説明

抗ストレス剤

【課題】効果的にストレスや不安、攻撃性の低下や積極性の向上が可能な気分状態改善剤、すなわち、抗ストレス剤のスクリーニング方法、ならびにVEGFの発現により精神状態が改善された状態のトランスジェニック非ヒト哺乳動物を提供すること。
【解決手段】VEGF蛋白質もしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩、あるいはVEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAを有効成分として含有することを特徴とする、抗ストレス剤。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、効果的にストレスや不安、攻撃性の低下や積極性の向上ができる、気分状態改善剤に関する。また、本発明は、それらの気分状態改善剤をスクリーニングする方法に関する。さらに、精神状態が改善された状態のトランスジェニック非ヒト哺乳動物に関する。
【背景技術】
【0002】
喜怒哀楽は我々の日常生活する上で重要な心的要因であり、我々の人生に彩を与えるものである。喜び、悲しみ、恐怖、不安、怒りなども含め「情動」と呼ぶが、これらは個人の時折々の主観的な感情として片付けられるものではなく、生命維持に必要な高次脳機能として、特に恐怖、不安等が進化上保存されている。
【0003】
我々の健康には、身体機能のみならず精神機能も正常に維持されることが必須であり、情動に関わる疾病も少なくない。情動の異常、すなわち気分障害は我々の社会生活において非常によく見られる精神疾患である。例えば、気分障害の一つである「うつ病」は、米国での調査によると生涯罹患率が2割にも達することが示されている。現代社会では、気分障害を罹患する人の割合が増加する傾向にあり、例えば、年々増加傾向にある日本国における自殺者数のうち、約7割が気分障害を罹患していたという推計もある。このように、情動の異常は単なる個人の問題としては済まされず、社会問題にまで発展するものであり、現代社会において早急に解決されるべき課題となっている。
【0004】
疾病としての気分障害や個人の気分を改善させる手段として、現在、カウンセリング、認知療法、運動療法、電気痙攣法、ハーブ療法、音楽療法、趣味等による気分の改善、社会技能の取得などが知られている。しかしながら、これらの療法は改善まで時間を必要とするのもが多く、さらにその効果も一定ではない。そのような理由から、現実的にはこれらの療法と平行して薬物療法を行わざるを得ない。
【0005】
薬物療法を行うにあたり、情動に変化を与える向精神薬が使用される。向精神薬はその作用機構の違いからいくつかのクラスに分類されるが(非特許文献1)、神経伝達物質であるモノアミンの脳内濃度を変化させる薬剤が特に広く用いられている。例えば、臨床で使用される抗うつ剤はモノアミン分解を阻害するものや、モノアミンの取り込みを阻害する薬剤がほとんどであり、これらを用いた薬物療法は一定の臨床成果を得ている。これらの薬効の生理学的説明としては、モノアミンの脳内濃度が情動の変化をもたらすといったモノアミン仮説に基づく(非特許文献2)(非特許文献3)。すなわち、セロトニンの脳内濃度が低下したためにうつ病が発症するという解釈である。しかしながら、この仮説が発表されて既に40年以上たつが、情動をつかさどる脳内メカニズム(分子メカニズム、関連する神経ネットワークや脳領域)は多くの点で不明である。
【0006】
情動に変化を及ぼしうる因子としては、モノアミン以外に、酸素・栄養の循環、代謝、神経伝達物質、成長因子、ホルモンなどの様々な要因が考えられる。中でも成長因子は神経細胞の機能と密接な関連があることから、高次脳機能に影響を与える。例えば、成長因子は脳において神経細胞の増殖、神経新生の促進、軸索の投射、神経細胞の構造や機能の成熟化、シナプス可塑性、神経保護、記憶や学習、情動など、細胞が生まれてから死ぬまでの運命や、分子から個体レベルに及ぶ脳機能に影響を与える。
【0007】
情動に影響を与える成長因子はいくつか知られており、血管内皮増殖因子(VEGF)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、インスリン様成長因子I(IGF−I)、はその例である(非特許文献3)。BDNF、IGF、VEGFは環境の変化によって発現レベルが変化することから、外界の刺激が脳機能に長期的変化を誘導する際の仲介分子として働いている可能性が高い。
【0008】
BDNFは脳由来の成長因子で神経機能とのかかわりが深く、神経新生、シナプス可塑性、神経保護、記憶、情動に重要な働きを示す(非特許文献4)。この遺伝子が失われると、生後まもなく死亡する。BDNFを海馬のみで欠失させても神経可塑性の低下や、空間記憶の障害、さらに情動の障害が起きる。運動をはじめ、学習、電気刺激によって脳で発現し、それを阻害すると効果が失われる(非特許文献5)。
【0009】
IGF−Iは主に末梢組織で作られ、個体の成長や寿命、脳では神経新生、神経可塑性、記憶、情動に関わっている。この遺伝子が失われると固体の成長が著しく妨げられ、IGF−Iの発現量が低いと寿命が延びる。運動によって末梢で作られたIGF−Iは血管系を循環し血液脳関門を通過して脳組織に到達する。IGF−Iは空間記憶の促進や抗うつ作用との関わりが示されている。また、IGF−Iは、BDNFの脳内作用を調節しているとの報告がある(非特許文献6)。
【0010】
VEGF(血管内皮増殖因子)は血管新生に必須な因子であり、脳を含む様々な組織で作られている。この遺伝子が失われると胎生致死となり、脳に限定して欠失させても出生直後に死亡する。VEGFは、運動をはじめ、学習、低酸素、電気刺激、虚血、脳障害などの様々な刺激によって誘導され、脳では神経新生や血管新生のほか、神経保護、記憶、情動とのかかわりが指摘されている。(非特許文献7、非特許文献8)
【0011】
VEGFには、VEGF−A、VEGF−B、VEGF−C、VEGF−Dというアイソフォームが存在する。これらは、蛋白質の一次構造において高い相同性を示すが、異なる遺伝子でコードされている。この4種類のアイソフォームの中でも、血管新生に深く関わっているのがVEGF−Aであると考えられている。その理由から、一般的にVEGFといえば、VEGF−Aを示す。
【0012】
VEGF−Aの遺伝子はスプライシングの違い(エクソンの組み合わせによる違い)から、少なくとも5種類のスプライスバリアントが作られる。例えば、マウス/ヒトのVEGF−A遺伝子からは、VEGF120/121(エクソン番号:1,2,3,4,5,8)、VEGF144/145(エクソン番号:1,2,3,4,5,6,8)、VEGF164/165(エクソン番号:1,2,3,4,5,7,8)、VEGF205/206(エクソン番号:1,2,3,4,5,6,6,7,8)が作られる。
【0013】
VEGFの後の番号は成熟型VEGFのアミノ酸残基の数を示している。即ち、VEGF120であれば、成熟型はアミノ酸120残基から構成されている。これらのスプライスバリアントは、個体の発生段階や組織においてその種類と発現量が異なっている。
【0014】
VEGFは分泌性の蛋白質である。未成熟型(前駆体)のVEGFには、そのアミノ末端側(N−末端側)に26アミノ酸残基で構成されるシグナルペプチドを有する。この配列は小胞体の膜を通過する際に、シグナルペプチターゼによって切断される。即ち、VEGF120の場合、146アミノ酸残基からなる前駆体として産生され、26アミノ酸残基からなるシグナルペプチドが切断されることによって、120アミノ酸残基からなる成熟体となる。
【0015】
こうして作られた成熟型VEGFは、VEGF産生細胞の細胞外へと分泌されるか、もしくはVEGF産生細胞の細胞膜上にとどまる。細胞外へ分泌されるスプライシングバリアントは、VEGF120/121やVEGF144/145、VEGF164/165である。
【0016】
VEGF受容体には、VEGF受容体1(別名:Flt−1)とVEGF受容体2(別名:Flk−1)、ニューロピリン1とニューロピリン2が知られている。スプライシングバリアントのVEGF120/121やVEGF145/146はVEGF受容体1 と2のみに結合するが、スプライシングバリアントのVEGF164/165、VEGF188/189とVEGF205/206はVEGF受容体1と2以外に、ニューロピリン1又は2にも結合する。即ち、VEGF120は、VEGF受容体1又は2のみに結合する。
【0017】
従来、VEGFは、大腸がん、胃がん、肺がんなどにおける様々な腫瘍細胞で、血管を腫瘍に引き込むために過剰発現されていることが知られており、このVEGF作用を抑えるために、VEGFの発現を抑制、又は働きを阻害させる阻害剤の開発において大きく注目されている(特許文献1〜4)。また、一方、皮膚機能低下を抑制する皮膚賦活剤としてVEGFの発現を促す物質の探索も盛んである(特許文献5〜7)。しかしながら、抗ストレス剤などの方面からの研究はなされていない。
【0018】
【非特許文献1】Schechter LE et al. NeuroRx. 2005 Oct;2(4):590−611.
【非特許文献2】Schildkraut JJ et al. J Psychiatr Res. 1965 Dec;3(4):213−28.
【非特許文献3】Coppen A et al. Lancet. 1967 Dec 2;2(7527):1178−80.
【非特許文献4】Tanis KQ et al. CNS Neurol Disord Drug Targets. 2007 Apr;6(2):151−60.
【非特許文献5】Duman RS et al. Biol Psychiatry. 2006 Jun 15;59(12):1116−27.
【非特許文献6】Arsenijevic Y et al. J Neurosci. 1998 Mar 15;18(6):2118−28.
【非特許文献7】Neufeld G et al. FASEB J. 1999 Jan;13(1):9−22.
【非特許文献8】Warner−Schmidt JL et al. Curr Opin Pharmacol. 2008 Feb;8(1):14−9.
【特許文献1】特開2001−354562号公報
【特許文献2】特開2003−012541号公報
【特許文献3】特許第3544675号公報
【特許文献4】特許第4054373号公報
【特許文献5】特開平11−286432号公報
【特許文献6】特許第4050560号公報
【特許文献7】特開2000−212059号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0019】
本発明の目的は、効果的にストレスや不安、攻撃性の低下や積極性の向上が可能な気分状態改善剤である、抗ストレス剤を提供することである。
また、本発明は、前記抗ストレス剤のスクリーニング方法を提供するものである。さらに、本発明はVEGFの発現により精神状態が改善された状態のトランスジェニック非ヒト哺乳動物を提供するものである。
【課題を解決するための手段】
【0020】
本発明者らは、上記課題を解決すべく検討したところ、VEGFを過剰に発現したトランスジェニック非ヒト哺乳動物がストレスや不安、攻撃性の低下を示し、積極性のある行動を示すことを見いだした。本発明はかかる知見に基づいて開発されたものである。
【0021】
すなわち、本発明の要旨は、
〔1〕 VEGF蛋白質もしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩、あるいはVEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAを有効成分として含有することを特徴とする、抗ストレス剤、
〔2〕 VEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAをコードするmRNAの発現量を指標とした、及び/又は、VEGF蛋白質もしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩のタンパク質量を指標とした、抗ストレス剤のための化合物又は組成物のスクリーニング方法、
〔3〕 前記〔2〕に記載のスクリーニング方法により選択される物質を有効成分として含有する抗ストレス剤、
〔4〕 VEGF受容体1であるFlt−1、及び/又は、VEGF受容体2であるFlk−1に対するアゴニスト活性を指標とした抗ストレス剤のための化合物及び組成物のスクリーニング方法、
〔5〕 前記〔4〕に記載のスクリーニング方法により選択される物質を有効成分として含有する抗ストレス剤、
〔6〕 脳内でVEGF蛋白質が過剰に発現されており、且つ、脳内で神経新生及び血管新生が促進されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト哺乳動物、
〔7〕 血液脳関門が緩やかになっており、末梢投与の薬剤や組成物の脳内における生理活性評価が容易になっていることを特徴とする前記〔6〕記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物、
〔8〕 高感度に情動行動が評価できることを特徴とする前記〔6〕及び〔7〕記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物
に関する。
【発明の効果】
【0022】
本発明の抗ストレス剤は、以前より提供されている脳内モノアミン代謝やGABA受容体に作用するものとは異なる、新規の作用を備えた抗ストレス剤を提供できる。
また、本発明のスクリーニング方法を用いることで、種々の天然原料、人工的に作製された原料などから、前記抗ストレス剤を効率よく選択することができる。
また、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物を用いれば、ストレス、不安、積極性低下及び攻撃性増進等の現在問題となっている精神病に関連した因子の特定や、ストレッサーの探索をしやすくすることができる。
なお、本発明において、抗ストレスとは、ストレスを低減する作用のほか、不安、攻撃性の低下や積極性の向上が可能な作用も含む。したがって、本発明の抗ストレス剤は、抗不安剤、積極性向上剤及び攻撃性抑制剤としても利用し得る。
【発明を実施するための最良の形態】
【0023】
1.抗ストレス剤
本発明で用いる「VEGF蛋白質」は、血管内皮増殖因子の全てのアイソフォーム(VEGF−A、VEGF−B、VEGF−C、VEGF−Dを含む)およびそれらの全てのスプライスバリアントを意味する。なお、VEGF蛋白質のアミノ酸配列は既に知られたものである。
また、作用対象の生物種がヒトである場合、免疫反応による副作用を低減する観点から、ヒト由来の血管内皮増殖因子を用いるのが好ましい。
【0024】
また、「VEGF蛋白質の部分ペプチド」とは、前記VEGFを構成するアミノ酸配列に含むようなペプチドであって、VEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩をいう。
【0025】
また、「VEGF蛋白質をコードするDNA」とは、VEGF蛋白質を発現しうるDNA配列をいう。VEGF蛋白質をコードするDNA配列の具体例としては、GeneBank/EMBL/DDBJにアクセション番号:AK313879, BC035212, BC065522, D89630, M63971, M63972, M63973, M63974, M63975, M63976, M63977, M63978, BC027948, AY263145, AY047581, AF024710, EU332866, DQ229900, AF468110, U52819, BC046303, BC061468, D89628, M95200, AF286725, U50279, BC096377, AF266467, AB047552, U73620, AY263146, AY756068, U48800, AF317892等として登録されているヒト又はマウス由来のVEGF蛋白質をコードするDNA等が好ましく挙げられる。
また、本発明のVEGF蛋白質をコードするDNAには前記DNAと相補的な塩基配列からなるDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有する蛋白質をコードするDNA等が包含される。
【0026】
また、本発明のVEGF蛋白質をコードするDNAは上記に限定されず、発現する蛋白質がVEGF蛋白質と実質的に同じ作用を有する蛋白質をコードするDNAである限り、本発明のVEGF蛋白質をコードするDNAとして使用できる。例えば、VEGF蛋白質の部分ペプチドをコードするDNAであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチドをコードするDNA等も好ましく使用できる。
【0027】
VEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとは、例えば上記DNAの部分配列をプローブとし、コロニーハイブリダイゼーション法、プラークハイブリダイゼーション法あるいはサザンハイブリダイゼーション法等を用いることにより得られるDNAを意味する。
【0028】
VEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズするDNAとして、具体的には、前記GeneBank/EMBL/DDBJに記されている塩基配列と約80%以上、好ましくは約90%以上、より好ましくは約95%以上の相同性を有する塩基配列を有するDNA等が挙げられる。ハイブリダイゼーションは公知の方法、例えばモレキュラー・クローニング(Molecular Cloning, A laboratory Manual, Third Edition(J. Sambrook et al., Cold Spring Harbor Lab. Press. 2001)に記載の方法等に従って行うことができる。また、市販のライブラリーを使用する場合、添付の使用説明書の記載方法に従って行うことができる。
【0029】
本発明の抗ストレス剤は、前記のような(1)VEGF蛋白質、(2)VEGF蛋白質の部分ペプチド又はその塩、(3)VEGF蛋白質をコードするDNA、(4)VEGF蛋白質の部分ペプチドをコードするDNA、(5)これらのDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAのいずれか1種のみからなっていてもよく、2種以上を混合して調製してもよい。各剤中における各成分の含有量については特に限定はないが、例えば、(1)VEGF蛋白質であれば0.01〜50重量%、(2)VEGF蛋白質の部分ペプチド又はその塩であれば0.01〜50重量%、(3)VEGF蛋白質をコードするDNAであれば0.01〜10重量%、(4)VEGF蛋白質の部分ペプチドをコードするDNAであれば0.01〜10重量%、(5)これらのDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAであれば0.01〜10重量%であることが好ましい。
なお、本発明の抗ストレス剤は、例えば、抗不安剤、積極性向上剤及び攻撃性抑制剤などの用途でも使用できるが、これらの用途に応じて、前記VEGF蛋白質等を適宜水等の溶媒に溶解して使用してもよい。
【0030】
本発明の抗ストレス剤には、前記の各成分を混合して調製する以外に、スクリーニング方法を用いて選択される物質を用いることもできる。
【0031】
本発明の抗ストレス剤は、ヒトのほか、ヒト以外の哺乳動物(例えばサル、ウシ、ウマ、ブタ、ヒツジ、イヌ、ネコ、マウス、ラット、ウサギ、ハムスター、モルモット、チンパンジー等)にも適用できる。これらの動物への適用量としては、特に限定はない。また、投与方法としては、最終的に脳組織中のVEGF濃度が20ng/g組織重以上、好ましくは50ng/g組織重以上になるような方法であれば特に限定はない。
例えば、ヒトであれば、一日あたり経口投与であれば、1日あたりVEGF蛋白質が1g/kg体重以下となるようにすればよい。
【0032】
2.スクリーニング方法
本発明者らは、後述の実施例で確認した通り、VEGFに情動(ストレス、不安、うつ、攻撃性、恐怖)の制御に優れた効果があることをはじめて見出している。この結果に基づくと、VEGFの発現を促す因子にも、ストレス、不安、うつ、攻撃性を軽減させる効果があると考えられる。これまでの知見で、VEGFの発現は様々な環境因子、例えば、運動、虚血、低酸素、電気的痙攣、脳障害などによって促進されることが知られている。しかし、虚血、低酸素、電気痙攣などはVEGF の発現を顕著に促進する方法であるが、健康上避けるべきで手法であり、実用的であるとは言えない。一方、運動はより自然的な環境刺激であるが、VEGFの発現の促進効果は低い傾向にある。すなわち、生体におけるVEGFの発現をより効率的に促進するような化合物や組成物のスクリーニング方法を見つけることは特に重要である。
【0033】
VEGFの発現を促進する化合物や組成物には、情動を制御する作用があると考えられることから、それらをスクリーニングする必要がある。これは、VEGFの発現量を指標として、化合物や組成物の効果を評価することで達成される。すなわち、化合物や組成物を生体に投与して、VEGFの発現量の程度を比較することによって評価できる。VEGFの発現量は、1)遺伝子の転写の段階(mRNAレベル)、もしくは2)mRNAの翻訳の段階(タンパク質レベル)の2種類の方法で測定することが可能である。以下に、その2つの手法について記述する。
【0034】
本発明による抗ストレス剤のための化合物及び組成物のスクリーニング方法は、VEGF mRNA、及び/又はVEGF蛋白質の発現量を指標としてスクリーニングすることができる。即ち、被検物質を投与し、VEGF mRNA、及び/又はVEGF蛋白質の発現量の程度を比較することによって、評価することができる。
【0035】
本発明のスクリーニング方法に利用される試験動物としては、VEGFの情報伝達系が高度に保存されている哺乳動物を用いるのが適当である。具体的にはヒト及び非ヒト哺乳動物、例えばマウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ等のげっ歯類の他、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ、サル等を使用することができるが、多様な条件下で化合物や組成物の効果を検討するため、小動物を用いて多くの例数を得るのが望ましい。即ち、育成及び使用の簡便さなどの観点から見て、げっ歯類が好ましく、その中でもマウスが好ましい。
【0036】
本発明のスクリーニング方法における化合物や組成物の投与は、化合物や組成物の性質に依存するため、経口投与、腹腔内投与、静脈投与、皮下投与等が考えられる。また、投与量及び投与期間についても、化合物や組成物の性質に基づいて異なる条件を検討する。
【0037】
本発明のスクリーニング方法において、VEGF遺伝子発現のレベルを定量的に解析する上で、VEGF mRNA の発現量の変化を調べる。VEGF mRNAの発現を定量的に調べる方法として、ノーザンブロット法、PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法、ジーンチップやDNAマイクロアレイを利用する方法、などさまざまな手法が考えられる。中でも、最も経済的かつ、迅速に、また高感度でVEGF mRNAの発現量を調べる方法としてはPCRを用いる方法があげられる。また、リアルタイムPCR法を用いると、VEGF mRNAの発現レベルが、定量的に、高感度で、比較的安価で、短時間に行うことができる。
【0038】
本発明のスクリーニング方法におけるVEGF mRNA試料の調製に必要な組織とその操作としては、VEGFは、様々な細胞で産生されていることから、mRNA試料の調製には、基本的にどの組織を用いてもよい。中でも、本発明ではVEGFによる中枢神経系への効果を主眼とするため、脳組織を用いるのが好ましい。脳組織としては、脳全体を用いるか、もしくは脳を解剖し、大脳辺縁系(情動と密接な関わりを持つ領域)等の領域を得ることも可能である。これらの脳組織を動物より迅速に摘出し、低温で処理し(急速に冷やしてmRNAの分解・産生を止める)、脳を解剖する場合は氷上で行う。得られた組織を秤量し、液体窒素もしくはドライアイス等で急速に凍結し、超低温冷凍庫(−80℃)で保存する。
【0039】
mRNA試料の調製においては、経済的で、簡便で、再現性が高い抽出法が選択される。精製されたmRNA をPCRに用いるのが理想的ではあるが、mRNAの精製には、時間、労力、設備が必要なうえ、得られるサンプル量が非常に僅かなため実験誤差を生じやすい。そこで、より実用的な手法としては、mRNAを含むtotal RNAを粗mRNA標品(total RNAには全てのmRNAが含まれるが、total RNAに対するmRNAの割合は通常1−2%程度である)として用いる。total RNAを調製する方法にはいろいろあるが、一例として酸フェノール法があり、組織よりtotal RNAを迅速に、高収率で回収することが可能である。得られた粗mRNA試料は、超低温冷凍庫(−80℃)で保存する。RNAは分解されやすいことから、RT−PCR 反応を行う際に、ジエチルピロカーボネート(DEPC)で処理された水に溶解する。
【0040】
PCRにおいては、DNAが鋳型となる。遺伝子発現の解析にあたっては、転写産物としてのmRNAを逆転写することによって得られたcDNAを鋳型とする。逆転写反応はRNAをDNAに変換する反応であり、鋳型mRNA、核酸基質(dNTP)、プライマーDNA(オリゴdTプライマー、ランダムプライマー)の存在下、逆転写酵素(MMLV又はAMV由来、もしくはそれらの改良型)を作用させることによって、mRNAからcDNAを合成する。逆転写反応の実際の操作は、市販のキットを用いて簡便に行うことができる。逆転写反応において、生成されるそれぞれのcDNAの量はその鋳型であるmRNAの量と化学量論的である。すなわち、それぞれのmRNAの存在量に比例してcDNAが合成される。
また、逆転写反応とPCRを一度に行う方法も使用することができる。この場合は、total RNAをPCR溶液に直接加えることによって、一連の反応を進行させることができる。
【0041】
PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)は、微量に存在するDNAを増幅して検出する方法である。しかし、PCRによってDNAが過剰に増幅されると、PCR産物の生成が飽和してしまうため(一定量に落ち着くため)定量的な比較は困難となる。リアルタイムPCRでは、DNAの増幅の状況を逐次追跡することができるため、個々の増幅の程度を知ることができる。すなわち、鋳型として用いたcDNAの量が多ければ、少ない増幅回数で検出可能なレベルにまで増幅されるが、逆にcDNAの量が少なければ、検出されるまでより多くの増幅回数が必要となる。この増幅の差から、PCRに用いたcDNAの存在量を比較することができる。濃度が既知のコントロールDNA試料を用いて検定線を作成すると、PCRに用いたcDNAの絶対量を知ることができる。前述の通り、PCRに用いたcDNAの量は、組織のmRNAの量と比例関係にある。よって、リアルタイムPCRによって、組織におけるmRNAの発現量を比較することができる。リアルタイムPCRのための試薬や装置は市販のものを使用すればよく特に限定はない。増幅されるDNAの検出方法としては、一般的にはインターカレーター法を用い、検出特異性を高く必要がある場合は蛍光標識プローブ法を用いる。
【0042】
本発明のスクリーニング方法において、VEGF遺伝子発現の変化は、組織中のmRNAの存在量を測定することによって調べることができる。しかし、遺伝子産物、具体的にはVEGF蛋白質の発現量が、翻訳の段階で調節されている場合もある。そのため、組織中のVEGF蛋白質の存在量を比較することも必要になる。特定のタンパク質を検出して定量的に測定する方法も多数あるが、最も一般的な方法はELISA法(Enzyme−linked immunosorbent assay、酵素結合免疫吸着検定法)である。そこで、本発明でもELISA法を用いてVEGF蛋白質の発現量を比較し、化合物や組成物の効果を評価することができる。
【0043】
本発明のスクリーニング方法において、タンパク質試料の作製に必要な組織とその操作としては、本発明では、VEGFによる脳機能への作用を主眼とするため、タンパク質試料は脳組織より調製する。脳組織としては、脳全体、もしくは特定の脳領域を用いてもかまわない。しかし、情動との関わりが深い大脳辺縁系などの領域を調べることによって、解析の精度を上げることが望ましい。脳組織の摘出は迅速に行い、脳を氷冷した緩衝液に浸して急速に冷やす(タンパク質の分解を抑える)。特定の脳領域を得るため解剖が必要な場合は氷上で行う。得られた組織は秤量し、液体窒素もしくはドライアイス等で急速に凍結し、超低温冷凍庫(−80℃)で保存する。
【0044】
タンパク質試料の調製は、タンパク質分解を最小限に抑えるため全て氷上で行う。得られた脳組織に対し、その重さに従ってホモジナイズ溶液を加える(例、組織重量の10倍量の溶液を添加する)。ホモジナイズ溶液は、RIPA溶液などのタンパク質の機能・構造に影響を与えず、全ての細胞内タンパク質を抽出できる溶液を使用する。この溶液に、さらに各種タンパク質分解酵素の阻害剤を加えて、タンパク質の分解を防ぐ。ホモジナイズ溶液の添加後、破砕機(ホモジナイザーもしくは超音波破砕機)を用いて組織を破壊し均一化する。この溶液を10,000xgで遠心分離し、上清を回収する。当日に、測定を行わない場合は、−80℃にて凍結保存する。
【0045】
ELISAに用いるタンパク質試料について、タンパク質の総量を測定する。これは、一連の試料調製作業において、一定体積に溶解しているタンパク質量に若干のばらつきが生じるためである。すなわち、総タンパク質量で基準化することによって、組織におけるVEGFの存在量を比較することができる。タンパク質濃度の測定は、ローリー(Lowry)法もしくはブラッドフォード(Bradford)法を用いて呈色反応を行い、分光光度計により測定する。濃度が既知のタンパク質溶液(例、牛血清アルブミン)を各段階に希釈して標準溶液を作製し、これらの呈色反応を基準として、試料中のタンパク質濃度を検定することができる。
【0046】
VEGF蛋白質量の検定は、市販のELISAキットを用いればよい。例えば、Biosourse社製、VEGF ELISAキットが挙げられるがこれに限定されない。ELISAでは、まず、抗VEGF抗体が付着したマルチウェルプレートにタンパク質試料を入れ、試料中のVEGFを抗原抗体反応によって特異的に容器に吸着させる。次に、別の抗VEGF抗体(1次抗体)を加えて、容器表面に吸着されたVEGFと特異的に結合させる。最後に、酵素(例、過酸化酵素)と架橋された2次抗体を1次抗体と反応させて、酵素基質反応(呈色反応)を行う。
一方、濃度が既知のVEGF溶液を一定濃度に希釈したものを標準試料とし、これも同様に反応させる。酵素基質反応による呈色の度合いを分光光度計で測定し、標準試料の検定線を作成することによって、試料中のVEGFの絶対量を求めることができる。最終的に、試料のタンパク質総量に対するVEGF量をもって、組織中のVEGFの濃度とする(例えば、VEGF(pg)/タンパク質総量(mg))。組織中のVEGFの濃度を比較することによって、化合物や組成物の効果を比較することができる。
【0047】
VEGFは、不安、うつ、恐怖、攻撃性などの情動を緩和する作用を示す。これらの作用は、VEGFがVEGF受容体を活性化することで達成される。しかし、VEGF受容体には幾つかの種類があり(「背景」を参照)、これらの全てが情動に影響を与えるとは限らない。すなわち、それらの受容体に特異的な化合物や組成物をスクリーニングすることによって、情動の制御により効果的で、しかも副作用の少ないものが得られる可能性が高い。そこで、各種VEGF受容体の活性、望ましくはFlt−1及び/又はFlk−1に対するアゴニスト活性を指標として化合物や組成物をスクリーニングする。これは培養細胞を用いて行うことができる。Flt−1及び/又はFlk−1に対するアゴニスト活性は、例えば、培養細胞株にFlt−1またはFlk−1の遺伝子を導入して過剰発現させ、各種アンタゴニストの添加で生じる生理活性の変化(細胞分裂活性、転写活性、リン酸化酵素等のシグナル伝達因子の活性)を定量することによって調べることができる。
【0048】
前記のスクリーニング方法を用いることで、抗ストレス剤、抗不安剤、積極性向上剤又は攻撃性抑制剤として使用し得る化合物又は組成物を探索することができる。
【0049】
3.トランスジェニック非ヒト哺乳動物
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、脳内でVEGF蛋白質が過剰に発現されており、且つ、脳内で神経新生及び血管新生が促進されていることを特徴とする。脳内におけるVEGF蛋白質の過剰発現の程度としては、定常状態におけるVEGFの組織濃度の10%以上であればよい。脳内で神経新生が促進されていることは、核酸類似物質(ブロモデオキシウリジン等)を末梢投与することによって確認した場合に、神経新生が起きている脳領域(側脳室の上衣下層や海馬歯状回の顆粒細胞下層等)における陽性細胞の密度が定常レベルよりも5%以上であればよく、または未熟神経細胞を免疫染色することによって確認した場合に、海馬歯状回の顆粒細胞等の神経細胞層における陽性細胞の密度が定常レベルよりも5%以上であればよい。血管新生が促進されていることは、血管内皮細胞を免疫染色することによって確認した場合に、血管内皮細胞もしくは毛細血管の密度が定常レベルよりも5%以上であればよい。
【0050】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、血液脳関門が緩やかになっている。通常、末梢投与された薬剤や組成物のほとんど(9割以上)は血液脳関門で阻止されて脳組織に到達しないため、脳内における生理活性の評価ができない。しかし、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、血液脳関門が緩やかであるために、末梢投与された薬剤や組成物が脳組織に到達しやすく、脳内における生理活性評価が容易になっている。前記血液脳関門が緩やかになっているとは、例えば、色素(例、エバンスブルー)や化学標識された物質(例、放射性同位体で標識された蛋白質)等を末梢投与することによって調べた場合に、それらの物質の濃度が脳組織中で10%以上増加していればよい。また、末梢投与された薬剤や組成物の脳内における生理活性評価が容易になっていることは、例えば、通常血液脳関門で阻止される物質(例、ドーパミン、セロトニン等)を投与して、脳機能の変化(例、覚醒作用、抗うつ作用等)を調べることによって判断することができる。したがって、本発明において生理活性評価には、具体的には後述の実施例に記載の方法を用いることができる。
【0051】
また、本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、高感度に情動行動が評価できるものである。ここで、高感度に情動行動が評価できるとは、コンピュータによる画像解析を用いて動物の位置や移動速度を計測することにより、欝や不安行動を評価できることをいう。具体的には後述の実施例に記載の方法で評価することができる。
【0052】
本発明のトランスジェニック非ヒト哺乳動物は、胚芽細胞と、生殖細胞あるいは体細胞とが、非ヒト哺乳動物又はこの動物の先祖に胚発生の段階(好ましくは、単細胞、又は受精卵細胞の段階でかつ一般に8細胞期以前)においてVEGF蛋白質をコードするDNA配列を導入することによって作り出される。
【0053】
以下、トランスジェニック非ヒト哺乳動物が、トランスジェニックマウスの場合を例に挙げて説明する。本発明者らは、マウス由来VEGF蛋白質の例として、野生型マウスの脳よりVEGF蛋白質をコードするDNA配列をクローニングし、発現ベクターを構築する。さらに、該当遺伝子を脳特異的に発現させるため、カルシウムカルモジュリンキナーゼ・タイプII(CaMKII)遺伝子プロモーターと連結することで、該当遺伝子が脳特異的に発現するようにする。発現ベクターを構築した後、培養神経細胞へ遺伝子導入を行い、VEGF蛋白質をコードするDNAより、VEGF蛋白質が神経細胞にて発現することを確認する。さらに、発現ベクターを宿主マウスへ遺伝子導入を行い、該当遺伝子がトランスジェニックマウス内で発現していることをPCR法及び、インサイチュハイブリダイゼーション(in situ hybridization)法により確認する。
【0054】
なお、本発明において「神経新生」とは、幼弱な未分化細胞(例えば神経幹細胞等)から神経芽細胞を経て新しい神経(神経細胞)に分化させることをいい、神経細胞に分化する神経芽細胞や未分化細胞の増殖も含む。また、神経新生は、損傷した神経の再生や神経修復を含む。「神経」には神経中枢(例えば脳、脊髄等)及び末梢神経(例えば尺骨神経、橈骨神経、腓骨神経等)を含む。
【0055】
また、本発明に用いられる発現ベクターは、宿主中で複製可能であれば特に限定されず、たとえばプラスミド、シャトルベクター、ヘルパープラスミドなどが挙げられる。
【0056】
プラスミドDNAとしては、大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pBR325、pUC18、pUC19、pUC118、pUC119、pBluescript等)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5等)、酵母由来プラスミド(例えばYEp13、YCp50等)などが挙げられる。ファージDNAとしては、λファージ(Charon4A、Charon21A、EMBL3、EMBL4、λgt10、λgt11、λZAP等)が挙げられる。さらに、レトロウィルス又はワクシアニウィルスなどの動物ウィルス、バキュロウィルスなどの昆虫ウィルスベクターを用いることもできる。
【0057】
本発明で用いられる形質転換体は、本発明の遺伝子を宿主中に導入することにより得ることができる。ここで宿主としては目的遺伝子を発現できるものであれば特に限定されるものではないが、非ヒト哺乳動物が望ましい。
【0058】
また、非ヒト哺乳動物としては、例えばマウス、ハムスター、ラット、モルモット、ウサギ等のげっ歯類の他、イヌ、ネコ、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ブタ、サル等を使用することができるが、作成、育成及び使用の簡便さなどの観点から見て、げっ歯類が好ましく、その中でもマウスが好ましい。
【実施例】
【0059】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。但し、本発明はこれら実施例にその技術が限定されるものではない。
【0060】
実施例1:VEGFトランスジェニックマウスの作製
本発明者らは、VEGFを過剰に発現するトランスジェニックマウスを作製するために以下の手順を踏んだ。
【0061】
本発明者らは、野生型マウス(C57BL/6)の脳からtotalRNAを抽出し、それらを鋳型DNAとするためにRT−PCR(逆転写ーポリメラーゼ連鎖反応)を行った。PCR用のプライマーは、マウスVEGF−Aのエクソン1に存在する翻訳開始部位の上流配列(21塩基対)、とエクソン8に存在する翻訳終止部位の下流配列(21塩基対)に対応している。まず、マウス脳のtotal RNAを、逆転写酵素(MMLV由来)とランダムプライマーを用いて、cDNAに変換した。その後、これらのDNA産物を鋳型として、VEGF−Aのプライマーを用いてPCR(ポリメラーゼ連鎖反応)を行った。この操作により、数本の長さの異なるDNA断片(400−600塩基対長)が増幅された。それぞれのDNA断片を、シリカ樹脂を用いて精製し、TAクローニングキット(Invitrogen社)を用いて、pCRIIベクターにクローニングした。
【0062】
pCRIIベクターにクローニングされたcDNAについて、その全塩基配列を明らかにし、VEGFのcDNA断片が得られていることを確認した。得られたVEGFcDNAの塩基配列は、Genebank〔(1)アクセション番号:BC061468、塩基番号(CDS):395..967〕に登録されているマウスVEGF−Aの塩基配列(成熟体が120アミノ酸残基長のスプライスバリアントであるVEGF120)と完全に一致していた。本研究では、VEGFの情報伝達系を解析する目的でVEGF120に焦点を当てる(VEGF120を発現させることにより、VEGF受容体1と2のみを活性化させる)。これらの操作によって得られたVEGF120のベクターをpCRII−VEGF120と名付けた。
【0063】
続いて、発現ベクターへのクローニングを目的に、pCRII−VEGF120からVEGF120のcDNA断片を制限酵素処理によって切り出し、動物細胞用発現ベクターpNN265に組み込んだ。このベクターは、CMVプロモーターを保有していることから様々な動物細胞種で遺伝子発現を可能とする。また、このベクターはクローニング部位にエクソン―イントロン構造を持つことから、より自然な形で遺伝子発現を行うことができる。また、クローニング部位の下流領域にはSV40由来のポリAシグナルが存在し、mRNAの成熟化を助ける。この操作で得られた発現ベクターについて、制限酵素処理及びDNA塩基配列解析を行い、VEGF120のcDNAがpNN265に正しくクローニングされていることを確認した。この組換えベクターは、pNN265−VEGF120と名付けた。
【0064】
次に培養細胞におけるVEGFの発現を確認すべく、VEGF120の発現ベクターであるpNN265−VEGF120を、ヒト胎児腎臓由来の細胞株であるHEK293T細胞に導入した。遺伝子導入には、トランスフェクションと呼ばれる手法を用い、ベクターDNAを効率的(通常1−5割程度)に細胞に付与する。DNAを付与された細胞では、発現ベクター上の遺伝子が活性化されて、その遺伝子産物が作られる。遺伝子導入2日後に細胞を回収して、タンパク質抽出液を得た。このタンパク質試料を用いて、ウエスタンブロットを行い、抗VEGF抗体を用いて、VEGFを検出した。これにより、VEGF120は予想された分子量で発現され、また培養液中に分泌されることを確認した。この一連の操作によって、VEGF120の発現系が哺乳動物細胞において正常に作動することが確認された。
【0065】
カルシウムカルモジュリンキナーゼ・タイプII(CaMKII)遺伝子プロモーター作動性発現ベクターを構築するために、CMVプロモーター作動性のVEGF120発現ベクター(pNN265−VEGF120)から、VEGF120 cDNAを有するエクソン−イントロン構造とポリAシグナルを含む領域のDNA断片(「VEGF120エクソン−イントロンカセット」と呼ぶことにする)を制限酵素処理により得て、CaMKIIプロモーター作動性の発現ベクターpMM603に組み込んだ。これにより、VEGF120の発現がCaMKIIプロモーターの制御下に置かれることになる。この操作で得られた組み換えDNAについて、制限酵素処理及びDNA塩基配列解析を行い、VEGF120エクソン−イントロンカセットがpMM603に正しくクローニングされていることを確認した。この組換えベクターを、pMM603−VEGF120と名付けた。
【0066】
次に、神経細胞にてVEGF120が産生されることを確かめるために、pMM603−VEGF120を、ラット胎児から調製した初代海馬培養細胞に遺伝子導入を行った。この目的は、CaMKIIプロモーターの働きにより、神経細胞においてVEGF120が産生されることを確かめるためである。遺伝子導入にはトランスフェクション用いるが、一般に神経細胞への導入効率は低く、通常1%程度である。遺伝子導入後2日目に、培養細胞を固定して、抗VEGF抗体を用いて免疫染色を行った。結果として、pMM603−VEGF120が導入された神経細胞では期待通りVEGF120の発現が確認され、CaMKIIプロモーターが作動しないアストロサイト(主要なグリア細胞)においてはVEGF120の発現が見られないことがわかった。すなわち、CaMKIIプロモーターが神経細胞で特異的に作動すること、及びVEGF120が神経細胞において正常に産生されることを確認した。
【0067】
トランスジェニックマウスを作製するため、VEGF120発現カセットを調製した。pMM603−VEGF120を制限酵素で処理することによって、CaMKIIプロモーター制御下のVEGF120エクソン―イントロンカセット(「VEGF120発現カセット」と呼ぶ)のDNA断片を調製した。続いて、VEGF120発現カセットを受精卵に微量投入しトランスジェニックマウスの作製を行った。VEGF120発現カセットのDNA断片をマウス受精卵に微量注入する作業はSLC株式会社への委託によって行われた。作業としては、まずDBF1マウス(DBA/2マウスとC57BL/6マウスを交配させて得られる)から受精卵(300細胞程)を得て、微量注入法によりDNA断片を受精卵の核の中に導入した。正常に2細胞へと分裂した胚(223胚)は、仮親の雌マウスに移植され、20日後に産仔として得られた。
【0068】
得られた産仔について尾からDNAを抽出し、PCR法によって遺伝子改変がなされた動物を同定した。PCRにおいて、VEGF120発現カセットに特異的な配列をもつプライマーを用いると、遺伝子改変がなされた動物ではDNAの増幅がみられるが、野生型であれば増幅はみられない。また、コントロールとしてマウスの内在性VEGF−Aに対するプライマーを用いると、野生型マウスでも遺伝子改変マウスでも同様に増幅される。これらのプライマーを用いると、それぞれのDNA標本について、PCRによる反応が正しく行われたかどうかを確認すると同時に、遺伝子型を判定することができる。このようなPCRを用いた手法でマウスの遺伝子型を判定し、離乳したマウスの33匹中4匹がトランスジェニックマウス(VEGF120−TGマウス、系統1から4)であることが判明した。このマウス世代をF0とする。
【0069】
戻し交配を繰り返すことによって、産仔の遺伝的背景が交配に用いた動物の遺伝的背景に近づく。すなわち、野生型動物C57BL/6を対照群として各種の実験を行う場合、遺伝子改変動物をC57BL/6マウスの遺伝的背景に近づける必要がある。言い換えると、遺伝子改変がなされた領域以外の染色体DNAを全て、交配に使用する動物の染色体DNAに置換するということである。今回得られたトランスジェニックマウス(F0)は、既に50%のC57BL/6マウスの遺伝的背景を有していることから、最初の戻し交配で得られる産仔(F1)は、75%のC57BL/6マウスの遺伝的背景を有することになる。戻し交配を5回行うと(F5)、98.4%がC57BL/6マウスの遺伝的背景を有することになる。4系統(系統1から4)のVEGF120−TGマウスを、野生型マウスであるC57BL/6マウスと交配させ、得られた産仔の遺伝子型をPCR法によって調べたところ、2系統について改変遺伝子がF1に受け継がれていることがわかった(他の2系統については、2細胞期以降に改変遺伝子が染色体DNAに挿入され、生殖細胞に受け継がれなかった可能性がある)。この2系統(VEGF120−TGマウスの系統1と系統2とする)について、5回以上の戻し交配を行い、以下の実験に用いた。
【0070】
実施例2:脳におけるVEGFの発現
本発明者らはVEGF120−TGマウスの前脳におけるVEGF mRNAの発現を以下の手順で確認を行った
【0071】
遺伝子が活性化するとmRNAが生成される。すなわち、mRNAの発現形態を調べることによって、VEGF120−TGマウスにおいてVEGFが発現しているかどうかを確認することができる。組織におけるmRNAの発現を調べるために、in situ hybridizationを行った。
【0072】
VEGF120−TGマウスの作製に使用したCaMKIIのプロモーターは、前脳の神経細胞で特異的な活性を有する。そのため、脳組織を標本としてmRNAの解析をすることにした。脳標本は、VEGF120−TGマウスの系統1と系統2のほか、野生型マウスと低酸素処理を行った野生型マウスを使用した。VEGF−Aは、虚血や低酸素によって顕著に産生されることが知られており、これを内在性VEGF−Aのポジティブコントロールとすることができる。脳標本は、マウスから脳を摘出後、すぐに包埋剤(OCT compound, Tissue Tech, USA)とともに−80℃で凍結した。この凍結脳標本から、厚さ40μmの矢状切片(脳を縦切りにした切片)In situ hybridizationは、Schaeren−Wiemers and Gerfin−Moser(1993)の方法に従った。mRNAを検出するためのアンチセンスプローブは、pCRII−VEGF120を鋳型として、ジゴキシゲニン(digoxigenin)(DIG)で化学標識された核酸類似体を基質に用い、in vitro転写法により合成した。このアンチセンスプローブは、塩基長が400bp程度で、VEGF120 cDNAの全領域を包含しており、検出できるVEGF−A mRNAは、全ての内在性のVEGF−A(VEGF120, VEGF144, VEGF164, VEGF188, VEGF205を含む)及び、改変遺伝子由来のVEGF120である。同様に、センスプローブをin vitro転写法により作製し、これは非特異的シグナルの程度を調べる目的で使用する。脳切片にアンチセンスプローブ(又はセンスプローブ)を含有したハイブリダイゼーション溶液を加えると、脳組織中のVEGF−A mRNAとDIGで標識されたアンチセンスプローブとの間で特異的に相補的な2本鎖の形成反応が起こり、アンチセンスプローブが組織中に安定的に保持される。次に、DIGで標識されたアンチセンスプローブを検出するために、アルカリ性フォスファターゼと架橋された抗DIG抗体を加えて、DIGを特異的に反応させる。最後に、アルカリ性フォスファターゼの基質を脳切片上に加えることによって呈色反応が起こり、酵素濃度が高い部分がより強く紫色に着色する。すなわち、VEGF mRNAがより多く産生されている領域において、強い紫色のシグナルが検出される。
【0073】
6週齢のTGマウス系統1、TGマウス系統2、WTマウス、低酸素処理のWTマウスから脳組織を取り出し、厚さ40μmの矢状切片(正中線より1mm程外側)を作製した。これらの脳切片を、VEGF−Aのアンチセンスプローブを用いて、in situ hybridizationを行った。結果を図1に示す。図1の左の4つの写真は矢状切片の全体像であり、右の4つの写真は海馬領域を拡大したものである。図からわかるように、VEGF120 mRNAは、WTマウスでは染色が薄く基底レベルであるが、TGマウス系統1(TG(L1))では発現量が高いことがわかる。TGマウス系統1では、特に大脳皮質、線条体、海馬において顕著なVEGF mRNAの発現が見られ、これはプロモーターとして用いたCaMKIIの発現パターンと一致している。一方、TGマウス系統2(TG(L2))ではほぼWTマウスと同程度の染色であり、VEGFの過剰発現が起きていないことを表している。低酸素処理を行ったWTマウスでは、VEGF mRNAの発現が脳全体で高くなっていた。これは、虚血や低酸素によってVEGFの発現が増加するという報告と一致している。
海馬領域について検討しても同様な結果が導かれる。TGマウス系統1(TG(L1))の海馬では、CA1−3領域の錐体細胞層及び歯状回の顆粒細胞層(海馬の錐体細胞及び顆粒細胞はともに興奮性の神経細胞である)において明瞭な染色がみられることから、TGマウスの神経細胞では導入遺伝子であるVEGF120が活性化していることを意味する。CaMKIIのプロモーターは神経細胞に特異的に発現することが知られており、この結果とうまく一致している。WTマウスの海馬におけるVEGFの発現は、通常の環境下では基底状態であるが(神経細胞層に薄い染色がみられる)、動物を低酸素下に置くと、海馬の神経細胞でVEGF mRNAの発現量が著しく高くなっている。酸素が低い状態では、生体反応として、新たな血管形成を促すために、血管新生因子であるVEGFの産生が(酸素要求性の高い神経細胞は特に)増加するものと考えられる。
【0074】
実施例3:VEGF120−TGマウスの脳におけるVEGFタンパク質の発現
遺伝子が活性化するとmRNAが生成され、遺伝子産物としてのタンパク質に翻訳される。ここでは、Western blot法を用いて、VEGF120−TGマウスにおけるVEGFの発現をタンパク質レベルから調べることを目的とした。
【0075】
タンパク質の発現レベルを定量的に解析する方法として、Western blot法を用いる。この方法は、まず、標本タンパク質を界面活性剤(SDS)で処理することによって負に帯電させ、電場のかかった多孔質ゲル中を電気泳動させることにより、分子量に従って分離する。次に、ゲル中のタンパク質を膜(例、PVDF膜)に転写・固定させ、1次抗体(例、抗VEGFウサギ抗体)と反応させる。最後に、酵素(例、過酸化酵素)と結合した2次抗体(例、過酸化酵素結合型−抗ウサギIgGロバ抗体)と反応させて、酵素基質反応(例、化学発光)を行う。これにより、目的とするタンパク質が存在する部位が特異的に検出できるほか(見かけの分子量がわかる)、酵素抗体反応の強度が検出するタンパク質の存在量と比例することから、発現量を定量的に調べることができる。
タンパク質標本は、マウスの脳及び各脳領域から得る。これらをWestern blot法を用いてVEGFを検出すれば、全体としてのVEGF発現量の違い、及び各脳領域での発現量の違いを調べることができる。
【0076】
6週齢のWT及びTGマウス(系統1と2)を用いて、脳及び各脳領域からタンパク質標本を得た。結果を図2に示す。図2の左図は、系統1と系統2のWT及びTGマウスの脳全体のWestern blotである(L1とL2:系統1と2のTGマウス、C1とC2:系統1と2のWTマウス)。VEGFのシグナル(バンド)は、TGマウス系統1から検出されたが、TGマウス系統2とWTマウスについては検出できなかった(VEGFの存在量が少ないためと考えられる)。検出されたバンドは3本あるが、上部の2つはそれぞれ、未成熟型(約23kDa)、成熟型(約19kDa)のVEGFであり、最も小さいバンド(約16kDa)は分解産物もしくは非修飾型のVEGFであると思われる。一次構造から推定される成熟型VEGF120の分子量は14kDaであるが、翻訳後に糖鎖修飾を受けて分子量が大きくなることが知られている。図2の右図は、系統1のTGマウスについて各脳領域のタンパク標本をWestern blotで分析したものである(Total:脳全体、Ob:嗅球、Ct:大脳皮質、Hp:海馬、St:線条体、Th:視床、Cb:小脳)。図からわかるように、大脳皮質、海馬、線条体で特にVEGFの発現が強く見られた。この結果は、in situ hybridizationによるmRNAの発現分布と一致している。すなわち、タンパク質レベルでもTGマウスの前脳においてVEGFが過剰に産生されていることが判明した。
【0077】
実施例4: VEGF120−TGマウスの脳におけるVEGFタンパク質の経時的発現
VEGF120−TGマウスの系統1についてVEGF120の過剰発現が確認されたが、前述の実験は6週齢のマウスついて行ったものであった。そこで、週例の異なるマウスからタンパク質標本を調製し、Western blot法を用いてVEGF120の発現量を調べることにした。
【0078】
6、10、30、50週齢のTGマウス、及び6週齢のWTマウスの海馬を摘出し、タンパク質標本をWestern blotで分析した。Western blot法の原理については、前述の通りである。この実験では、検出するタンパク質として、VEGFのほか、VEGF受容体2(Flk−1)、脳由来神経栄養因子(BDNF)、及び内部標準としてβ−チューブリン(β−Tubulin)の解析を行った。結果を図3に示す。図3に示すように、TGマウスにおいてVEGF120(ここでは成熟体のみを示している)は、6、10、30、50週齢の全てにおいて発現が確認され、ほぼ一定であることがわかった。これは、用いたCaMKIIのプロモーターの発現様式と一致しており、一生の間発現が継続することを示唆している。また、VEGFの受容体であるFlk−1についても同様な結果が得られ、発現のレベルはほぼ一定であることがわかった。リガンドが多量に存在すると、その受容体の発現量が低下する現象(受容体のダウンレギュレーション)が見られることがある。しかし、VEGFの過剰発現(生後2、3週齢より始る)にもかかわらず、Flk−1の発現は一定であることから、ダウンレギュレーションによってVEGFシグナル伝達系の不活性化は起っていないと考えられる。VEGF以外の成長因子としてBDNFを検出したところ、この因子は週例とともに徐々に発現量が減少する傾向にあることがわかった。内部標準として用いているβ−Tubulinは主要な細胞骨格タンパク質であり、どの細胞、どの時期においてもほぼ一定に産生されている。この結果からもわかるように、ほかのタンパク質の変化にも関わらず、一定量の発現が見られている。
【0079】
実施例5:VEGF120−TGマウスの海馬神経細胞におけるVEGF120の発現
本実験は、神経細胞においてVEGF120タンパク質が過剰に発現されているかどうかを調べるために行う。Western blot法では、組織をすり潰して得られる試料を分析するため、異なる細胞種における発現様式が解析できない。そのため、免疫組織化学染色法を用いて、細胞レベルでの解析をおこなう。
【0080】
免疫組織化学染色法は、組織の切片に抗体を反応させることによって、目的とするタンパク質を特異的に検出する方法である。ここでは蛍光抗体法による免疫化学染色を行う。これはまず、組織の切片を調製してそれを1次抗体(例、抗VEGFウサギ抗体)と反応させて、次に、1次抗体に対して蛍光標識された2次抗体(例、Cy5標識‐抗ウサギIgGロバ抗体)とを反応させる。この操作で、目的とするタンパク質が存在している部分が特異的に蛍光染色される。切片を蛍光顕微鏡下で観察し、どの細胞でタンパク質が発現しているかを調べる。
【0081】
6週齢のWT及びTGマウスから脳組織を摘出し、40μm厚の冠状切片を作製した。結果を図4に示す。図4は、海馬を含む脳切片について蛍光抗体法によるVEGFの免疫化学染色を行い、海馬の歯状回(DG、左側の2枚の写真)とCA1領域(CA1、右側の2枚の写真)について観察したものである(スケール:100μm)。サイト13グリーン(Syto13 green)(Molecular Probe社)による核染色も同時に行った。VEGFを赤色、細胞核を緑色で示した。VEGF120−TGマウスにおいて、海馬歯状回の顆粒細胞と海馬CA1領域の錐体細胞の両神経細胞において蛍光が検出されたことから、神経細胞でVEGF120が発現していることが分かる。
【0082】
実施例6: VEGF120−TGマウスにおける脳の比較
本発明者らは実験を通して、VEGF120−TGマウスの脳はWTマウスと比較するとやや大きい印象を得ていた。そのため、両マウスの脳を比較することにした。
【0083】
WT及びTGマウスの脳を取り出して、形態及びその重量を比較する。また、体重を測定することによって、体重に対する脳重量の比を算出することができる。
【0084】
6週齢のWT及びTGマウスから脳組織を摘出し、それを並べて比較した。結果を図5に示す図5に示すように、WTマウスに比べると、TGマウスの脳は大きく、特に前脳が肥大していることが分かる。また、TGマウスの脳は赤味を帯びており、脳表面の血管(図では前大脳動脈や中大脳脳動脈が明瞭に観察される)。これは、VEGFによる細胞増殖と血管新生の促進による影響であることが考えられる。
【0085】
次に、15週齢の雄マウスについて、脳重量と体重について比較した。結果を図6に示す。図6に示すように、WTマウスに比べてTGマウスは約2割も脳重量が増加していることが判明した(WTマウス:464.3±4.2mg、TGマウス:570.9±12.2mg;対応のないスチューデントt−検定(unpaired Student’s t−test)による検定でP<0.01)。一方、体重においてはTGマウスが1割ほど軽いことがわかった(WTマウス:33.2±0.8g、TGマウス:29.7±1.1g;unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.01)。結果として、体重に対する脳重量の比でみるとTGマウスで37%の増加となっていた(WTマウス:1.43±0.02%、TGマウス:1.95±0.08%;unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.01)。この結果により、TGマウスの脳は有意に大きくなっていることがわかった。
【0086】
実施例7: VEGF120−TG マウスの脳における細胞数の変化
WTマウスにくらべてTGマウスの脳は有意に大きくなっていることから、脳組織中の細胞増殖が促進されていることが考えられた。そのため、細胞増殖の程度を定量的に解析することにした。
【0087】
WT及びTGマウスの脳から切片を作製し、これを核染色及び神経細胞の免疫組織染色を行う。核はそれぞれの細胞に存在することから、核染色によって細胞数を調べることができる。また、神経細胞に特異的なタンパク質であるNeuNの発現を指標として個々の神経細胞を同定し、脳組織中の神経細胞数を調べることができる。この実験によって、細胞数及び神経細胞数に差があるかどうか定量的に比較することができる。
【0088】
6週齢のWT及びTGマウスより脳を摘出し冠状切片を作製した。大脳皮質及び線条体を含む切片について、syto13 greenによる核染色(緑色)及びNeuN(青色)に対する免疫組織染色を行い、図7に示すような結果を得た。TGマウスでは明らかに細胞核の密度が高くなっていることがわかる(スケール:200μm)。次に、これらの画像をもとに、単位体積あたりの細胞数及び神経細胞数を定量的に調べたのが図8である。細胞密度についてみてみると、大脳皮質と線条体においてともにTGマウスが3割程増加していることがわかった(遺伝子型による効果:F1,28=72.60,P<0.0001、相互作用による効果は有意差なし; two−way factorial ANOVA(2方向性要因分散分析)による検定)。次に、神経細胞密度についてみると、大脳皮質及び線条体ともにWT及びTGマウスの間で変化がみられないことがわかった(遺伝子型による効果:F1,28=0.18,P=0.67、相互作用による効果は有意差なし;two−way factorial ANOVAによる検定)。しかし、TGマウスでは脳の体積が大きくなっていることを考慮すると、神経細胞数は総和として増加している可能性がある。これらの結果より、TGマウスの脳においては細胞増殖が有意に増加していることが明らかになった。
【0089】
実施例8: VEGF120−TG マウスの脳における細胞増殖の程度
TGマウスの脳では細胞密度が高くなっていることから、細胞分裂の速度が増加していることが示唆される。これを定量的に解析するために、分裂細胞を特異的に標識してその数を測定することにした。
【0090】
分裂細胞ではDNAの複製が盛んに起こっていることから、化学標識された核酸を動物に投与することによって、in vivoで体内のすべての分裂細胞を標識することができる。核酸類似物質としては、5−ブロモ−2’−デオキシウリジン(5−bromo−2’−deoxyuridine)(BrdU)を用い、DNA合成時にチミジンと間違って取り込まれることによって、分裂細胞の染色体DNAが特異的に標識される。BrdUを体重当たり100mg/kg、投与量を10mg/mlとして腹腔内投与し、2時間後に動物を4%パラホルムアルデヒド溶液を用いて灌流固定する。この操作によって、2時間の間で分裂していた細胞が in vivo標識されることになる。BrdUで特異的に標識された細胞は、抗BrdU抗体を用いた免疫組織染色によって検出することができる。蛍光画像を解析し、単位面積あたりのBrdU陽性細胞の数を測定し、切片の厚さを考慮することによって、単位体積あたりの分裂細胞数を調べることができる。この数を比較することで、細胞分裂の程度を定量的に比較することが可能となる。
【0091】
6週齢のWT及びTGマウス、それぞれ3匹を実験に使用した。動物にBrdUを腹腔投与して、分裂細胞を2時間標識した。灌流固定後、マウスの脳より40μm厚の冠状切片を調製し、免疫組織染色によりBrdUで標識された分裂細胞を検出した。図9に結果を示す(スケール:2mm)。図9では、大脳皮質と線条体を含む領域を観察した図を示している。上の2枚の写真は位相差顕微鏡による画像を、下の2枚の写真はBrdUの蛍光画像を示し、WT及びTGマウスの脳切片を、それぞれ左側と右側に配置している。分裂細胞は、WTマウス及びTGマウスにおいて、同様な分布を示し、特に側脳室の上衣、外套、で多く観察された。しかし、分裂細胞の数はTGマウスにおいて増加していることが確認され、大脳皮質や線条体では分裂細胞の数は比較的に少ないが、TGマウスにおいてはその部分においても増加していた。それを定量的に測定した結果を図10に示す。大脳皮質及び線条体における分裂細胞数はTGマウスにおいて3〜5倍増加していた(大脳皮質−WTマウス:109±16cells/mm3、TGマウス:420±15cells/mm3;線条体−WTマウス:65±7cells/mm3、TGマウス:368±16cells/mm3;遺伝子型による効果:F1,8=215.32,P<0.0001、相互作用による効果は有意差なし; two−way factorial ANOVAによる検定)。
【0092】
実施例9: VEGF120−TGマウスにおける海馬の肥大
前項で大脳皮質と線条体における解析を行ったが、次に海馬について比較することにした。
【0093】
WT及びTGマウスから海馬を取り出し、吻側から尾側へ250μm毎に50μm厚の切片を得る。これを、syto13 greenにより核染色し、海馬の神経細胞層を可視化する。まず、海馬及び歯状回の顆粒細胞層の断面積を測定し、次に各切片から得られた面積から体積を得る。算出された海馬の体積、及び歯状回の体積から、VEGFが海馬の細胞増殖にたいする効果を比較する。
【0094】
6週齢のWT及びTGマウスをそれぞれ4匹を実験に使用した。マウス脳より海馬を取り出し、吻側から尾側へ向かって250μm毎に50μm厚の切片を得る。これらの切片をsyto13greenにより核染色し、写真を撮った。結果を図11に示す。図11においてその一例である(WTマウスは左図、TGマウスは右図に示す、スケールは1mm)。各切片について、海馬(海馬台と海馬采を除く)及び顆粒細胞層について断面積を求めた結果を図12に示す。TGマウスの海馬及び顆粒細胞層についてWTマウスのものよりも大きくなっていることがわかる。このデータをもとに、体積を求めた結果を図13に示す。WTマウスと比べてTGマウスの海馬は有意に大きくなっていることがわかる(WTマウス:0.460±0.015mm3、TGマウス:0.721±0.026mm3;unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.001)。同様に、歯状回の顆粒細胞層も有意に大きくなっていることがわかった(WTマウス:12.526±0.233mm3、TGマウス:15.491±0.284mm3;unpaired Student’s t−testによる検定でp<0.001)。
【0095】
実施例10:VEGF120−TGマウスにおける神経新生
TGマウスの海馬が大きいことから、細胞新生が盛んになっていることが予想された。海馬は神経細胞が特に盛んな領域であり、顆粒細胞層(海馬歯状回の神経細胞層)の拡大は神経新生の増大によるものと考えることができる。そこで、BrdU標識によって分裂細胞を特異的に検出し、その細胞密度を定量的に比較することにした。
【0096】
前述の通り、核酸類似体であるBrdUを動物に投与して、分裂細胞を特異的に標識する。海馬領域について200μmおきに厚さ40μmの冠状切片を作製し、抗BrdU抗体を用いて免疫組織染色を行う。BrdU陽性細胞である分裂細胞は蛍光により同定する。同時にsyto13greenを用いて細胞核を染色し、海馬歯状回の顆粒細胞層を可視化する。神経前駆細胞は顆粒細胞下層(subgranular zone, SGZ)に多く存在することから、ほとんどのBrdU陽性細胞はこの領域で見いだされる。そのため、顆粒細胞下層に沿ってBrdU陽性細胞数を計測することによって、分裂細胞の密度を求めることができる。分裂細胞の密度としては、顆粒細胞下層の単位長さあたりのBrdU陽性細胞の数とし(細胞数/mm SGZ)、これは同一個体の海馬のどの部分においてもほぼ一定であること知られている。
【0097】
6週齢のWT及びTGマウスをそれぞれ10匹実験に使用した。マウスの海馬を含む領域200μmおきに冠状切片を得て(領域:海馬の吻側末端から1200μmの位置に始まって1800μmの位置まで)、1個体あたり約4−6片を実験に用いた。抗BrdU抗体による免疫組織染色とsyto13 greenによる核染色を施し、各切片の左右の海馬歯状回について写真を撮った(合計8−12枚の画像)。図14に結果を示す。図14では、WT及びTGマウスの歯状回におけるBrdU陽性細胞の免疫染色画像(白黒)を示しており、各画像の右上に挿入された図は、同一領域の核染色画像(緑色)である(スケール:200μm)。緑色で示された顆粒細胞層より下の細胞層が顆粒細胞下層(SGZ)であり、神経前駆細胞が豊富に存在している部分である。WT及びTGマウスともに、BrdU陽性細胞の多くが顆粒細胞下層に存在していることがわかる。予想通り、TGマウスでより多くの増殖細胞がみられることが分かる。これらの画像をもとに、各個体からBrdU陽性細胞の密度(BrdU陽性細胞数/mm SGZ)の平均を求めた結果を図15に示す。この解析によって、TGマウスはWTマウスに比べて、海馬歯状回の顆粒細胞下層における分裂細胞の密度が約2倍になっていることが判明した(WTマウス: 4.98±0.58cells/mm SGZ、TGマウス:10.47±1.63cells/mm SGZ;Welch’s t−testによる検定でP<0.01)。このことから、VEGFは海馬において細胞増殖を有意に促進していることが明らかとなった。また、顆粒細胞下層における分裂細胞のほとんどは神経前駆細胞であると考えられることから、神経新生が盛んになっていると考えられる(神経新生については、後述の実施例で証明している)。
【0098】
実施例11:VEGF120−TGマウスの海馬における細胞新生の程度
VEGFは海馬における神経新生を著しく増加させることを示したが、別の刺激を与えることによってさらに細胞新生が促進されるかどうかを調べることにした。これは、VEGFによって細胞新生が飽和レベルまで活性化されているかどうかを調べるためである。
【0099】
海馬歯状回における分裂細胞の測定は前述の実施例に従う。ここでは、海馬での神経新生を効果的に促進する刺激として随意運動を用いることとし、げっ歯類においては廻し車を飼育箱に設置することによって随意的に運動をさせることができる。WT及びTGマウスをそれぞれ2群に分けて、廻し車(直径16cm、奥行き8.5cm)を設置したものとそうでない飼育箱(幅25cm、高さ35cm、奥行き40cm)に入れて3週間飼育する。廻し車の回転は、赤外線センサーが付属したデジタルカウンターで自動計測する。回転数と廻し車の円周(約50cm)より、走行距離を算出することができる。マウスは飼育箱に入れられたあと、徐々に廻し車で運動するようになり、3週間後の時点では、1匹について1日あたり約2km走るようになる。その後、核酸類似体であるBrdUをマウスに投与することによって分裂細胞を標識し、海馬歯状回におけるBrdU陽性細胞の密度を測定する。
【0100】
6週齢のWT及びTGマウスをそれぞれ対照群と運動群の2群に分けて実験を行った。用いた動物数は、WTマウスの対照群と運動群でそれぞれ6、7匹、TGマウスの対照群と運動群でそれぞれ6、5匹である。3週間廻し車で随意運動したものとそうでないマウスに対し、ともにBrdUを投与し分裂細胞を標識した。灌流固定後、マウスから脳を取り出し、これより海馬を含む領域について冠状切片を作成した(前述の通り)。これらを、抗BrdU抗体を用いた免疫組織染色とsyto13 greenによる核染色を行い、顆粒細胞下層におけるBrdU陽性細胞の密度を測定した。図16にその結果を示す。まずWTマウスについてみてみると、運動群は対照群とくらべて分裂細胞の密度が約40%も上昇していることがわかった(WTマウス対照群:4.43±0.57cells/mmSGZ、WTマウス運動群:6.35±0.29cells/mmSGZ;unpaired Student’s t−test による検定でP<0.01)。しかし、TGマウスついてみると、随意運動による促進効果はみられないことがわかった(TGマウス対照群:11.20±2.67cells/mm SGZ、TGマウス運動群:11.93±1.65cells/mm SGZ;unpaired Student’s t−testによる検定でP=0.83)。また、分裂細胞の密度は、WTマウスと比べてTGマウスのほうが高くなっている(Kruskal−Wallis testによる検定でP<0.01)。この結果から、TGマウスの歯状回における細胞分裂はほぼ飽和レベルに達していると思われ、VEGF120が十分に細胞新生を促進していることが考えられる。
【0101】
実施例12: VEGF120−TGマウスの海馬歯状回における神経前駆細胞の観察
TGマウスの海馬歯状回において細胞新生が促進されていることが明らかとなった。それらの分裂細胞は神経前駆細胞である可能性が高い。そのため、実際にそうであるのか検証するために、神経前駆細胞の検出をおこなった。
【0102】
中枢神経系における神経前駆細胞は、ネスチン(Nestin)とよばれる中間系繊維タンパク質を発現している。すなわち、このタンパク質を指標とすることによって、免疫組織染色法を用いて神経前駆細胞の分布を調べることができ、またWestern blot法を用いるとNestinタンパク質の発現量を比較することができる。実験では、WT及びTGマウスの海馬より得たタンパク質標本を用いて比較を行った。
【0103】
6週齢のWT及びTGマウスから、海馬領域を含む冠状切片を作製した。抗Nestin抗体(ウサギ由来モノクローナル抗体、Chemicon社)を用いて免疫組織染色を行った。ここでは、BrdUに対する免疫組織染色(赤色)及びsyto13 greenによる核染色(緑色)を同時に行っている。図17に示すように、TGマウスはWTマウスに比べて、Nestinの免疫染色(青色)が強い(スケール:200μm)。WTマウスについてみると、Nestin陽である神経前駆細胞は、海馬歯状回の顆粒細胞下層に沿って存在していることがわかる。それに対して、TGマウスにおいては、Nestin陽性細胞が歯状回の顆粒細胞下層のみならず、顆粒細胞層に挟まれた海馬門部(多形細胞層)にも多数散在していることがわかった。次に、海馬より得たタンパク質試料をWestern blot法で解析することによって、Nestinタンパク質の発現量を比較することにした。WT及びTGマウスそれぞれ2匹を実験に用いた。図18に示すように、Nestinタンパク質(〜140kDa)はTGマウスにおいて顕著に発現していることが確認された(分子量マーカー:上から103,77,50,34kDa)。内部標準として用いたβ−Tubulin(〜51kDa)の量は、それぞれについてほぼ同程度であり、等量のタンパク質が分析されていることがわかる。すなわち、TGマウスでは明らかにNestinの発現レベルが高くなっており、神経前駆細胞の数が増加しているものと考えられる。
【0104】
実施例13:VEGF120−TGマウスの海馬歯状回における未熟神経細胞の増加
TGマウスの脳では神経前駆細胞の数が有意に増加していたことから、神経細胞の新生が盛んになっていることが考えられる。これを検証するために、未熟神経細胞を免疫組織染色により同定し、神経新生の程度を調べることにした。
【0105】
ダブルコルチン(Doublecortin)(Dcx)は、中枢神経系の未熟神経細胞で特異的に発現する構造タンパク質である。抗Dcx抗体を用いて免疫組織染色を行えば、未熟な神経細胞の組織における分布や細胞構造を調べることができる。WTマウスとTGマウスの未熟神経細胞を比較することにより、神経新生の様子を観察することができる。
【0106】
6週齢のWT及びTGマウスをBrdUで標識し、10週齢の時点で動物を灌流固定した。海馬領域を含む冠状切片を作製し、抗Dcx抗体(ウサギ由来クローナル抗体、Chemicon社)と抗NeuN抗体による免疫染色組織染色、およびsyto13greenによる核染色を行った。また同時に、BrdUに対する免疫組織染色(赤色)を行っている。図19に海馬歯状回の蛍光染色画像を示している(スケール:50μm)。左側の2枚はWTマウス、右側の2枚にはTGマウスの画像を示している。Dcx免疫染色(緑色)のみの免疫染色画像とNeuN(青色)とBrdU(赤色)を重ね合わせた免疫染色画像を示している。
図19から明らかなように、TGマウスの脳ではより多くの未熟神経細胞が存在していることがわかる。WTのDcx染色で分かるように、通常、未熟神経細胞は顆粒細胞層でもっとも内側にその細胞体が存在し、頂上樹状突起及び基底樹状突起を伸長している。ところが、TGマウスでは、未熟細胞が顆粒細胞層のあらゆる場所に存在し、樹状突起の発達も著しいことがわかった。また、生まれてから4週間を経たBrdU陽性細胞は、そのほとんどが神経細胞の指標タンパク質であるNeuNと共染色されていることから、神経細胞に分化していることが考えられる。Dcxの場合と同様に、より成熟化した若い神経細胞についても、通常そのほとんどが顆粒細胞の最内側に存在しているが、TGマウスでは顆粒細胞層の中央もしくは外側まで分布していた。これは、TGマウスにおいて新しく作られた神経細胞がより早く発達しているものと捉えることができる。これらの結果から、VEGFは神経新生を促していることが証明され、神経細胞の成熟化にも正に作用している可能性がある。
【0107】
実施例14: VEGF120−TGマウスの海馬歯状回における新生細胞の分化
海馬歯状回でみられる分裂細胞のほとんどは神経前駆細胞であることが知られている。しかし、VEGFが細胞の分化に変化を与えている可能性があるため、海馬歯状回における分裂細胞がどのような細胞に分化しているのかについて、調べることにした。
【0108】
分裂細胞はBrdUを投与することによってin vivoで標識することができる。したがって、細胞が分化するために十分な時間(4週間)を与えた後で、それらの細胞を観察することで調べることができる。本実験では、6週齢のマウスにBrdUを4回投与し(1日1回、4日間)、4週間後の10週齢の時点で動物を固定する。得られた脳から海馬を含む領域について冠状切片を作製し(前述の通り)、BrdU及び各種細胞マーカーに対する免疫組織染色を行う。細胞特異的マーカーとしては、神経細胞に対してはNeuN、アストロサイトに対してはグリア細胞繊維性酸性タンパク質(GFAP)を用いる。すなわち、切片をBrdU、NeuN、GFAPについて3重染色する。海馬歯状回の顆粒細胞層を観察して、BrdUに陽性である細胞について、それらがNeuNもしくはGFAPと共染色されているか、又はNeuNやGFAPともに陰性であるかどうかを調べる。この操作よって、生まれてから4週間を経た細胞が、神経細胞、アストロサイト、もしくはその他の細胞に分化していることを調べることができる。
【0109】
6週齢のWT及びTGマウスをBrdUで標識し、10週齢の時点で動物を灌流固定した。海馬を含む脳領域について冠状切片を作製し、免疫染色を行った。神経細胞及びアストロサイトを検出するために、抗Nestin抗体(マウスモノクローナル抗体、Chemicon社)と抗GFAP抗体(ウサギポリクローナル抗体、Sigma社)を用いている。図20は、BrdU(赤色)、NeuN(緑色)、GFAP(青色)について海馬歯状回領域の免疫組織染色画像である(スケール:50μm)。WTマウスにおいては、BrdU陽性細胞の多くはNeuNと共染色されていることから、神経細胞に分化していることがわかる。また、これらの若い神経細胞は、顆粒細胞層の最も内側に存在していることがわかる。TGマウスでも多くのBrdU陽性細胞が神経細胞に分化していることがわかるが、それらは顆粒細胞層の内側だけでなく中央部や外側にも分布していた。どのような細胞に分化したのかついて、定量的に調べたのが図21である。海馬歯状回の顆粒細胞下層で生まれたほとんどの細胞は(約80%)、顆粒細胞層で神経細胞(顆粒細胞)に分化しており、アストロサイトは1%程度であった(神経細胞−WTマウス:80.2±2.3%、TGマウス:76.5±2.9%; アストロサイト−WTマウス:0.6±0.5%、TGマウス:0.5±0.3%;その他の細胞種−WTマウス:19.2±2.1%、TGマウス:23.0±3.0%;スチール−ドワス検定(Steel−Dwass’s test)による検定で両遺伝子型で有意差なし)。このことから、VEGFは神経前駆細胞由来の新生細胞の分化に影響を与えないことがわかった。また、図22に示すように、顆粒細胞層におけるBrdU陽性細胞の数を比較してみた。WT及びTGマウスをそれぞれ4匹について調べたところ、TGマウスでは顆粒細胞層におけるBrdU陽性細胞の数はほぼ2倍になっていた(WTマウス:4.58±0.24cells/mm3、TGマウス:9.78±1.17x103cells/mm3;Welch’s t−testによる分析でP<0.001)。これは、前述の6週齢のマウスの顆粒細胞下層において、分裂細胞の数がほぼ2倍になっていた事実と一致している。
【0110】
実施例15: VEGF120−TGマウスの脳における血管新生
VEGFはもともと血管新生を促進する因子として見出された。そのためVEGF120を前脳で発現するマウスでは、毛細血管の新生がどのようになっているかを調べる必要がある。そこで、VEGF120−TGマウスの脳において血管構造を調べることにした。
【0111】
血管構造を可視化する方法として、レクチンによる染色法を用いた。Lycopersicon esculentum(トマト)のレクチンは、血管内皮細胞(血管の内皮を構成する細胞)の膜上に発現している糖鎖を特異的に認識する(Thurston et al., 1996)。この性質を利用して、トマトレクチンを循環系に灌流したり、あるいは組織切片に作用させたりすることで血管構造を可視化することができる。実際的には、まず、ビオチン(ビタミンBの一種)化されたトマトレクチンを作用させ、次に蛍光物質で化学標識されたアビジン(卵白由来糖タンパク質)を作用させる。アビジンとビオチンは非常に高い親和性を持つことから、上記の操作により、トマトレクチンが存在する部分が蛍光物質で特異的に染色されることになる。レクチンで染色された切片を蛍光顕微鏡で観察することによって、血管構造を可視化することができる。
【0112】
6週齢のWT及びTGマウスから脳を取り出し、40μm厚の冠状切片を作製した。解析に使用した脳領域は、大脳皮質、海馬、小脳である。脳切片をビオチン化されたトマトレクチンと反応させた。次に、Cy5標識アビジンと反応させ、図23に示すような蛍光画像を得た(スケール:500μm)。図から明らかなように、TGマウスの海馬歯状回や大脳皮質では顕著な血管形成が観察されたが、小脳ではWTマウスと同程度であった。
次にこれを定量することにした。毛細血管の数の測定は困難であるため、単位面積当たりの蛍光強度について比較することにした。WT及びTGマウスを各群2−3匹用いて、WTマウスの小脳におけるレクチン染色の蛍光強度を1として、比較を行った。図24にその結果を示す。TGマウスの海馬(歯状回とCA1領域)と大脳皮質では血管新生が促進されていたが、小脳では変化がみられなかった(歯状回−WTマウス:1.31±0.02、TGマウス:2.52±0.22;CA1領域−WTマウス:0.93±0.18、TGマウス:1.48±0.19;大脳皮質−WTマウス:1.15±0.16、TGマウス:1.54±0.19;小脳−WTマウス:1.00±0.05、TGマウス:0.89±0.05)。この結果は、TGマウスの前脳において血管新生が促進されていることを示す。血管形成が前脳に限られた理由としては、VEGF120の発現に用いたCaMKIIのプロモーターは、前脳に特異的であり、小脳ではほとんど働かないためである。
【0113】
実施例16: VEGF120による血管径の拡張
レクチンを用いた血管構造の解析で、TGマウスでは脳血管の数が増えているだけではなく、血管自体も大きくなっているような印象を得た。そこで、本実験では血管径について定量的に測定することにした。
【0114】
前述のようにトマトのレクチンを用いて血管構造を可視化する。測定する領域として、TGマウスの脳で血管新生が特に盛んである海馬歯状回の門部(多形細胞層)を選択する。WT及びTGマウスの脳切片についてレクチン染色を行い、海馬歯状回の門部にある毛細血管を無作為に選ぶ。画像解析プログラムとしてLSMイメージブラウザー(LSM Image Browser)(Zeiss)を用い、個々の毛細血管の短径を測定する。WT及びTGマウスの脳血管の直径を比較することによって、VEGFが血管の発達に関係しているかどうかを調べることができる。
【0115】
6週齢のWT及びTGマウスをそれぞれ3匹実験に使用した。海馬を含む脳の冠状切片についてレクチン染色を行った。海馬歯状回の門部(顆粒細胞層に挟まれた領域)より蛍光画像を得て、無作為に合計200本の毛細血管を抽出し、それぞれについて短径を測定した。図25は、その結果をヒストグラム及び累計曲線で表したものである。海馬における毛細血管の直径は、WTマウスに比べてTGマウスのほうが有意に大きくなっていることがわかる(WTマウス:6.1±0.1μm、TGマウス:10.2±0.2μm;unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.0001)。すなわち、VEGFは、新たに血管を形成する作用に加えて、血管径を拡張させる作用も有していることがわかる。
【0116】
実施例17:VEGF120−TGマウスの脳における脳内浸潤実験
VEGFは血管内皮細胞に直接的に作用することから、血液脳関門の浸透性に変化がみられる可能性があった。そのため、血液脳関門が血液中の物質を排除する程度について調べることにした。
【0117】
脳血液関門の浸透性について調べる方法として、水溶性色素を利用する方法がある。水溶性の青色色素であるエバンスブルー(Evans blue)は、生体に無害であり、血液脳関門によって排除される。Evans blue溶液をマウスの尾静脈から静脈投与すると、色素は循環系を通じて全身に行き渡る。血管中の色素はしだいに組織へと浸透し、脳を除くほとんどの組織は青色に着色する。一方、血液脳関門が存在する脳組織においては色素の浸透が少ない。すなわち、VEGFがもし血液脳関門の浸透性を高める効果があるならば、色素により脳組織が着色することになる。WT及びTGマウスについて比較することで、VEGFの血液脳関門に対する効果を知ることができる。
【0118】
6週齢のWT及びTGマウスを実験に使用した。1%Evans Blueを0.9%生理食塩水に溶かしてフィルター濾過した溶液を、マウス尾静脈より200μl静脈投与した。24時間後、マウスを麻酔してPBS(リン酸緩衝食塩水)で灌流した。これは、血液中の色素を洗い流して、組織中に浸透した色素のみを観察するために行う(24時間後、青色の色素の大半は血液中から失われており、血液は通常の赤色を呈している)。灌流後、開腹したマウスを腹側から見たものが図26である。ここでは、色素を投与していないWTマウス(1番目)、色素を投与したWTマウス(2番目)、色素とともにセロトニン(5−HT;血液脳関門の弛緩を促す)を投与したWTマウス(3番目)、色素を投与したTGマウス(4番目)を示している。図から明らかなように、色素を投与していないマウスでは、内臓組織はやや赤い褐色を呈しているが、色素を投与した全てのマウスで、内臓組織は濃い青色を呈していることがわかる。これらのマウスより脳組織を取り出して、頭頂より見たものが図27である。色素を投与していないWTマウスでは、灌流後、脳は白色を呈している。色素を投与したWTマウスの脳もほぼ白色であり、青色は非常に薄い。これを内臓組織と比べると染色の程度に顕著な違いがあることが分かり、脳組織への色素の浸透を阻害する血液脳関門の存在が明らかである。また、色素とともにセロトニンを投与したWTマウスについても、脳はほぼ白色である。しかし、色素のみと比べるとやや青みを帯びていることがわかる。一方、TGマウスの脳は明瞭に青色を呈している。これは、VEGF120の発現によって血液脳関門が緩くなっていることを意味している。しかし、TGマウスの脳における染色の程度は、内臓組織でみられた深い青と比べると明らかに薄いことから、血液脳関門の機能が完全に失われているのではないことが分かる。また、VEGF120は前脳で発現していることから、前脳にくらべて小脳の染色の度合いが低くなっていることがわかる。
【0119】
実施例18:VEGF120−TGマウスの抗不安様行動1
不安に対するVEGFの効果を調べるために、オープンフィールド試験を行った。
【0120】
オープンフィールド試験では、周囲を壁で囲まれた広く明るい平坦な空間(オープンフィールド)に動物を入れて、その行動を観察する。例えば、マウスなどの動物は、隠れるところがない広い場所や明るい場所を忌避して、周囲の壁に沿って移動する性質(接触走性)を示す。そのような性質は不安様行動として捉えることができる。しかし、不安感が低下した動物では、オープンフィールドの中央に滞在する時間が長くなる。そのため、中央部分に滞在した時間を比較することにより、不安様行動を定量化することができる。
【0121】
10週齢の雄マウスを30cmの高さの壁で囲まれたオープンフィールド(50cmx50cm)に入れて、その行動を10分間観察した。WT及びTGマウスについてそれぞれ19、18匹を試験した。図28に示すように、VEGF120−TGマウスはWTマウスに比べて中央領域に滞在した時間が有意に増加していた(WTマウス:86.6±6.7sec、TGマウス:124.3±15.9sec;P<0.05繰り返しのないStudent’s t−testによる検定)。一方、試験時間(10分間)に移動した距離は、双方とも変化は見られなかった(WTマウス:3675±152cm、TGマウス:3302±249cm、P=0.38繰り返しのないStudent’s t−testによる検定)。すなわち、移動距離が同程度にもかかわらず、TGマウスが中央領域により長い時間滞在していることが判明した。このことから、TGマウスは不安感が減少していると考えられる。
【0122】
実施例19: VEGF120−TGマウスの抗不安様行動2
不安に対するVEGFの効果を調べるために、高架式十字迷路試験を行う。
【0123】
抗不安剤のスクリーニングなど不安様行動の指標として広く利用されている、高架十時迷路と呼ばれる装置を用いて測定した。高架式十字迷路では、床から高く持ち上げられた十字状のステージに実験動物を置いてその行動を観察する。ただし、十字状のステージの、対称的な位置にある2つのプラットフォームには壁が装備されて、動物が転落しないようなつくりになっており(安全なプラットフォーム:クローズドアームと呼ぶ)、残り2つの対照的な位置にあるプラットフォームには壁がなく、転落する危険性がある(危険なプラットフォーム:オープンアームと呼ぶ)。通常、げっ歯類をこのようなステージに置くと、ほとんどの時間をより安全なクローズドアームで過ごす。これは、高所における恐怖と開空間に対する忌避が同時に作用しているためと考えられる。不安感が低下した動物では、オープンアームに滞在している時間が長くなる傾向をしめす。従って、オープンアームでの滞在時間を測定することによって、不安感もしくは恐怖感の程度を定量的に比較することができる。
【0124】
300ルクス(lux)の照明下、10週齢雄マウスを高架式十字迷路(十字状の4本のアーム:一辺の長さ45cm、幅5cm;クローズドアームは高さ15cmの壁で囲まれている)のプラットフォームの中央に置いて実験を開始し、その行動を10分間観察した。WT及びTGマウスについてそれぞれ18、15匹を試験した。図29に示すように、TGマウスはWTマウスと比べてオープンアームに滞在した時間が有意に増加していた(WTマウス:3.63±1.28%、TGマウス:24.2±4.9%、繰り返しのないStudent’s t−testによる検定でP<0.05)。一方、試験時間(10分間)に移動した距離は、両群に違いは見られなかった(WTマウス:1583±82cm、TGマウス:1675±107cm、繰り返しのないStudent’s t−testによる検定でP=0.49)。すなわち、移動距離が同程度にもかかわらず、TGマウスがオープンアームにより長い時間滞在していたことになる。よって、前述のオープンフィールド試験の結果と同様に、TGマウスは不安様行動が減少していることを示している。
【0125】
実施例20:VEGF120−TGマウスの抗うつ様行動
うつ様行動に対するVEGFの効果を調べるために、Porsoltの強制水泳試験を行う。
【0126】
Porsoltの強制水泳試験は、実験動物のうつ様行動を測定する試験であり、抗うつ剤の効果を評価するために広く用いられている方法である(Porsolt et al., 1977)。試験では、水の入った容器に動物を入れ、その行動を観察する。ただし、装置は動物が逃げられないような仕組みになっているため、時間が経つと動物は逃避行動を止めてしまう。これは、動物が水面に浮いているが動いていない状態であり、あきらめの心理的背景が反映されているものと考えることができる。例えば、抗うつ剤を投与すると、動物はより長い時間逃避行動を示し、従って不動時間が短くなる。すなわち、不動時間を測定することによって、うつ様状態の程度を定量的に比較することができる。
【0127】
30luxの照明下、10週齢の雄マウスを水の入った円筒状容器(直径13cm、高さ30cm;25℃の水が円筒容器の半分の高さ15cmまで満たされている)に投入し、その行動を10分間観察した。WT及びTGマウスについてそれぞれ18、15匹を試験した。図30に示すように、TGマウスはWTマウスに比べて不動時間(%表示)が有意に減少していた(WTマウス:63.4±2.0%、TGマウス:40.9±4.0%;ウェルチt−検定(Welch’s t−test)による検定でP<0.0001)。1分毎の不動時間についてみると、最初の1分間は両群とも同程度動いていたにもかかわらず、WTマウスのほうがより早く逃避行動をあきらめている。この結果から、WTマウスに比べてTGマウスのほうがうつに対して耐性が高いことを示している。
【0128】
実施例21:VEGF120−TGマウスでみられる恐怖感の減少
恐怖感及び恐怖に関わる学習行動に対するVEGFの効果を調べるために、恐怖条件付け試験を行う。
【0129】
恐怖条件付けは、動物の恐怖感に基づいた学習を評価するために広く用いられている方法である。恐怖条件付けは、古典的条件づけの一種である。原理としては、まず、それ自体では特徴のない刺激(条件刺激:例えば、音)を与えた後で、無条件反応を誘発する刺激(無条件刺激;例えば、足に電気を流すと驚愕する)を提示すれば、動物は両刺激を関連付けるようになる(条件付け)。例えば、音がしばらく鳴った後で足に電気が流れるようにすれば、両者の関連付けによって、動物は音が鳴っただけで驚愕反応を示すようになる。古典的条件付けは、1)条件付け、及び2)条件刺激の提示による学習の評価、の2つの過程に分けられる。本実験においては、1日目に条件付けを行う。動物を実験箱の中に入れて、音刺激(条件刺激:広域の波長が混ざった雑音、ホワイトノイズ、60dB)30秒間提示し、最後の2秒間に足に電気ショック(無条件刺激:パルス電流、0.2mA)を与える。これを間隔をおいて数回繰り返すと、マウスの驚愕反応(不動反応)は次第に大きくなってゆく。驚愕反応は、不動時間(%)の増加によって定量的に評価することができる。2日目は文脈学習について評価する。動物を1日目と同じ実験箱に入れると、動物は実験箱の環境を記憶しているために(条件刺激に相当する)、電気ショック(無条件刺激)がない状態でも驚愕反応が誘発される。これは、周囲の環境と電気ショックとの関連付けによる学習である。3日目は手掛かり学習について評価する。動物を1日目の条件付けとは全く異なる環境に置いてその行動を観察する。ただし、1日目に用いた条件刺激(音刺激、ホワイトノイズ)を提示することによって、驚愕反応が誘発される。これは、音刺激と環境と電気ショックとの関連付けによる学習である。まとめると、1日目に条件付けを行って驚愕反応の程度を測定し、2日目と3日目に恐怖条件付けによる学習の程度について2種類の方法で評価する。
【0130】
10週齢の雄マウスを用いて恐怖条件づけを行った。ここでは、WT及びTGマウスをそれぞれ14、10匹実験に使用した。その結果を図31の1日目に示している。1日目の条件付けでは、実験時間の7分間に、条件刺激と無条件刺激の組み合わせを3回提示した(1.5、3.5、5.5minに音刺激を開始:1日目の図中に矢印で示す)。最初の1分間の不動時間は、両群ともにほぼ0%であったが、刺激を繰り返すたびに、WTマウスとTGマウスともに驚愕反応(不動反応)の程度が徐々に大きくなった(最初と最後の1分間の比較−WTマウス:0.0±0.0から74.2±5.2%へ増加、TGマウス:0.3±0.3から38.1±9.7%へ増加)。しかし、TGマウスはWTマウスに比べて驚愕反応の程度が有意に低いことが判明した(4−7番目の各1分間についてP<0.05、one−way ANOVA(一方向性分散分析)後のターキー・クラマー検定(Tukey−Kramer’s test)による検定)。これは、TGマウスにおいて、電気ショックに対する恐怖感が減少している可能性を示す。また、痛覚が低下している可能性も考えられたため、後述の熱痛覚の実験も合わせて実施した。その結果、痛覚が原因ではなく、恐怖感が低下していると判断を下した。図31の2日目は、条件付けを行った時と同じ実験箱に動物を入れて、その行動を2分間観察したものである。WT及びTGマウスの両群とも文脈学習による驚愕反応を示したが、1日目と同様にTGマウスの不動時間はWTマウスに比べて少なかった(2日目の最初の1分間−WTマウス:71.0±3.3%、TGマウス:46.2±10.1%)。しかし、1日目の最後の1分間と2日目の最初の1分間における不動時間を比べてみると、WTマウス及びTGマウスのそれぞれについて差は見られなかった(one−way ANOVA後のTukey−Kramer’stestによる検定でP>0.05)。これはすなわち、TGマウスは文脈学習を遂行する能力があることを示しており、この学習に必要な扁桃体と海馬の機能が、正常に保持されていることを示している。図31の3日目では、条件づけを行ったときとは全く異なる実験箱に動物を入れて、その行動を6分間観察したものである。ただし、3分目と4分目の2分間では、1日目の条件付けの際に用いた音刺激が提示された(3日目の図中に横棒で示す)。異なる環境に置かれるとマウスは比較的自由に動き回っていたが、音刺激が提示されると驚愕反応を示した(3日目の最初の1分間−WTマウス:11.5±3.5%、TGマウス:19.0±4.7%;3日目の3番目の1分間−WTマウス:60.9±6.9%、TGマウス:54.5±9.9%;両群ともにP<0.01、one−way ANOVA後のTukey−Kramer’s testによる検定)。すなわち、両群ともに手がかり学習を遂行する能力があることを示しており、群間の比較でも有意差はみられなかった(遺伝子型による効果:F1,22=0.91,P=0.35、時間ブロック間での効果:F5,110=24.80,P<0.0001、相互作用による効果:F5,110=1.19,P=0.32、two−way repeated measure ANOVA(2方向性反復測定分散分析)による検定)。これは、WT及びTGマウスともに、内側膝状体(聴覚に関わる視床領域)及び扁桃体の機能は正常であることを意味している。
以上の結果をまとめると、TGマウスは恐怖感が低下しているものの、恐怖に関わる文脈学習及び手掛かり学習ともに正常であることがわかった。
【0131】
実施例22:VEGF120−TGマウスでみられる恐怖感の減少−痛覚の確認実験
前述の恐怖条件付けの試験では、電気ショックに対する驚愕反応がTGマウスで低下していた。しかしこの結果は、1)恐怖感が低下している可能性と、2)痛覚が低下している可能性の、2つの解釈が可能であり、原因を特定するに至っていない。そこで、ホットプレートテストを行い、熱痛覚に対する動物の応答を定量的に調べることにした。
【0132】
ホットプレートテストは、熱に対する動物の応答を指標として痛覚の程度を評価するテストであり、痛覚試験として広く利用されている(Mogil et al., 1999)。本実験では、温度が55℃に保たれた金属表面に被験動物を置き、熱応答に要する時間を測定する。動物の熱応答としては、後肢を震わせたり後肢をなめたりする行動を熱痛覚の指標としている。すなわち、熱応答に要する時間が長いほど、痛覚が低下している評価する。
【0133】
図32に示すように、30週齢の雄マウスを用いてホットプレートテストを行った。WTマウスとTGマウスそれぞれ20、14匹を試験に供した。温度が55℃の金属表面にマウスを置き、熱痛覚にともなう後肢の応答に要した時間を測定したところ、TGマウスがWTマウスにくらべて若干短いことが判明した(WTマウス:18.1±1.21sec、TGマウス:10.7±1.78sec; unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.01)。この結果は、熱痛覚において、TGマウスがWTマウスよりも熱痛覚への感受性がやや高いことを示すものである。すなわち、TGマウスの痛覚はWTマウスに比べて鈍化しているとは言えない。つまり、恐怖条件付けにおいてTGマウスはWTマウスよりも驚愕反応が低下していたが、これはTGマウスの痛覚が低下しているためではなく、むしろ恐怖に対する応答(恐怖感)が減少していると解釈するのが妥当である。
【0134】
実施例23:VEGF120−TGマウスにおける攻撃行動評価
攻撃行動におけるVEGFの効果を調べるために、レジデント−イントルーダー攻撃性アッセイを行った。
【0135】
レジデント−イントルーダー攻撃性アッセイはげっ歯類(通常はオス)が侵入者に対して自分の縄張りを守るために行使する攻撃行動を指標とした試験である。オスの被験動物を数週間程度単独で飼育し(レジデント)、その飼育箱に別の(イントルーダー)を投入すると、イントルーダーに対しレジデントは攻撃行動を示す。攻撃行動としては、咬みつく、引っ掻く、突進する、執拗に追い回す、などの行動が含まれ、それらの行動を攻撃行動の指標とする。定量的にはレジデントがイントルーダーに攻撃を開始するまでの時間、攻撃した回数、攻撃していた時間を測定する。攻撃性が高いほど、攻撃開始までの時間が短くなり、攻撃回数は増え、攻撃時間は長くなる。さらに、この実験を2−3日継続して繰り返すと、レジデントの攻撃性が一層高まる傾向にある。
【0136】
30週齢の雄マウスを用いてレジデント−イントルーダー攻撃性アッセイを行った。本実験ではWT及びTGマウスそれぞれ15、14匹を用いた。被験マウスであるレジデントを4週間単独飼育させ、その飼育箱にイントルーダーとしてグループ飼育されていた6週齢のBALB/c雄マウスを1匹投入し、20分間レジデントのイントルーダーに対する攻撃行動を観察した。この実験は3日間継続して行われ、図33に示す結果を得た。レジデントが攻撃開始に要した時間はTGマウスと比較してWTマウスは有意に短く、TGマウスでは試験時間(1200sec)にまったく攻撃しないことが多かった。(1日目−WTマウス:493±124sec、TGマウス:1106±88sec;2日目−WTマウス:692±129sec、TGマウス:1128±72sec;3日目−WTマウス:577±144sec、TGマウス:1200±0sec;1−3日目の全てにおいて、WTマウスとTGマウスの有意差はP<0.05、マン・ホイットニーU検定(Mann−Whitney’s U test)による検定)。攻撃回数についてみても、TGマウスのほうが有意に少なかった(1日目−WTマウス:3.1±0.9回、TGマウス:0.6±0.3回;2日目−WTマウス:6.1±1.6回、TGマウス:0.4±0.2回;3日目−WTマウス:6.7±1.7回、TGマウス:0.1±0.1回;1−3日目の全てにおいて、WTマウスとTGマウスの有意差はP<0.05、Mann−Whitney’s U testによる検定)。さらに、攻撃時間についてみても同様な結果が得られ、TGマウスのほうが有意に短いことが判明した(1日目−WTマウス:9.0±4.4sec、TGマウス:0.5±0.3sec;2日目−WTマウス:18.0±5.8sec、TGマウス:0.2±0.1sec;3日目−WTマウス:16.1±5.4sec、TGマウス:0.1±0.1sec;1−3日目の全てにおいて、WTマウスとTGマウスの有意差はP<0.05、Mann−Whitney’s U testによる検定)。この結果から、TGマウスはWTマウスに比べて攻撃性が非常に低下していることがわかった。すなわち、VEGFには、高等動物の攻撃行動を抑える作用があることが分かった。
【0137】
実施例24: VEGF120−TGマウスにおける基礎行動量の測定
これまでの結果から、VEGFは不安、うつ、攻撃性、恐怖を含む情動に有意な変化をもたらすことが分かった。しかし、VEGF120−TGマウスにおいては、VEGFが前脳で発現されたことで、前脳の機能に依存した行動が全て非特異的に変化してしまっている可能性も考えられた。もし、VEGFが非特異的に動物の行動に変化を与えているとすれば、VEGFが特定の神経活動を制御しているというよりは、(細胞増殖や血管形成の促進等の効果で)間接的に脳の本来の機能に影響が出ている可能性がある。そのため、情動以外の動物行動を測定しておく必要がある。
なお、恐怖条件づけにおいては、少なくとも(海馬や扁桃体が関わる)文脈学習や(視床の内側膝状体や扁桃体が関わる)手がかり学習が正常であることを示している。しかし、各種の動物行動を調べることによって、VEGFによる影響の範囲を見極める必要がある。
【0138】
被験動物の飼育箱に赤外線センサーを設置し、動物がセンサーを横切る回数を昼夜数日間に渡って連続観察し、自然な状態における活動量の変化を調べる。
【0139】
10週齢の雄マウスを用いて、飼育箱における基礎活動量を3日間(昼夜)にわたって測定した。WTマウスとTGマウスのそれぞれ9匹を試験に供した。飼育箱を横切る形で赤外線を照射し、動物がそれを横切るとカウントされる仕組みになっている。センサーを横切った回数を30分毎に集計し、これを図34の折れ線グラフで表した。WTマウス(灰色の線)とTGマウス(黒線)はともに、夜間(20:00−8:00、影で示す)に活動し、昼間(20:00−8:00)は活動量が減少している様子がわかる。2日目と3日目について行動量を集計し、それを図34の棒グラフに示した。すると、WTマウスとTGマウスの総活動量は同程度で、有意差は見られなかった(WTマウス:2591±356回、TGマウス:3422±708回;unpaired Student’s t−testによる検定でP=0.07)。夜間の行動量(%)を比較してみると、TGマウスのほうがWTマウスよりも若干高く、昼夜の活動がより明瞭になっていた(WTマウス:67.7±5.8%、TGマウス:84.0±2.8%;unpaired Student’s t−testによる検定でP<0.05)。しかし、全体として自然な飼育環境下で両群の活動には大きな変化はみられなかった。
【0140】
実施例25: 拘束ストレスに対する血中コルチゾールの変化
我々が危険や脅威にさらされると、ストレス反応が誘発される。ストレス反応の生理的変化としては、大きく2つの系があり、1)内分泌系と2)交感神経系がある。内分泌系では、ストレスによって下垂体前葉から副腎皮質刺激ホルモンが放出され、それが刺激になって副腎皮質からグルココルチコイド(コルチゾールなど)が放出され、これが血糖値上昇、血圧上昇、抗炎症作用につながる。一方、交感神経系が活性化されると、副腎髄質からアドレナリンやノルアドレナリンの放出が増え、これが心拍数上昇、血糖値上昇、汗分泌、瞳孔拡張等につながる。TGマウスでは、不安、うつ、恐怖、攻撃性が低下していることから、ストレスに対する反応性に違いがある可能性が考えられた。そこで、ストレス応答として内分泌系の働きに違いがあるかどうかを確かめるため、血中コルチゾールの測定を行うことにした。
【0141】
動物に対するストレスとして、拘束ストレスを用いることにした。拘束ストレスとは、動物を物理的に動けないようにして(通常、網や容器を用いて拘束する)誘導されるストレスのことである。実験系としては、動物が身動きできないような容器に押し込んで、ストレスを誘導する。ストレス応答の生体指標としては、血中のコルチゾール濃度を用いる。血液標本としては、ストレスをかける前、ストレスをかけた後、ストレス後にしばらく回復させた後の3点から得る。通常、自然状態では血中コルチゾールの濃度は低いが、ストレスをかけると急激に上昇し、ストレスがなくなってしばらくすると濃度が低下して基礎レベルに近づく。コルチゾールの濃度はELISA法を用いた分析によって、定量的に測定する。採取した血液は、遠心分離によって血清を得て、それをELISA用の試料とする。ストレスに伴う血中コルチゾール濃度の変化を測定することによって、WTマウスとTGマウスの間で、内分泌系を介したストレス反応に違いがあるかどうかを調べる。
【0142】
6週齢の雄マウスを用いて、拘束ストレスによる血中コルチゾール濃度の変化を測定した。WTマウスとTGマウスについて、コントロール群、ストレス群、ストレス/回復群の3グループにわけた(各群4−5匹)。ストレス群及びストレス/回復群のマウスは、プラスチック製の円筒容器(直径3cm、長さ11cm、呼吸用の空気穴がある)に挿入されて1時間の拘束ストレスを受けた。ストレス/回復群のマウスについては、拘束ストレスの後、飼育箱に戻して、1時間回復させた。WT及びTGマウスの各3群から、血液を採取し、遠心分離によって血清を回収した。これらの標本から、血中コルチゾールの濃度をELISA法によって定量的に測定した(Cayman、Cortisol Express EIA Kit)。結果を図35に示す。ストレス前では、WT及びTGマウスともに低レベルの血中コルチゾールが検出され、遺伝子型間での差異は見られなかった(WTマウス:11.0±3.2pg/ml、TGマウス33.1±13.5pg/ml;クラスカル・ワリス検定(Kruskal−Wallis test)後のシェフェの方法(Scheffe’s test)による検定でP>0.05)。1時間の拘束ストレスを与えると、WT及びTGマウスともに血中コルチゾールの濃度が急激に上昇し、遺伝子型間での有意差はみられなかった(WTマウス:360.1±27.5pg/ml、TGマウス:271.1±46.5pg/ml;ストレス前と後での比較では両遺伝子型ともにP<0.01、WT及びTGマウス間の比較ではP>0.05、Kruskal−Wallis test後のScheffe’s testによる検定)。ストレス後、マウスを飼育箱に戻して1時間回復させた場合、WT及びTGマウスともに血中コルチゾール濃度は平常レベル近くにまで減少したが、両遺伝子型間で差は見られなかった(WTマウス:69.7±10.9pg/ml、TGマウス:95.0±15.4pg/ml;ストレス直後と1時間回復後での比較では両遺伝子型ともにP<0.01、WT及びTGマウス間の比較ではP>0.05、Kruskal−Wallis test 後のScheffe’s testによる検定)。すなわち、TGマウスでは正常な内分泌系を介したストレス反応がみられた。前述の結果を考慮すると、TGマウスにおける情動の変化は、内分泌系を介したストレス反応には影響を与えていないことがわかる。
【図面の簡単な説明】
【0143】
【図1】図1はCaMKIIプロモーターによりVEGF120が過剰発現しているVEGF120−TGマウス及び野生型マウス、低酸素環境下に晒したマウスの各脳切片のin situ hybridizationの結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図2】図2はVEGF120−TGマウスの脳内各領域におけるVEGF蛋白質の発現レベルをWestern blot法を用いて調べた結果を示す写真の概略図である。
【図3】図3はVEGF120−TGマウスの海馬領域における、VEGF蛋白質の各週齢での発現レベルの変遷をWestern blot法を用いて調べた結果を示す写真の概略図である。
【図4】図4はVEGF120−TGマウスの海馬領域神経細胞におけるVEGF120の部位特異的発現を、免疫組織化学染色法を用いて示した結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図5】図5は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの脳の大きさを比較した結果を示す写真の概略図である。
【図6】図6は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの脳重量、及び体重、体重に占める脳重量の割合を比較した結果を示すグラフである。
【図7】図7はVEGF120−TGマウスの脳組織中の細胞数及び神経細胞数を、免疫組織化学染色法を用いて野生型マウスの脳組織と比較した結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図8】図8は図7の結果を元に、細胞数を計測し野生型マウスと比較した結果を示すグラフである。
【図9】図9は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの脳における細胞増殖程度を、抗BrdU抗体を用いた免疫組織染色法により検出した結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図10】図10は図9の結果を定量化し、比較した結果を示すグラフである。
【図11】図11は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける海馬組織を核染色し、海馬における神経細胞層を可視化した結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図12】図12は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける海馬及び顆粒細胞層の断面積を測定し、比較した結果を示すグラフである。
【図13】図13は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける海馬及び顆粒細胞層の体積を測定し、比較した結果を示すグラフである。
【図14】図14は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの歯状回におけるBrdU陽性細胞の免疫染色法により検出した結果を示す顕微鏡写真の概略図である。
【図15】図15は図14の結果より算出した野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおけるBrdU陽性細胞密度の平均を求めた結果を示したグラフである。
【図16】図16は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおけるBrdU陽性細胞密度の平均をもとめた運動刺激の前後で比較した結果を示したグラフである。
【図17】図17は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける神経前駆細胞の検出を行った結果を示した顕微鏡写真の概略図である。
【図18】図18は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける神経前駆細胞の発現の指標となるNestin蛋白質の発現量をWestern Blot法で解析した結果を示した写真の概略図である。
【図19】図19は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける未熟神経細胞の組織における分布状況を免疫組織染色により観察した結果を示した顕微鏡写真の概略図である。
【図20】図20は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの海馬歯状回における新生細胞の分化を免疫組織染色法にて比較した結果を示した顕微鏡写真の概略図である。
【図21】図21は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの海馬歯状回における新生細胞がどのような細胞へと分化したかを定量的に解析した結果を示したグラフである。
【図22】図22は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの海馬歯状回における顆粒細胞層におけるBrdU陽性細胞の数を比較した結果を示したグラフである。
【図23】図23は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの脳における血管新生を、レクチンによる染色により比較した結果を示した顕微鏡写真の概略図である。
【図24】図24は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの脳における血管新生を、レクチンによる染色の蛍光強度を測定し、比較した結果を示したグラフである。
【図25】図25は野生型マウスとVEGF120−TGマウスの海馬歯状回の門部における、毛細血管の直径の分布を比較した結果を示したグラフである。
【図26】図26は野生型マウスとVEGF120−TGマウスに色素を投与し、内臓組織の染色を観察した結果を示した写真の概略図である。
【図27】図27は野生型マウスとVEGF120−TGマウスに色素を投与した後、脳組織の染色の様子を比較観察した結果を示し写真の概略図である。
【図28】図28は不安に対するVEGFの効果を調べるために、野生型マウスとVEGF120−TGマウスに対し、オープンフィールド試験を行った結果を示したグラフである。
【図29】図29は不安に対するVEGFの効果を調べるために、野生型マウスとVEGF120−TGマウスに対し、高架式十字迷路試験を行った結果を示したグラフである。
【図30】図30はうつ様行動に対するVEGFの効果を調べるために、Porsoltの強制水泳試験を野生型マウスとVEGF120−TGマウスに対し行った結果を示したグラフである。
【図31】図31は恐怖感及び恐怖に関わる学習行動に対するVEGFの効果を調べるために、恐怖条件付け試験を行った結果を示したグラフである。
【図32】図32は熱痛覚に対する野生型マウス及びVEGF120−TGマウスの応答の違いを、ホットプレートテストにより比較した結果を示したグラフである。
【図33】図33は攻撃行動におけるVEGFの効果を調べるために、野生型マウスとVEGF120−TGマウスに対しレジデント−イントルーダー攻撃性アッセイを行った結果を示したものである。
【図34】図34は野生型マウスとVEGF120−TGマウスにおける、基礎行動量を比較した結果を示したグラフである。
【図35】図35はストレスに対する野生型マウスとVEGF120−TGマウスの反応の違いを血中コルチゾール濃度の違いにより比較した結果を示したグラフである。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
VEGF蛋白質もしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩、あるいはVEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAを有効成分として含有することを特徴とする、抗ストレス剤。
【請求項2】
VEGF蛋白質をコードするDNAもしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質な活性を有するペプチドをコードするDNA、又はそれらDNAとストリンジェントな条件下でハイブリダイズし、かつVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有する蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを含むDNAをコードするmRNAの発現量を指標とした、及び/又は、VEGF蛋白質もしくはVEGF蛋白質の部分ペプチドであってVEGF蛋白質と実質的に同質の活性を有するペプチド又はこれらの塩のタンパク質量を指標とした、抗ストレス剤のための化合物又は組成物のスクリーニング方法。
【請求項3】
請求項2に記載のスクリーニング方法により選択される物質を有効成分として含有する抗ストレス剤。
【請求項4】
VEGF受容体1であるFlt−1、及び/又は、VEGF受容体2であるFlk−1に対するアゴニスト活性を指標とした抗ストレス剤のための化合物及び組成物のスクリーニング方法
【請求項5】
請求項4に記載のスクリーニング方法により選択される物質を有効成分として含有する抗ストレス剤。
【請求項6】
脳内でVEGF蛋白質が過剰に発現されており、且つ、脳内で神経新生及び血管新生が促進されていることを特徴とするトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項7】
血液脳関門が緩やかになっており、末梢投与の薬剤や組成物の脳内における生理活性評価が容易になっていることを特徴とする請求項6記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。
【請求項8】
高感度に情動行動が評価できることを特徴とする請求項6及び7記載のトランスジェニック非ヒト哺乳動物。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【図15】
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【図16】
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【図17】
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【図18】
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【図19】
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【図20】
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【図21】
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【図22】
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【図23】
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【図24】
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【図25】
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【図26】
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【図27】
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【図28】
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【図29】
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【図30】
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【図31】
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【図32】
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【図33】
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【図34】
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【図35】
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【公開番号】特開2010−105999(P2010−105999A)
【公開日】平成22年5月13日(2010.5.13)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−282533(P2008−282533)
【出願日】平成20年10月31日(2008.10.31)
【出願人】(390020189)ユーハ味覚糖株式会社 (242)
【Fターム(参考)】