説明

惰行制御装置

【課題】クラッチペダル踏み込み中の惰行制御終了時に違和感がない惰行制御装置を提供する。
【解決手段】惰行制御判定マップ2へのプロット点が惰行制御可能領域内かつアクセルペダル操作速度が所定範囲内かつプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したときクラッチ断及びエンジン回転数低下の惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外又はプロット点が惰行制御可能領域外で惰行制御を終了する惰行制御実行部3と、惰行制御実行部3によるクラッチ断制御時にクラッチペダルが踏み込まれている状態で惰行制御実行部3が惰行制御を終了するときクラッチ断制御を続行させ、クラッチペダルが開放されるときクラッチ接制御を行わせるペダル開放時クラッチ接制御部4とを備える。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行中にクラッチを断にしエンジンをアイドル状態に戻して燃料消費を抑える惰行制御装置に係り、クラッチペダル踏み込み中の惰行制御終了時に違和感がない惰行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両において、クラッチが断のとき、アクセルペダルが踏み込まれると、アクセルが開かれてエンジンがいわゆる空ぶかしとなり、エンジン回転数は、アクセル開度に対応したエンジン回転数に落ち着く。このとき、エンジンが発生させた駆動力とエンジン内部抵抗(フリクション)とが均衡し、エンジン出力トルクは0である。すなわち、エンジンは、外部に対して全く仕事をせず、燃料が無駄に消費される。例えば、エンジン回転数が2000rpmで空ぶかしをしたとすると、運転者には大きなエンジン音が聞こえるので、相当な量の燃料が無駄に消費されていることが実感できる。
【0003】
エンジンが外部に対して仕事をしない状態は、前述したクラッチ断のときの空ぶかしに限らず、車両の走行中にも発生している。すなわち、エンジンは、空ぶかしのときと同じようにアクセル開度に対応したエンジン回転数で回転するだけで、車両の加速・減速に寄与しない。このとき、エンジンを回転させるためだけに燃料が消費されており、非常に無駄である。
【0004】
本出願人は、エンジンが回転はしているが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にし、エンジンをアイドル状態に戻して燃料消費を抑える惰行制御(燃費走行制御とも言う)を行う惰行制御装置を提案した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−342832号公報
【特許文献2】特開平8−67175号公報
【特許文献3】特開2001−304305号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の提案に加え、本出願人は、クラッチ回転数とアクセル開度とを指標とする惰行制御判定マップを用い、クラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了する惰行制御装置を提案中である。
【0007】
この惰行制御装置によれば、惰行制御による走行時には、運転者がクラッチペダルを踏むマニュアル操作によるクラッチ断ではなく、電子制御(ECU制御)によりアクチュエータが作動してクラッチ断となっている。しかし、油圧シリンダを組み合わせて構成され、マニュアル式とECU制御による自動式とが両立しているクラッチシステムでは、惰行制御中に運転者がクラッチペダルを踏み込むことができる。
【0008】
このようにして惰行制御中に運転者がクラッチペダルを踏み込んだ状態のときに、たまたま惰行制御装置が惰行制御を終了するために、クラッチを接にしようとアクチュエータを作動させると、その油圧が伝搬されて、運転者はクラッチペダルにキックバック感、あるいは振動を感じてしまい、違和感が生じる。
【0009】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、クラッチペダル踏み込み中の惰行制御終了時に違和感がない惰行制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するために本発明は、クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップと、前記惰行制御判定マップへのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了する惰行制御実行部と、前記惰行制御実行部によるクラッチ断制御時にクラッチペダルが踏み込まれている状態で前記惰行制御実行部が惰行制御を終了するときには、クラッチ断制御を続行させ、クラッチペダルが開放されるときに、クラッチ接制御を行わせるペダル開放時クラッチ接制御部とを備えたものである。
【0011】
前記ペダル開放時クラッチ接制御部は、前記クラッチ断制御を続行させているときに、エンジン回転数をクラッチ回転数まで上昇させる回転合わせを行ってもよい。
【発明の効果】
【0012】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0013】
(1)クラッチペダル踏み込み中の惰行制御終了時に違和感がない。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【図1】本発明の惰行制御装置のブロック構成図である。
【図2】本発明の惰行制御装置が適用される車両のクラッチシステムのブロック構成図である。
【図3】図2のクラッチシステムを実現するアクチュエータの構成図である。
【図4】本発明の惰行制御装置が適用される車両の入出力構成図である。
【図5】惰行制御の概要を説明するための作動概念図である。
【図6】惰行制御判定マップのグラフイメージ図である。
【図7】惰行制御による燃費削減効果を説明するためのグラフである。
【図8】惰行制御判定マップを作成するために実測したアクセル開度とクラッチ回転数のグラフである。
【図9】本発明の惰行制御装置におけるペダル開放時クラッチ接制御の手順を示すフローチャートである。
【図10】惰行制御中にクラッチペダルが踏み込まれない状態を示すアクチュエータの構成図である。
【図11】惰行制御中にクラッチペダルが踏み込まれた状態を示すアクチュエータの構成図である。
【図12】惰行制御中にクラッチペダルが踏み込まれた状態で惰行制御が終了となってからクラッチペダルが開放された状態を示すアクチュエータの構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0016】
図1に示されるように、本発明に係る惰行制御装置1は、クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップ2と、惰行制御判定マップ2へのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了する惰行制御実行部3と、惰行制御実行部3によるクラッチ断制御時にクラッチペダルが踏み込まれている状態で惰行制御実行部3が惰行制御を終了するときには、クラッチ断制御を続行させ、クラッチペダルが開放されるときに、クラッチ接制御を行わせるペダル開放時クラッチ接制御部4とを備える。
【0017】
惰行制御装置1を構成する惰行制御判定マップ2、惰行制御実行部3、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、例えば、ECU(図示せず)に搭載されるのが好ましい。
【0018】
本発明の惰行制御装置1を搭載する車両について各部を説明する。
【0019】
図2に示されるように、本発明の惰行制御装置1を搭載する車両のクラッチシステム101は、マニュアル式とECU制御による自動式との両立方式である。クラッチペダル102に機械的に連結されたクラッチマスターシリンダ103は、運転者によるクラッチペダル102の踏み込み・戻し操作に応じて中間シリンダ(クラッチフリーオペレーティングシリンダ、切替シリンダとも言う)104に動作油を供給するようになっている。一方、ECU(図示せず)で制御されるクラッチフリーアクチュエータユニット105は、クラッチ断・接の指令により中間シリンダ104に動作油を供給するようになっている。中間シリンダ104は、クラッチスレーブシリンダ106に動作油を供給するようになっている。クラッチスレーブシリンダ106のピストン107がクラッチ108の可動部に機械的に連結されている。
【0020】
図3に示されるように、アクチュエータ110は、クラッチフリーアクチュエータ111を備える。クラッチフリーアクチュエータ111は、中間シリンダ104とクラッチフリーアクチュエータユニット105とを備える。クラッチフリーアクチュエータユニット105は、ソレノイドバルブ112、リリーフバルブ113、油圧ポンプ114を備える。中間シリンダ104は、プライマリピストン116とセカンダリピストン117とが直列配置されてなる。プライマリピストン116のボトム側(図示右側)にクラッチマスターシリンダ103が接続される。さらに、中間シリンダ104では、クラッチフリーアクチュエータユニット105の油圧ポンプ114がプライマリピストン116とセカンダリピストン117の間に接続されると共に、クラッチフリーアクチュエータユニット105のソレノイドバルブ112、リリーフバルブ113がプライマリピストン116とセカンダリピストン117の間に接続される。セカンダリピストン117のヘッド側(図示左側)にクラッチスレーブシリンダ106が接続される。
【0021】
マニュアル操作によるクラッチ断の場合、クラッチペダル102が踏み込まれると、クラッチマスターシリンダ103内の動作油がプライマリピストン116のボトム側に流れ込んでプライマリピストン116がヘッド側にストロークする。プライマリピストン116がヘッド側にストロークすると、プライマリピストン116に押されてセカンダリピストン117がヘッド側にストロークする。クラッチペダル102が戻されると、プライマリピストン116のボトム側の動作油がクラッチマスターシリンダ103に流れるため、プライマリピストン116がボトム側に戻される。
【0022】
ECU制御によるクラッチ断の場合、ソレノイドバルブ112がいずれも全閉であるとき、油圧ポンプ114を駆動して中間シリンダ104のプライマリピストン116とセカンダリピストン117の間に動作油を導入(IN)すると、セカンダリピストン117がヘッド側にストロークする。
【0023】
マニュアル操作の場合でもECU制御の場合でも、セカンダリピストン117がヘッド側にストロークすると、クラッチスレーブシリンダ106に動作油が供給されクラッチが断になる。ECU制御によってセカンダリピストン117がヘッド側にストロークしている状態で、クラッチペダル102が踏み込まれると、プライマリピストン116とセカンダリピストン117の間の動作油はリリーフバルブ113からタンクに排出される。
【0024】
ECU制御において、クラッチ断の状態から、油圧ポンプ114を停止し、ソレノイドバルブ112のいずれか1つ以上を開くと、中間シリンダ104ではプライマリピストン116とセカンダリピストン117の間の動作油がタンクに排出(OUT)され、セカンダリピストン117がボトム側に戻る。このとき、ソレノイドバルブ112をデューティ制御(全閉と全開の時間比を調節するパルス制御)することにより、中間シリンダ104の動作油がデューティによって決まる速度で排出される。これにより、セカンダリピストン117の戻り速度、つまりクラッチの接速度を任意に制御できる。
【0025】
以上の構成により、マニュアル操作によるクラッチ断・接と、ECU制御によるクラッチ断・接がそれぞれ可能であると共に、クラッチペダルが踏まれたときには、優先的にクラッチ断となる。
【0026】
図4に示されるように、車両には、主として変速機・クラッチを制御するECU121と、主としてエンジンを制御するECM122が設けられる。ECU121には、シフトノブスイッチ、変速機のシフトセンサ、セレクトセンサ、ニュートラルスイッチ、T/M回転センサ、車速センサ、アイドルスイッチ、マニュアル切替スイッチ、アクセル操作量センサ、クラッチペダルセンサ、パーキングブレーキスイッチ、ドアスイッチ、ブレーキスイッチ、半クラッチ調整スイッチ、クラッチセンサ、油圧スイッチの各入力信号線が接続されている。また、ECU121には、クラッチシステム101の油圧ポンプ114のモータ、ソレノイドバルブ112、坂道発進補助用バルブ、ウォーニング&メータの各出力信号線が接続されている。ECM122には、図示しないがエンジン制御に利用される各種の入力信号線と出力信号線が接続されている。ECM122は、エンジン回転数、アクセル開度、エンジン回転変更要求の各信号をCAN(Controller Area Network;車載ネットワーク)の伝送路を介してECU121に送信することができる。
【0027】
なお、本発明で使用するクラッチ回転数は、クラッチのドリブン側の回転数であり、トランスミッションのインプットシャフトの回転数と同一である。図示しないインプットシャフト回転数センサが検出したインプットシャフト回転数からクラッチ回転数を求めることができる。あるいは車速センサが検出した車速から現在ギア段のギア比を用いてクラッチ回転数を求めることができる。クラッチ回転数は、車速相当のエンジン回転数を表している。
【0028】
図4中のクラッチペダルセンサは、クラッチペダル102またはアクチュエータ110のペダル系に設置され、クラッチペダル102それ自体の変位量を検出するか、あるいは間接的にクラッチペダル102が所定位置にあることを検出するセンサであり、その出力からクラッチペダル102の変位あるいは踏み込まれたことを検出することができる。クラッチペダルセンサとして、クラッチペダル102に取り付けられ、クラッチペダル102の変位を全ストロークにわたり検出する変位センサ、クラッチペダル102の最も踏み込まれた位置に取り付けられたリミットSW、クラッチペダル102の踏み始めの位置に取り付けられたリミットSW、クラッチマスターシリンダ103に取り付けられ、クラッチマスターシリンダ103におけるピストンの変位を全ストロークにわたり検出する変位センサ、中間シリンダ104のプライマリピストン116(図3参照)の変位を全ストロークにわたり検出する変位センサなどを設けるとよい。
【0029】
以下、本発明の惰行制御装置1の動作を説明する。
【0030】
図5により、惰行制御の作動概念を説明する。横軸は時間と制御の流れを示し、縦軸はエンジン回転数を示す。アイドル回転の状態からアクセルペダル141が大きく踏み込まれてアクセル開度が70%の状態が継続する間、エンジン回転数142が上昇し、車両が加速される。エンジン回転数142が安定し、アクセルペダル141の踏み込みが小さくなりアクセル開度が35%になったとき後述する惰行制御開始条件が成立したとする。惰行制御開始により、クラッチが断に制御され、エンジン回転数142がアイドル回転数に制御される。車両は惰行制御走行することになる。その後、アクセルペダルの踏み込みがなくなってアクセル開度が0%になるか又はその他の惰行制御終了条件が成立したとする。惰行制御終了により、エンジンが回転合わせ制御され、クラッチが接に制御される。この例では、アクセル開度が0%であるので、エンジンブレーキの状態となり、車両は減速される。
【0031】
惰行制御が行われなかったとすると、惰行制御の実行期間の間、破線のようにエンジン回転数が高いまま維持されることになるので、燃料が無駄に消費されるが、惰行制御が行われることで、惰行制御中はエンジン回転数142がアイドル回転数となり燃料が節約される。
【0032】
図6に惰行制御判定マップ2をグラフイメージで示す。
【0033】
惰行制御判定マップ2は、横軸をアクセル開度とし、縦軸をクラッチ回転数とするマップである。惰行制御判定マップ2は、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域MAと、エンジン出力トルクが正となるプラス領域PAとに分けることができる。マイナス領域MAは、エンジン要求トルクよりもエンジンのフリクションが大きく、エンジン出力トルクが負となる領域である。プラス領域PAは、エンジン要求トルクがエンジンのフリクションよりも大きいため、エンジン出力トルクが正となる領域である。マイナス領域MAとプラス領域PAの境界となるエンジン出力トルクゼロ線ZLは、背景技術で述べたようにエンジンが外部に対して仕事をせず、燃料が無駄に消費されている状態を示している。
【0034】
本実施形態では、惰行制御判定マップ2のエンジン出力トルクゼロ線ZLよりやや左(アクセル開度が小さい側)に惰行制御しきい線TLが設定される。惰行制御判定マップ2には、マイナス領域MAとプラス領域PAとの間に惰行制御しきい線TLを含む有限幅の惰行制御可能領域CAが設定される。惰行制御判定マップ2には、クラッチ回転数の下限しきい線ULが設定されている。下限しきい線ULは、アクセル開度とは無関係にクラッチ回転数の下限しきい値を規定したものである。下限しきい線ULは、アイドル状態におけるクラッチ回転数よりも図示のようにやや上に設定される。
【0035】
惰行制御装置1は、次の4つの惰行開始条件が全て成立したとき、惰行制御を開始するようになっている。
(1)アクセルペダルの操作速度がしきい値範囲内
(2)惰行制御判定マップ2においてクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線TLをアクセル戻し方向で通過
(3)惰行制御判定マップ2へのプロット点が惰行制御可能領域CA内
(4)惰行制御判定マップ2においてクラッチ回転数が下限しきい線UL以上
【0036】
惰行制御装置1は、次の2つの惰行終了条件がひとつでも成立したとき、惰行制御を終了するようになっている。
(1)アクセルペダルの操作速度がしきい値範囲外
(2)惰行制御判定マップ2へのプロット点が惰行制御可能領域CA外
【0037】
惰行制御判定マップ2と惰行開始条件、惰行終了条件に従う惰行制御装置1の動作を説明する。
【0038】
惰行制御実行部3は、アクセルペダル操作量に基づくアクセル開度と、インプットシャフト回転数又は車速から求めたクラッチ回転数とを常に監視し、図6の惰行制御判定マップ2上に、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点をプロットする。時間の経過に伴い座標点が移動する。このとき、座標点が惰行制御可能領域CA内に存在する場合、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始するか否かの判定を行うようになる。座標点が惰行制御可能領域CA内に存在しない場合、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始するか否かの判定を行わない。
【0039】
次に、座標点が惰行制御しきい線TLをアクセル開度が減少する方向に通過すると、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始する。すなわち、惰行制御装置1は、クラッチを断に制御すると共に、ECM122がエンジンに指示する制御アクセル開度をアイドル相当に制御する。これにより、クラッチは断となり、エンジンはアイドル状態になる。
【0040】
図6に座標点の移動方向を矢印で示したように、アクセル開度が減少する方向とは、図示左方向である。もし、座標点が惰行制御しきい線TLを通過しても、座標点の移動方向が図示右方向の成分を有する場合、アクセル開度は増加するので、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始しない。
【0041】
惰行制御実行部3は、惰行制御を開始した後も、アクセル開度とクラッチ回転数とを常に監視し、惰行制御判定マップ2に、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点をプロットする。座標点が惰行制御可能領域CAから外に出たとき、惰行制御実行部3は、惰行制御を終了する。
【0042】
以上の動作により、アクセルペダルが踏み込み側に操作されているときは、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御しきい線TLを通過しても惰行制御が開始されず、アクセルペダルが戻し側に操作されているときのみ、座標点が惰行制御しきい線TLを通過することで惰行制御が開始されるので、運転者は、違和感がなくなる。
【0043】
惰行制御実行部3は、座標点が下限しきい線ULよりも下に存在する(クラッチ回転数が下限しきい値より低い)ときは、惰行制御を開始しない。これは、エンジンがアイドル状態のときにクラッチを断にしても燃料消費を抑える効果が多くは期待できないからである。よって、惰行制御実行部3は、座標点が下限しきい線ULよりも上に存在するときのみ、惰行制御を開始することになる。
【0044】
図7により、惰行制御による燃費削減効果を説明する。
【0045】
まず、惰行制御を行わないものとする。エンジン回転数は、約30sから約200sまでの間、1600〜1700rpmの範囲で遷移しており、約200sから約260sまでの間に、約1700rpmから約700rpm(アイドル回転数)へ低下している。
【0046】
エンジントルクは、約30sから約100sまでの間に増加しているが、その後、減少に転じ、約150sまで減少を続けている。エンジントルクは、約150sから約160sまでほぼ0Nmであり、約160sから約200sまでの間に増加するが、約200sにてほぼ0Nmになる。結果的に、エンジントルクがほぼ0Nmとなる期間は、約150sから約160sまで(楕円B1)、約200sから約210sまで(楕円B2)、約220sから約260sまで(楕円B3)の3箇所である。
【0047】
燃料消費量(縦軸目盛りなし;便宜上、エンジントルクと重なるように配置してある)は、約50sから約200sまではエンジントルクの遷移にほぼ随伴して変化している。エンジントルクがほぼ0Nmであっても、燃料消費量は0ではない。
【0048】
ここで、惰行制御を行うものとすると、エンジントルクがほぼ0Nmとなる期間において、エンジン回転数がアイドル回転数に制御されることになる。グラフには、惰行制御を行わないエンジン回転数の線(実線)から別れるように惰行制御時のエンジン回転数の線(太い実線)が示される。惰行制御は、楕円B1,B2,B3の3回にわたり実行された。この惰行制御が行われた期間における燃料消費量は、惰行制御を行わない場合の燃料消費量を下回っており、燃料消費が節約されたことが分かる。
【0049】
次に、惰行制御判定マップ2の具体的な設定例を説明する。
【0050】
図8に示されるように、惰行制御判定マップ2を作成するために、アクセル開度とクラッチ回転数の特性を実測し、横軸をアクセル開度とし縦軸をクラッチ回転数(=エンジン回転数;クラッチ接のとき)としたグラフを作成する。これにより、実測したエンジン出力トルクゼロ線ZLを描くことができる。エンジン出力トルクゼロ線ZLよりも左側全体がマイナス領域MAであり、右側全体がプラス領域PAである。
【0051】
エンジン出力トルクゼロ線ZLのやや左側に惰行制御しきい線TLを定義して描く。惰行制御しきい線TLのやや左側に減速ゼロしきい線TLgを推測して描く。エンジン出力トルクゼロ線ZLのやや右側に加速ゼロしきい線TLkを推測して描く。減速ゼロしきい線TLgと加速ゼロしきい線TLkに挟まれた領域を惰行制御可能領域CAと定義する。下限しきい線ULは、この例では、880rpmに設定する。
【0052】
なお、減速ゼロしきい線TLg、加速ゼロしきい線TLkは、運転者が運転しづらくない程度に設定するが、人間の感覚の問題であるため設計では数値化できないので、実車でチューニングする。惰行制御しきい線TLは、減速ゼロしきい線TLgと加速ゼロしきい線TLkの中央に設定する。
【0053】
以上のように作成した図8のグラフを適宜に数値化(離散化)して記憶素子に書き込むことにより、惰行制御実行部3がその演算処理に利用可能な惰行制御判定マップ2が得られる。
【0054】
次に、本発明の惰行制御装置1におけるペダル開放時クラッチ接制御の手順を図9により説明する。
【0055】
ステップS91にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、惰行制御中かどうか判定し、YESであればステップS92へ進む。NOの場合は終了となる。
【0056】
ステップS92にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、クラッチペダル102が踏み込まれたかどうか判定し、YESであればステップS93へ進む。NOの場合は終了となる。
【0057】
ステップS93にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、惰行制御実行部3において惰行制御終了条件が成立したかどうか判定し、YESであればステップS94へ進む。NOの場合は終了となる。
【0058】
ここまでのステップにより、惰行制御中でないとき、クラッチペダル102が踏み込まれていないとき、及び惰行制御終了条件が成立していないときは、ステップS94へ進むことがなく、惰行制御中にクラッチペダル102が踏み込まれている状態で惰行制御終了条件が成立したことで惰行制御実行部3が惰行制御を終了しようとしているとき、ステップS94へ進むことになる。ステップS94以降では、惰行制御実行部3による惰行制御の終了処理を行わず、ペダル開放時クラッチ接制御部4による惰行制御の終了処理を行うことになる。よって、ステップS94に入る段階でクラッチ制御は断制御のままである。
【0059】
ペダル開放時クラッチ接制御部4による惰行制御の終了処理では、クラッチ断制御を続行させ、クラッチペダルが開放されるときに、クラッチ接制御を行うことになる。
【0060】
まず、ステップS94にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、アイドル回転数に低下されているエンジン回転数をクラッチ回転数(=車速相当のエンジン回転数)まで上昇させる回転合わせを行う。
【0061】
ステップS95にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、クラッチペダル102が開放されたかどうか判定し、YESであればステップS96へ進む。NOの場合はステップS95に戻り、クラッチペダル102が開放されるのを待つことになる。
【0062】
ステップS96にて、ペダル開放時クラッチ接制御部4は、クラッチペダル102が開放されたのに伴わせてクラッチ接制御を行う。具体的には、図3の油圧ポンプ114のモータを停止させ、かつソレノイドバルブ112を開放させる。
【0063】
図9の手順に伴うアクチュエータの動作は次のようになる。
【0064】
図10に示されるように、惰行制御中にクラッチペダル102が踏み込まれていない状態では、ソレノイドバルブ112が閉じられ、油圧ポンプ114のモータが運転されており、これによりタンク内の動作油が太矢印で示すように油圧ポンプから中間シリンダ104のプライマリピストン116とセカンダリピストン117の間に供給される。セカンダリピストン117はヘッド側(図示左側)にストロークして動作油を太矢印で示すようにクラッチスレーブシリンダ106に供給するので、クラッチ108は断となる。
【0065】
図11に示されるように、惰行制御中にクラッチペダル102が踏み込まれている状態では、クラッチペダル102が踏み込まれたことにより、クラッチマスターシリンダ103内の動作油が太矢印で示すように中間シリンダ104のプライマリピストン116のボトム側(図示右側)に流れ込んでプライマリピストン116がヘッド側(図示左側)にストロークする。このとき中間シリンダ104の余剰の動作油はリリーフバルブ113から排出される。惰行制御が継続されている間、油圧ポンプ114のモータは運転され、ソレノイドバルブ112は閉じられたままである。
【0066】
図11の状態で惰行制御が継続しているときに、クラッチペダル102が開放されると、プライマリピストン116がボトム側に戻るが、油圧ポンプ114のモータが運転されソレノイドバルブ112は閉じられたままであるため、セカンダリピストン117はヘッド側に保持される。
【0067】
図11の状態にて惰行制御実行部3が惰行制御を終了するときには、ペダル開放時クラッチ接制御部4がクラッチ断の制御を続行させる。よって、油圧ポンプ114のモータは運転され、ソレノイドバルブ112は閉じられたままとなる。
【0068】
ペダル開放時クラッチ接制御部4がクラッチ断の制御を続行しているときに、クラッチペダル102が開放されると、図12に示されるように、ペダル開放時クラッチ接制御部4がクラッチ接の制御を行う。よって、油圧ポンプ114のモータが停止となり、ソレノイドバルブ112が開放となる。プライマリピストン116とセカンダリピストン117の間からタンクへ動作油が太矢印で示すように排出される。これと同時に、クラッチペダル102が開放されたことにより、プライマリピストン116のボトム側(図示右側)からクラッチマスターシリンダ103に動作油が太矢印で示すように戻され、プライマリピストン116がボトム側に戻る。このとき、プライマリピストン116とセカンダリピストン117の間から動作油が排出されているため、プライマリピストン116がボトム側に戻ることによる負圧によりセカンダリピストン117が随伴してボトム側に戻る。クラッチスレーブシリンダ106の動作油が中間シリンダ104のセカンダリピストン117のヘッド側(図示左側)に戻され、クラッチ108は接となる。
【0069】
このように、運転者によるクラッチペダル102の開放と相まってペダル開放時クラッチ接制御部4がクラッチ接の制御を行うため、見かけ上は、運転者のクラッチペダル操作でクラッチ接が達成されることになる。
【0070】
以上説明したように、本発明の惰行制御装置1によれば、惰行制御実行部3によるクラッチ断制御時にクラッチペダル102が踏み込まれている状態で惰行制御実行部3が惰行制御を終了するときには、ペダル開放時クラッチ接制御部4がクラッチ断制御を続行させ、クラッチペダル102が開放されるときに、クラッチ接制御を行わせるようにしたので、惰行制御中に運転者がクラッチペダル102を踏み込んだ状態のときに、惰行制御の終了条件が成立しても、直ちにはクラッチ接制御が行われない。このため、運転者はクラッチペダル102にキックバック感や振動を感じることがない。そして、その後、運転者がクラッチペダル102を開放するのに伴ってクラッチ接制御が行われるが、それに先行してクラッチ断制御の続行中に回転合わせが行われるため、クラッチペダル102の開放に対して遅滞することなくクラッチ108が接になる。
【符号の説明】
【0071】
1 惰行制御装置
2 惰行制御判定マップ
3 惰行制御実行部
4 ペダル開放時クラッチ接制御部

【特許請求の範囲】
【請求項1】
クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップと、
前記惰行制御判定マップへのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了する惰行制御実行部と、
前記惰行制御実行部によるクラッチ断制御時にクラッチペダルが踏み込まれている状態で前記惰行制御実行部が惰行制御を終了するときには、クラッチ断制御を続行させ、クラッチペダルが開放されるときに、クラッチ接制御を行わせるペダル開放時クラッチ接制御部とを備えたことを特徴とする惰行制御装置。
【請求項2】
前記ペダル開放時クラッチ接制御部は、前記クラッチ断制御を続行させているときに、エンジン回転数をクラッチ回転数まで上昇させる回転合わせを行うことを特徴とする請求項1記載の惰行制御装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【公開番号】特開2012−13188(P2012−13188A)
【公開日】平成24年1月19日(2012.1.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−152126(P2010−152126)
【出願日】平成22年7月2日(2010.7.2)
【出願人】(000000170)いすゞ自動車株式会社 (1,721)
【出願人】(391008559)株式会社トランストロン (30)
【Fターム(参考)】