説明

有機半導体および有機薄膜トランジスタ

【課題】安定な薄膜を形成し得るとともに、低しきい電圧駆動の高移動度有機薄膜トランジスタを与え得るテトラチアフルバレン誘導体からなる有機半導体およびこれを用いた有機薄膜トランジスタを提供すること。
【解決手段】式(1)で示されるヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物からなる有機半導体、およびこれから得られる薄膜を備える有機薄膜トランジスタ。


(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数1〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機半導体および有機薄膜トランジスタに関し、さらに詳述すると、テトラチアフルバレン誘導体からなる有機半導体およびこれを用いた有機薄膜トランジスタに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、薄膜トランジスタを構成する半導体材料としては、アモルファスシリコンやポリシリコンが用いられてきた。
これらのシリコン材料に代表される無機半導体は、薄膜製造時に高温処理が必要となるため、プラスチック製の基板を用いることができないうえに、真空プロセスを用いるため、高価な設備を必要とする結果、高コストになるという欠点がある。
【0003】
上記無機半導体の欠点を解消し得る材料として、近年、有機半導体材料が注目されている。
半導体を有機材料に代えることで、大面積化が安価にかつ容易に行えるだけでなく、プラスチックフィルム上へのデバイスの作製が可能となる結果、フレキシブル化を達成し得る。このフレキシブル化によって、電子ペーパーを実現することができ、例えば、新聞をフレキシブルディスプレイの形態とすることで、紙の使用量を大幅に削減できるため環境負荷の大幅な軽減へとつながる。
【0004】
最近、有機半導体材料として、テトラチアフルバレン誘導体を用いた薄膜トランジスタの検討が種々行われている(特許文献1〜5、非特許文献1参照)。
中でもヘキサメチレンテトラチアフルバレン(以下、HMTTFと略記する場合もある)は、単結晶トランジスタで11.2cm2/Vsという移動度を示すことが報告されている(非特許文献1参照)。
しかしながら、このHMTTFは、強いドナー性と三次元的相互作用とを有しているため、得られた薄膜の膜質が不安定であり、これを用いて得られたトランジスタの特性も不安定になるという問題がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−288836号公報
【特許文献2】特開2006−245131号公報
【特許文献3】特開2005−223175号公報
【特許文献4】特開2007−42717号公報
【特許文献5】特開2008−94781号公報
【非特許文献】
【0006】
【非特許文献1】Chem. Mater.,19, 6328,2005年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、安定な薄膜を形成し得るとともに、低しきい電圧駆動の高移動度有機薄膜トランジスタを与え得るテトラチアフルバレン誘導体からなる有機半導体およびこれを用いた有機薄膜トランジスタを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討を重ねた結果、HMTTFに所定のアルキル基を導入することで、得られる薄膜の安定性等の膜質が改善することを見出すとともに、この薄膜を備えた有機薄膜トランジスタが、低しきい電圧駆動、かつ、高移動度を有する高性能なものとなることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
すなわち、本発明は、
1. 式(1)で示されるヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物からなることを特徴とする有機半導体、
【化1】

(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数1〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)
2. 前記R1およびR2が、それぞれ独立して、炭素数3〜10の分岐構造を有するアルキル基である1の有機半導体、
3. 1または2の有機半導体を含有する薄膜、
4. 3の有機半導体薄膜を備える有機薄膜トランジスタ、
5. 有機半導体層と、この有機半導体層にゲート絶縁層を介して積層されたゲート電極と、前記有機半導体層を介して対向配置されたソース電極およびドレイン電極と、を有し、前記有機半導体層が、3の有機半導体薄膜から構成される4の有機薄膜トランジスタ、
6. 式(1)で示されることを特徴とするヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物、
【化2】

(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数2〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)
7. 前記R1およびR2が、それぞれ独立して、炭素数3〜10の分岐構造を有するアルキル基である6のヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物
を提供する。
【発明の効果】
【0010】
本発明の有機半導体は、所定のアルキル鎖で修飾されているテトラチアフルバレン分子からなるため、これから得られる薄膜の膜質が大幅に改善される。
また、この有機半導体は、テトラチアフルバレン骨格を有しているため、従来のオリゴチオフェン、ポリチオフェンを用いた場合よりも高い移動度を有する有機薄膜トランジスタを与え得る。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【図1】比較例2で作製した有機半導体薄膜の表面AFM像を示す図である。
【図2】実施例5で作製した有機半導体薄膜の表面AFM像を示す図である。
【図3】実施例6で作製した有機半導体薄膜の表面AFM像を示す図である。
【図4】実施例7で作製した有機半導体薄膜の表面AFM像を示す図である。
【図5】実施例8で作製した有機半導体薄膜の表面AFM像を示す図である。
【図6】実施例6で作製した有機半導体薄膜のXRD測定結果を示す図である。
【図7】実施例8で作製した有機半導体薄膜のXRD測定結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明についてさらに詳しく説明する。
本発明に係る有機半導体は、式(1)で示されるヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物からなる。
【0013】
【化3】

(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数1〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)
【0014】
上記式(1)において、炭素数1〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基としては、特に限定されるものではないが、例えば、メチル基、エチル基、n−プロピル基、i−プロピル基、n−ブチル基、s−ブチル基、t−ブチル基、n−ペンチル基、1−メチルブチル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基、1,1−ジメチルプロピル基、2,2−ジメチルプロピル基、n−ヘキシル基、1−メチルペンチル基、2−メチルペンチル基、1,1−ジメチルブチル基、1−エチルブチル基、1,1,2−トリメチルプロピル基、n−ヘプチル基、n−オクチル基、2−エチルヘキシル基、n−ノニル基、n−デシル基等が挙げられる。
【0015】
これらの中でも、有機薄膜トランジスタの駆動電圧をより低下させるとともに、電子移動度をより高めることを考慮すると、i−プロピル基、s−ブチル基、t−ブチル基、1−メチルブチル基、2−メチルブチル基、3−メチルブチル基、1,1−ジメチルプロピル基、2,2−ジメチルプロピル基、1−メチルペンチル基、2−メチルペンチル基、1,1−ジメチルブチル基、1−エチルブチル基、1,1,2−トリメチルプロピル基、2−エチルヘキシル基等の炭素数3〜10の分岐構造を有するアルキル基が好適であり、特に、t−ブチル基が好ましい。
【0016】
上記式(1)で示されるアルキル化HMTTF化合物は、従来公知の反応を組み合わせて製造することができる。
具体的には、Chem. Commun., 470(2004), J. Am. Chem. Soc., 59, 717(1937), J. Org. Chem., 2036(2004)等の文献記載の方法に従い、下記スキームに示される一連の反応にて製造することができるが、これに限定されるものではない。
【0017】
【化4】

【0018】
以上説明したアルキル化HMTTF化合物は、薄膜化することで電界効果型トランジスタ、発光ダイオード、光電変換素子、有機薄膜太陽電池等の半導体素子を構成する半導体層として好適に用いることができる。
なお、本発明の有機半導体を含む薄膜の形成方法としては、特に限定されるものではなく、従来公知の各種方法を用いることができ、例えば、真空蒸着法、上記半導体を有機溶媒に溶解したワニスを用いたキャスト、ディップ、スピンコート法等が挙げられる。
半導体層の膜厚は、特に限定されるものではないが、好ましくは1nm〜10μm程度、より好ましくは10〜500nm程度である。
【0019】
上記半導体素子は、上述したアルキル化HMTTF化合物を半導体として用いることに特徴があるため、その他の素子の構成部材は従来公知のものから適宜選択して用いればよい。
一例として電界効果型トランジスタについて説明する。
電界効果型トランジスタは、一般的に、有機半導体層と、この有機半導体層にゲート絶縁層を介して積層されたゲート電極と、有機半導体層を介して対向配置されたソース電極およびドレイン電極と、を備えて構成されており、本発明においては、上記有機半導体層として、上述したアルキル化HMTTF化合物を含む有機半導体薄膜を用いる。
電界効果型トランジスタの形態は特に限定されるものではなく、ボトムゲート・ボトムコンタクト型、ボトムゲート・トップコンタクト型、トップゲート・ボトムコンタクト型のいずれの形態を用いてもよく、それぞれの形態に応じて上記ゲート電極、ゲート絶縁層、ソース電極、ドレイン電極および有機半導体層を適宜配置すればよい。
【0020】
上記基板としては、例えば、シリコン基板、ガラス基板、ポリエチレンテレフタラート等のプラスチック基板などが挙げられる。
ゲート電極を構成する材料としては、例えば、pドープシリコン、nドープシリコン、インジウム・錫酸化物(ITO)、ドーピングしたポリチオフェンやポリアニリン系等の導電性高分子、金,銀,白金,クロム等の金属などが挙げられる。
ゲート絶縁層を構成する材料としては、例えば、酸化シリコン,窒化シリコン,酸化アルミニウム,窒化アルミニウム,酸化タンタル等の無機化合物、ポリビニルアルコール,ポリビニルフェノール,ポリメチルメタクリレート,シアノエチルプルラン等の有機化合物などが挙げられる。
ソース電極およびドレイン電極を構成する材料としては、例えば、金、銀、白金、クロム、アルミニウム、インジウム、アルカリ金属(Li,Na,K,Rb,Cs)、アルカリ土類金属(Mg,Ca,Sr,Ba)等が挙げられる。
なお、有機半導体層には、本発明のアルキル化HMTTF化合物に加え、例えば、ペンタセン、テトラセン、アントラセン、ペリレン、ピレン、コロネン、クリセン、デカシクレン、ビオランスレン等の多環芳香族分子材料;フタロシアニン、トリフェニレン、チオフェンオリゴマーおよびそれらの誘導体;ジベンゾテトラチアフルバレン等のテトラチアフルバレン類、テトラチオテトラセン、レジオレギュラ・ポリ(3−アルキルチオフェン)などの電子供与性を有する結晶性有機半導体材料を適宜な量で併用してもよい。
【実施例】
【0021】
以下、実施例および比較例を挙げて、本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
なお、以下において、EI−MSスペクトルは、ガスクロマトグラフ質量分析装置(QP−5000、(株)島津製作所製)を、IRスペクトルは、フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR−8400S、(株)島津製作所製、KBrペレット法)を、1H−NMRスペクトルは、核磁気共鳴装置(JNM−AL300、日本電子(株)製、溶媒CDCl3、内標TMS)を、表面観察は、AFM(セイコーインスツル(株)製、SPA−300/SPI3800probe systemとSi3N4のカンチレバーを使用)を、XRDは、薄膜材料結晶性解析用X線回折計(X’Pert−Pro−MRD)を用いて測定した。
【0022】
[1]β−AlkylHMTTFの合成
[比較例1]HMTTF(1)の合成
【化5】

【0023】
アセトン40mlに溶かした2−クロロシクロペンタノン(1a)(2.4g,20mmol)にカリウムイソプロピルキサンテート(8.7g,50mmol)を少しずつ加え、1時間撹拌した。得られた黄色懸濁溶液を吸引濾過し、濾液をエバポレータにてアセトンを除去して黄土色オイル状の化合物(1b)を得た。
MS(EI):m/z 218(M+).
上記で得られた化合物(1b)を、0℃の濃硫酸15mlにゆっくり滴下し、1時間撹拌した後、20g程の氷に滴下した。得られた淡黄色懸濁液を濾過し、得られた固体をヘキサン:ジクロロメタン=1:1(v/v)でシリカゲルカラムにかけて展開し、初めに流出した、ほぼ無色のバンドを回収することで白色固体状の化合物(1c)(2.3g,14.4mmol,収率72%)を得た。
MS(EI):m/z 158(M+).
【0024】
窒素下で化合物(1c)(2.3g,14.4mmol)にトリメチルホスファイト3mLを加えて12時間還流した。室温まで冷却した後、メタノールを加えて吸引濾過し、得られた固体をトルエンから再結晶して黄色樹状結晶のHMTTF(1)(1.7g,6.1mmol,収率85%)を得た(既知物質)。
MS(EI):m/z 284(M+).
1H−NMR δ2.32−2.46(m,4H),2.47−2.58(m,8H)
IR:1453,1610,2907cm-1
【0025】
[実施例1]β−MeHMTTF(2)の合成
【化6】

【0026】
ジエチルエーテル10mlに、3−メチルシクロペンタノン(2a)(5.0g,51mmol)、N−ブロモスクシンイミド(NBS)(9.3g,52mmol)、および酢酸アンモニウム(0.39g,5.0mmol)を加えて5時間撹拌した。得られた淡黄色溶液を濾過し、濾液にジエチルエーテル、水を加えて分液し、エバポレータでジエチルエーテルを除去して黄色オイル状の化合物(2b)を得た。
MS(EI):m/z 176(M+).
アセトン40mlに溶かした化合物(2b)にカリウムイソプロピルキサンテート(8.7g,50mmol)を少しずつ加え、1時間撹拌した。得られた黄褐色懸濁溶液を濾過し、濾液を回収した後、エバポレータでアセトンを除去して黄褐色オイル状の化合物(2c)を得た。
MS(EI):m/z 232(M+).
化合物(2c)を、氷冷した濃硫酸10mlにゆっくり滴下して1時間撹拌し、40g程の氷に滴下すると乳白色の懸濁液が得られた。ここからジクロロメタンで目的の有機物を抽出して蒸留水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥させ、エバポレータにてジクロロメタンを除去して淡黄色オイル状の化合物(2d)を得た。
MS(EI):m/z 172(M+).
【0027】
窒素下で化合物(2d)にトリエチルホスファイト3mlを加えて130℃で12時間反応させた。反応液にメタノールを加えて生じた黄色固体を濾過し、エタノールで4回再結晶して黄色針状結晶としてβ−MeHMTTF(2)(0.081g,0.26mmol,1.1%)を得た(既知物質)。
m.p.130℃
MS(EI):m/z 312(M+).
1H−NMR:δ1.16−1.19(d,6H),1.50−3.00(m,10H).
IR:1460,1607,2905cm-1
【0028】
なお、文献J.Am.Chem.Soc.,100,3769(1978)に記載されている1H−NMRデータから、β位にメチル基が付いたHMTTFは、δ=1.16近傍に吸収ピークを有し、α位にメチル基が付いたHMTTFは、δ=1.10近傍に吸収ピークを有することがわかっている。再結晶前のMeHMTTFの1H−NMRを測定したところ、α:β=2:1の混合物になっていたが、4回の再結晶の後にはδ=1.10付近のピークが消滅し、結晶性に優れたβ体のみが得られた。
同様にして他のアルキル置換体も再結晶によって異性体の分離がなされ、最も溶解性の低い異性体としてβ体が単離されたものと考えられる。
【0029】
[実施例2]β−tBuHMTTF(3)の合成
【化7】

【0030】
化合物(3a)(29.9g,148mmol)に炭酸ナトリウム(0.45g,4mmol)を加え、300℃で2時間撹拌した。反応によって生じた目的物質と水を蒸留によって回収し、水を除去して化合物(3b)(19.3g,138mmol,93%)を得た。
MS(EI):m/z 140(M+).
ジエチルエーテル30mlに、化合物(3b)(4.6g,33mmol)、NBS(6.2g,35mmol)、および酢酸アンモニウム(0.25g,3.3mmol)を加えて3時間程撹拌した。得られた溶液(無色)を濾過し、濾液に水を加えて分液し、エバポレータでジエチルエーテルを除去して淡黄色オイル状の化合物(3c)(4.6g,21mmol,65%)を得た。
MS(EI):m/z 218(M+).
アセトン40mlに溶かした化合物(3c)(4.6g,21mmol)に、カリウムイソプロピルキサンテート(6.3g,36mmol)を少しずつ加えて1時間撹拌した。得られた黄褐色懸濁溶液を濾過し、濾液を回収した後、エバポレータでアセトンを除去して黄褐色オイル状の化合物(3d)(5.5g,20mmol,96%)を得た。
MS(EI):m/z 274(M+).
【0031】
化合物(3d)(5.5g,20mmol)を氷冷した濃硫酸10mlにゆっくり滴下して1時間撹拌し、40g程の氷に滴下すると乳白色の懸濁液が得られた。ここからジクロロメタンで目的の有機物を抽出して蒸留水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥させ、ヘキサン:ジクロロメタン=1:1(v/v)でシリカゲルカラムにかけて展開し、初めに流出した淡黄色のバンドを回収して黄色オイル状の化合物(3e)を得た(2.2g,10mmol,50%)を得た。
MS(EI):m/z 214(M+).
1H−NMR:δ0.93(s,9H),2.49−2.84(m,5H).
【0032】
窒素下で化合物(3e)(0.64g,3.0mmol)にトリエチルホスファイト3mlを加え、130℃で12時間反応させた後、メタノールを加えて濾過し、得られた固体をトルエンおよびベンゾニトリルで繰り返し再結晶して、難溶性の黄色薄片状結晶としてβ−tBuHMTTF(3)(0.29g,0.73mmol,48%)を得た。
m.p.240℃
MS(EI):m/z 396(M+).
1H−NMR:δ0.82−0.98(s,18H),2.25−2.47(m,8H),2.62−2.77(m,2H).
IR:1463,1611,2900cm-1
【0033】
[実施例3]β−nPeHMTTF(4)の合成
【化8】

【0034】
窒素下で、70%硝酸40mlを110℃に加熱し、バナジン(V)酸アンモニウム(0.12g,1.0mmol)と1−ヒドロキシ−4−n−ペンチルシクロヘキサン(4a)(0.17g,1.0mmol)を加えた。しばらく撹拌した後、60℃のオイルバスに移し、残りの1−ヒドロキシ−4−n−ペンチルシクロヘキサン(4a)(10.1g,59mmol)を加えて1時間程撹拌した。これに、水を加えて希釈した後、ジエチルエーテルで目的物を抽出し、エバポレータにてジエチルエーテルを除去して白色固体状の化合物(4b)(12.1g,56.0mmol,93%)を得た。
化合物(4b)(12.1g,56.0mmol)に炭酸ナトリウム(0.21g、2mmol)を加え、300℃で2時間撹拌した。反応によって生じた目的物質と水とを蒸留によって回収し、水を除去して化合物(4c)(5.9g,38mmol,68%)を得た。
MS(EI):m/z 154(M+).
ジエチルエーテル30mlに、化合物(4c)(5.9g,38mmol)、NBS(6.9g,39mmol)、および酢酸アンモニウム(0.29g,3.8mmol)を加えて3時間程撹拌した。得られた溶液(無色)を濾過し、濾液に水を加えて分液し、エバポレータにてジエチルエーテルを除去して淡黄色オイル状の化合物(4d)(3.8g,16mmol,42%)を得た。
MS(EI):m/z 232(M+).
【0035】
アセトン40mlに溶かした化合物(4d)(3.8g,16mmol)に、カリウムイソプロピルキサンテート(6.6g,38mmol)を少しずつ加えて1時間撹拌した。得られた黄褐色懸濁溶液を濾過し、濾液を回収した後、エバポレータにてアセトンを除去して黄褐色オイル状の化合物(4e)(3.9g,13mmol,84%)を得た。
MS(EI):m/z 288(M+).
化合物(4e)(3.9g,13mmol)を、氷冷した濃硫酸10mlにゆっくり滴下して1時間撹拌し、40g程の氷に滴下すると乳白色の懸濁液が得られた。ここからジクロロメタンで目的の有機物を抽出して蒸留水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥させ、ヘキサン:ジクロロメタン=1:1(v/v)でシリカゲルカラムにかけて展開し、初めに流出した淡黄色のバンドを回収することで黄褐色オイル状の化合物(4f)(1.6g,7.2mmol,55%)を得た。
MS(EI):m/z 228(M+).
【0036】
窒素下で化合物(4f)(1.6g,7.2mmol)にトリエチルホスファイト3mlを加えて130℃で12時間反応させた後、メタノールを加えたところ黄色固体が生じた。これを濾過し、エタノールで4回再結晶することにより、黄色針状結晶状のβ−nPeHMTTF(4)(0.47g,1.1mmol,30%)を得た。
m.p.150℃
MS(EI):m/z 424(M+).
1H−NMR:δ0.84−0.95(t,6H),1.20−1.40(m,12H),1.42−1.55(m,4H),1.80−2.90(m,10H).
IR:1458,1602,2903cm-1
【0037】
[実施例4]β−tPeHMTTF(5)の合成
【化9】

【0038】
窒素下で、70%硝酸40mlを110℃に加熱し、バナジン(V)酸アンモニウム(0.18g,1.5mmol)と少量の1−ヒドロキシ−4−t−ペンチルシクロヘキサン(5a)(0.17g,1.0mmol)を加えた。しばらく撹拌した後、60℃のオイルバスに移し、残りの1−ヒドロキシ−4−t−ペンチルシクロヘキサン(5a)(14.9g,88mmol)を加えて1時間程撹拌した。これに、水を加えて希釈した後、ジエチルエーテルで目的物を抽出し、エバポレータでジエチルエーテルを除去して白色固体状の化合物(5b)(17.7g,82mmol,92%)を得た。
化合物(5b)(17.7g,82mmol)に炭酸ナトリウム(0.27g,2.5mmol)を加え、300℃で2時間撹拌した。反応によって生じた目的物質と水とを蒸留によって回収し、水を除去して化合物(5c)(6.6g,43mmol,52%)を得た。
MS(EI):m/z 154(M+).
ジエチルエーテル30mlに、化合物(5c)(6.6g,43mmol)、NBS(8.0g,45mmol)、および酢酸アンモニウム(0.33g,4.3mmol)を加えて3時間程撹拌した。得られた溶液(無色)を濾過し、濾液に水を加えて分液し、エバポレータでジエチルエーテルを除去して淡黄色オイル状の化合物(5d)(7.2g,31.0mmol,72%)を得た。
MS(EI):m/z 232(M+).
【0039】
アセトン40mlに溶かした化合物(5d)(7.2g,31.0mmol)に、カリウムイソプロピルキサンテート(7.5g,43mmol)を少しずつ加え、1時間撹拌した。得られた黄褐色懸濁溶液を濾過し、濾液を回収した後、エバポレータでアセトンを除去して黄褐色オイル状の化合物(5e)(7.8g,27.0mmol,87%)を得た。
MS(EI):m/z 288(M+).
化合物(5e)(7.8g,27.0mmol)を、氷冷した濃硫酸10mlにゆっくり滴下して1時間撹拌し、40g程の氷に滴下すると乳白色の懸濁液が得られた。ここからジクロロメタンで目的の有機物を抽出して蒸留水で洗い、硫酸マグネシウムで乾燥させ、ヘキサン:ジクロロメタン=1:1(v/v)でシリカゲルカラムにかけて展開し、初めに流出した淡黄色のバンドを回収することで黄褐色オイル状の化合物(5f)(3.2g,14.0mmol,52%)が得られた。
MS(EI):m/z 228(M+).
1H−NMR:δ0.80−0.95(m,9H),1.20−1.40(q,2H),2.49−2.84(m,5H).
IR:1454,1609,2895cm-1
【0040】
窒素下で化合物(5f)(3.2g,14.0mmol)にトリエチルホスファイト3mlを加えて130℃で12時間反応させた後、メタノールを加えて生じた沈殿を濾過し、トルエンおよびベンゾニトリルで繰り返し再結晶することにより、難溶性の黄色薄片状結晶としてβ−tPeHMTTF(5)(1.6g,3.8mmol,54%)を得た。
m.p. 235℃
MS(EI):m/z 424(M+).
1H−NMR:δ0.73−0.94(m,18H),1.11−1.34(m,14H),2.22−2.44(m,8H),2.66−2.85(m,2H).
この物質に関してはX線構造解析の結果、実際に再結晶によってβ体が単離されていることが確認された。
【0041】
[2]有機半導体薄膜および有機薄膜トランジスタの作製
[実施例5〜8,比較例2]
上記実施例1〜4および比較例1で得られた化合物(1)〜(5)を、真空蒸着法を用いて、オクチルトリクロロシラン(OTS)処理したSiO2(300nm)基板上に製膜し、有機半導体薄膜を作製した。この薄膜の表面AFM像を図1〜5に示す。
【0042】
図1〜5に示されるように、置換基を有しない化合物(1)は、非常に大きなグレインからなる粗い薄膜を形成し、置換基を導入した化合物(2)〜(5)では、これよりも小さなグレインを有する薄膜を形成していることがわかる。特に、嵩高い置換基を有する化合物(2)および化合物(4)から得られた薄膜は、1μm以下のグレインと、約3nmのRMS(自乗平均平方根)粗さを有する、比較的平滑な表面を有していることがわかる。
【0043】
また、上記で得られた各薄膜に関してout−of−planeのXRD測定を行って膜面垂直方向の分子配列を調べたところ、化合物(2)および化合物(4)から得られた薄膜では回折ピークが得られた。この結果を図6,7に示す。
図6,7に示されるように、どちらの薄膜においても回折ピークから算出した面間距離dは単結晶でのb軸の長さ(13.5Å、14.4Å)と一致していることがわかる。
この結果から、これらの化合物分子は、ac面を基板の平行にして層状成長していることが推定される。
【0044】
次に、上記で作製した有機半導体薄膜の上からマスクを用い、ゲート幅W=1000μm、ゲート長L=100μmで金を蒸着して電極を形成し、トップコンタクト型の有機薄膜トランジスタを作製した。
なお、真空蒸着による半導体薄膜および金電極の形成は、高真空状態のガラスチャンバー内に蒸着源と基板を対向するように設置し、蒸着源に充填した試料を基板上に堆積させる製膜手法で、蒸着器を用い、サンプルを入れたるつぼを抵抗加熱して、10-5Torr(約1.3×10-4Pa)の真空度で行った。
【0045】
得られた各トランジスタについて、エレクトロメーター(Keithley 4200 semiconductor parameter analyzer、ケースレーインスツルメンツ(株)製)を用いて、ソース電極およびドレイン電極間に−10〜−60Vの電圧を印加し、ゲート電圧を−30〜−80Vの範囲で変化させて、電圧−電流曲線を25℃の温度において求め、そのトランジスタ特性(移動度、しきい電圧、およびオンオフ比)を評価した。その結果を表1に示す。
【0046】
なお、一般に、飽和状態におけるドレイン電流IDは下記式で表すことができる。つまり、有機半導体の移動度μは、ドレイン電流IDの絶対値の平方根を縦軸に、ゲート電圧VGを横軸にプロットしたときのグラフの傾きから求めることができる。
D=WCμ(VG−VT2/2L
(L:ゲート長、W:ゲート幅、C:絶縁層の単位面積当たりの静電容量、VG:ゲート電圧、VT:しきい値電圧)
また、オン/オフ比は、最大および最小ドレイン電流値(ID)の比より算出した。
【0047】
【表1】

【0048】
アルキル化HMTTF分子(実施例5〜8)では、蒸着によってSiO2上に良質な薄膜を作製することができるため、表1に示されるように、良好なトランジスタ特性を比較的長期に亘って安定して発揮する有機薄膜トランジスタを作製することができる。
一方、アルキル化されていないHMTTF(比較例2)では、特性のばらつきが大きくトランジスタ特性を示さない場合が多く、トランジスタ特性を示した場合でも表1に示されるように、実施例5〜8に比べてその特性が不十分であり、また、85日後には、電界効果型トランジスタ特性を示さないことがわかる。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
式(1)で示されるヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物からなることを特徴とする有機半導体。
【化1】

(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数1〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)
【請求項2】
前記R1およびR2が、それぞれ独立して、炭素数3〜10の分岐構造を有するアルキル基である請求項1記載の有機半導体。
【請求項3】
請求項1または2記載の有機半導体を含有する薄膜。
【請求項4】
請求項3記載の有機半導体薄膜を備える有機薄膜トランジスタ。
【請求項5】
有機半導体層と、この有機半導体層にゲート絶縁層を介して積層されたゲート電極と、前記有機半導体層を介して対向配置されたソース電極およびドレイン電極と、を有し、
前記有機半導体層が、請求項3記載の有機半導体薄膜から構成される請求項4記載の有機薄膜トランジスタ。
【請求項6】
式(1)で示されることを特徴とするヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物。
【化2】

(式中、R1およびR2は、それぞれ独立して、炭素数2〜10の分岐構造を有していてもよいアルキル基を表す。)
【請求項7】
前記R1およびR2が、それぞれ独立して、炭素数3〜10の分岐構造を有するアルキル基である請求項6記載のヘキサメチレンテトラチアフルバレン化合物。

【図6】
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【図7】
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【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2010−195699(P2010−195699A)
【公開日】平成22年9月9日(2010.9.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−40627(P2009−40627)
【出願日】平成21年2月24日(2009.2.24)
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第1項適用申請有り 平成20年9月2日〜9月5日 社団法人応用物理学会主催の「第69回応用物理学会学術講演会」において文書をもって発表
【出願人】(304021417)国立大学法人東京工業大学 (1,821)
【出願人】(000003986)日産化学工業株式会社 (510)
【Fターム(参考)】