説明

微生物検査チップおよび微生物検査方法

【課題】 ポンプなど機構的に複雑な試料供給手段を必要とせず、単純な構造でメンテナンスが容易、かつ、高感度な微生物検査チップを提供する。
【解決手段】 検査対象となる微生物を含む試料液を保持するリザーバ部3と、リザーバ部3に保持された試料液を回収する回収部6と、リザーバ部3が保持する試料液を、毛細管現象により回収部6へ導入する細管部5と、細管部5に設けられた、微生物を測定するための誘電泳動電極4と、誘導泳動電極4に交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定本体8との電気的接続を行う外部端子7とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶液中の微生物数または微生物濃度を誘電泳動とインピーダンス計測にて測定するための微生物検査チップおよび微生物検査方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、溶液中の微生物数を誘電泳動とインピーダンス計測にて測定する技術が提案されている(例えば特許文献1および特許文献2参照)。この方法は、電極を備えたセルに微生物が入った溶液を導入し、その電極に交流電圧を印加してインピーダンスを測定するものである。また、スターラーと回転子を備え、微生物が入った溶液を攪拌する技術も開示されている。
【0003】
【特許文献1】特開2000−125846号公報(第14頁、第5図)
【特許文献2】特開2003−24350号公報(第16頁、第1図)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
誘電泳動とインピーダンス計測にて溶液試料中の微生物数を検出する場合、電極に捕捉される微生物数の多さが検出感度に直接影響するため、溶液試料中の微生物を効率良く電極近傍の誘電泳動力が有効に働く領域に供給する必要がある。
【0005】
しかしながら、特許文献1のようにインピーダンス測定中に溶液試料が電極セルに留まると、電極近傍の微生物を捕捉してしまうとそれ以上は電極近傍へ微生物が供給されず、一定以上の感度を得ることが難しい。
【0006】
そこで、特許文献2のようにスターラーやポンプなどにより電極と溶液試料の相対位置を変化させる技術が提案されているが、スターラーやポンプなどを使用する場合、攪拌子を収納できる大きさのセルが必要であったり、ポンプによる循環系を形成するための配管系が必要となるなど、検査に必要な試料容量が大きくなる。スワブや濾紙等で採取した細菌を溶液中に懸濁して検査試料とする場合には、試料容量が大きければ、結果的に微生物懸濁濃度が低下し、一定以上の感度を得ることが難しい場合がある。
【0007】
また、微生物検査のメンテナンス性に配慮すると微生物に汚染された部分の洗浄の簡便性が求められるが、測定セルが攪拌子を含む場合には洗浄の手間がかかるとともに、ポンプによる循環系が必要な場合ポンプ内部の洗浄が困難であり、ポンプとセルの着脱部における液漏れやエアの混入など検査におけるメンテナンス性の問題があった。
【0008】
さらに、スターラーやポンプなどを用いる方法では、モーターによる回転機構や液送ポンプなどの付加的な機構が必要となり、小型で安価な装置を提供するのが困難になる。
【0009】
本発明は、上記従来の事情に鑑みてなされたもので、機構が複雑な試料供給手段を必要とせず、単純な構造で、高感度かつメンテナンスが容易な微生物検査チップおよびこの微生物検査チップを用いた微生物検査方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の微生物検査チップは、検査対象となる微生物を含む試料液を保持するリザーバと、前記リザーバに保持された試料液を回収する回収部と、前記リザーバが保持する試料液を、毛細管現象により前記回収部へ導入する細管部と、前記細管部に設けられた、前記微生物を測定するための誘電泳動電極と、前記誘導泳動電極に交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定装置との電気的接続を行う外部端子と、を備える。
【0011】
上記構成によれば、細管部における毛細管現象により、誘電泳動電極と試料液との間に連続的な相対位置変化を与えることができる為、従来必要であったポンプなどの機構が複雑な試料供給手段を用いることなく、単純な構造で、メンテナンスが容易な微生物検査チップを提供することができる。また、微生物の懸濁濃度の低下を防止できる為、高感度な微生物検査チップを提供することができる。
【0012】
また、本発明の微生物検査チップは、前記回収部内に着脱可能に装填される吸収材を備える。
【0013】
上記構成によれば、試料液を吸収した吸収材を新たな吸収材と容易に交換できる為、メンテナンスが容易となる。
【0014】
また、本発明の微生物検査チップは、前記細管部が、前記誘導泳動電極が形成される基板と、スペーサと、カバーとに囲まれた空間により形成されるものである。
【0015】
上記構成によれば、細管部を簡易な構造にできる。
【0016】
また、本発明の微生物検査チップは、前記誘導泳動電極が、前記基板上に形成された1〜100μmのギャップを有する薄膜対向型電極であり、対向部分の長手方向と前記試料液の流れ方向とが一致するものである。
【0017】
上記構成によれば、誘電泳動電極近傍の微生物が捕捉される領域に沿って試料液を流し、検査対象の微生物を確実に誘電泳動電極に捕捉でき、高感度な微生物検査チップを提供できる。
【0018】
また、本発明の微生物検査チップは、前記細管部が、前記誘電泳動電極を取り囲むように形成され、前記基板と前記カバーとの間隔が1〜100μmで、前記誘導泳動電極を収容可能な幅を有するものである。
【0019】
上記構成によれば、試料液を誘電泳動電極近傍の微生物が捕捉される領域に確実に供給することができる為、単純な構造で高感度な微生物検査チップを提供できる。
【0020】
また、本発明の微生物検査チップは、前記基板が、樹脂材料からなり、前記誘導泳動電極が、導電性ペーストからなるものである。
【0021】
上記構成によれば、単純な構造でありながら高感度で安価な微生物検査チップを提供することができる。
【0022】
本発明の微生物検査方法は、本発明の微生物検査チップを用いて試料液中の微生物を検査する微生物検査方法であって、前記リザーバに保持された試料液を毛細管現象により前記細管部経由で前記回収部へ回収する回収工程と、前記回収工程において前記誘導泳動電極と前記試料液との間に相対的位置の変化が開始されるタイミングで、前記測定装置により前記誘導泳動電極に対して交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定工程と、を有する。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、細管部における毛細管現象により、誘電泳動電極と試料液との間に連続的な相対位置変化を与えることができる為、従来必要であった機構が複雑な試料供給手段を用いることなく、単純な構造でメンテナンスが容易な微生物検査チップを提供することができる。また、微生物の懸濁濃度の低下を防止できる為、高感度な微生物検査チップを提供することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0024】
以下、本発明の実施の形態の微生物検査チップおよび微生物検査方法について、図面を用いて説明する。
【0025】
図1は本発明の実施の形態における微生物検査チップの全体構成図である。微生物検査チップ1は、検査対象となる微生物を含む試料液を投入するための導入部2と、導入された試料液を保持するリザーバ部3と、微生物を測定するための誘導泳動電極4を内部に有する細管部5と、リザーバ部3に保持された試料液を回収する回収部6と、検査用の外部端子7と、外部端子7を通して誘導泳動電極4に交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定本体(測定装置)8とを備えている。
【0026】
細管部5は、リザーバ部3が保持する試料液を、毛細管現象により回収部6へ導入する。回収部6は、着脱可能な吸収材9を備える。吸収材9は、容易に取り替え可能な為、メンテナンスが容易である。また、外部端子7は、測定本体8との電気的接続を行う。
【0027】
図2は本発明の実施の形態における誘電泳動電極4の構造を拡大して示す斜視図である。また、図3は本発明の実施の形態における細管部5の構造を示す断面図である。誘導泳動電極4は、基板10上に形成された、一方の極21と他方の極22との間に1〜100μmのギャップ12を有する薄膜対向型電極であり、対向部分の長手方向と試料液の流れ方向とが一致する構成を有している。このため、誘電泳動電極近傍の微生物が捕捉される領域に沿って試料液を流し、検査対象の微生物を確実に誘電泳動電極4に捕捉でき、高感度な微生物検査チップを実現できる。細管部5は、誘導泳動電極4が形成される基板10と、スペーサ13と、カバー14とに囲まれた空間により形成され、簡易な構造となっている。
【0028】
また、細管部5は、誘電泳動電極4を取り囲むように形成され、基板10とカバー14との間隔が1〜100μmで、誘導泳動電極4を収容可能な幅を有している。このため、試料液を誘電泳動電極近傍の微生物が捕捉される領域に確実に供給することができ、単純な構造で高感度なものとなる。また、基板10を樹脂材料で形成し、誘導泳動電極4を導電性ペーストで形成することにより、単純な構造でありながら高感度で安価な微生物検査チップを実現することができる。
【0029】
上記のように構成された微生物検査チップ1は、液体中に微生物が懸濁された検査対象である試料液をリザーバ部3に投入するために導入部2が設けられている。試料液の導入方法は任意に選べるが、例えばピペットを用いて導入部2からリザーバ部3へ投入することが望ましい。導入部2とリザーバ部3の形状は任意に選べるが、導入した試料液がリザーバ部3に確実に保持されるように、導入部2はリザーバ部3の上方に位置するように配置する。
【0030】
リザーバ部3の容量は試料液が保持できる程度であれば良いが、スワブや定量濾紙などによって面採取された微生物を検体とする場合は、それを懸濁する溶液の容量が小さいほど微生物懸濁濃度が高くなるため、インピーダンス計測での微生物数計測の感度を向上することができる。そのため、本実施の形態ではリザーバ部3の容量を1mlとしているが、導入する試料の容量に応じて適宜調整すれば良い。
【0031】
リザーバ部3と細管部5と回収部6とは、一つの繋がった空間として連結されており、かつ、回収部6には液体を吸収することのできる吸収材9が充填されている。吸収材9は、試料液を吸収できるものであれば繊維質材料、多孔質材料など任意の材料を使用することができるが、本実施の形態ではパルプを用いている。また、回収部6は、繰り返し検査を行う際に吸収材9を着脱交換できるような構造を有している。
【0032】
細管部3は、試料液中の微生物を誘電泳動によって捕捉するために、基板10上の誘電泳動電極4が微小なギャップ12を介して対向して設けられている。本実施の形態においては誘電泳動電極4は一方の極21と他方の極22との二つの極からなり、図2および図3に示すようにそれぞれの極の直線状の平行な部分が互いに入れ子になるよう櫛歯状に配置されており、その直線方向はリザーバ部3から回収部6に向かう方向、つまり図3の紙面に垂直な方向に配置されている。それぞれの極は、基板10上で密着している部分と基板表面がむき出しになっている部分の境界である端線を有している。二つの極によって薄膜電極の端線間に構成されるギャップ12は、本実施の形態においてはすべて同じ間隔である。詳細は後述するが、液体中の微生物は電界が最も集中するギャップ12に捕捉され、インピーダンス測定による微生物検出はギャップ12に捕捉される微生物数が多いほど感度が向上する。
【0033】
ここで、本実施の形態において検査対象としている微生物について説明する。ここで言う微生物とは、一般に細菌、真菌、放線菌、リケッチア、マイコプラズマ、ウイルスとして分類されている、いわゆる微生物学の対象となっている生物のほかに、原生動物や原虫のうちの小型のもの、生物体の幼生、分離または培養した動植物細胞、精子、血球、核酸、蛋白質等も含む広い意味での生体または生体由来の微粒子である。また本実施の形態では、検査対象として液体中に懸濁された微生物を想定している。
【0034】
次に、本実施の形態で利用する誘電泳動について説明する。誘導泳動は周知であるので詳細な説明は省略するが、高周波の交流電圧を印加すると、これによって発生する交流電界の作用により細管部5内の微生物は最も電場が強くかつ不均一な部分に泳動される。上述したように、本実施の形態においては誘電泳動電極4のギャップ12が最も電場が強くかつ不均一な部分に該当する。そして、微生物の誘電体微粒子としての双極子モーメントをμとすると、誘電泳動力Fは電場Eとの間に式1の関係が存在する。
【0035】
【数1】

【0036】
さらに、微生物の細胞質の比誘電率をε、微生物を含んでいる液体の比誘電率をε、微生物を球体と見なしたときの半径をa、円周率をπとすると、誘電泳動力Fは式2のように書き換えることができる。
【0037】
【数2】

【0038】
式2は誘電泳動による力が電位勾配、媒質と誘電体微粒子としての微生物の比誘電率の差などの影響を受けることを示している。
【0039】
図2に示すギャップ12は、櫛歯状の一方の極21と他方の極22とが対向している部分である。ギャップ12付近に浮遊する微生物は、ギャップ12間に生じる電界作用によってギャップ12に引き寄せられ、その電気力線に沿って整列する。このとき、ギャップ12付近の微生物の整列状態は、試料液体中に存在する微生物数とギャップ12の間隔に依存する。リザーバ部3内の試料液が細管部5を通過するに従い、十分な数の微生物がギャップ12に捕捉された場合、ギャップ12間が微生物によって架橋されるほどになる。細管部5を流れる試料液の流速および細管部5の断面積が一定であるとすれば、所定の時間後にギャップ12付近の所定領域に集まっている微生物の数は試料液内の微生物数に比例する。この比例関係を基に試料中の微生物数を算出することができる。
【0040】
次に、インピーダンス計測による微生物数の測定について説明する。インピーダンスは、誘電泳動電極4の一方の極21と他方の極22との間に想定される等価回路を後述する抵抗と静電容量からなるCRの並列回路とみなして算出することができる。以下、インピーダンスをZ、静電容量をC、リアクタンスをx、レジスタンスをrとして、図5および図6と式3〜7を用いて詳細に説明する。図5は電極部間の静電容量の計算方法を説明するための図であり、(a)は電極部間の電気的状態の等価回路図、(b)は電極部間に印加する電圧と流れる電流の波形を示す図である。図6はインピーダンスのベクトル分解を示す図である。
【0041】
【数3】

【0042】
【数4】

【0043】
【数5】

【0044】
【数6】

【0045】
【数7】

【0046】
式3はCR並列等価回路の合成インピーダンスを表す式、式4はCR並列等価回路のレジスタンス表す式、式5はCR並列等価回路のリアクタンスを表す式、式6はCR並列等価回路の抵抗値を表す式、式7はCR並列等価回路の静電容量値を表す式である。
【0047】
図5の(a)は電極部間の電気的状態を等価回路で示したものである。図5の(a)において、21は誘電泳動電極4の一方の極、22は誘電泳動電極4の他方の極、23は等価回路における等価的な静電容量成分を表すコンデンサ、24は等価回路における抵抗成分を表す電気抵抗である。また、図5の(b)において、横軸は時間、縦軸は波形の振幅を表す電圧または電流を示している。
【0048】
測定開始直後のギャップ12の間には微生物を含んだ試料液が存在しており、誘電泳動によって微生物が電極部間のギャップ12に移動する前は、試料液を電極間誘電体として構成されるコンデンサ23と試料液による電気抵抗R24が並列に一方の極21と他方の極22間を結んでいる。そして、誘電泳動によって微生物が移動した後は、後述するように微生物体が誘電体微粒子としてふるまうために、コンデンサ23と電気抵抗24の絶対値は変化するが、等価回路の接続形態は変わらない。
【0049】
上記の等価回路であるCR並列回路に交流電圧を印加すると、回路に流れる電流と印加した電圧の間に図5の(b)に示すような位相の差が現れることが一般に知られている。この位相差を印加した電圧の周波数を角周波数ωで表したときの角度差θを用いて複素平面上に極座標表示すると、電圧、電流、位相角の間には図6に示す関係がある。
【0050】
インピーダンスZは測定される印加電圧と電流の除算で得られ、図6に示すベクトルの絶対値に相当する。このとき、インピーダンスZはZ=r+jx(jは虚数単位)の形で表現することができ、レジスタンスrはr=Zsinθとして図5の(a)に示すCR並列回路の合成インピーダンスの電気抵抗成分、リアクタンスxはx=Zcosθとして同回路の静電容量成分の逆数に関連付けられる。
【0051】
一方、図5の(a)のCR等価回路の合成インピーダンスは式3で表わされ、式3をZ=r+jxの関係からレジスタンスrとリアクタンスxに分解して式4および式5が得られる。式4と式5を連立させて変形すると、式6と式7が得られる。
【0052】
式6および式7に測定のための電圧値、そのときの電流値、電圧と電流の位相角の測定値から演算したr、x、ωを代入することにより、等価回路における電気抵抗24とコンデンサ23の値を知ることができる。また、得られた電気抵抗成分の逆数をとることで、電極部間のコンダクタンスを得ることができる。そして、時間経過に伴うコンダクタンスの変化の傾きの値を求めることで、試料液中の微生物数を算出することができる。
【0053】
コンダクタンスの時間変化の傾きを求める方法は、得られたデータに対して最小二乗法で求められる直線近似を行うのが最も簡単である。微生物の濃度が高く、時間経過に伴ってコンダクタンスの変化の傾きが次第に小さくなっていくような曲線の場合でも、採取したデータ全体ではなく、初期の一部のデータを取り出して接線で直線近似すれば良い。データ全体では曲線であっても、必要なのは初期のコンダクタンス変化の傾きである。このような微生物濃度が高い試料では、測定毎のコンダクタンス変化が大きく、はっきりとしたノイズの少ない測定結果が得られるので、初期の一部のデータだけでも十分な精度で傾きを算出することができる。
【0054】
ここで、上記のコンダクタンスの時間変化の傾きを測定することにより微生物数を算出できるのは、上述したように微生物は電気的には抵抗と静電容量の並列接続された素子として等価的に表現することができるからである。これは、微生物がイオンリッチで比較的電気伝導率が大きな細胞壁とリン脂質からなり、電気伝導率の小さな細胞膜に囲まれていることに起因する。誘電泳動によりギャップ12に移動する微生物によってギャップ12が架橋されると、微生物を介して誘電泳動電極4の電極部間に電流が流れるようになる。ギャップ12へ泳動される微生物の数が増え、微生物による架橋の数が増えると誘電泳動電極4に流れる電流が増加するので、誘電泳動電極4の電極部間のコンダクタンス変化を測定すれば、その値はギャップ12付近に移動してきた微生物数、ひいては試料液中に存在する微生物数に相関した測定結果となる。
【0055】
以上、コンダクタンス変化を測定することで試料液中に存在する微生物数を計測できることを説明したが、検出感度を向上するためには、なるべく多くの微生物を誘電泳動電極4のギャップ12に捕捉することが必要であり、試料液中の微生物を誘電泳動力が有効に働くギャップ12付近に通過させる必要がある。そのために本実施の形態では、スペーサ13の高さを1〜100μmとすることで、細管部5内を通過する微生物がギャップ12付近に接近する可能性が高くなるようにしている。スペーサ13の高さは、検査対象となる微生物程度の大きさに適宜変更すれば良いが、細管部5で微生物による目詰まりが発生しないように、検査対象微生物の2〜3倍程度とする。例えば、大きさが10μm程度の酵母菌が検査対象の場合は、スペーサ13の高さは20〜30μmとなる。
【0056】
また、図3に示す両端のスペーサ13間の距離が、電極部11の水平方向の幅よりも広くなると、細管部5を通過中にギャップ12に捕捉されない微生物数が多くなるため、検出感度が低下してしまう。そのため、本実施の形態では、スペーサ13を誘電泳動電極4の一方の電極部の最も外側の端面と、もう一方の電極部の最も外側の端面とに配置することにより、ギャップ12近傍を通過する微生物が多くなるようにしている。このため、ギャップ12に捕捉される微生物数が多くなり、検出感度が向上する。
【0057】
基板10上に形成される誘電泳動電極4の材料は金属やカーボンのペーストが用いられ、その形成法は大量生産に向き、製造コストが低く抑えられるスクリーン印刷法などを利用している。このような粒子状のペースト材料を用いることによって、フォトリソグラフィーなどによる薄膜形成法に比べて電極表面及び電極端線部が不均一な構造を成すため、導体表面の電界分布が凸部に集中する電極のエッジ効果を生みだす。このことにより、より強く不均一な電場が生成され、式2から明らかなように微生物に働く誘電泳動力が大きくなる結果、より多くの微生物をギャップ12へ捕捉することができ、検出感度が向上する。
【0058】
本実施の形態におけるギャップ12の間隔は100μmに設定されているが、ギャップ12の間隔は測定対象となる微生物の大きさ等の影響を受けるため、必要に応じて調節される。例えば、酵母や単離細胞のような大きなものでは広く、リケッチアのように小さなものについては狭くする必要がある。また、ギャップ12の間隔は、広いほど大量の微生物を濃縮することができ、測定のダイナミックレンジも広くなる。しかし、ギャップ12の間隔が広いほど、測定までの時間が長く必要になり、低濃度の試料液ではギャップ12での微生物による架橋が生じにくく、検出感度が低下する。逆に、ギャップ12を狭くすると、測定のために必要となる時間は少なくなるが、測定のダイナミックレンジは狭くなってしまい、ギャップ12以上の大きさの微生物を捕捉することができない。このような理由から、ギャップ12の間隔は検出対象とする微生物に合わせて1〜100μmの範囲に調整されていることが望ましい。
【0059】
次に、試料液を微生物検査チップ1へ導入し、試料回収、微生物数測定、検査チップの洗浄および廃棄までの一連の流れについて説明する。微生物検査チップ1が接続された測定本体8は、外部端子7を介して誘電泳動電極4に誘電泳動のための交流電圧を印加し、不図示のインピーダンス測定回路および演算手段によって誘電泳動電極4間のコンダクタンス値を一定の測定間隔で算出し、不図示のメモリ手段に測定結果を格納していく。このとき算出されるコンダクタンス値は、図4に示すように、誘電泳動電極4が持つ固有の値Gとなる。なお、本実施の形態では、交流電圧は5Vpp、100KHz、測定間隔は1秒としているが、あらかじめ検査対象微生物の濃度が明らかな試料液による測定を行い、最適な条件を選ぶことができる。
【0060】
測定準備が完了し、測定本体8からその旨をアラームなどの手段で通知されれば、検査担当者は試料液を導入部2から投入し、その試料液はリザーバ部3に一旦保持される。保持された試料液は、リザーバ部3と連結された細管部5および回収部6中に充填された吸収材9による毛細管現象により、自動的に細管部5内をリザーバ部3から回収部6の方向に向かって流れていく。リザーバ部3には図示しないエア抜き穴が設けられており、リザーバ部3、細管部5およびリザーバ部3中のエアーは試料液が流れるに従い微生物検査チップ外に逐次排気されるため、試料液はリザーバ部3から回収部6へと連続的に流れていく。
【0061】
試料液の流れる方向と誘電泳動電極4の直線方向とは一致するため、試料液はギャップ12に沿って流れることになる。この場合、試料液がギャップ12を横切る方向に流れた場合と比べて基板10界面での流れが安定するため、試料液中の微生物がギャップ12に捕捉される確率が高くなり、検出感度が向上する。
【0062】
細管部5内の誘電泳動電極4に試料液が流れ始める時点を図4のt1で示す。この時点以降に算出されるコンダクタンス値は誘電泳動電極4固有の値Gに加え、試料液固有のコンダクタンス値が加わるため、それらの総和値であるGまで急峻な時間変化の傾きをもって増加する。この急峻なコンダクタンス値の変化は試料液が完全に誘電泳動電極4を覆うt2まで継続し、t2以降、微生物が捕捉されたことによるコンダクタンス値の変化が測定される。
【0063】
試料中の微生物数を正確に測定するため、測定本体8はt2以降のコンダクタンス値を起点としてコンダクタンスGの時間変化の傾きを算出する。t2の求め方は、予め微生物を含まない試料液を測定してGの値を求めておき、その値を越えた時点を起点とするなどとすれば良い。
【0064】
コンダクタンスGの時間変化の傾きと試料液中の微生物数を関連付けるためには、コンダクタンスGと微生物数間の変換式が必要である。この変換式は微生物数が明らかな校正用試料液を、上述の測定系を用いて予め測定し、そのときの微生物数とコンダクタンスGの間の相関関係からばらつきを回帰分析して得られる曲線を表す関数を用いる。この変換式を測定本体8内の図示しないメモリに記憶させ、微生物数が未知の試料を測定する場合には、所定時間内におけるコンダクタンスG変化の値すなわち傾きを代入することにより、試料液中の微生物数を算出できる。
【0065】
このようにして算出された微生物数は、測定本体8により図示しない何らかの手段を用いて出力される。結果出力は、液晶ディスプレイの数値表現や、ランプを用いた段階表示や、スピーカーによる音声表現や、コンピュータ等へのデータ転送など、目的に応じて最適な手段を適用可能である。
【0066】
一連の検査工程が終了すると、微生物検査チップ1は測定本体8から切り離され、次の検査に向けて洗浄される。試料液が含まれた吸収材9はリザーバ部3より取り出され、廃棄される。次に、洗浄のための新たな吸収材9が回収部6に装着され、導入部2より洗浄液が投入される。洗浄液は誘電泳動電極4およびリザーバ部3、細管部5内の微生物を洗い流せるものであれば任意に選べるが、本実施の形態では衛生面を考慮して、99%エタノール溶液が用いられる。
【0067】
洗浄液は検査時と同様にリザーバ部3から細管部5を経由して回収部6へと回収され、洗浄が完了する。洗浄のための吸収材9は回収部6から取り出され、次の検査に用いる新たな吸収材9が回収部6に装着され、次の検査が実施される。以上、微生物検査チップ1での微生物検査方法および洗浄方法を説明したが、本チップは繰り返し使用することが必須ではなく、一回使い切りとすることで、メンテナンス性を更に向上できる。
【0068】
以上説明したように、本実施の形態では、微生物検査チップ1を用いて試料液中の微生物を検査する際、リザーバ部3に保持された試料液を毛細管現象により細管部5経由で回収部6へ回収する回収工程と、その回収工程において誘導泳動電極4と試料液との間に相対的位置の変化が開始されるタイミングで、測定本体8により誘導泳動電極4に対して交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定工程とを実施する。
【0069】
リザーバ部3へ投入された試料液を、毛細管現象により誘電泳動電極4へ効率良く供給できる為、ポンプなど機構的に複雑な試料供給手段を必要とせず、単純な構造で、高感度かつメンテナンスが容易な微生物検査チップおよび微生物検査方法を実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は、細管部における毛細管現象により、誘電泳動電極と試料液との間に連続的な相対位置変化を与えることができる為、従来必要であった機構が複雑な試料供給手段を用いることなく、単純な構造でメンテナンスが容易な微生物検査チップを提供することができる効果、また、微生物の懸濁濃度の低下を防止できる為、高感度な微生物検査チップを提供することができる効果を有し、溶液中の微生物数または微生物濃度を誘電泳動とインピーダンス計測にて測定するための微生物検査チップおよび微生物検査方法等に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0071】
【図1】本発明の実施の形態における微生物検査チップの全体構成図
【図2】本発明の実施の形態における誘電泳動電極の構造を拡大して示す斜視図
【図3】本発明の実施の形態における細管部の構造を示す断面図
【図4】試料液中の微生物数と測定時間と電極部間のコンダクタンスGの関係を示すグラフ
【図5】電極部間の静電容量の計算方法を説明するための図
【図6】インピーダンスのベクトル分解を示す図
【符号の説明】
【0072】
1 微生物検査チップ
2 導入部
3 リザーバ部
4 誘電泳動電極
5 細管部
6 回収部
7 外部端子
8 測定本体
9 吸収材
10 基板
11 電極部
12 ギャップ
13 スペーサ
14 カバー
21 一方の極
22 他方の極
23 コンデンサ
24 電気抵抗

【特許請求の範囲】
【請求項1】
検査対象となる微生物を含む試料液を保持するリザーバと、
前記リザーバに保持された試料液を回収する回収部と、
前記リザーバが保持する試料液を、毛細管現象により前記回収部へ導入する細管部と、
前記細管部に設けられた、前記微生物を測定するための誘電泳動電極と、
前記誘導泳動電極に交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定装置との電気的接続を行う外部端子と、
を備える微生物検査チップ。
【請求項2】
請求項1記載の微生物検査チップであって、
前記回収部内に着脱可能に装填される吸収材を備える微生物検査チップ。
【請求項3】
請求項1または2記載の微生物検査チップであって、
前記細管部は、前記誘導泳動電極が形成される基板と、スペーサと、カバーとに囲まれた空間により形成される微生物検査チップ。
【請求項4】
請求項3記載の微生物検査チップであって、
前記誘導泳動電極は、前記基板上に形成された1〜100μmのギャップを有する薄膜対向型電極であり、対向部分の長手方向と前記試料液の流れ方向とが一致する微生物検査チップ。
【請求項5】
請求項3または4記載の微生物検査チップであって、
前記細管部は、前記誘電泳動電極を取り囲むように形成され、前記基板と前記カバーとの間隔が1〜100μmで、前記誘導泳動電極を収容可能な幅を有する微生物検査チップ。
【請求項6】
請求項3ないし5のいずれか記載の微生物検査チップであって、
前記基板は、樹脂材料からなり、
前記誘導泳動電極は、導電性ペーストからなる微生物検査チップ。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか記載の微生物検査チップを用いて試料液中の微生物を検査する微生物検査方法であって、
前記リザーバに保持された試料液を毛細管現象により前記細管部経由で前記回収部へ回収する回収工程と、
前記回収工程において前記誘導泳動電極と前記試料液との間に相対的位置の変化が開始されるタイミングで、前記測定装置により前記誘導泳動電極に対して交流電圧を印加してインピーダンス変化の測定を行う測定工程と、
を有する微生物検査方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2007−6858(P2007−6858A)
【公開日】平成19年1月18日(2007.1.18)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−194901(P2005−194901)
【出願日】平成17年7月4日(2005.7.4)
【出願人】(000005821)松下電器産業株式会社 (73,050)
【Fターム(参考)】