説明

弾性境界波装置

【課題】フィルタ帯域の急峻化や、比帯域幅の異なる複数帯域のフィルタ、共振子を単一基板上に得ることで、小型で高性能な弾性境界波を用いた弾性境界波装置を提供する。
【解決手段】単結晶基板4上に固体層5が積層されており、単結晶基板4と固体層5との境界に電極が配置されている弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板4を用いて構成された複数の弾性境界波素子2,3が備えられており、弾性境界波素子2の伝搬方位は、弾性境界波素子3の伝搬方位と異なっている、弾性境界波装置1。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、弾性境界波を利用した弾性境界波装置に関し、より詳細には、単結晶基板と固体層との境界に電極が配置された構造を有する弾性境界波装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、携帯電話用のRFフィルタ及びIFフィルタ、並びにVCO用共振子及びテレビジョン用VIFフィルタなどに、各種弾性表面波装置が用いられている。弾性表面波装置は、媒質表面を伝搬するレイリー波や第1漏洩波などの弾性表面波を利用している。
【0003】
弾性表面波は、媒質表面を伝搬するため、媒質の表面状態の変化に敏感である。従って、媒質の弾性表面波伝搬面を保護するために、該伝搬面に臨む空洞を設けたパッケージに弾性表面波素子が気密封止されていた。このような空洞を有するパッケージが用いられていたため、弾性表面波装置のコストは高くならざるを得なかった。また、パッケージの寸法は、弾性表面波素子の寸法よりも大幅に大きくなるため、弾性表面波装置は大きくならざるを得なかった。
【0004】
他方、弾性波の中には、上記弾性表面波以外に、固体間の境界を伝搬する弾性境界波が存在する。
【0005】
例えば、下記の非特許文献1には、126°回転Y板X伝搬のLiTaO3基板上にIDTが形成されており、IDTとLiTaO3基板上にSiO2膜が所定の厚みに形成されている弾性境界波装置が開示されている。ここでは、ストンリー波と称されているSV+P型の弾性境界波が伝搬することが示されている。なお、非特許文献1では、上記SiO2膜の膜厚を1.0λ(λは弾性境界波の波長)とした場合、電気機械結合係数は2%になることが示されている。
【0006】
弾性境界波は、固体間の境界部分にエネルギーが集中した状態で伝搬する。従って、上記LiTaO3基板の底面及びSiO2膜の表面にはエネルギーがほとんど存在しないため、基板や薄膜の表面状態の変化により特性が変化しない。従って、空洞形成パッケージを省略することができ、弾性波装置のサイズを低減することができる。
【0007】
また、下記の非特許文献2には、[001]−Si(110)/SiO2/YカットX伝搬LiNbO3構造を伝搬するSH型境界波が示されている。このSH型境界波は、上記ストンリー波と比べて、電気機械結合係数k2が大きいという特徴を有する。また、SH型境界波においても、ストンリー波の場合と同様に、空洞形成パッケージを省略することができる。さらに、SH型境界波は、SH型の波動であるため、IDT反射器を構成するストリップの反射係数がストンリー波の場合に比べて大きいことが予想される。従って、例えば共振子や共振器型フィルタを構成した場合、SH型境界波を利用することにより、小型化を図ることができ、かつより急峻な特性の得られることが期待される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【非特許文献1】「Piezoelectric Acoustic Boundary Waves Propagating Along the Interface Between SiO2 and LiTaO3」IEEE Trans. Sonics and ultrason.,VOL.SU-25,No.6,1978 IEEE
【非特許文献2】「Si/SiO2/LiNbO3構造を伝搬する高圧電性境界波」(第26回EMシンポジウム,H9年5月,pp53−58)
【非特許文献3】「圧電性SHタイプ境界波に関する検討」電子情報通信学会技術研究報告 VOL.96,NO.249(US96 45-53)PAGE.21-26 1966
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開平10−84247号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
弾性境界波装置では、電気機械結合係数が大きいこと、伝搬損失、パワーフロー角及び周波数温度係数が小さいことが求められる。弾性境界波の伝搬に伴う損失、すなわち、伝搬損失は、境界波フィルタの挿入損失を劣化させたり、境界波共振子の共振抵抗や共振周波数におけるインピーダンスと反共振周波数におけるインピーダンスのインピーダンス比を劣化させたりする。従って、伝搬損失は小さいほど望ましい。
【0011】
パワーフロー角は、境界波の位相速度の方向と、境界波のエネルギーが進む群速度の方向の違いを表す角度である。パワーフロー角が大きい場合、IDTをパワーフロー角に合わせて傾斜した状態に配置する必要がある。従って、電極設計が煩雑となる。また、角度ずれによる損失が発生し易くなる。
【0012】
さらに、温度により境界波装置の動作周波数が変化すると、境界波フィルタの場合には、実用可能な通過帯域や阻止帯域が減少する。共振子の場合には、上記温度による動作周波数の変化は、発振回路を構成した場合の異常発振の原因となる。そのため、1℃あたりの周波数変化量TCFは小さいほど望ましい。
【0013】
例えば、境界波を送受信する送信用IDTと受信用IDTとが設けられている領域の伝搬方向外側に反射器を配置することにより、低損失の共振器型フィルタを構成することができる。この共振器型フィルタの帯域幅は、境界波の電気機械結合係数に依存する。電気機械結合係数k2が大きければ広帯域のフィルタを得ることができ、小さければ狭帯域なフィルタとなる。従って、境界波装置に用いられる境界波の電気機械結合係数k2は、用途に応じて適切な値とすることが必要である。携帯電話のRFフィルタなどを構成するには、電気機械結合係数k2は5%以上であることが求められる。
【0014】
しかしながら、上記非特許文献1に示されているストンリー波を用いた弾性境界波装置では、電気機械結合係数は2%と小さかった。
【0015】
また、上記非特許文献2に示されているSi/SiO2/LiNbO3構造において、実際に境界波を励振するには、上記特許文献1の図1に示されているように、Si/SiO2/IDT/LiNbO3の複雑な4層構造とする必要があった。さらに、最良条件として、提示された[001]−Si(110)方位でSiを実際に配置する場合、上記特許文献1に示されているように、難易度が高い貼り合わせ工法を用いなければならなかった。通常、量産に用いられる3インチ以上の径のウエハでは、貼り合わせ工法においてウエハを均質に貼り合わせることが困難である。また、貼り合わせ後に、チップ単位に切断する際に、剥離などの不具合が生じがちであった。
【0016】
なお、SH型境界波では、上記の非特許文献3に記載のように、等方体/BGSW基板において、等方体とBGSW基板の横波音速が近く、かつ密度比が小さく、さらに圧電性が強い条件を満たすことにより、SH型の境界波が得られることが示されている。
【0017】
本発明の目的は、上述した従来技術の現状に鑑み、SH型境界波による主応答の電気機械結合係数が大きく、伝搬損失及びパワーフロー角が小さく、かつ主応答近傍のストンリー波によるスプリアスが小さい弾性境界波装置を提供することにある。
【0018】
本発明の他の目的は、SH型境界波による主応答の電気機械結合係数を容易に調整することができる弾性境界波装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明のある広い局面によれば、非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて構成された複数の弾性境界波素子を備え、各弾性境界波素子が前記単結晶基板と、単結晶基板に積層された固体層と、前記単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極とを有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、前記電極の厚みは、SH成分を主体とする弾性境界波の音速が、前記固体層を伝搬する遅い横波の音速及び前記圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるような厚みとされている、弾性境界波装置が提供される。
【0020】
本発明の別の広い局面によれば、非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて構成された複数の弾性境界波素子を備え、各弾性境界波素子が前記単結晶基板と、単結晶基板に積層された固体層と、前記単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極とを有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、前記電極のデューティ比は、SH成分を主体とする境界波の音速が、固体層を伝搬する遅い横波の音速及び圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるようなデューティ比とされている、弾性境界波装置が提供される。
【0021】
本発明において、上記弾性境界波素子としては、特に限定されないが、例えば弾性境界波フィルタまたは弾性境界波共振子で構成される。
【0022】
本発明に係る弾性境界波装置では、好ましくは、弾性境界波素子が、共振構造を有する。
【0023】
本発明に係る弾性境界波装置のある特定の局面では、弾性境界波装置として縦結合型フィルタが提供される。
【0024】
本発明に係る弾性境界波装置の他の特定の局面では、前記複数の弾性境界波素子が単一の圧電単結晶基板上に構成されている。
【0025】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の特定の局面では、少なくとも1つの弾性境界波素子の電気機械結合係数が、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の電気機械結合係数と異なっている。
【0026】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、少なくとも1つの弾性境界波素子の帯域幅が、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の帯域幅と異なっている。
【0027】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の特定の局面では、前記電極の厚みは、SH型境界波の音速が、前記固体層を伝搬する遅い横波の音速及び前記圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるような厚みとされている。
【0028】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記電極のデューティ比は、SH型の境界波の音速が、固体層を伝搬する遅い横波の音速及び圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるようなデューティ比とされている。
【0029】
本発明においては、好ましくは、前記電極の密度をρ(kg/m)、電極の膜厚H(λ)、境界波の波長λとしたとき、H>8261.744ρ−1.376とされている。また、より好ましくは、ρ>3745kg/mである。さらに好ましくは、33000.39050ρ−1.50232<H<88818.90913ρ−1.54998である。
【0030】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記圧電単結晶基板がLiNbO基板からなり、該LiNbO基板のオイラー角(φ,θ,ψ)のφが−31°〜31°の範囲であり、θ及びψが、下記の表1の点A1〜A13で囲まれた範囲である。
【0031】
【表1】

【0032】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の特定の局面では、前記電極が、Au、Ag、Cu、Al、Fe、Ni、W、Ta、Pt、Mo、Cr、Ti、ZnO及びITOからなる群から選択された1種からなる主電極層を備えられる。
【0033】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに限定的なある局面では、前記電極が、主電極層に積層された第2の電極層をさらに備えられる。
【0034】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記固体層が誘電体からなる。好ましくは、上記固体層は、SiOを主成分とする材料からなる。
【0035】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに他の特定の局面では、前記固体層が複数の材料層を積層してなる複数の積層体により構成されている。
【0036】
また、本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記固体層が、SiOを主成分とする層と、Siを主成分とする層とを積層した構造を有する。
【0037】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記固体層が、Si、SiO、ガラス、窒化シリコン、炭化シリコン、ZnO、Ta、チタン酸ジルコン酸鉛系圧電セラミックス、窒化アルミニウム、Al、LiTaO及びLiNbOからなる群から選択された少なくとも1種により構成されている。
【0038】
本発明に係る弾性境界波装置のさらに別の特定の局面では、前記固体層上に密着形成された樹脂層がさらに備えられる。
【発明の効果】
【0039】
本発明に係る弾性境界波装置では、非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて複数の弾性境界波素子が構成されており、各弾性境界波素子が、単結晶基板と、固体層と、単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極を有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方向が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、前記電極の厚みは、SH成分を主体とする弾性境界波の音速が、前記固体層を伝搬する遅い横波の音速及び前記圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるような厚みとされているため、弾性境界波の伝搬方位が異なっている複数の弾性境界波素子を用いて広帯域のフィルタ特性や、狭帯域のフィルタ特性など、様々な帯域特性を得る弾性境界波装置を容易に提供することが可能となる。
【0040】
本発明に係る弾性境界波装置では、非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて構成された複数の弾性境界波素子を備え、各弾性境界波素子が前記単結晶基板と、単結晶基板に積層された固体層と、前記単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極とを有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、前記電極のデューティ比は、SH成分を主体とする弾性境界波の音速が、固体層を伝搬する遅い横波の音速及び圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるようなデューティ比とされているため、弾性境界波の伝搬方位が異なっている複数の弾性境界波素子を用いて広帯域のフィルタ特性や、狭帯域のフィルタ特性など、様々な帯域特性を得る弾性境界波装置を容易に提供することが可能となる。
【0041】
また、36°YカットX伝搬のLiTaO3基板に代表される漏洩伝搬型の弾性表面波装置では、例えば結晶軸Xに対して0°方向などの特定の伝搬角において弾性表面波が伝搬する場合にのみ伝搬損失がほぼ0となり、伝搬角が上記値から変化すると伝搬損失が増加するという問題があった。
【0042】
これに対して、本発明では、非漏洩伝搬型の弾性境界波が用いられているため、伝搬角を変化させた場合であっても、伝搬損失が0dB/λとすることができ、従って低損失の弾性境界波装置を提供することができる。
【0043】
上記弾性境界波素子が、弾性境界波フィルタまたは弾性境界波共振子である場合には、本発明に従って、様々な帯域特性を有する弾性境界波フィルタ及び弾性境界波共振子を提供することができる。
【0044】
本発明において、弾性境界波の伝搬方位を変えることにより、例えば、電気機械結合係数を調節できるので、共振構造を持たないトランスバーサル型フィルタの場合には、挿入損失を可変できる。さらに、共振構造を持つ、弾性境界波共振子やラダー型フィルタ、縦結合多重モード型弾性境界波フィルタ等においては、共振子の場合は共振周波数と反共振周波数の周波数間隔を電気機械結合係数に比例して調整でき、前記共振子を利用したラダー型フィルタや縦結合多重モード型弾性境界波フィルタは、電気機械結合係数に比例して通過帯域を調整できる。
【0045】
本発明において、複数の弾性境界波素子が単一の圧電単結晶基板上に構成されている場合には、本発明に従って、様々な帯域特性を有する弾性境界波装置を、1つのチップ部品として構成することが可能となる。
【0046】
本発明において、少なくとも1つの弾性境界波素子の電気機械結合係数は、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の電気機械結合係数と異なっている場合には、弾性境界波素子の電気機械結合係数を異ならせることにより、様々な帯域幅を容易に実現することができる。
【0047】
少なくとも1つの弾性境界波素子の帯域幅が、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の帯域幅と異なっている場合には、帯域幅の組み合わせ方により、様々な帯域特性を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0048】
【図1】図1(a)及び(b)は、本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置を示す平面断面図及び(a)中のA−A線に沿う断面図である。
【図2】図2は密度が異なる電極材料を用い圧電体と誘電体との間に電極を形成した場合の音速Vと、電極の厚みH/λとの関係を示す図である。
【図3】図3は密度が異なる電極材料を用い圧電体と誘電体との間に電極を形成した場合の伝搬損失αと、電極の厚みH/λとの関係を示す図である。
【図4】図4は密度が異なる電極材料を用い圧電体と誘電体との間に電極を形成した場合の電気機械結合係数k2と、電極の厚みH/λとの関係を示す図である。
【図5】図5は密度が異なる電極材料を用い圧電体と誘電体との間に電極を形成した場合の周波数温度係数TCFと、電極の厚みH/λとの関係を示す図である。
【図6】図6は密度が異なる電極材料を用い圧電体と誘電体との間に電極を形成した場合のパワーフロー角PFAと、電極の厚みH/λとの関係を示す図である。
【図7】図7は電極材料の密度ρと伝搬損失が0となる電極膜厚H/λとの関係を示す図である。
【図8】図8は電極材料の密度ρとTCFが−20、−10、0、+10、+20ppm/℃となる電極膜厚H/λとの関係を示す図である。
【図9】図9は(0°,θ,0°)のLiNbO3基板上にAu電極を形成し、SiO2膜を形成した構造において、オイラー角のθと、SH型境界波(U2)及びストンリー波(U3)の音速Vとの関係を示す図である。
【図10】図10は(0°,θ,0°)のLiNbO3基板上にAu電極を形成し、SiO2膜を形成した構造において、オイラー角のθと、SH型境界波(U2)及びストンリー波(U3)の電気機械結合係数k2との関係を示す図である。
【図11】図11は(0°,θ,0°)のLiNbO3基板上にAu電極を形成し、SiO2膜を形成した構造において、オイラー角のθと、SH型境界波(U2)及びストンリー波(U3)の周波数温度係数TCFとの関係を示す図である。
【図12】図12は実験例2において、オイラー角(0°,θ,ψ)のLiNbO3基板上に、厚さ0.06λのAu電極を形成し、さらにSiO2膜を形成した構造における、オイラー角のθ及びψと、SH型境界波の電気機械結合係数k2との関係を示す図である。
【図13】図13は実験例2において、オイラー角(0°,θ,ψ)のLiNbO3基板上に、厚さ0.06λのAu電極を形成し、さらにSiO2膜を形成した構造における、オイラー角のθ及びψと、ストンリー波の電気機械結合係数k2の関係を示す図である。
【図14】図14は実験例3において、オイラー角(φ,105°,0°)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφとSH型境界波及びストンリー波の音速Vとの関係を示す図である。
【図15】図15は実施例3において、オイラー角(φ,105°,0°)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφと周波数温度係数TCFとの関係を示す図である。
【図16】図16は実験例3において、オイラー角(φ,105°,0°)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφと電気機械結合係数k2との関係を示す図である。
【図17】図17は実験例3において、オイラー角(φ,105°,0°)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφとパワーフロー角との関係を示す図である。
【図18】図18は実験例3において、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφとSH型境界波及びストンリー波の音速Vとの関係を示す図である。
【図19】図19は実験例3において、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφと周波数温度係数TCFとの関係を示す図である。
【図20】図20は実験例3において、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφと電気機械結合係数k2との関係を示す図である。
【図21】図21は実験例3において、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO3基板を用いた場合のオイラー角のφとパワーフロー角との関係を示す図である。
【図22】図22は実験例5で用意された弾性境界波共振子の電極構造を説明するための模式的平面図である。
【図23】図23(a)〜(c)は、実験例5において、用意された1ポート型弾性境界波共振子の結晶基板のオイラー角のψが0°、10°及び20°となるように伝搬方向を傾けた場合のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を示す各図である。
【図24】図24(a)〜(c)は、実験例5において、用意された1ポート型弾性境界波共振子の結晶基板のオイラー角のψが30°、40°及び50°となるように伝搬方向を傾けた場合のインピーダンス−周波数特性及び位相−周波数特性を示す各図である。
【図25】図25(a)〜(c)は、オイラー角(0°,95°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψと共振反共振周波数差との関係を示す図である。
【図26】図26(a)〜(c)は、オイラー角(0°,100°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψと共振反共振周波数差との関係を示す図である。
【図27】図27(a)〜(c)は、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψと共振反共振周波数差との関係を示す図である。
【図28】図28(a)〜(c)は、オイラー角(0°,110°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψと共振反共振周波数差との関係を示す図である。
【図29】図29(a)〜(c)は、オイラー角(0°,95°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψとインピーダンスとの関係を示す図である。
【図30】図30(a)〜(c)は、オイラー角(0°,100°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψとインピーダンスとの関係を示す図である。
【図31】図31(a)〜(c)は、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψとインピーダンスとの関係を示す図である。
【図32】図32(a)〜(c)は、オイラー角(0°,110°,ψ)のLiNbO基板上に、Auからなる電極の膜厚H/λを、それぞれ、0.04、0.05及び0.06とした場合のオイラー角のψとインピーダンスとの関係を示す図である。
【図33】図33は実験例5で用意されたラダー型フィルタの回路構成を示す図である。
【図34】図34(a)及び(b)は、実験例6で用意されたラダー型フィルタにおいて、オイラー角のψが0°及び10°の場合の通過特性を示す図である。
【図35】図35(a)及び(b)は、実験例6で用意されたラダー型フィルタにおいて、オイラー角のψが20°及び30°の場合の通過特性を示す図である。
【図36】図36は実験例8で用意されたラダー型フィルタの通過特性を示す図である。
【図37】図37は実験例6において、電極材料をCuに変更した場合のラダー型フィルタの通過特性を示す図である。
【図38】図38(a)〜(c)は、(0°,θ,0°)のLiNbO基板上にAu電極を構成し、多結晶Si層を形成した構造において、オイラー角のθと、音速V、電気機械結合係数k及び周波数温度係数との関係をそれぞれ示す図である。
【図39】図39(a)〜(c)は、(0°,θ,0°)のLiNbO基板上にAu電極を構成し、SiO膜及び多結晶Siを形成した構造において、オイラー角のθと、音速V、電気機械結合係数k及び周波数温度係数との関係をそれぞれ示す図である。
【図40】図40は実験例8で用意される、本発明が適用されるフィルタの他の例を示す概略構成図である。
【図41】図41は図40に示したフィルタにおけるRxフィルタ及びTxフィルタの周波数特性を示す図である。
【図42】図42は本発明が適用されるさらに他の例を説明するためのブロック図である。
【図43】図43は本発明が適用されるフィルタのさらに別の例を説明するための回路図である。
【図44】図44は図43に示したフィルタの周波数特性を説明するための図である。
【図45】図45は本発明が適用されるフィルタのさらに別の例を説明するための回路図である。
【図46】図46は本発明により構成される縦結合型フィルタの電極構造を模式的に示す平面図である。
【図47】図47は図46に示した縦結合型フィルタのフィルタ特性の一例を示す図である。
【図48】図48は図46に示した縦結合型フィルタのフィルタ特性の他の例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0049】
以下、本発明の具体的な実施形態を説明することにより、本発明を明らかにする。
【0050】
2つの固体層間に弾性境界波を伝搬させるには、固体層間に境界波のエネルギーが集中する条件を満たす必要がある。その場合、前述したように、等方体と、BGSW基板の横波音速が近く、かつ密度比が小さく、さらに圧電性が強い材料を選択する方法が前述した非特許文献3に開示されている。
【0051】
ところで、一般に、高速の領域と、低速の領域とが存在する場合、波動は音速の遅い部分に集中して伝搬する。そこで、本願発明者は、2つの固体層間に配置された電極材料として、密度が大きく、低音速であるAuなどの金属からなる材料を利用し、電極の厚みを増加させることにより、固体層間を伝搬する境界波の音速を低音速化すれば、固体層間へのエネルギー集中条件を満たし得ることを見出し、本発明をなすに至った。
【0052】
従来、固体内を伝搬するバルク波には、縦波と、速い横波と、遅い横波の3種類があることが知られており、それぞれ、P波、SH波、SV波と呼ばれている。なお、SH波とSV波のいずれが遅い横波になるかは、基体の異方性によって変わる。これら3種類のバルク波のうち、もっとも低音速のバルク波が、遅い横波である。なお、SiOのように固体が等方体の場合には、横波は1種のみ伝搬するので、この横波が遅い横波となる。
【0053】
他方、圧電基板などの異方性基体を伝搬する弾性境界波では、大抵の場合には、P波、SH波及びSV波の3つの変位成分が結合しながら伝搬し、主要成分により弾性境界波の種類が分類される。例えば、上記ストンリー波は、P波とSV波とが主体の弾性境界波であり、SH型境界波は、SH成分が主体である弾性境界波である。なお、条件によっては、SH波成分や、P波もしくはSV波成分が結合せずに伝搬することもある。
【0054】
弾性境界波では、上記3つの変位成分が結合しながら伝搬するため、例えば、SH波よりも高音速の弾性境界波では、SH成分とSV成分とが漏洩し、SV波よりも高音速の弾性境界波では、SV成分が漏洩することとなる。この漏洩成分が、境界波の伝搬損失の原因となる。
【0055】
従って、上記2つの固体層の双方の遅い横波の音速よりもSH型境界波の音速を低速化することにより、SH型境界波のエネルギーを、2つの固体層間に配置された電極付近に集中させることができ、伝搬損失ゼロの条件を得ることができる。そして、少なくとも一方の固体を圧電体、もう一方の固体を圧電体を含む誘電体とすることにより、固体層間に配置された電極により、SH型境界波を励振することができる。電極は、例えば、「弾性表面波工学」柴山幹夫、電子情報通信学会、第57〜58ページに開示されているくし型電極や、すだれ状電極により構成することができる。上記構成は、2つの固体層間に電極が配置されている簡潔な構造である。また、上記構成によれば、非常に多くの材料の組み合わせによりSH型境界波を利用することができる。例えば、SiO/IDT電極/Y−X LiNbOの構造では、SH型境界波の励振は確認されていないが、電極の厚みを厚くすることにより、SH型境界波を存在させることはできる。
【0056】
また、IDTやグレーティング反射器の場合には、電極の厚みを厚くして遅い横波の音速と境界波の音速を近接させた状態で、IDTやグレーティング反射器を構成するストリップ配置周期に対するストリップ線幅の比、すなわち、デューティ比を増大させることにより、遅い横波の音速よりも、SH型境界波の音速を低速化することができる。
【0057】
図1(a)及び(b)は、本発明の一実施形態に係る弾性境界波装置を説明するための図であり、図1(a)は、電極構造を示す模式的平面図、(b)は、(a)のA−A線に沿う部分を略図的に示す正面断面図である。
【0058】
図1(a)に示すように、弾性境界波装置1では、第1,第2の弾性境界波素子2,3を構成するために、電極構造が形成されている。
【0059】
また、図1(b)に示すように、弾性境界波装置1では、板状の単結晶基板4の上面に、固体層5が積層されており、上記電極構造は、単結晶基板4と固体層5との境界に配置されている。
【0060】
より具体的には、単結晶基板4は、本実施形態では、圧電単結晶としてのY板X伝搬、オイラー角で(0°,90°,0°)のLiNbO基板により構成されている。また、固体層5は、誘電体としてのSiOからなる。SiOにより固体層5が形成されているため、固体層5は薄膜形成法により容易に形成され得る。また、SiOは、LiNbOの周波数の温度係数TCFを打ち消すための温度係数TCFを有する。従って、SiOからなる固体層を用いることにより、温度特性の改善が図られる。
【0061】
また、弾性境界波素子2の電極構造は、インターデジタル電極6と、インターデジタル電極6の弾性境界波伝搬方向両側に配置された反射器7,8とを有する。インターデジタル電極6は、互いに間挿し合う複数の電極指を有し、グレーティング反射器7,8は、両端で短絡された複数の電極指をそれぞれ有する。すなわち、弾性境界波素子2は、1ポート型共振子である。
【0062】
第2の弾性境界波素子3もまた、1ポート型共振子であり、インターデジタル電極9と、反射器10,11とを有する。
【0063】
上記第1,第2の弾性境界波素子2,3は、圧電単結晶基板4と固体層5との間に、上記電極構造を形成することにより、構成されている。すなわち、本実施形態では、複数の弾性境界波素子2,3は、同一の圧電単結晶基板4を用いて構成されている。もっとも、本発明において、複数の弾性境界波素子は、異なる圧電単結晶基板を用いて構成されていてもよい。
【0064】
上記電極構造は、適宜の金属材料により構成され得る。本実施形態では、電極構造は、Auにより構成されている。
【0065】
また、本実施形態の弾性境界波装置1の特徴は、第1の弾性境界波素子2と第2の弾性境界波素子3とにおいて、弾性境界波の伝搬方向が異なっていることにある。すなわち、第1の弾性境界波素子2における弾性境界波伝搬方向X1は、第2の弾性境界波素子3における弾性境界波伝搬方向X2と異なっている。図1(a)に示すように、伝搬方向X2は、伝搬方向X1に対して角度βをなすように弾性境界波素子2,3が配置されている。本実施形態の弾性境界波装置1の原理及び作用効果を以下のより具体的な実験例により明らかにする。
【0066】
〔実験例1〕
オイラー角(0°,90°,0°)のLiNbO基板からなる単結晶基板と、SiOからなる固体層との間に、密度の異なる複数種の電極材料からなる電極を構成した場合の電極膜厚H/λ(但し、Hは厚み、λはSH型境界波の波長を示す)と、境界波の音速、伝搬損失α、電気機械結合係数k(%)、周波数温度係数TCF(ppm/℃)、及びパワーフロー角(PFA)との関係を、それぞれ図2〜図6に示す。
【0067】
図2〜図6の結果は、文献「A method for estimating optimal cuts and propagation directions for excitation and propagation directions for excitation of piezoelectric surface waves」(J.J.Campbell and W.R.Jones,IEEE Trans.Sonics and Ultrason.,Vol.SU-15(1968)pp.209-217)に開示された手法に基づき計算により求めたものである。
【0068】
なお、開放境界の場合には、SiO2とAu、AuとLiNbO3の各境界における変位、電位、電束密度の法線成分及び上下方向の応力が連続であり、SiO2とLiNbO3の厚さを無限とし、Auの比誘電率を1として、音速と伝搬損失とを求めた。また、短絡境界の場合には、SiO2とAu及びAuとLiNbO3の各境界における電位を0とした。また、電気機械結合係数k2は、下記の式(1)により求めた。
【0069】
2=2×|Vf−V|/Vf …式(1)
なお、Vfは開放境界の音速を示す。
【0070】
周波数温度係数TCFは、20℃、25℃及び30℃における位相速度Vから、式(2)により求めた。
【0071】
TCF=V-1(25℃)×[(V(30℃)−V(20℃))/10℃]−αs …式(2)
ここで、αsは境界波伝搬方向におけるLiNbO3基板の線膨張係数である。
【0072】
また、任意のオイラー角(φ,θ,ψ)におけるパワーフロー角PFAは、ψ−0.5°、ψ、ψ+0.5°における位相速度Vより、式(3)により求めた。
【0073】
PFA=tan-1[V-1(ψ)×(V(ψ+0.5°)−V(ψ−0.5°))] …式(3)
Y板X伝搬のLiNbO3における縦波、速い横波及び遅い横波の音速は、それぞれ、6547、4752及び4031m/秒である。他方、SiO2の縦波、及び遅い横波の音速は、5960及び3757m/秒である。
【0074】
図2及び図3によれば、いずれの電極材料においても、SH型境界波の音速は、上記縦波、速い横波及び遅い横波のうちもっとも遅い速度である3757m/秒以下となる膜厚において、SH型境界波の伝搬損失αは0となることがわかる。
【0075】
図7は、電極材料の密度ρと、SH型境界波の伝搬損失が0となる電極膜厚Hとの関係を示す図である。図7から明らかなように、下記の式(4)の条件を満たすことにより、伝搬損失αが0のSH型境界波の得られることがわかる。
【0076】
H(λ)>8261.744ρ-1.376 …式(4)
また、この種の弾性境界波装置を製造する場合、LiNbO3などの圧電基板上に、リフトオフやドライエッチングなどのフォトリソグラフィー工法により、IDTなどの電極が形成され、該電極上にスパッタや蒸着もしくはCVDなどの堆積法による工法によるSiO2などからなる誘電体膜が形成される。このため、IDTの厚みに起因する凹凸により、誘電体膜が斜めに成長したり、膜質の不均一性が生じ、それによって弾性境界波装置の特性が劣化するおそれがある。このような特性の劣化を避けるには、電極の厚みはできるだけ薄いことが望ましい。
【0077】
本願発明者等の検討によれば、IDTなどの電極材料の膜厚Hが0.1λ以上となると、その凹凸により、品質の良好な誘電体薄膜の形成が極めて困難となるため、電極膜厚Hは0.1λ以下とすることが望ましい。よって、図7から、密度ρが3745kg/m3以上の電極材料を用いれば、伝搬損失が0となる、電極膜厚Hの厚みを0.1λとし得ることがわかる。
【0078】
また、図4から明らかなように、前述した式(4)の条件を満たす電極膜厚においても、電気機械結合係数k2は10〜38%と大きく従って、広帯域かつ低損失の弾性境界波装置を提供し得ることがわかる。
【0079】
また、図5から明らかなように、周波数温度係数TCFは、ほとんどの条件において−40〜+40ppm/℃の範囲内にあり、電極膜厚の調整により、±20ppm/℃以下、±10ppm/℃以下、さらには±0ppm/℃以下とし得ることがわかる。
【0080】
図8は、電極材料の密度ρと、TCFが−20、−10、0、−10及び+20ppm/℃となる電極膜厚Hとの関係を示す点と近似線を示す図である。図8から明らかなように、TCFが−20〜+20ppm/℃と良好な範囲となる電極膜厚Hは、下記の式(5)を満たす範囲であり、さらにTCFが−10〜+10ppm/℃と好ましい範囲となる電極膜厚Hは、下記の式(6)を満たす範囲であり、TCFが0ppm/℃と最良な電極膜厚Hは、式(7)に示す条件である。
33000.39050ρ−1.50232<H<88818.90913ρ−1.54998 …式(5)

49889.90887ρ−1.53872<H<112510.78359ρ−1.60019 …式(6)
H=96984.47020ρ−1.59706 …式(7)
また、図6から明らかなように、パワーフロー角PFAは、いずれの膜厚Hにおいてもゼロと良好であることがわかる。
【0081】
〔実験例2〕
上記実験例1における結果に基づき、オイラー角(0°,θ,0°)のLiNbO基板上に、厚さ0.05λのAuからなる電極を形成し、Auからなる電極を覆うように、SiO膜を形成した。この場合のLiNbO基板のオイラー角のθと、SH型境界波及びストンリー波の音速V、電気機械結合係数k、伝搬損失α、周波数温度係数TCF及びパワーフロー角(PFA)との関係を求めた。図9〜図11は、オイラー角θと、音速、電気機械結合係数k、周波数温度係数TCFとの関係を示す。なお、θ=0°〜180°の全範囲において、伝搬損失αは、0dB/λであり、パワーフロー角(PFA)は、0°であった。
【0082】
図9〜図11において、U2はSH型境界波を、U3はスプリアスとなるストンリー波を示す。
【0083】
図10から明らかなように、オイラー角のθが106°の場合、スプリアスとなるストンリー波の電気機械結合係数kはほぼ0%となることがわかる。
【0084】
次に、オイラー角(0°,θ,ψ)のLiNbO3基板上に、厚さ0.06λのAuからなる電極を形成し、Auからなる電極上にSiO2膜を形成し、弾性境界波装置を構成した。ここで、LiNbO3基板のオイラー角のθ及びψと、SH型境界波及びストンリー波の音速V、電気機械結合係数k2、伝搬損失α、及び周波数温度係数TCFとの関係を求めた。SH型境界波についての結果を図12に、ストンリー波についての結果を図13に示す。
【0085】
なお、図12及び図13の全範囲において、伝搬損失αは0dB/λであった。また、音速V及び周波数温度係数TCFは、図9及び図11に示したφ=0°の条件に対し大きな変化はなかった。従って、図12及び図13では電気機械結合係数k(%)の結果のみが示されている。
【0086】
図13から明らかなように、ストンリー波の応答の電気機械結合係数k2は、下記の表2の点A01〜A13で囲まれた領域では1.5%以下と小さかった。また、下記の表3の点B01〜B12に囲まれた領域では1.0%以下、下記の表4の点C01〜C08に囲まれた領域内では0.5%以下とより小さく良好であった。また、オイラー角(0°,106°,0°)でストンリー波の応答の電気機械結合係数はほぼ0%であった。
【0087】
【表2】

【0088】
【表3】

【0089】
【表4】

【0090】
次に、図12から明らかなように、SH型境界波の電気機械結合係数k2は、下記の表7の点F01〜F06に囲まれた領域内では2%以上と大きく、下記の表6の点E01〜E07に囲まれた領域内では5%以上、下記の表5の点D01〜D07に囲まれた領域内では10%以上とより大きく良好であり、オイラー角(0°,97°,0°)で最大となった。
【0091】
【表5】

【0092】
【表6】

【0093】
【表7】

【0094】
また、表2〜表7の条件において、電極材料としてAuに代えて、Ag、Cu、Al、Fe、Ni、W、Ta、Pt、Mo、Cr、Ti、ZnOまたはITOを用いた場合にも同様に良好な特性の得られることが確認されている。
【0095】
なお、図12、図13及び表2〜表7において、ψを−ψとした場合や、θをθ+180°とした場合においても、例えば、パワーフロー角の符号が正負反転するだけであり、同様に良好な特性が得られることを指摘しておく。
【0096】
〔実験例3〕
次に、オイラー角(φ,105°,0°)及びオイラー角(0°,105°,ψ)の各LiNbO3基板上に、厚さ0.06λのAuからなる電極を形成し、次に、Auからなる電極を覆うようにSiO2膜を形成し、弾性境界波装置を構成した。この場合、LiNbO3基板のオイラー角のφと、ψと、SH型境界波(U2)及びストンリー波(U3)の音速V、電気機械結合係数k2、伝搬損失α、周波数温度係数TCF及びパワーフロー角PFAとの関係を求めた。図14〜図17は、オイラー角(φ,105°,0°)のLiNbO3を用いた場合の結果を、図18〜図21は、オイラー角(0°,105°,ψ)のLiNbO3基板を用いた場合の結果を示す。なお、φ=0°〜90°の全範囲において、伝搬損失は0dB/λである。
【0097】
図16から明らかなように、φ=0°〜31°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は1.5%以下と小さく、φ=0°〜26°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は1.0%以下とさらに小さく、φ=0°〜19°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は0.5%以下と小さく、φ=0°においてストンリー波の電気機械結合係数がほぼ0%となり、ストンリー波によるスプリアス応答が小さくなることがわかる。また、φ=0°〜90°の範囲において、SH境界波のTCFは−37〜−35ppm/℃と良好である。
【0098】
なお、オイラー角(φ,105°,0°)と、オイラー角(−φ,105°,0°)のいずれにおいても、同様の特性が得られることを指摘しておく。
【0099】
また、図20から明らかなように、ψ=0°〜53°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は1.5%以下と小さく、ψ=0°〜47°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は1.0%以下とさらに小さく、ψ=0°〜38°の範囲においてストンリー波の電気機械結合係数k2は0.5%以下と小さく、ψ=0°においてストンリー波の電気機械結合係数がほぼ0%となり、ストンリー波によるスプリアス応答が小さくなることがわかる。また、ψ=0°〜90°の範囲において、SH境界波のTCFは−35〜−31ppm/℃と良好である。
【0100】
なお、オイラー角(0°,105°,ψ)と、オイラー角(0°,105°,−ψ)の場合、例えばパワーフロー角の符号が正負反転するだけで、同様の特性が得られることを指摘しておく。
【0101】
〔実験例4〕
ところで、一般に、反射器の間に複数のIDTを配置した縦結合型共振子フィルタや、複数の共振子を接続してなるラダー型フィルタもしくはラチス型フィルタの通過帯域幅は、電気機械結合係数kにほぼ比例することが知られている。また、共振子の帯域幅、すなわち共振周波数と反共振周波数との差も電気機械結合係数kにほぼ比例することが知られている。従って、SH型境界波を利用するにあたり、ストンリー波の電気機械結合係数kが小さく、ストンリー波によるスプリアス応答が小さい条件に応じてSH型境界波の電気機械結合係数kを変化させ得ると、帯域幅を容易に調整し得ることがわかる。すなわち、フィルタや共振子の設計の自由度を高めることができる。
【0102】
図20に示したように、オイラー角のψを0°〜60°まで変化させると、SH型境界波の電気機械結合係数kは16.4%から0.1%まで変化する。この範囲において、ストンリー波の電気機械結合係数kは小さい。さらに、オイラー角のφ及びθは、境界波を伝搬する基板のカット面を決定する角度であり、オイラー角のψは境界波の伝搬方向を決定する角度である。従って、同一のカット面の基板上に、図1(a)に示したように、第1,第2の弾性境界波素子における境界波伝搬方向X1,X2を異ならせることにより、電気機械結合係数kが異なる条件を得ることができる。
【0103】
すなわち、図1に示した弾性境界波装置1では、第1,第2の弾性境界波素子2,3は、同じ圧電単結晶からなる単結晶基板4を用いて構成されているが、弾性境界波伝搬方向X1,X2が異なっているため、電気機械結合係数kが異ならされている。従って、必要とする帯域幅に応じて、カット面が異なる単結晶基板を用意する必要はなく、同一の単結晶基板を用いて様々な帯域幅を実現することができる。なお、単結晶基板4のオイラー角は(0°,105°,ψ)に限定されず、オイラー角のφ及びθは他の角度であってもよく、上記実験例2,3で述べたオイラー角を用いることにより、SH型境界波の電気機械結合係数kを十分に大きくし、スプリアスとなるストンリー波の電気機械結合係数kを小さくすることができ、望ましい。
【0104】
〔実験例5〕
(φ,105°,0°)のLiNbO基板からなる単結晶基板上に、蒸着法により密着層として0.001λの厚みのNiCr膜を形成した。しかる後、NiCr膜上に、Auを蒸着により成膜し、フォトリソグラフィー−リフトオフ法により図22に示す電極構造を形成した。
【0105】
この電極構造では、インターデジタル電極31と、インターデジタル電極31の境界波伝搬方向両側に配置された反射器32,33とが設けられている。
【0106】
インターデジタル電極31及び反射器32,33の電極指の延びる方向を傾斜させ、境界波の伝搬方向βを−50〜50°の範囲で変化させた。
【0107】
なお、インターデジタル電極31と反射器32,33を覆うように、SiO膜をRFマグネトロンスパッタ法によりλの厚みに成膜した。成膜温度は250℃とした。
【0108】
インターデジタル電極31において、電極指の対数は50.5対とし、横モードスプリアスを抑制するように交差幅重み付けを図示のように施した。また、反射器の32,33の電極指の本数は、それぞれ51本とした。また、開口長は30λとした。なお、λは、インターデジタル電極31及び反射器32,33のストリップの配置周期であり、3.0μmとした。
【0109】
インターデジタル電極31及び反射器32,33のデューティ比は0.58とし、Au膜の厚みは0.05λ、SiO膜の厚みはλとした。
【0110】
上記のようにして構成された弾性境界波共振子のインピーダンス−周波数特性及び位相特性を図23(a)〜(c)及び図24(a)〜(c)に示す。なお、図23(a)〜図24(c)の縦軸のインピーダンスは、下記の式(8)で表わされる値である。
【0111】
F(φ,θ,ψ)=F(60°−φ,−θ,ψ)
=F(60°+φ,−θ,180°−ψ)
=F(φ,180°+θ,180°−ψ)
=F(φ,θ,180°+ψ) …式(8)
図23(c)及び図24(a)〜(c)において1100〜1130MHz付近に表れているスプリアスは、ストンリー波によるスプリアスである。オイラー角のψを20°以上とすると、ストンリー波のスプリアスが僅かに発生する。しかしながら、実験例2で示したように、オイラー角のθを106°とすれば、ストンリー波のスプリアスを効果的に抑圧し得る。
【0112】
また、図23(c)〜図24(a)〜(c)に示した特性においても、ストンリー波のスプリアスは発生しているものの、そのレベルは十分に小さいため、実用上問題とはならない。
【0113】
図25(a)〜25(c)〜図28(a)〜(c)は、上記1ポート型弾性境界波共振子の共振周波数と反共振周波数の差を共振周波数で除算することにより得られた共振反共振差のオイラー角ψとの関係を示す図である。なお、図25(a)〜(c)では、オイラー角のθ=90°であり、図26(a)〜(c)では、θ=100°、図27(a)〜(c)では、θ=105°、図28では、θ=110°である。
【0114】
また、図29(a)〜(c)及び図32(a)〜(c)は、それぞれ、オイラー角のθが95°、100°、105°及び110°である場合のオイラー角のψとインピーダンスとの関係を示す図である。
【0115】
なお、インピーダンスの値は、前述した図23(a)〜(c)の場合と同様に、式(8)で表わされた表現を用いた。
【0116】
図25〜図32から明らかなように、伝搬方位を表わすψを変更することにより、帯域幅を調整し得ることがわかる。
【0117】
なお、図25(a)〜(c)〜図32(a)〜(c)において、電極膜厚は0.04λ〜0.06λ、オイラー角θは95〜110°、デューティ比は0.636とした。
【0118】
〔実験例6〕
実験例5の方法に従って、7個の1ポート型弾性境界波共振子を作製し、図33に示すように、5個の弾性境界波共振子を梯子型に接続してなるラダー型フィルタを構成した。図33において、ラダー型フィルタ40は、入力端子と出力端子とを結ぶ直列腕に、直列腕共振子S1,S2を有する。また、直列腕と基準電位との間に3個の並列腕共振子P1〜P3が配置されている。
【0119】
本実験例では、同一の単結晶基板上に、5個の弾性境界波共振子を構成した。使用した単結晶基板は、(0°,105°,0°〜140°)のLiNbO基板である。
【0120】
各1ポート型弾性境界波共振子において、反射器の電極指の本数は反射器1個当たり51本とした。そして、並列腕共振子P1,P3では、インターデジタル電極の電極指の対数は50.5対、開口長は30λとした。直列腕共振子S1,S2は、それぞれ、並列腕共振子P1,P3を構成するのに用いた共振子を2個直列に接続することにより構成した。並列腕共振子P2については、インターデジタル電極の電極指の対数を100.5対、開口長を30λとした。並列腕共振子P1〜P3において、インターデジタル電極及び反射器における波長λは3.0μmとした。また、直列腕共振子S1,S2のλは、並列腕共振子P1,P3の反共振周波数と直列腕共振子S1,S2の共振周波数がほぼ重なるように配置した。インターデジタル電極及び反射器のデューティ比はいずれも0.58、Auからなる電極膜厚は0.05λ、SiO膜の厚みは2.5λとした。
【0121】
オイラー角のψを0°、20°、30°と変化させた場合の上記ラダー型フィルタの周波数特性を図34(a)〜図35(b)に示す。
【0122】
なお、図34及び図35において、横軸は、周波数を各フィルタの3dB帯域幅で除算した規格化周波数である。3dB中心周波数は約1080MHzである。
【0123】
図34及び図35から明らかなように、オイラー角ψを変更することにより、帯域幅を調整し得ることがわかる。また、規格化周波数が1.05〜1.10において、スプリアスが発生しているが、ストンリー波によるスプリアスは十分に抑制されているため、実用上問題とはならない。また、最小挿入損失は、ψ=0の条件で1.27dBと良好である。
【0124】
次に、電極をCuにより構成し、上記と同様にしてラダー型フィルタを作製した。この場合、インターデジタル電極及び反射器の電極膜厚は0.10λとし、デューティ比は0.6とした。圧電単結晶基板としては、オイラー角(0°,110°,0°)のLiNbO基板を用いた。また、Cuからなる電極の下層には、密着層として、0.003λのTi膜を従電極層として形成した。さらに、Cuからなる主たる電極層の上に、保護層として、0.003λのAlからなる第3の電極層を形成した。IDT及び反射器の電極指の配置周期λ3μmとした。また、SiO膜の膜厚は、2λとし、SiO膜からなる固体層上に、さらにエポキシ樹脂を5λ以上の厚みとなるように塗布し、硬化させた。このようにして得られたラダー型フィルタの周波数特性を図37に示す。なお、図37において、最小挿入損失は1.7dBと良好であった。
【0125】
図37から明らかなように、主たる電極層をCuで構成した場合においても、良好なフィルタ特性の得られることがわかる。
【0126】
なお、上記のような境界波の伝搬方位により電気機械結合係数kを変化させて帯域幅を調整する手段は、上記1ポート型共振子や1ポート型共振子を複数用いたラダー型フィルタだけでなく、1ポート型共振子を複数配置して構成されているラチス型フィルタ、IDTを複数個配置して構成される縦結合共振子型フィルタ、2ポート型共振子及び横結合型フィルタなどにも用いることができる。
【0127】
〔実験例7〕
オイラー角(0°,θ,0°)のLiNbO基板上に、厚さ0.5λのAuからなる電極を構成し、Auからなる電極上に、固体層として、厚さ無限大の多結晶Siを形成した場合と、厚さ0.1λのSiO及び厚さ無限大の多結晶Siを形成した場合のLiNbO基板のオイラー角θと、SH型境界波(U2) 及びストンリー波(U3)の音速V、電気機械結合係数k、伝搬損失α、周波数温度係数TCF(PFA)の関係を求めた。図38(a)〜(c)は、厚さ無限大の多結晶Siを形成した場合、図39(a)〜(c)は、厚さ0.1λのSiO及び厚さ無限大の多結晶Siを形成した場合の結果を示す。
【0128】
なお、θ=0°〜180°の全範囲において、伝搬損失αは0dB/λ、パワーフロー角PFAは0°であった。
【0129】
図38(a)〜(c)と、図39(a)〜(c)との比較から明らかなように、固体層SiOを用いた場合に比べ、多結晶Siを用いた場合には、SH型境界波を利用する場合にストンリー波の電気機械結合係数は0とはならないものの、θ=106°〜115°において、ストンリー波の電気機械結合係数が小さくなる傾向の見られることがわかる。従って、固体層のSiOで構成した場合と、同じオイラー角、多結晶Siにより固体層を形成した場合においても、ストンリー波のスプリアスを抑圧し得ることがわかる。
【0130】
〔実験例8〕
携帯電話用RFモジュールは、送信ブロックと受信ブロックとに分かれており、送信帯域と受信帯域とは異なっている。受信ブロックに使われるRxフィルタでは、受信帯域が通過域となり、送信帯域が阻止域となる。また、送信ブロックに用いられるTxフィルタでは、送信帯域が通過域となり、受信帯域が阻止域となる。
【0131】
従って、携帯電話に用いられるRFフィルタでは、通過帯域に対し、通過帯域の片側の阻止域における減衰量は十分に大きいことが強く求められることがある。この場合、フィルタの通過特性を意図的に非対称とし、Txフィルタの場合には、受信帯域の減衰量を十分大きくし、逆にRFフィルタの場合には、送信帯域の減衰量を十分大きくする必要が知られている。
【0132】
フィルタの通過特性を非対称にするには、フィルタにコイルやキャパシタンスを接続すればよい。例えば、ラダー型フィルタの場合には、並列腕共振子または直列腕共振子のいずれか一方にコイルを接続し、一方の共振子の共振周波数と反共振周波数との周波数差を拡げることにより、通過帯域を非対称とすることができる。しかしながら、フィルタにコイルやキャパシタを接続しなければならないため、部品点数が増加し、かつフィルタの外径寸法が大きくならざるを得ない。
【0133】
これに対して、本発明においては、好ましくは、実験例5で示した伝搬方位ψを変更させることにより、帯域調整された共振子を用いることにより、上記問題を解決することができる。図36は、図33に示したラダー型フィルタにおいて、並列腕共振子P1,P3における伝搬方位をψ=20°とし、直列腕共振子S1,S2の伝搬方位をψ=0°として構成したことを除いて、同様に構成されたラダー型フィルタの通過帯域を示す。
【0134】
図36から明らかなように、通過帯域の低周波側において、急激に減衰し、規格化周波数0.956においては、図34及び図35に示したラダー型フィルタの通過特性では、減衰量は34dBであるのに対し、図36に示した特性では、減衰量は44dBと大きくされていることがわかる。
【0135】
なお、並列腕共振子P1,P3と、直列腕共振子S1、S2の伝搬方位を逆にすれば、通過帯域の広域側の減衰量を改善することができる。
【0136】
なお、伝搬方位により電気機械結合係数kが調整可能なLiNbO基板のオイラー角は、実験例5に示した(0°,105°,0°)付近以外でも、存在し、例えば(90°,90°,0°)付近にも存在する。従って、SiO/Au/LiNbO構造において、Auの厚みを0.07λとした場合、LiNbO基板のオイラー角を(90°,90°,0°)から(90°,90°,60°)とすることにより、電気機械結合係数を16.8%から0.8%に調整することができる。
【0137】
伝搬方位により電気機械結合係数kを変化させて、帯域幅を調整する構造を用い、弾性境界波装置の高性能化を図る手段は、上記ラダー型フィルタにおける通過帯域近傍における急峻性を高めるだけでなく、様々な構成に用いることができる。例えば、図40に示すように、Rxフィルタ41及びTxフィルタ42が1つのチップに構成されている2入力及び2出力タイプの2つの帯域を有するフィルタチップにも適用することができる。この場合、Rxフィルタ41及びTxフィルタ42の通過帯域は、図41に例えば示す通りとなる。図41において、例えばRxフィルタの低周波側における急峻性を高めたり、Txフィルタの通過帯域高域側における急峻性を高めたり、上記と同様の手段を用いることができる。また、図42に示すように、1入力2出力タイプの2つの帯域を有するフィルタにも同様に上記手段を用いることができる。図42に示すフィルタでは、Rxフィルタ43とTxフィルタ44の入力が共通接続されている。
【0138】
また、弾性境界波フィルタを複数個並列または直列に接続した構成において、一方の弾性境界波フィルタの通過帯域の高域側または低域側と、他方の弾性境界波フィルタの通過帯域の高域側または高域側とが接するように設計すれば、広い帯域のフィルタを構成することができる。この場合、通過帯域端は、3dBの減衰量の部分で接することが望ましい。このような設計において、本発明に従って伝搬方位が変えられた複数の弾性境界波フィルタを用い、一方の弾性境界波フィルタを広帯域、一方の弾性境界波フィルタを狭帯域とすれば、通過帯域の高周波側または低周波側のいずれか一方において急峻性を高めることができる。すなわち、図43に示すように、第1の弾性境界波フィルタ45と第2の弾性境界波フィルタ46とが並列に接続されている構成、あるいは図45に示すように、第1の弾性境界波フィルタ47と、第2の弾性境界波フィルタ48とが直列に接続されている構成において、図44に示すように、第1,第2の弾性境界波フィルタの通過帯域を近接させて、太い実線で示されている合成された帯域特性を得ることができる。このような構成においても、本発明に従って、伝搬方位を調整することにより容易に広帯域のフィルタ特性を設計することができる。
【0139】
さらに、縦結合型フィルタの入力端子や接続端子及び従属接続端子のいずれかに、1ポート型共振子を直列または並列に接続して、通過帯域特性上にトラップを形成する構造においても、縦結合フィルタと共振子との伝搬方位を異ならせることにより、トラップ帯域を変化させることができる。
【0140】
さらに、各種弾性境界波装置の設計方法において、伝搬方位により電気機械結合係数kを変化させて帯域幅を調整させる方法を用いることにより、弾性境界波装置の設計及び製造工程の簡略化を図ることができる。さらに、1チップ化により小型化を図る上でも有用である。
【0141】
本発明に係る弾性境界波装置により、縦結合型フィルタが構成されていてもよい。図46は、縦結合型フィルタを構成した場合の電極構造を示す模式的平面図である。
【0142】
図46では、縦結合型フィルタ51の電極構造のみが模式的平面図で示されている。実際には、図46に示す電極構造は、第1のバイス層と第2のバイス層との境界に形成されている。すなわち、縦結合型フィルタ51の正面断面図は、図1(b)に示した弾性境界波装置1とほぼ同様であり、電極構造のみが図46に示すように変形されている。
【0143】
図46に示すように、縦結合型フィルタ51では、弾性境界波の伝搬方向に沿って3個のIDT52〜54が配置されている。IDT52〜54が配置されている領域の表面波伝搬方向両側に反射器55,56が配置されている。中央のIDT53が、入力端子に接続されており、IDT52,54の各一端が共通接続されて出力端子に接続されている。すなわち、縦結合型フィルタ51は、3IDT型の縦結合型弾性境界波フィルタである。
【0144】
前述したように、上記IDT52〜54及び反射器55,56を有する電極構造が、単結晶基板と固体層との境界に形成される。
【0145】
上記単結晶基板として、105°Yカット0°X伝搬、オイラー角で(0°,105°,0°)のLiNbO基板を用いて以下の仕様で縦結合型フィルタ51を作製し、周波数特性を測定した。結果を図47に示す。
【0146】
電極構造:0.03λのNiCr膜/0.05λのAu膜及び0.003λのNiCr膜をこの順序に積層した積層膜によりIDT52〜54及び反射器55,56を形成した。また、電極を覆う固体層は厚さ2.0λのSiO膜により形成した。
【0147】
IDT52,54の電極指の対数は6対、IDT53の電極指の対数は10対とした。反射器55,56の電極指の本数はそれぞれ40本とした。
【0148】
IDT52〜54における周期λは3.0μmとし、反射器55,56の周期は3.1μmとした。
【0149】
次に使用した単結晶基板の伝搬角を、105°Yカット20°X伝搬、オイラー角で(0°,105°,20°)のLiNbO基板に変更したことを除いては同様にして縦結合型フィルタを作製し、周波数特性を測定した。結果を図48に示す。
【0150】
図47と図48を比較すれば明らかなように、伝搬角度を変更することにより、通過帯域幅が変化していることがわかる。従って、同一基板上に、伝搬角が異なる複数個の縦結合型フィルタを作製すれば、通過帯域幅等のフィルタ特性が異なる複数の縦結合型フィルタを同一基板上に形成することが可能となる。
【0151】
なお、本明細書において、基板の切断面と境界波の伝搬方向を表現するオイラー角(φ,θ,ψ)は、文献「弾性波素子技術ハンドブック」(日本学術振興会弾性波素子技術第150委員会、第1版第1刷、平成13年11月30日発行、549頁)記載の右手系オイラー角を用いた。すなわち、LNの結晶軸X、Y、Zに対し、Z軸を軸としてX軸を反時計廻りにφ回転しXa軸を得る。次に、Xa軸を軸としてZ軸を反時計廻りにθ回転しZ′軸を得る。Xa軸を含み、Z′軸を法線とする面を基板の切断面とした。そして、Z′軸を軸としてXa軸を反時計廻りにψ回転した軸X′方向を境界波の伝搬方向とした。
【0152】
また、オイラー角の初期値として与えるLiNbO3の結晶軸X、Y、Zは、Z軸をc軸と平行とし、X軸を等価な3方向のa軸のうち任意の1つと平行とし、Y軸はX軸とZ軸を含む面の法線方向とする。
【0153】
なお、本発明におけるLiNbO3のオイラー角(φ,θ,ψ)は結晶学的に等価であればよい。例えば、文献7(日本音響学会誌36巻3号、1980年、140〜145頁)によれば、LiNbO3は三方晶系3m点群に属する結晶であるので(A)式が成り立つ。
【0154】
F(φ,θ,ψ)=F(60°−φ,−θ,ψ)
=F(60°+φ,−θ,180°−ψ)
=F(φ,180°+θ,180°−ψ)
=F(φ,θ,180°+ψ) …式(A)
ここで、Fは、電気機械結合係数k2、伝搬損失、TCF、PFA、ナチュラル一方向性などの任意の境界波特性である。PFAやナチュラル一方向性は、例えば伝搬方向を正負反転してみた場合、符合は変わるものの絶対量は等しいので実用上等価であると考えられる。なお、文献7は表面波に関するものであるが、境界波に関しても結晶の対称性は同様に扱える。例えば、オイラー角(30°,θ,ψ)の境界波伝搬特性は、オイラー角(90°,180°−θ,180°−ψ)の境界波伝搬特性と等価である。また、例えば、オイラー角(30°,90°,45°)の境界波伝搬特性は、下記の表8に示すオイラー角の境界波伝搬特性と等価である。
【0155】
また、本発明において計算に用いた電極の材料定数は多結晶体の値であるが、エピタキシャル膜などの結晶体においても、膜自体の結晶方位依存性より基板の結晶方位依存性が境界波特性に対して支配的であるので式(A)で表わされる等価なオイラー角の場合も、実用上問題ない程度に同等の境界波伝搬特性が得られる。
【0156】
【表8】

【符号の説明】
【0157】
1…弾性境界波装置
2…弾性境界波素子
3…弾性境界波素子
4…単結晶基板
5…固体層
6…IDT
7,8…反射器
9…IDT
10,11…反射器
31…インターデジタル電極
32,33…反射器
41,43…Rxフィルタ
42,44…Txフィルタ
45,47…第1の弾性境界波フィルタ
46,48…第2の弾性境界波フィルタ
51…縦結合型フィルタ
52〜54…IDT
55,56…反射器

【特許請求の範囲】
【請求項1】
非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて構成された複数の弾性境界波素子を備え、各弾性境界波素子が前記単結晶基板と、単結晶基板に積層された固体層と、前記単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極とを有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、
前記電極の厚みは、SH成分を主体とする弾性境界波の音速が、前記固体層を伝搬する遅い横波の音速及び前記圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるような厚みとされている、弾性境界波装置。
【請求項2】
非漏洩伝搬型の弾性境界波を利用した弾性境界波装置であって、カット角が同じ単結晶基板を用いて構成された複数の弾性境界波素子を備え、各弾性境界波素子が前記単結晶基板と、単結晶基板に積層された固体層と、前記単結晶基板と固体層との境界に設けられた電極とを有し、複数の弾性境界波素子において、少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位が、他の少なくとも1つの弾性境界波素子における弾性境界波の伝搬方位と異なっており、
前記電極のデューティ比は、SH成分を主体とする弾性境界波の音速が、固体層を伝搬する遅い横波の音速及び圧電単結晶基板を伝搬する遅い横波の音速よりも遅くなるようなデューティ比とされている、弾性境界波装置。
【請求項3】
前記弾性境界波素子が、弾性境界波フィルタまたは弾性境界波共振子である、請求項1または2に記載の弾性境界波装置。
【請求項4】
前記弾性境界波素子が、共振構造を有する、請求項1〜3のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項5】
前記弾性境界波装置が、縦結合型フィルタである、請求項1〜4のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項6】
前記複数の弾性境界波素子が単一の圧電単結晶基板上に構成されていることを特徴とする、請求項1〜5のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項7】
少なくとも1つの弾性境界波素子の電気機械結合係数が、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の電気機械結合係数と異なっている、請求項1〜6のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項8】
少なくとも1つの弾性境界波素子の帯域幅は、少なくとも1つの他の弾性境界波素子の帯域幅と異なっている、請求項1〜7のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項9】
前記電極が、Au、Ag、Cu、Fe、Ni、W、Ta、Pt、Mo、Cr、Ti、ZnO及びITOからなる群から選択された1種からなる主電極層を備える、請求項1〜8のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項10】
前記電極が、主電極層に積層された第2の電極層をさらに備える、請求項9に記載の弾性境界波装置。
【請求項11】
前記固体層が誘電体からなる、請求項1〜10のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項12】
前記固体層が、SiOを主成分とする材料からなる、請求項11に記載の弾性境界波装置。
【請求項13】
前記固体層が複数の材料層を積層してなる複数の積層体により構成されている、請求項1〜12のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項14】
前記固体層が、SiOを主成分とする層と、Siを主成分とする層とを積層した構造を有する、請求項13に記載の弾性境界波装置。
【請求項15】
前記固体層が、Si、SiO、ガラス、窒化シリコン、炭化シリコン、ZnO、Ta、チタン酸ジルコン酸鉛系圧電セラミックス、窒化アルミニウム、Al、LiTaO及びLiNbOからなる群から選択された少なくとも1種により構成されている、請求項1〜14のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。
【請求項16】
前記固体層上に密着形成された樹脂層をさらに備える、請求項1〜15のいずれか1項に記載の弾性境界波装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【図36】
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【図37】
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【図38】
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【図39】
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【図40】
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【図41】
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【図42】
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【図43】
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【図44】
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【図45】
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【図46】
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【図47】
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【図48】
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【公開番号】特開2009−290914(P2009−290914A)
【公開日】平成21年12月10日(2009.12.10)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−212854(P2009−212854)
【出願日】平成21年9月15日(2009.9.15)
【分割の表示】特願2005−516287(P2005−516287)の分割
【原出願日】平成16年12月2日(2004.12.2)
【出願人】(000006231)株式会社村田製作所 (3,635)
【Fターム(参考)】