説明

曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板およびその製造方法

【課題】引張強度が780MPa以上で、従来の鋼板よりも曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板およびその製造方法を提供する。
【解決手段】質量%で、C:0.06〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2%、P:0.010%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、さらにMo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.1%の中から選ばれる1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板表面に平行な面の一様伸びが3%以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、本発明は、曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板の製造方法に関し、特に引張強さが780MPa以上の高張力鋼板として好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、建設産業機械・タンク・ペンストック・ラインパイプ等の鋼材使用分野では、構造物の大型化・軽量化を背景として、使用する鋼材の高強度化が指向されると共に、鋼材使用量が急激に増加している。
【0003】
高強度化により鋼板の薄肉化を図り、構造物の重量を低減することで、エネルギー消費量を低減するために、強度と加工性を両立した高強度鋼板のニーズが高まっている。
【0004】
高強度鋼の加工性に関する特許として、特許文献1には、結晶粒径のバラツキを低減した曲げ加工性に優れた引張強度980MPa以上の高強度鋼板が開示されている。
【0005】
特許文献2および3には、焼戻しマルテンサイトまたは焼戻しベイナイトと第2相組織として残留オーステナイトを構成組織とする高張力鋼板が開示されている。
【0006】
特許文献4には、鋼板の引張強さ700MPa以上で強度異方性の無い高張力圧延鋼板が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2009−242832号公報
【特許文献2】特許4325865号公報
【特許文献3】特許4102273号公報
【特許文献4】特許3643556号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1に記載の曲げ加工性に優れた鋼板は、結晶粒を微細化および均一化する事で鋼板の一様伸びを高め曲げ加工性の改善を図っているが、本発明で提案する広幅鋼板の曲げ特性の観点からは問題がある。
【0009】
また、特許文献2、および3に記載の技術は、プレス成形して使用される鋼板に関するものであり、高強度鋼を用いる構造物として使用する場合には、強度、靭性などの点で問題がある。
【0010】
特許文献4に記載の技術は、鋼板の1/4板厚部および1/2板厚部の集合組織強度を規定し、鋼板内の強度異方性の低減を図るものであるが、本発明で対象とする曲げ加工性は、鋼板表面から1/4板厚部における集合組織が重要であり、特許文献4の技術では曲げ加工性を十分に確保できるとは言い難いという問題がある。
【0011】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたものであり、引張強度が780MPa以上で、従来の鋼板よりも曲げ加工性に優れた高張力鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、780MPa以上の強度と曲げ加工性を有する鋼板について鋭意研究を重ねた結果、曲げ加工性は、鋼板表面から1/4板厚部における一様伸びで整理されること、鋼板表面から1/4板厚部における一様伸びは、集合組織の発達を抑制することで向上することを知見した。そして、未再結晶温度域でのγ粒径および圧下量や焼戻し処理時における鋼材の焼戻し温度を規定することによって、従来鋼よりも曲げ加工性に優れ、構造物として必要な強度、靭性を有する高張力鋼板を見出した。
【0013】
更に、焼戻し処理時における鋼材の板厚方向中心部の昇温速度および、焼戻し温度を規定することによって、炭化物の微細分散化を図ることで鋼中の拡散性水素の集積を分散させることにより遅れ破壊特性を改善させることによって、曲げ加工性と耐遅れ破壊特性を両立した高張力鋼板を得ることが可能になることを見出した。
【0014】
また、圧延機および冷却装置と同一の製造ライン上に設置された加熱装置を用いることによって、熱処理時間の短縮による短納期対応が可能な、曲げ加工性に優れた高張力鋼板を生産することができる。
【0015】
本発明は上記の得られた知見に基づき、更に検討を加えてなされたもので、本発明の要旨は、以下の通りである。
【0016】
(1)質量%で、C:0.06〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2%、P:0.010%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、さらにMo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.1%の中から選ばれる1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板表面に平行な面の一様伸びが3%以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【0017】
(2)質量%で、C:0.06〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2%、P:0.010%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、さらにMo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.1%の中から選ばれる1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、旧γ粒径が15〜35μmで、かつ鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板表面に平行な面の{311}面および{110}面の集合組織強度がそれぞれ6以下であることを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【0018】
(3)更に、質量%で、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【0019】
(4)更に、質量%で、B:0.0003〜0.003%、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3に記載の曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【0020】
(5)請求項1乃至4の何れか1つに記載の成分組成を有する鋼を、Ac変態点以上に加熱後、熱間圧延を開始し、鋼板表面から1/2板厚部の全範囲における未再結晶温度域での累積圧下率が、下記式(1)の範囲の圧延を含む熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を完了して所定の板厚とし、ただちに、Ar変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、引続き、板厚中心部の最高到達温度をAc変態点以下の温度とする焼戻し処理を行うことを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板の製造方法。
【0021】
【数1】

【0022】
(6)請求項1乃至4の何れか1つに記載の成分組成を有する鋼を、Ac変態点以上に加熱後、熱間圧延を開始し、鋼板表面から1/2板厚部の全範囲における未再結晶温度域での累積圧下率が、下記式(1)の範囲の圧延を含む熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を完了して所定の板厚とし、引続きAr3変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、ただちに、圧延ラインの後段に設置された加熱装置を用いて、板厚中心部での平均昇温速度を1℃/s以上とする再加熱を行い、最高到達温度をAc点以下の温度とする焼戻し処理を行うことを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板の製造方法。
【0023】
【数1】

【発明の効果】
【0024】
本発明を用いることで、引張強度が780MPa以上の高強度を有するとともに、曲げ加工性に優れる直接焼入れ焼戻し型高張力鋼を安定して製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下に本発明の各構成要件の限定理由について説明する。
【0026】
1.成分組成について
はじめに、本発明の鋼の成分組成を規定した理由を説明する。なお、成分%は、すべて質量%を意味する。
【0027】
C:0.06〜0.20%
Cは、構造用鋼に求められる強度を得るために必要不可欠な元素であるが、0.06%未満の添加では、十分な強度が得られず、合金元素の大量添加が必要になり溶接性が低下する。0.20%を超える添加では、溶接熱影響部のマルテンサイトの生成量が多くなり靭性を低下させるため、C量は0.06〜0.20%の範囲とする。好ましくは0.12〜0.22%の範囲である。より好ましくは、0.12〜0.18%の範囲である。
【0028】
Si:0.01〜0.8%
Siは脱酸剤として作用し、本発明では適度な脱酸を行うために0.01%以上添加する必要があるが、0.8%を超えて含有すると、母材および溶接熱影響部の靭性が顕著に低下するとともに溶接性が著しく低下する。このため、Si量は0.01〜0.8%の範囲とする。好ましくは、0.1〜0.8%の範囲である。より好ましくは、0.2〜0.5%の範囲である。
【0029】
Mn:0.5〜2%
Mnは母材強度を確保する観点から0.5%以上添加する必要がある。一方2%を超えて添加すると、過剰に焼入性を高め、溶接熱影響部の靭性を著しく低下させることから、Mn量は0.5〜2%の範囲とする。好ましくは、0.6〜1.6%の範囲である。より好ましくは、0.6〜1.3%の範囲である。
【0030】
P:0.010%以下
Pは、0.010%を超えて含有すると、母材および溶接熱影響部の靭性を著しく低下させるためP量は0.010%以下とする。
【0031】
S:0.003%以下
Sは、0.003%を超えて含有すると、母材および溶接熱影響部の靭性を顕著に低下させるため、S量は0.003%以下とする。好ましくは、0.001%以下である。
【0032】
Al:0.005〜0.1%
Alは溶鋼を十分に脱酸するために、0.005%以上添加する必要がある。一方、0.1%を超えて添加すると、母材中に固溶するAl量が多くなり、母材靭性を低下させるのでAl量は0.005〜0.1%の範囲とする。好ましくは、0.01〜0.06%の範囲である。より好ましくは、0.01〜0.04%の範囲である。
【0033】
N:0.0005〜0.008%
Nは、Tiなどと窒化物を形成することによって組織を微細化し、母材および溶接熱影響部の靭性を向上させる効果を有するために添加する。しかし、0.0005%未満の添加では組織微細化の効果が十分ではなく、一方、0.008%を超える添加では、母材中に固溶するN量が増大し、母材靭性を著しく低下させ、更に溶接熱影響部においても粗大な炭窒化物を形成し靭性を低下させるので、N量は0.0005〜0.008%の範囲とする。好ましくは、0.0010〜0.0060%の範囲である。より好ましくは、0.0010〜0.0040%の範囲である。
【0034】
本発明の高張力鋼は、上記必須元素に加えて、更に強度を高める目的でMo、Nb、V、Ti、Cu、Ni、Cr、Wの中から選ばれる1種類以上を添加する。
【0035】
Mo:0.01〜1%
Moは、母材の高強度化に有効な元素であるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、1%を超えて添加すると合金炭化物の析出による強度の上昇を引き起こし、靭性を低下させるのでMoを添加する場合は、Mo量は0.01〜1%の範囲とする。好ましくは、0.05〜0.8%の範囲である。
【0036】
Nb:0.001〜0.1%
Nbは鋼の強化に有効な元素であるが、0.001%未満ではその効果が十分でなく、0.1%を超える添加は母材の靭性を著しく低下させるので、Nbを添加する場合は、Nb量は0.001〜0.1%の範囲とする。好ましくは、0.001〜0.05%の範囲である。
【0037】
V:0.001〜0.5%以下
Vは母材の強度・靭性の向上に効果があり、また、VNとして析出することで固溶Nの低下に有効であるが、0.001%未満の添加ではその効果が十分でなく、0.5%を超えて添加すると硬質なVCの析出により靭性が低下するのでVを添加する場合は、V量は0.001〜0.5%の範囲とする。好ましくは、0.01〜0.1%の範囲である。
【0038】
Ti:0.001〜0.1%
Tiは圧延加熱時あるいは溶接時にTiNを生成し、オーステナイトの粗大化を効果的に抑制し、母材および溶接熱影響部の靭性を向上させるが、0.001未満ではその効果が十分でなく、0.1%を超えて添加するとTi窒化物が粗大化し母材および溶接熱影響部の靭性を低下させるのでTiを添加する場合は、Ti量は0.001〜0.1%の範囲とする。好ましくは、0.005〜0.020%の範囲である。
【0039】

以上が本発明の基本化学成分であり、さらに強度を高める目的でCu、Ni、Cr、Wの中から選ばれる1種以上を選択元素として添加してもよい。
【0040】
Cu:2%以下
Cuは低温靭性を損なうことなく鋼の強度の向上が図れるが、2%を超えて添加すると熱間圧延時に鋼板表面に割れを生じるので、Cuを添加する場合は、Cu量は2%以下とするのが好ましい。より好ましくは、1%以下である。
【0041】
Ni:4%以下
Niは、鋼の強度および溶接熱影響部の靭性を向上させる有益な元素であるが、4%を超えて添加すると効果が飽和し経済性が劣るため、Niを添加する場合は、Ni量は4%以下とするのが好ましい。好ましくは、2%以下である。
【0042】
Cr:2%以下
Crは、強度および靭性の向上に有効な元素であるが、2%を超えて添加すると、溶接性が低下するので、Crを添加する場合は、Cr量は2%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.1〜1%の範囲である。
【0043】
W:2%以下
Wは強度を向上する作用を有している。その効果を得るために0.05%以上添加することが好ましい。しかしながら、2%を超えて添加すると溶接性が低下するので、Wを添加する場合は、W量は2%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.05〜2%の範囲である。
【0044】
本発明の高張力鋼は、上記組成に加えて、更に材質を改善する目的でB、Ca、REMの中から選ばれる1種類以上を添加することができる。
【0045】
B:0.0003〜0.003%
Bは、オーステナイト粒界に偏析することで粒界からのフェライト変態を抑制し、焼入性を高める効果を有するが、この効果を十分に発揮させるためには0.0003%以上添加する必要がある。しかし、0.003%を超えて添加すると、析出物となり焼入性を低下させ、靭性が低下するので、Bを添加する場合は、B量は0.0003〜0.003%
の範囲とするのが好ましい。より好ましくは0.0005〜0.002%の範囲である。
【0046】
Ca:0.01%以下
Caは硫化物系介在物の形態制御に必要不可欠な元素である。しかし0.01%を超えて添加すると、清浄度の低下を招くので、Caを添加する場合は、Ca量は0.01%以下とするのが好ましい。より好ましくは、0.0005〜0.0020%の範囲である。
【0047】
REM:0.02%以下
REMもCaと同様に鋼中で酸化物および硫化物を形成して材質を改善する効果があるが、0.02%を超えて添加してもその効果が飽和するため、REMを添加する場合は、REM量は0.02%以下とするのが好ましい。より好ましくは0.0005〜0.0020%の範囲である。
【0048】
2.一様伸びおよび組織について
一様伸びおよび組織の限定理由を説明する。
【0049】
鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板板面に平行な面の一様伸びが3%未満である場合、所望の曲げ加工性を十分に満足できないため、一様伸びを3%以上とする。
【0050】
旧γ粒径を15〜35μmとするのは、旧γ粒径が15μm未満の場合、焼入性が低下し十分な強度を確保できず、旧γ粒径が35μmを超える場合は靭性が著しく低下するためである。
【0051】
鋼板表面に平行な面で測定した{311}面および{110}面の集合組織強度がそれぞれ6以下とするのは、集合組織強度が6を超える場合、集合組織の著しい発達により強度が上昇することで一様伸びが低下し、所望の曲げ加工性を十分に満足できないため、集合組織強度を6以下とする。
【0052】
本発明では、所望の強度、靭性および加工性を得るため、マルテンサイト+下部ベイナイト+残留オーステナイト組織分率を95%以上とする。
【0053】
3.製造条件について
以下に本発明の製造方法について説明する。
【0054】
なお本発明は、上述した組成を有する鋼を、転炉、電気炉等の溶製手段で溶製し、連続鋳造法または造塊〜分塊法等で常法によりスラブ等の鋼素材とすることができるが、鋼の溶製方法や鋳造方法を特定するものではない。
【0055】
加熱、圧延条件について
上述した組成を有する鋼片を、加熱炉でAc変態点以上に加熱する。加熱炉への鋼片の装入方法としては、鋳片をAr変態点以下に冷却することなく加熱炉に装入する熱片装入法や、一度冷却した鋳片を加熱炉に装入し、Ac変態点以上に再加熱する冷片装入法があるが、本発明ではいずれの方法も用いることができる。
【0056】
加熱炉でAc変態点以上に加熱するのは、鋼をオーステナイト組織一相に均一化するためであり、加熱温度としては、1100℃以上1250℃以下とするのが好ましい。特に靭性を重視する場合は1100℃以上1200℃以下とするのがより好ましい。
【0057】
熱間圧延は、鋼片の加熱温度から熱間圧延を開始し、Ar変態点以上で熱間圧延を終了し、続く加速冷却開始温度がAr変態点以上となるようにする。
【0058】
なお、熱間圧延において、鋼板の表面から1/2板厚部までの全範囲で、未再結晶温度域での累積圧下率が下記式(1)を満足する範囲とすれば、その他の圧延条件に関して特に規定するものではない。
【0059】
【数1】

【0060】
未再結晶温度域における累積圧下率が式(1)の下限未満の場合、十分な強度、靭性が得られず、式(1)の上限を超える場合、集合組織が発達し、十分な加工性が得られないため、式(1)を満足する必要がある。
【0061】
なおAr変態点は、下記式(2)により計算される値を用いる。
【0062】
【数2】

【0063】
Ac変態点は、下記式(3)により計算される値を用いる。
【0064】
【数3】

【0065】
なお、上記した本発明の温度は、特に明記しない限り、いずれも板厚中心部の温度であり、表面実測温度からの計算により管理される。
【0066】
熱間圧延後の冷却条件について
熱間圧延終了後、母材強度および靭性を確保するため、Ar変態点以上の温度から250℃以下まで強制冷却を行う必要がある。
【0067】
冷却停止温度が250℃以下になるまで冷却する理由は、オーステナイトからマルテンサイトへの変態を完了させ、母材を強化するためである。
【0068】
強制冷却時の冷却速度は、10℃/s以上とする。10℃/s未満では冷却時に、部分的にフェライト、パーライトが生成し易くなり、所望の強度、靭性を安定的に確保できないからである。
【0069】
冷却方法は、直接焼入れ、加速冷却等の手法が用いられるが、冷却速度10℃/s以上、冷却停止温度250℃以下が得られれば冷却方法を特定するものではない。
なお、冷却速度は700〜500℃での平均冷却速度で規定する。この温度域がフェライトやパーライト等の軟質相が出易い温度領域であり、高強度を得るには、この温度領域を早く冷却する必要があるからである。
【0070】
本発明は、直接焼入れ焼戻し処理を行うので、焼入れ時に再加熱を必要とせず、生産性が高く、加熱コストも低減できるというメリットがある。
【0071】
焼戻し条件
熱間圧延を完了し、直接焼入れ、加速冷却等で冷却停止温度が250℃以下になるまで冷却した後に、Ac変態点以下の温度で焼戻し処理を行う。焼戻し処理を行う場合、焼戻し温度が高温になるほど強度低下が大きくなるので、所要の強度に適合する様にAc変態点以下の温度範囲で適切に焼戻し温度を選択する必要がある。
【0072】
なお、焼戻し処理の加熱方式は、平均昇温速度が達成でき、加熱温度の上限・下限を管理できる方式であれば、誘導加熱、通電加熱、赤外線輻射加熱、雰囲気加熱等いずれを用いてもよいが、焼戻し処理は、圧延機および直接冷却もしくは加速冷却装置と同一の製造ライン上に直結して設置された誘導加熱装置を用いて行うのが良い。これは、直結化により、圧延・冷却処理から焼戻し処理までに要する時間を短くすることが可能となり、生産性の向上、熱エネルギーの低減効果がもたらされるためである。
【0073】
更に、焼戻し時の平均昇温速度を1℃/s以上とし、加熱温度をAc変態点以下とすることで、加熱時のCの拡散を抑制することで、マルテンサイトラス界面の粗大な炭化物の生成を効果的に抑制することができる。この場合、マルテンサイトラス間に生成する炭化物サイズが100nm以下となり、曲げ加工性および耐遅れ破壊特性に優れた高強度鋼板が得られる。
【0074】
また、平均昇温速度は冷却後、再加熱温度までの再加熱に必要な昇温量を再加熱に要した時間で割った値である。なお、焼戻し時における平均昇温速度の規定は、板厚中心部にて行ったが、板厚中心近傍はほぼ同様の温度履歴となるため、板厚中心部のみに限定されるものではない。
【0075】
焼戻し時の昇温過程は、所定の平均昇温速度が得られればよく、直線的な温度履歴を取っても、途中温度で滞留するような温度履歴を取っても構わない。
【0076】
なお、上記した本発明の温度は、特に明記しない限り、いずれも板厚中心部の温度であり、表面実測温度からの計算により管理される。
【0077】
焼戻し温度における保持時間は、生産性・製造費用や析出物の粗大化に起因する靭性の劣化を防止するために、60s以下とするのが望ましい。
【0078】
焼戻し後の冷却速度については、冷却中の析出物の粗大化に起因する靭性の劣化を防止すべく、100℃以下までにおける板厚中心部の平均冷却速度を0.05℃/s以上、20℃/s以下とすることが望ましい。
【実施例1】
【0079】
表1に示す化学成分の鋼A〜Sを溶製してスラブに鋳造し、加熱炉で加熱後、圧延を行い鋼板とした。圧延後、引き続き直接焼入れし、次いで、雰囲気炉およびソレノイド型誘導加熱装置を用いて焼戻し処理を行った。
【0080】
ソレノイド型誘導加熱装置を用いた場合、板厚中心部の平均昇温速度は鋼板の通板速度によって管理した。なお、焼もどし温度にて保持する場合には、鋼板を往復させて加熱することによって、±5℃の範囲で保持した。
【0081】
また、加熱後の冷却は空冷とした。焼戻し温度や焼入れ温度などの板厚中心部における温度は、放射温度計による表面の逐次における温度測定結果から、伝熱計算によって求めた。
【0082】
表2に鋼板製造条件、および得られた鋼板の降伏強度、引張強度、破面遷移温度(vTrs)、表面1mmでの一様伸び、旧γ粒径、集合組織強度、限界曲げ半径をそれぞれ示す。
【0083】
引張試験はJIS Z 2241に準拠して行い、板厚20mm以下ではJIS5号試験片により、板厚20mm超では板厚の1/4t部から採取したJIS4号試験片により降伏強度および引張強度を測定した。試験片採取方向は、圧延方向とした。
【0084】
靭性はJIS Z 2242に規定の衝撃試験片を採取し、板厚の1/4t部より採取した試験片を用いたシャルピー衝撃試験によって得られる破面遷移温度(vTrs)で評価した。試験片採取方向は、圧延方向とした。
【0085】
表面1mmにおける一様伸びは、鋼板の表面1mmから板厚1mmのJIS Z 2201に記載のJIS5号引張試験片を採取し測定した。なお表2には圧延方向および圧延直角方向から採取した試験片のうち、一様伸びの低い方向の値を記載しており、一様伸びの低い方向で限界曲げ半径も測定した。
【0086】
旧γ粒径は、鋼板の圧延方向の断面を光学顕微鏡で10視野観察し、各結晶粒の円相当径の平均値により評価した。
【0087】
集合組織は、鋼板表面から1/4板厚部まで、鋼板表面に平行な面について板厚方向1mm毎に試験片を採取し、(110)、(200)、(211)正極点図を測定し、これらを用いて3次元集合組織を計算し、Φ2=45°断面における各結晶方位のX線ランダム強度の最大値により評価した。
【0088】
曲げ加工性はJIS Z 2248に規定の方法で評価し、試験片幅を板厚の5倍以上として評価した。試験片幅を板厚の5倍以上とするのは、5倍以上とすることで試験片幅中央部に平面ひずみ領域が形成され、JISに記載の試験方法よりも、より実際の使用に則した評価をするためである。
【0089】
各特性の目標値は、降伏応力が685MPa以上、引張強度が780MPa以上、vTrsが−40℃以下、表面1mmでの一様伸びは3%以上、限界曲げ半径は板厚の4倍以下とした。
【0090】
【表1】

【0091】
【表2】

【0092】
表2に示すように、本発明法により製造したNo.1〜No.13は化学成分、製造方法が本発明の範囲内であり、良好な強度と耐遅れ破壊特性および曲げ加工性を有する鋼板を得ることができる。
【0093】
これに対して、No.14〜No.29は比較例であり、No.14〜No.19は製造条件は本発明の範囲内であるが、鋼種N〜鋼種Sの化学成分が本発明の範囲外であり、強度、靭性のいずれかの特性が目標値に達していない。
【0094】
No.20〜No.29は、鋼種B、鋼種D、鋼種F、鋼種H、鋼種I、鋼種Lの化学成分は本発明の範囲内であるが、製造条件が本発明の範囲外であり、強度、靭性および加工性のいずれか1つ以上の特性が目標値に達していない。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.06〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2%、P:0.010%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、さらにMo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.1%の中から選ばれる1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板表面に平行な面の一様伸びが3%以上であることを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【請求項2】
質量%で、C:0.06〜0.25%、Si:0.01〜0.8%、Mn:0.5〜2%、P:0.010%以下、S:0.003%以下、Al:0.005〜0.1%、N:0.0005〜0.008%を含有し、さらにMo:0.01〜1%、Nb:0.001〜0.1%、V:0.001〜0.5%、Ti:0.001〜0.1%の中から選ばれる1種以上を含有し、残部Feおよび不可避的不純物からなり、旧γ粒径が15〜35μmで、かつ鋼板の表面から1/4板厚部までの鋼板表面に平行な面の{311}面および{110}面の集合組織強度がそれぞれ6以下であることを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【請求項3】
更に、質量%で、Cu:2%以下、Ni:4%以下、Cr:2%以下、W:2%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1または2に記載の曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【請求項4】
更に、質量%で、B:0.0003〜0.003%、Ca:0.01%以下、REM:0.02%以下の中から選ばれる一種以上を含有することを特徴とする請求項1乃至3に記載の曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板。
【請求項5】
請求項1乃至4の何れか1つに記載の成分組成を有する鋼を、Ac変態点以上に加熱後、熱間圧延を開始し、鋼板表面から1/2板厚部の全範囲における未再結晶温度域での累積圧下率が、下記式(1)の範囲の圧延を含む熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を完了して所定の板厚とし、引続きAr変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、板厚中心部の最高到達温度をAc変態点以下の温度とする焼戻し処理を行うことを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板の製造方法。
【数1】

【請求項6】
請求項1乃至4の何れか1つに記載の成分組成を有する鋼を、Ac変態点以上に加熱後、熱間圧延を開始し、鋼板表面から1/2板厚部の全範囲における未再結晶温度域での累積圧下率が、下記式(1)の範囲の圧延を含む熱間圧延を行い、Ar変態点以上で熱間圧延を完了して所定の板厚とし、ただちに、Ar変態点以上から10℃/s以上の冷却速度で250℃以下の温度まで冷却後、引続き、圧延ラインの後段に設置された誘導加熱装置を用いて、板厚中心部での平均昇温速度を1℃/s以上とする再加熱を行い、最高到達温度をAc点以下の温度とする焼戻し処理を行うことを特徴とする曲げ加工性に優れた直接焼入れ焼戻し型高張力鋼板の製造方法。
【数1】


【公開番号】特開2013−104124(P2013−104124A)
【公開日】平成25年5月30日(2013.5.30)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−250767(P2011−250767)
【出願日】平成23年11月16日(2011.11.16)
【出願人】(000001258)JFEスチール株式会社 (8,589)
【Fターム(参考)】