説明

微生物の濃縮方法

【課題】多くの成分が含まれる検体から目的の微生物を濃縮する方法、並びに上記濃縮された微生物の同定を短時間で行う方法を提供する。
【解決手段】本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物が選択的に結合する糖鎖が固定されている担体を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる工程と、上記担体を濃縮する工程と、からなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微生物の濃縮方法であって、特に、微生物はウィルス、細菌等よりなる群より選ばれる微生物であり、上記微生物と糖鎖を固定化したナノ粒子との相互作用を利用して、多くの成分が含まれる検体から目的の微生物を濃縮する方法、並びに上記濃縮された微生物の同定を短時間で行う方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ウィルス、細菌等の微生物がより高等な動植物へ感染し、動植物に生じる病気として感染症がある。この感染症は、同じ動植物種であると伝染してしまう例が多い。例えばヒトであればインフルエンザウィルスによる流行により健康被害が生じ、また家畜や農作物、観賞用動植物の場合は、それぞれの動植物に感染する微生物であれば同じく伝染し生産被害を及ぼすこともある。
【0003】
そのため動植物等に感染する微生物を同定する事は、感染症の早期診断、また治療や予防指針を決定するための必要な情報である。これら微生物を同定するために、それら固有のタンパク質や核酸を検出する方法として、免疫学的手法、遺伝子工学的手法などがその同定方法として従来使用されている。
【0004】
また、ウィルスが感染する際に、ヒトの細胞の細胞膜上の糖鎖と相互作用することがきっかけで感染が始まることが知られている。そして、ウィルスによって相互作用する糖鎖は異なるため、ある特定のウィルスは特定の糖鎖を媒介として人体・細胞へ感染する。そのため、人体に及ぼす症状に違いが生じる。
【0005】
例えば、非特許文献1,非特許文献2に開示されているように、ヘルペスウィルス1型、2型においては、当該各分離ウィルスは、ヘパリン、コンドロイチン硫酸などの硫酸化糖と相互作用することが知られている。また、非特許文献3に開示されているように、レンチウィルスにおいては、当該分離ウィルスは、ヘパリンなどの硫酸化糖と相互作用することが知られている。
【非特許文献1】J. Virol., 1996, 70, 3461−3469
【非特許文献2】J. Virol., 2000, 74, 9106−9114
【非特許文献3】Biotechnol. Bioeng., 2007, 98, 789−799
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
微生物は、生体内・医薬品・食品・飲料水・河川水など様々な物質が混在しているようなものから検体をサンプリングする。しかしながら、検体中の微生物は極微量であるためそもそも検出できない場合がある。そのため、遠心分離による微生物の沈降、またフィルターろ過により微生物を濃縮する方法が考えられるが、これらの方法では夾雑物も同時に回収されているため、免疫学的手法や遺伝子工学的手法による検出を阻害する問題点があった。
【0007】
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、多くの成分が含まれる検体から目的の微生物を濃縮する方法、並びに上記濃縮された微生物の同定を短時間で行う方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討した結果、本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物と特異的に相互作用する糖鎖を固定化した担体に、ウィルス、細菌といった微生物を含む検体を接触させることによって上記微生物を捕捉し、上記微生物を濃縮できることを見出し、更に濃縮された微生物を用いることで、免疫学的手法および遺伝子工学的手法により高感度にその微生物の検出が可能となることを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物が選択的に結合する糖鎖が固定されている担体を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる工程と、上記担体を濃縮する工程と、からなることを特徴としている。
【0010】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、上記担体を濃縮する工程が、自然沈降、遠心分離、ろ過、磁力または親和力の作用によって担体を回収する工程と、回収した担体を洗浄することにより微生物を精製する工程と、を含むことが好ましい。
【0011】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、上記担体がナノ粒子であることが好ましい。
【0012】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、上記微生物が、ウィルス感染症、細菌感染症、リケッチア感染症、クラミジア感染症、真菌感染症、原虫感染症、または寄生虫感染症を発症させる微生物であることが好ましい。
【0013】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、上記微生物が、ヘルペスウィルス、水疱瘡ウィルス、サイトメガロウィルス、コイヘルペスウィルス、レンチウィルスまたは遺伝子治療に用いるウィルスベクターであることが好ましい。
【0014】
ウィルスベクターとは、ウィルスの遺伝子から毒性を発現する部分を除去し、遺伝子治療で必要な遺伝子を組み込んだウィルスの一般名である。ウィルス自体の感染性は保たれているので、ウィルスを宿主細胞に感染させることによって、組み込んだ遺伝子を宿主に導入する事が出来るので、ウィルスベクターという。例えば、レンチウィルスやアデノウィルス由来のウィルスベクターを例として挙げることができる。その濃縮は、一般のウィルスと同様に行うことが出来る。
【0015】
本発明に係る微生物の同定方法は、本発明に係る微生物の濃縮方法によって濃縮された担体を、免疫学的手法または遺伝子工学的手法に供することより微生物を同定することを特徴としている。
【発明の効果】
【0016】
本発明に係る微生物の濃縮方法では、微生物を効率よく濃縮しているため、検体中の微生物が極微量であって通常の検出方法では検出不可能な場合においても同定することが可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0017】
以下、本発明について具体的に説明する。
【0018】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物が選択的に結合する糖鎖が固定されている担体を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる工程と、上記担体を濃縮する工程と、からなる。
【0019】
上記微生物としては、例えば、ウィルス、細菌などを挙げることができる。上記ウィルスとしては、特に限定されるものではないが、具体的にはヘルペスウィルス、インフルエンザウィルス、エイズウィルス、B型肝炎ウィルス、C型肝炎ウィルス、水疱瘡ウィルス(VZV)、サイトメガロウィルス(CMV)、成人Tリンパ球白血病ウィルス、レンチウィルス、コイヘルペスウィルス、ノロウィルス、ロタウィルス等を挙げることができる。上記細菌としては、腸内細菌、無胞子球菌などを挙げることができる。
【0020】
上記微生物としてウィルスを用いる場合は、ウィルスは従来公知の方法を用いて調製することができる。例えば、培養細胞に測定対象となるウィルスを播種した後、二酸化炭素存在下で2〜4日間、37℃で静置する。その後培養上清をフィルターろ過し、ろ液を遠心分離(2,500rpm、5分、室温)を行い、上清を回収することで調製できる。ここで上記培養細胞としてはウィルスが感染できる培養細胞を適宜用いれば良い。例えば上記ウィルスがヘルペスウィルスの場合VeroE6細胞などを好適に用いることができる。
【0021】
また、上記培養細胞は、従来公知の方法を用いて調製することができる。例えば、測定対象となる細胞を、その細胞に適した周知の培養液と培養条件とで培養した後、目的の濃度になるように上記細胞を回収すればよい。回収の方法としては、特に限定されないが、浮遊細胞であれば、遠心することにより所望の濃度に調製することができる。また、接着細胞であれば、トリプシン等の酵素消化や、ピペッティング等の物理的な方法を用いて細胞を培養皿から剥がした後に、遠心することで所望の濃度に調製することができる。
【0022】
微生物が相互作用しうる糖鎖は、微生物の種類によって異なっている。上記「微生物が選択的に結合する糖鎖」とは、微生物が特異的に相互作用しうる糖鎖を意味する。ここで、「相互作用」とは、微生物と糖鎖との間に生じる水素結合、疎水結合、イオン結合、ファンデルワールス結合等の作用をいう。
【0023】
上記「糖鎖」は、糖がグリコシド結合によって複数結合した化合物を意味する。上記糖としては、特に限定されるものではなく、シアル酸や硫酸基を有する糖を好適に用いることができる。糖としては、例えばマルトース、ラクトース、パノース、セロビオース、メリビオース、マンノオリゴ糖、キトオリゴ糖、ラミナリオリゴ糖を挙げることができる。上記シアル酸を有する糖としては、特に限定されず、シアリルラクトース等を挙げることができる。
【0024】
なお、上記糖鎖は、同一の糖からなる単一オリゴ糖であってもよいし、種々の糖やその誘導体からなる複合糖であってもよい。また、上記オリゴ糖は、いずれも、自然界から単離・精製して得られる種々の天然の糖であってもよく、人工的に合成された糖であってもよい。また、上記オリゴ糖は、多糖を分解して得られたものであってもよい。
【0025】
上記糖鎖としては、例えば、ヘパリン、ヘパラン硫酸、コンドロイチン、コンドロイチン硫酸、ヒアルロン酸、ケラタン硫酸、デルマタン硫酸、キチン、キトサン、βグルカン、マンナン等を用いることができる。
【0026】
上記「糖鎖が固定されている担体」は、糖鎖、リンカー及び担体から構成される。
【0027】
リンカーは糖鎖と担体を結合できるものであれば特に限定されるものではなく、糖鎖を効率よく担体に結合させるためには、リンカーはその分子内に芳香族アミノ基と硫黄原子を持つことが好ましい。上記硫黄原子は、ジスルフィド結合(S-S結合)またはチオール基(SH基)のような状態であってもよい。硫黄原子を持つことにより、リンカーは金属−硫黄結合によって担体に容易に固定される。
【0028】
上記リンカーはリンカー化合物またはスペーサともいい、
一般式(1)
【0029】
【化1】

【0030】
(式中、a,b,c,dは、それぞれ独立して、0以上6以下の整数)
にて表される構造を備えている。上記Xは、末端に芳香族アミノ基を有するとともに主鎖に炭素−窒素結合を有していてもよい炭化水素誘導鎖を、3鎖以上含んでなる多分岐構造部位である構造、または1鎖含んでいる直鎖構造部位である構造を備えている。
【0031】
上記化合物は分子内に1〜4個の芳香族アミノ基を有している。また、当該アミノ基と還元末端を有する糖鎖とを還元アミノ化反応を行うことにより簡便に結合することができる。したがって、上記化合物をリンカーとして用いることにより、1個のリンカー内に1〜4個の糖鎖を結合させることができる。
【0032】
上記一般式(1)で表される構造を備えたリンカーは、例えば、チオクト酸と、芳香族アミノ基末端との縮合反応を行うことによって製造することができる。
【0033】
上記担体としては、金属であることが好ましく、上記金属としては、金、銀、銅、アルミニウム、白金、酸化アルミニウム、SrTiO、LaAlO、NdGaO、ZrO等を用いることができる。中でも金であることがより好ましい。
【0034】
上記金属は、金属ナノ粒子であることが好ましい。例えば、ヘルペスウィルスならびにレンチウィルスベクターを特異的に且つ効率よく濃縮する上では、ヘパリンを始めとする硫酸化糖を固定化した金属ナノ粒子などを用いることが好ましい。金属ナノ粒子とは、粒子径が好ましくは1〜100nmであるコロイド状の金属粒子を意味する。粒子径が1nm未満ではナノ粒子が作製し難く、粒子径が100nmを超える場合は、コロイドそのものが沈降してしまい、微生物との反応が見られない恐れがある。
【0035】
上記金属ナノ粒子を得る方法としては、特に限定されるものではない。例えば、従来公知の方法を用いて、塩化金属酸およびその塩類をメタノール、水やこれらの混合溶媒等に溶解した後、還元剤を添加することで金属ナノ粒子を得ることができる。上記塩化金属酸およびその塩類の具体例としては、テトラクロロ金(III)ナトリウムを挙げることができる。
【0036】
図1は本発明の各段階を例示するフローチャートである。図1は、ウィルス培養上清からウィルスを濃縮する方法を例示したものである。図1において、ヘパリン−GNPは糖鎖固定化ナノ粒子に該当する。本明細書では、糖鎖が固定されている担体が、糖鎖、リンカーおよび金属ナノ粒子からなる場合、上記「糖鎖が固定されている担体」を、「糖鎖固定化ナノ粒子」という。まず、ウィルスが含まれる液体(以下、ウィルス液という)と糖鎖固定化ナノ粒子を混合する。次に遠心分離を行い、沈殿物を形成させた後上清を取り除く。上清が除かれれば、ウィルス液から目的のウィルスを濃縮できたことになる。ウィルスが濃縮されれば、ウィルス液では検出することができなかった免疫学的手法や遺伝子工学的手法により高感度にウィルスを検出することが可能となる。
【0037】
上記「糖鎖が固定されている担体」を製造する方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法によって製造することができる。例えば、糖鎖の還元末端と上記リンカーが有するアミノ基とを還元アミノ化反応によって結合させ糖鎖を結合させたリンカー分子、(以下、リガンド複合体と称する)を調製する。さらに、リガンド複合体を担体としての金属に接触させることによって「糖鎖が固定されている担体」を製造することができる。上記接触は、例えば、リガンド複合体を、金属を含む溶液と混和することによって行うことができる。
【0038】
金属を含む溶液の分散媒およびリガンド複合体を含む溶液に用いる溶媒としては、特に限定されるものではないが、例えば、メタノール、水やこれらの混合溶媒等を挙げることができる。
【0039】
なお、金属が塩として溶液に含まれているときは、リガンド複合体を金属を含む溶液と混和する前に、還元剤を用いて金属を還元しておくことが好ましい。これにより、金属と上記リガンド複合体との結合を形成しやすくすることができる。還元剤としては、特に限定されるものではないが、例えば、水素化ホウ素ナトリウム、クエン酸およびその塩類、アスコルビン酸およびその塩類、リン、タンニン酸およびその塩類、エタノール、ヒドラジン等を用いることができる。
【0040】
上記「糖鎖が固定されている担体」を製造する場合、リガンド複合体と担体の使用量は特に限定されるものではないが、モル比で1:1から1:1000が望ましく、より好適には1:10であることが好ましい。
【0041】
本発明に係る方法では、上記「糖鎖が固定されている担体」を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる。上記糖鎖は、濃縮対象の微生物が特異的に相互作用する糖鎖であるため、検体中に濃縮対象の微生物が含まれていれば、当該微生物に「糖鎖が固定されている担体」は特異的に結合することになる。
【0042】
上記「接触」を行う方法は特に限定されるものではなく、従来公知の方法によって行うことができる。例えば、微生物を含む溶液と、上記「糖鎖が固定されている担体」を含む溶液とを混和することによって、上記「糖鎖が固定されている担体」を、検体中の微生物と接触させることができる。そして、当該接触が行われると、上記糖鎖と微生物とが結合する。
【0043】
なお、微生物を含む溶液は、例えば水疱等の患部を擦過したスワブをバッファーに浸す、血液・脳脊髄液を採取する、ウィルス培養上清を回収する、等の方法により調製することができる。また、上記「糖鎖が固定されている担体」を含む溶液は、例えばテトラクロロ金(III)ナトリウムを、クエン酸三ナトリウムで還元し、リガンド複合体溶液を混和することで調製することができる。
【0044】
微生物が結合した上記「糖鎖が固定されている担体」を濃縮する方法は、特に限定されるものではない。例えば、自然沈降、遠心分離、ろ過または磁力によって上記濃縮を行うことができる。
【0045】
自然沈降による濃縮は、例えば静置のような方法で行うことができる。遠心分離による濃縮は、従来公知の遠心分離機を用いて行うことができる。遠心分離の条件としては、例えば1,000〜12,000rpm、10〜30分、4℃〜25℃であることが好ましい。ろ過による濃縮は、例えば限外濾過膜を用いて従来公知の方法によって行うことができる。磁力による濃縮は、例えば金属ナノ粒子に鉄を含ませることによって磁性ナノ粒子を作成し、同様の方法で糖鎖を固定化して「糖鎖が固定されている担体」を調製し、ウィルス液と混合した後、永久磁石を容器の外から当てるというような方法で行うことができる。
【0046】
上記微生物は、ウィルス感染症、細菌感染症、リケッチア感染症、クラミジア感染症、真菌感染症、原虫感染症、または寄生虫感染症を発症させる、宿主生物に感染能を有する微生物である。
【0047】
ウィルス感染症とは、ヘルペス性歯肉口内炎・性器ヘルペス・ヘルペス脳炎・ヘルペス性ひょう疽・水痘・帯状疱疹・CMV網膜炎・インフルエンザ・流行性耳下腺炎・麻疹・急性気道感染症・狂犬病・エボラ出血熱・ポリオ・風疹・日本脳炎・ウィルス性胃腸炎・後天性免疫不全症候群・ウィルス肝炎などのことである。ウィルス感染症を発症させる微生物としては、例えばヘルペスウィルス・水痘-帯状疱疹ウィルス・サイトメガロウィルス・インフルエンザウィルス・ムンプスウィルス・麻疹ウィルス・RSウィルス・狂犬病ウィルス・エボラウィルス・ポリオウィルス・風疹ウィルス・日本脳炎ウィルス・ノロウィルス・ヒト免疫不全ウィルス・肝炎ウィルスを挙げることができる。
【0048】
細菌感染症とは、急性咽頭炎・膿痂疹・淋病・レジオネラ肺炎・ブルセラ症・出血性大腸炎・チフス・ペスト・コレラ・食中毒・胃炎・炭疽・ジフテリアなどのことである。細菌感染症を発症させる微生物としては、例えば化膿レンサ球菌・淋菌・レジオネラ菌・ブルセラ菌・腸管出血性大腸菌・サルモネラ菌・ペスト菌・コレラ菌・腸炎ビブリオ・黄色ブドウ球菌・ヘリコバクター-ピロリ・炭疽菌・ジフテリア菌・を挙げることができる。
【0049】
リケッチア感染症とは、発疹チフス・発疹熱・ロッキー山紅斑熱・日本紅斑熱などのことである。リケッチア感染症を発症させる微生物としては、例えばリケッチア・プロヴァゼッキ(Rickettsia prowazekii),リケッチア・ティフィ(Rickettsia typhi)を挙げることができる。
【0050】
クラミジア感染症とは、トラコーマ・封入体粘膜炎・非淋菌性尿道炎・性病性リンパ肉芽腫症・オウム病などのことである。クラミジア感染症を発症させる微生物としては、例えばトラコーマクラミジア・肺炎クラミドフィラ・オウム病クラミドフィラを挙げることができる。
【0051】
真菌感染症とは、カンジダ症・クリプトコッカス症・アスペルギルス症・ヒストプラズマ症・ニューモシスチスーカリニ肺炎などのことである。真菌感染症を発症させる微生物としては、例えばカンジダーアルビカンス・クリプトコッカスーネオフィルマンス・アスペルギルスーフラバス・ヒストプラズマーカプスラータム・ニューモシスチスーカリニを挙げることができる。
【0052】
原虫感染症とは、アメーバ赤痢・アメーバ性格膜炎・アフリカ睡眠病などのことである。原虫感染症を発症させる微生物としては、例えば赤痢アメーバ・アカントアメーバ・膣トリコモナス・ガンビアトリパノソーマを挙げることができる。
【0053】
寄生虫感染症とは、回虫症、象皮病、住血吸虫症などのことである。寄生虫感染症を発症させる微生物としては、例えば回虫やフィラリア、住血吸虫を挙げることができる。
【0054】
上記微生物を濃縮するために用いる前記糖鎖固定化ナノ粒子の量は、望ましくは530nmにおける紫外可視吸収スペクトル(OD530nm)が0.1〜3.0(/mm)であり、より望ましくは0.1〜0.5(/mm)である。糖鎖固定化ナノ粒子の使用量については目的に応じて適宜決定することができる。
【0055】
本発明において、微生物が存在する検体から糖鎖固定化ナノ粒子を用いて濃縮を行うには、例えば、糖鎖固定化ナノ粒子を推定される検体内の微生物の0.001〜1000モル倍量、好ましくは0.1〜100モル倍量の割合で、より好ましくは1〜10モル倍量の割合で添加し、4℃で一晩静置した後、遠心分離(10,000rpm、40分、室温)し、上清を除去した後、微生物と糖鎖固定化ナノ粒子が含まれる沈殿物を超純水で懸濁し、再度遠心分離(10,000rpm、1分、室温)して上清を除去することにより達成される。
【0056】
本発明に係る方法によって濃縮された担体を、免疫学的手法または遺伝子工学的手法に供することより微生物を同定することができる。上記免疫学的手法または遺伝子工学的手法としては、ウェスタンブロッティング法、リアルタイムPCRなどを挙げることができ、微生物を特異的に認識する抗体や、微生物の核酸に相補的配列をもつプライマーを用いることで微生物を同定することができる。すなわち、本発明において微生物の濃縮の効果は、ウェスタンブロッティング法、リアルタイムPCR法などで確認することができる。例えば、ウェスタンブロッティング法によって濃縮の効果を確認するためには、定法によりSDS−PAGEを行った後、ニトロセルロース膜に転写する。使用する抗体は微生物のタンパク質を選択的に認識するものであればよい。
【0057】
なお本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例】
【0058】
以下、本発明を実施例を介して更に詳細に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【0059】
(実施例1:ヘパリン固定化金ナノ粒子の調製)
微生物として、ヘルペスウィルスを用いたため、ナノ粒子に固定化する糖鎖としてヘパリンを選択した。なお、以下、ヘルペスウィルスを「HSV」と略記する場合がある。
【0060】
ヘパリンをリンカーと結合する方法はWO2005/077965号公報と同様の方法を用いた。まず、チオクト酸とm−フェニレンジアミンとを含むリンカーを作成した。その後、リンカーとヘパリンとを還元アミノ化反応によりナノ粒子に固定化するヘパリンリガンド複合体を調製した。
【0061】
金ナノ粒子はNature. Physical Science, 1973, 241, 20−22の方法に従って調製した。
【0062】
金ナノ粒子とヘパリンリガンド複合体とを混和し、1時間室温で静置した後、MWCO:3,500の透析膜を用いて精製後、更に遠心分離(10,500rpm、40分)してOD530nmが0.8(/mm)のヘパリン固定化金ナノ粒子を調製した。
【0063】
(実施例2:ウェスタンブロッティング法を用いたヘルペスウィルス濃縮効果の確認)
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.44の濃度に希釈する。その後ヘルペスウィルスを含む液200μLに対してヘパリン固定化金ナノ粒子を100μL加えて、4℃で一晩静置した。その後遠心分離(10,000rpm、40分、室温)し、上清を除去し、得られたウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水を1ml加えて洗浄し、再び遠心分離(10,000rpm、1分、室温)して沈殿を回収した。沈殿物に20μlのPBS−T(5%Tween20を含むリン酸等張緩衝液)を加えて懸濁させウィルスを濃縮したヘルペスウィルス懸濁液を調製した。
【0064】
ヘパリン固定化金ナノ粒子未処理のヘルペスウィルス液(表1中、「未処理」と記載)、濃縮したヘルペスウィルス懸濁液(表1中、「沈殿物」と記載)及び上記遠心分離時に除去した上清(表1中、「上清」と記載)を通常公知の方法でSDS−PAGEに供した。表1には加えたウィルス液、SDS−PAGEのサンプル調整用緩衝液(Leammli bufferと記載)、SDS−PAGEの1レーンに入れた量(Apply量と記載)を示した。SDS−PAGEのランニングバッファーには10%Tricine、Tricine−SDS緩衝液を用いた。SDS−PAGE終了時の判別、およびタンパク質の可視化にはクマシーブリリアントブルー(CBBステインワン:ナカライテスク社)及びウエスタンブロッティング法を併用した。ウエスタンウエスタンブロット法はSDS−PAGEにて分離したヘルペスウィルス由来のタンパク質をPVDF膜(0.2μm MILLIPORE社)に転写した後、1次抗体に抗HSV抗体マウスモノクローナル抗体またはウサギポリクローナル抗体(biomeda社)、2次抗体にアルカリフォスファターゼでラベルした抗マウスIgGまたは抗ウサギIgG(SIGMA社)を用い、BCIP−NBT溶液キット(ナカライテスク社)で可視化した。
【0065】
【表1】

【0066】
図2の(a)に示すように、クマシーブリリアントブルー染色により、ヘパリン固定化金ナノ粒子未処理のヘルペスウィルス液と濃縮したヘルペスウィルス懸濁液を比較した結果、濃縮したヘルペスウィルス由来のタンパク質はバックグラウンドとなるタンパク質がほとんど除かれたため明確になっており、また除かれたタンパク質は遠心分離時に除去した上清で検出されていた。
【0067】
図2の(b)はウサギポリクローナル抗体を用いたウエスタンブロット法による結果であり、濃縮したヘルペスウィルス由来のタンパク質には特異的に結合する抗体に基づく強いシグナルが得られているが、ヘパリン固定化金ナノ粒子未処理のヘルペスウィルス液由来のタンパク質や遠心分離時に除去した上清では特異的に結合する抗体に基づくシグナルが得られていないことより、効率よく濃縮されていることが判明した。その濃縮の効率はバンドの発色強度をGel−Pro Analyzer(MediaCybernetics社)によって数値化したところ、ヘパリン固定化金ナノ粒子未処理のヘルペスウィルス培養上清と比較して濃縮したヘルペスウィルスタンパク質は約3倍に濃縮されていた事が分かった。
【0068】
図2の(c)はマウスモノクローナル抗体を用いたウエスタンブロット法による結果である。同様に濃縮の効率を解析した結果、ヘパリン固定化金ナノ粒子未処理のヘルペスウィルス液と比較して濃縮したヘルペスウィルス懸濁液にはヘルペスウィルスが約6倍濃縮されていることが認められた。これらの結果から、ヘルペスウィルス液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することにより、ヘルペスウィルスを効率良く濃縮できることが明らかとなった。
【0069】
(実施例3:リアルタイムPCRを用いたヘルペスウィルス濃縮の検討)
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液260μlに対して、150PFU/ml相当のヘルペスウィルス液10mlを混和して、4℃で一晩静置した。その後遠心分離(10,000rpm、30分、室温)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水10μlを加え懸濁した。またPFUとは、PLAQUE FORMATION UNITを指しウィルス量を定義する指標である。
【0070】
ウィルスの懸濁液を95℃で10分間加熱して、ウィルスの熱変性を行い、その後4℃まで急冷した後、再度遠心分離(10,000rpm、1分、室温)して上清を回収し、リアルタイムPCR機器へ供するテンプレートとした。また150PFU/ml相当のヘルペスウィルス液10μlを95℃で10分間熱変性を行い、対照のテンプレートとした。
【0071】
リアルタイムPCRに供するサンプルは、SYBR Premix EX Taq(登録商標、タカラバイオ社)のキットを使用し、その調整は添付されたマニュアルに準じた。反応に使用したプライマーは、順方向プライマーはACATCATCAACTTCGACTGG(配列番号1)、逆方向プライマーは、CTCAGATCCTTCTTCTTGRCC(配列番号2)であり、ヘルペスウィルスのgp046をコーティングする遺伝子にそれぞれ相補的である。なお、gp046とは、DNA polymerase catalytic subunitのことでる。
【0072】
リアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)を用いて、PCR条件は95℃(10秒)を1サイクル、95℃(5秒)→60℃(30秒)を40サイクルに設定した。
【0073】
上述の実験の結果はCtで確認した。Ct(Cycle of threthold)とは、蛍光信号による標的テンプレートの検出が可能となるまで繰り返される、PCRのサイクル数をいう。すなわち初期テンプレート濃度が高いほど、小さいCtでも標的テンプレートの増幅量は多くなるため、蛍光信号が検出可能であり、逆に初期テンプレート濃度が低いほどCtは大きくなる。したがってCtが1減少すると、初期テンプレート量が2倍量存在した事を表している。
【0074】
表2のサンプルA,Bは、ヘパリン固定化金ナノ粒子のヘルペスウィルス濃縮効果をCtで表したものである。ヘパリン固定化金ナノ粒子によって濃縮されたウィルス懸濁液のCtは21.7であり、対照サンプルのCt=33.0と比べてその値は大幅に減少しており、2の(33.0−21.7)乗、即ち約2500倍濃縮されていた事が示された。これらの結果から、ヘルペスウィルス液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することによって、ウィルスが効率良く濃縮されることが明らかとなった。
【0075】
【表2】

【0076】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物を効率よく濃縮しているため、検体中の微生物が極微量であって通常の検出方法では検出不可能な場合においても同定することが可能である。
【0077】
(実施例4:リアルタイムPCRを用いた水疱瘡ウィルスの濃縮効果の確認およびサイトメガロウィルスの濃縮の検討)
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液260μlに対して、150PFU/ml相当の水疱瘡ウィルス(以下「VZV」と称する)またはサイトメガロウィルス(以下「CMV」と称する)を含むウィルス液10mlを混和して、4℃で一晩静置した。その後遠心分離(10,000rpm、30分、室温)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水10μlを加え懸濁した。
【0078】
懸濁液を95℃で10分間加熱して、ウィルスの熱変性を行い、その後4℃まで急冷した後、再度遠心分離(10,000rpm、1分、室温)して上清を回収し、リアルタイムPCR機器へ供するテンプレートとした(VZV:サンプルC CMV:サンプルE)。また150PFU/ml相当の150PFU/ml相当のVZVまたはCMVウィルス液10μlを95℃で10分間熱変性を行い、対照のテンプレートとした(VZV:サンプルD CMV:サンプルF)。
【0079】
リアルタイムPCRに供するサンプルは、SYBR Premix EX Taq(登録商標、タカラバイオ社)のキットを使用し、その調製は添付されたマニュアルに準じた。反応に使用したプライマーは、VZVの順方向プライマーはCTCGCCCGTCTCTATCTC(配列番号3)、逆方向プライマーは、GATGAGGTGGTTGTTATTGTTC(配列番号4)、CMVの順方向プライマーはCAAGCGGCCTCTGATAACCA(配列番号5)、逆方向プライマーは、ACTAGGAGAGCAGACTCTCAGAGGAT(配列番号6)であり、VZVのgBまたはCMVのpIE2をコーティングする遺伝子にそれぞれ相補的である。リアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)を用いて、PCR条件は95℃(10秒)を1サイクル、95℃(5秒)→60℃(30秒)を40サイクルに設定した。なお、上記gBとはgBとはenvelope glycoprotein Bのことであり、pIE2とはimmediate-early transcriptional regulatorのことである。
【0080】
上述の実験の結果はCtで確認した。表2のサンプルC〜Fは、ヘパリン固定化金ナノ粒子のVZVまたはCMVの濃縮効果をCtで表したものである。VZVについて、ヘパリン固定化金ナノ粒子により、濃縮処理した場合のCtは15.4であり、対照のサンプル(Ct=22.5)と比較してその値は大幅に減少しており、138倍にまで濃縮された事が示された。これらの結果から、VZVウィルス液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することによって、VZVが効率良く濃縮されることが明らかとなった。
【0081】
CMVについて、ヘパリン固定化金ナノ粒子により、濃縮処理した場合のCtは23.4であり、対照のサンプル(Ct=28.8)と比較してその値は大幅に減少しており、42倍にまで濃縮される事が示された。これらの結果から、CMVウィルス液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することによって、CMVが効率良く濃縮されたことが明らかとなった。
【0082】
(実施例5:リアルタイムPCRを用いたコイヘルペスウィルス濃縮の検討)
ニシキゴイヒレ由来細胞にコイヘルペスウィルスを感染させ、2週間培養した細胞培養液をPBSで5倍に希釈したウィルス液0.5mlとヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液6.5μlとを混和して、4℃で1時間振とうした。その後遠心分離(10,000 g、30分、室温)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水10μlを加え懸濁した。懸濁液を95℃で10分間加熱して、ウィルスの熱変性を行い、その後氷上で急冷した後、再度遠心分離(10,000rpm、1分、室温)して上清を回収し、リアルタイムPCR機器へ供するテンプレートとした(サンプルG)。また上記の5倍に希釈したウィルス液10μlを100 ℃で10分熱変性を行い、対照のテンプレートとして用いた(サンプルH)。
【0083】
リアルタイムPCRに供するサンプルは、SYBR Premix EX Taq(登録商標、タカラバイオ社)のキットを使用し、その調整は添付されたマニュアルに準じた。反応に使用したプライマーは、順方向プライマーはGACGCCGGAGACCTTGTG(配列番号7)、逆方向プライマーは、CGGGTTCTTATTTTTGTCCTTGTT(配列番号8)であり、コイヘルペスウィルスのORF89をコーティングする遺伝子にそれぞれ相補的である。なお、ORF89とは、機能未知のhypothetical proteinのことである。
【0084】
リアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)を用いて、PCR条件は95℃(10秒)を1サイクル、95℃(5秒)→60℃(30秒)を40サイクルに設定した。
【0085】
上述の実験の結果はCtで確認した。表2は、ヘパリン固定化金ナノ粒子の濃縮効果をCtで表したものである。ヘパリン固定化金ナノ粒子により、濃縮処理したサンプルGのCtは13.3であり、対照のサンプルH(Ct=20.9)と比較してその値は大幅に減少しており、180倍にまで濃縮される事が示された。これらの結果から、コイヘルペスウィルス液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することにより、ウィルスを効率良く濃縮できることが明らかとなった。
【0086】
(実施例6:フローサイトメーターを用いたレンチウィルス濃縮の検討)
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液24μlに対して、Functional vairal titer = 2.5 × 10/ml相当のレンチウィルス液1mlを混和して、室温で30分静置した。その後遠心分離(10,000 gまたは3,000g、30分、4℃)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ滅菌超純水10μlを加え懸濁した。なお、Functional vairal titerとは、感染性のあるウィルス量を定義する指標である。
【0087】
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液24μlに対して、Functional vairal titer = 2.5 x 10/ml相当のレンチウィルス培養上清1mlを混和して、室温で30分静置した。その後遠心分離(10,000 gまたは3,000 g、30分、4℃)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ滅菌超純水10μlを加え懸濁した。懸濁液にDMEM培地を添加し、ホスト細胞に感染させた。またFunctional vairal titer = 2.5 x 10/ml相当のレンチウィルス培養上清10μlを対照として用いた。
【0088】
ホスト細胞としては、293T細胞を用いた。293T細胞は2×10個/穴となるようにあらかじめ6穴プレート上に増殖させた。ウィルスを感染させる際には、終濃度が8μg/mlとなるようにDMEM培地中にprotamine sulfateを添加した。ウィルスの添加から16時間後に培地を交換し、感染細胞をその後4日間培養した。
【0089】
当該ウィルスが感染した細胞は蛍光を発する。そこでフローサイトメーターCytomics FC 500(ベックマンコールター社)を用いて細胞が発する蛍光強度を測定した。フローサイトメーターに供するサンプルの調整は、装置に添付されたマニュアルに準じた。
【0090】
上述の実験の結果はウィルスのFunctional vairal titer(titer)で確認した。titerとは、感染性のあるウィルス量を定義する指標である。すなわち、感染能力をもつウィルスの濃度が高いほど、高いtiterを示す。逆に感染能力をもつウィルスの濃度が低いほどtiterは小さくなる。
【0091】
表3は、ヘパリン固定化金ナノ粒子の濃縮効果をtiterで表したものである。ヘパリン固定化金ナノ粒子により、濃縮処理した場合のtiterは、3.3 x 10 /ml (遠心分離 3,000 g x 30分:サンプルI)または5.3 x 10 /ml (遠心分離 10,000 g x 30分:サンプルJ)であり、対照のサンプル(サンプルK)と比較してその値は大幅に上昇しており、160〜260倍にまで濃縮される事が示された。これらの結果から、レンチウィルス培養上清をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することにより、ウィルスのみを効率良く濃縮できることが判明した。
【0092】
【表3】

【0093】
(実施例7:ヘパリン固定化金ナノ粒子を用いたリアルタイムRT-PCRを用いたインフルエンザウィルス濃縮の検討)
ヘパリン固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.78(/mm)に調製した溶液2.6μlに対して、1.0,0.1,または0.01HAUのインフルエンスウィルス溶液100μlを混和して、室温で30分静置した。その後遠心分離(10,000x g、30分、室温)し、上清を除去した後、ウィルスとヘパリン固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水10μlを加え懸濁した。その懸濁液を95℃で10分熱変性を行い、4℃まで急冷した後、リアルタイムPCR機器の供するテンプレートとして用いた。なおHAUは、Hemagglutination Unitを指しウィルス量を定義する指標である。
【0094】
またヘパリン固定化金ナノ粒子を入れないウィルス液を、対照のテンプレートとして用いた。
【0095】
リアルタイムPCR機器に供するサンプルは、One Step SYBR(登録商標) PrimeScript(登録商標)RT-PCR KitII(登録商標)(タカラバイオ社)のキットを使用し、その調製は添付されたマニュアルに準じた。反応に使用したプライマーは、順方向プライマーはGGACTGCAGCGTAGAGGCTT(配列番号9)、逆方向プライマーは、CCAGCAAATAGCCCGAAGAAA(配列番号10)であり、インフルエンザウィルスのMタンパク質をコーティングする遺伝子にそれぞれ相補的である。
【0096】
リアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)を用いて、逆転写反応条件は、42度(5分)、95℃(10秒)を1サイクル、PCR条件は95℃(5秒)→60℃(30秒)を40サイクルに設定した。
【0097】
上述の実験の結果はCtで確認した。1.0HAUのウィルス液の場合は、ヘパリン固定化金ナノ粒子の添加によってCt=29.0からCt=23.7へ、0.1HAUのウィルス液の場合は、ヘパリン固定化金ナノ粒子の添加によってCt=33.2からCt=27.5へ、0.01HAUのウィルス液の場合は、ヘパリン固定化金ナノ粒子の添加によってCt=37.5からCt=31.8へいずれも少ないサイクル数でインフルエンザウィルスに由来するDNAが検出された。これらの結果から、インフルエンザウィルス溶液をヘパリン固定化金ナノ粒子で濃縮することにより、ウィルスを効率良く濃縮できることが明らかとなった。
【0098】
(実施例8:シアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子を用いたリアルタイムRT-PCRを用いたインフルエンザウィルス濃縮の検討)
シアル酸含有糖鎖(NeuAcα2-6Galβ1-4Glc)固定化金ナノ粒子をOD530nm=0.896(/mm)に調製した溶液3.7μlに対して、1.0,0.1,または0.01HAUのインフルエンザウィルス溶液100μlを混和して、室温で30分静置した。その後遠心分離(10,000x g、30分、室温)し、上清を除去した後、ウィルスとシアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子を含む沈殿物へ超純水10μlを加え懸濁した。その懸濁液を95℃で10分熱変性を行い、4℃まで急冷した後、リアルタイムPCR機器の供するテンプレートとして用いた。
【0099】
またシアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子を加えないウィルス液を、対照のテンプレートとして用いた。
【0100】
リアルタイムPCR機器に供するサンプルは、One Step SYBR(登録商標) PrimeScript(登録商標)RT-PCR KitII(登録商標)(タカラバイオ社)のキットを使用し、その調製は添付されたマニュアルに準じた。反応に使用したプライマーは、順方向プライマーはGGACTGCAGCGTAGAGGCTT(配列番号9)、逆方向プライマーは、CCAGCAAATAGCCCGAAGAAA(配列番号10)であり、インフルエンザウィルスのMタンパク質をコーティングする遺伝子にそれぞれ相補的である。
【0101】
リアルタイムPCR装置Thermal Cycler Dice(タカラバイオ社)を用いて、逆転写反応条件は、42度(5分)、95℃(10秒)を1サイクル、PCR条件は95℃(5秒)→60℃(30秒)を40サイクルに設定した。
【0102】
上述の実験の結果はCtで確認した。1.0HAUのウィルス液の場合は、シアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子の添加によってCt=27.7からCt=20.2へ、0.1HAUのウィルス液の場合は、シアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子の添加によってCt=28.5からCt=23.5へ、0.01HAUのウィルス液の場合は、シアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子の添加によってCt=34.5からCt=27.7へいずれも少ないサイクル数でインフルエンザウィルスに由来するDNAが検出された。これらの結果から、インフルエンザウィルス溶液をシアル酸含有糖鎖固定化金ナノ粒子で濃縮することにより、ウィルスを効率良く濃縮できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0103】
本発明に係る微生物の濃縮方法は、微生物が選択的に結合する糖鎖が固定されている担体を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる工程と、上記担体を濃縮する工程と、からなり、病原性微生物を効率よく濃縮および同定できる。よって、病原性微生物によって発症する病気の予防、治療を行うことができ、家畜・農産物など生産物の経済的損害を予見し、さらにそれら損害を防ぐことができる。それゆえ、本発明は、農業、畜産業、医療機器等の産業に広く利用することが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0104】
【図1】本発明の一連の過程を示すフローチャートである。
【図2】ヘパリン固定化金ナノ粒子による濃縮効果を示した図である。(a)SDS−PAGEの結果、(b)抗HSV抗体としてウサギポリクローナル抗体を用いたウェスタンブロッティング法の結果(c)抗HSV抗体としてマウスモノクローナル抗体を用いたウェスタンブロッティング法の結果。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
微生物が選択的に結合する糖鎖が固定されている担体を、検体中の微生物と接触させることにより、上記糖鎖と微生物とを結合させる工程と、上記担体を濃縮する工程と、からなることを特徴とする微生物の濃縮方法。
【請求項2】
上記担体を濃縮する工程は、自然沈降、遠心分離、ろ過、または磁力の作用によって担体を回収する工程と、回収した担体を洗浄することにより微生物を精製する工程と、を含むことを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
上記担体がナノ粒子である、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
上記微生物は、ウィルス感染症、細菌感染症、リケッチア感染症、クラミジア感染症、真菌感染症、原虫感染症、または寄生虫感染症を発症させる、宿主生物に感染能を有する微生物であることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
上記微生物は、ヘルペスウィルス、水疱瘡ウィルス、サイトメガロウィルス、コイヘルペスウィルス、レンチウィルス、インフルエンザウィルスまたは遺伝子治療に用いるウィルスベクターであることを特徴とする請求項4に記載の方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の方法によって濃縮された担体を、免疫学的手法または遺伝子工学的手法に供することより微生物を同定することを特徴とする微生物の同定方法。

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2009−148246(P2009−148246A)
【公開日】平成21年7月9日(2009.7.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−156020(P2008−156020)
【出願日】平成20年6月13日(2008.6.13)
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成19年度独立行政法人科学技術振興機構独創的シーズ展開事業革新的ベンャー活用開発「糖鎖を用いた疾病検査・化合物探索技術」、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【出願人】(307011381)株式会社スディックスバイオテック (4)
【Fターム(参考)】