説明

成形型の製造方法、ガラスゴブの製造方法及びガラス成形体の製造方法

【課題】エアー溜まり痕の残存を良好に防止できるとともに、被覆層の剥離を抑制でき、耐久性に優れた成形型の製造方法を提供する。また、エアー溜まり痕のないガラスゴブ及びガラス成形体を低コストで安定的に製造することができるガラスゴブ及びガラス成形体の製造方法を提供する。
【解決手段】成形型の基材に所定の形状を有する成形面を形成する工程と、スパッタ法により成形面に被覆層を成膜する工程とを有する。被覆層の成膜は、成膜中にプロセスガスのイオンの一部が成形面に衝突することによって成形面の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように選択されたバイアス電圧を基材に印加した状態で行う。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、滴下した溶融ガラス滴からガラスゴブ又はガラス成形体を製造するための成形型の製造方法、並びに該製造方法により製造された成形型を用いたガラスゴブ及びガラス成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、デジタルカメラ用レンズ、DVD等の光ピックアップレンズ、携帯電話用カメラレンズ、光通信用のカップリングレンズ等として、ガラス製の光学素子が広範にわたって利用されている。このようなガラス製の光学素子として、ガラス素材を成形型で加圧成形して製造したガラス成形体を用いることが多くなってきた。
【0003】
このようなガラス成形体の製造方法として、所定温度に加熱した下型に、下型より高温の溶融ガラス滴を滴下し、滴下した溶融ガラス滴を、下型及び上型により加圧成形してガラス成形体を得る方法(以下、「液滴成形法」ともいう)が提案されている。この方法は、溶融ガラス滴から直接ガラス成形体を製造することができるので、1回の成形に要する時間を非常に短くできることから注目されている。
【0004】
また、下型に滴下した溶融ガラス滴をそのまま冷却、固化してガラスゴブ(ガラス塊)を作製し、得られたガラスゴブを成形型と共に加熱して加圧成形することによりガラス成形体を製造する方法(リヒートプレス法)も知られている。
【0005】
しかし、これらの方法においては、滴下した溶融ガラス滴が下型に衝突する際、溶融ガラス滴の下面(下型との接触面)の中央付近にエアー溜まりが発生し、ガラス成形体の下面に微細な凹部(エアー溜まり痕)が残存してしまうという問題がある。
【0006】
このような問題を解決するため、基材の上に被覆層を成膜した後、被覆層の表面を粗面化した下型を用いて、エアー溜まりに入り込んだ空気の流路を確保することでエアー溜まり痕が残存することを防止する方法が提案されている(特許文献1参照)。特許文献1には、被覆層を粗面化する方法として、酸性溶液又はアルカリ性溶液を用いるウェットエッチングや、プラズマを用いるドライエッチングが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】国際公開第2009/016993号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、特許文献1に記載されているようにウェットエッチングやドライエッチングによって被覆層を粗面化すると、粗面化の進行に伴って被覆層が劣化し、基材に対する密着性が低下してしまう。そのため、ガラスゴブやガラス成形体の製造中に、被覆層の剥離が発生しやすいという問題がある。
【0009】
また、下型に滴下した溶融ガラス滴を下型と上型とで加圧成形する際、上型と溶融ガラス滴との接触部にエアー溜まりが生じ、ガラス成形体の上面(上型との接触面)にエアー溜まり痕が残存する場合もあり問題となっていた。
【0010】
本発明は上記のような技術的課題に鑑みてなされたものであり、本発明の目的は、エアー溜まり痕の残存を良好に防止できるとともに、被覆層の剥離を抑制でき、耐久性に優れた成形型の製造方法を提供することである。また、本発明の別の目的は、エアー溜まり痕のないガラスゴブ及びガラス成形体を低コストで安定的に製造することができるガラスゴブ及びガラス成形体の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記の課題を解決するために、本発明は以下の特徴を有するものである。
【0012】
1.滴下した溶融ガラス滴からガラスゴブ又はガラス成形体を製造するための成形型の製造方法であって、
前記成形型の基材に所定の形状を有する成形面を形成する工程と、
スパッタ法により前記成形面に被覆層を成膜する工程と、を有し、
前記被覆層の成膜は、成膜中にプロセスガスのイオンの一部が前記成形面に衝突することによって前記成形面の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように選択されたバイアス電圧を前記基材に印加した状態で行うことを特徴とする成形型の製造方法。
【0013】
2.前記被覆層を成膜した後の前記成形面は、算術平均粗さ(Ra)が0.01μm〜0.2μmであることを特徴とする前記1に記載の成形型の製造方法。
【0014】
3.前記被覆層を成膜した後の前記成形面は、粗さ曲線要素の平均長(RSm)が0.5μm以下であることを特徴とする前記2に記載の成形型の製造方法。
【0015】
4.前記被覆層を成膜する前の前記成形面は、算術平均粗さ(Ra)が0.005μm以下であることを特徴とする前記2又は3に記載の成形型の製造方法。
【0016】
5.前記被覆層の最表面層は、クロム、アルミニウム及びチタンのうち少なくとも1つからなる金属層であることを特徴とする前記1から4の何れか1項に記載の成形型の製造方法。
【0017】
6.前記プロセスガスは、アルゴンガスを含むことを特徴とする前記1から5の何れか1項に記載の成形型の製造方法。
【0018】
7.第1の成形型に溶融ガラス滴を滴下する工程と、
滴下した前記溶融ガラス滴を前記第1の成形型の上で冷却する工程と、を有するガラスゴブの製造方法であって、
前記第1の成形型は、前記1から6の何れか1項に記載の成形型の製造方法によって製造された成形型であることを特徴とするガラスゴブの製造方法。
【0019】
8.第1の成形型に溶融ガラス滴を滴下する工程と、
滴下した前記溶融ガラス滴を、前記第1の成形型及び前記第1の成形型に対向する第2の成形型により加圧成形する工程と、を有するガラス成形体の製造方法であって、
前記第1の成形型及び前記第2の成形型のうち少なくとも一方は、前記1から6の何れか1項に記載の成形型の製造方法によって製造された成形型であることを特徴とするガラス成形体の製造方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明においては、スパッタ法により成形面に被覆層を成膜する際、プロセスガスのイオンの衝突によって成形面の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように選択されたバイアス電圧を基材に印加した状態で成膜を行う。そのため、従来の方法のように被覆層の劣化により基材に対する密着性を低下させることなく、成形面の算術平均粗さ(Ra)を増大させることができる。従って、エアー溜まり痕の残存を良好に防止できるとともに、被覆層の剥離を抑制でき、耐久性に優れた成形型を製造することができる。また、上記の方法で製造した成形型を使用することで、高価な成形型の寿命を向上させることができ、エアー溜まり痕のないガラスゴブ及びガラス成形体を低コストで安定的に製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【図1】各工程における成形型の状態を示す断面図である。
【図2】本実施形態で用いるスパッタ装置を示す模式図である。
【図3】基板に印加するバイアス電圧の絶対値と、成膜面の算術平均粗さ(Ra)の関係を模式的に示すグラフである。
【図4】ガラス成形体の製造方法を示すフローチャートである。
【図5】本実施形態で用いるガラス成形体の製造装置を示す模式図(工程S103における状態)である。
【図6】本実施形態で用いるガラス成形体の製造装置を示す模式図(工程S105における状態)である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施の形態について図1〜図6を参照しつつ詳細に説明するが、本発明は該実施の形態に限られるものではない。
【0023】
(成形型の製造方法)
始めに、図1〜図3を用いて成形型の製造方法について説明する。図1は各工程における成形型の状態を示す断面図であり、図2は本実施形態で用いるスパッタ装置を示す模式図である。また、図3は基板に印加するバイアス電圧の絶対値と、成膜面の算術平均粗さ(Ra)の関係を模式的に示すグラフである。
【0024】
先ず、製造する成形型10のベースとなる基材11に、所定の形状を有する成形面15を形成する(図1(a)参照)。成形面15の形状に制限はなく、製造するガラスゴブやガラス成形体の形状に応じて種々の形状に加工すればよい。また、加工方法は、切削加工、研削加工、研磨加工など公知の方法の中から、基材11の材質等に応じて適宜選択すればよい。なお、ここで成形面15とは、溶融ガラス滴と接触して溶融ガラス滴を成形する(変形させる)ための面を意味し、ガラス成形体を製造するために溶融ガラス滴を加圧成形するための面の他、ガラスゴブを製造するために滴下した溶融ガラス滴を受けて変形させるための面も含むものである。
【0025】
成形面15は、バイト痕(ツールマーク)等の欠陥を確実に除去すると共に、被覆層12の密着性、被覆性を向上させるため、算術平均粗さ(Ra)を0.005μm以下とすることが好ましく、0.003μm以下とすることがより好ましい。
【0026】
基材11の材質は、ガラス成形体を製造するための成形型の材質として公知の材質の中から、条件に応じて適宜選択して用いることができる。基材11を直接粗面化するわけではないため、エッチングの容易性や、エッチングした場合の耐久性等を考慮することなく選択することができる。好ましく用いることができる材質として、例えば、各種耐熱合金(ステンレス等)、タングステンカーバイドを主成分とする超硬材料、各種セラミックス(炭化珪素、窒化珪素等)、カーボンを含んだ複合材料等が挙げられる。また、これらの材質の表面にCVD炭化珪素膜などの緻密な加工層を形成したものであってもよい。
【0027】
次に、プロセスガスのイオンによってターゲットをスパッタするスパッタ法により成形面15に被覆層12を成膜する(図1(b))。被覆層12の成膜は、成膜中にプロセスガスのイオンの一部が成形面15に衝突することによって成形面15の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように選択されたバイアス電圧を基材11に印加した状態で行う。そのため、被覆層12の劣化により基材11に対する密着性を低下させることなく、成形面15の算術平均粗さ(Ra)を増大させることができる。従って、エアー溜まり痕の残存を良好に防止できるとともに、被覆層12の剥離を抑制でき、耐久性に優れた成形型10を製造することができる。
【0028】
図2に本実施形態で用いるスパッタ装置20の一例を示す。スパッタ装置20は、真空チャンバ21の内部に基材11を保持する基材保持部23と、被覆層12の材料であり基材保持部の下方に配置されたスパッタターゲット22と、スパッタターゲット22に所定の電圧を印加するスパッタ電源24とを備えている。基材保持部23は、基材11に負のバイアス電圧を印加するためのバイアス電源25に接続されている。また、真空チャンバ21は、バルブ29を介して、真空チャンバ21の内部を所定の真空度まで排気するための排気ポンプ28に接続されるとともに、流量調整バルブ27を介して、真空チャンバ21の内部にプロセスガスであるアルゴンガスを導入するためのアルゴンボンベ26に接続されている。
【0029】
被覆層12を成膜するに際し、先ず、基材11を、成形面15を下向きにした状態で基材保持部23に取り付ける。基材保持部23で保持する基材11は、1つでもよいし、複数でもよい。次に、バルブ29を開き、真空チャンバ21の内部を排気ポンプ28によって所定の真空度まで排気する。通常は、1×10−3Pa以下の圧力まで排気することが好ましい。また、基材保持部23にヒーターを設けておき、基材11を所定の温度に加熱しておくことも好ましい。真空チャンバ21の内部が所定の真空度まで排気された後、流量調整バルブ27を開いてアルゴンボンベ26よりプロセスガスであるアルゴンガスを導入する。そして、バイアス電源25により基材11(基材保持部23)に負のバイアス電圧を印加しながら、スパッタ電源24によってスパッタターゲット22に所定の電圧を印加してスパッタターゲット22の上面付近にプラズマを発生させる。これにより、アルゴンガスの一部がイオン化してアルゴンイオン31となってスパッタターゲット22に衝突し、スパッタターゲット22の構成元素がスパッタ粒子としてはじき飛ばされる。はじき飛ばされたスパッタ粒子は上方の基材11に到達して堆積し、成形面15に被覆層12が形成される。
【0030】
一般的に、スパッタ法においては、基材11に負のバイアス電圧を印加した状態で成膜を行うことで、成膜面を平坦化させることができることが知られている。これは、アルゴンイオン31など、プロセスガスのイオンの一部が成膜面に衝突することで、成膜面に到達したスパッタ粒子の表面拡散が促進されるためであると考えられる。図3に、印加するバイアス電圧の絶対値と、成膜面の算術平均粗さ(Ra)の関係を模式的に示す。図の領域aの条件で成膜を行うと、成膜面の算術平均粗さ(Ra)が最も小さくなる。一方、本実施形態においては、図の領域bのように基材11に印加する負のバイアス電圧の絶対値を更に大きくし、アルゴンイオン31が成形面15に衝突する際のエネルギーを大きくすることで、成形面15の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように被覆層12の成膜を行う。
【0031】
印加する負のバイアス電圧の大きさは、基材保持部23やスパッタターゲット22の大きさ、両者の間隔等、使用するスパッタ装置20の構成に応じて適切な値を選択する必要がある。印加するバイアス電圧の絶対値が小さすぎると、被覆層12を成膜した後の成形面15の算術平均粗さ(Ra)が小さすぎて、エアー溜まり痕の残存を防止する効果が十分ではなくなってしまう。逆に、印加するバイアス電圧の絶対値が大きすぎると、成膜レートが小さくなって効率が低下し、更にバイアス電圧の絶対値を大きくするとアルゴンイオンエッチングレートのほうが成膜レートよりも大きくなり、成膜がほとんど進行しなくなってしまう。一例を挙げると、スパッタターゲット22の大きさが6インチ、基材保持部23の大きさが4インチ、スパッタターゲット22と成膜面の距離が100mmのスパッタ装置20の場合、一般的に成膜面を平坦化する目的の場合、ターゲットへの実効電圧が500Vであれば、基材11に印加するバイアス電圧は−20V〜−100V程度である。一方、本実施形態において、成形面15の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように成膜する場合に基材11に印加するバイアス電圧は−150V〜−450Vの範囲が好ましく、−250V〜−400Vの範囲がより好ましい。
【0032】
エアー溜まりに入り込んだ空気の流路を十分に確保し、エアー溜まり痕の残存を確実に防止するとともに、ガラス成形体等の表面粗さを必要以上に悪化させないという観点から、被覆層12を成膜した後の成形面15は、算術平均粗さ(Ra)が0.01μm〜0.2μmであることが好ましく、0.02μm〜0.15μmであることがより好ましい。成形面15の算術平均粗さ(Ra)は、成膜時に基板11に印加するバイアス電圧の大きさによって調整すればよい。また、エアー溜まりに入り込んだ空気の流路をより確実に確保する観点から、被覆層12を成膜した後の成形面15は、粗さ曲線要素の平均長(RSm)が0.5μm以下であることがより好ましい。なお、算術平均粗さ(Ra)及び粗さ曲線要素の平均長(RSm)は、JIS B 0601:2001において定義される粗さパラメータである。これらのパラメータの測定は、AFM(原子間力顕微鏡)のように、空間解像度が0.1μ以下の測定機を用いて行う。
【0033】
なお、本実施形態の方法とは異なり、基板11にバイアス電圧を印加せずに成膜を行い、その後、スパッタターゲット22への電圧の印加を中止した状態で基板11に負のバイアス電圧を印加して、被覆層12にアルゴンイオン31を衝突させる方法も考えられる。しかし、そのような方法の場合、アルゴンイオン31の衝突によって被覆層12の膜厚は減少するものの、成形面15の算術平均粗さ(Ra)を適切に増大させることは困難である。本実施形態の方法は、成膜中に基板11にバイアス電圧を印加し、成形面15にアルゴンイオン31を衝突させながら成膜を行うため、成膜過程とイオン衝突過程の相互作用により成膜後の成形面15の算術平均粗さ(Ra)を適切に値に増大させることができる。
【0034】
被覆層12の材質に特に制限はないが、上述の成膜方法による算術平均粗さ(Ra)の調整が容易で、ガラスとの反応性が低い材料が好ましい。中でも、クロム、アルミニウム及びチタンのうち少なくとも1つからなる金属層が好ましい。これらの膜は、何れも容易に成膜できると共に、大気中での加熱によって表面が酸化し、安定な酸化物の層が形成されるという共通した特徴がある。これらの酸化物は、標準生成自由エネルギー(標準生成ギブスエネルギー)が小さく非常に安定であるため、高温の溶融ガラス滴と接触しても容易に反応することがないという大きな利点を有している。中でも、クロムの酸化物は特に安定であるため、クロムを含む金属層とすることがより好ましい。
【0035】
被覆層12は1種類の材質からなる単一層で構成してもよいし、異なる材質からなる複数の層を積層して構成してもよい。複数の層を積層する場合、溶融ガラス滴と接触する被覆層12の最表面が、クロム、アルミニウム及びチタンのうち少なくとも1つからなる金属層であることが好ましい。また、被覆層12を複数の材質の混合膜とすることも好ましい。このような混合膜は、複数の材質を所定の割合で含むスパッタターゲット22を用いて成膜してもよいし、それぞれの材質からなる複数のスパッタターゲット22を用いて複合スパッタにより成膜してもよい。
【0036】
被覆層12は、成形面15の算術平均粗さ(Ra)を所定の値まで増大できるだけの厚みを有していればよく、通常は、膜厚が0.05μm以上であることが好ましい。一方、被覆層12が厚すぎると、膜はがれ等の欠陥が発生しやすくなる場合がある。そのため、被覆層12の膜厚は、0.05μm〜5μmであることが好ましく、0.1μm〜1μmであることがより好ましい。
【0037】
成膜の際に真空チャンバ21に導入するプロセスガスは、アルゴンガスを用いることが好ましい。また、窒素ガスや酸素ガスなどの活性ガスを、アルゴンガスに加えることも好ましい。例えば、アルゴンガスに加えて窒素ガスや酸素ガスを導入し、スパッタターゲット22の構成元素と反応させて、窒化物や酸化物からなる被覆層12を成膜してもよい。
【0038】
(ガラス成形体の製造方法)
次に、ガラス成形体の製造方法について、図4〜図6を参照しながら説明する。図4は、ガラス成形体の製造方法を示すフローチャートである。また、図5及び図6は本実施形態で使用するガラス成形体の製造装置の模式図である。図5は下型に溶融ガラス滴を滴下する工程(工程S103)における状態を、図6は、滴下した溶融ガラス滴を下型と上型とで加圧する工程(工程S105)における状態を、それぞれ示している。
【0039】
図5及び図6に示すガラス成形体の製造装置は、溶融ガラス34を収容する溶融槽32と、溶融槽32の下部に接続され、溶融ガラス滴30を滴下するための滴下ノズル33と、滴下した溶融ガラス滴30を受けるための下型10aと、下型10aと共に溶融ガラス滴30を加圧成形するための上型10bとを備えている。下型10aと上型10bは、上述の製造方法により製造された成形型10であり、ベースとなる基材11と、算術平均粗さ(Ra)が増大するように負のバイアス電圧を印加した状態で成膜された被覆層12とを有している。
【0040】
上述の製造方法により製造した成形型10は、下型10aとして用いてもよいし、上型10bとして用いてもよい。成形型10を下型10aとして用いる場合には、溶融ガラス滴30を受ける際に生じるエアー溜まり痕を効果的に抑制することができる。また、金型を上型10bとして用いる場合には、滴下した溶融ガラス滴30を加圧する際に生じるエアー溜まり痕を効果的に抑制することができる。ここでは、成形型10を、下型10aと上型10bの両方に用いる場合を例に挙げて説明するが、下型10aと上型10bのうち少なくとも一方に成形型10を用いることで上記の効果が得られる。
【0041】
下型10aと上型10bとは、図示しない加熱手段によって所定温度に加熱できるように構成されている。加熱手段は、公知の加熱手段を適宜選択して用いることができる。例えば、内部に埋め込んで使用するカートリッジヒーターや、外側に接触させて使用するシート状のヒーター、赤外線加熱装置、高周波誘導加熱装置等を用いることができる。下型10aと上型10bとをそれぞれ独立して温度制御することができる構成であることが好ましい。下型10aは、図示しない駆動手段により、溶融ガラス滴30を受けるための位置(滴下位置P1)と、上型10bと対向して加圧成形を行うための位置(加圧位置P2)との間を移動可能に構成されている。また上型10bは、図示しない駆動手段により、溶融ガラス滴30を加圧する方向(図の上下方向)に移動可能に構成されている。
【0042】
以下、図4に示すフローチャートに従い、ガラス成形体35の製造方法の各工程について順を追って説明する。
【0043】
先ず、下型10a及び上型10bを所定温度に加熱する(工程S101)。所定温度とは、加圧成形によってガラス成形体に良好な転写面を形成できる温度を適宜選択すればよい。下型10aと上型10bの加熱温度は同じであってもよいし、異なっていてもよい。ガラスの種類や、形状、大きさ、成形型の材質、大きさ等種々の条件に応じて適正な温度を適宜設定する。通常は、使用するガラスのガラス転移温度をTgとしたとき、Tg−100℃からTg+100℃程度の温度に設定することが好ましい。
【0044】
次に、下型10aを滴下位置P1に移動し(工程S102)、滴下ノズル33から溶融ガラス滴30を滴下する(工程S103)(図5参照)。溶融ガラス滴30の滴下は、溶融ガラス34を収容する溶融槽32に接続された滴下ノズル33を所定温度に加熱することによって行う。滴下ノズル33を所定温度に加熱すると、溶融槽32に収容された溶融ガラス34は、自重によって滴下ノズル33の先端部に供給され、表面張力によって液滴状に溜まる。滴下ノズル33の先端部に溜まった溶融ガラスが一定の質量になると、重力によって滴下ノズル33から分離し、溶融ガラス滴30となって下方に滴下する。
【0045】
滴下ノズル33から滴下する溶融ガラス滴30の質量は、滴下ノズル33の先端部の外径などによって調整可能であり、ガラスの種類等によるが、0.1g〜2g程度の溶融ガラス滴30を滴下させることができる。また、滴下ノズル33から滴下した溶融ガラス滴30を、一旦、貫通細孔を有する部材の貫通細孔の上に衝突させ、衝突した溶融ガラス滴の一部を貫通細孔を通過させることによって微小化した溶融ガラス滴を下型10aに滴下してもよい。このような方法を用いることによって、例えば0.001gといった微小な溶融ガラス滴30を得ることができるため、滴下ノズル33から滴下する溶融ガラス滴30をそのまま下型10aで受ける場合よりも、微小なガラス成形体35の製造が可能となる。
【0046】
本実施形態では、下型10aとして、算術平均粗さ(Ra)が増大するように負のバイアス電圧を印加した状態で成膜された被覆層12を有する成形型10を用いているため、下型10aで溶融ガラス滴30を受ける際に生じるエアー溜まり痕を効果的に抑制することができるとともに、被覆層12の膜剥離の発生を抑制できる。
【0047】
使用できるガラスの種類に特に制限はなく、公知のガラスを用途に応じて選択して用いることができる。例えば、ホウケイ酸塩ガラス、ケイ酸塩ガラス、リン酸ガラス、ランタン系ガラス等の光学ガラスが挙げられる。
【0048】
次に、下型10aを加圧位置P2に移動し(工程S104)、上型10bを下方に移動して、下型10aと上型10bとで溶融ガラス滴30を加圧する(工程S105)(図6参照)。溶融ガラス滴30は下型10aよりも高温であるため、下型10aに滴下された溶融ガラス滴30は、加圧される間に下型10aや上型10bとの接触面からの放熱によって冷却され、固化してガラス成形体35となる。ガラス成形体35が所定の温度にまで冷却されると、上型10bを上方に移動して加圧を解除する。ガラスの種類や、ガラス成形体35の大きさや形状、必要な精度等によるが、通常は、ガラスのTg近傍の温度まで冷却してから加圧を解除することが好ましい。
【0049】
本実施形態では、上型10bとして、算術平均粗さ(Ra)が増大するように負のバイアス電圧を印加した状態で成膜された被覆層12を有する成形型10を用いているため、下型10aと上型10bとで溶融ガラス滴30を加圧する際に生じるエアー溜まり痕を効果的に抑制することができるとともに、被覆層12の膜剥離の発生を抑制できる。
【0050】
溶融ガラス滴30を加圧するために加える荷重は、常に一定であってもよいし、時間的に変化させてもよい。荷重の大きさは、製造するガラス成形体35のサイズ等に応じて適宜設定すればよい。また、上型10bを上下移動させる駆動手段に特に制限はなく、エアシリンダ、油圧シリンダ、サーボモータを用いた電動シリンダ等の公知の駆動手段を適宜選択して用いることができる。
【0051】
その後、上型10bを上方に移動して退避させ、固化したガラス成形体35を回収し(工程S106)、ガラス成形体35の製造が完成する。その後、引き続いてガラス成形体35の製造を行う場合は、下型10aを再び滴下位置P1に移動し(工程S102)、以降の工程を繰り返せばよい。なお、本実施形態のガラス成形体の製造方法は、ここで説明した以外の別の工程を含んでいてもよい。例えば、ガラス成形体35を回収する前にガラス成形体35の形状を検査する工程や、ガラス成形体35を回収した後に下型10aや上型10bをクリーニングする工程等を設けてもよい。
【0052】
このように、本実施形態のガラス成形体の製造方法によれば、下型10a及び上型10bのうち少なくとも一方は、上述の方法により製造された成形型10を用いているため、溶融ガラス滴30を受ける際や加圧成形する際におけるエアー溜まりの発生を良好に防止できるとともに、被覆層12の膜剥離の発生を抑制できる。従って、高価な成形型の寿命を向上させることができ、エアー溜まり痕のないガラス成形体を低コストで安定的に製造することができる。
【0053】
本実施形態の製造方法により製造されたガラス成形体35は、デジタルカメラ等の撮像レンズ、DVD等の光ピックアップレンズ、光通信用のカップリングレンズ等の各種光学素子として用いることができる。
【0054】
(ガラスゴブの製造方法)
下型10aとして成形型10を用いる場合、工程S103で下型10aに滴下した溶融ガラス滴30を、加圧成形することなくそのまま下型10aの上で冷却、固化してガラスゴブ(ガラス塊)を得ることもできる。その場合も、溶融ガラス滴30を受ける際におけるエアー溜まり痕の発生を良好に防止できるとともに、被覆層12の膜剥離の発生を抑制できるため、エアー溜まりのないガラスゴブを低コストで安定的に製造することができる。各工程の詳細は、上述のガラス成形体を製造する場合の工程と同様である。製造したガラスゴブは、リヒートプレス法によって光学素子等を製造するための素材ガラス(ガラスプリフォーム)等として用いることができる。
【実施例】
【0055】
以下、本発明の効果を確認するために行った実施例について説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0056】
先ず、下型10a及び上型10bとして用いる成形型10の基材11に、成形面15を形成した。基材11の材質は炭化珪素(SiC)の焼結体とした。成形面15は凹の球面とし、ダイヤモンドバイトを用いた切削加工の後、算術平均粗さ(Ra)が0.005μmとなるように研磨加工を行った。
【0057】
次に、基材11を、図2に示したスパッタ装置20の基材保持部23に取り付けた。スパッタターゲット22には、直径152mm(6インチ)のクロムターゲットを用い、スパッタターゲット22と成形面15の間の距離は65mmとした。バルブ29を開いて真空チャンバ21の内部を排気しながら基材11が200℃になるように加熱を行い、真空チャンバ21の内部が10−3Pa台の高真空まで到達した後、流量調整バルブ27を開いてアルゴンボンベ26よりアルゴンガスを1Paまで導入した。そして、バイアス電源25により基材11(基材保持部23)に所定の負のバイアス電圧を印加しながら、スパッタ電源24によってスパッタターゲット22に600Wの高周波電力を印加して、膜厚が0.5μmのクロム膜(被覆層12)を成膜した。このとき、ターゲットへの実効電圧(自己電位バイアスVdc)は約500Vであった。基材11に印加したバイアス電圧は、0V(比較例1)、−50V(比較例2)、−200V(実施例1)、−300V(実施例2)、−400V(実施例3)及び−500V(比較例3)の6通りであり、それぞれ2個ずつの成形型10を作成した。但し、比較例3の条件では、印加するバイアス電圧の絶対値が大きすぎ、クロム膜はほとんど成膜されなかった。
【0058】
成膜が完了した後、成形型10を真空チャンバ21から取り出し、クロム膜の形成された成形面15の算術平均粗さ(Ra)と粗さ曲線要素の平均長(RSm)とを測定した。測定結果を表1に示す。表1に示すように、比較例1及び2の成形型10は、成形面15の算術平均粗さ(Ra)が成膜前とほぼ同じか成膜前よりも小さいのに対し、実施例1〜3の成形型10は算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大していることが確認された。なお、算術平均粗さ(Ra)と粗さ曲線要素の平均長(RSm)は、AFM(デジタルインスツルメント社製D3100)により測定した。
【0059】
【表1】

【0060】
比較例3を除く5種類の成形型10のそれぞれについて、作製した成形型10を下型10a及び上型10bとして用いて、図4に示したフローチャートに従ってガラス成形体の製造を行った。ガラス材料にはTgが480℃のリン酸系ガラスを用いた。滴下ノズル33の先端付近の温度は1000℃とし、約190mgの溶融ガラス滴30が滴下するように設定した。また、下型10aと上型10bの加熱温度は、下型10aが500℃、上型10bが450℃とし、加圧成形の際の荷重は1800Nとした。
【0061】
それぞれの成形型10について1000個ずつのガラス成形体を作製し、作製したガラス成形体の上面と下面を観察して、エアー溜まり痕の有無と、クロム膜(被覆層12)の剥離の有無とを評価した。結果を表1に併せて示す。表1に示すように、実施例1〜3の成形型10を使用した場合は、ガラス成形体の上面及び下面のいずれにもエアー溜まり痕はなく、被覆層12の剥離も観察されなかった。これに対し、比較例1の場合はガラス成形体の下面にエアー溜まり痕が確認され、比較例2の場合はガラス成形体の上面及び下面の両方にエアー溜まり痕が確認された。
【0062】
このように、実施例1〜3においては、成形面15にクロム膜(被覆層12を)成膜する際、アルゴンイオンの衝突によって成形面15の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように、基材11に負のバイアス電圧を印加した状態で成膜を行ったため、エアー溜まり痕の残存を良好に防止できるとともに、被覆層12の剥離を抑制でき、耐久性に優れていることが確認された。
【符号の説明】
【0063】
10 成形型
10a 下型
10b 上型
11 基材
12 被覆層
15 成形面
20 スパッタ装置
21 真空チャンバ
22 スパッタターゲット
23 基材保持部
24 スパッタ電源
25 バイアス電源
26 アルゴンボンベ
27 流量調整バルブ
28 排気ポンプ
29 バルブ
30 溶融ガラス滴
31 アルゴンイオン
32 溶融槽
33 滴下ノズル
34 溶融ガラス
35 ガラス成形体
P1 滴下位置
P2 加圧位置

【特許請求の範囲】
【請求項1】
滴下した溶融ガラス滴からガラスゴブ又はガラス成形体を製造するための成形型の製造方法であって、
前記成形型の基材に所定の形状を有する成形面を形成する工程と、
スパッタ法により前記成形面に被覆層を成膜する工程と、を有し、
前記被覆層の成膜は、成膜中にプロセスガスのイオンの一部が前記成形面に衝突することによって前記成形面の算術平均粗さ(Ra)が成膜前よりも増大するように選択されたバイアス電圧を前記基材に印加した状態で行うことを特徴とする成形型の製造方法。
【請求項2】
前記被覆層を成膜した後の前記成形面は、算術平均粗さ(Ra)が0.01μm〜0.2μmであることを特徴とする請求項1に記載の成形型の製造方法。
【請求項3】
前記被覆層を成膜した後の前記成形面は、粗さ曲線要素の平均長(RSm)が0.5μm以下であることを特徴とする請求項2に記載の成形型の製造方法。
【請求項4】
前記被覆層を成膜する前の前記成形面は、算術平均粗さ(Ra)が0.005μm以下であることを特徴とする請求項2又は3に記載の成形型の製造方法。
【請求項5】
前記被覆層の最表面層は、クロム、アルミニウム及びチタンのうち少なくとも1つからなる金属層であることを特徴とする請求項1から4の何れか1項に記載の成形型の製造方法。
【請求項6】
前記プロセスガスは、アルゴンガスを含むことを特徴とする請求項1から5の何れか1項に記載の成形型の製造方法。
【請求項7】
第1の成形型に溶融ガラス滴を滴下する工程と、
滴下した前記溶融ガラス滴を前記第1の成形型の上で冷却する工程と、を有するガラスゴブの製造方法であって、
前記第1の成形型は、請求項1から6の何れか1項に記載の成形型の製造方法によって製造された成形型であることを特徴とするガラスゴブの製造方法。
【請求項8】
第1の成形型に溶融ガラス滴を滴下する工程と、
滴下した前記溶融ガラス滴を、前記第1の成形型及び前記第1の成形型に対向する第2の成形型により加圧成形する工程と、を有するガラス成形体の製造方法であって、
前記第1の成形型及び前記第2の成形型のうち少なくとも一方は、請求項1から6の何れか1項に記載の成形型の製造方法によって製造された成形型であることを特徴とするガラス成形体の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2011−116590(P2011−116590A)
【公開日】平成23年6月16日(2011.6.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−275452(P2009−275452)
【出願日】平成21年12月3日(2009.12.3)
【出願人】(303000408)コニカミノルタオプト株式会社 (3,255)
【Fターム(参考)】