説明

摺動部材

【課題】基材との密着性に優れたDLC層をもつ摺動部材を提供すること。
【解決手段】本発明の摺動部材は、基材と、ケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素と、炭素と、を有し、厚さ方向を表面から基材方向に進むにつれて炭素の含有割合が減少した状態で基材の表面に形成された傾斜層と、傾斜層の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボン層と、を有することを特徴とする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ダイヤモンドライクカーボン層が摺動面をなす摺動部材に関する。
【背景技術】
【0002】
摺動部材には、耐摩耗性が高いことや、摩擦係数および相手材攻撃性が低いことが求められている。このような要求を満たすために、摺動面をダイヤモンドライクカーボン(以下、DLCと称する)で形成するようになってきている。つまり、基材の表面にDLC膜を形成している。DLC膜は、非晶質な炭素を有する硬質膜である。
【0003】
DLC膜は、真空蒸着法、スパッタリング法、イオンプレーティング法等のPVD法、熱CVD法、高周波プラズマCVD法、マイクロ波プラズマCVD法、直流プラズマCVD法等のCVD法を用いて、基材の表面に硬質膜を成膜している。これらの成膜方法のうち、成膜条件の管理が容易であることから、直流プラズマCVD法が用いられている。
【0004】
しかしながら、直流プラズマCVD法で成膜されたDLC膜は、基材(特に、鋼等の鉄系金属よりなる基材)の表面との密着性が低いという問題があった。従来では、基材とDLC膜との密着性を高めるために、基材の表面に表面処理を施し、その表面上にDLC膜を形成していた。基材に施される表面処理としては、たとえば、窒化処理が用いられていた。しかしながら、窒化処理は処理温度が高温であり、この処理温度により基材の特性が変化するという問題があった。具体的には、基材が鋼よりなるときには、窒化処理時には500℃程度で処理されており、この処理温度に晒されたことでいわゆる焼きなましが生じる。また、基材がステンレス鋼よりなるときには、ステンレス鋼中に含まれるCrが窒化される(鋭敏化)という問題があった。
【0005】
また、基材とDLC膜の密着性を向上する方法として、例えば、特許文献1〜2には、基材の表面に中間層および混合層を形成する方法が開示されている。
【0006】
特許文献1には、基材に中間層を介して形成されたDLC層を含んでなるDLC薄膜において、中間層とDLC層との間に、中間層の成分と炭素とからなる混合成分層をもうけ、混合成分層が炭素と中間層の成分の組成が段階的または連続的に変化したことが開示されている。
【0007】
特許文献2には、高速度工具鋼または超硬合金よりなる基材上にTiN,TiCN,TiAlN,Aもしくはこれらの組み合わせを含む硬質物質をコーティングした上にシリコン単体の中間層を形成し、この中間層の上にシリコンと炭素もしくはシリコンと炭素と窒素を含む成分からなる混合層を形成し、混合層の上にDLCを含む硬質膜を被覆した工具部材が開示されている。
【0008】
特許文献1〜2に開示された方法では、中間層を基材の表面に形成する必要があり、密着性の高いDLC層を形成するための工程数が多くなっていた。つまり、DLC層の形成に大きなコストが必要となっていた。
【特許文献1】特開2000−256850号公報
【特許文献2】特開2000−176705号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記実状に鑑みてなされたものであり、基材との密着性に優れたDLC層をもつ摺動部材を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記課題を解決するための本発明者らはDLCよりなる表面を備えた摺動部材について検討を重ねた結果、本発明をなすに至った。
【0011】
本発明の摺動部材は、基材と、ケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素と、炭素と、を有し、厚さ方向を表面から基材方向に向かって炭素の含有割合が減少した状態で基材の表面に形成された傾斜層と、傾斜層の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボン層と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0012】
本発明の摺動部材は、基材とDLC層の間に、DLC層との密着性に優れた傾斜層を形成している。このため、本発明の摺動部材は、高い密着力でDLC層が密着した摺動部材となった。
【発明を実施するための最良の形態】
【0013】
本発明の摺動部材は、基材と、基材の表面に形成された傾斜層と、傾斜層の表面に形成されたDLC層と、を有する。
【0014】
基材は、本発明の摺動部材で摺動面が形成される部材である。本発明において、基材はその材質や形状が特に限定されるものではない。たとえば、ポリエチルエーテルケトン(PEEK)、ポリイミド(PI)、ポリアミドイミド(PAI)等の樹脂や、鉄、アルミニウム、鋼、超鋼等を主成分とした金属あげることができる。これらの材質のうち、鉄系金属であることがより好ましい。
【0015】
傾斜層は、ケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素と、炭素と、を有し、厚さ方向を表面から基材方向に向かって炭素の含有割合が減少した状態で基材の表面に形成された層である。傾斜層がケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素と、炭素と、を有することで、基材とDLC層の両層を強固に密着させることができる。
【0016】
傾斜層は、少なくとも一種の元素と炭素のそれぞれがアモルファスな状態で存在している層である。また、少なくとも一種の元素と炭素元素の一部が化合物を形成していてもよい。
【0017】
傾斜層を構成する元素であるケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素は、傾斜層と基材とを強固に密着させることが可能な元素である。傾斜層の基材表面側は、この少なくとも一種の元素が炭素よりも多く存在しており、傾斜層と基材との密着性が確保される。基材との界面近傍では、この少なくとも一種の元素の存在割合が高いことが好ましく、実質的にこの少なくとも一種の元素よりなることがさらに好ましい。特に、摺動部材の基材に多く使用される鉄系金属との接合性から、少なくとも一種の元素にケイ素を用いることが好ましい。
【0018】
そして、傾斜層は、表面から基材方向にかけて炭素の含有割合が徐々に減少している。つまり、傾斜層の表面側には、少なくとも一種の元素よりも炭素原子が多く存在する。炭素原子は、傾斜層の表面に形成されるDLC層を強固に密着させることができる。傾斜層の表面では、炭素原子の存在割合ができるだけ高いことが好ましい。
【0019】
傾斜層における炭素原子の存在割合の増加割合(炭素の濃度変化勾配)については、特に限定されるものではない。また、傾斜層の厚さについても、炭素原子の存在割合により異なるため、特に限定されるものではない。
【0020】
DLC層は、傾斜層の表面上に形成されたDLCよりなる層である。このDLC層の表面が、本発明の摺動部材の摺動面となる。DLC層を構成するDLCは、非晶質な状態で炭素あるいは炭化水素を含む物質である。DLCは、従来公知のDLCであり、より好ましくはケイ素を含有したDLCである。
【0021】
ここで、DLCがケイ素を含有したDLCであるときに、ケイ素、炭素、水素等の含有割合については特に限定されるものではなく、摺動部材として用いたときの摺動面を形成できる割合であればよい。
【0022】
DLCは、DLC全体を100重量%としたときに、ケイ素の割合が1重量%〜80重量%の範囲で設定可能であるが、より望ましい範囲は5重量%〜50重量%であり、最も好適な範囲は10重量%〜40重量%である。ケイ素の割合が1重量%未満の場合には、良好なDLC層を形成することができなくなる。また、ケイ素の割合が10重量%未満となると、直流プラズマCVDでの成膜時に煤が発生しやすくなり、DLC層自身が脆くなる。また、ケイ素の割合が80重量%を超えると炭素の比率が少なくなり、摺動部材として摺動したときの相手材攻撃性が大きくなる。
【0023】
DLC層の厚さは0.5〜10μmであることが好ましく、より好ましくは1〜5μmである。DLC層の厚みが0.5μm未満では摩耗に対する耐久寿命が短くなり、摺動部材としての実用に向かなくなる。厚みが10μmを越えると、DLC層自体が脆くなる。
【0024】
DLC層は、その製造方法が限定されるものではないが、直流プラズマCVD法で形成したことが好ましい。直流プラズマCVD法は、炭素化合物ガスを主体としたDLC層形成ガス雰囲気中で直流電流を放電させることにより、基材表面にDLC層を形成する方法である。直流プラズマCVD法は、基材を高温に晒すことなく比較的低温でDLC層の成膜を行うことができる方法であり、特に300℃以下の低温でDLC層を形成することが可能な方法である。つまり、DLC層の形成に直流プラズマCVD法を用いることで、基材を変質することなくDLC層を形成できる。
【0025】
本発明の摺動部材において、傾斜層を形成する方法は、特に限定されるものではないが、DLC層と同様に直流プラズマCVD法で製造することが好ましい。直流プラズマCVD法を用いたときには、プラズマが発生する反応室内のガス雰囲気を調節することで、傾斜層及びDLC層を形成することができる。そして、傾斜層とDLC層を直流プラズマCVD法で形成することで、両層を連続的に形成できる。これにより、傾斜層とDLC層との界面が存在しなくなり、より強く両層が接合する。さらに、ワンステップで両層を形成することができるため、製造に要するコストの上昇を抑えることができる。
【0026】
本発明の摺動部材は、傾斜層を介することでDLC層が基材に強固に密着しており、摺動時にDLC層の剥離が生じにくくなっている。このため、本発明の摺動部材は、軸受、ポンプやシャフトなどの自動車用部品、ツールホルダや精密スライドなどの工作機械部品等の装置の摺動部材に用いることができる。
【0027】
本発明の摺動部材は、たとえば、以下の製造方法で製造することができる。
【0028】
先ず、反応室を区画する真空容器内のテーブル上に基材である被処理材を配設し、真空引きして真空容器内に残存する気体を除去する。ここでは、例えば、1×10−4Torr以下まで排気する。
【0029】
次に、連続排気しながら水素(H)ガスなどの昇温用ガスを導入し、直流放電または高周波放電等により放電を開始し、プラズマエネルギーにより被処理材を所定の温度に加熱する。なお、基材の変質を防ぐために300℃を超えないように昇温することが好ましい。
【0030】
次に、真空容器内にケイ素化合物ガスを導入し、真空容器内をケイ素化合物ガス雰囲気とする。このガス雰囲気中で放電させ、基材表面にケイ素を主成分とする被膜を形成する。ここで、ケイ素化合物ガス雰囲気は、雰囲気ガスとケイ素化合物ガスとから構成される。ケイ素化合物ガスとしては、テトラクロルシラン(SiCl)、テトラフルオロシラン(SiF)、トリクロルシラン(SiHCl)、テトラメチルシラン(TMS;Si(CH)などを用いることができる。ケイ素化合物ガスは、さらに、水素ガスを含んでいてもよい。雰囲気ガスは、水素(H)、アルゴン(Ar)等の一般的に用いるガスを用いることができる。
【0031】
そして、ケイ素を主成分とする被膜が形成したら、あるいは所定時間が経過したら、所定量の炭素化合物ガスを真空容器内にさらに導入する。炭素化合物ガスとしては、メタン(CH)、エチレン、アセチレン、ベンゼン、その他の炭化水素ガス(C)などを用いることができる。
【0032】
その後、炭素化合物ガスの導入量を徐々に増加する。このとき、ケイ素化合物ガスの導入量を減少してもよい。真空容器内の雰囲気を構成するガスに含まれる炭素化合物ガス濃度が徐々に増加する。
【0033】
炭素化合物ガスの導入により、真空容器内の雰囲気を構成するガスに含まれる炭素化合物ガス濃度が徐々に増加する。このため、基材の表面に形成される被膜は、表面方向に進むに連れて炭素の含有量が多くなる。
【0034】
そして、炭素化合物ガスの導入量を増加していき、最終的に、炭素化合物ガスおよびケイ素化合物ガスの導入量をDLCを形成可能な量にし、被膜を形成する。なお、この特殊薄膜形成ガスの組成は、原料ガス、処理温度等により、適宜決定され、また、全体の流量は真空容器の容積と排気量とのバランスで決定される。
【0035】
このようにして、高硬度でかつ極めて低い摩擦係数を有する本発明の摺動部材を、容易に形成することができる。
【実施例】
【0036】
以下、実施例を用いて本発明を説明する。
【0037】
実施例として、傾斜層及びDLC層を有する摺動部材を製造した。
【0038】
(実施例1)
鉄系金属よりなる基材の表面に、直流プラズマCVD法で傾斜層及びDLC層を形成した。なお、この処理において用いたプラズマCVD処理装置1を、図1に示した。
【0039】
先ず、ステンレス製のプラズマ反応室11の中央に設けた基台12の上に、30×30mm、厚さ5mmの正方形のタイル状の基材13を、基台12の中心から350mmの間隔を置いて二つ配置した。なお、基台12の支持柱14の内部には冷却水を送る冷却水管(図示せず)が取りつけられている。
【0040】
次に、プラズマ反応室11を密閉したのち、ガス導出管15に接続された真空ポンプのロータリーポンプ(図示せず)および拡散ポンプ(図示せず)により残留ガスが1×10−4トールになるまで減圧した。なお、ガス導入管16は、コントロールバルブを介して各種ガスボンベ(共に図示せず)に連結している。
【0041】
次に、133×10−4Pa(1×10−4Torr)まで減圧した炉内に昇温用ガスとして水素ガスを導入し、同時に真空引きしながら反応室11の圧力を133Pa(1Torr)に保つように調整した。そして、反応室11の内側に設けたステンレス製陽極板17と陰極(基台)12の間に数百ボルトの直流電圧を印加して放電を開始し、基材表面が300℃になるまでイオン衝撃による昇温を行った。ここで、直流電流回路は、陽極17と陰極12により構成し、内部の基材の温度を測定する二色温度計(図示せず)からの入力により電源制御され、基材の温度を一定に保つ働きをする。
【0042】
次に、反応室11内に、テトラメチルシラン(TMS;Si(CH)ガスと、水素(H)ガスおよびアルゴン(Ar)ガスを、それぞれ流量6、60、および60sccmで導入して全圧力533Paのケイ素化合物ガス雰囲気とし、基材の温度を300℃に保ちながら10分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0043】
10分後、反応室11内に、さらにメタン(CH)ガスを50sccmで導入して全圧力533Paのケイ素化合物ガスと炭素化合物ガスの混合ガス雰囲気とし、基材の温度を300℃に保ちながら10分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0044】
その後、反応室11内に導入されるメタン(CH)ガスの導入流量を、100sccmとし、20分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0045】
20分間の処理終了後、放電を止め、基材を減圧下(533Pa)で冷却し、基材を反応室11より取り出した。これにより、基材の表面には傾斜層及びDLC層が形成された。
【0046】
製造された本実施例の摺動部材は、基材表面に傾斜層が形成され、傾斜層の表面にDLC層が形成されている。そして、傾斜層は、水素と、炭素と、ケイ素と、を有し、厚さ方向を表面から基材方向に進むに連れて、炭素含有割合が減少(ケイ素含有割合が増加)している。また、DLC層は、DLCよりなる。そして、本実施例の摺動部材においては、DLC層と傾斜層との明瞭な界面が確認できなかった。
【0047】
本実施例の摺動部材の傾斜層の製造においては、反応室11内に導入されるメタンガス量が0sccm、50sccm、100sccmの流量で導入された。このように、反応室11内に導入されるメタンガス量は2段階の流入量で導入されたが、摺動部材の傾斜層においては炭素の含有割合がなめらかに変化していた。このことは、メタンガスの導入を開始したことにより、反応室11内の雰囲気に占めるメタンガスの割合が徐々に増加していったことによる。
【0048】
(比較例)
鉄系金属よりなる基材の表面に、窒化層を形成し、その表面上に直流プラズマCVD法でDLC層を形成した。
【0049】
まず、実施例1の時と同様な鉄系金属よりなる基材を準備し、窒素ガス雰囲気中で300℃に保持して窒化被膜を形成した。
【0050】
つづいて、実施例1において用いられたプラズマCVD処理装置1を用いて、実施例1においてDLC層を形成した時と同様の処理を行った。
【0051】
これにより、本比較例の摺動部材が形成された。
【0052】
本比較例の摺動部材は、鉄系金属よりなる基材の表面に窒化被膜層が形成され、窒化被膜層の表面上にDLC層が形成されている。
【0053】
(評価)
実施例1および比較例の摺動部材において、傾斜層及びDLC層(表面被膜)の密着性の評価を行った。
【0054】
表面被膜の密着性の評価は、実施例1及び比較例の摺動部材に以下の試験を施し、試験後の表面被膜(DLC層)の状態を確認することで行われた。また、摺動部材の基材の材質をSCM415とSUS440Cの二種類として摺動部材を作製し、それぞれを試験した。評価結果を表1に示した。
【0055】
鋼球をロックウェル硬度(HRC)の測定条件で打ち付けて摺動部材の表面に圧痕を付与し、表面被膜および圧痕の状態を確認して評価を行った。具体的には、図2に示した試験器を用いて、エアーの圧力を利用して1/16鋼球を打ち付けた。クラックの評価は、表面被膜にクラックが確認されない場合は○、クラックが確認された時は×とした。また、実施例及び比較例のいずれにおいても表面被膜の剥離は確認できなかった(全てが○の評価となった)。
【0056】
【表1】

【0057】
表1に示したように、実施例1および比較例の摺動部材の表面皮膜に、クラック及び圧痕界面剥離が見られなかった。特に、基材がSUS440Cの場合には、比較例ではDLC層にクラックが確認されたが、実施例1ではクラックは確認されなかった。このように、実施例1の摺動部材は、従来の摺動部材(比較例)と同等以上の高い密着力を有することがわかる。
【0058】
また、実施例1及び比較例の摺動部材であって基材がSCM415よりなる摺動部材のトライボロジー特性を測定した。トライボロジー特性は、以下に示した方法で測定され、測定結果を図3に示した。
【0059】
往復動型のBall−on−Disk試験器を用いて、相手材:軸受鋼(SUJ−2)、荷重:10N、速度:2Hz、ストローク:10mm、無潤滑の条件で1時間の摺動試験を行い、評価した。
【0060】
図3に示したように、実施例1および比較例の摺動部材は、摺動面の摩擦係数の変化に大きな差が見られなかった。つまり、実施例1の摺動部材は、摺動を繰り返しても、従来の摺動部材と同様な摺動特性を発揮することが確認できた。
【0061】
さらに、図4に炭素鋼の焼き戻しに伴う機械的性質の変化を示した。図4に示したように、炭素鋼の焼き戻し温度が高くなるほど、処理後の硬度(HRC)が低下している。実施例1及び比較例の摺動部材(基材:SCM415)は、表面被膜の形成工程においては300℃を超える温度に晒されていない。このため、表面被膜の形成にもとづく硬度の大幅な低下が抑えられている。
【0062】
さらに、基材の表面に表面被膜を形成するときに高温で窒素ガスに晒されていないため、実施例1及び比較例の摺動部材の基材がSUS440Cの場合において、基材中に含まれるCrが窒化物を形成しない。つまり、表面被膜の形成にもとづく硬度の大幅な低下が抑えられている。
【0063】
このように、実施例1の摺動部材は、傾斜層がDLC層を基材に高い密着力で密着させている。また、実施例1の摺動部材は、DLC層よりなる摺動面が優れた摺動特性を発揮している。さらに、実施例1の摺動部材は、傾斜層およびDLC層の形成時の加熱温度が最高で300℃であり、鉄系金属よりなる基材の特性を低下させなくなっていた。加えて、実施例1の摺動部材は、傾斜層およびDLC層の形成時の加熱温度を低く保つことができ、製造に要するコストを低減できた。
【0064】
(実施例2)
鉄系金属よりなる基材の表面に、直流プラズマCVD法で傾斜層及びDLC層を形成した。なお、この処理において用いたプラズマCVD処理装置は、実施例1で用いた装置と同様な装置である。
【0065】
基材をプラズマ反応室内に配置し、133×10−4Pa(1×10−4Torr)まで減圧した炉内に昇温用ガスとして水素ガスを導入し、同時に真空引きしながら反応室内の圧力を133Pa(1Torr)に保つように調整した。そして、ステンレス製陽極板と陰極(基台)の間に数百ボルトの直流電圧を印加して放電を開始し、基材表面が300℃になるまでイオン衝撃による昇温を行った。
【0066】
次に、反応室内に、テトラメチルシラン(TMS;Si(CH)ガスと、メタン(CH)ガス、水素(H)ガスおよびアルゴン(Ar)ガスを、それぞれ流量6、0、0、および0sccmで導入して全圧力533Paのケイ素化合物ガスと炭素化合物ガスの混合ガス雰囲気とし、基材の温度を300℃に保ちながら10分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0067】
10分後、反応室内に、さらにメタン(CH)ガスの導入量を50sccmで導入して全圧力533Paのケイ素化合物ガスと炭素化合物ガスの混合ガス雰囲気とし、被処理材の温度を300℃に保ちながら10分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0068】
その後、反応室内に導入されるメタン(CH)ガスの導入流量を、100sccmとし、20分間の直流放電を持続させることにより化学蒸着処理を行った。
【0069】
20分間の処理終了後、放電を止め、基材を減圧下(533Pa)で冷却し、基材を反応室より取り出した。これにより、基材の表面には傾斜層及びDLC層が形成されていた。
【0070】
実施例1の摺動部材と同様に、摺動部材の構成を確認したところ、基材表面に傾斜層が形成され、傾斜層の表面にDLC層が形成されていることが確認できた。そして、傾斜層は、水素と、炭素と、ケイ素と、を有し、厚さ方向を表面から基材方向に進むに連れて、炭素含有割合が減少(ケイ素含有割合が増加)している。そして、傾斜層の基材との界面近傍において、50〜80at%の炭素を含有していることが確認できた。また、DLC層は、DLCよりなる。そして、本実施例の摺動部材においては、DLC層と傾斜層との明瞭な界面が確認できなかった。
【0071】
実施例2の摺動部材は、傾斜層の各元素の含有割合が異なる以外は実施例1の摺動部材と同様な構成であり、実施例1の場合と同様な効果を発揮する。
【図面の簡単な説明】
【0072】
【図1】実施例で用いられたプラズマCVD処理装置の概略図である。
【図2】摺動部材の表面被膜の密着性を評価するときに用いた試験装置の概略図である。
【図3】実施例1と比較例の摺動部材のトライボロジー特性の結果を示した図である。
【図4】炭素鋼の機械的性質と焼き戻し温度との関係を示した図である。
【符号の説明】
【0073】
1:プラズマCVD処理装置
11:プラズマ反応室
12:基台
13:基材
14:支持柱
15:ガス導出管
16:ガス導入管

【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材と、
ケイ素、タングステン、クロムおよびチタンより選ばれる少なくとも一種の元素と、炭素と、を有し、厚さ方向を表面から該基材方向に向かって炭素の含有割合が減少した状態で該基材の表面に形成された傾斜層と、
該傾斜層の表面に形成されたダイヤモンドライクカーボン層と、
を有することを特徴とする摺動部材。
【請求項2】
前記基材は、鉄系金属よりなる請求項1記載の摺動部材。
【請求項3】
前記ダイヤモンドライクカーボン層は、直流プラズマCVD法で形成された請求項1〜2のいずれかに記載の摺動部材。
【請求項4】
前記傾斜層は、ケイ素と、炭素と、を有する請求項1〜3のいずれかに記載の摺動部材。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2009−35584(P2009−35584A)
【公開日】平成21年2月19日(2009.2.19)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−198857(P2007−198857)
【出願日】平成19年7月31日(2007.7.31)
【出願人】(000001247)株式会社ジェイテクト (7,053)
【Fターム(参考)】