説明

水素吸蔵合金の製造方法

【課題】 常温で有効に水素を吸収、放出でき、優れた水素吸蔵量ならびに有効水素移動量を示し、さらに優れた耐久性を示す水素吸蔵合金を提供する。
【解決手段】 粉末化した水素吸蔵合金に、600℃以上1200℃以下で10分から30時間加熱する歪除去焼鈍を行う。水素吸蔵合金粉末の粒径は10μm以下とするのが望ましく、水素吸蔵合金はBCC相を主体とするものが望ましい。水素化前の初期歪を除去しているため、水素固溶領域が大幅に減少し、初期の水素吸蔵量や有効水素移動量が増大する。粉末化により歪の蓄積や伝播が大幅に減少し、水素吸蔵時の歪の発生が大幅に減少し、吸収プラトーの大幅な増大効果がある他、水素吸蔵放出繰り返しによる劣化率も大幅に改善される。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素貯蔵用材料、熱変換用水素吸収材料、燃料電池用水素供給用材料、Ni−水素電池用負極材料、水素精製回収用材料、水素ガスアクチュエータ用水素吸収材料等に用いられる水素吸蔵合金の製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、水素の貯蔵・輸送用としてボンベ方式や液体水素方式があるが、これらの方式に代わって水素貯蔵合金を使った方式が注目されている。周知のように、水素貯蔵合金は水素と可逆的に反応して、反応熱の出入りを伴って水素を吸蔵、放出する性質を有している。この化学反応を利用して水素を貯蔵、運搬する技術の実用化が図られており、さらに反応熱を利用して、熱貯蔵、熱輸送システム等を構成する技術の開発、実用化が進められている。代表的な水素吸蔵合金としてはLaNi、TiFe、TiMn1.5等がよく知られている。最近では室温付近で大きな有効水素移動量を有する体心立方構造を有する合金(以下、BCC合金とよぶ)に着目が浴びており、特許文献1、特許文献2等で提案されているTiCrV合金や、特許文献3等で提案されているTiCrV合金に対して添加元素を加えて改善を施した合金や、特許文献4、特許文献5、特許文献6等で提案されているTiCr基のBCC合金などがある。また特許文献7等で提案されているように特殊な製法、手法を用いて特性を改善したBCC合金などがある。
【特許文献1】特開平7−252560号公報
【特許文献2】特開2001−247927号公報
【特許文献3】特開2001−3133号公報
【特許文献4】特開2002−212663号公報
【特許文献5】特開2002−363671号公報
【特許文献6】特開2003−64435号公報
【特許文献7】特開平10−245663号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0003】
しかし、上記特許文献に記載された何れの合金も有効水素移動量は2.5%程度にとどまっており、有効水素移動量に関しての大きな改善はなされていない。
各種用途の実用化においては、水素貯蔵材料の特性を一層向上させる必要があり、例えば、水素貯蔵量の増加、原料の低廉化、プラトー特性の改善、耐久性の向上などが大きな課題として挙げられている。中でもV、TiVMn系、TiVCr系合金などのBCC合金は、すでに実用化されているAB型合金やAB型合金に比べ大量の水素を吸蔵することが古くから知られていたが、更なる有効水素移動量の増加、耐久性など改善すべき点が多々ある。
【0004】
V、TiVMn系、TiVCr系合金は約4.0wt%程度の水素を吸蔵することが知られているが、有効に吸蔵・放出できる水素量は、その2/3程度であり、その他は水素と化合した固溶相として残存するため、効率が悪いという欠点もある。例えば、特許文献5に記載された合金では組成の改善により2.5wt%以上の水素吸蔵量があることを示しているが、更なる吸蔵量の増加が必要である。また、水素吸放出繰返しを行うと、合金の劣化率も大きく、水素吸放出繰返しのサイクル数が増すほど、平衡解離圧が大きく低下してしまうため実用材料として困難な面が多々ある。
【0005】
本発明は上記課題を解決することを基本的な目的とし、常温で有効に水素を吸収、放出でき、従来材に比べても優れた水素吸蔵量ならびに有効水素移動量を示し、しかも優れた耐久性を示す水素吸蔵合金を提供することを目的とするものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
すなわち、本発明の水素吸蔵合金の製造方法のうち、請求項1記載の発明は、粉末化した水素吸蔵合金に、600℃以上1200℃以下で10分から30時間加熱する歪除去焼鈍を行うことを特徴とする。
【0007】
請求項2記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項1記載の発明において、前記水素吸蔵合金粉末が、10μm以下であることを特徴とする。
【0008】
請求項3記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項1または2に記載の発明において、前記水素吸蔵合金粉末は、合金溶製後、粉末化処理を施したものであることを特徴とする。
【0009】
請求項4記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項3記載の発明において、前記粉末化処理は、機械粉砕法、水素化粉砕または手粉砕法のいづれか又は組み合わせによって行われることを特徴とする。
【0010】
請求項5記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項3または4に記載の発明において、溶製した水素吸蔵合金に1000℃以上1450℃以下で1分から30時間加熱する均質化処理を行い、その後、前記粉末化処理を施すことを特徴とする。
【0011】
請求項6記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項3〜5のいずれかに記載の発明において、水素吸蔵合金を一方向凝固炉、帯溶融炉、急冷凝固炉またはコールドウォール炉により溶製することを特徴とする。
【0012】
請求項7記載の水素吸蔵合金の製造方法の発明は、請求項1〜6のいずれかに記載の発明において、水素吸蔵合金がBCC相を主体とすることを特徴とする。
【0013】
すなわち、本発明によれば、合金製造時や後述する粉末処理化時に合金に導入される水素化前の歪が歪除去焼鈍によって効果的に除去され、水素固溶領域が大幅に減少する。さらに、合金が粉末化されていることにより歪の蓄積がなされず、水素化による歪の導入や歪の蓄積、伝播が大幅に減少し、耐久性が向上する。
【0014】
なお、歪除去焼鈍は、600℃以上1200℃以下で10分から30時間加熱することにより行う。ここで、歪除去焼鈍の温度、時間が下限未満であると、十分な歪除去作用が得られず、上記効果を得ることが困難になる。一方、加熱温度が1200℃を超えても歪除去の作用は飽和し、無駄であるので、加熱温度の上限を1200℃とする。また、加熱時間が30時間を超えても歪み除去の作用は飽和し、無駄であるので加熱時間の上限を30時間とする。
【0015】
また、水素吸蔵合金粉末の大きさは、実質的に10μm以下とするのが望ましい。10μmを超える大きさになると、上記した歪みの蓄積や伝播を減少させる作用が低下し、上記効果が十分に得られなくなるためである。
【0016】
本発明の水素吸蔵合金は粉末の形態で提供されるが、粉末化処理によって水素吸蔵合金粉末とすることができる。該粉末化処理は既知の方法により行うことができ、本発明としては特定の方法に限定されない。例えば、粗粉砕機、微粉砕機などの機械粉砕法または水素化粉砕、ボールミル粉砕、乳鉢等の手粉砕法のいずれであってもよく、これらの2種以上の手法を組み合わせたものであってもよい。
【0017】
上記粉末化処理は、溶製された水素吸蔵合金を対象として行うことができる。水素吸蔵合金の溶製方法は本発明としては特定の方法に限定しないが、一方向凝固炉、帯溶融炉、急冷凝固炉またはコールドウォール炉による溶解、凝固は、均質性が高く、歪の少ない溶製法であるというの理由により有利である。このように均質性が高く、歪みの少ない溶製法によって得られた合金に対し、粉末化処理、歪除去焼鈍を施すことで、前記歪除去焼鈍による特性改善が顕著になる。
溶製した水素吸蔵合金には均質化処理を施すことができる。該均質化処理によって組織の均質化が得られるとともに、合金製造時の歪みを緩和して後に行う歪み焼鈍の負担を軽減することができる。均質化処理は、特に上記一方向凝固炉などの均質性が高く、歪の少ない溶製法以外の方法によって合金を溶製した場合に有益である。該均質化処理は、1000℃以上1450℃以下で1分から30時間とするのが望ましい。これは加熱温度または加熱時間が下限未満であると上記作用が十分に得られず、加熱温度が1450℃を超えると合金の溶解が生じるためであり、また、加熱時間は30時間を超えても効果は飽和し、無駄である。
【0018】
本発明は、対象となる水素吸蔵合金の種別が限定されるものではないが、特に水素固溶領域が大きく、繰り返し水素吸蔵放出に伴う特性劣化が大きいBCC合金に対して大きな特性改善効果をもたらすことができる。BCC合金の例としては、TiCrV系合金、TiCrMo系合金、TiMnV系合金などを挙げることができる。
【発明の効果】
【0019】
以上のように、この発明によれば、無機系水素吸蔵合金に対して水素化前の初期歪を除去しているため、水素固溶領域が大幅に減少し、初期の水素吸蔵量や有効水素移動量が増大する。さらに、それ以上、歪の蓄積がなされないように微粉末化させて歪の蓄積や伝播が大幅に減少するため、水素吸蔵時の歪の発生が大幅に減少し、吸収プラトーの大幅な増大効果があるほか、水素吸蔵放出繰り返しによる劣化率も大幅に改善される。これは溶解・凝固時に空孔や転位などの歪が存在し、水素吸蔵放出に伴う膨張・収縮による歪が発生するすべての無機系水素吸蔵合金が特性改善の対象となる。
【0020】
この発明によれば、種々温度範囲で大量の水素を有効に吸放出させることができ、プラトー性も良好である上に、水素吸放出に対する合金の耐久性に対して優れた特性を示す。そのため、水素の貯蔵・輸送効率が向上し、長期に渡って合金を使用する場合でも優れた有効水素移動量を保つことができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0021】
以下に、本発明の一実施形態を図1に基づいて説明する。
好適にはBCC構造を有する水素吸蔵合金を、一方向凝固炉、帯溶融炉、急冷凝固炉、コールドウォール炉などにより溶製する。なお、本発明としては特定組成の合金に限定されるものではなく、所望の特性などに応じて適宜の組成を選定することができる。
【0022】
溶製された水素吸蔵合金は、好ましくは1000℃以上1450℃以下で1分から30時間加熱する均質化処理を施す。該均質化処理は、適宜の加熱炉を用いて行うことができ、本発明としては均質化処理を行わないものであっても良い。
水素吸蔵合金は、その後、粉末化処理を施して好適には10μm以下の粒径とする。粉末化処理は、粗粉砕機、微粉砕機などの機械粉砕法や水素化粉砕、ボールミル粉砕、乳鉢等の手粉砕法のいずれか又は適宜の方法を組み合わせて行うことができる。
粉末化された水素吸蔵合金は、その後、600℃以上1200℃以下で10分から30時間加熱する歪除去焼鈍を行う。焼鈍は適宜の加熱炉を用いて行うことができる。該焼鈍によって合金製造時や粉末化処理時に導入された歪みが効果的に除去される。
得られた水素吸蔵合金粉末は、特に室温付近で優れた水素吸蔵放出特性を有しており、好適には粉末状態で水素の吸放出を伴う水素貯蔵用材料、熱変換用水素吸収材料、燃料電池用水素供給用材料、Ni−水素電池用負極材料、水素精製回収用材料、水素ガスアクチュエータ用水素吸収材料等の各種用途に用いることができる。
【実施例1】
【0023】
以下、この発明の実施例を示す。
Ti24Cr3640のBCC合金を帯溶融炉により作製した試料を用意した。そのインゴットを200℃にて2時間脱ガスし、−20℃にて4.5MPaの水素を印加する水素化粉砕を行った。更に300℃×2hの脱水素化を行った後、メノウ乳鉢にて10μm以下になるように微粉砕を行った。その後、1000℃×30minの歪除去焼鈍処理を行い、試料中の歪を除去した。上記供試材について溶製まま材、水素粉砕化後材、歪除去材についてそれぞれXRDを実行し、その回折線角度に対する強度測定を行い、その結果を図2に示した。また、XRDプロファイルについて(110)面の半価幅変化を図3に示した。
【0024】
さらに、上記歪除去を行った合金に対し、100℃×1hの脱水素化を行った後、水素化特性の測定を行った。その結果をPCT線図として図4に示した。また比較材としてTi24Cr3640のBCC合金を帯溶融炉により作製した試料を手粉砕し、通常の75〜300μm程度まで手粉砕し、そのまま100℃×1hの脱水素化後、活性化した後、100℃×1hの脱水素化を行った後、水素化特性の測定を行い、同じくPCT線図として図4に示した。
【0025】
図2、3に見られるように1000℃×30minの歪除去焼鈍処理によりXRDピークがシャープになっており、合金中の歪が除去されていることがわかる。また図4に見られるように、同じインゴットでも本願発明の処理を施すことにより大幅な有効水素移動量が増大することがわかる。ここで、通常のアーク溶解材でも本願発明の処理は有効水素移動量の増加に効果的であるが、特に溶解・鋳造直後の合金よりは帯溶融炉のような均質性が高く、歪の少ない合金が得られる作成方法の方が、本願発明による処理の効果が大きいため、微粉砕前のインゴットはできるだけ均質性が高く、空孔や転位密度が少なくなっていることが望ましい。また本実施例からもわかるように、本願発明により作製された試料は大幅な水素固溶領域の減少効果があることから、大きな有効水素移動量の増大効果を得るためには、通常の作製方法では水素固溶領域が大きいBCC合金に対して実施することが望ましい。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【図1】本発明の一実施工程の行程フローを示す図である。
【図2】同じく実施例において、帯溶融炉により製造した合金の実施例中のXRDプロファイル変化を示す図である。
【図3】同じく、図2のXRDプロファイルについて(110)面の半価幅変化を示す図である。
【図4】同じく、帯溶融炉により製造した合金において、本願発明を施した合金と比較例の合金のPCT線図である。

【特許請求の範囲】
【請求項1】
粉末化した水素吸蔵合金に、600℃以上1200℃以下で10分から30時間加熱する歪除去焼鈍を行うことを特徴とする水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項2】
前記水素吸蔵合金粉末が、10μm以下であることを特徴とする請求項1記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項3】
前記水素吸蔵合金粉末は、合金溶製後、粉末化処理を施したものであることを特徴とする請求項1または2に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項4】
前記粉末化処理は、機械粉砕法、水素化粉砕または手粉砕法のいづれか又は組み合わせによって行われることを特徴とする請求項3記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項5】
溶製した水素吸蔵合金に1000℃以上1450℃以下で1分から30時間加熱する均質化処理を行い、その後、前記粉末化処理を施すことを特徴とする請求項3または4に記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項6】
水素吸蔵合金を一方向凝固炉、帯溶融炉、急冷凝固炉またはコールドウォール炉により溶製することを特徴とする請求項3〜5のいずれかに記載の水素吸蔵合金の製造方法。
【請求項7】
水素吸蔵合金がBCC相を主体とすることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載の水素吸蔵合金の製造方法。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【公開番号】特開2007−84883(P2007−84883A)
【公開日】平成19年4月5日(2007.4.5)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2005−275687(P2005−275687)
【出願日】平成17年9月22日(2005.9.22)
【出願人】(000004215)株式会社日本製鋼所 (840)
【Fターム(参考)】