説明

材料の評価方法

【課題】材料の二次電子放出特性についての正確な評価を容易に行うことが可能な評価方法を提供する。
【解決手段】真空雰囲気中に設置された材料にイオンビームを照射した際に発生する二次電子スペクトルを用いた材料の評価方法であって、被測定試料および基準試料のそれぞれにイオンビームを照射することにより放出される二次電子を測定することにより得られた各電子スペクトルに基づき、電子スペクトルの各々を所定の二次電子エネルギーの範囲で積分して、被測定試料積分強度および基準試料積分強度を測定する積分強度測定工程と、被測定試料積分強度の基準試料積分強度に対する相対比を求める積分強度相対比算出工程と、相対比により被測定試料における二次電子放出性能を評価する評価工程とを有している材料の評価方法。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は材料の評価方法に関し、詳しくは、材料の二次電子放出特性を用いて材料を評価する材料の評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ディスプレイのバックライトの光源等として用いられる冷陰極蛍光ランプ(CCFL:Cold Cathode Fluorescent Lamp)やプラズマディスプレイの保護膜等においては、電子やイオンの衝突により放出される二次電子の放出特性が、製品の寿命や消費電力等、製品の品質の良否に大きな影響を与えることが分かっている。
【0003】
この二次電子の放出特性を評価するものとして、従来は、価電子帯からの電子放出エネルギーと関係する仕事関数を指標として、仕事関数が低い、即ち、価電子帯からの電子放出エネルギーが低い材料が、二次電子の放出特性に優れるとされていた。
【0004】
しかし、この仕事関数は、二次電子の放出総量および放出される二次電子のエネルギー分布、即ち二次電子の放出特性を評価するには適切な指標ではなく、新たな手法が必要とされていた。
【0005】
二次電子の放出特性に関しては、例えば、特許文献1には、イオンビームを試料に照射し、二次電子放出量を電流として検出することが開示されている。また、非特許文献1には、高融点金属のタンタルに高エネルギーの多価イオンを照射し、発生する二次電子のスペクトルを取得することが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2000−206062号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】T.Kanie 他3名、「Secondary electron spectra from a tantalum surface by multiply charged ions」、Surface Science 242(1991)417−421、North−Holland
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、これらの方法をもってしても、二次電子放出特性についての正確な評価を行うことには困難がある。
【0009】
即ち、特許文献1に記載された方法では、コレクタ電極を貫通して設けられた孔を通じてイオンビームの照射を行う必要があるため、イオンビームの照射量が不安定となる恐れがあり、必ずしも、放出された二次電子の全てがコレクタ電極に集められるとは限らない。このため、正確な二次電子量を測定することができず、二次電子放出特性について精度の高い評価を行うことが困難である。
【0010】
また、この方法における測定対象は二次電子の総量だけであるため、詳細なエネルギー情報を得ることが困難であり、正確なスペクトル分析を行うことに限界があり、前記した二次電子放出特性についての評価の精度がさらに低くなる。
【0011】
次に、非特許文献1に記載されている方法では、高エネルギーの多価イオンを用いているため、試料表面の反応が起こり易く、また試料から電子を奪い易いため、試料の帯電や改質を招き易く、試料本来の二次電子放出特性を正確に評価できない恐れがあるという問題がある。
【0012】
本発明は、上記の問題に鑑み、材料の二次電子放出特性についての正確な評価を容易に行うことが可能な評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者は、上記課題を解決するために、まず、正確な電子スペクトルを検出する方法につき鋭意検討し、その結果、以下に示す方法を用いることにより、二次電子の総量のみならず二次電子の詳細なエネルギー情報をも得て、正確な電子スペクトルを検出することができることを見出した。
【0014】
即ち、真空雰囲気中に設置された材料にイオンビームを照射した際に発生する二次電子スペクトルを測定する電子スペクトルの測定方法として、
前記材料の表面状態を実質的に変化させないイオンビーム照射条件を選定する照射条件選定工程と、
前記照射条件選定工程で選定されたイオンビーム照射条件に基づいて、前記材料にイオンビームを照射する照射工程と、
前記イオンビームの照射により前記材料から放出された二次電子スペクトルを、前記イオンビームの照射軸と異なる方向に設置された同軸円筒鏡型エネルギー分析器を用いて測定する測定工程と
を有していることを特徴とする電子スペクトルの測定方法を用いて正確な電子スペクトルを検出することを見出した。
【0015】
上記の測定方法においては、材料の表面状態を実質的に変化させない照射条件でイオンビームの照射を行い、イオンビームの照射軸と異なる方向に設置されている同軸円筒鏡型エネルギー分析器(CMA:Cylindrical Mirror Analyzer)を用いて測定しているため、材料から放出される二次電子について充分なエネルギー情報を得て正確な二次電子スペクトルを得ることができ、さらに、得られた二次電子スペクトルを用いて二次電子の総量についても正確に検出することができる。
【0016】
即ち、CMAを用いて二次電子を検出することにより、二次電子の総量のみならず、二次電子のエネルギー情報も同時に得ることができ、電子スペクトルとして検出することができる。
【0017】
そして、二次電子スペクトルの測定において、CMAをイオンビームの照射軸と異なる方向に設置することにより、イオンビームと同軸あるいは軸を中心として円周方向に設置する場合と異なり、二次電子を集めるコレクタ電極に設けられている孔を通してイオンビームを照射する必要がない。その結果、イオンビームの照射量が不安定となることがなく、さらに、帯電しているイオン(多くの場合+に帯電している)と−の電荷を有する二次電子との相互作用が生じることがない。
【0018】
なお、具体的には、二次電子のエネルギー情報は電子スペクトルの分布を解析することにより得ることができ、二次電子の総量は電子スペクトルを積分することにより得ることができる。
【0019】
また、電子線ではなく、イオンビームを用い、さらにイオンビームの照射に先立って、予め、材料の表面状態を実質的に変化させない照射条件を選定することにより、材料の表面への反応が起こらず、帯電や改質を招くことがなく、材料本来の二次電子放出特性を正確に把握することができる。
【0020】
なお、前記の照射条件は、イオンとして用いる元素の種類(イオン種)、加速電圧、照射時間等を勘案して、各材料に最適な条件を選定する。
【0021】
以上の方法を用いて測定することにより、正確な電子スペクトルを検出することができるようになったため、引き続いて、この電子スペクトルに基づいて材料評価を正確にかつ容易に行うことが可能な材料の評価方法につき検討を行った。その結果、二次電子スペクトルの積分強度の絶対値を用いて評価を行うのではなく、基準試料を用いて得られた二次電子スペクトルと共に、それぞれを所定の二次電子エネルギーの範囲で積分して、各積分強度の相対比を指標として用いることにより、被測定試料の二次電子放出性能を正確な評価が可能となることを見出すに至った。
【0022】
請求項1に記載の発明は、上記の評価方法を請求するものであり、
真空雰囲気中に設置された材料にイオンビームを照射した際に発生する二次電子スペクトルを用いた材料の評価方法であって、
被測定試料および基準試料のそれぞれにイオンビームを照射することにより放出される二次電子を測定することにより得られた各電子スペクトルに基づき、前記電子スペクトルの各々を所定の二次電子エネルギーの範囲で積分して、被測定試料積分強度および基準試料積分強度を測定する積分強度測定工程と、
前記被測定試料積分強度の前記基準試料積分強度に対する相対比を求める積分強度相対比算出工程と、
前記相対比により、前記被測定試料における二次電子放出性能を評価する評価工程と
を有していることを特徴とする材料の評価方法である。
【0023】
なお、「所定の範囲」とは、被測定試料の用途目的に応じて適宜設定されるものであり、例えば、CCFLの電極材料について測定する場合には、可視光や特定の可視光に関係するスペクトルの範囲が設定される。なお、前記した通り、全範囲を対象とした積分強度は、二次電子の総量に相当する。
【0024】
このように、本請求項の発明においては、被測定試料および基準試料の各々にイオンビームを照射して電子スペクトルを得、試料の評価に適した二次電子エネルギーの範囲で積分することにより得られる積分強度を比較して被測定試料の二次電子放出性能を評価しているため、各々の材料に対しての適切な評価が可能になり、多種多様な材料について二次電子放出性能を容易に評価することができる。
【0025】
また、相対比により被測定試料の二次電子放出性能を評価しているため、測定装置や測定条件の変動により、積分強度の絶対値が変動する恐れがなく、基準試料との関係について正確な評価を行うことができ、順次被測定試料を変えることにより、二次電子放出性能について最も優れた材料を容易に見出すことができる。
【0026】
そして、請求項2に記載の発明は、請求項1の発明を行うための具体的な測定方法を規定するものであり、
前記積分強度測定工程は、
被測定試料および基準試料の表面状態を実質的に変化させないイオンビーム照射条件を選定する照射条件選定工程と、
前記照射条件選定工程で選定されたイオンビーム照射条件に基づいて、前記被測定試料および基準試料にイオンビームを照射する照射工程と、
前記イオンビームの照射により前記被測定試料および基準試料から放出された二次電子スペクトルを、前記イオンビームの照射軸と異なる方向に設置された同軸円筒鏡型エネルギー分析器を用いて測定する二次電子スペクトル測定工程と、
前記二次電子スペクトル測定工程により得られた前記二次電子スペクトルを所定の範囲で積分して積分強度を測定する積分強度測定工程と
を有していることを特徴とする請求項1に記載の材料の評価方法である。
【0027】
即ち、本請求項の発明においては、上記の如く、電子線ではなくイオンビームを用い、予め、材料の表面状態を実質的に変化させないイオンビーム照射条件を選定してイオンビームの照射を行い、イオンビームの照射軸と異なる方向に設置されているCMAを用いて測定している。そして、二次電子スペクトルの測定において、CMAをイオンビームの照射軸と異なる方向に設置している。
【0028】
このため、本請求項の発明によれば、上記した通り、被測定試料および基準試料から放出される二次電子について充分なエネルギー情報を得ることができ、より正確な二次電子スペクトルを得ることができ、より正確な評価を行うことができる。
【0029】
請求項3に記載の発明は、
前記照射工程に先立って、前記被測定試料および基準試料のイオンビームが照射される箇所に清浄用ビームを照射して、前記箇所に吸着している成分を除去する吸着成分除去工程を有していることを特徴とする請求項2に記載の材料の評価方法である。
【0030】
本請求項の発明においては、照射工程に先立って、被測定試料および基準試料のイオンビームが照射される箇所に清浄用ビームを照射して、この箇所に吸着している成分を除去するため、吸着成分による測定ノイズや被測定試料および基準試料への照射の阻害等がなくなり、被測定試料および基準試料からより正確な二次電子スペクトルを得ることができる。
【0031】
なお、前記箇所における吸着成分の吸着状況は以下の方法により確認することができる。即ち、電子線を用いて表面のSEM(電子顕微鏡)観察を行うことによる照射箇所の確認と共に、オージェ電子スペクトルの測定(Auger Electron Spectroscopy;AES)に基づいた被測定試料および基準試料の表面の組成情報の分析により確認することができる。
【0032】
具体的な吸着成分としては、例えば、表面に形成された金属酸化物、機械油や研磨液等による汚染物、大気からの表面被覆物等を挙げることができる。また、具体的な清浄用ビームとしては、イオンビーム、中性原子ビーム等を挙げることができる。
【0033】
請求項4に記載の発明は、
前記吸着成分除去工程に引き続いて、前記清浄用ビームが照射された箇所が、前記被測定試料および基準試料の組成であることを確認する組成確認工程を有していることを特徴とする請求項3に記載の材料の評価方法である。
【0034】
本請求項の発明においては、清浄用ビームの照射による除去効果を確認する工程を設けているため、吸着成分の不充分な除去のままイオンビームが照射されることを防止でき、正確な二次電子スペクトルを得ることができる。
【0035】
具体的な組成の確認方法としては、前記した吸着成分の状況確認の方法と同様の方法を用いることができる。
【0036】
組成確認工程において、吸着成分の除去が不充分であることが判明した場合には、前記の吸着成分除去工程および組成確認工程を繰り返し、吸着成分の充分な除去を確認した後に、照射工程に入る。
【0037】
請求項5に記載の発明は、
前記照射条件選定工程におけるイオンビームの加速電圧条件が500V以下であることを特徴とする請求項2ないし請求項4のいずれか1項に記載の材料の評価方法である。
【0038】
イオンビームの加速電圧が500Vを超えるとCMAの検出限界を超えてしまうため、正確な二次電子スペクトルを得ることができない。また、被測定試料が深さ方向、面内方向に組成分布を持つ場合には、500Vを超えるイオンビームにより被測定試料の表面状態が変化する恐れがある。500V以下であると、これらの問題が発生せず好ましい。200V以下であるとより好ましい。
【0039】
請求項6に記載の発明は、
前記照射条件選定工程におけるイオンビームのイオン種として、希ガスを用いることを特徴とする請求項2ないし請求項5のいずれか1項に記載の材料の評価方法である。
【0040】
イオン種としては、被測定試料および基準試料との反応を引き起こす元素を選択することはできないが、それ以外の元素であれば特に限定されない。Ar、Ne等の希ガスが好ましく、特にArは、前記したArスパッタにおいても用いられているため、効率的であり特に好ましい。
【0041】
また、CCFLは、内部に封入するガスとしてNe、Ar等の希ガスを用いることが多いため、本材料評価方法で得られたデータはそのまま、あるいは大きく手を加えることなくCCFLの二次電子放出用材料の評価、検討に用いることが可能となる。
【0042】
なお、本請求項の発明においては、前記した照射条件が適切に行われていれば、多価イオンを用いることもできる。
【発明の効果】
【0043】
本発明に係る材料の評価方法に従って材料の評価を行うことにより、多種多様な材料について二次電子放出性能を容易に評価することができる。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【図1】本発明の材料評価方法において二次電子スペクトル測定に用いる測定装置の要部の構成を示す図である。
【図2】Arイオンによるスパッタ前とスパッタ後におけるNi材料のオージェ電子スペクトルの測定結果を示すスペクトルチャートである。
【図3】Arイオンによるスパッタ前とスパッタ後のNi材料をArイオンで励起した際に放出される二次電子スペクトルの測定結果を示すスペクトルチャートである。
【図4】各種の材料をArイオンで励起した際に放出される二次電子スペクトルの測定結果を示すスペクトルチャートである。
【図5】図4に示した測定結果の縦軸を拡大したスペクトルチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0045】
以下、本発明を実施の形態に基づいて説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均等の範囲内において、以下の実施の形態に対して種々の変更を加えることが可能である。
【0046】
(実施の形態)
本実施の形態は、各種の試料に、試料の表面状態を実質的に変化させないように、充分に低い加速電圧で加速されたArイオン(Ar)を照射した際の、試料の二次電子放出特性を評価する評価方法に関する。
【0047】
1.二次電子スペクトルの測定装置
はじめに、二次電子スペクトルの測定装置について説明する。図1に、本発明の材料の評価方法において行う二次電子スペクトルの測定に用いる測定装置の要部の構成を示す。図1において、10はArイオン銃であり、15はArイオン銃10によるArビームの照射条件を選定する際、および測定時に試料にArビームを照射する照射条件を制御する照射条件制御装置であり、20は電界放出型(FE)電子銃であり、25は同軸円筒鏡型エネルギー分析器(CMA)であり、30は二次電子検出器であり、40は真空容器であり、42は予備排気室であり、45は拡散ポンプであり、46はロータリーポンプ(補助)であり、47はイオンポンプであり、50は試料台であり、70はNi等の試料である。
【0048】
そして、Arイオン銃10から出ている太い矢印は、Arビームであり、電界放出型電子銃20から出ている矢印は電子線である。また、試料70から上方へ出て、CMA25に至る破線で示す矢印は、Arビームを照射した際に試料70から放出される二次電子および電子線を照射した際に試料70から放出されるオージェ電子を示し、試料70から二次電子検出器30に向かう破線で示す矢印は、電子線を照射した際に試料70から放出される二次電子である。
【0049】
図1から分かるように、この装置は、CMA25を装備した電界放出型オージェ電子分光装置(FE−AES)に、Arイオン銃10、照射条件制御装置15及び二次電子検出器30を装備したものであり、走査型電子顕微鏡(SEM)およびArビーム照射によるスパッタリング装置の機能をも有している。またこのため、表示装置(CRT)や駆動装置、二次電子検出器30用の集電装置、各種の制御装置(図示せず)をも有している。
【0050】
Arイオン銃10は、照射条件制御装置15によって制御され、選定された所定のイオン密度と加速電圧でArビームを試料台50に設置されている試料70に照射する。照射条件制御装置15は、照射するArビームのイオン密度や加速電圧を制御する。CMA25は、Arイオン銃10によるArビームの照射軸と異なる方向に設置されており、Arビームを照射された際に試料70が放出する二次電子のスペクトルを測定する。また、電子線が照射された際に試料70が放出するオージェ電子のスペクトルを測定する。二次電子検出器30は、電子線が照射された際に試料70が放出する二次電子を測定する。
【0051】
真空容器40は、Arビームと二次電子に悪影響が無いように、その内部は1×10−6Pa程度、あるいはそれ以下の真空に保持されている。またこのため、予備排気室42を有し、また拡散ポンプ45、ロータリーポンプ46、イオンポンプ47を備えている。試料台50は、試料70を所定の位置に精度良く保持する。
【0052】
2.二次電子スペクトルの測定方法
次に、前記二次電子スペクトルの測定装置を用いて行う二次電子スペクトルの測定方法について説明する。
(1)試料の表面状態の観察
イ.SEMによる表面状態の観察
はじめに、SEMの機能を用いて試料70の測定箇所の付着物の存在や形状等の表面状態を観察し、測定箇所の確認を行う。具体的には、電界放出型電子銃20を用いて所定の加速電圧で加速された電子線を試料70に照射し、放出される二次電子線を二次電子検出器30で検出してSEM像を得、観察対象箇所に異物が存在しないかなど、目的とする二次電子放出特性の測定における適否を確認する。
【0053】
ロ.オージェ電子分光法による表面組成の分析
次に、SEMによる表面状態の観察の結果により確定された測定箇所のオージェ電子分光法による表面組成の分析を行い、測定対象表面の汚染や大気から吸着した成分等の吸着物や酸化物の存在の状況を確認する。具体的には電界放出型電子銃20用いて所定の加速電圧で加速された電子線を試料70に照射し、放出されるオージェ電子のスペクトルをCMA25で測定し、表面組成の分析を行う。
【0054】
(2)試料表面の清浄化
測定対象表面に汚染や大気から吸着した成分等の吸着物の存在が認められた場合、スパッタリングにより試料70の表面を清浄化する。具体的には、Arイオン銃10により所定の加速電圧で加速された所定量のArビームを試料70に照射し、その後前記オージェ電子分光法で表面組成の分析を行い、表面が清浄化されていることを確認する。なお、表面の成分が吸着成分の場合は、2kVで加速されたArビームを1分間程度照射する(SiO換算で10nmのスパッタリング)ことにより清浄化することができる。また、酸化物の場合は10分間程度照射することにより清浄化することができる。なお、1回のArビーム照射で十分に表面吸着成分を除去できない場合は、Arビーム照射を複数回行う。
【0055】
(3)二次電子スペクトルの測定
次に、二次電子スペクトルの測定について説明する。清浄化された試料70にArイオン銃10により所定の加速電圧で加速された所定量のArビームを試料70に照射し、CMA25を用いて試料70から放出される二次電子のスペクトルを測定する。具体的には、試料の表面状態が実質的に変化せず、放出される二次電子の発生量がCMA25の検出限界を超えない低い加速電圧である0.2〜0.5kVの加速電圧で加速されたArビームを試料70に照射し、二次電子を発生させる。また、測定された二次電子を電流としてではなく、インテンシティとしてスペクトルを測定する。
【0056】
なお、スペクトルを、CMA25を用いてインテンシティで測定するため、10eV以下の測定データが捨てられることがない。また、CMA25は、Arイオン銃10によるArビームの照射軸と異なる方向に設置されているため、Arビームの照射量が不安定となることがなく、Arビームと二次電子との相互作用が生じることがない。このため、高精度で測定することができる。また、前記の低い加速電圧で加速されたArビームを用いた場合には、オージェ電子が発生しないため、より高精度で測定することができる。また、試料の表面状態が実質的に変化しない条件で測定されるため、深さ方向、面内方向に組成分布を有する試料に対しても、表面の組成が変化しない状況下で測定することができる。
【0057】
3.積分強度の算定と材料評価
(1)積分強度の算定
CCFLやプラズマディスプレイ等、被評価対象材料の使用目的毎に、予め積分強度算定の対象とする二次電子のエネルギーを特定しておき、測定された二次電子スペクトルを、予め特定されている所定のエネルギー範囲で積分することにより積分強度を算定する。
【0058】
(2)積分強度比の算定と材料評価
被評価対象材料から作製した試料、即ち被測定試料と併せて、被測定試料と同一の条件で比較対象材料から作製した試料、即ち基準試料の二次電子スペクトルを測定し、被測定試料と同じエネルギー範囲で積分して積分強度を算定する。次に、被測定試料の積分強度/基準試料の積分強度を算定して積分強度比とする。そして、この積分強度比の大きさで被測定試料の二次電子放出性能についての評価を行う。
【実施例】
【0059】
[1]実施例1
本実施例は、Zr添加およびY添加の2種類のNi基合金を被測定試料とし、基準試料にNiを用いて材料評価を行った例である。なお、二次電子スペクトルの測定装置には、CMA25、Arイオン銃10および二次電子検出器30を備えたFE−AES、具体的にはアルバック・ファイ社製PHI700を用いた。
【0060】
1.二次電子スペクトルの測定
(1)SEMによる表面状態の観察
同一のNi材料から試料70として2個の試料(以下、「試料A、試料B」と記載する)を作製し、それぞれの試料を図1の試料台50の上に載置し、真空容器内40内の圧力を所定の圧力に保ってSEMにより表面状態の観察を行い、試料A、試料B共に二次電子のスペクトルの被測定試料として適した試料であることを確認した。
【0061】
(2)オージェ電子スペクトルの測定および表面の清浄化
イ.測定方法
まず、試料A、試料Bについて、それぞれSEMによる表面状態観察に引き続いて、オージェ電子スペクトルの測定を行なった。測定条件は以下に記載の通りである。
【0062】
オージェ電子スペクトルの測定条件
加速電圧10kVで加速した電子線を試料の表面に照射してオージェ電子を放出させ、CMAを用いてオージェ電子スペクトルを測定した。
【0063】
ロ.表面の清浄化
次に試料Bのみをスパッタリングにより表面を清浄化した。スパッタリングを行った後、前記の測定条件と同じ測定条件の下に再度オージェ電子スペクトル測定を行った。なお、スパッタリングの条件は以下に記載の通りである。
【0064】
スパッタリングの条件
試料Bに行ったスパッタリングの条件は、加速電圧2kVで加速したArビームを10分間照射によるスパッタリングである。
【0065】
ハ.測定結果
オージェ電子スペクトルの測定結果を説明する。図2にオージェ電子スペクトルの測定結果を示す。なお、図2において横軸はオージェ電子の運動エネルギーであり、縦軸はカウント数である。
【0066】
a.清浄化されていない試料の測定結果
試料Aおよびスパッタ前の試料Bについては同じ測定結果が得られた。図2の(a)は試料Aおよびスパッタ前の試料B、即ち清浄化されていない試料のオージェ電子スペクトルである。図2(a)から、清浄化してない試料の表面には、Niの他に矢印で示す様にCとOが検出され、表面に汚れが在ることが分かった。なお、試料Aと試料Bについて同じ測定結果が得られ、正しく、安定して測定できることが確認された。
【0067】
b.清浄化された試料の測定結果
図2(b)は、スパッタ後の試料B、即ち清浄化された試料のオージェ電子スペクトルである。図2(b)から清浄化された試料の場合は、Ni以外の元素が検出されず、スパッタリングにより充分に清浄化されていることが確認された。
【0068】
(3)二次電子スペクトルの測定
次に、試料Aおよびスパッタ後の試料Bを用いて二次電子スペクトルの測定を行なった。
【0069】
イ.二次電子スペクトルの測定方法
a.Arビームの照射条件の選定
試料Aおよび試料Bの作製に用いたNi材料から別途試料を作製し、Arイオンビームの照射条件について検討した。その結果、Arイオンビームの加速電圧が500V以下である場合は、被測定試料の表面状態を実質的に変化させず、試料から放出される二次電子がCMAにより良好に検出されることを確認した。本実施例では、加速電圧として前記500Vに対して充分な余裕を持たせ、200Vを選定した。
【0070】
b.具体的な測定方法
試料の表面に加速電圧200Vで加速したArビームを照射して二次電子を放出させ、CMAを用いて二次電子スペクトルを測定した。
【0071】
ロ.二次電子スペクトルの測定結果
次に、二次電子スペクトルの測定結果を説明する。図3は、試料A、即ちスパッタ前の試料と、スパッタ後の試料Bの二次電子スペクトルの測定結果を示すスペクトルチャートである。図3の横軸は、二次電子のエネルギー(運動エネルギー)であり、縦軸は、インテンシティである。なお、横軸は、0.1eV間隔でプロットされている。
【0072】
図3から、エネルギーが0〜40eVの範囲のいずれのエネルギーの二次電子に対しても良好に検出が行われており、被測定試料から放出される二次電子について充分なエネルギー情報を得て、二次電子スペクトルが得られることが分かる。
【0073】
なお、図3から、スパッタ後の試料Bの場合、スパッタ前の試料Aに比べて20eV以下、特に10eV以下の二次電子のインテンシティが大幅に向上しており、材料本来の持つ二次電子放出特性がより正確に測定できることが分かる。
【0074】
2.被測定試料の評価
(1)被測定試料の組成と二次電子スペクトルの測定方法
本実施例で評価した被測定試料の組成は以下の通りである。
試料a:Zr添加Ni基合金(Zr含有量:0.5wt%)
試料b:Y添加Ni基合金(Y含有量:0.5wt%)
なお、前記した測定方法により充分なエネルギー情報を得て、材料本来の持つ二次電子放出特性が測定できることが分かったため、本評価においても前記と同様に洗浄化を行い、二次電子スペクトルの測定を行なった。
【0075】
(2)二次電子スペクトルの測定結果
被測定試料である試料a、試料bの測定結果を図4に示す。また、図3に示した基準試料であるスパッタ後のNiの測定結果を併せて図4に示す。
【0076】
(3)積分強度の算定と材料評価
図4に示した二次電子スペクトルの測定結果から、被測定試料である試料a、試料bの積分強度を算定し、基準試料であるNi(試料c)の積分強度との相対比、即ち積分強度比を求めた。具体的には、試料a、試料bを作製した被測定材料の使用目的の観点から、二次電子のエネルギー範囲が0〜30eVにおける積分強度を算定し、同じエネルギー範囲における試料cの積分強度に対する比を求めた。結果を表1に示す。
【0077】
【表1】

【0078】
表1より、試料bの積分強度比、即ち二次電子放出性能が優れていることが容易に把握できる。
【0079】
[2]実施例2
本実施例はNiを基準試料として各種の試料について材料評価を行った例である。
【0080】
(1)被測定試料の組成と二次電子スペクトルの測定方法
以下の試料を用いて、実施例1と同様の条件でスパッタリングを行い、清浄化を行った後、二次電子スペクトルの測定を行なった。
試料d:Al
試料e:cBN(立方晶窒化ホウ素)
試料f:Cu
試料g:MgAl(スピネル)
試料h:Al(アルミナ)
【0081】
(2)二次電子スペクトルの測定結果
前記試料d〜試料hの被測定試料の測定結果を図5に示す。また、実施例1において二次電子放出特性の評価結果が最も良かった試料bの測定結果を併せて図5に示す。
【0082】
(3)積分強度の算定と材料評価
図5に示した二次電子スペクトルの測定結果から、実施例1と同様に試料d〜試料hについて二次電子のエネルギー範囲が0〜30eVにおける積分強度を算定し、基準試料であるNi(試料c)の積分強度との比、即ち積分強度比を求めた。結果を表2に示す。また、試料bの積分強度比を併せて表2に示す。
【0083】
【表2】

【0084】
表2より、Alの積分強度比、即ち二次電子放出性能が最も優れていることが容易に把握できる。このように、本発明の評価方法に従うことにより、容易に二次電子放出性能を評価できる。
【符号の説明】
【0085】
10 Arイオン銃
15 照射条件制御装置
20 電界放出型電子銃
25 同軸円筒鏡型エネルギー分析器
30 二次電子検出器
40 真空容器
42 予備排気室
45 拡散ポンプ
46 ロータリーポンプ
47 イオンポンプ
50 試料台
70 試料

【特許請求の範囲】
【請求項1】
真空雰囲気中に設置された材料にイオンビームを照射した際に発生する二次電子スペクトルを用いた材料の評価方法であって、
被測定試料および基準試料のそれぞれにイオンビームを照射することにより放出される二次電子を測定することにより得られた各電子スペクトルに基づき、前記電子スペクトルの各々を所定の二次電子エネルギーの範囲で積分して、被測定試料積分強度および基準試料積分強度を測定する積分強度測定工程と、
前記被測定試料積分強度の前記基準試料積分強度に対する相対比を求める積分強度相対比算出工程と、
前記相対比により、前記被測定試料における二次電子放出性能を評価する評価工程と
を有していることを特徴とする材料の評価方法。
【請求項2】
前記積分強度測定工程は、
被測定試料および基準試料の表面状態を実質的に変化させないイオンビーム照射条件を選定する照射条件選定工程と、
前記照射条件選定工程で選定されたイオンビーム照射条件に基づいて、前記被測定試料および基準試料にイオンビームを照射する照射工程と、
前記イオンビームの照射により前記被測定試料および基準試料から放出された二次電子スペクトルを、前記イオンビームの照射軸と異なる方向に設置された同軸円筒鏡型エネルギー分析器を用いて測定する二次電子スペクトル測定工程と、
前記二次電子スペクトル測定工程により得られた前記二次電子スペクトルを所定の範囲で積分して積分強度を測定する積分強度測定工程と
を有していることを特徴とする請求項1に記載の材料の評価方法。
【請求項3】
前記照射工程に先立って、前記被測定試料および基準試料のイオンビームが照射される箇所に清浄用ビームを照射して、前記箇所に吸着している成分を除去する吸着成分除去工程を有していることを特徴とする請求項2に記載の材料の評価方法。
【請求項4】
前記吸着成分除去工程に引き続いて、前記清浄用ビームが照射された箇所が、前記被測定試料および基準試料の組成であることを確認する組成確認工程を有していることを特徴とする請求項3に記載の材料の評価方法。
【請求項5】
前記照射条件選定工程におけるイオンビームの加速電圧条件が500V以下であることを特徴とする請求項2ないし請求項4のいずれか1項に記載の材料の評価方法。
【請求項6】
前記照射条件選定工程におけるイオンビームのイオン種として、希ガスを用いることを特徴とする請求項2ないし請求項5のいずれか1項に記載の材料の評価方法。

【図1】
image rotate

【図2】
image rotate

【図3】
image rotate

【図4】
image rotate

【図5】
image rotate


【公開番号】特開2011−13021(P2011−13021A)
【公開日】平成23年1月20日(2011.1.20)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2009−155763(P2009−155763)
【出願日】平成21年6月30日(2009.6.30)
【出願人】(000002130)住友電気工業株式会社 (12,747)
【Fターム(参考)】