説明

材料膜の製造方法及び製造装置

【課題】フラーレンの六員環よりも大きな原子を内包する内包フラーレンの製造において、内包フラーレンの形成確率が高い製造方法を提供する。
【解決手段】内包イオンの照射と同時に、直径と質量が大きいイオンをフラーレン膜に照射する。質量が大きいイオンがフラーレン分子17に衝突するため、フラーレン分子17が大きく変形し、フラーレン分子17の開口部が大きくなり、内包イオンがフラーレン分子17のケージの中に入る確率が高くなる。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、真空容器内において、フラーレン、カーボンナノチューブなどの材料に注入原子や注入分子を含むプラズマ又は蒸気を照射し、内包フラーレン、ヘテロフラーレン、又は、内包ナノチューブなどの材料膜を製造する方法及び製造装置に関する。
【背景技術】
【0002】
【非特許文献1】プラズマ・核融合学会誌 第75巻第8号 1999年8月 p.927〜933「フラーレンプラズマの性質と応用」
【特許文献1】特願2004−001362
【0003】
内包フラーレンは、フラーレンとして知られる球状炭素分子に、例えば、アルカリ金属などの内包対象原子を内包した、エレクトロニクス、医療などへの応用が期待される材料である。内包フラーレンの製造方法としては、真空容器中で加熱したホットプレートに対しアルカリ金属蒸気を噴射してプラズマを発生させ、さらに、発生したプラズマ流にフラーレン蒸気を噴射し、プラズマ流の下流に配置した堆積基板上に内包フラーレンを堆積させる方法(非特許文献1)が知られている。
【0004】
昇華オーブンで発生させたアルカリ金属ガスを、加熱したホットプレート上に噴射すると、接触電離によってアルカリ金属イオンと電子からなるアルカリ金属プラズマが生成する。生成したプラズマは真空室の周囲に配置した電磁コイルにより形成した均一磁場により真空容器内に閉じ込められ、ホットプレートから前記磁場方向に流れるプラズマ流となる。プラズマ流の途中に配置したフラーレン昇華オーブンにより、C60からなるフラーレン蒸気をプラズマ流に噴射すると、電子親和力が大きいC60にプラズマ流を構成する電子が付着してC60の負イオンが発生する。その結果、アルカリ金属として、例えば、リチウムを用いた場合に、
Li −>Li + e
60 + e −> C60
の反応により、プラズマ流はアルカリ金属の正イオン、フラーレンの負イオン、及び残留電子が混在するアルカリ金属・フラーレンプラズマとなる。このようなプラズマ流の下流に堆積基板を配置し、堆積基板に正のバイアス電圧を印加すると、質量の小さいアルカリ金属イオンが減速され、質量の大きいフラーレンイオンが加速されることでアルカリ金属イオンとフラーレンイオンの相互作用が大きくなり、クーロン引力の作用によりアルカリ金属イオンとフラーレンイオンが衝突し、内包フラーレンが生成される。(フラーレンプラズマ反応方式)
【0005】
フラーレン分子の篭の中に原子を内包させるには、ある程度大きなエネルギーで内包原子をフラーレンに衝突させる必要がある。さらに、内包原子とフラーレンの衝突エネルギーが高すぎるとフラーレン分子が分解してしまい、衝突エネルギーが低すぎると内包化が起こりにくい。従って、内包フラーレンの生成効率を向上するには、衝突確率を向上するだけでは十分ではなく、衝突エネルギーの制御が必要がある。従来のフラーレンプラズマ反応方式による内包フラーレンの製造方法では、衝突確率を制御することは可能であったが、衝突エネルギーを制御することができなかった。
【0006】
そこで、本発明の発明者は、堆積基板にアルカリ金属プラズマを照射し、同時に堆積基板に向けてフラーレン蒸気を噴射する、或いは、堆積基板上に予め堆積したフラーレン膜に対しアルカリ金属プラズマを照射する方式で、堆積基板に負のバイアス電圧を印加し、該バイアス電圧を制御してアルカリ金属イオンに加速エネルギーを与え、アルカリ金属イオンをフラーレン膜に注入する方式を考案した(イオン注入方式)。堆積基板に印加するバイアス電圧により内包原子とフラーレンの衝突エネルギーを制御できる。この技術は特許文献1として出願された。なお、この技術は、出願後、まだ公開されておらず、従って、公知の技術ではない。
【0007】
図13は、本発明の背景技術による材料膜の製造装置の断面図である。背景技術による製造装置は、真空容器301、電磁コイル303、内包原子であるアルカリ金属プラズマ生成手段、堆積基板316、バイアス電圧制御電源318とから構成される。真空容器301は、真空ポンプ302により約10−4Paの真空度に排気している。アルカリ金属プラズマ生成手段は、加熱フィラメント304、ホットプレート305、アルカリ金属昇華オーブン306、アルカリ金属ガス導入管307とから構成される。昇華オーブン306で発生させたアルカリ金属蒸気をアルカリ金属ガス導入管307からホットプレート305上に噴射すると、高温のホットプレート上でアルカリ金属原子が電離し、同時にホットプレートから熱電子が放出されるので、アルカリ金属イオンと電子とからなるプラズマが生成する。生成したプラズマは電磁コイル303により形成された均一磁場に沿って真空容器301内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート305から堆積基板316に向かって流れるプラズマ流310となる。
【0008】
堆積基板316には、バイアス電圧制御電源318により負のバイアス電圧を印加する。プラズマ中のアルカリ金属イオンは、堆積基板に印加されたバイアス電圧により加速エネルギーを与えられ、堆積基板に向けて照射される。同時に、フラーレンをフラーレン昇華オーブン313で昇華してフラーレンガス導入管314から堆積基板316に向けて噴射する。堆積基板316上、又は、堆積基板316の近傍でフラーレン分子にアルカリ金属イオンが衝突し、アルカリ金属内包フラーレンが生成される。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
背景技術による製造方法によれば、内包フラーレンの生成効率を制御する要因(衝突確率と衝突エネルギー)のうち、衝突エネルギー(加速エネルギー)は堆積基板に印加するバイアス電圧により精密に制御することが可能である。一方、衝突確率の制御は、アルカリ金属イオン密度又はフラーレン分子密度を各材料の昇華オーブンの温度設定により制御していた。昇華温度を高くすることにより、アルカリ金属又はフラーレンの昇華量が多くなり、それぞれのイオン密度又は分子密度を増やすことにより衝突確率を増やすことができる。しかし、昇華温度による制御は温度が安定するまでの時間が長く、また昇華量は昇華温度だけでなくオーブンに充填した材料の残量や導入管に凝固蓄積した材料の量にも依存するので、昇華温度の制御により昇華量を精密に制御することは困難であった。
【0010】
また、アルカリ金属イオン密度がフラーレン分子密度に比較して高い場合は、水素化フラーレンの生成反応が促進されて、内包フラーレンの生成効率が低下するという問題があり、水素化フラーレンの生成を抑制するためにもイオン密度を精密に制御する必要があった。
【0011】
さらに、従来のフラーレンプラズマ反応方式、及び、背景技術によるイオン注入方式では、比較的大きな内包原子をフラーレンに注入するのが困難であるという問題があった。
【0012】
図14は、背景技術による製造装置を用いて、C60からなる空のフラーレン分子に内包原子であるKイオンを注入して内包フラーレンの形成を試みる場合の粒子の衝突を示す図である。Kイオンは堆積基板に印加された負のバイアス電圧により加速エネルギーを得てフラーレン分子に向かって運動する(図14(a))。Kイオンとフラーレン分子の衝突により、フラーレン分子のケージが変形するが、Kイオンの質量が比較的小さいために、ケージの変形は大きくはない。また、後述するように、C60の六員環平均直径は2.48Å、Kイオンの直径は2.76Åであり、C60の開口部がKイオンよりも小さいため、ほとんど場合、フラーレンにKイオンが衝突しても、フラーレンが少し変形するだけで(図14(b))、Kイオンは内包されない(図14(c))。
【0013】
内包原子イオンの大きさは、内包原子の種類により異なる。アルカリ金属の例で言えば、LiやNaは、イオン直径が小さいので、背景技術によるイオン注入方式による内包確率が高く、比較的大量の内包フラーレンの生成が可能である。しかし、KやRbなどの大きいイオンを内包させようとしても、十分高い内包確率を得ることができなかった。
【0014】
また、KやRbなど比較的大きな内包原子の場合、特にイオン注入の加速エネルギーが低いとほとんど内包フラーレンが形成されない。一方、加速エネルギーが高いと、例えば、KイオンをC60からなるフラーレン堆積膜に80eVの加速エネルギーで照射すると、フラーレン堆積膜がスパッターにより破壊される問題があった。そのため、内包フラーレンを形成する加速エネルギーの最適条件が、エネルギーを低くしても高くしても得られないという問題があった。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明(1)は、注入イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマに接触する電位体に制御電圧を印加して前記注入イオンの密度を制御し、均一磁場により前記プラズマを輸送し、前記プラズマを堆積基板に向けて照射し、前記注入イオンと反対の極性のバイアス電圧を前記堆積基板に印加して前記注入イオンに加速エネルギーを与え、材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする材料膜の製造方法である。
【0016】
本発明(2)は、前記堆積基板と前記バイアス電圧を印加するバイアス電源との間に流れる電流を測定することにより前記注入イオンの密度を測定することを特徴とする前記発明(1)の材料膜の製造方法である。
【0017】
本発明(3)は、内包イオン及び前記内包イオンと同じ極性の衝突イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマを堆積基板に向けて照射し、前記内包イオンと反対の極性のバイアス電圧を前記堆積基板に印加して前記内包イオン及び前記衝突イオンに加速エネルギーを与え、材料膜を構成する材料分子に前記衝突イオンを衝突させ、前記材料分子に前記内包イオンを内包させることを特徴とする材料膜の製造方法である。
【0018】
本発明(4)は、前記プラズマを前記堆積基板に向けて照射し、同時に前記堆積基板上に前記材料膜を堆積することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)の材料膜の製造方法である。
【0019】
本発明(5)は、前記堆積基板上に予め堆積した前記材料膜に前記プラズマを照射することを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(3)の材料膜の製造方法である。
【0020】
本発明(6)は、前記注入イオン又は前記内包イオンが、アルカリ金属イオン、窒素イオン、又はハロゲン元素イオンであることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(5)の材料膜の製造方法である。
【0021】
本発明(7)は、衝突イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマを前記堆積基板上に予め堆積した材料膜に向けて照射し、同時に内包分子を含む蒸気を前記材料膜に向けて噴射し、材料膜を構成する材料分子に前記衝突イオンを衝突させ、同時に前記材料分子に前記内包分子からなる内包物質を内包させることを特徴とする材料膜の製造方法である。
【0022】
本発明(8)は、前記内包物質が、TTF、TDAE、TMTSF、Pentacene、Tetracene、Anthracene、TCNQ、Alq、又はFTCNQであることを特徴とする前記発明(7)の材料膜の製造方法である。
【0023】
本発明(9)は、前記材料膜が、フラーレン又はナノチューブからなる膜であることを特徴とする前記発明(1)乃至前記発明(8)の材料膜の製造方法である。
【0024】
本発明(10)は、前記衝突イオンの直径が3.0Å以上であることを特徴とする前記発明(3)乃至前記発明(9)の材料膜の製造方法である。
【0025】
本発明(11)は、前記衝突イオンが、フラーレン正イオン又はフラーレン負イオンであることを特徴とする前記発明(10)の材料膜の製造方法である。
【0026】
本発明(12)は、真空容器と、磁場発生手段と、注入イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、制御電圧を印加して前記注入イオン密度を制御する電位体と、材料膜を堆積する堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置である。
【0027】
本発明(13)は、前記電位体が、格子状の導線からなる電位体であることを特徴とする前記発明(12)の材料膜の製造装置である。
【0028】
本発明(14)は、真空容器と、磁場発生手段と、内包イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、衝突イオンを生成する衝突イオン生成手段と、材料膜を堆積する堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置である。
【0029】
本発明(15)は、真空容器と、磁場発生手段と、衝突イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、材料膜を堆積する堆積基板と、内包分子を含む蒸気を前記堆積基板に噴射する内包分子噴射手段と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置である。
【発明の効果】
【0030】
1.材料膜に照射するプラズマ中に電位体を配置し、該電位体に印加する電圧を制御することで、プラズマ中のイオン密度を制御でき、材料膜製造プロセスの制御性を向上できる。
2.プラズマ中に配置する電位体を格子状の導線からなる電位体とすることにより、電位体がプラズマ流を妨げることなく、かつプラズマ流の断面内で均一にイオン密度を制御することが可能になる。
3.堆積基板とバイアス電圧制御電源の間に流れる電流を測定することにより、堆積基板に照射されるイオン密度を正確に測定することが可能になる。
4.内包フラーレンやヘテロフラーレンなどのフラーレン類を効率よく生成できるので、工業利用のためのフラーレン類の大量生産が可能になる。
5.材料膜を構成する材料分子に内包イオンと衝突イオン、又は、内包分子と衝突イオンを同時に照射することにより、材料分子の変形が大きく内包イオン又は内包分子が材料分子に内包される確率が高くなる。比較的大きな内包イオン又は内包分子に関しても、内包確率を向上できる。
6.磁場を利用してプラズマを輸送することにより、注入イオンと反対の極性を持つ荷電粒子を注入イオンと一緒に輸送することが可能になる。プラズマを構成する荷電粒子間に引力が働き、プラズマが発散しにくく、低エネルギーでも高密度のイオン注入を行うことが可能である。
7.イオン直径が大きいために、従来、内包化が困難であったK、Rb、N、Fなどの原子内包フラーレンの生成効率を、衝突イオンを同時に照射する方法により向上することが可能になる。従来生成が可能であったLi、Naなどの原子内包フラーレンについても、生成効率をさらに向上することが可能になる。
8.分子直径が大きい分子を内包する内包ナノチューブの生成効率を、衝突イオンを同時に照射する方法により向上することが可能になる。
9.衝突イオンの同時照射を行うことで、比較的低い加速エネルギーで内包イオンを内包させることができるので、材料膜をスパッターするほどの高い加速エネルギーのイオン注入を行う必要がない。
10.衝突イオンのイオン直径を3.0Å以上とすることにより、衝突イオンがフラーレンに内包される確率を小さくすることができる。
11.フラーレン正又はフラーレン負イオンを衝突イオンとして利用することにより、一部の衝突イオンにも内包イオンが内包されるので、内包フラーレンの生成効率がさらに向上する。
【図面の簡単な説明】
【0031】
【図1】本発明の材料膜の製造装置に係る第一具体例の断面図である。
【図2】本発明の材料膜の製造装置に係る第二具体例の断面図である。
【図3】本発明の材料膜の製造装置に係る第三具体例の断面図である。
【図4】本発明の材料膜の製造装置に係る第四具体例の断面図である。
【図5】本発明の材料膜の製造装置に係る第五具体例の断面図である。
【図6】本発明の材料膜の製造装置に係る第六具体例の断面図である。
【図7】本発明の材料膜の製造装置に係る第七具体例の断面図である。
【図8】本発明の材料膜の製造装置に係る第八具体例の断面図である。
【図9】本発明の材料膜の製造装置に係る第九具体例の断面図である。
【図10】内包フラーレン、空のフラーレン、及び、イオンの大きさを説明する図である。
【図11】本発明の材料膜の製造方法による内包イオン、衝突イオンとフラーレンの衝突を説明する図である。
【図12】本発明の材料膜の製造方法による内包分子、衝突イオンとカーボンナノチューブの衝突を説明する図である。
【図13】背景技術による材料膜の製造装置の断面図である。
【図14】背景技術による材料膜の製造方法による内包イオンとフラーレンの衝突を説明する図である。
【符号の説明】
【0032】
1、51、81、111、141、171、201、231、261、301 真空容器
2、52、82、112、142、172、202、232、262、302 真空ポンプ
3、53、83、113、116、117、143、173、203、233、263、303 電磁コイル
4、54、84、204、234、264、304 加熱フィラメント
5、55、85、205、235、265、305 ホットプレート
6、56、86、206、236、306 アルカリ金属昇華オーブン
7、57、87、207、237、307 アルカリ金属ガス導入管
8、58、88、208、238、308 アルカリ金属イオン
9、62、89、120、149、180、209、239、266、309 電子
10、63、90、121、146、176、210、240、267、310 プラズマ流
11、91、211、241、268 グリッド電極
12、92、212、242、269 グリッド電圧制御電源
13、64、98、127、155、183、218、246、273、311 プラズマプローブ
14、65、99、128、156、184、219、247、274、312 プローブ電流測定装置
15、66、93、103、122、129、152、157、185、213、270、277、313 フラーレン昇華オーブン
16、67、104、130、158、186、278、314 フラーレンガス導入管
17、68、95、105、124、131、154、160、187、215、245、272、315 フラーレン分子
18、69、100、132、161、188、220、250、280、316 堆積基板
19、70、101、133、162、189、221、251、281、317 堆積膜
20、71、102、134、163、190、222、252、282、318 バイアス電圧制御電源
94、123、153、214、271 再昇華用円筒
96、125、216、249、276 フラーレン正イオン
97、126、159、217、248、275 フラーレン負イオン
59 衝突原子昇華オーブン
60 衝突原子ガス導入管
61 衝突イオン
114 マイクロ波発信器
115 窒素ガス導入管
118 PMHアンテナ
119 窒素イオン
144、174 ハロゲンガス導入管
145、175 高周波誘導コイル
147、177 正イオン
148、178 フッ素イオン
179 塩素イオン
279 内包イオン
【発明を実施するための最良の形態】
【0033】
(イオン密度の制御)
アルカリ金属イオンとフラーレン分子の衝突確率を精密に制御するために、プラズマ生成部の後にグリッド電極を設け、該グリッド電極にバイアス電圧を印加して、堆積基板に照射されるアルカリ金属イオンの密度を制御することにした。グリッド電極に印加するバイアス電圧により、該グリッド電極を通過するアルカリ金属イオン量を制御できる。フラーレン昇華オーブンから噴射される一定密度のフラーレン分子に対し照射されるアルカリ金属イオンの密度を制御することにより、アルカリ金属イオンとフラーレン分子の衝突確率を精密に制御することが可能になる。
【0034】
なお、本発明に係る材料膜の製造方法では、注入イオンを含むプラズマを発生するプラズマ生成手段から、材料膜に注入イオンを注入する堆積基板まで該プラズマを輸送する方法として、電磁コイルなどの磁場発生手段により発生する均一磁場を利用している。注入イオンと反対の極性を持つ荷電粒子を注入イオンと同時に輸送することが可能になるので、プラズマを構成する荷電粒子間に引力が働き、プラズマが発散しにくい。従って、低エネルギーでも高密度のイオン注入を行うことが可能である。
【0035】
(イオン密度の制御に係る材料膜の製造装置)
以下に、グリッド電極に印加する制御電圧でイオン密度を制御して内包フラーレンなどの材料膜を生成する本発明の製造装置の最良形態について、具体例を用いて説明する。
【0036】
第一具体例(イオン注入方式)
図1は、本発明の材料膜の製造装置に係る第一具体例の断面図である。第一具体例は、フラーレンにアルカリ金属イオンを注入してアルカリ金属内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。
【0037】
製造装置は、真空容器1、電磁コイル3、アルカリ金属プラズマ生成手段、グリッド電極11、プラズマプローブ13、フラーレン蒸着手段、堆積基板18、バイアス電圧制御電源20から構成される。
【0038】
真空容器1は、真空ポンプ2により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成手段は、加熱フィラメント4、ホットプレート5、アルカリ金属昇華オーブン6、アルカリ金属ガス導入管7から構成される。昇華オーブン6でアルカリ金属を加熱し、発生させたアルカリ金属ガスを導入管7からホットプレート5上に噴射すると、高温のホットプレート上でアルカリ金属原子が電離し、アルカリ金属イオンが生成する。同時にホットプレートからは熱電子が発生し、アルカリ金属イオン8と電子9を含むプラズマとなる。生成したプラズマは電磁コイル3により形成された均一磁場に沿って真空容器1内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート5から堆積基板18に向かって流れるプラズマ流10となる。
【0039】
プラズマ生成手段により生成されたプラズマ流10は、まず、グリッド電極11を通過する。グリッド電極11には、グリッド電圧制御電源12により、制御電圧を印加して、プラズマ中のアルカリ金属イオン密度及び電子温度を制御する。制御電圧の値を、正電圧、接地電圧、負電圧のいずれに設定するかは、特に制限はないが、内包フラーレンの生成効率などを考慮して最適条件を用いる。制御電圧を可変とし、プラズマプローブ13によるイオン密度やイオンエネルギーの測定値により電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0040】
プラズマ流10が照射される堆積基板18にはバイアス電圧制御電源20により、負のバイアス電圧を印加する。また、堆積基板に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板18に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段は、フラーレン昇華オーブン15、フラーレンガス導入管16から構成される。フラーレン昇華オーブン15でフラーレンを加熱し発生させたフラーレンガスを、先端を堆積基板18の方向に向けた導入管16から、堆積基板18に向けて噴射する。プラズマ流中のアルカリ金属イオン8は、堆積基板18に印加された負電圧により加速エネルギーを与えられる。アルカリ金属イオン8は、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子17に衝突し、フラーレン分子17に内包され、堆積基板18上に内包フラーレンを含む堆積膜19が堆積する。堆積基板18に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ13の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0041】
さらに、バイアス電圧制御電源20と堆積基板18の間に電流計を配置して、堆積基板に流れる電流を測定する方法でも、アルカリ金属イオン密度やイオン注入量を測定することができる。また、フラーレン蒸気の噴射速度は、予め、堆積基板に膜厚モニター用のフラーレンの蒸着を行い、堆積膜厚の時間変化を測定することにより求めることができる。
【0042】
プラズマ中のアルカリ金属イオン密度を、グリッド電極に印加する電圧により制御し、アルカリ金属イオンとフラーレン分子の密度を精密に制御できるので、内包フラーレンの生成効率を向上することができる。
【0043】
以上説明したグリッド電極によりイオン密度を制御する方法は、アルカリ金属を内包原子とする内包フラーレンの生成だけでなく、他の窒素、ハロゲン元素、水素、不活性元素、アルカリ土類金属などの原子を内包する内包フラーレンの生成においても用いることができ、アルカリ金属内包フラーレンの生成の場合と同様の効果が得られる。
【0044】
また、内包フラーレンの生成だけでなく、ナノチューブに原子又は分子を内包する内包ナノチューブ、フラーレンに置換原子からなるイオンを照射してフラーレンを構成する炭素原子を該置換原子で置換するヘテロフラーレン、フラーレンに修飾原子又は分子からなるイオンを照射してフラーレンに修飾基を付加する化学修飾フラーレンなどの材料膜の生成においても、プラズマ生成部の後に制御電圧を印加したグリッド電極を配置してプラズマ中のイオン密度を制御することにより、材料膜の生成効率を最適化することが可能である。
【0045】
(衝突イオンの照射)
Kなどの比較的大きな原子を内包した内包フラーレンの生成効率を向上するために、内包原子イオン(内包イオン)をフラーレンに注入する時に、内包イオンと同じ極性で、直径、及び、質量がより大きい原子(衝突原子)のイオン(衝突イオン)を同時にフラーレンに照射することにした。衝突イオンは、直径が大きいため、フラーレンに内包される確率はきわめて小さいが、質量が大きいため、衝突の際、フラーレンに十分大きなエネルギーを与えることができ、フラーレンの変形が大きい。フラーレンの六員環が大きく開くために、同時に照射された、衝突イオンより小さい内包イオンを容易にフラーレンの内部に入れることができる。
【0046】
(注入イオン、内包イオン、衝突イオン)
ここで、本発明の材料膜の製造方法に係るイオンに関する用語について説明する。
「注入イオン」は、イオン注入法又はプラズマ照射法で、イオン(荷電粒子)を材料膜又は材料分子に注入する場合のイオンのことをいう。注入イオンには、正電荷又は負電荷を持つ原子及び分子が含まれる。イオン注入を行った結果、材料膜又は材料分子は物理的又は化学的変化を生じ、注入イオンが材料膜を構成する分子間に不純物として入り込む場合や、注入イオンが材料分子と結合して化学修飾やヘテロ化が生じる場合や、注入イオンが篭状又は筒状の材料分子の内部に入り内包化が生じる場合があり得る。
内包化される場合の注入イオンのことを、特に「内包イオン」という。材料分子に衝突はするが内包化されない注入イオンのことを、特に「衝突イオン」という。
【0047】
(フラーレンとイオンの大きさ)
本発明で用いる「フラーレン」とは、C(n=60,70,76,78,82,84,…)で示される中空の炭素クラスター物質であり、例えば、C60やC70を挙げることができる。また、フラーレンダイマーのようなフラーレン同士の繰り返し結合体(イオン結合、共有結合等)や、C60とC70など種類の異なる複数のフラーレンが混合した炭素クラスター物質も含めて「フラーレン」と呼ぶことにする。
【0048】
図10は、内包フラーレン、空のフラーレン、及び、内包原子イオンの大きさを説明する図である。フラーレンについては、代表的な炭素クラスター分子であるC60、内包原子については、代表的な内包原子であるアルカリ金属、窒素、ハロゲン元素について示してある。図に示すように、C60の六員環平均直径は2.48Åである。
【0049】
内包イオンと衝突イオンの組み合わせとしては、内包イオンがLi、Na、K、Nなどの正イオンである場合には、衝突イオンとしてはCs、Frなどの正イオンを用いるのが好ましい。内包イオンがFなどの負イオンである場合には、衝突イオンとしてはCl、Br、Iなどの負イオンを用いるのが好ましい。内包イオンと衝突イオンのイオン極性を同極性とすることにより、堆積基板に印加するバイアス電圧により内包イオンと衝突イオンに対し同時に加速エネルギーを与えることができる。
【0050】
衝突イオンは、材料膜を構成する分子に十分大きな変形を起こし、かつ、該分子に内包されにくい大きさであることが必要である。衝突イオンのイオン直径は、C60の六員環平均直径が2.48Åであることから、3.0Å以上であることが好ましい。
【0051】
また、衝突イオンとしては、原子をイオン化した原子イオンだけでなく、フラーレンのような分子をイオン化した分子イオンを使用することも可能である。フラーレンは電子親和力が大きく、また、比較的イオン化エネルギーが小さい。そのため、電子を衝突させてイオン化するときに、電子のエネルギーを制御して、選択的に正イオン又は負イオンにすることが可能である。具体的には、10eV未満のエネルギーを持つ電子を衝突させて負のフラーレンイオンを形成し、また、10eV以上のエネルギーを持つ電子を衝突させて正のフラーレンイオンを形成することが可能である。
【0052】
イオン直径のデータからわかるように、LiやNaなど、フラーレンの六員環の平均直径2.48Åに対し小さいイオンの場合は、特に衝突イオンを用いなくても高い効率で内包フラーレンを形成することが可能である。しかし、K、N、Fのように比較的大きいイオンの場合には、衝突イオンを内包イオンの照射と同時にフラーレン膜に照射することで、初めて、内包フラーレンの形成効率を飛躍的に向上することが可能になる。また、LiやNaのように比較的小さいイオンであっても、衝突イオンを内包イオンの照射と同時にフラーレン膜に照射することにより、内包フラーレンの形成効率をさらに向上することが可能である。
【0053】
(フラーレンへのイオン注入)
図11(a)〜(c)は、本発明の材料膜の製造方法による内包イオン、衝突イオンとフラーレンの衝突を説明する図である。図11(a)において、堆積基板上に形成したC60分子に衝突イオンであるC60の正イオンが衝突する。衝突の瞬間、C60分子とC60の正イオンが大きく変形する。さらに、Kの正イオンがC60分子に衝突する(図11(b))。C60分子は大きく変形しているので、開口部が大きくなっており、Kの正イオンが容易にC60分子のケージの中に入り込み、K内包C60が形成される(図11(c))。
【0054】
(カーボンナノチューブへのイオン注入)
図12(a)〜(c)は、本発明の材料膜の製造方法による内包分子、衝突イオンとカーボンナノチューブの衝突を説明する図である。図12(a)において、堆積基板上に形成したカーボンナノチューブに衝突イオンであるC60の正イオンが衝突する。衝突の瞬間、カーボンナノチューブとC60の正イオンが大きく変形する。さらに、内包分子であるTTFがカーボンナノチューブに衝突する(図12(b))。カーボンナノチューブは大きく変形しているので、開口部が大きくなっており、TTFが容易にカーボンナノチューブの筒状体の中に入り込み、TTF内包カーボンナノチューブが形成される(図12(c))。
【0055】
(衝突イオンの照射に係る材料膜の製造装置)
以下に、堆積基板に対し内包イオンと衝突イオンを同時に照射することにより内包フラーレンなどの材料膜を生成する本発明の製造装置の最良形態について、具体例を用いて説明する。
【0056】
第二具体例
図2は、本発明の材料膜の製造装置に係る第二具体例の断面図である。第二具体例は、フラーレンにアルカリ金属イオンと衝突イオンを照射し、アルカリ金属内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。アルカリ金属としては、Li、Na、Kなどを用いることが可能である。また、衝突イオンとしては、Cs、Frなどを用いることが可能である。
【0057】
製造装置は、真空容器51、電磁コイル53、アルカリ金属プラズマ生成手段、プラズマプローブ64、フラーレン蒸着手段、堆積基板69、バイアス電圧制御電源71から構成される。
【0058】
真空容器51は、真空ポンプ52により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成手段は、加熱フィラメント54、ホットプレート55、アルカリ金属昇華オーブン56、アルカリ金属ガス導入管57、衝突原子昇華オーブン59、衝突原子ガス導入管60から構成される。昇華オーブン56でアルカリ金属を加熱し、発生させたアルカリ金属ガスを導入管57からホットプレート55上に噴射する。同時に、昇華オーブン59で発生させた衝突原子ガスを導入管60からホットプレート55上に噴射し、アルカリ金属原子及び衝突原子が接触電離によりイオン化し、アルカリ金属イオン、衝突イオン、電子からなるプラズマが生成する。生成したプラズマは電磁コイル53により形成された均一磁場に沿って真空容器51内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート55から堆積基板69に向かって流れるプラズマ流63となる。
【0059】
堆積基板69に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板69に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段はフラーレン昇華オーブン66、フラーレンガス導入管67から構成される。堆積基板69には、バイアス電圧制御電源71により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の正イオンであるアルカリ金属イオンと衝突イオンが堆積基板69近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突する。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突するアルカリ金属イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。衝突後、イオン直径の大きい衝突イオンは、フラーレン分子に内包されず、真空ポンプ52により排気される。
【0060】
プラズマ流63中にプラズマプローブ64を配置し、プラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定する。堆積基板69に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ64の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0061】
第三具体例
図3は、本発明の材料膜の製造装置に係る第三具体例の断面図である。第三具体例は、フラーレンにアルカリ金属イオンとC60からなる衝突イオンを照射し、アルカリ金属内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。アルカリ金属としては、Li、Na、Kなどを用いることが可能である。
【0062】
製造装置は、真空容器81、電磁コイル83、アルカリ金属プラズマ生成手段、グリッド電極91、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ98、フラーレン蒸着手段、堆積基板100、バイアス電圧制御電源102から構成される。
【0063】
真空容器81は、真空ポンプ82により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成手段は、加熱フィラメント84、ホットプレート85、アルカリ金属昇華オーブン86、アルカリ金属ガス導入管87から構成される。昇華オーブン86で発生させたアルカリ金属ガスを導入管87からホットプレート85上に噴射すると、高温のホットプレート上でアルカリ金属原子が電離し、アルカリ金属イオンと電子を含むプラズマとなる。生成したプラズマは電磁コイル83により形成された均一磁場に沿って真空容器81内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート85から堆積基板100に向かって流れるプラズマ流90となる。
【0064】
プラズマ生成手段により生成されたプラズマ流90は、まず、グリッド電極91を通過する。グリッド電極91には、グリッド電圧制御電源92により、制御電圧を印加して、プラズマ中のアルカリ金属イオン密度及び電子温度を制御する。制御電圧は正電圧とするのが好ましい。さらに、制御電圧は10V以上とするのがより好ましい。制御電圧を正電圧とすることによりプラズマ中の電子温度を高くすることが可能である。制御電圧を可変とし、プラズマプローブ98による電子温度の測定値によりグリッド電極91に印加する電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0065】
グリッド電極91の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン93、再昇華用円筒94から構成される。フラーレン昇華オーブン93からプラズマ中に導入されるフラーレン分子95に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン96、フラーレン負イオン97が生成する。この時、プラズマ中の電子はグリッド電極91の作用により電子温度が高くなっているので、フラーレン正イオンの生成確率が高くなる。特に、グリッド電極91に印加する電圧を10V以上とすることによりフラーレン正イオンの生成確率を高くすることができる。その結果、プラズマ流90は、アルカリ金属の正イオン、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン、電子からなるプラズマとなる。
【0066】
堆積基板100に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板100に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段はフラーレン昇華オーブン103、フラーレンガス導入管104から構成される。堆積基板100には、バイアス電圧制御電源102により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の正イオンであるアルカリ金属イオンとフラーレン正イオンからなる衝突イオンが堆積基板100近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突する。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突するアルカリ金属イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。
【0067】
プラズマプローブ97によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板100に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ97の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0068】
第四具体例
図4は、本発明の材料膜の製造装置に係る第四具体例の断面図である。本発明の第四具体例は、フラーレンに窒素イオンとC60からなる衝突イオンを照射し、窒素内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。
【0069】
製造装置は、真空容器111、電磁コイル113、窒素プラズマ生成手段、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ127、フラーレン蒸着手段、堆積基板132、バイアス電圧制御手段134から構成される。
【0070】
真空容器111は、真空ポンプ112により約10−4Paの真空度に排気している。窒素プラズマ生成手段は、プラズマ生成室、窒素ガス導入管115、マイクロ波発信器114、電磁コイル116、117、PMHアンテナ118から構成される。窒素ガス導入管115からプラズマ生成室に窒素ガスを導入し、マイクロ波発信器114により前記窒素ガスを構成する原子や分子を励起して窒素プラズマを生成する。電磁コイル116、117は、例えば、プラズマ生成室を取り巻くように円形とされたものを互いに離間状態で配置し、同方向に電流を流す。電磁コイル116、117の近傍では強い磁場が形成され、電磁コイル116、117の中間部では弱い磁場が形成される。強い磁場のところでイオンや電子の跳ね返えりが起きるので、一時的に閉じ込められた高エネルギーのプラズマが形成される。
【0071】
PMHアンテナ118は、複数のコイルエレメントの位相を変えて高周波電力(13.56MHz、MAX2kW)を供給するもので、各コイルエレメント間にはより大きな電界差が生じることになる。従って、プラズマ生成室内において発生するプラズマはその全域においてより高密度なものになる。プラズマ生成手段を以上の構成とすることにより、特に励起エネルギーの高い窒素1個からなるNイオンを多く含むプラズマを効率的に生成することができる。
【0072】
生成したプラズマは電磁コイル113により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空チャンバー111内の磁場方向に閉じ込められ、プラズマ生成室から堆積基板132に向かって流れるプラズマ流121となる。
【0073】
プラズマ生成手段の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン122、再昇華用円筒123から構成される。フラーレン昇華オーブン122からプラズマ中に導入されるフラーレン分子124に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン125、フラーレン負イオン126が生成する。プラズマ中の電子温度が高いので、フラーレン正イオン125の生成確率が高い。プラズマ流は、窒素の正イオン、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン、電子からなるプラズマとなる。
【0074】
堆積基板132に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板132に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段はフラーレン昇華オーブン129、フラーレンガス導入管130から構成される。堆積基板132には、バイアス電圧制御電源134により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の正イオンである窒素イオンとフラーレン正イオンからなる衝突イオンが堆積基板132近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突する。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突する窒素イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。
【0075】
プラズマプローブ127によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板132に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ127の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0076】
第五具体例
図5は、本発明の材料膜の製造装置に係る第五具体例の断面図である。本発明の第五具体例は、フラーレンにフッ素イオンとC60からなる衝突イオンを注入し、フッ素内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。
【0077】
製造装置は、真空容器141、電磁コイル143、フッ素プラズマ生成手段、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ155、フラーレン蒸着手段、堆積基板161、バイアス電圧制御手段163から構成される。
【0078】
真空容器141は、真空ポンプ112により約10−4Paの真空度に排気している。フッ素プラズマ生成手段は、プラズマ生成室、原料ガス導入管144、高周波誘導コイル145から構成される。原料ガス導入管144からプラズマ生成室にCFなどの原料ガスを導入し、プラズマ生成室の周囲に配置した高周波誘導コイル145に交流電流を流すことにより、前記原料ガスを構成する粒子を励起し、CF、Fなどのイオンや電子からなるプラズマを発生させる。プラズマ中には、内包フラーレンの生成に必要なフッ素イオン148以外にCFなどのイオン147も含まれる。生成したプラズマは電磁コイル143により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空容器141内の磁場方向に閉じ込められ、プラズマ発生部から堆積基板162に向かって流れるプラズマ流となる。
【0079】
プラズマ生成手段の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン152、再昇華用円筒153から構成される。フラーレン昇華オーブン152からプラズマ中に導入されるフラーレン分子154に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン159が生成する。
【0080】
堆積基板161に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板161に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段はフラーレン昇華オーブン157、フラーレンガス導入管158から構成される。堆積基板161には、バイアス電圧制御電源163により、正のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の負イオンであるフッ素イオンとフラーレン負イオンからなる衝突イオンが堆積基板161近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突する。内包フラーレンの生成に不要なCFなどの正イオンは正のバイアス電圧により斥力を受けるので堆積基板に照射されない。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突するフッ素イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。
【0081】
プラズマプローブ155によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板161に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ155の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0082】
第六具体例
図6は、本発明の材料膜の製造装置に係る第六具体例の断面図である。本発明の第六具体例は、フラーレンにフッ素イオンと塩素イオンからなる衝突イオンを注入し、フッ素内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。
【0083】
製造装置は、真空容器171、電磁コイル173、フッ素/塩素プラズマ生成手段、プラズマプローブ183、フラーレン蒸着手段、堆積基板188、バイアス電圧制御手段190から構成される。
【0084】
真空容器171は、真空ポンプ172により約10−4Paの真空度に排気している。フッ素/塩素プラズマ生成手段は、プラズマ生成室、原料ガス導入管174、高周波誘導コイル175から構成される。原料ガス導入管174からプラズマ生成室にCFClなどの原料ガスを導入し、プラズマ生成室の周囲に配置した高周波誘導コイル175に交流電流を流すことにより、前記原料ガスを構成する粒子を励起し、CF、Cl、Fなどのイオンや電子からなるプラズマを発生させる。プラズマ中には、内包フラーレンの生成に必要なフッ素イオン178、衝突イオンの塩素イオン179以外にCFなどの不要なイオン177も含まれる。生成したプラズマは電磁コイル173により形成された均一磁場(B=2〜7kG)に沿って真空容器171内の磁場方向に閉じ込められ、プラズマ発生部から堆積基板188に向かって流れるプラズマ流となる。
【0085】
堆積基板188に対するプラズマ照射と同時に、フラーレン蒸着手段により堆積基板188に対しフラーレン蒸気を噴射する。フラーレン蒸着手段はフラーレン昇華オーブン185、フラーレンガス導入管186から構成される。堆積基板188には、バイアス電圧制御電源190により、正のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の負イオンであるフッ素イオンと塩素イオンからなる衝突イオンが堆積基板188近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板近傍又は堆積基板上でフラーレン分子に衝突する。内包フラーレンの生成に不要なCFなどの正イオンは正のバイアス電圧により斥力を受けるので堆積基板に照射されない。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突するフッ素イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。
【0086】
プラズマプローブ183によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板188に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ183の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0087】
第七具体例
図7は、本発明の材料膜の製造装置に係る第七具体例の断面図である。第七具体例は、堆積基板上のフラーレン膜にアルカリ金属イオンとC60からなる衝突イオンを照射し、アルカリ金属内包フラーレンを生成する内包フラーレンの製造装置である。アルカリ金属としては、Li、Na、Kなどを用いることが可能である。
【0088】
製造装置は、真空容器201、電磁コイル203、アルカリ金属プラズマ生成手段、グリッド電極211、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ218、堆積基板220、バイアス電圧制御電源222から構成される。
【0089】
真空容器201は、真空ポンプ202により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成手段は、加熱フィラメント204、ホットプレート205、アルカリ金属昇華オーブン206、アルカリ金属ガス導入管207から構成される。昇華オーブン206で発生させたアルカリ金属ガスを導入管207からホットプレート205上に噴射すると、高温のホットプレート上でアルカリ金属原子が電離し、アルカリ金属イオンと電子を含むプラズマとなる。生成したプラズマは電磁コイル203により形成された均一磁場に沿って真空容器201内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート205から堆積基板220に向かって流れるプラズマ流210となる。
【0090】
プラズマ生成手段により生成されたプラズマ流210は、まず、グリッド電極211を通過する。グリッド電極211には、グリッド電圧制御電源212により、制御電圧を印加して、プラズマ中のアルカリ金属イオン密度及び電子温度を制御する。制御電圧は正電圧とするのが好ましい。さらに、制御電圧は10V以上とするのがより好ましい。制御電圧を正電圧とすることによりプラズマ中の電子温度を高くすることが可能である。制御電圧を可変とし、プラズマプローブ218による電子温度の測定値によりグリッド電極211に印加する電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0091】
グリッド電極211の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン213、再昇華用円筒214から構成される。フラーレン昇華オーブン213からプラズマ中に導入されるフラーレン分子215に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン216、フラーレン負イオン217が生成する。この時、プラズマ中の電子はグリッド電極211の作用により電子温度が高くなっているので、フラーレン正イオンの生成確率が高くなる。特に、グリッド電極211に印加する電圧を10V以上とすることによりフラーレン正イオンの生成確率を高くすることができる。その結果、プラズマ流210は、アルカリ金属の正イオン、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン、電子からなるプラズマとなる。
【0092】
堆積基板220上には、予め、蒸着法などの方法により、C60などのフラーレン膜221を堆積しておく。堆積基板220には、バイアス電圧制御電源222により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の正イオンであるアルカリ金属イオンとフラーレン正イオンからなる衝突イオンが堆積基板220近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板上で堆積膜を構成するフラーレン分子に衝突する。フラーレン分子に質量の大きい衝突イオンが衝突するので、フラーレン分子が大きく変形し、フラーレン分子の六員環の開口部が大きくなる。そのため、フラーレン分子に衝突するアルカリ金属イオンはフラーレン分子のケージの中に容易に入りこみ、内包フラーレンの形成効率が高くなる。
【0093】
プラズマプローブ218によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板220に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ218の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包フラーレンの生成効率を最適化してもよい。
【0094】
第七具体例では、堆積基板上のフラーレンからなる堆積膜に対し内包原子の正イオンとフラーレン正イオンからなる衝突イオンを同時照射する場合について説明したが、衝突イオンとしてフラーレン正イオンのかわりにCsやFrなどの正イオンを用いる場合でも内包フラーレン生成効率向上の効果が得られる。また、堆積膜に対し照射する内包原子が負イオンの場合には、負の衝突イオンを用いることにより、内包原子が正イオンの場合と同様に内包フラーレン生成効率向上の効果が得られる。
【0095】
第八具体例
図8は、本発明の材料膜の製造装置に係る第八具体例の断面図である。第八具体例は、堆積基板上のカーボンナノチューブ膜にアルカリ金属イオンとC60からなる衝突イオンを照射し、アルカリ金属内包カーボンナノチューブを生成する内包カーボンナノチューブの製造装置である。アルカリ金属としては、Li、Na、K、Cs、Frなどを用いることが可能である。
【0096】
製造装置は、真空容器231、電磁コイル233、アルカリ金属プラズマ生成手段、グリッド電極241、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ246、堆積基板250、バイアス電圧制御電源252から構成される。
【0097】
真空容器231は、真空ポンプ232により約10−4Paの真空度に排気している。プラズマ生成手段は、加熱フィラメント234、ホットプレート235、アルカリ金属昇華オーブン236、アルカリ金属ガス導入管237から構成される。昇華オーブン236で発生させたアルカリ金属ガスを導入管237からホットプレート235上に噴射すると、高温のホットプレート上でアルカリ金属原子が電離し、アルカリ金属イオンと電子を含むプラズマとなる。生成したプラズマは電磁コイル233により形成された均一磁場に沿って真空容器231内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート235から堆積基板250に向かって流れるプラズマ流240となる。
【0098】
プラズマ生成手段により生成されたプラズマ流240は、まず、グリッド電極241を通過する。グリッド電極241には、グリッド電圧制御電源242により、制御電圧を印加して、プラズマ中のアルカリ金属イオン密度及び電子温度を制御する。制御電圧は正電圧とするのが好ましい。さらに、制御電圧は10V以上とするのがより好ましい。制御電圧を正電圧とすることによりプラズマ中の電子温度を高くすることが可能である。制御電圧を可変とし、プラズマプローブ246による電子温度の測定値によりグリッド電極241に印加する電圧値を制御して内包カーボンナノチューブの生成効率を最適化してもよい。
【0099】
グリッド電極241の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン243、再昇華用円筒244から構成される。フラーレン昇華オーブン243からプラズマ中に導入されるフラーレン分子245に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン249、フラーレン負イオン248が生成する。この時、プラズマ中の電子はグリッド電極241の作用により電子温度が高くなっているので、フラーレン正イオンの生成確率が高くなる。特に、グリッド電極241に印加する電圧を10V以上とすることによりフラーレン正イオンの生成確率を高くすることができる。その結果、プラズマ流240は、アルカリ金属の正イオン、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン、電子からなるプラズマとなる。
【0100】
堆積基板250上には、予め、蒸着法、レーザ蒸発法、アーク放電法などの方法により、カーボンナノチューブ膜251を堆積しておく。堆積基板250には、バイアス電圧制御電源252により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中の正イオンであるアルカリ金属イオンとフラーレン正イオンからなる衝突イオンが堆積基板250近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板上でカーボンナノチューブに衝突する。カーボンナノチューブに質量の大きい衝突イオンが衝突するので、カーボンナノチューブが大きく変形し、カーボンナノチューブを構成する六員環の開口部が大きくなる。そのため、カーボンナノチューブに衝突するアルカリ金属イオンはカーボンナノチューブの筒状体の中に容易に入りこみ、内包カーボンナノチューブの形成効率が高くなる。
【0101】
プラズマプローブ246によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板250に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ246の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包カーボンナノチューブの生成効率を最適化してもよい。
【0102】
本発明の材料膜の製造方法は、カーボンナノチューブに限らず、BNナノチューブなど他のナノチューブに内包物質を内包させる場合や、ナノチューブに内包する物質として、アルカリ金属以外の原子や分子を内包させる場合についても適用することが可能である。衝突イオンとしては、内包イオンが正イオンの場合は、フラーレン正イオンに限らず、Cs、Frなどの正イオン、又は、内包イオンが負イオンの場合は、フラーレンの負イオンや、Cl、Br、Iなどの負イオンを用いることも可能である。
【0103】
第九具体例
本発明の材料膜の製造方法は、イオン化が可能な原子や分子を材料膜に内包する場合だけでなく、イオン化するのが困難な分子を材料膜に内包する分子内包材料の製造方法に適用することも可能である。図9は、本発明の材料膜の製造装置に係る第九具体例の断面図である。第九具体例は、堆積基板上のカーボンナノチューブ膜にC60からなる衝突イオンを照射し、同時にTTF分子からなる蒸気をカーボンナノチューブ膜に噴射して、TTF内包カーボンナノチューブを生成する内包カーボンナノチューブの製造装置である。
【0104】
製造装置は、真空容器261、電磁コイル263、電子プラズマ生成手段、グリッド電極268、フラーレンイオン生成手段、プラズマプローブ273、TTF蒸着手段、堆積基板280、バイアス電圧制御電源282から構成される。
【0105】
真空容器261は、真空ポンプ262により約10−4Paの真空度に排気している。電子プラズマ生成手段は、加熱フィラメント264、ホットプレート265から構成される。真空容器中で加熱フィラメント264によりホットプレート265を加熱することにより熱電子からなるプラズマが発生し、生成したプラズマは電磁コイル263により形成された均一磁場に沿って真空容器261内の磁場方向に閉じ込められ、ホットプレート265から堆積基板280に向かって流れるプラズマ流267となる。
【0106】
電子プラズマ生成手段により生成されたプラズマ流267は、まず、グリッド電極268を通過する。グリッド電極268には、グリッド電圧制御電源269により、制御電圧を印加して、プラズマ中の電子温度を制御する。制御電圧は正電圧とするのが好ましい。さらに、制御電圧は10V以上とするのがより好ましい。制御電圧を正電圧とすることによりプラズマ中の電子温度を高くすることが可能である。制御電圧を可変とし、プラズマプローブ273による電子温度の測定値によりグリッド電極268に印加する電圧値を制御してもよい。
【0107】
グリッド電極268の下流に、プラズマ中でフラーレンイオンを生成するフラーレンイオン生成手段を配置している。フラーレンイオン生成手段は、フラーレン昇華オーブン270、再昇華用円筒271から構成される。フラーレン昇華オーブン270からプラズマ中に導入されるフラーレン分子272に、プラズマ中の電子が作用してフラーレンがイオン化し、フラーレン正イオン276、フラーレン負イオン275が生成する。この時、プラズマ中の電子はグリッド電極268の作用により電子温度が高くなっているので、フラーレン正イオンの生成確率が高くなる。特に、グリッド電極268に印加する電圧を10V以上とすることによりフラーレン正イオンの生成確率を高くすることができる。その結果、プラズマ流267は、フラーレン正イオン、フラーレン負イオン、電子からなるプラズマとなる。
【0108】
堆積基板280上には、予め、蒸着法、レーザ蒸発法、アーク放電法などの方法により、カーボンナノチューブ膜281を堆積しておく。堆積基板280には、バイアス電圧制御電源282により、負のバイアス電圧を印加する。バイアス電圧の作用により、プラズマ中のフラーレン正イオンからなる衝突イオンが堆積基板280近傍で加速エネルギーを得て、堆積基板上でカーボンナノチューブに衝突する。カーボンナノチューブに質量の大きい衝突イオンが衝突するので、カーボンナノチューブが大きく変形し、カーボンナノチューブを構成する六員環の開口部が大きくなる。堆積膜281に対する衝突イオンの照射と同時に、TTF蒸着手段から堆積膜281に対しTTF分子279からなる蒸気を噴射する。TTF分子279はイオン化していないが、噴射により堆積膜281に向けた運動をしている。堆積膜281にTTF分子が衝突した時にカーボンナノチューブが変形し開口部が大きくなっていると、TTF分子がカーボンナノチューブの筒状体の中に入りこむ確率が高くなり内包カーボンナノチューブの形成効率が高くなる。
【0109】
プラズマプローブ273によりプラズマのイオン密度やイオンエネルギーを測定することも可能である。堆積基板280に印加するバイアス電圧を可変とし、プラズマプローブ273の測定値によりバイアス電圧値を制御して内包カーボンナノチューブの生成効率を最適化してもよい。
【0110】
また、堆積基板280に正電圧を印加してフラーレン負イオンを衝突イオンとして堆積膜281に衝突させることにより内包物質の内包効率を向上することも可能である。この場合、フラーレン正イオンを生成する必要がなく、プラズマ中の電子温度を意図的に高くする必要がないので、グリッド電極268、グリッド電圧制御電源269を用いる必要はない。
【0111】
本発明の材料膜の製造方法は、カーボンナノチューブに限らず、BNナノチューブなど他のナノチューブに内包物質を内包させる場合や、ナノチューブに内包する物質として、TTF以外の原子や分子、例えば、TDAE、TMTSF、Pentacene、Tetracene、Anthracene、TCNQ、Alq、FTCNQなどの分子を内包させる場合についても適用することが可能である。衝突イオンとしては、フラーレン正イオン、フラーレン負イオンに限らず、衝突イオン生成手段を用いることにより、Cs、Frなどの正イオン、又は、Cl、Br、Iなどの負イオンを衝突イオンとして用いることも可能である。
【実施例】
【0112】
以下、実施例を挙げて本発明について説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0113】
製造例1
(Li内包フラーレン製造例:イオン密度の制御)
図1に示す周囲に電磁コイルを配置した円筒形状のステンレス製真空容器からなる製造装置を用い、Li内包フラーレンを製造した。使用原料であるLiとC60は、それぞれ、アルドリッチ製Li、フロンティアカーボン製C60を用いた。
【0114】
真空容器1を真空度4.2×10−5Paに排気し、電磁コイル3により、磁場強度0.2Tの磁界を発生させた。アルカリ金属昇華オーブン6に固体状のLiを充填し、480℃の温度に加熱してLiを昇華させ、Liガスを発生させた。発生したLiガスを500℃に加熱したガス導入管7を通して導入し、2500℃に加熱した直径6cmのホットプレート5に噴射した。Li蒸気がホットプレート5表面で電離し、Liの正イオンと電子からなるプラズマ流が発生した。プラズマ流の途中に、格子間隔が1mmの非磁性のステンレス導電線からなるグリッド電極11を配置し、該グリッド電極に電源12により制御電圧を印加した。
さらに、発生したプラズマ流に、フラーレンオーブン15で610℃に加熱、昇華させたC60蒸気を堆積基板18に向けて噴射した。プラズマ流と接触する堆積基板18に−30Vのバイアス電圧を印加し、グリッド電極11に制御電圧を印加して、約1時間の堆積を行い、堆積基板18表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
【0115】
堆積膜を回収し、純水洗浄により内包されなかったLiやLi化合物を除去して、元素分析によりLiと炭素の含有量を調べ、内包フラーレンの含有量を求めた。

元素分析結果
グリッド電極制御電圧 内包フラーレンの含有量(相対値)
−10V 0.8
0V 0.9
10V 1.5
20V 1.2
電圧印加なし 1

【0116】
内包フラーレンの含有量データから、プラズマ流の途中にグリッド電極を設けて、制御電圧を印加することにより、内包フラーレンの生成量を制御できることがわかった。実施例の製造条件では、特に、グリッド制御電圧が+10Vの時に内包フラーレンの生成効率が最大になることがわかった。
【0117】
製造例2
(K内包フラーレン製造例:衝突イオンの照射)
図3に示す周囲に電磁コイルを配置した円筒形状のステンレス製真空容器からなる製造装置を用い、K内包フラーレンを製造した。使用原料であるKとC60は、それぞれ、アルドリッチ製K、フロンティアカーボン製C60を用いた。
【0118】
真空容器81を真空度4.5×10−5Paに排気し、電磁コイル83により、磁場強度0.3Tの磁界を発生させた。アルカリ金属昇華オーブン86に固体状のKを充填し、450℃の温度に加熱してKを昇華させ、Kガスを発生させた。発生したKガスを480℃に加熱したガス導入管87を通して導入し、2500℃に加熱した直径6cmのホットプレート85に噴射した。K蒸気がホットプレート85表面で電離し、Kの正イオンと電子からなるプラズマ流が発生した。プラズマ流の途中に、格子間隔が1mmの非磁性のステンレス導電線からなるグリッド電極91を配置し、該グリッド電極に電源92により+15Vの制御電圧を印加した。
発生したプラズマ流の途中で、フラーレンオーブン93により630℃に加熱、昇華させたC60蒸気をプラズマ流に導入し、フラーレン正イオン96を発生させた。フラーレン正イオンは衝突イオンとして用いる目的で発生させた。さらに、フラーレンオーブン103で600℃に加熱、昇華させたC60蒸気を堆積基板100に向けて噴射した。プラズマ流と接触する堆積基板100に−40Vのバイアス電圧を印加して、約2時間の堆積を行い、堆積基板100表面に内包フラーレンを含む薄膜を堆積した。
【0119】
堆積膜を回収し、純水洗浄により内包されなかったKやK化合物を除去して、元素分析によりKと炭素の含有量を調べ、内包フラーレンの含有量を求めた。

元素分析結果
衝突イオン 内包フラーレンの含有量(相対値)
あり 8
なし 1

【0120】
内包フラーレンの含有量データから、内包イオンと同時に衝突イオンを材料分子に照射することにより、内包フラーレンの生成効率が向上することがわかった。
【産業上の利用可能性】
【0121】
以上のように、本発明に係る材料膜の製造方法及び製造装置は、注入イオン密度の制御性が高く、内包フラーレン、ヘテロフラーレンなどの材料膜の生成条件の最適化が容易である。また、内包イオンと衝突イオンを同時にイオン注入することにより、直径の大きな内包原子や内包分子を内包する材料膜の生成効率向上に有用である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
注入イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマに接触する電位体に制御電圧を印加して前記注入イオンの密度を制御し、均一磁場により前記プラズマを輸送し、前記プラズマを堆積基板に向けて照射し、前記注入イオンと反対の極性のバイアス電圧を前記堆積基板に印加して前記注入イオンに加速エネルギーを与え、材料膜に前記注入イオンを注入することを特徴とする材料膜の製造方法。
【請求項2】
前記堆積基板と前記バイアス電圧を印加するバイアス電源との間に流れる電流を測定することにより前記注入イオンの密度を測定することを特徴とする請求項1記載の材料膜の製造方法。
【請求項3】
内包イオン及び前記内包イオンと同じ極性の衝突イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマを堆積基板に向けて照射し、前記内包イオンと反対の極性のバイアス電圧を前記堆積基板に印加して前記内包イオン及び前記衝突イオンに加速エネルギーを与え、材料膜を構成する材料分子に前記衝突イオンを衝突させ、前記材料分子に前記内包イオンを内包させることを特徴とする材料膜の製造方法。
【請求項4】
前記プラズマを前記堆積基板に向けて照射し、同時に前記堆積基板上に前記材料膜を堆積することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の材料膜の製造方法。
【請求項5】
前記堆積基板上に予め堆積した前記材料膜に前記プラズマを照射することを特徴とする請求項1乃至3のいずれか1項記載の材料膜の製造方法。
【請求項6】
前記注入イオン又は前記内包イオンが、アルカリ金属イオン、窒素イオン、又はハロゲン元素イオンであることを特徴とする請求項1乃至5のいずれか1項記載の材料膜の製造方法。
【請求項7】
衝突イオンを含むプラズマを発生させ、前記プラズマを前記堆積基板上に予め堆積した材料膜に向けて照射し、同時に内包分子を含む蒸気を前記材料膜に向けて噴射し、材料膜を構成する材料分子に前記衝突イオンを衝突させ、同時に前記材料分子に前記内包分子からなる内包物質を内包させることを特徴とする材料膜の製造方法。
【請求項8】
前記内包物質が、TTF、TDAE、TMTSF、Pentacene、Tetracene、Anthracene、TCNQ、Alq、又はFTCNQであることを特徴とする請求項7記載の材料膜の製造方法。
【請求項9】
前記材料膜が、フラーレン又はナノチューブからなる膜であることを特徴とする請求項1乃至8のいずれか1項記載の材料膜の製造方法。
【請求項10】
前記衝突イオンの直径が3.0Å以上であることを特徴とする請求項3乃至9のいずれか1項記載の材料膜の製造方法。
【請求項11】
前記衝突イオンが、フラーレン正イオン又はフラーレン負イオンであることを特徴とする請求項10記載の材料膜の製造方法。
【請求項12】
真空容器と、磁場発生手段と、注入イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、制御電圧を印加して前記注入イオン密度を制御する電位体と、材料膜を堆積する堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置。
【請求項13】
前記電位体が、格子状の導線からなる電位体であることを特徴とする請求項12記載の材料膜の製造装置。
【請求項14】
真空容器と、磁場発生手段と、内包イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、衝突イオンを生成する衝突イオン生成手段と、材料膜を堆積する堆積基板と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置。
【請求項15】
真空容器と、磁場発生手段と、衝突イオンを含むプラズマを生成するプラズマ生成手段と、材料膜を堆積する堆積基板と、内包分子を含む蒸気を前記堆積基板に噴射する内包分子噴射手段と、前記堆積基板にバイアス電圧を印加するバイアス電源とからなる材料膜の製造装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【図6】
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【図7】
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【図8】
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【図9】
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【図10】
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【図11】
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【図12】
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【図13】
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【図14】
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【公開番号】特開2011−246819(P2011−246819A)
【公開日】平成23年12月8日(2011.12.8)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−152654(P2011−152654)
【出願日】平成23年7月11日(2011.7.11)
【分割の表示】特願2006−511256(P2006−511256)の分割
【原出願日】平成17年3月18日(2005.3.18)
【出願人】(510179238)
【Fターム(参考)】