説明

水素環境下で長寿命である転動部品や歯車の製造方法

【課題】 鋼材および部品の加工性についても考慮して、水素侵入環境下でも長寿命な鋼部品、例えば軸受部品や歯車の製造方法を提供する。
【解決手段】 質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、図2に示すパターンからなる浸炭もしくは浸炭窒化処理により、これらの転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることにより水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法である。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水素が侵入する環境下において長寿命が要求される軸受を代表とする転動部品および歯車に用いられる鋼の熱処理方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車用部品をはじめとする動力伝達部品は環境負荷軽減を目指して小型軽量化が求められている。さらに、これらの部品には、使用環境の過酷化とメンテナンスフリー化といった相反する問題に対応できる特性も同時に要求されている。そのような状況の中で、軸受を代表とする転動部品や歯車においては、例えば潤滑油中に水が侵入する環境で使用された場合、あるいは潤滑油の分解によって水素が発生した場合などで、部品中に水素が侵入すると短期間で剥離や破損等の問題が生じることが知られている。したがって、水素侵入環境下での部品の長寿命化は重要な課題となっている。
【0003】
この問題に対する従来の技術として、Crによる転走面の酸化被膜形成により水素の侵入防止を図るものが提案されている(例えば、特許文献1参照。)。しかしながら、Crによる酸化被膜では根本的な解決にはならず、また使用中に被膜が破断する可能性があるため十分とは言えない。
【0004】
また、従来の技術として、多量のTiもしくはAl添加によりTi炭化物・炭窒化物、もしくはAl窒化物を部品の表面近傍に分散析出させて、異物潤滑下とクリーン潤滑下において転動寿命を延長させている技術が提案されている(例えば、特許文献2参照。)。この技術は、微細に析出したTiもしくはAlの炭化物および炭窒化物が水素のトラップサイトとなること、およびこれらの炭化物・炭窒化物がオーステナイト結晶粒を細かくし、かつ硬度を上昇させることによって耐摩耗性を向上させ、長寿命を達成している。しかしながら、高炭素鋼をベースに、長寿命化に有効なTiもしくはAlの炭化物および炭窒化物が多量に生成し熱間加工性が低下するため、鋼材の圧延や部品へ鍛造する際の加工性に悪影響を及ぼす。さらに部品を切削する際の工具寿命が低下するという問題点もある。
【0005】
さらに従来の技術として、多量のCr含有による組織変化の遅延、Cr炭化物、炭窒化物によるピン留め効果と結晶粒径の微細化による粒界強度向上、組織変化伝播速度の遅延を図るものが提案されている(例えば、特許文献3参照。)。また、さらに従来の技術として、材料中のCrおよびNを高め、残留オーステナイトを安定化させることで白色組織変化を伴う早期剥離を抑制する技術が提案されている(例えば、特許文献4参照。)。しかしながら、これらの発明では、固溶C、N量について規定されていないため、十分とは言えない。また、鋼材として多量のCを含んでいるため、鋼材の圧延や部品へ鍛造が困難であり、さらに部品を切削する際の工具寿命が低下するという問題点もある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特許第3009254号公報
【特許文献2】特許第3591236号公報
【特許文献3】特開2005−147352公報
【特許文献4】特開2007−262449公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】Sanyo Technical Report,15(2008),43.
【非特許文献2】Sanyo Technical Report,16(2009),45.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明の解決しようとする課題は、鋼材および部品の加工性についても考慮して、水素侵入環境下でも長寿命な部品、例えば軸受部品や歯車の製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記のように、部品中に水素が侵入すると白色組織変化を生じ、短期間で剥離や破損等の問題が生じることが知られている。そこで、発明者は水素起因による剥離対策の創出を最終目標として、組織変化の生成機構、ならびに水素と短寿命剥離との因果関係の究明を進めてきた(例えば、非特許文献1、非特許文献2参照。)。その結果、水素起因による早期剥離は、鋼中に侵入した水素の塑性ひずみ局在化作用により、マルテンサイトブロックの界面に針状を呈する組織が形成され、これが疲労の進行によりき裂化して、伝ぱあるいは連結によって大型内部き裂となり、早期剥離を引き起こすこと、並びに白色組織変化は内部き裂の幾何学的な効果により引き起こされる二次的な現象であることを明らかにした。また、その対策としては、マルテンサイトブロック界面への水素の濃化を抑制することが重要であり、そのためにマルテンサイト中の固溶C、固溶Nを低減させることが有効であることを見出した。浸炭もしくは浸炭窒化処理により表層面の(C+N)量を抑えること、あるいはCr、Mo、Vといった炭化物や炭窒化物形成元素の添加並びに焼入れ温度の調整により、固溶C、固溶Nの低減が可能となる。
【0010】
すなわち、課題を解決するための手段として、請求項1の発明では、質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理により該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法である。
【0011】
請求項2の発明では、質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、さらにMo:0.01〜1.20%、V:0.01〜0.50%、Ni:0.10〜2.0%、Nb:0.01〜2.0%、Ti:0.01〜0.17%、B:0.0001〜0.005%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理により該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法である。なお、Bを含有するときは浸炭窒化処理は行わないものとする。
【0012】
請求項3の発明では、質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理し、これらの浸炭もしくは窒化処理後の焼入れ温度をTとするとき、焼入れ温度Tは下記の式(1)を満足するものとし、該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜2.0%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法である。
800℃≦焼入れ温度T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃・・・(1)
【0013】
請求項4の発明では、質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、さらにMo:0.01〜1.20%、V:0.01〜0.50%、Ni:0.10〜2.0%、Nb:0.01〜2.0%、Ti:0.01〜0.17%、B:0.0001〜0.005%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理し、これらの浸炭もしくは窒化処理後の焼入れ温度をTとするとき、焼入れ温度Tは下記の式(1)を満足するものとし、該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜2.0%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法である。なお、Bを含有するときは浸炭窒化処理は行わないものとする。
800℃≦焼入れ温度T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃・・・(1)
【0014】
本願発明における鋼成分の限定理由を以下に説明する。なお、以下%は質量%を示す。
【0015】
C:0.10〜0.45%
Cは、強度を付与するために必要な元素であるが、0.10%未満であると、浸炭、ならびに浸炭窒化後の芯部強度を確保することができず、0.45%を超えると靱性が低下するとともに素材の硬度が上昇して加工性が低下する。そこでCは0.10〜0.45%とし、望ましくは0.14〜0.28%とする。
【0016】
Si:0.01〜1.0%
Siは、鋼の脱酸に有効な元素であるとともに、鋼に必要な焼入性を付与し強度を高めるために添加する。また、焼戻し軟化抵抗を向上するために潤滑不良状態での転動寿命にも有効な元素であるが、1.0%を超えると浸炭、ならびに浸炭窒化特性が低下し、さらに素材硬度が上昇して加工性が低下する。そこでSiは0.01〜1.0%とし、望ましくは、0.10〜0.70%とする。
【0017】
Mn:0.10〜2.0%
Mnは、鋼の焼入性を向上させる元素であるが、0.10%未満では焼入性の向上を確保することができず、また脱酸が不十分であり、2.0%を超えると素材の硬度が上昇して加工性が低下する。そこで、Mnは0.10〜2.0%とし、望ましくは、0.20〜1.60%とする。
【0018】
P:0.030%以下
Pは、粒界に偏析して靱性および疲労強度を低下させて部品強度を低下させる元素であるため、0.030%以下とする。
【0019】
S:0.035%以下
Sは添加すると被削性に有効なMnSを形成するが、MnSは転動疲労寿命、冷間加工性および靱性を劣化させる元素である。そこで、Sは、0.035%以下とする。
【0020】
Cr:1.30〜3.50%
Crは鋼に焼入性や強度向上を与え、さらにCやNと化合物を作ることにより固溶C、固溶Nを低減させ、マルテンサイトのブロック界面への水素の濃化を抑えることに有効である。また、この炭化物あるいは炭窒化物は水素のトラップサイトとなり、水素の無害化にも有効である。Crが1.30%未満では、これらの効果は十分に得られず、3.50%を超えると硬さの上昇を招き加工性が低下する。そこで、Crは、1.30〜3.50%とする。
【0021】
Al:0.003〜0.10%
Alは、鋼の脱酸作用を有すると同時に、窒素と結合してAlNを生成し、結晶粒の粗大化を抑制する効果を有するが、0.003%未満では脱酸効果が不十分であり、0.10%より多くなり過ぎると酸化物が増加して疲労強度を低下し、さらに加工性が低下する。そこで、Alは0.003〜0.10%とする。
【0022】
N:0.004〜0.050%
Nは、鋼中のAlやNbと化合物を生成し、浸炭時におけるオーステナイト結晶粒の粗大化を防止する作用を有するが、Nが0.004%未満であると結晶粒粗大化を防止する効果が小さく、0.050%より多すぎると窒化物が増加して疲労強度および加工性が低下する。そこでNは0.004〜0.050%とする。ただし、後述のBを添加する場合は、Nが存在するとBNが生成してB添加の効果が無くなるため、Nは0.015%以下とする。
【0023】
Mo:0.01〜1.20%
Moは、鋼の焼入性、強度および靱性を向上させる元素であり、さらにCやNと化合物物を作ることにより固溶C、固溶Nを低減させ、マルテンサイトのブロック界面への水素の濃化を抑えることに有効である。また、この炭化物あるいは炭窒化物は水素のトラップサイトとなり、水素の無害化にも有効である。ただし、Moが多すぎると加工性が低下し、かつ鋼材コストが上昇するため、Moは0.01〜1.20%とする。
【0024】
V:0.01〜0.50%
Vは、鋼の焼入性および強度を向上させる元素であり、さらにCやNと化合物を作ることにより固溶C、固溶Nを低減させ、マルテンサイトのブロック界面への水素の濃化を抑えることに有効である。また、この炭化物あるいは炭窒化物は水素のトラップサイトとなり、水素の無害化にも有効である。ただし、Vが多すぎると加工性が低下し、かつ鋼材コストが上昇するため、Vは0.01〜0.50%とする。
【0025】
Ni:0.10〜2.0%
Niは、鋼の焼入性および靱性の向上に有効な元素であるが、0.10%未満ではその効果は小さく、2.0%を超えると素材の硬度が上昇しすぎて加工性を低下させ、かつ、鋼材コストが上昇する。そこでNiは0.1〜2.0%とする。
【0026】
Nb:0.01〜0.20%
Nbは、微細なNbの炭化物および炭窒化物を形成して浸炭時のオーステナイト結晶粒の粗大化を抑制する。また、この炭化物あるいは炭窒化物は水素のトラップサイトとなり、水素の無害化にも有効であるが、0.01%未満ではその効果は小さく、0.20%を超えるとNbの炭化物や炭窒化物が粗大化して結晶粒粗大化抑制効果が低下する。そこで、Nbは0.01〜0.20%とする。
【0027】
Ti:0.01〜0.17%
Tiは、TiCとして鋼中に微細に析出し、鋼を分散強化し、疲労き裂の生成、伝播を抑制する元素である。また、Tiの炭化物あるいは炭窒化物は水素のトラップサイトとなり、水素の無害化にも有効であるが、0.01%以下ではその効果は小さく、0.17%を超えると加工性が低下する。そこで、Tiは0.01〜0.17%とする。
【0028】
B:0.0001〜0.005%
Bは、極微量の添加によって鋼の焼入れ性を著しく向上させる元素であり、かつ粒界に偏析し粒界破壊を抑制することにより浸炭後の疲労強度や衝撃強度を向上させるが、0.0001%未満ではその効果が十分でなく、0.005%を超えてもその効果は飽和する。そこで、Bは0.0001〜0.005%とする。なお、Bを添加する際は窒化は行わず、浸炭のみを行うものとする。
【0029】
浸炭もしくは浸炭窒化処理により表層面の(C+N)量:0.50〜0.75%
上記のように、水素侵入起因の早期破損は、マルテンサイトブロック界面への水素の濃化が原因であり、マルテンサイト中の固溶(C+N)量を0.75%以下に低減させることで長寿命化が可能となる。ただし、転動疲労寿命に必要な硬さを確保するには0.50%以上の(C+N)量が必要なため、浸炭もしくは浸炭窒化処理後の最表面の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることで、水素侵入起因の早期破損を抑制することができる。
【0030】
浸炭もしくは浸炭窒化後の焼入れ温度T:800℃≦T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃、かつ表層面の(C+N)量:0.50〜2.0%
炭化物あるいは炭窒化物を生成するCr、Mo、Vを添加し、上記の式を満足させる温度にて焼入れを行うことにより、マルテンサイト中の固溶(C+N)量を低減させ、上述のように水素起因の早期破損を抑制することが可能となる。ただし、焼入れ温度Tが800℃未満の場合は網目状炭化物が多量に生成するため、800℃≦T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃とする。また、表層面の(C+N)量が2.0%を超えても網目状炭化物が多量に生成するため、表層面の(C+N)量は0.50〜2.0%とする。
【発明の効果】
【0031】
上記の手段としたことで、従来の鋼材からなる部品に水素が侵入すると早期破損等の問題を生じるような水素環境下においても、本発明による部品、例えば軸受部品は、鋼材中に水素が侵入しても剥離を生じることなく、したがって長寿命であり、かつ、本発明における鋼材は被削性も良好であるので、超硬工具の摩耗量が少なく、加工性に優れているなど、本発明は従来にない効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0032】
【図1】スラスト型転動疲労試験片の形状を示し、(a)は正面図、(b)は側面図である。
【図2】熱処理パターンを示し、(a)は浸炭および焼入れを示し、(b)は浸炭窒化及び焼入れを示す、図である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
本発明の実施の形態について以下に説明する。表1に示す化学組成の各成分を含有する本発明の実施の形態における鋼(以下、「実施例鋼」という。)および比較用の鋼(以下、「比較例鋼」という。)を100kg真空溶解炉で溶製して鋼とした。次いで、これらの鋼を1200℃で熱間鍛造して直径65mmの棒鋼に製造し、900℃に90分間保持した後、空冷して焼ならし処理を行った。その後、600℃に4時間保持した後、空冷して低温焼なまし処理を行った。なお、表1の比較例鋼の網かけ部分は本発明の実施例鋼の成分範囲から外れることを示している。さらに、表1の実施例鋼の各成分元素の記載において、本発明における鋼の成分元素の組成範囲に満たない範囲の値は、実操業上の不可避不純物として含有されているものである。
【0034】
【表1】

【0035】
その後、上記で製造した棒鋼から、図1に示す、外径:φ60mm、内径:φ20mm、厚さD:8.3mmである、スラスト型転動疲労試験片1の形状に加工した。
【0036】
この加工した形状のスラスト型転動疲労試験片1を、図2の(a)の浸炭+焼入れパターンに示す、930℃に加熱し、同温度で0.5時間の均熱と3.0時間の浸炭と2.5時間の拡散を行った後、任意の温度T℃に下げ、同温度に0.5時間保持した後、さらに60℃に油中焼入れ(O.Q.)する浸炭焼入れ条件により、種々の表面炭素濃度を狙った浸炭焼入れを行い、スラスト型転動疲労試験片1に準備した。
【0037】
さらにスラスト型転動疲労試験片1を、図2の(b)の浸炭窒化+焼入れパターンに示す、930℃に加熱し、同温度で0.5時間の均熱と3.0時間の浸炭と2.5時間の拡散を行い、任意の温度T℃に下げ、同温度で1.5時間の浸窒処理を施した後、さらに60℃に油中焼入れする浸炭窒化焼入れ条件により、種々の表面炭素濃度および窒素濃度を狙った浸炭窒化焼入れを行い、スラスト型転動疲労試験片1に準備した。
【0038】
その後、これらの準備した全てのスラスト型転動疲労試験片1は、180℃で1.5時間保持する焼戻し処理を行い、仕上げ加工として表面を研磨して、厚さD:8.0mmとし、スラスト型転動疲労試験片1に仕上げた。
【0039】
水素侵入環境を模擬するために、転動試験前のスラスト型転動疲労試験片1に水素チャージを行った。この水素チャージの条件は、濃度20%のチオシアン酸アンモニウム溶液に、比液250ml/枚、50℃で、スラスト型転動疲労試験片1を48時間保持するものとした。水素チャージを行った後、直ちにスラスト型転動疲労試験片1を洗浄してバフ研磨にて試験面の腐食生成物を除去した後、最大接触面圧5.3GPaにてスラスト型転動疲労試験機によって、試験片の表面から剥離までの転動疲労試験のサイクル数を求めた。
【0040】
各鋼種の750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃の計算値(表2において計算温度 T0と記載)、スラスト型転動疲労試験片1の焼入れ温度T、熱処理方法、EPMAにて分析した表面(C+N)量、さらに転動疲労試験によるL50寿命、および、浸炭または浸炭窒化前の低温焼なまし状態での10分間切削後の工具:超硬JIS P20、刃先R:0.4mm、周速:150m/min、切込み:0.5mm、送り:0.25mm/rev、切削油:無し、とする各条件下での、旋削工具摩耗量を併せて表2に示した。なお、表2において、網掛けをしている部分は、表面(C+N)量が0.50〜0.75%を外れており、かつ焼入れ温度T:800℃≦T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃を満足していない場合の焼入れ温度、表面(C+N)量が0.5%未満もしくは2.0%を超えるもの、水素チャージしたスラスト型転動疲労試験片1の転動疲労のL50寿命が15×106サイクル未満、10分間超硬工具摩耗量が0.10mmを超えるものである。
【0041】
【表2】

【0042】
したがって、表2から、実施例鋼のNo.A〜Eは焼入れ温度や表面(C+N)量の調整によって、L50寿命は15×106サイクル以上の結果が得られ、かつ、超硬工具摩耗量も0.10mm以下であったため、長寿命と被削性とを両立している。なお、たとえ本発明の実施例鋼の組成範囲を成分を有するものであっても、表2の焼入れ温度、もしくは表面(C+N)量が外れるものは、固溶(C+N)量が適正ではない、あるいは多量の網目状炭化物が生成するために、L50寿命が15×106サイクル未満であって、網かけで示すように、上記の長寿命の効果は得られていないものであり、本発明の対象外であるので、備考で対象外と示した。
【0043】
比較例鋼のNo.F〜Iについては、No.F〜Hは、L50寿命は優れるが、超硬工具摩耗量が多いもので、すなわち被削性が悪いために、部品の加工工程において問題が発生するので、本発明の対象外であるので、備考で対象外と示した。さらに、比較例鋼のNo.Iは本発明に必要なCrの添加量が少ないため、L50寿命が15×106サイクル未満の低サイクルで剥離に至ったため、本発明の対象外であるので、備考で対象外と示した。
【符号の説明】
【0044】
1 スラスト転動疲労試験片

【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理により該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法。
【請求項2】
質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、さらにMo:0.01〜1.20%、V:0.01〜0.50%、Ni:0.10〜2.0%、Nb:0.01〜2.0%、Ti:0.01〜0.17%、B:0.0001〜0.005%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理により該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜0.75%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法。なお、Bを鋼材に含有するときは浸炭窒化処理は行わないものとする。
【請求項3】
質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理し、これらの浸炭もしくは窒化処理後の焼入れ温度をTとするとき、焼入れ温度Tは下記の式(1)を満足するものとし、該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜2.0%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法。
800℃≦焼入れ温度T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃・・・(1)
【請求項4】
質量%で、C:0.10〜0.45%、Si:0.01〜1.0%、Mn:0.10〜2.0%、P:0.030%以下、S:0.035%以下、Cr:1.30〜3.50%、Al:0.003〜0.10%、N:0.004〜0.050%を含有し、さらにMo:0.01〜1.20%、V:0.01〜0.50%、Ni:0.10〜2.0%、Nb:0.01〜2.0%、Ti:0.01〜0.17%、B:0.0001〜0.005%のうち1種または2種以上を含有し、残部がFeおよび不可避不純物である鋼材からなる転動部品もしくは歯車を、浸炭もしくは浸炭窒化処理し、これらの浸炭もしくは窒化処理後の焼入れ温度をTとするとき、焼入れ温度Tは下記の式(1)を満足するものとし、該転動部品もしくは歯車の鋼材表層面中の(C+N)量を0.50〜2.0%とすることを特徴とする水素環境下での寿命に優れた転動部品もしくは歯車の製造方法。なお、Bを鋼材に含有するときは浸炭窒化処理は行わないものとする。
800℃≦焼入れ温度T≦750℃+39×(Cr%+0.8×Mo%+3×V%)℃・・・(1)

【図1】
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【図2】
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【公開番号】特開2012−36475(P2012−36475A)
【公開日】平成24年2月23日(2012.2.23)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2010−179589(P2010−179589)
【出願日】平成22年8月10日(2010.8.10)
【出願人】(000180070)山陽特殊製鋼株式会社 (601)
【Fターム(参考)】