説明

成膜用ノズルおよび成膜方法ならびに成膜部材

【課題】使用するガスの種類に拘わらず加工面に弧状衝撃波の発生を抑制し、成膜用の粉末粒子が微紛(平均粒子径1〜50μm)であっても各種粒子堆積成膜法において適切に被膜形成ができる成膜用ノズル、および該成膜用ノズルを用いた被膜形成方法、ならびにその被膜を形成した部材を提供する。
【解決手段】成膜用ノズルの先端部に、粉末粒子と高圧ガスの混合気体を噴射する噴射口と、該噴射口の近傍に高圧ガスの一部のみを放出する開口部を設ける。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ノズルによって加速されたガス流と共に固相、溶融または半溶融状態の材料粉末粒子を基材表面に衝突させ、堆積させることにより皮膜を形成する粒子堆積成膜法に使用するノズル形状および皮膜の製造方法ならびに皮膜を形成した部材に関するものである。
【背景技術】
【0002】
成膜材料として粉末を用いる粒子堆積成膜法は、ガスや蒸気を成膜材料として用いるCVD(Chemical Vapor Deposition)法やPVD(Physical Vapor Deposition)法などの気相合成法と比較して、成膜速度が高く且つ気相合成法よりも厚い皮膜が安価に形成できることから、構造部材の表面改質などに広く用いられている。
【0003】
粒子堆積成膜法としては、粉末、ワイヤー、棒などの材料をプラズマや燃焼炎などの熱源を用いて溶融または半溶融状態にして基材表面に吹き付ける溶射法が広く用いられている。また、近年では材料の溶融に伴う酸化などの相変態や熱的劣化を抑制するため、粉末材料を固相のまま高速ガス流と共に基材表面に衝突させて堆積させるウォームスプレー法、コールドスプレー法(特許文献2)およびエアロゾルデポジション法(特許文献1)などが開発された。
【0004】
しかし、固相状態の粉末材料を基材衝突時に偏平化して堆積させるためには粒子速度の上昇が不可欠であることから、粒子を搬送するガス速度を増大するためにガス圧力の上昇などが必要となる。しかし、これに伴って高速ガス流が衝突する基材表面近傍に弧状衝撃波面(Bow Shock)が形成されるため、粒径の小さな粒子が基材に到達する前に撥ね返されることによって、粒子堆積効率が低下するなどの問題点があった。また、HVOF(High Velocity Oxygen Fuel Spraying)やHVAF(High Velocity Aero Fuel Spraying)と呼ばれる高速溶射法においては、可燃性ガスを爆発的に燃焼させてノズルから噴出するため、同様に弧状衝撃波面が形成される問題があった。
【0005】
ここで、上記の弧状衝撃波面とは、高速のガス流が基材に衝突した際に基材表面近傍に形成される高圧領域のことであって、基材表面に衝突したガス流が表面で撥ね返された反流や基材表面に沿う流れとなって複雑に相互干渉する結果生じるものである。こうした高圧領域が形成されると、比較的小さな粒子は慣性力が弱いため高圧領域を通過することができずに撥ね返されたり軌道が大きくそれることによって堆積歩留りが低下するという問題があった。
【特許文献1】特開2003−073855号公報
【特許文献2】特開2005−095886号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来、弧状衝撃波面による影響を軽減する対策としては、例えばコールドスプレー法やエアロゾルデポジション法などのように粉末粒子を固相状態のまま基材に衝突させる成膜法においては、ガス種としてヘリウムを用いることが効果的とされてきた。ヘリウムは極めて軽いガスであることから、弧状衝撃波面が形成されにくく有利であるが、反面高価であって産業的に有効な手段ではなかった。一方、HVOFやHVAFと呼ばれる高速溶射法においては、可燃性ガスを爆発的に燃焼させて粉末を溶融または半溶融状態として基材表面に吹付けるため、ヘリウムのような軽いガスを用いることが原理的にできず弧状衝撃波面に対する有効な対策ができなかった。また、一般に粒子堆積成膜法においては、粉末粒子を高い歩留りで基材に堆積することが難しく、コスト低減の障害となっていた。
【0007】
本発明の目的は、使用するガスの種類に拘わらず弧状衝撃波面による影響を低減し、各種粒子堆積成膜法に対して適用可能な新規なノズルおよびそれを用いた皮膜の製造方法ならびに成膜部材を提供することによって、上記の問題の解決方法を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するためになされた第1の発明は、高速ガスの流れに粉末粒子を混合して基材に噴射することによって皮膜を形成するための成膜用ノズルに関して、ノズル先端部近傍にガス流の一部を放出するための開口部を設けたことを特徴とするものであり、この開口部からガス流の一部を放出させることにより、ガス流の速度を低下させることなく、基材表面に衝突するガス流量を減少させ、その結果として基材表面に形成される弧状衝撃波面の圧力を低下させることを可能にしたものである。本発明者らは、ノズル先端部近傍において粉末粒子はガス流によって十分加速されているため慣性力によってそのまま直進し、ガス流の一部のみが開口部から放出されることを見出して本発明を完成したものである。本発明によって弧状衝撃波面の影響を大幅に低減することが可能になったが、ノズル形状に関してこのような先行技術は無く、本発明者らが見出した新規な構造である。なお、成膜用ノズルの全体構造としては、一般にラバルノズルと呼ばれている超音速が得られる構造をはじめとして各種構造のノズルを用いることができる。こうした各種既存ノズルの構造は、基本的に流体の導入部である先細円錐状または角錐状の部分があって先端部は細く絞られてのど部を形成し、のど部を通過する時に流体が急激に加速されるが、のど部から先の構造についてはストレート、末広がり、末広がり部に続いてストレートなど各種の形状がある。のど部から先はガス流の流れを整えながら粉末粒子を均一に加速するため、数10〜300mm程度の長さが用いられている。従って、ノズル先端部近傍では、粉末粒子が十分加速されているため、ガス流の一部だけを放出するための開口部を設けることができる。第1の発明におけるノズル端面近傍とは、先端部端面から100mm以内、さらに好ましくは50mm以内であって、のど部から先の形状、寸法に応じて適宜決定すれば良い。
【0009】
また、前記第2の発明は、ガス流の一部を放出するための開口部が、一箇所または複数箇所の穴もしくはスリット形状であることを特徴とするものである。ここで、穴もしくはスリットの数、大きさおよび形状は特に限定されるものではなく、穴とスリットの組み合わせなど種々の構造とすることができる。なお、スリットは略長方形の開口部であっても、ノズル先端部から切り込みを形成した形の開口部であっても良い。
【0010】
また、前記第3の発明は、開口部の総面積がノズル出口断面積の20%以上であることを特徴とするものである。開口部の総面積がノズル出口断面積の20%に満たない場合には、放出されるガス量が少なく弧状衝撃波面の影響を低減する効果が乏しいため20%以上とした。なお、開口部の総面積をノズル出口断面積の10倍(1000%)程度まで拡大した場合であっても弧状衝撃波面の影響を低減する効果が認められたが、開口部を形成する角度(ノズル中心軸に対する角度)や端面アールの大きさなどによって効果が変動するため、ガスの放出量が過大にならないように適宜調整すれば良い。
【0011】
また、前記第4の発明は、第1〜3の発明における成膜用ノズルを用いて、ガス流と共に成膜材料の粉末粒子をノズルから噴出し、基材表面に成膜材料を堆積させて成膜することを特徴とする皮膜の製造方法である。
【0012】
また、前記第5の発明は、第4の発明における皮膜の製造方法が、コールドスプレー法、エアロゾルデポジション法、ウォームスプレー法など粉末粒子を固相状態で基材に衝突させて堆積させる成膜法であることを特徴とする皮膜の製造方法である。粉末粒子を固相状態で基材に衝突させて堆積するためには、概略200m/s以上、さらに望ましくは音速以上のガス流速度が必要になることから弧状衝撃波面の影響が顕著であって、本発明による効果が大きい。
【0013】
また、前記第6の発明は、第4の発明における皮膜の製造方法が、HVOF法、HVAF法、プラズマ溶射法など粉末粒子を溶融または半溶融状態で基材に衝突させて堆積させる成膜法であることを特徴とする皮膜の製造方法である。粉末粒子を溶融または半溶融状態で基材に衝突させて堆積させる溶射法においても、気孔率を低減して緻密な皮膜を形成するためにはガス流速度を可能な限り増大する必要があることから弧状衝撃波面の影響が現れるため、本発明による効果が得られる。
【0014】
また、前記第7の発明は、第4〜6の発明における粉末粒子の平均粒径が1〜50μmであることを特徴とする皮膜の製造方法である。粒子径が小さくなるほど弧状衝撃波面の影響を直接受けるため本発明は効果的であるが、平均粒径が1μmに満たない粒子径では凝集や酸化などの問題から粉末としての取扱いが困難であり、50μmを越える場合には粒子の慣性力によって弧状衝撃波面を突破して基材に到達することが可能なので、平均粒径が1〜50μmの範囲とした。
【0015】
また、前記第8の発明は、第5または7の発明における成膜材料が銅、アルミニウム、銀、金、ニッケルから選択されることを特徴とする皮膜の製造方法である。
【0016】
また、前記第9の発明は、第4〜8の発明を用いて皮膜を形成した部材である。
【0017】
なお、本発明で用いるガス種は特に限定しないが、例えば圧縮空気、窒素、酸素、アルゴン、ヘリウムなどを用いることができる。また、本発明では粉末の投入は粉末供給器およびキャリアガスを用いてノズル内部に供給するが、この時の粉末の供給速度は均一であることが好ましい。また、本発明においては各種成膜材料や基材を選択することが可能であり、各種金属、セラミックス、超硬合金などのサーメット、ガラス、有機化合物などの皮膜形成に利用することができる。
【発明の効果】
【0018】
本発明の成膜用ノズルは、ノズルにガス流の一部を放出するための開口部を設ける新規な構造によって、顕著な粒子堆積効率改善効果を得ることができる。また、弧状衝撃波面による影響軽減により、粒子堆積効率の改善のみならず、より微細な粒径の粉末も堆積可能となる。これらに伴い、作製される皮膜部材の基材密着強度改善効果も得られる。
本発明の皮膜製造方法は、この新規な構造の成膜用ノズルを用いることで可能になるため、現状の製造工程の変更が必要なく、簡便に実施可能である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0019】
本発明の実施例を以下に説明するが、当該実施例のみに限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
実施例1:図1に示すコールドスプレー装置を用い、図2に示すガス放出のための開口部を有する成膜用ノズルを用いて純銅粒子(平均粒子径5.8μm)のSS400基材に対する付着効率および皮膜の密着強度(試験方法はJIS
H 8661に準拠)を測定した。成膜条件として、ガス種は圧縮空気、ノズル入口部でのガス圧力3.0MPa、ノズル入口部でのガス温度300℃、ノズル出口部内径7mm、粉末供給量16.7g/minとした。
【0021】
図2の成膜用ノズルを用いたコールドスプレーにおいて粒子堆積効率を測定した結果、銅粉末の全供給質量に対する基材に付着した銅粒子の質量は60%であった。また、皮膜の密着強度を測定した結果、20MPaであった。さらに、図3の成膜用ノズルを用いたコールドスプレーにおいて粒子堆積効率を測定した結果、銅粉末の全供給質量に対する基材に付着した銅粒子の質量は56%であった。また、皮膜の密着強度を測定した結果、19MPaであった。
【0022】
比較例1:図2の成膜用ノズルにおけるガス放出のための開口部を設けていないノズルを用いた以外は前記実施例と同じ条件で粒子堆積効率および皮膜の密着強度を測定した。
【0023】
ガス放出のための開口部を設けていないノズルを用いたコールドスプレーにおいて粒子堆積効率を測定した結果、銅粉末の全供給質量に対する基材に付着した銅粒子の質量は5%であった。また、皮膜の密着強度を測定した結果、16MPaであった。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】本発明におけるノズルを用いる成膜装置の一例であるコールドスプレー装置の概要を示す図である。
【図2】平行部にガス放出用の穴を設けた本発明に係る成膜用ノズルの一例を示す断面図である。
【図3】平行部にガス放出用のスリットを設けた本発明に係る成膜用ノズルの一例を示す断面図である。
【符号の説明】
【0025】
101:高圧ガス発生部
102:ガス加熱用ヒーター
103:ガス温度センサー
104:ガス圧力センサー
105:ノズル
106:成膜距離
107:皮膜
108:基材
109:基材保持部
110:粉末供給器
111:キャリアガス
112:ガス放出用の開口部(丸穴形状)
113:ガス放出用の開口部(スリット形状)

【特許請求の範囲】
【請求項1】
高速ガスの流れに粉末粒子を混合して基材に噴射することによって皮膜を形成するための成膜用ノズルであって、ノズル先端部近傍にガス流の一部を放出するための開口部を設けたことを特徴とする成膜用ノズル。
【請求項2】
ガス流の一部を放出するための開口部が、一箇所または複数箇所の穴もしくはスリット形状であることを特徴とする請求項1に記載の成膜用ノズル。
【請求項3】
開口部の総面積がノズル出口断面積の20%以上であることを特徴とする請求項1〜2に記載の成膜用ノズル。
【請求項4】
請求項1〜3の何れか1項に記載の成膜用ノズルを用い、ガス流と共に成膜材料の粉末粒子をノズルから噴出し、基材表面に成膜材料を堆積させて成膜することを特徴とする皮膜の製造方法。
【請求項5】
前記皮膜の製造方法が、コールドスプレー法、エアロゾルデポジション法、ウォームスプレー法など粉末粒子を固相状態で基材に衝突させて堆積させる成膜法であることを特徴とする請求項4に記載した皮膜の製造方法。
【請求項6】
前記皮膜の製造方法が、HVOF法、HVAF法、プラズマ溶射法など粉末粒子を溶融または半溶融状態で基材に衝突させて堆積させる成膜法であることを特徴とする請求項4に記載した皮膜の製造方法。
【請求項7】
前記粉末粒子の平均粒径が1〜50μmであることを特徴とする請求項4〜6に記載した皮膜の製造方法。
【請求項8】
成膜材料が銅、アルミニウム、銀、金、ニッケルから選択されることを特徴とする請求項5または7に記載した皮膜の製造方法。
【請求項9】
請求項4〜8に記載の製造方法を用いて皮膜を形成した部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【公開番号】特開2009−120913(P2009−120913A)
【公開日】平成21年6月4日(2009.6.4)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−297336(P2007−297336)
【出願日】平成19年11月15日(2007.11.15)
【出願人】(304027349)国立大学法人豊橋技術科学大学 (391)
【出願人】(390031185)新東ブレーター株式会社 (27)
【Fターム(参考)】