説明

液体吐出ヘッド、及び液体吐出装置

【課題】 圧電体薄膜素子が液室より長く形成された液体吐出装置において、液室と圧電体薄膜素子が交差する周辺領域で駆動時に破壊が生じてしまうという問題を、簡易な方法で解決すること。
【解決手段】 圧電体素子が液室の短い方の幅より小さく、液室の長い方の長さより長く形成されているインクジェットヘッドにおいて、圧電体素子と液室は、液室の短い方で交差し、かつ液室の短い方が徐々に先細りとなる形状であるようにする。

【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液体に圧電体素子を用いたアクチュエータからエネルギーを加えることによって所望の液体を吐出する液体吐出ヘッドおよび、これを用いた液体吐出装置に関する。
【背景技術】
【0002】
液体吐出装置を用いたプリンタが印字性能が良く低コストなので、パソコンの印刷装置として広く利用されるようになっている。この液体吐出装置には、熱エネルギーによって液に気泡を発生させその気泡による圧力波により液滴を吐出させるもの、静電力により液体を吸引吐出させるもの、圧電体素子のような振動子による圧力波を利用して液滴を吐出させるもの等が開発されている。
【0003】
上記のうち圧電体素子を用いたものは、液滴量の制御が正確であることや吐出材料の制限が少ないことなどのメリットがあり印刷装置だけでなく配線描画などの産業用途にも利用されている。構成としては吐出口に連通した流路と、流路の一部に形成された液室、この液室に対応して設けられた振動板、振動板に接して形成された圧電体素子などを有する。圧電体素子は、下電極と圧電体層及び上電極から成り、圧電体素子に所定の電圧を印加すると圧電体素子が伸縮することによって、圧電体素子と振動板とが一体となって振動を起こして液室内の液が圧縮され、それにより吐出口から液滴が吐出する。
【0004】
圧電体素子は特許文献1に見られるように、振動板の表面全体に成膜技術により均一な圧電材料層を形成し、この圧電材料層をリソグラフィ技術により圧力発生室に対応する形状に切り分けて各圧力発生室毎に独立するように圧電体素子を形成したものが提案されている。これによれば圧電体素子を振動板に貼付ける作業が不要となって、リソグラフィ技術という精密でかつ簡便な手法で圧電体素子を形成することができるばかりでなく、圧電体素子の厚みを薄くできて高速駆動が可能になるという利点がある。
【0005】
このような圧電体薄膜素子を使った液体吐出装置において、液室の領域外で外部信号線と接合するために、圧電体薄膜素子を液室より長く形成することがある。メンブレン形状となる破損しやすい領域ではなく液室外の破損しにくい領域で接合できるからである。
【0006】
このような構成の液体吐出装置において大きな電圧を印加して駆動させたり、長時間駆動させたりした場合、液室と圧電体薄膜素子が交差する周辺領域において破壊が生じることがある。この領域で大きな応力差が生じるからである。
【0007】
これを解決する手段として、[特許文献2]〜[特許文献5]では、液室周辺に応力抑制層(金属や絶縁膜膜)を設ける方法、[特許文献6]では、液室周辺に振動板と圧電体薄膜素子が接しない空間を設ける方法、[特許文献7]と[特許文献8]では、液室周辺の下電極の一部を除去する方法を提案している。
【特許文献1】特開平5-286131号公報
【特許文献2】特開平11-157062号公報
【特許文献3】特開平11-157069号公報
【特許文献4】特開2000-225699号公報
【特許文献5】特開2004-17613号公報
【特許文献6】特開2001-096747号公報
【特許文献7】特開2000-211134号公報
【特許文献8】特開2000-246897号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、液室周辺に応力抑制層(金属や絶縁膜膜)を設ける方法は、(1)工程数が増えること(2)応力抑制層の端部近傍での応力の変化は存在してしまうことなどの問題がある。液室周辺に振動板と圧電体薄膜素子が接しない空間を設ける方法は、(1)工程数が増えること(2)空間部分で外部の物理的負荷に弱くなってしまい空間部分が形成されてからの工程で破損し易いという問題がある。液室周辺の下電極の一部を除去する方法は、(1)工程数が増えること(2)圧電体薄膜を結晶化させるための高温焼成時に、下電極のある部分と無い部分の境界における応力差によるクラックが発生しやすいことなどの問題がある。
【0009】
本発明はこのような事情に鑑みてなされたものであって、その目的は、圧電体薄膜素子が液室より長く形成された液体吐出装置において、液室と圧電体薄膜素子が交差する周辺領域で駆動時に破壊が生じてしまうという問題を、簡易な方法で解決することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
発明者等は上記の目的を達成するために本発明では、少なくとも吐出口と、吐出口に連通する細長い液室、液室に対応する領域に振動板、振動板上に下電極と圧電体層及び上電極を含む圧電体素子を有し、圧電体素子が液室の短い方の幅より小さく、液室の長い方の長さより長く形成されているインクジェットヘッドにおいて、圧電体素子と液室は、液室の短い方で交差し、かつ液室の短い方が徐々に先細りとなる形状であることを特徴とする。これにより、液室周辺部分の駆動部分から非駆動部分にいたる領域での応力はじょじょに減っていくので、駆動時の破壊を簡易に減らすことが可能となる。
【0011】
また圧電体層が気相法による薄膜でされていることを特徴とする。気相法で形成されたクラックなどの生じやすい薄膜で本発明の効果が大きいからである。
【0012】
また圧電素子がベンドモードで変位することを特徴とする。圧電体薄膜素子においてベンドモードでの変位が大きな変位を生むことができ、この時に本発明の効果が大きいからである。
【0013】
また上記の液体吐出ヘッドを用いれば、信頼性の高い液体吐出装置を作ることが可能となる。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、圧電体薄膜素子が液室より長く形成された液体吐出装置において、液室と圧電体薄膜素子が交差する周辺領域で駆動時に破壊が生じてしまうという問題を簡易な方法で解決することができる。
【発明を実施するための最良の形態】
【0015】
次に、本発明の詳細を実施の形態の記述に従って説明する。
【0016】
図1は本発明による液体吐出ヘッドに適用する圧電体素子実施態様例の模式図である。基板101には液室となる自由空間102が形成されている。液室上には、振動板103、圧電体薄膜105、上電極106、下電極104等が形成されている。
【0017】
液室端部(短い側)の形状を先細りにするには様々であるが、検討の結果、概ね一定の割合で先細りすること、さらに好ましくは先細り形状の接線と液室の長い方となす角度の狭い方(図2のA)が45度以下で破壊しにくいことが検討により分かった。この際、先細りの先端は液室に対して十分小さい大きさであれば、アールがついていても破壊することは無いことも分かった。問題のないアールの大きさ(図2のR)は概ね圧電体薄膜素子の幅(図2のL)の3分の1以下である。
【0018】
以下に、本発明を図面を用いて説明する。図3は本発明の液体吐出ヘッドに用いられる圧電体素子の製造方法を模式的に示す工程図である。以下に各工程について説明する。尚、以下の工程(a)〜(g)は図3(a)〜図3(g)に対応する。
【0019】
(a)
基板301を用意する。本発明において、基板としてはSi基板やSOI基板、ガラス基板、MgO基板、Al2O3基板などを用いることができるが、微細加工技術による高密度な駆動回路を作成しやすい点や酸化して良質な絶縁膜を形成しやすい点から好適にSi基板もしくはSOI基板を用いる。基板を微細加工する方法としてはRIE/DeepRIE(ICP)などのドライエッチングやTMAH(テトラ・メチル・アンモニウム・ハイドライド)/KOH(水酸化カリウム)による異方性エッチング、サンドブラストなどによる方法が可能であるが、深い微細加工が容易なDeepRIE(ICP)を好適に用いる。
【0020】
Si基板とSOI基板を比較した場合、Si層302、埋め込みSiO2層303、薄膜Si層304から成るSOI基板は、薄膜Siを振動板にすることで膜厚精度の良い、剛性の高い振動板を形成することができるのでより好ましい。以下、SOI基板を例に説明する。
【0021】
(b)
基板に熱酸化法やCVD法などでSiO2を形成する。リソグラフィ技術によって後に液室となる自由空間305を設けるための所望のエッチングマスク層306をSi側に形成する。本発明においてエッチングマスクは、上述したような条件で液室端部(短い側)の形状が先細りにするような形状に設計する。
【0022】
(c)
下電極307を形成する。下電極としては導電性が高く、圧電体薄膜形成工程等の焼成などに耐えうるものの中から適宜選択される。好ましいものの例としては、Pt、Au、Pd、Ir、Rh、Ruなどの貴金属材料が挙げられる。また、これら貴金属材料からなる合金や積層膜なども用いることができる。成膜方法としては膜厚制御が容易で膜厚分布も良好な蒸着法、スパッタ法などの気相法を用いる。厚さは適宜決定されてよいが、抵抗および応力の点から0.1〜1μm程度が好ましい。
【0023】
下地の基板との密着性を向上させるために密着層を形成しても良い。密着層の材料としてはTi、Ta、とその酸化物や窒化物があげられる。成膜方法としては膜厚制御が容易で膜厚分布も良好な蒸着法、スパッタ法などの気相法を用いる。厚さは適宜決定されてよいが、おおむね0.1μm以下が程度が好ましい。
【0024】
(d)
下電極上に蒸着法、スパッタ法などの気相法を用いて圧電体薄膜308の成膜および焼成を行う。圧電体薄膜の材料としては圧電性を有する様々な膜を用いることができるが、特にPbを含むペロブスカイト構造酸化物が望ましい。例えば、Pb(Zr,Ti)O3、(Pb,La)(Zr,Ti)O3等がその代表例として挙げられる。特に、Pb(Zr,Ti)O3(所謂PZTと表される)は圧電特性に優れ、材料として好ましい。又、最近注目を浴びているPb(Zn,Nb)O3−PbTiO3固溶体(所謂PZN−PTと表される)やPb(Mg,Nb)O3−PbTiO3固溶体(所謂PMN−PTと表される)等もPZTを大きく上回る非常に大きな圧電特性を有し、材料として好ましい。
【0025】
その後 形成した膜を酸素雰囲気中で結晶化を行う。
【0026】
(e)
圧電体薄膜上に上電極309を形成する。上電極としては電極として慣用されているものを利用することができ、Cu、Ag、Au、Pt、Pd、Ir、Rh、Ruなどの貴金属材料を用いることができる。
【0027】
(f)
リソグラフィ技術を利用して、上電極と圧電体薄膜の幅が液室より小さく、かつ液室の長い側より長くなるようにパターニングする。下電極についても所望の形状にパターニングする。
【0028】
(g)
DeepRIE(ICP)を用いて、液室となる自由空間305を形成する。SF6、C4F8を用いたBOSHプロセスを利用し、埋め込みSiO2層をエッチングストップ層にして液室を形成する。埋め込みSiO2層は変位の阻害となるので、ウェットまたはドライエッチングで除去する。
【0029】
以上で本発明の液体吐出ヘッドに用いられる圧電体素子の製造工程が完了する。この後、図4のように吐出口などが形成されたノズルプレート401を自由空間側に接合したり、図5のように振動板側に圧力発生室や吐出口などが形成されたノズルプレート501を接合することで液体吐出ヘッドを製造することが出来る。
【0030】
次に本発明の実施例を説明する。
【0031】
(実施例1)
基板として6インチのSOI基板を利用する。構成としてはSi層が厚さ200μm、埋め込みSi酸化膜が0.5μm、薄膜Si層が5μmである。基板の表裏面に厚さ0.6μmのSi酸化膜を熱酸化法により形成した。さらに基板のSi層側表面にプラズマCVDによるSiONを2μm形成した。リソグラフィ技術によりSi層側のSi酸化膜を、後にDeepRIE(ICP)によって圧力発生室を形成する際のエッチングマスクとなるようにパターニングした。
【0032】
エッチングマスクにおいて液室幅は120μmとした。また液室端部の形状として、先細り形状の接線と液室の長い方となす角度の狭い方が45度、40度、35度となるような3サンプルを作成した。先端は10μmのアールをつけた。
【0033】
次にPt/Tiを3000Å/5Åをスパッタリングにより成膜し、その後所望のパターニングを行った。その後、 アモルファスのPZT層をスパッタリングにて3μm表面に形成した。アモルファスのPZT層は650℃の後熱処理により無配向のPZT層となる。形成した膜を酸素雰囲気中で昇温1℃/min、650℃で5hrアニールし、結晶化を行った。焼成後、室温まで1℃/minで徐冷を行った。
【0034】
次にPt/Tiを3000Å/30Åをスパッタリングにより成膜し、その後所望のパターニングを行った。
【0035】
ここで上電極(Pt)幅80μm、圧電体薄膜(PZT)幅100μm、下電極は基板全体に成膜した。
【0036】
次に、SF6、C4F8を用いたBOSHプロセスを利用したDeepRIEにより圧力発生室となる自由空間を形成した。その後、OFPR-800を薄膜Si層側表面全体に塗布した後、BHF溶液(NH4F+HF+H2O)に30分浸漬して埋め込みSi酸化膜を除去し、さらに剥離液にてOFPR-800も剥離した。
【0037】
その後、吐出口などが形成された基板を接着剤にて貼り合せた。
【0038】
完成した3種類のヘッドにおいて、30V、20kHzで駆動させたところ、5×1010パルス駆動させても異常が生じなかった。また、100Vまで電圧を印加しても異常が生じなかった。
【0039】
(比較例1)
圧力発生室を形成する際のエッチングマスクにおいて、液室端部の形状として、先細り形状の接線と液室の長い方となす角度の狭い方が50度となる以外は実施例1と同様に作成した。
【0040】
完成したヘッドにおいて、30V、20kHzで駆動させたところ、液室端部にて振動板の変形が観察された。また、90Vの電圧で振動板のクラックが観察された。
【0041】
(比較例2)
圧力発生室を形成する際のエッチングマスクにおいて、液室端部の形状が半円形状(一定の割合で先細りしていない)である以外は実施例1と同様に作成した。
【0042】
完成したヘッドにおいて、30V、20kHzで駆動させたところ、液室端部にて振動板の変形が観察された。また、80Vの電圧で振動板のクラックが観察された。
【図面の簡単な説明】
【0043】
【図1】本発明における薄膜圧電体素子と液室の例。
【図2】本発明における液室の例。
【図3】本発明における圧電素子の形成フロー。
【図4】ノズルプレートの例。
【図5】ノズルプレートの例。
【符号の説明】
【0044】
101 基板
102 液室(自由空間)
103 振動板
104 下電極
105 圧電体薄膜
106 上電極
301 基板
302 Si層
303 SiO2層
304 薄膜Si層(振動板)
305 液室(自由空間)
306 エッチングマスク層
307 下電極
308 圧電体薄膜
309 上電極
401 ノズルプレート
501 ノズルプレート

【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも吐出口と、吐出口に連通する細長い液室、液室に対応する領域に振動板、振動板上に下電極と圧電体層及び上電極を含む圧電体素子を有し、
圧電体素子が液室の短い方の幅より小さく、液室の長い方の長さより長く形成されている液体吐出ヘッドにおいて、
圧電体素子と液室は、液室の短い方で交差し、かつ液室の短い方が徐々に先細りとなる形状であることを特徴とする液体吐出ヘッド。
【請求項2】
圧電体層が気相法による薄膜でされていることを特徴とする請求項1に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項3】
圧電素子がベンドモードで変位することを特徴とする請求項2に記載の液体吐出ヘッド。
【請求項4】
請求項1〜請求項3のいずれかの液体吐出ヘッドを用いることを特徴とする液体吐出装置。

【図1】
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【図2】
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【図3】
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【図4】
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【図5】
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【公開番号】特開2009−73038(P2009−73038A)
【公開日】平成21年4月9日(2009.4.9)
【国際特許分類】
【出願番号】特願2007−244060(P2007−244060)
【出願日】平成19年9月20日(2007.9.20)
【出願人】(000001007)キヤノン株式会社 (59,756)
【Fターム(参考)】