説明

浸炭検知方法

【課題】従来の浸炭検知方法では検知困難な微細な浸炭をも検知可能な浸炭検知方法を提供する。
【解決手段】本発明は、管内面に浸炭の生じていることが既知である浸炭材P0を励磁コイル11及び検出コイル12に内挿させ、励磁コイルに通電する励磁電流の電流値をI(A)、励磁コイルの長さをL(mm)、励磁コイルの巻き数をN、励磁コイルに通電する励磁電流の周波数をF(kHz)とした場合に、検出コイルからの出力信号に基づき浸炭材に生じている浸炭を検知できるように、下記の式(1)で表されるパラメータKの値を決定した後、このパラメータKの値が得られるように励磁コイルの条件を設定した後、被検査対象である管内面における浸炭の有無を検知することを特徴とする。
K=(I・N/L)・F−3/2 ・・・(1)

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電磁誘導検査法や漏洩磁束検査法などの電磁気検査法によって、管内面における浸炭の有無を検知する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
各種の鉄鋼材料のうち、オーステナイト系ステンレス鋼には浸炭が生じることが知られている。例えば、石油化学プラントのエチレン製造工程での熱分解反応に用いられるクラッキングチューブは、オーステナイト系ステンレス鋼からなり、長時間使用されると内面に浸炭が生じる。また、クラッキングチューブの製造工程では、潤滑油脂の脱脂不良の状態で熱処理を行うことにより浸炭が生じる。斯かる浸炭の発生は、クラッキングチューブの寿命を大きく低減する要因となるため、浸炭の有無を精度良く検知することが望まれている。
【0003】
このため、従来より、プラントに設置されたクラッキングチューブについては、プラントの定期修理の際に、クラッキングチューブの全長に亘る非破壊検査として、電磁誘導検査等の電磁気検査を行い、その出力値の大小により浸炭の有無を検知している。また、クラッキングチューブの製造工程においても、全長に亘る電磁気検査を行ったり、或いは、両端部を切断してミクロ組織観察を行うことにより、浸炭の有無を検知している。
【0004】
一般に、継目無管の製造工程において抽伸加工を施した場合には、管の内面粗さが小さくなるため、内面に付着する潤滑油脂の量が少なくなる。その結果、脱脂不良の状態で熱処理を行うことで生じる浸炭は微細なものとなる。特に、高圧容器内で抽伸加工を施す場合には、管内面が鏡面に近いものとなるため、脱脂不良に起因する浸炭は極めて微細なものとなる。
【0005】
浸炭の有無を検知する方法としては、実用化されていないものを含めて各種の方法(例えば、特許文献1〜7参照)が提案されているものの、何れの方法も上述したような微細な浸炭を検知できるものではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平3−253555号公報
【特許文献2】特開昭62−6153号公報
【特許文献3】特開平4−145358号公報
【特許文献4】特開平6−88807号公報
【特許文献5】特開2000−266727号公報
【特許文献6】特開2004−279054号公報
【特許文献7】特開2004−279055号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、斯かる従来技術に鑑みなされたものであり、従来の浸炭検知方法では検知困難な微細な浸炭をも検知可能な浸炭検知方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するに際し、まず本発明者らは、本発明者らが提案した特開2010−197222号公報に記載のように、内面に微細な浸炭が生じている管の外面にフェライトメータを対向配置し、このフェライトメータによって浸炭部位の磁性強度(フェライト量)を測定したが、有効な指示値が得られなかった。具体的には、内面に微細な浸炭が生じていることをミクロ組織観察で確認した管の10箇所について測定したが、フェライトメータの指示値は、いずれも0.01Fe%以下であった。このように磁性強度が小さいのは、浸炭によって生じる磁性酸化物の生成量が少ないためと推定される。
【0009】
上記の結果を踏まえて、本発明者らは、微細な浸炭を管の外面から検知するのではなく、内面から検知することをまず最初に試みた。具体的には、一般的なきず検査用の内挿コイルを用い、下記の(1)〜(3)の条件で浸炭検知の可否を確認する試験を行った。評価に際しては、内挿コイルから出力された検出信号(絶対値信号)を増幅後に同期検波して、互いに位相が90°異なる第1信号成分及び第2信号成分を分離・抽出した。そして、第1信号成分及び第2信号成分の位相を互いに同一の所定量だけ回転(移相)し、回転後の第1信号成分をX信号、回転後の第2信号成分をY信号とした。なお、上記の回転量(移相量)は、X信号及びY信号をX−Yベクトル平面上に表したときに、X−Yベクトル平面のY軸方向が管のリフトオフ変動に対応し、X軸方向が管の磁性変動に対応するように決定した。
(1)被検査対象:内面に微細な浸炭を有する外径19mm、内径17mmの鋼管13本
(2)内挿コイル:外径16.5mm、長さ2mm、インピーダンス50Ω/100kHz
(3)励磁周波数(検査周波数):25kHz
【0010】
また、上記の被検査対象と同種の鋼管であって浸炭していないものの内面に、巻き数がそれぞれ2.5ターン、6ターンの磁気テープを貼り付け、これら磁気テープから得られる検出信号も上記と同様に評価した。
【0011】
図1は、上記試験の結果を示す図(X信号及びY信号をX−Yベクトル平面上に表した図)である。図1において白抜きの菱形でプロットしたデータは被検査対象の浸炭部位から得られたものを、黒の菱形でプロットしたデータは磁気テープから得られたものを示す。
上記試験のような内挿コイルを用いたきず検査は、きずによる電気抵抗変化を検知するものであり、一般的に高感度の検査が行われるため、磁性変動には敏感である。そして、磁性変動が生じている場合、X信号は磁性変動の大きさに応じた負の値になる(X軸の負の方向にデータがプロットされる)。しかしながら、図1に矢符A、B、Cで示すデータを除き、被検査対象の浸炭部位から得られたデータは正の値となり、浸炭を検知できない結果となった。図1に矢符A、B、Cで示すデータは負の値ではあるものの、最も絶対値の大きな負の値を示すデータ(矢符Aで示すデータ)であっても、巻き数6ターンの磁気テープから得られるデータとX信号の大きさは同程度であり、極めて微弱な磁性変動でしかない。
【0012】
一般的なきず検査用の内挿コイルを用いて微細な浸炭を検知することが困難であるのは、使用される励磁能力(磁場強度)が微弱なことが原因である。つまり、磁性材の磁化特性はB−H曲線で表され、磁場強度が小さい場合の初透磁率は極めて小さく、磁場強度の増加と共に透磁率が大きくなる特性を示す。このため、一般的なきず検査で用いられる内挿コイルでは、微弱な磁性変動しか生じない微細な浸炭を検知できないことが判明した。
微細な磁性変動を検知するには、励磁コイルと検出コイルとを別体に設ける相互誘導法を採用することが好ましいものの、内挿コイルを用いる場合には、管内に挿入するコイル寸法の制約から、大きな励磁コイルを用いる相互誘導法を採用することが困難である。また、磁場強度を高めるには、大きな励磁電流を通電するために、励磁コイルの巻線径と、励磁コイルに励磁電流を供給する数10m程度の長さを有する電気ケーブルの径とを大きくすることが必要になるが、管の内径の制約を受ける。また、電気ケーブルの径を大きくしても、励磁電流を増加させると、励磁コイル自体の発熱が大きくなるため、検出コイルに温度変動が生じ、安定した検出信号(絶対値信号)を得ることが困難になるおそれもある。
さらに、内挿コイルを管内で走行させることになるため、高速走行が困難であると共に、管内に挿入した内挿コイルの引き戻しが必要となるため、管の製造ラインでの自動検査を行うには不向きである。
【0013】
本発明者らは、上記試験の結果を踏まえ、被検査対象である管の外面から当該管の内面における浸炭の有無を検知する方法を再び検討した。具体的には、まず最初に、本発明者らが提案した特開2010−197222号公報の図1に示す方法(以下、従来方法という)を用いて、下記の条件で、管の内面に貼り付けた磁気テープの検出可否を検討した。なお、実際に検知すべき微細な浸炭による磁性変動が微弱であることから、磁気テープとしては、巻き数が1ターン、3ターン、5ターンのものを用いた。また、管内面に貼り付けた磁気テープの磁性強度(フェライト量)をフェライトメータによって測定した。
(1)励磁周波数(検査周波数):500Hz
(2)励磁電流:0.01A
(3)励磁コイルの巻き数:200ターン
(4)励磁コイルの長さ:70mm
【0014】
上記試験の結果を表1に示す。
【表1】

【0015】
表1に示すように、従来法では、巻き数が3ターン以下の磁気テープを検出できなかった。換言すれば、前述した条件では微弱な磁性変動を検知できないため、微細な浸炭を検知できないと考えられる。
そこで、本発明者らは、管の外面から当該管の内面における浸炭の有無を検知する方法において、微細な浸炭(微弱な磁性変動)の検知能力に対する励磁能力(磁場強度)と励磁周波数の影響について、以下のように更に鋭意検討を行った。
【0016】
(1)励磁能力(磁場強度)の影響
励磁コイルと検出コイルとを別体に設ける相互誘導法を採用する場合、磁場強度(励磁電流と単位長さ当たりの励磁コイルの巻き数との積)を大きくすると、これに応じて検出コイルに誘起される電圧も大きくなる。このため、検出コイルの出力信号を処理する信号処理部の感度(信号処理部が具備する増幅器のゲイン)を低くすることができ、電気的ノイズを抑制できる点で有利である。しかしながら、前述のように、磁性材の磁化特性はB−H曲線で表され、磁場強度が小さい場合の初透磁率は極めて小さく、磁場強度の増加に伴って透磁率が増加して最大値を示し、更に磁場強度を増加させると磁束密度が飽和して透磁率は小さくなる。このため、適正な磁場強度を与えなければ、微弱な磁性変動を検知することが困難となる。換言すれば、透磁率が小さい場合には、磁性変動に伴う検出コイルの出力信号(出力電圧)の変化が小さいため、微弱な磁性変動を検知できなくなる。これを信号処理部の感度を高めて補正する場合には、電気的ノイズが増加し、適正な検査ができなくなるおそれがある。
従って、微細な浸炭(微弱な磁性変動)の検知能力は、透磁率を最大化するという点で、励磁能力(磁場強度)に依存するといえる。
【0017】
(2)励磁周波数の影響
管の内面の浸炭により生じる磁性変動を管の外面から検知する場合、表皮効果の影響を軽減して浸透深さを深くするには、励磁周波数を低周波に設定する必要がある。一方、相互誘導法を採用する場合、励磁周波数を過度に低周波にすると、検出コイルに誘起される電圧が小さくなるため、検出コイルの出力信号を処理する信号処理部の感度(信号処理部が具備する増幅器のゲイン)を高める必要がある。このため、電気的なノイズが増加し、適正な検査ができなくなるおそれがある。
従って、微細な浸炭の検知能力は、励磁周波数に依存する。具体的には、浸透深さが励磁周波数の−1/2乗と概ね正の相関を有することと、信号処理部の感度(電気ノイズ)が励磁周波数と負の相関を有する(換言すれば、励磁周波数の−1乗と正の相関を有する)と考えられることから、微細な浸炭の検知能力は、励磁周波数の−3/2乗に依存することを見出した。
【0018】
本発明者らは、上記の検討の結果に基づき、励磁コイルに通電する励磁電流の電流値をI(A)、励磁コイルの長さをL(mm)、励磁コイルの巻き数をN、励磁コイルに通電する励磁電流の周波数をF(kHz)とした場合に、下記の式(1)で表されるパラメータKが、浸炭検知能力の指標になり得ると考えた。
K=(I・N/L)・F−3/2 ・・・(1)
【0019】
図2は、相互誘導法を用いて浸炭が生じていない管の内面に貼り付けた磁気テープから得られた検出信号と、パラメータKとの関係を調査した試験結果の一例を示す図である。図2の横軸はパラメータKを、縦軸は検出信号を示す。具体的には、本試験では、後述する図3に記載の渦流検査装置100を用いて、励磁コイル11の条件(励磁電流等)を変えることによりパラメータKの値を変更した。そして、各パラメータKの値に対応する、巻き数1ターン及び3ターンの磁気テープから得られる検出信号(具体的には、検出コイル12から出力された絶対値信号を信号処理することによる得られるX軸信号)の値を評価した。
図2に示すように、パラメータKの値を増加させると、各磁気テープから得られる検出信号(X軸信号)の絶対値も増加し(換言すれば、浸炭検知能力が高まり)、両者は比較的良好な相関関係を有していることがわかる。この結果より、本発明者らは、パラメータKが浸炭検知能力の指標になり得ることを確認した。そして、本発明者らは、パラメータKの値を適切に調整することにより、微細な浸炭を検知できることを見出した。
【0020】
本発明は、本発明者らの上記知見に基づき完成したものである。
すなわち、本発明は、以下の第1ステップ及び第2ステップを含むことを特徴とする。
(1)第1ステップ
管内面に浸炭の生じていることが既知である浸炭材を励磁コイル及び検出コイルに内挿させ、前記励磁コイルに通電する励磁電流の電流値をI(A)、前記励磁コイルの長さをL(mm)、前記励磁コイルの巻き数をN、前記励磁コイルに通電する励磁電流の周波数をF(kHz)とした場合に、前記検出コイルの出力信号に基づき前記浸炭材に生じている浸炭を検知できるように、下記の式(1)で表されるパラメータKの値を決定する。
K=(I・N/L)・F−3/2 ・・・(1)
(2)第2ステップ
前記決定したパラメータKの値が得られるように前記励磁コイルの条件を設定した後、被検査対象である管を前記励磁コイル及び前記検出コイルに内挿させ、前記検出コイルの出力信号に基づき前記管内面における浸炭の有無を検知する。
【0021】
本発明によれば、第1ステップにおいて、浸炭材の浸炭を検知できるようにパラメータKの値を決定することになる。このパラメータKは、式(1)から明らかなように、磁場強度(I・N/L)に比例すると共に、励磁周波数Fの−3/2乗に比例する。前述のように、浸炭検知能力は、磁場強度と励磁周波数の−3/2乗とに依存すると考えられるため、式(1)で表されるパラメータKは、浸炭検知能力を表す指標であるといえる。従って、微細な浸炭を検知するには、浸炭材として微細な浸炭の生じているものを用意し、この浸炭を検知できるようにパラメータKの値を決定する、すなわち、浸炭検知能力を調整すればよい。
次に、本発明によれば、第2ステップにおいて、第1ステップで決定したパラメータKの値が得られるように励磁コイルの条件を設定した後、被検査対象である管内面における浸炭の有無が検知される。前述のように、第1ステップにおいて浸炭材の浸炭を検知できるようにパラメータKの値が決定されているため、このパラメータKの値が得られるように励磁コイルの条件を設定した後に被検査対象である管を検査すれば、当該管についても、パラメータKの値を決定するために用いた浸炭材に生じている浸炭と同等程度の浸炭を検知可能であることが期待できる。
【0022】
本発明者らが微細な浸炭を検知するために検討したところ、具体的には、パラメータKの値を4≦K≦8に設定することが好ましいことがわかった。
すなわち、前記第2ステップにおいて、前記パラメータKの値が4≦K≦8を満足するように前記励磁コイルの条件を設定することが好ましい。
【発明の効果】
【0023】
本発明に係る浸炭検知方法によれば、従来の浸炭検知方法では検知困難な微細な浸炭をも検知可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【図1】図1は、本発明らが内挿コイルを用いて行った試験の結果を示す図である。
【図2】図2は、相互誘導法を用いて浸炭が生じていない管の内面に貼り付けた磁気テープから得られた検出信号と、パラメータKとの関係を調査した試験結果の一例を示す図である。
【図3】図3は、本発明の一実施形態に係る浸炭検知方法に用いる渦流検査装置の概略構成を示す模式図である。
【図4】図4は、図3に示す渦流検査装置が備える位相回転器から出力されるX信号及びY信号をX−Yベクトル平面上に表した模式図である。
【図5】図5は、図3に示す渦流検査装置を用いて複数の浸炭材から得られた検出信号と、パラメータKとの関係を調査した試験結果の一例を示す図である。
【図6】図6(a)は、図5に示すデータの中から4≦K≦8のデータを抜き出して、検出信号と浸炭深さとの関係を調査した結果を示す図である。図6(b)は、図6(a)に示すデータからK=8のデータを除外して(除外後は4≦K≦6)プロットした図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付図面を参照しつつ、本発明の一実施形態について、管が鋼管であり、電磁気検査として渦流検査を行う場合を例に挙げて説明する。
【0026】
図3は、本発明の一実施形態に係る浸炭検知方法に用いる渦流検査装置の概略構成を示す模式図である。
図3に示すように、本実施形態の渦流検査装置100は、検出センサ1と、信号処理部2とを備えている。図3において、検出センサ1は断面で図示されている。
【0027】
検出センサ1は、鋼管Pに交流磁界を作用させて渦電流を誘起すると共に、鋼管Pに誘起された渦電流を検出するように構成されている。具体的には、本実施形態の検出センサ1は、内挿された鋼管Pに交流磁界を作用させる励磁コイル11と、内挿された鋼管Pに誘起された渦電流を検出する単一の検出コイル12とを備える。
【0028】
信号処理部2は、検出センサ1に交流の励磁電流を通電すると共に、検出センサ1から出力された検出信号(絶対値信号)に基づいて、鋼管Pの内面における浸炭の有無を検知するように構成されている。具体的には、本実施形態の信号処理部2は、発振器21、増幅器22、同期検波器23、位相回転器24、A/D変換器26及び判定部27を備える。
【0029】
発振器21は、検出センサ1(具体的には、検出センサ1の励磁コイル11)に交流の励磁電流を供給する。これにより、前述のように、鋼管Pに交流磁界が作用し、鋼管Pに渦電流が誘起される。
【0030】
検出センサ1(具体的には、検出センサ1の検出コイル12)から出力された絶対値信号は、増幅器22によって増幅された後、同期検波器23に出力される。
【0031】
同期検波器23は、発振器21から出力される参照信号に基づき、増幅器22の出力信号を同期検波する。具体的に説明すれば、発振器21から同期検波器23に向けて、検出センサ1に供給する励磁電流と同一の周波数で同一の位相を有する第1参照信号と、該第1参照信号の位相を90°だけ移相した第2参照信号とが出力される。そして、同期検波器23は、増幅器22の出力信号から、第1参照信号の位相と同位相の信号成分(第1信号成分)及び第2参照信号の位相と同位相の信号成分(第2信号成分)を分離・抽出する。分離・抽出された第1信号成分及び第2信号成分は、それぞれ位相回転器24に出力される。
【0032】
位相回転器24は、同期検波器23から出力された第1信号成分及び第2信号成分の位相を互いに同一の所定量だけ回転(移相)し、例えば、第1信号成分をX信号、第2信号成分をY信号として、A/D変換器26に出力する。なお、位相回転器24から出力されるX信号及びY信号は、互いに直交する2軸(X軸、Y軸)で表されるX−Yベクトル平面において、きず検査等で用いるいわゆるリサージュ波形と称される信号波形(すなわち、振幅をZ、位相をθとして極座標(Z、θ)で表した検出センサ1の絶対値信号波形(正確には、増幅器22によって増幅した後の絶対値信号波形))を、X軸及びY軸にそれぞれ投影した成分に相当することになる。
【0033】
図4は、位相回転器24から出力されるX信号及びY信号をX−Yベクトル平面上に表した模式図である。
まず、内面に浸炭の生じていない鋼管(以下、基準材という)を検出センサ1に挿入しない状態で、X信号及びY信号が0となるように(X信号及びY信号をそれぞれX軸成分及びY軸成分とするベクトルの先端に相当するスポットが図4に示すバランス点(原点)に位置するように)、増幅器22の前段に配置されたバランス回路(図示せず)のバランス量を調整して、同期検波器23から出力される第1信号成分及び第2信号成分をそれぞれ0とする。
次に、基準材を検出センサ1に挿入し停止させて、X信号が0で、Y信号が所定の電圧(例えば、4V)となるように(ベクトルの先端が図4に示す基準点に位置するように)、増幅器22の増幅率及び位相回転器24の位相回転量を調整する。
【0034】
上記の調整を事前に行った後、被検査対象である鋼管Pを軸方向に移動させて検出センサ1に挿入することにより、X信号及びY信号が取得されることになる。
【0035】
A/D変換器26は、位相回転器24の出力信号をA/D変換し、判定部27に出力する。
【0036】
判定部27は、A/D変換器26の出力データ(すなわち、X信号及びY信号をA/D変換したデジタルデータ。以下、X信号データ及びY信号データという)に基づいて、鋼管Pの内面における浸炭の有無を検知する。図3に示すように、鋼管Pの磁性変動に応じて、ベクトルの先端位置は変動するが、その変動量はY軸方向よりもX軸方向に大きい。このため、本実施形態の判定部27は、入力されたX信号データ及びY信号データのうち、X信号データを用いて浸炭の有無を検知している。具体的には、本実施形態の判定部27は、入力されたX信号データと、予め決定され記憶されたしきい値とを比較し、X信号データが前記しきい値を越えていれば、鋼管Pの内面に浸炭が生じていると判定し、X信号データがしきい値前記以内であれば、鋼管Pの内面に浸炭が生じていないと判定する。
【0037】
以上に説明した構成を有する渦流検査装置100を用いて鋼管P内面の浸炭を検知するに際しては、事前に、内面に微細な浸炭の生じていることが既知である浸炭材P0を励磁コイル11及び検出コイル12に内挿させる(図3参照)。そして、検出コイル12からの出力信号(具体的には、X信号データ)に基づき浸炭材P0に生じている浸炭を検知できるように、下記の式(1)で表されるパラメータKの値を決定しておく。
K=(I・N/L)・F−3/2 ・・・(1)
上記式(1)において、Iは励磁コイル11に通電する励磁電流の電流値(A)を、Lは励磁コイル11の長さ(mm)、Nは励磁コイル11の巻き数、Fは励磁コイル11に通電する励磁電流の周波数を(kHz)を意味する。
【0038】
そして、上記のようにして決定したパラメータKの値が得られるように励磁コイル11の条件(励磁電流の電流値、励磁コイルの長さ、励磁コイルの巻き数、励磁電流の周波数)を設定した後、被検査対象である鋼管Pを励磁コイル11及び検出コイル12に内挿させ、検出コイル12からの出力信号(具体的には、X信号データ)に基づき鋼管P内面における浸炭の有無を検知する。
【0039】
図5は、下記の試験条件の下、渦流検査装置100を用いて複数の浸炭材P0から得られた検出信号と、パラメータKとの関係を調査した試験結果の一例を示す図である。図5の横軸はパラメータKを、縦軸は検出信号を示す。具体的には、本試験では、渦流検査装置100の励磁コイル11の条件を変えることによりパラメータKの値を変更した。そして、各パラメータKの値に対応する、複数の浸炭材P0から得られる検出信号(具体的には、検出コイル12から出力された絶対値信号を信号処理することによる得られるX軸信号)の値を評価した。なお、図5において、同一の記号でプロットされたデータは、同一の浸炭材P0から得られたものである。なお、各浸炭材P0の浸炭部位の磁性強度(フェライト量)は、全て0.01Fe%以下であった。
<試験条件>
(1)励磁電流の周波数F:0.3〜1kHz
(2)励磁電流の電流値I:0.1〜1A
(3)励磁コイルの長さL:70mm
(4)励磁コイルの巻き数N:200ターン
(5)浸炭材の材質:高Niオーステナイト系ステンレス鋼
(6)浸炭材の外径:φ15〜25mm
(7)浸炭材の肉厚:0.9〜1.25mm
(8)浸炭材の浸炭深さ:27〜46μm
【0040】
図5に示すように、4≦K≦8のときには、X信号が負の値となることから、浸炭材P0内面の浸炭部位によって生じる磁性変動を検知可能である。
なお、4>Kのときには、励磁電流の電流値が小さいため、あるいは、励磁周波数が高く浸透深さが浅いため、浸炭材P0内面における磁場強度が小さくなる。その結果、浸炭材P0の透磁率が小さくなり、浸炭に伴う磁性変動を精度良く検知できない。一方、8<Kのときには、励磁電流の周波数が低周波であるため、浸透深さは深くなるものの、検出コイル12に誘起される電圧が低下して信号処理部2の感度(増幅器22のゲイン)が高くなる。このため、磁性変動に比べて導電率変動の影響が大きくなる。この結果、X信号が正の値になるものと考えられる。
【0041】
従って、4≦K≦8となるように励磁コイル11の条件を設定し、判定部27に記憶するしきい値を例えば0とした後、被検査対象である鋼管Pを検査すれば、鋼管P内面における浸炭の有無を検知可能であるといえる。
【0042】
図6(a)は、図5に示すデータの中から4≦K≦8のデータを抜き出して、検出信号と浸炭深さとの関係を調査した結果を示す図である。図6(b)は、図6(a)に示すデータからK=8のデータを除外して(除外後は4≦K≦6)プロットした図である。なお、図6(a)、(b)において、同一の記号でプロットされたデータは、同一のKの値を有するデータである。
【0043】
図6(a)に示すように、検出信号と浸炭深さとは比較的良好な相関を示している。従って、検出信号の大きさから浸炭深さをある程度予測可能である。ただし、K=8の場合には、検出信号の絶対値が小さくなる場合がある(図6(a)中に点線で囲ったデータ)ため、図6(b)に示すように、4≦K≦6とすることが好ましい。
【符号の説明】
【0044】
1・・・検出センサ
2・・・信号処理部
11・・・励磁コイル
12・・・励磁コイル
21・・・発振器
22・・・増幅器
23・・・同期検波器
24・・・位相回転器
26・・・A/D変換器
27・・・判定部
100・・・渦流検査装置
P・・・鋼管
P0・・・浸炭材

【特許請求の範囲】
【請求項1】
電磁気検査によって管内面における浸炭の有無を検知する方法であって、
管内面に浸炭の生じていることが既知である浸炭材を励磁コイル及び検出コイルに内挿させ、前記励磁コイルに通電する励磁電流の電流値をI(A)、前記励磁コイルの長さをL(mm)、前記励磁コイルの巻き数をN、前記励磁コイルに通電する励磁電流の周波数をF(kHz)とした場合に、前記検出コイルからの出力信号に基づき前記浸炭材に生じている浸炭を検知できるように、下記の式(1)で表されるパラメータKの値を決定する第1ステップと、
前記決定したパラメータKの値が得られるように前記励磁コイルの条件を設定した後、被検査対象である管を前記励磁コイル及び前記検出コイルに内挿させ、前記検出コイルからの出力信号に基づき前記管内面における浸炭の有無を検知する第2ステップと、
を含むことを特徴とする管内面の浸炭検知方法。
K=(I・N/L)・F−3/2 ・・・(1)
【請求項2】
前記第2ステップにおいて、前記パラメータKの値が4≦K≦8を満足するように前記励磁コイルの条件を設定することを特徴とする請求項1に記載の管内面の浸炭検知方法。

【図1】
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【図3】
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【図4】
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【図2】
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【図5】
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【図6】
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【公開番号】特開2013−92418(P2013−92418A)
【公開日】平成25年5月16日(2013.5.16)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2011−233881(P2011−233881)
【出願日】平成23年10月25日(2011.10.25)
【出願人】(000006655)新日鐵住金株式会社 (6,474)
【Fターム(参考)】