説明

工業窯炉補修用溶射材

【課題】付着性および接着性に優れた効果を発揮し、しかも得られた施工体は、緻密且つ高強度であると共に耐熱衝撃性に優れ、また、施工体の蓄熱性が格段に高いことで、比較的低温の被補修面に対する溶射においても失火することなく、安定した施工が可能となる溶射材の提供。
【解決手段】)耐火原料粉および金属Si粉を主材とし、酸素を搬送ガスとして被施工面に吹付け、前記金属Si粉の燃焼発熱で被施工面に溶融付着させる溶射材であって、化学成分値でCaO含有量75質量%超のカルシア質粉2〜25質量%、金属Si粉5〜30質量%およびシリカ質粉50〜90質量%を含む工業窯炉補修用溶射材。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工業窯炉の内張りの補修において、金属粉の燃焼発熱を利用した溶射方法に使用される溶射材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
工業用窯炉の炉壁補修として、耐火原料粉の溶射法がある。溶射法には火炎溶射、プラズマ溶射、レーザー溶射が知られているが、これらはいずれも大掛かりな装置を必要とし、設備費が高く、しかも操作が煩雑である。
【0003】
一方、耐火原料粉および金属粉を主材として含む溶射材を酸素による搬送ガスにて被施工面に吹付け、前記金属粉の燃焼発熱を利用して耐火原料を溶融付着させる方法がある。この方法は装置構造が比較的簡単であり、その操作も容易である。また、プラズマ溶射、レーザー溶射に比べて大容量の施工が可能であり、炉壁補修に適している。
【0004】
金属粉の燃焼発熱を利用したこの溶射方法において、それに使用される溶射材の一般的な材質は、シリカ粉よりなる耐火原料粉と発熱材の金属Si粉が主材である。発熱材は、他にAl−Mg合金、Ca−Si合金の使用が知られている。
【特許文献1】特開2000−159579号公報
【特許文献2】特開平5−330931号公報
【特許文献3】特開平5−17237号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
この金属粉の燃焼発熱を利用した溶射法は、吹付け開始時に種火または炉壁残熱で溶射材配合中の金属粉を燃焼させることで、溶射材に着火する。次いでこの燃焼による発熱が火種となり、順次吹付けられる溶射材が連続して燃焼し、溶融付着の施工体が形成される。
【0006】
しかし、従来の溶射材は、被施工面が常温あるいは例えば炉口等の残存温度が低い箇所等では着火しても連続燃焼せず、施工能率が悪い。しかも、得られた施工体の溶融不足によって付着性、接着性、強度共に劣る。
【0007】
発熱材として高発熱性のAl−Mg合金、Ca−Si合金等の金属粉を使用した場合は、接着性および付着性に改善が認められものの、その効果は格別なものではない。これは、溶射材自体の受熱面積が限られていることに加え、耐火性原料粉中で金属粉が分散状態にあるため、金属粉が高発熱性であったとしても、その発熱による熱量が溶射材組織全体に十分に伝播されないことによる。
【0008】
また、高発熱性の金属粉の使用は自然発火が懸念され、厳しい管理が必要となる。そこで作業安全性の配慮した設備、取り扱いの必要性から、結果として溶射材のコスト高を招く。
【0009】
金属Si粉の使用例でのその添加量を増すことにより、被施工体の温度が低くても安定した連続燃焼を示す。しかし、金属粉の量が増えることで施工時に金属粉の発塵が著しく、作業環境の悪化を招く。また、金属粉の酸化に伴う多量のガス発生が原因し、施工体が多孔質化による強度低下をきたす。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は上記従来の問題を解決した溶射材を提供することを目的とする。その特長とするところは、以下のとおりである。
【0011】
(1)耐火原料粉および金属Si粉を主材とし、酸素を搬送ガスとして被施工面に吹付け、前記金属Si粉の燃焼発熱で被施工面に溶融付着させる溶射材であって、化学成分値でCaO含有量75質量%超のカルシア質粉2〜25質量%、金属Si粉5〜30質量%およびシリカ質粉50〜90質量%を含む工業窯炉補修用溶射材。
【0012】
(2)カルシア質粉の粒度が0.5mm以下、シリカ質粉の粒度が2mm以下で且つ0.3mm以下の占める割合を0〜15質量%とした前記(1)項記載の工業窯炉補修用溶射材。
【0013】
(3)カルシア質粉が、カルシア粉、マグネシア−カルシア粉から選ばれる1種または2種以上である前記(1)または(2)項記載の工業窯炉補修用溶射材。
【0014】
本発明は金属Si粉および耐火原料粉を主材とした溶射材に、特定量のカルシア質粉を組み合わせたものである。施工時においては、金属Si粉が搬送ガスの酸素と反応してSiO成分を生成した後、さらにこのSiO成分とカルシア質粉との反応(3CaO+SiO→3CaO・SiO2 、2CaO+SiO→2CaO・SiO)によってシリカ質粉の溶融が促進され、付着性および接着性が向上する。しかも、前記反応で生成されたCaO・SiOの耐火ボンド組織によって、緻密且つ高強度の施工体組織を形成する。
【0015】
一般的に、溶射施工体は緻密である程、熱衝撃を受けると亀裂が生じやすい。これに対し本発明による溶射材は、耐熱衝撃性にも優れた効果を発揮する。これは、本発明の溶射材により生成される前記したCaO・SiO組織は、例えばCaO、MgO、MgO・SiOなどの組織にくらべて熱膨張が小さい事が考えられる。
【0016】
シリカ質粉のみを耐火原料粉とした従来の溶射材は、施工体の成分はSiOである。これに対し、本発明材質で形成される施工体成分のCaO・SiOはSiOに比べて蓄熱性が格段に高い。本発明の溶射材は施工の際に、この高蓄熱のCaO・SiOの施工体上に順次吹付けられることで燃焼が安定し、常温あるいは比較的低温の被補修面に対する施工においても失火することなく、連続燃焼する。
【0017】
また、本発明で使用する発熱材は金属Si粉であり、高発熱性金属粉の使用で見られる自然発火等の危惧もなく、作業安全性にも優れている。
【0018】
本発明の溶射材について、カルシア質粉の粒度は0.5mm以下が好ましい。これは、粒度が0.5mm以下においては金属Si粉から生成したSiO成分及びシリカ質粉と反応しやすくなってCaO・SiO質の液相の生成量が増し、成形体の緻密化が向上するためである。また、粒度は0.5mm以下であることで、カルシア質粉の吹付け時の跳ね返り損失が少なくなって付着性にも好ましい。
【0019】
シリカ質粉の粒度は2mm以下で且つ0.3mm以下の占める割合は0〜15質量%であることが好ましい。これは、粒度0.3mm以下のシリカ質粉はカルシア質粉と違って金属Si粉に付着しやすく、粒度0.3mm以下のシリカ質粉の割合が多くなると金属Si粉と酸素との接触面積が低減する。その結果、施工開始時に着火し難くなり、また、着火しても粉体供給量が僅かでも大きくなると連続燃焼がし難くなるためである。
【発明の効果】
【0020】
本発明の溶射材は、金属粉の燃焼発熱を利用した溶射方法において、付着性および接着性に優れた効果を発揮する。しかも得られた施工体は、緻密且つ高強度であると共に耐熱衝撃性に優れている。また、施工体の蓄熱性が格段に高いことで、比較的低温の被補修面に対する溶射においても失火することなく、安定した施工が可能となる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
本発明の溶射材に耐火性原料として使用するカルシア質原料粉の具体例は、カルシア粉、マグネシア−カルシア粉などから選ばれる1種または2種以上である。また、これらは焼結品、電融品のいずれでもよい。
【0022】
カルシア質原料粉のCaO含有量は75質量%超とする。CaO含有量がこれより少ないとカルシア質原料粉とSiOとの反応性に乏しく、CaO・SiOの生成量が少ないために施工体の蓄熱性が不足し、本発明による顕著な連続燃焼性と発熱が得られない。
【0023】
カルシア質原料粉のCaO含有量のさらに好ましい範囲は88質量%以上である。88質量%以上では、特に耐熱衝撃性が更に顕著なものとなる。
【0024】
カルシア質原料粉の粒度はSiO成分と充分に反応させるために0.5mm以下にすることが好ましい。さらに好ましくは0.3mm以下である。なお、以下の各原料組成の記述も含め、粒度の表記は、JIS標準ふるい目開きに基づいたものである。
【0025】
カルシア質粉の使用割合は2〜25質量%とする。2質量%未満では被施工体の温度が低い場合は連続燃焼が安定せず、付着性および接着性に劣る。25質量%を超えるとその分、金属Si粉あるいはシリカ質粉が減り、金属Si粉、シリカ質粉の各特性が損なわれる。
【0026】
金属Si粉の使用量は、5質量%未満では燃焼発熱に劣り、付着性、接着性、施工体強度ともに劣る。30質量%を超えると施工時に金属粉の発塵が著しく、作業環境の悪化を招くだけでなく金属粉の酸化に伴うガスの発生が原因し、施工体を多孔質化する。また、この金属Si粉の粒度は充分な反応性を得るために平均粒径で75μm以下が好ましく、さらに好ましくは45μm以下である。
【0027】
耐火原料粉の主材はシリカ質粉とする。シリカ質粉の具体例は珪石粉、珪砂、天然石英粉、溶融シリカ粉、あるいはこれらの成分を主体とした耐火物粉等が挙げられる。その使用割合は50質量%未満では溶射施工体の容積安定性に劣り、接着性が低下する。90質量%を超えると吹付け時の跳ね返り損失が大きくなり付着性が低下する。
【0028】
このシリカ質粉の粒度は溶融性の面で2mm以下であることが好ましい。粒度2mm以下の範囲であれば、例えば1.5mm以下あるいは1mm以下に限定しても溶融において大差が無い。
【0029】
また、シリカ質粉は0.3mm以下粒度を0〜15質量%に調整することが好ましい。すなわち、窯業操作において耐火原料の粒度の調整は、粉砕した後に篩をもって行うため、篩下には自ずと一定量の微粒が存在する。例えば粒度2mmでの篩下には粒度0.3mm以下の粒子が20〜30質量%含まれるのが常である。ここではその篩下の粒度0.3mm以下の粒度の量を規制したものである。
【0030】
ここで、シリカ質粉は0.3mm以下粒度を0〜15質量%の限定は、粒度調整の操作において例えば0.5mm以下あるいは0.1mm以下の粒度の粒子を除去した場合でも、結果としてシリカ質粉全体に占める粒度0.3mm以下の粒子が0〜15質量%であることを意味している。
【0031】
また、本発明の溶射材は、化学成分値で溶射材全体に占めるCaO成分の割合は2〜25質量%とすることが好ましい。なお、CaO成分はケイ石質等の天然のシリカ質原料にも含まれるがそこでの含有量がごく微量である。本発明でのCaO成分源は実質的にカルシア質粉からの供給である。
【0032】
溶射材全体に占めるCaO成分が2質量%未満では熱源の少ない補修箇所に対しての着火持続効果が不十分であり、失火あるいは接着不良等、安定した施工が困難となる傾向にある。CaO成分は熱膨張係数が大きいため、その割合が25質量%を超えると被施工体との熱膨張差によって被施工体面である炉壁内張り亀裂の発生が懸念される。
【0033】
金属Si粉以外の金属粉の例としては、Al粉、Al−Mg合金粉等がある。これらの金属粉は高発熱性のために作業安全性から使用しないことが好ましいが、使用する場合でも作業安全性から5質量%未満、好ましくは3質量%以下に止めることが必要である。また、その使用量は、金属Si粉を含めた金属粉の合計量が30質量%を超えないことが必要である。
【0034】
本発明による溶射材は、コークス炉を始めとする各種鉄鋼工業炉、非鉄金属工業炉、ガラス炉、鋼工業窯炉等の炉壁補修に使用される。
【実施例】
【0035】
以下に本発明の実施例と比較例を示す。表1は各例で使用した耐火性原料の化学成分値、表2は本発明実施例、表3はその比較例である。また、第2表、第3表には各例の試験結果も併せて示す。
【表1】

【表2】

【表3】

【0036】
各例の溶射材の施工に使用した溶射装置は、ノズル先端等からの逆火による材料タンク内での溶射材の燃焼の危険性に備えるため、材料タンク内に不活性ガスである窒素ガスを導入した。溶射材は、タンクの底部に備え付けたテーブルフィーダーをもって切り出し、酸素で搬送した。その際、酸素には材料タンク内からの不活性ガスが混入するが、その量は僅かであり、溶射材の燃焼発火に支障はない。
【0037】
各例は粉体供給速度50kg/h、被施工体とノズル先端の距離50〜70mmをもって、溶射材3kgを被施工体に吹付けた。被施工体はコークス炉の炉口耐火物の補修を想定してシャモット質れんがとした。
【0038】
常温と熱間(被施工体の表面温度500℃)のそれぞれの条件下で吹付け、評価した。常温施工はパイロットバーナーで溶射材に着火した。熱間施工では各例とも、パイロットバーナーを使用することなく被施工体の熱で溶射材を燃焼させた。
【0039】
連続着火性:溶射施工では、施工面積を広げるためノズルを被施工面上に沿って移動することが行われる。その際の連続着火性を試験した。◎…施工効率を上げるために被施工面上でのノズルの移動を速くしても失火の気配は全くなく、きわめて安定した燃焼を示した。△…被施工面上でのノズル移動が速いと燃焼が間断的になり不安定である。×…ノズルを早く移動させるとたちまち失火し、連続着火しない。
【0040】
付着性:常温下での溶射材のノズルからの吐出量と跳ね返り損失から、付着率を求めた。
【0041】
接着性:常温下での吹き付けにおいて溶射施工体の接着性の程度をも測定した。○…熱間、冷却後共に接着性良好、△…熱間時には接着しているが冷却時に剥離、×…熱間時に既に剥離。
【0042】
緻密性:前記溶射施工体から切り出した試料について、見掛気孔率を測定した。
【0043】
強度:前記溶射施工体から切り出した試料について圧縮強度を測定した。
【0044】
耐熱衝撃性:放冷後の溶射施工体の亀裂発生状況を目視により確認した。◎…亀裂なし、○…亀裂微小、△…亀裂小、×…亀裂大。亀裂は施工体剥離の原因となり耐用性の低下を招く。
【0045】
表2に示す試験結果の通り、本発明実施例の溶射材はいずれも付着性および接着性に優れており、しかも緻密且つ高強度な施工体を形成する。また、常温での被補修面に対する溶射においても安定した連続燃焼を示す。
【0046】
実施例1〜6、及び実施例9、10はCaO含有量が96.97質量%とCaO純度の高いカルシア粉を使用したものであり、耐熱衝撃性向上の効果が顕著である。
【0047】
これに対して比較例1はマグネシア−カルシア質粉を主材とした材質である。比較例2は前記比較例1の溶射材においてマグネシア−カルシア質粉の粒度を0.5mm以下と小さくしたものである。比較例3はマグネシア−カルシア質粉とシリカ質粉との組み合わせ材質である。比較例4は前記比較例3の材質において、マグネシア−カルシア質粉の粒度を0.5mm以下と小さくしたものである。いずれも、施工体組織が多孔質のために耐熱衝撃性に優れている。しかし、多孔質のために接着性、強度共に劣る。
【0048】
比較例5はカルシア粉の添加量が本発明の限定範囲より多い材質である。比較例6は前記比較例5の材質において、カルシア粉の添加量を更に多くしたものである。これらはいずれも耐熱衝撃性に劣る。また、被施工体との熱膨張差によって被施工体面である炉壁内張り亀裂の発生が懸念される。また、比較例1〜6のいずれも接着性に劣る。
【0049】
なお、本発明の実施例において例えばカルシア質粉の粒度は1mm以下、あるいは0.5mm以下としているが、これがさらに微細な例えば0.1mm以下ものであっても、本発明の効果が得られた。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐火原料粉および金属Si粉を主材とし、酸素を搬送ガスとして被施工面に吹付け、前記金属Si粉の燃焼発熱で被施工面に溶融付着させる溶射材であって、化学成分値でCaO含有量75質量%超のカルシア質粉2〜25質量%、金属Si粉5〜30質量%およびシリカ質粉50〜90質量%を含む工業窯炉補修用溶射材。
【請求項2】
カルシア質粉の粒度が0.5mm以下、シリカ質粉の粒度が2mm以下で且つ0.3mm以下の占める割合を0〜15質量%とした請求項1記載の工業窯炉補修用溶射材。
【請求項3】
カルシア質粉が、カルシア粉、マグネシア−カルシア粉から選ばれる1種または2種以上である請求項1または2記載の工業窯炉補修用溶射材。

【公開番号】特開2006−151771(P2006−151771A)
【公開日】平成18年6月15日(2006.6.15)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2004−347500(P2004−347500)
【出願日】平成16年11月30日(2004.11.30)
【出願人】(000170716)黒崎播磨株式会社 (314)
【Fターム(参考)】