説明

希土類金属錯体及びその製造方法並びにそれを用いた希土類金属錯体組成物。

【課題】高い溶解度、低い結晶性、室温より高い結晶化温度、および耐光性を有し、インク溶剤、バインダー、使用媒体、および使用環境を選ばずに高いセキュリティレベルを実現しうる希土類金属錯体を提供するとともに、固体でも溶液中でも蛍光を発することができる希土類金属錯体及びそれを用いたインク組成物を提供する。
【解決手段】下記の式


(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体を用いることにより、有機溶剤に対する溶解性が高く、しかも、中心金属イオンの種類を変えるだけで光の3原色を得ることが可能な、インクジェット用インク組成物に適した蛍光発光材料。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能である希土類金属錯体、印刷などの塗布プロセス、特に、インクジェット記録用インクに適した希土類金属錯体及びその製造方法並びにそれを用いたインク組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
希土類蛍光材料は、特殊インキとして偽造防止が必要となる品物に偽造防止のためのマークを印字するための特殊インキ発色剤として用いられている。この目的においては、希土類蛍光材料として、無機材料と有機材料の両方が利用されている。希土類蛍光体の特徴として無機材料・有機材料とも可視光に吸収を持たず紫外光を照射することで発光するような分子設計が可能であるため、高いセキュリティレベルを実現できる。
【0003】
例えば、特許文献1には、バーコード印刷し、コード管理による物品を分配するシステムに適用される高速印字に耐えうるインクジェットプリンター用のインク組成物において、希土類金属錯体を用い、印刷されたマークを紫外線による励起を用いて検出することが記載されており、特にユウロピウムを用いた場合には、発光が615±20nmの赤色となるために、シリコンダイオードなどにより検出することができるとしている。
しかしながら、該文献に記載の希土類蛍光材料を発色剤とするインクは、主として顔料インクであり、印字した部分に希土類蛍光体が微粒子として定着するため、無色であるものの光散乱により視認できてしまうという欠点があった。
【0004】
また、特許文献2では、特定のリン化合物の配位子と、β−ジケトン配位子を有するユウロピウム錯体又はテルビウム錯体を用いた蛍光発光顔料インクが提案されている。該インクは、インク溶剤中およびバインダー中においても会合や結晶化し難く、非常に分散性に優れるという効果を有するものの、印字箇所の光散乱を避けるためにはバインダーとしてポリマーを用いることが望ましいとされている。
【0005】
一方、染料インクとして用いることができる希土類蛍光材料も種々検討されており、蛍光希土類金属錯体として、希土類金属に、R−C−COOHで示される安息香酸誘導体の脱プロトン化物からなる配位子と、2座配位子の1,10−フェナントロリンからなる中性有機配位子とが配位されたものが提案されている(特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2003−201425号公報
【特許文献2】特開2006−77191号公報
【特許文献3】特開2006−298777号公報
【特許文献4】特開2009−062335号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献3に記載された蛍光希土類金属錯体を、インクジェットプリンター用のインク組成物に用いようとすると、その溶解性が充分でないために充分な濃度のインクが作製できず、溶剤の温度を上げて蛍光希土類金属錯体を溶かしても常温では結晶が析出するという問題が発生した。また、蛍光強度も充分なものではなかった。さらに、その金属錯体の有機配位子が同じである場合に、赤、緑、青の光の3原色をそろえることができないため、種々の蛍光色を出すことが不可能であった。
本発明者は、こうした問題点を踏まえ、可視光に吸収がなく、紫外光の照射により蛍光発光するとともに、安定性が高く、しかも汎用のインク用溶剤に溶解し、インクジェットプリンター用のインク発色剤とすることができる希土類金属錯体を既に提案しており(上記特許文献4)、該希土類金属錯体は、同じ配位構成で、赤、緑、青の光の3原色である蛍光色を出すことが可能な種々の錯体が形成しうる希土類金属系の発光材料を提供しうるものである。
【0008】
しかし、上記のインクは、溶解度が十分とまではいえないこと、結晶性が高いこと、および結晶化温度が低いことなどの点で改善の余地が見られる。溶解度が不十分であることから限られた種類の溶剤およびバインダーに、低濃度でのみインクの調整が可能であり、該インクの使用範囲を制限していた。また、結晶性が高いことから、紙などの浸透性の媒体に印字した場合、媒体層内で結晶化が起こり光散乱により視認できてしまうため、十分なセキュリティレベルを達成できていない。さらに、結晶化温度が低いためガラスなどの非浸透性の媒体に印字した場合、印字箇所で結晶が析出してしまうため、印字部分の剥離が起こる可能性があり、該インクの使用媒体を制限していた。
【0009】
そこで、さらにセキュリティレベルの高い汎用の染料インクとして用いることができる希土類蛍光材料を検討する必要があるが、顔料インク用の希土類蛍光材料と比較して、その分子設計には考慮すべき点が多い。
すなわち、溶媒との親和性を高めることに伴う配位子交換の可能性があげられる。希土類イオンは活性なイオン性錯体を形成し容易に配位子交換を行うため、染料としてインクの溶剤に溶解すると分子設計どおりの配位構造をとらない場合があり、しばしは発光特性を低下させる要因となる。
【0010】
また、蛍光インクとして以外の応用用途として、近年、有機電界発光素子の発光材料として希土類蛍光錯体が多く用いられており、その成膜プロセスとして真空蒸着などドライプロセスが採用されている。その理由として、現在開発されている高輝度の蛍光材料の多くが有機溶剤等に溶けにくく、塗布プロセスが採用しにくいという課題が有り、塗布プロセスを用いることのできる溶解性の高い、高輝度の蛍光性物質が望まれている。
【0011】
本発明は、以上のような事情に鑑みてなされたものであり、さらに高い溶解度、低い結晶性、室温より高い結晶化温度、および耐光性を有し、インク溶剤、バインダー、使用媒体、および使用環境を選ばずに高いセキュリティレベルを実現しうる希土類金属錯体であって、固体でも溶液中でも蛍光を発することができる希土類金属錯体で、特にその金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能な希土類金属錯体及びそれを用いたインク組成物を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、安息香酸の4位に分岐したアルコキシル基を導入した安息香酸誘導体と1,10−フェナントロリンを配位子とする希土類錯体が、目的とする溶解度、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有しているとこと見いだした。
【0013】
すなわち、本発明は、以下のとおりのものである。
[1]下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体。
[2]希土類金属塩と下記の一般式(2)
【化2】

(式中、Mは、H、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)
で表される安息香酸誘導体又はその塩を、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように反応させて希土類金属錯体を生成させ、次いで該希土類金属錯体を、1,10−フェナントロリンと反応させることを特徴とする上記[2]の希土類金属錯体の製造方法。
[3]希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(2)
【化2】


(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)
で表される安息香酸誘導体又はその塩と、1,10−フェナントロリンとを共に反応させることを特徴とする上記[1]の希土類金属錯体の製造方法。
[4]下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体を有効成分とする蛍光発光材料。
[5]少なくとも、下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体と、該希土類金属錯体を溶解する溶剤を含有することを特徴とする希土類金属錯体組成物。
[6]前記溶剤が、高沸点溶媒であることを特徴とする上記[5]の希土類錯体組成物。
[7]前記希土類金属錯体組成物が、インク用組成物である[5]又は[6]の組成物。
[8]前記インクが、塗布プロセス用のインクである上記[7]のインク組成物。
[9]前記インクが、インクジェット記録用インクである上記[7]のインク組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明の希土類金属錯体は、目的とする溶解性、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有しており、特に、汎用の油性インク溶剤であるアルコール系溶剤、アルコール/アセトン系溶剤、脂肪族炭化水素系溶剤、高沸点アルコール系溶剤、グリコールエーテル系溶剤等に高い溶解性を有しているので、本発明によれば、スピンコートや各種印刷のような、塗布プロセスを採用することが可能になる。特に、インクジェット用インクをはじめとする各種染料インクを提供することができる。また、固体でも溶液中でも蛍光を発することができる希土類金属錯体で、特にその金属錯体の有機配位子は同じであるにもかかわらず、中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能な希土類金属錯体及びそれを用いたインク組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【図1】実施例1で得られたユウロピウム錯体の光物性を示す図であり、破線は、UV−vis吸収スペクトルを示し、実線は、蛍光スペクトル(励起波長280nm)を示す。
【図2】実施例1で得られたユウロピウム錯体の熱物性を示す図であり、(a)は、熱分解曲線であり、(b)は、示差走査熱量曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の希土類金属錯体は、下記の一般式(1)
【化1】

前記一般式(1)において、Lnは、その中心金属元素である希土類金属を表す。希土類金属元素については、特に制限されず、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属元素であって、例えば、スカンジウム、イットリウム、ランタン、セリウム、プラセオジム、ネオジム、サマリウム、ユウロピウム、ガドリニウム、テルビウム、ジスプロシウム、ホルミウム、エルビウム、ツリウム、イッテルビウム、ルテチウム等が挙げられ、好ましくは錯体が赤色の蛍光を示すユウロピウムや、錯体が緑色の蛍光を示すテルビウムや、錯体が青色の蛍光を示すイットリウム、ランタン、ルテチウムなどが用いられる。
【0017】
一般式(1)において、前記希土類金属は、4位に、2−ヘキシルデカノキシ基を有する安息香酸誘導体の脱プロトン化物からなる配位子と、2座配位子の1,10−フェナントロリンからなる中性有機配位子とが配位され、これら配位子の数は、希土類金属1個に対し、前者は希土類金属イオンの3の正電荷を打ち消すように3個であり、後者は1個である。
一般に、希土類金属錯体は、高配位数のものが知られており、このようなものが正電荷を持つ場合、カウンター陰イオンの配位が起こりやすくなり、その影響を無視できなくなるが、本発明では、金属イオンの正電荷を打ち消すのに負電荷を持つ上記前者の配位子が有効なのである。
【0018】
本発明の蛍光希土類金属錯体は、次の反応式で示されるようにして容易に製造することができる。
【化3】

【0019】
すなわち、前記一般式(3)で示される希土類金属塩と前記一般式(2)で示される安息香酸誘導体、或いはそのアルカリ金属塩又はアルカリ土類金属塩とを、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように化学当量比或いはその近くで反応させ、前記一般式(4)で示される、電荷を持たない希土類金属錯体を生成させ、次いでこの錯体と、1,10−フェナントロリン(Lと表記)(5)を化学当量比或いはその近くで反応させればよい。
【0020】
このような反応に用いられるLnX3としては、イットリウムトリフラート、ユウロピウムトリフラート、テルビウムトリフラート等の希土類金属トリフラート、LnCl3で表わされる希土類金属塩化物等が挙げられる。
また、LnX3に代えて他の希土類金属塩、例えば硝酸塩、硫酸塩等を用いることができる。
【0021】
本発明の蛍光希土類金属錯体は、上記反応式のように段階的に反応させる方法の他、これら反応原料を一緒に1段階で反応させる方法でも容易に製造することができる。
すなわち、この方法は、希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(2)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示す。)
で表わされる安息香酸誘導体又はその塩と、中性有機配位子とを共に反応させるものである。
【0022】
これらの反応において、反応溶媒には、アルコール、アセトニトリル、ジメチルホルムアミド(以下、DMFと表記する)、テトラヒドロフラン、アセトン、クロロホルム、メチレンクロライド、酢酸エチル、酢酸ブチル、ジメチルスルホキシド等の一般的な有機溶媒が用いられる。
【0023】
上記一般式(1)で表される希土類金属錯体は、目的とする溶解性、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有しており、特に、汎用の油性インク溶剤であるアルコール系溶剤、アルコール/アセトン系溶剤、脂肪族炭化水素系溶剤、高沸点アルコール系溶剤、グリコールエーテル系溶剤等に高い溶解性を有している。
【0024】
また、本発明の希土類金属錯体は、前述のとおり各種の溶媒に可溶であるとともに、結晶化温度が高いので、それを溶かした溶液を用いて、ガラス基板、紙、プラスチック、シリコン半導体、金属などの上に印刷した場合、乾燥後の可視光での不可視性を有し、かつ密着性に優れた印刷物が得られる。
さらに、本発明の希土類金属錯体は、各種の溶剤への溶解性が高いために、溶媒を適宜選択することにより、その溶液を用いた印刷方法が限定されることがなく、スプレイ塗布や、スクリーン印刷、オフセット印刷、凹版印刷或いは凸版印刷などの各種の塗布プロセス用のインク組成物とすることができる。
さらにまた、本発明の希土類金属錯体は、高沸点溶媒への高い溶解性を有してので、高沸点溶剤が用いられるインクジェット用インク、特に、超微細流体ジェット装置(スーパーインクジェット装置、特許3975272号公報、特開2004−165587号公報参照)を用いた印字に用いるインク組成物を提供することができる。
【実施例】
【0025】
以下、本発明を実施例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれら実施例により何ら限定されるものではない。
【0026】
〈4−(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸の製造〉
4‐ヒドロ安息香酸エチル10g(60mmol)、炭酸カリウム 10g(72 mmol)及びDMF120mlの懸濁溶液に、1.1Mの1−ブロモ−2−ヘキシルデカンDMF溶液130mlをゆっくり滴下し、90℃で18時間反応させた。反応溶液を室温まで冷却後、生成物をエーテルで抽出し、エーテル層を硫酸マグネシウムで乾燥させた後、エーテルを除去し、得られた黄白色のオイルをフラッシュクロマトグラフィー(SiO、ヘキサン/塩化メチレン:1/1)で精製することにより、下記の4−(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸エチルが得られた。この際の収率は68%であった。
【化4】

【0027】
このものの1H、13C−NMR、および赤外吸収スペクトルは次のとおりであった。
4-(2-hexyldecyloxy) benzoic acid ethylester; 1H-NMR (δ, ppm): 0.88 (-CH3, m, 6H), 1.28 (-CH2-, m, 26H), 1.38 (-CH3, t, J=3.5 Hz), 1.79 (>CH-, m, 1H), 3.88 (-OCH2-, d, J=5.7 Hz, 2H), 4.34 (-CO-CH2-, m, 2H), 6.90 (aromatic, d, J=7.0 Hz, 2H), 7.98 (aromatic, d, J=7.0 Hz, 2H); 13C-NMR (δ, ppm): 14.5 (-CH3), 14.8 (-CH3), 23.1 (-CH2-), 27.2 (-CH2-), 29.7 (-CH2-), 30.0 (-CH2-), 30.1 (-CH2-), 30.4 (-CH2-), 31.7 (-CH2-), 32.0 (-CH2-), 32.2 (-CH2-), 32.3 (-CH2-), 38.3 (>CH-), 61.0 (-O-CH2-), 71.5 (-CO-CH2-), 114.5 (-C6H4-), 123.0 (-C6H4-), 131.9 (-C6H4-), 163.5 (-C6H4-), 166.9 (-COO-); IR (KBr): 2955, 2925, 2855, 1714, 1606, 1579, 1511, 1467, 1366, 1312, 1253, 1168, 1103, 1026, 847, 770, 697 cm-1.
【0028】
次に、得られた4−(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸エチル14g(36mmol)と水酸化ナトリウム4.0gのエタノール200ml溶液を12時間還流させ、反応溶液を室温に冷却後、エーテル200mlと1Nの塩酸を加え、エーテル層を分液して硫酸マグネシウムにより乾燥させた後、エーテルを除去することにより、下記の4−(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸12gが得られた。この際の収率は91%であった。
【化5】

【0029】
このものの1H、13C−NMR、および赤外吸収スペクトルは次のとおりであった。
4-(2-hexyldecyloxy) benzoic acid; 1H-NMR (δ, ppm): 0.88 (-CH3, m, 6H), 1.28 (-CH2-, m, 26H), 1.78 (>CH-, m, 1H), 3.90 (-O-CH2-, d, J=5.8 Hz, 2H), 6.93 (aromatic, d, J=9.0 Hz, 2H), 8.05 (aromatic, d, J=9.0 Hz, 2H); 13C-NMR (δ, ppm): 14.1 (-CH3), 15.3 (-CH3), 22.7 (-CH2-), 26.8 (-CH2-), 29.3 (-CH2-), 29.6 (-CH2-), 29.7 (-CH2-), 30.0 (-CH2-), 31.3 (-CH2-), 31.8 (-CH2-), 31.9 (-CH2-), 37.9 (-CH2-), 71.2 (-CO-CH2-), 107.6 (-C6H4-), 114.2 (-C6H4-), 132.3 (-C6H4-), 163.9 (-C6H4-), 171.8 (-COO-); IR (KBr): 2955, 2925, 2855, 1668, 1604, 1577, 1514, 1467, 1428, 1330, 1293, 1257, 1173, 1119, 1107, 1026, 960, 849, 777 cm-1.
【0030】
〈実施例1:ユウロピウム錯体の合成と評価〉
酸化ユウロピウム0.26g(0.75mmol)、12Nの塩酸0.60ml及びエタノール30mlの懸濁溶液を、均一な溶液になるまで還流させた後、前記の製造例で得られた4‐(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸1.6g(4.5mmol)と、フェナントロリン0.27g(1.5 mmol)を加えた。これにトリメチルアミンを反応溶液が中性になるまで加え、混合溶液を室温まで冷却したのち、塩化メチレン(100ml)と水(100ml)で抽出した。塩化メチレン層を硫酸マグネシウムで乾燥させたあと、溶媒を留去し得られた淡黄色のオイルを透析(塩化メチレン)で精製することにより、下記のユウロピウム錯体を得た。この際の収率は87%であった。
【化6】

【0031】
このものの赤外吸収スペクトルは次のとおりであった。
IR (liquid film): 2955, 2925, 2855, 1605, 1554, 1510, 1466, 1417, 1274, 1250, 1169, 1102, 1027, 848, 784, 770, 730, 699 cm-1.
【0032】
得られた該ユウロピウム錯体について、その溶解性を調べたところ、汎用の油性インク溶剤であるアルコール系溶剤、アルコール/アセトン系溶剤、脂肪族炭化水素系溶剤、高沸点アルコール系溶剤、グリコールエーテル系溶剤等に高い溶解性を有しており、汎用溶剤である2−ブトキシエタノールを溶剤とした時は、該ユウロピウム錯体は0.02Mまで溶解させることができた。
【0033】
該ユウロピウム錯体を2−ブトキシエタノール(沸点:171℃)に溶解して石英ガラスに塗布し、サンプルのUV−vis吸収スペクトルをFP−750(日本分光株式会社)で測定し、蛍光スペクトルをF−7000(株式会社日立ハイテクノロジーズ)で測定したところ、得られたユウロピウム錯体は、目的とする光物性を有していることが分った。
図1は、その結果を示す図である。該図のUV−vis吸収スペクトルから、該ユウロピウム錯体は、紫外領域である250−300nm付近に配位子に由来する吸収を有すことが分った。また、該ユウロピウム錯体の最大吸収波長280nmでサンプルを励起した蛍光スペクトルからは、615nmに最大発光波長をもつユウロピウム錯体に特有の赤色発光が観察された。
以上のことから、該ユウロピウム錯体は目的とする光物性を示していることがわかる。
【0034】
実施例1で得られたユウロピウム錯体の熱物性を、熱重量示差熱分析装置(セイコーインスツルメント(株)製 TG/DTA6200)で測定した。その結果を図2に示す。
測定の結果から、該ユウロピウム錯体の熱分解温度は約230℃であり、該ユウロピウム錯体は目的とする耐熱性を有していることが分かった。
以上のことから通常の使用法においては熱分解をほとんど考慮しなくてもよいことがわかる。
【0035】
実施例1で得られたユウロピウム錯体の結晶性を、示差走査熱量計(セイコーインスツルメント(株)製 DSC6200)で測定した。測定の結果、該ユウロピウム錯体は、室温から約80℃までガラス状態を維持し、結晶化温度は約100℃であった。
以上のことから、該ユウロピウム錯体は目的とする結晶性を有しており、室温での使用に際しては、結晶化による印字箇所の光散乱が起こらないことがわかる。
【0036】
実施例1で得られたユウロピウム錯体の耐光性は、汎用溶剤である2−ブトキシエタノールに溶解した該ユウロピウム錯体を塗布した紙片をUV−0クリーナ(Nippon Laser and Electronics LAB)で所定時間処理することで確認した。該ユウロピウム錯体を塗布したものは90分の処理の後でも、十分な赤色蛍光発光を示し、対象として同様に処理したローダミンンBが20分後にはほとんど発光を示さないことと比較すると、十分な耐光性を有することが示唆された。
さらに、汎用溶剤である2−ブトキシエタノールに溶解した該ユウロピウム錯体を塗布した紙片の蛍光量子をF−7000(株式会社日立ハイテクノロジーズ)積分球を用いて測定したところ収率は約0.7であった。
これらのことから、得られたユウロピウム錯体が、好ましい蛍光特性を有するばかりでなく、目的とする溶解性、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有していることが分かった。
【0037】
〈実施例2:テルビウム錯体の合成と評価〉
トリフルオロメタンスルホン酸テルビウム0.91g(1.50mmol)、前記の製造例で得られた4‐(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸1.6g(4.5mmol)と、フェナントロリン0.27g(1.5mmol)及びエタノール60mlの懸濁溶液を、均一な溶液になるまで還流させた後、トリメチルアミン(5.0ml)を加えた。混合溶液を室温まで冷却したのち、下記の生成物を塩化メチレンで抽出した。塩化メチレン層を硫酸マグネシウムで乾燥させたあと、溶媒を留去し得られた淡黄色のオイルを透析(塩化メチレン)で精製した。この際の収率は83%であった。
【化7】

【0038】
このものの赤外吸収スペクトルは次のとおりであった。
IR (liquid film): 2954, 2924, 2855, 1606, 1572, 1529, 1513, 1466, 1418, 1513, 1466, 1418, 1306, 1249, 1172, 1145, 1103, 1028, 863, 850, 784, 730, 699 cm-1.
得られたテルビウム錯体は、緑色の蛍光発光を示し、かつ、前記ユウロピウム錯体と同様の、溶解性、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有していた。
【0039】
〈実施例3:イットリウム錯体の製造と評価〉
トリフルオロメタンスルホン酸イットリウム0.80g(1.50mmol)、 4‐(2−ヘキシルデシロキシ)安息香酸1.6g(4.5mmol)と、フェナントロリン0.27g(1.5mmol)及びエタノール30mlの懸濁溶液を、均一な溶液になるまで還流させた後、トリメチルアミン(5.0ml)を加えた。混合溶液を室温まで冷却したのち、生成物を塩化メチレンで抽出した。塩化メチレン層を硫酸マグネシウムで乾燥させたあと、溶媒を留去し得られた淡黄色のオイルを透析(塩化メチレン)で精製し、下記の生成物を得た。この際の収率は94%であった。
【化8】

【0040】
このものの赤外吸収スペクトルは次のとおりであった。
IR (liquid film):2955, 2925, 2855, 1605, 1574, 1550, 1531, 1466, 1416, 1306, 1248, 1171, 1145, 1103, 1028, 864, 850, 785, 730, 700 cm-1.
得られたイットリウム錯体は、青色の蛍光発光を示し、かつ、前記ユウロピウム錯体と同様の、蛍光特性、溶解性、結晶性、結晶化温度、および耐光性を有していた。
【0041】
〈実施例4:塗布・印刷による評価〉
実施例1〜3で得られた各々の錯体の2−ブトキシエタノール溶液(0.02M)を用いて、スピンコートによる塗布評価を行った。
その結果、ガラス基板、プラスチック、シリコン半導体、及び金属の上に、良好な印刷が可能であった。また、得られた印刷物は、乾燥後の可視光での不可視性や、密着性なども良好であり、各々、赤色、緑色、青色の十分な蛍光発光を示した。
【0042】
同様に、各々の錯体の2−ブトキシエタノール溶液(0.02M)を用いて、ピエゾ型のインクジェットによる吐出評価を行ったところ、ガラス基板、紙、プラスチック、シリコン半導体、及び金属の上に良好な印刷が可能であった。また、描画周波数10kHzで、ドット径100μm以下の描画を得ることができ、通常のインクジェットインクに対して遜色無い結果が得られた。さらに、得られた印刷物は、乾燥後の可視光での不可視性や、密着性なども良好であり、各々、赤色、緑色、青色の十分な蛍光発光を示した。
【0043】
さらに、各々の錯体の2−ブトキシエタノール溶液(0.02M)を用いて、超微細流体ジェット装置(スーパーインクジェット装置)により印字したところ、着弾ドット径が20μm以下で、ガラス基板、紙、プラスチック、シリコン半導体、及び金属の上に良好な印刷が可能であった。また、得られた印刷物は、乾燥後の可視光での不可視性や、密着性なども良好であり、各々、赤色、緑色、青色の十分な蛍光発光を示した。
【0044】
これらのことから、本発明の希土類金属錯体組成物が、種々の印刷方式のインク組成物として利用可能であるばかりでなく、中心金属イオンの種類を変えるだけで、光の3原色をはじめとした種々の蛍光色を出すことが可能なインク組成物を提供することができることがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0045】
本発明の希土類金属錯体は、それ自体無色で、かつ、励起光の照射により、固体でも溶液中でも蛍光を発生するばかりでなく、有機溶剤への溶解性が高く、透明な溶液が得られるために、塗布プロセスが適用可能である。スピンコート、スプレーコートの他、スクリーン印刷、凸版印刷などへの応用も可能である。また、特にインクジェットプリンター用の隠し印刷インクへの利用が可能である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体。
【請求項2】
希土類金属塩と下記の一般式(2)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24アルキル基を示す。)
で表される安息香酸誘導体又はその塩を、希土類金属イオンの正電荷が中和されるように反応させて希土類金属錯体を生成させ、次いで該希土類金属錯体を、1,10−フェナントロリンと反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
【請求項3】
希土類金属塩と、その希土類金属イオンの正電荷を中和する当量比の下記の一般式(2)
【化2】

(式中、MはH、アルカリ金属又は化学当量相当のアルカリ土類金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)
で表される安息香酸誘導体又はその塩と、1,10−フェナントロリンとを共に反応させることを特徴とする請求項1に記載の希土類金属錯体の製造方法。
【請求項4】
下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体を有効成分とする蛍光発光材料。
【請求項5】
少なくとも、下記の一般式(1)
【化1】

(式中、Lnは、イットリウム及びランタノイドからなる群から選ばれる少なくとも1つの金属を示し、Rは、分岐を有する炭素数8〜24のアルキル基を示す。)で表される希土類金属錯体と、該希土類金属錯体を溶解する溶剤を含有することを特徴とする希土類金属錯体組成物。
【請求項6】
前記溶剤が、高沸点溶媒であることを特徴とする請求項5に記載の希土類金属錯体組成物。
【請求項7】
前記希土類金属錯体組成物が、インク用組成物である請求項5又は6に記載の組成物。
【請求項8】
前記インクが、塗布プロセス用のインクである請求項7に記載のインク組成物。
【請求項9】
前記インクが、インクジェット記録用インクである請求項7に記載のインク組成物。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate


【公開番号】特開2010−215686(P2010−215686A)
【公開日】平成22年9月30日(2010.9.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−60682(P2009−60682)
【出願日】平成21年3月13日(2009.3.13)
【出願人】(301021533)独立行政法人産業技術総合研究所 (6,529)
【Fターム(参考)】