと達する。そして、集光ミラー114は反射型マスク102へとEUV光を集光、反射させて、反射型マスク102の所定の部分を照明する。
【0049】
反射型マスク102は、可動のマスクステージ104によって少なくともX−Y平面内で下向きに支持されている。EUV光は、反射型マスク102で反射され、反射型マスク102上のパターンが、次に説明する投影光学系101により、ウエハ103上に結像される。
投影光学系101は、凹面第1ミラー115a、凸面第2ミラー115b、凸面第3ミラー115c、凹面第4ミラー115dの4つの反射ミラーから成る。これらの各ミラー115a〜115dは、第1実施形態の多層膜反射鏡10と同様の構成であり、それぞれの光軸が互いに一致するように配置されている。
【0050】
投影光学系101を反射鏡で構成する場合、光軸が何度も折り返されることになり、折り返された光束と反射鏡とが空間的に干渉しないようにしなければならない。このため、光学系の開口数NAに制約が生じる。図9に示した4枚の反射鏡からなる投影光学系101の他、十分な解像力を得るためには、より大きな開口数NAを得ることができる6枚の構成が有力である。
【0051】
また、投影光学系101では、各ミラー115a〜115dによって決定される光路が妨げられるのを防ぐために、第1ミラー115a、第2ミラー115b、第4ミラー115dに適当な切り欠きが設けられている(図9において、ミラーの破線部分はそれぞれの切り欠き部分を示している)。
反射型マスク102により反射されたEUV光は第1ミラー115aから第4ミラー115dまで順次反射されて、マスクパターンの縮小された像を形成する。この場合、ウエハ103の露光域内で所定の縮小率β(例えば1/4,1/5,1/6)で像が形成される。投影光学系101は、像側(ウエハ103の側)でテレセントリックになるように設定されている。
【0052】
ウエハ103は、好ましくはX,Y,Z方向に可動のウエハステージ105によって支持されている。ウエハ上のダイを露光するときには、EUV光が照明システム(113,114)により反射型マスク102の所定の領域に照射される。反射型マスク102とウエハ103は、投影光学系101に対して投影光学系101の縮小率に従った所定の速度で動く。このようにして、マスクパターンはウエハ103上の所定の露光範囲に露光される。
【0053】
つまり、露光装置100による露光は、典型的にはステップ・スキャンによりなされる。マスクパターンは連続的な部分(露光領域)に投影され、露光の間、マスクステージ104とウエハステージ105はそれぞれ相対的に位相を合わせて移動する。反射型マスク102とウエハ103とのスキャンは、投影光学系101に対して1自由度方向に行なわれる。反射型マスク102の全ての領域をウエハのそれぞれの領域に露光すると、ウエハ103のダイ上へのパターンの露光は完了する。次に、露光はウエハ103の次のダイへとステップして進む。
【0054】
なお、露光の際には、EUV光の照射によりウエハ103上のレジストから生じるガス状のゴミがミラー115a〜115dに影響を与えないように、ウエハ103はパーティション116の後ろに配置されることが好ましい。パーティション116には開口116aが形成され、開口116aを通じてEUV光がミラー115dからウエハ103へと照射される。また、パーティション116内の空間は真空ポンプ117により真空排気されている。これは、上記のレジストから生じるガス状のゴミに起因する投影光学系101の光学性能の悪化を防止するためである。
【0055】
第2実施形態の露光装置100では、投影光学系101の各ミラー115a〜115d(光学素子)を、第1実施形態の多層膜反射鏡10により構成するため、所望の高い反射率を得ることができ、感光性基板(ウエハ103)に対する露光時の光量が増加し、露光時間の短時間化に伴ってスループットが向上する。さらに、投影光学系101の各ミラー115a〜115dの結像性能を良好に維持することもできるため、所望の解像力(50nm以下)を得ることができる。
【0056】
なお、上記した第2実施形態では、各ミラー115a〜115dを第1実施形態の多層膜反射鏡10により構成したが、本発明はこれに限定されない。第1光学系(放物面ミラー113,集光ミラー114)および/または第2光学系(投影光学系101)の少なくとも一部の光学素子を、第1実施形態の多層膜反射鏡10により構成する場合にも、本発明を適用できる。
【0057】
また、上記した第2実施形態では、露光装置100を例に説明したが、本発明はこれに限定されない。露光装置以外に、例えば軟X線顕微鏡や軟X線分析装置など、軟X線光学機器を含む様々な光学機器についても、本発明の多層膜反射鏡を組み合わせることにより、同様の効果をを得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【図1】第1実施形態の多層膜反射鏡10の構成を示す図である。
【図2】Moの応力特性(a)とMo層21を成膜する際の内部応力の変化(b)を示す図である。
【図3】多層膜11の全体の内部応力(a)と比較例の内部応力(b)を示す図である。
【図4】比較例の多層膜の構成を示す図である。
【図5】B4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBと多層膜反射鏡10の反射率との関係についてのシミュレーション結果を示す図である。
【図6】B4Cの薄層2Bそれぞれの膜厚DMBを0〜1nmの範囲で変化させた場合の膜構成の一例を示す図である。
【図7】Moを分割するための薄層としてRuまたはSiを用いた場合に関し、薄層の膜厚と多層膜反射鏡10の反射率との関係を示す図である。
【図8】変形例の応力特性(a)と成膜時の内部応力の変化(b)を示す図である。
【図9】第2実施形態の露光装置100の概略構成を示す図である。
【符号の説明】
【0059】
10 多層膜反射鏡
11 多層膜
12 基板
21 Mo層
2A Moの薄層
2B B4Cの薄層
22 Si層
23 界面
100 露光装置
101 投影光学系
102 反射型マスク
103 ウエハ
104 マスクステージ
105 ウエハステージ
106,110 真空チャンバ
107,117 真空ポンプ
108 レーザ源
109 キセノンガス供給装置
111 窓
112 ノズル
113 放物面ミラー
114 集光ミラー
115a,115b,115c,115d 反射ミラー
116 パーティション

【特許請求の範囲】
【請求項1】
軟X線領域の光を反射する多層膜が基板の表面に形成され、
前記多層膜は、軟X線領域における屈折率の異なる第1層と第2層とが交互に積層され、
前記第1層と前記第2層のうち少なくとも何れか一方の層は、該層を構成する第1物質が、該第1物質とは異なる第2物質により複数の薄層に分割され、
前記第2物質の膜厚は0.7nm以下である
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項2】
請求項1に記載の多層膜反射鏡において、
前記第1物質の膜厚と応力との関係は、膜厚が所定値より小さいときに引っ張り応力を示し、膜厚が前記所定値に等しいときに応力が0となり、膜厚が前記所定値より大きいときに圧縮応力を示すような関係である
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項3】
請求項1に記載の多層膜反射鏡において、
前記第1物質の膜厚と応力との関係は、膜厚の増加と共に圧縮応力が非線形に増加すると共に、該圧縮応力の増加係数も膜厚の増加と共に大きくなるような関係である
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項4】
請求項1から請求項3の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、
前記第1物質からなる前記薄層それぞれの膜厚は2nm以下である
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項5】
請求項1から請求項4の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、
前記第2物質の屈折率は、前記第1物質の屈折率に略等しい
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項6】
請求項5に記載の多層膜反射鏡において、
前記第1物質は、モリブデン(Mo)であり、
前記第2物質は、炭化ホウ素(B4C)と酸化モリブデン(MoO2)とルテニウム(Ru)のうち少なくとも何れか1種類を含む
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項7】
請求項1から請求項6の何れか1項に記載の多層膜反射鏡において、
前記第2物質の膜厚は0.4nm以下である
ことを特徴とする多層膜反射鏡。
【請求項8】
軟X線領域の光を発生する光源と、
前記光源からの光をマスクに導く第1光学系と、
前記マスクからの光を感光性基板に導く第2光学系とを備え、
前記第1光学系および/または前記第2光学系の少なくとも一部の光学素子は、請求項1から請求項7の何れか1項に記載の多層膜反射鏡である
ことを特徴とする露光装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【公開番号】特開2006−258650(P2006−258650A)
【公開日】平成18年9月28日(2006.9.28)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−77577(P2005−77577)
【出願日】平成17年3月17日(2005.3.17)
【出願人】(000004112)株式会社ニコン (12,601)
【Fターム(参考)】