説明

新規細菌情報伝達阻害剤アスコキタシン

【課題】新規かつ有効な抗菌剤、抗生物質を提供する。
【解決手段】海洋真菌から得られる新規スピロオキシナフタレン、それを含む抽出物、ならびにそれらを含む抗菌剤等。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋真菌由来の新規抗菌物質に関する。詳細には、本発明は、海洋真菌由来の新規スピロオキシナフタレンおよびそれを含有する該海洋真菌から得られる抽出物、ならびにそれらの使用等に関する。
【背景技術】
【0002】
今世紀に入ってからフレミングのペニシリンの発見以来、有害微生物に対する抗菌剤の開発が活発に行われており、多種多様な抗菌剤が医学、薬学、食品、農業などの幅広い分野で使用され、人類に恩恵がもたらされている。しかし、これらの抗菌剤が有効でない耐性菌が出現し、さらなる抗菌剤の開発、とりわけ新たなコンセプトによる抗菌剤の開発を余儀なくされているのが現状である。
【0003】
新たなコンセプトにより抗菌剤の開発の1つとして、細菌の情報伝達機構をターゲットとした開発が挙げられる。このコンセプトによれば、特に薬剤耐性細菌に対して有効な薬剤を開発できると期待されており、そのための研究が続けられている(非特許文献1〜4参照)。
【非特許文献1】Barrett JF, Hoch JA. Two-component signal transduction as a target for microbial anti-infective therapy. Antimicrob Agents Chemother 42: 1529-1536 (1998)
【非特許文献2】Barrette JF, et al. Antibacterial agents that inhibit two-component signal transduction systems. Proc Natl Acad Sci USA 95: 5317-5322 (1998)
【非特許文献3】Macielag MJ, Goldschmidt R. Inhibitions of bacterial two-component signaling systems. Exp Opin Invest Drugs 9: 2351-2369 (2000)
【非特許文献4】Matsushita M, Janda KD. Histidine kinases as targets for new antimicrobial agents. Bioorg Med Chem 10: 855-867 (2002)
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
新規かつ有効な抗菌剤、抗生物質、農薬等を提供することが本発明の課題である。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、上記課題を解決せんと鋭意研究を重ね、ヒスチジンキナーゼ(HK)を介する細菌に特異的な情報伝達機構を阻害する新規かつ効果的な抗菌物質を海洋微生物から見出して、本発明を完成するに至った。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、細菌の情報伝達機構に対して作用する、新規かつ有効な抗菌物質が得られる。これにより、従来困難とされてきた薬剤耐性菌に対しても効果的な除菌、抗菌を行うことができ、新たな医薬品、抗菌剤、農薬等が提供される。
【発明を実施するための最良の形態】
【0007】
本発明は、1の態様において、式(A):
【化1】

[式中、R、R、RおよびRはそれぞれ独立して水素、ハロゲンまたはORであり、
は水素またはハロゲンで置換されていてもよい炭素数1〜4個のアルキルであり、
、R、R、R、R、R10およびR11はそれぞれ独立して水素、ハロゲン、OR、COOH、SOH、NR、NOまたはハロゲンで置換されていてもよい炭素数1〜4個のアルキルであり、
は水素またはハロゲンで置換されていてもよい炭素数1〜4個のアルキルであり、
およびRはそれぞれ独立して水素またはハロゲンで置換されていてもよい炭素数1〜4個のアルキルである]で示される細菌情報伝達阻害作用を有する新規スピロジオキシナフタレン化合物に関する。
【0008】
式(A)の化合物は、形成可能な場合にはその塩および溶媒和物を包含する。例えば、式(A)の化合物がカルボキシル基を有する場合にはNa、K、Mg、Caなどの金属あるいはアミン類と塩を形成しうる。また例えば、式(A)の化合物がアミノ基を有する場合にはカルボン酸などの有機酸と塩を形成しうる。さらに式(A)の化合物は、その置換基の種類によっては溶媒和物を形成しうる。
【0009】
式(A)の化合物は、ヒスチジンキナーゼを介する細菌に特異的な情報伝達機構(two-component system)(「TCS」ともいう)中のヒスチジンキナーゼ(「HK」ともいう)の自己リン酸化およびレスポンスレギュレーター(「RR」ともいう)へのリン酸基転移を阻害する。このような阻害によりTCSが弱体化あるいはブロックされ、抗菌作用が発揮される。TCSは細菌に広く存在し、環境ストレスに対する応答系を形成しており、細菌増殖の抑制、種々の動植物病原菌の病原性、薬剤耐性の制御、バイオフィルム形成、植物ホルモン、抗生物質などの二次代謝産物の生産等を多面的に制御している。したがって、TCSを弱体化あるいはブロックすることのできる式(A)の化合物を、広範な細菌に対する有効な除菌剤、抗菌剤、抗生物質等の医薬、農薬等として用いることができる。上述のごとく、式(A)の化合物は細菌情報伝達阻害型の薬剤であるため、細胞内に複数存在する異なるTCSにも作用し、今までの薬剤とは全く異なる抗生物質などの薬剤の開発が可能となる。例えば、式(A)の化合物は、新規医薬、例えば新規抗生物質、新規抗菌剤として有望なだけでなく、新規農薬、例えば農業上問題になっている病害細菌の病原性抑制や植物ホルモンの調節剤、バイオフィルム形成阻害剤、例えば虫歯予防剤、あるいはクオラムセンシング阻害剤などとしても応用可能である。
【0010】
式(A)の化合物はアスコキタ(Ascochyta)属の糸状菌またはその類縁種を培養することによって得ることができる。あるいはまた、公知の化学合成法によっても合成可能である。アスコキタ属の糸状菌の培養は当業者に公知の培地を用いて行うことができる。海水またはその成分を適宜添加して培養してもよい。培養によって得られた菌体から式(A)の化合物を含有する抽出物を得て、これより式(A)の化合物を精製あるいは単離することができる。かかる抽出、精製、単離等の方法は当業者に公知である。式(A)の化合物は抗菌作用を有するので、式(A)の化合物を抗菌剤の有効成分として用いることができる。
【0011】
式(A)の化合物うち、好ましいものの例としてはR〜R11がすべて水素である化合物アスコキタシン(ascochytatin)(下式I)が挙げられる。
【化2】

【0012】
アスコキタシンは本発明者らが、海洋に棲息するアスコキタ属の糸状菌から見出し,命名した新規化合物である(実施例において「化合物1」と称される)。アスコキタシンにはいくつかの立体異性体が存在するが、本発明はそれらを包含する。アスコキタシンの好ましい立体構造は図5に示すものである。本発明者らが海洋から得たアスコキタ属の糸状菌(Ascochyta sp. NGB4)は、平成19年12月25日に独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに受領番号NITE AP−468として受領された。本明細書において、この菌株を「NGB4株」という。
【0013】
本発明は、別の態様において、式(A)の化合物、とりわけアスコキタシンの製造方法も提供する。式(A)の化合物は、NGB4株またはその類縁種を適当な培地で培養し、得られた菌体から抽出することにより得ることができる。特にアスコキタシンは、NGB4株を適当な培地で培養し、得られた菌体から抽出することによって得ることができる。NGB4株の培養に用いる培地は菌の増殖が可能なものであれば特に制限はないが、液体培地としては海水またはそれに準じる組成を有する液体に各成分を溶解したものが好ましい。各成分は糸状菌用の培地に用いられるものが好ましく、ポテトデキストロース培地の成分、麦芽エキス、酵母エキスなどの成分などが挙げられるがこれらに限らない。NGB4株を培養するための好ましい液体培地の例としては、50%の海水を含有するポテトデキストロース培地が挙げられるが、これに限らない。NGB4株を培養するための好ましい固体培地の例としてはグルコース0.5%、グリセロール2.0%、酵母エキス0.2%、Pharmamedia(登録商標)Traders Protein 2.0%、NaCl 0.25%および寒天2.0%を含有するpH6.5の培地が挙げられるが、これに限らない。NGB4株用の培地の選択は当業者の技量の範囲内である。NGB4株の培養は、20〜30℃、例えば25℃で5〜20日間、例えば7〜14日間、好気的に行うことが好ましい。液体培地の場合には撹拌または振盪しながら培養することが好ましい。
【0014】
培養によって得られたNGB4株菌体を集め、アスコキタシンを抽出する。培養物からの菌体の分離は当業者に公知の方法を用いて行うことができ、遠心分離、ろ過などの方法がある。得られた菌体を破砕して抽出液を得ることができる。菌体破砕方法は公知であり、例えばらいかい器やダイノーミルなどによる磨砕、アセトン等の有機溶媒の添加、細胞壁溶解酵素の使用、凍結−融解法などがある。あるいは、培地から菌体を分離せずに、培地に直接アセトンなどの有機溶媒を添加することにより抽出を行ってもよい。抽出液が水性の場合には、アセトン、酢酸エチルなどの有機溶媒にてアスコキタシンを抽出することができる。抽出液はエバポレーターなどの公知の手段によって適宜濃縮することができる。
【0015】
得られたアスコキタシン含有抽出液から、カラムクロマトグラフィー、薄層クロマトグラフィーなどのクロマトグラフィーによってアスコキタシンを精製あるいは単離することができる。しかしながら、アスコキタシンの精製にはクロマトグラフィー法以外の方法も使用可能である。アスコキタシン精製のためのクロマトグラフィーの担体としてはシリカゲルを用いるのが一般的であるが、他の担体であってもよい。シリカゲル担体によるカラムクロマトグラフィーを行う場合の溶離液はクロロホルム、メタノール、ヘキサン、酢酸エチル、あるいはそれらの混合物などであってもよい。所望により、得られたアスコキタシンをメタノール等の溶媒から結晶化させてもよい。なお、本発明において、単離・精製の過程で得られる部分精製されたアスコキタシンも「アスコキタシン」に含めるものとする。精製の程度は使用目的に応じて決定されうる。
【0016】
アスコキタシンは、公知の化学合成法および光学分割方法を用いて製造することもできる。いずれの方法を用いるかは当業者の技量の範囲内である。
【0017】
アスコキタシンは抗菌作用を有する。したがって、本発明は、アスコキタシンを有効成分として含む抗菌剤を提供するものである。アスコキタシンは、新規医薬、例えば新規抗生物質、新規抗菌剤として有望なだけでなく、新規農薬、例えば農業上問題になっている病害細菌の病原性抑制や植物ホルモンの調節剤、バイオフィルム形成阻害剤、例えば虫歯予防剤、クオラムセンシング阻害剤などとしても応用可能であるので、アスコキタシンを含有する抗菌剤はこのような用途に使用することもできる。
【0018】
本発明の抗菌剤の剤形はいずれのものであってもよい。例えば、アセトン、酢酸エチルなどの適当な液体担体を用いて液剤としてもよく、あるいは例えばエタノールなどの媒体中に懸濁した剤形であってもよい。さらに本発明の抗菌剤は、練り薬、軟膏、パスタなどの半固形剤形であってもよく、あるいは適当な担体とともに粉末、顆粒、錠剤などの固形剤形としてもよい。本発明の抗菌剤の剤形はこれらの剤形に限定されないことはいうまでもない。当業者は、抗菌剤の用途に応じ、毒性等の諸因子を考慮して担体、剤形、適用方法を適宜選択することができる。
【0019】
本発明の抗菌剤はいずれの方法によって適用されてもよい。例えば、抗菌作用を必要とする場所(例えば医療器具表面、皮膚表面や口腔内などの身体部位、植物体、土壌など)に、塗布、噴霧、散布などにより直接適用することができる。また、注射などによって体内にデリバリーすることもできる。
【0020】
本発明は、別の態様において、アスコキタ属の糸状菌を培養して得られた菌体からの抽出物であって、式(A)の化合物を含有する抽出物を提供する。本発明の好ましい抽出物は、NGB4株からの抽出物であって、アスコキタシンを含有する抽出物である。したがって、本発明は、さらなる態様において、これらの抽出物を有効成分として、好ましくはアスコキタシンを含有するNGB4株の抽出液を有効成分として含有する抗菌剤を提供する。かかる抗菌剤もまた、新規医薬、例えば新規抗生物質、新規抗菌剤として有望なだけでなく、新規農薬、例えば農業上問題になっている病害細菌の病原性抑制や植物ホルモンの調節剤、バイオフィルム形成阻害剤、例えば虫歯予防剤、あるいはクオラムセンシング阻害剤などとしても応用可能である。本発明の式(A)を含有する抽出液、とりわけアスコキタシンを含有する抽出液を含む抗菌剤の剤形、および適用方法は、上述のとおりである。
【0021】
本発明は、さらなる態様において、抗菌剤の製造のための式(A)の化合物、とりわけアスコキタシンの使用を提供する。
【0022】
本発明は、さらなる態様において、式(A)の化合物、とりわけアスコキタシンを適用することを特徴とする、細菌に対する抗菌方法を提供する。
【0023】
以下に実施例を示して本発明をさらに詳細かつ具体的に説明するが、実施例は本発明の説明のためのものであって、本発明を限定するものではない。
【実施例1】
【0024】
1.アスコキタ属の糸状菌の単離および同定
長崎県の漁港(北緯32度47分31秒、東経129度46分55秒)にて採取した腐敗した漁網からNBG4株を単離した。NBG4株を、50%海水中に調製されたポテトデキストロース寒天培地(Difco)上で維持した。
【0025】
単離菌の分類学的考察を下記のように行った。使用培地はポテトデキストロース寒天培地(PDA)、2%麦芽寒天培地(MA)、オートミール寒天培地(OA)、三浦培地(LcA)およびコーンミール寒天培地(CMA)であった。NBG4株を25℃で2週間培養後、コロニーを観察した。コロニーの色の表現はKornerup A, Wanscher JH. Methen handbook of colour, 3rd ed., Eyre Methen, London, UK. (1978)に従った。PDAプレート上のコロニーは直径47〜60mmに達し、その表面性状は、羊毛状もしくは平坦状であり、放射状に溝があり、色調は褐色ないし灰色がかった褐色(5E−4ないし5E−3)であった。MA上のコロニーは直径53〜56mmに達し、その表面性状は羊毛状もしくは平坦状であり、色調はオリーブ色(3E−F−8)であった。OA上のコロニーは直径60〜65mmに達し、その表面性状は羊毛状であり、色調は薄いオレンジ色ないしオレンジ色を帯びた白色(5A−5ないし5A−2)であった。LcA上のコロニーは直径55〜56mmに達し、その表面性状は羊毛状であり、色調は薄いオレンジ色ないしオレンジ色を帯びた白色(5A−5ないし5A−2)であった。CMA上のコロニーは直径35〜37mmに達し、その表面性状は平坦状であり、色調は白色(1A−1)であった。菌糸は寒天表面もしくは寒天内に形成され、無色、平滑、有隔壁菌糸の形成が認められた。PDAおよびCMA培地上では分生子果の形成が認められた。分生子果は分生子殻で、球形〜亜球形、黒色〜黒褐色、寒天培地表面あるいは培地中に埋没して形成される様子が観察された。分生子形成細胞であるフィアライドはたる型、卵型または頚部が細長くなるアンプル型(7〜10μm x 2〜3μm)で無色、無隔壁、単細胞性であった。分生子の形成様式は内生出芽的に形成されるフィアロ型を示した。分生子は楕円形〜長楕円形(3〜5μm x 1.5〜2μm)、無色、壁はやや厚く、主に2細胞であり、わずかながら3細胞性のものも観察された。約1ヶ月の培養においても有性生殖器官の形成は確認できなかった。これらの形態的特徴から、NGB4株をアナモルフの菌類、不完全菌類の一種、アスコキタ属(Sutton BC. The Coelomycetes-fungi imperfecti with pycnidia acervuli and stoma-, CAB International, Wallingford, UK. (1980))と同定した。
【0026】
2.B. subtilis 168株およびB. subtilis CNM2000株を用いたバイオアッセイ方法
NGB4株のアセトン抽出物およびアスコキタシンのTCS阻害活性を、Watanabe T, Hashimoto Y, Yamamoto K, Hirao K, Ishihama A, Hino M, Utsumi R. Isolation and characterization of inhibitors of the essential histidine kinase, YycG in Bacillus subtilis and Staphylococcus aureus. J Antibiot 56: 1045-1052 (2003)に記載された方法により調べた。NGB4株の菌体のアセトン抽出物または後述の化合物1(アスコキタシン)を試料とした。シャーレ中のトリプチカーゼソイ(0.75%)寒天(1.5%)プレート上に試料(1μl)をスポットし、B. subtilis 168株またはB. subtilis CNM2000株の一晩培養液30μlを含む3mlの寒天(0.5%)を重層した。37℃で24時間培養後、B. subtilis 168株およびB. subtilis CNM2000株生育阻害ゾーンの直径を測定した。B. subtilis 168株よりもB. subtilis CNM2000株において大きな阻害ゾーンが得られる場合に、TCS中のHKの自己リン酸化とRRへのリン酸基転移が阻害されるものとした。そして、阻害ゾーンが大きいほど阻害活性が高いものとした。以下に述べる化合物Iの単離操作において、上記バイオアッセイ法を適宜使用してTCS阻害活性をモニターした。
【0027】
3.BMG4株の培養および化合物1(アスコキタシン)の単離
50%海水を用いて調製されたポテトデキストロース培地(Difco)にて、25℃で7日間、100rpmで振盪しながらBMG4株を種培養した。1mlの種培養を、ステンレス製プレート(320x190mm)中の生産用寒天培地(400ml)に接種した。生産用寒天培地の組成は、グルコース0.5%、グリセロール2.0%、酵母エキス0.2%、Pharmamedia(登録商標)Traders Protein 2.0%、NaCl 0.25%および寒天2.0%であり、オートクレブ前にpH6.5に合わせた。25℃で14日間培養後、合計8リットルの寒天培地からアセトン抽出を行った。抽出物をエバポレーションしてアセトンを除去し、水性残渣(約2リットル)を同体積の酢酸エチルで2回抽出した。抽出物を減圧濃縮し、シリカゲルカラムにてクロマトグラフィーを行った。溶出は、クロロホルム/メタノール混合物を用い、メタノールを0%、1%、10%、そして100%とするステップワイズ法により行った。1%メタノール−クロロホルムフラクションがB. subtilis 168株よりもB. subtilis CNM2000株において最も大きな阻害ゾーンを生じさせたので、このフラクションをヘキサン/酢酸エチル(1:1)を溶離液とするシリカゲルカラムクロマトグラフィーにより、さらに精製した。活性フラクションを集め、減圧蒸発させて80mgの白色粉末(化合物1)を得た。この粉末1の半分をメタノールから結晶化させてX線結晶解析を行った。この結晶化により無色針状結晶(12mg)を得た。
【0028】
4.化合物1の構造決定
(i)一般的方法
化合物1の構造決定には下記の方法および機器、ならびに誘導体を使用した。
UVスペクトルをBeckman DU 640型スペクトル計にて得た。IRスペクトルをJasco FT/IR-430型装置にて得た。融点を柳本製作所の装置にて測定した。H NMRおよびすべての二次元NMRスペクトルをVarian Unity INOVA 750型装置により750MHzにて記録した。13C NMRスペクトルをVarian Unity INOVA 500型装置により125MHzにて記録した。化学シフトはCDODのδ3.31およびδ49.15、ならびにCDClのδ7.25およびδ77.0の溶媒ピークを基準にした。低分解能および高分解能FAB−MSデータをJeol JMS700スペクトル計にて得た。ESI−MSのデータをThermoFinigan LCQ Advantage型装置にて測定した。
【0029】
(ii)X線結晶解析方法および化合物1に関する結果
メタノールから結晶化した化合物1についてX線結晶解析を行った。Bruker-AXS SMART Apex II CCDシステムを用いてMo Kα照射(λ=0.71073Å)を行い100Kで解析した。
化合物1に関するデータは以下のとおり:C402814(2個の分子),無色針状,M=732.62,単斜晶系,P2(1),a=12.8150(14)Å,b=8.2858(9)Å,c=15.6756(18)Å,α=90°,β=109.9230(10)°,γ=90°,V=1564.9(3)Å,Z=2,ρcalcd.=1.555Mgm−3,μ=0.158mm−1,T=100K,8976個の測定された反射,4549個[R(int)=0.0434]の独立した反射,495個のパラメータ,GOF=1.013,ならびにR1(wR2)=0.0611(0.1581)。
直接法により結晶構造を解明し、SHELXTLプログラムを用いたF2上のフルマトリックス最小二乗法によりリファインした。吸収補正はSADABSプログラムにて行った。CCDC669952は、ここに示したデータに対する補足的な結晶像のデータを含んでいる。これらのデータを、The Cambridge Crystallographic Data Centreから、www.ccdc.cam.ac.uk/data_request/cifを通じて無料で得ることができる。
【0030】
(iii)誘導体の合成
(iii−1)トリメチルアスコキタシン(化合物2)の合成
CHCl/MeOH(5:1)混合物(2ml)中の化合物1(5mg,13.6μmol)の溶液に、過剰量のトリメチルシリルジアゾメタン(東京化成工業株式会社製)を添加した。室温(約25℃)で36時間撹拌後、反応混合物を蒸発乾固させ、残渣をシリカゲルカラム(直径10mm,長さ150mm)によるクロマトグラフィーに供して(ヘキサン/酢酸エチル(2:1)にて溶出)化合物2(3.5mg)を得た。
化合物2のデータ:白色固体;TLC Rf値0.7(CHCl/MeOH(10:1))および0.2(Hex/EtOAc(1:1));H NMR(750MHz,CDCl):3.71(1H,t,3.8,H−3),3.67(1H,d,3.8,H−2),3.69(3H,s,8−O−CH),3.92(3H,s,5−O−CH),3.98(3H,s,4’−O−CH),4.26(1H,brs,4−OH),5.38(1H,brs,H−4),6.80(1H,d,9.0,H−3’),6.95(1H,d,8.3,H−7’),6.98(1H,d,9.0,H−2’),6.99(2H,s,重複したH−6およびH−7),7.41(1H,t,8.3,H−6’),7.82(1H,d,8.3,H−5’);13C NMR(125MHz,CDCl):53.12(C−2),54.21(C−3),55.86(4’−O−),56.26(5−O−),57.86(8−O−),63.71(C−4),96.73(C−1),105.53(C−3’),108.82(C−2’),109.67(C−7’),113.11(C−6と相互交換可能なC−8a’),113.19(C−8a’と相互交換可能なC−6),115.29(C−7),115.39(C−5’),121.97(C−8a),125.41(C−4a),125.89(C−4a’),126.49(C−6’),140.74(C−1’),147.37(C−8’),150.05(C−4’),151.83(C−5),154.32(C−8)。
【0031】
(iii−2)(R)−MTPAエステル(化合物3)の合成
ピリジン(100μl)中の化合物2(1.5mg,3.7μmol)の溶液に、(+)−(S)−メトキシ−(トリフルオロメチル)フェニル酢酸クロリライド(MTPACl)(15μl,関東化学株式会社製)を添加した。室温(約25℃)で14時間撹拌後、反応混合物をCHClで希釈し、次いで、NaHCO水溶液、飽和NaClで続けて洗浄した。有機層をNaSOで乾燥させ、蒸発乾固させ、残渣をシリカゲルカラム(直径10mm,長さ200mm)によるクロマトグラフィーに供して(ヘキサン/酢酸エチル(2:1)にて溶出)化合物3(1.3mg)を得た。
化合物3のデータ:白色固体;TLC Rf値0.4(Hex/EtOAc(1:1));H NMR(750MHz,CDCl):3.50(3H.s,5−O−CH),3.65(3H,brs,MTPAの−O−CH),3.69(1H,d,4.5,H−2),3.69(3H,s,8−O−CH),3.90(1H,t,4.5,H−3),3.99(3H,s,4’−O−CH),6.64(1H,d,4.5,H−4),6.81(1H,d,8.3,H−3’),6.85(1H,d,9.0,H−6),6.97(1H,d,7.5,H−7’),7.00(1H,d,8.3,H−2’),7.03(1H,d,9.0,H−7),7.39(3H,m,MTPAのフェニル基),7.43(1H,t,7.5,H−6’),7.71(2H,m,MTPAのフェニル基),7.84(1H,d,7.5,H−5’)。
【0032】
(iii−3)(S)−MTPAエステル(化合物4)の合成
化合物2(1.5mg,3.7μmol)を(−)−(R)−MTPACl(15μl)(関東化学株式会社製)で処理し、上記と同じ手順により化合物4(1.0mg)を得た。
化合物4のデータ:白色固体;TLC Rf値0.4(Hex/EtOAc(1:1));H NMR(750MHz,CDCl):3.52(3H,brs,MTPAの−O−CH),3.64(1H,d,4.5,H−2),3.71(3H,s,8−O−CH),3.76(3H.s,5−O−CH),3.79(1H,t,4.5,H−3),3.98(3H,s,4’−O−CH),6.74(1H,d,4.5,H−4),6.78(1H,d,8.3,H−3’),6.95(1H,d,8.3,H−2’),6.96(1H,d,9.0,H−6),6.96(1H,d,7.5,H−7’),7.07(1H,d,9.0,H−7),7.37(3H,m,MTPAのフェニル基),7.42(1H,t,7.5,H−6’),7.62(2H,m,MTPAのフェニル基),7.82(1H,d,7.5,H−5’)。
【0033】
(iv)化合物1の構造
上述のごとくNGB4株抽出物から単離された化合物1を用いた。化合物1の物理化学的特性を表1にまとめた。
【表1】

【0034】
HRFAB−MSおよび13C NMRのデータから分子式をC2014と決定した。13C NMRスペクトルは20個の分離したシグナルを示した。それらのうち16個は芳香族炭素であり、3個は酸素を有する脂肪族炭素であった。残りの1個(δ 100.29)はアセタール炭素である可能性があった。H NMRスペクトルは10個のプロトンに対応する10個のシグナルを示した。残りの4個のプロトンは相互交換可能であり、ヒドロキシル基のプロトン(−O)と考えられた。すべての直接H−13CコネクションはHSQC(Hetero-nuclear Single Quantum Coherence)により決定された。H−H COSY(Correlation Spectroscopy)のデータは4個のスピン系を示し、3個は芳香族部分であり(図1a、c、d参照)、1個の脂肪族部分も明らかであった(図1b参照)。
【0035】
脂肪族部分注のエポキシド基はHおよび13C化学シフトから推測された。図2に示す化合物1の平面構造はHMBC(Heteronuclear Multiple-Bond Correlation)シグナルから推定された。
【0036】
化合物1のNMRのデータを表2に示す。
【表2】

【0037】
化合物1は、スピロアセタールによって結合された(1’および8’ヒドロキシ基を介して結合された)ユニークな1’,4’,8’−トリヒドロキシナフタレン単位を有し、それに結合されているもう一方の単位は部分的に還元され、官能基を有するナフタレン単位であった。
【0038】
上述の方法に従ってX線結晶解析を行って化合物1の構造を確認し、その相対的な立体構造について決定した。化合物1のORTEPプログラムによる図を図3に示す。X線結晶解析によってNMRの結果から推定された構造が証明され、相対的な立体構造の確定が可能となった。
【0039】
改良Mosher法(Ohtani I, Kusumi T, Kashman Y, Kakisawa H. High-field FT NMR application of Mosher's method. The absolute configurations of marine terpenoids. J Am Chem Soc, 113: 4092-4096 (1991))を用いて化合物1の絶対配置を決定した。上述の方法により、化合物1の3個のフェノール性およびナフトール性のヒドロキシ基(5−OH、8−OHおよび4’−OH)をメチル化してシグナルの複雑化を避け、さらにトリメチル化誘導体(化合物2)を(R)または(S)−MTPAエステル(それぞれ、化合物3または4)に変換した。H−NMR、COSY、HSQCおよびHMBCのデータによって各誘導体のプロトンを帰属した。重要なΔδ(δS−δR)値を図4に示す。これらのデータからわかるように、C−4の絶対位置はRであった。
【0040】
以上の解析結果より、化合物1(アスコキタシン)の構造を式(I)に示すごとく決定し、その立体構造を図5に示すごとく決定した。
【0041】
5.アスコキタシンに対するB. subtilis 168株およびB. subtilis CNM2000株の感受性
上で説明したバイオアッセイ法により実験を行った。図6に示すように、野生型のB. subtilis 168株の阻害ゾーンよりも変異株であるB. subtilis CNM2000株の阻害ゾーンのほうが大きく鮮明であり、感受性が高いことがわかった。この結果から、アスコキタシンは細菌のTCSの機能を阻害することがわかった。
【0042】
6.化合物1の抗菌活性および細胞毒性
(i)抗菌活性
アスコキタシン(濃度200ppmまたは20ppm)15μlを直径6mmのペーパーディスクにアプライし、ディスクをクリーンベンチ中で30分乾燥させた。その後ディスクを下記微生物を含有する各寒天培地上に置いた。試験した微生物はArthrobacter paraffineus ATCC21220, Brevibacterium sp. JCM6894, Staphylococcus aureus IFO12732, Bacillus subtilis IFO3134, Cytophaga marinoflava IFO14170, Pseudovibrio sp. MBIC3368, Escherichia coli IFO3301, Pseudomonas aeruginosa IFO3446, Candida albicans IFO1060 および Saccharomyces cervisiae ATCC27202であった。48時間培養後、ハロ形成を観察した。結果を下表に示す。
【表3】

【0043】
アスコキタシンはグラム陽性細菌およびCandida albicansに対して強力かつ特異的な抗菌活性を示すことがわかった。
【0044】
(ii)細胞毒性
A549細胞(ヒト肺癌細胞系)およびJurkat細胞(ヒト白血病細胞系)を大日本住友製薬株式会社から購入して用いた。10%ウシ胎児血清を含有するDulbeccoの改変Eagle培地(DMEM)にてA549細胞を培養した。平底96ウェルマイクロプレートに細胞密度4000個/200μl/ウェルで細胞を撒き、インキュベーター(5% CO−空気)中37℃で14時間培養した。系列希釈試料を各ウェルに添加し、さらに48時間細胞を培養した。そしてAlamar BlueTMアッセイにより生菌数をカウントした。ブランク対照と比較して生菌数を50%に抑制する試験化合物の濃度としてIC50値を決定した。10%ウシ胎児血清を含有するRPMI 1640培地にてJurkat細胞を培養した。ウェルに撒いた細胞密度を2000個/200μl/ウェルとした以外は、A549細胞に対するIC50値と同様にしてJurkat細胞に対するIC50値を決定した。
【0045】
A549細胞に対するアスコキタシンのIC50値は4.8μMであり、Jurkat細胞に対するIC50値は6.3μMであった。
【産業上の利用可能性】
【0046】
本発明は、細菌情報伝達阻害型の新規抗菌性薬剤アスコキタシンを提供するものであり、今までの薬剤とは全く異なる抗生物質などの薬剤の開発が可能となる。したがって、本発明のアスコキタシンは新規医薬、例えば新規抗生物質、新規抗菌剤として有望なだけでなく、新規農薬、例えば農業上問題になっている病害細菌の病原性抑制や植物ホルモンの調節剤、バイオフィルム形成阻害剤、例えば虫歯予防剤、あるいはクオラムセンシング阻害剤などとしても応用可能である。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【図1】図1はCOSYから決定された化合物1の部分構造を示す。
【図2】図2はHMBCから推定された化合物1の平面構造を示す。太線はCOSYからのスピン系を示し、それらは図1の平面構造a、b、cおよびdに対応する。矢印はHMBCシグナルを示す。
【図3】図3は化合物1のORTEPを示す。
【図4】図4は化合物1のトリメチル誘導体のMTPAエステルのΔδ(δ(S)−MTPAエステル−δ(R)−MTPAエステル)値を示す。
【図5】図5は決定された化合物1の構造式である。
【図6】図6は化合物1に対するB. subtilis 168株およびB. subtilis CNM2000株の感受性を示す実験結果である。1には1000μg/mlの化合物1、2には500μg/mlの化合物1、3には250μg/mlの化合物1、4には125μg/mlの化合物1、5には62.5μg/mlの化合物1、6には31.3μg/mlの化合物1を各々1μlスポットした。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(I):
【化1】

で示される化合物。
【請求項2】
請求項1記載の化合物を有効成分として含む抗菌剤。
【請求項3】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに受領番号NITE AP−468として受領された微生物を培養し、次いで、該微生物から抽出し精製を行うことを含む、請求項1記載の化合物の製造方法。
【請求項4】
独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに受領番号NITE AP−468として受領された微生物を培養し、次いで、該微生物を破砕して得ることのできる、請求項1記載の化合物を含有する抽出物。
【請求項5】
請求項4記載の抽出物を有効成分として含む抗菌剤。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2009−173599(P2009−173599A)
【公開日】平成21年8月6日(2009.8.6)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2008−15318(P2008−15318)
【出願日】平成20年1月25日(2008.1.25)
【出願人】(000125347)学校法人近畿大学 (389)
【Fターム(参考)】